前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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前のものと比べると、初登場時の黒歌は大分荒れてます。台風なみです。
ということで戦闘描写がガッツリ、クサい台詞もガッツリあります。温帯低気圧に変わる終盤まで頑張りましょう。


File/01.再/黒猫

 この世界に来て、先ず一番最初に驚いたことがある。

 

 記憶や名前は引き継がれると確かに言われていたが、まさか赤ん坊の時から『俺』が保たれているとは思わなかった。一歳児くらいの男の子が十代後半の思考を持つってヤバいだろ...

 目が覚めた時に思わず『なんじゃこりゃぁ』と叫んだつもりだったのだが、その意思に反して俺の口から漏れ出たのは『あ』と『う』で構成された謎言語だった。いやまぁ、発声器官が成熟してないんだから当然なんだけど。何はともあれ、俺は自我がはっきりしているにも関わらず、四方を保育器の透明な壁に囲まれる退屈な毎日を過ごした。もし俺が閉所恐怖症持ちだったら地獄だったな。

 

 それからどれくらい経ったか...俺は目の前に立った看護婦二人の会話から、とんでもない事実を聞かされる。

 

 俺には、両親がいなかった。籠か何かに入れられて拾ってやってください、される捨て子というヤツだ。道理で病院内からいつまでも出られなかった訳である。ということから、ある程度成長したあとは病院から孤児院へ移された。

 

 ─────あれ、おかしいな。なんだか初っ端から雲行き怪しいぞ俺の人生。

 と思ったが、前世では高校生に上がった時から親元を離れて暮らしていたので、一応その延長だと考えれば淋しくはない。それに、両親がいないというのは俺の持つ目的を果たすためには寧ろ好都合だ。そんなことを考えながら幼少時を孤児院で過ごし、ここに居る子供らが至るところでおもちゃを取り合って泣き喚く中、俺は今後どう動くべきかを冷静に思案していた。その間手に持っていた絵本など、真剣に読んだことはない。

 

 ─────そして、俺が六歳になった頃、唐突に孤児院を訪ねて来た見慣れない一人のスーツ男が妙に気になり、小さい身体を駆使してこっそり後をつけてみると、黒服はここの院長を呼び出し、人目に付かないところでおかしな会話をし始めた。

 

 

『この中で、神器(セイクリッド・ギア)を持っている者はいるのか?』

『はい。数人ほどですが.....』

『ふむ。ならば、今度訪問した時に何人か見繕って冥界へ連れて行く』

 

 

 神器、そして冥界......。明らかに冗談で言っているような雰囲気ではない。前世の世界では一笑に伏される馬鹿馬鹿しい単語が、真剣な表情をした大の大人から放たれたということは。...ああ、ここは間違いなく俺の望む『そういうものがある世界』だ。

 しかし、知ったところで行けなければ意味はない。黒服の言う神器とやらを持った子を連れて行くというのなら、その中にさりげなく混じれば行けるか?いいや、どういう形で連れて行くのか分からない以上、不用意な賭けは禁物だ。出来うる限りの安全策を取りたい。...そんな俺の願いは通じたようで、後日に俺は神器持ちの一人として召集を掛けられた。

 

 神器というのはよく分からなかったが、上手く冥界への片道切符を手に入れられた。あとの心配は、冥界が眉唾である可能性と、行けたとしても黒服から逃げられるかどうかだ。何せ、話がまとまったあとに院長は黒服から大金を貰っていたのだ。アレは俺たちを売ったと見て間違いない。いざとなったら戦う覚悟も決めねば、恐らく不味いことになりそうだ。

 

 魔方陣らしきものに乗り、人生初の転移を味わったあと。やはりというか、連れてこられたのは深い森の奥に佇む朽ちた施設のような場所だった。が、入ってみたところ、内装はまるで大学病院のような綺麗さで外観との差に驚かされる。周囲にいた他の子たちも興味津々な体で辺りを見回し、これから始まる新天地での生活に胸を躍らせていた。

 

 だが、ここにいては俺の望む人生など到底手に入らないことは明白。行動は迅速に行い、縛られる前に早急に離脱しよう。

 俺はそう決め、ここ数日で密かにまとめた情報をもとに計画を遂行した。一緒に連れてこられた皆には悪いが、お暇させて貰おう。ただまぁ、ここの待遇も思っていたより酷くないので、寧ろ逃げようとする子の方が少数かもしれない。

 

 .....結果から言うと、俺は脱走に成功した。

 理由は単純。俺たちを子どもだと思って施設の連中が警備など碌にしてなかったからだ。これを使えば少しは楽になるかな、程度に子どもである我が身を利用する案を考えていた俺としては、随分と拍子抜けな結果ではあるのだが。とはいえ、腕や足をもがれることなく無事に生還できたのだから、これ以上を望むのはよくない...そう思った俺だったが、この施設周辺を見て頭を抱えた。

 

 も、森しかねぇ!

 

 既に日が暮れつつあり、樹木の先の光景は暗闇によって閉ざされている。冥界というくらいだから、きっと森の中にはそういう類の化物がいるだろうし、襲われてもなんら不思議ではない。だからといって、いつまでもここに留まっていたらいずれ見つかる。そうなれば、二度目の脱走を画策するのは難しくならざるを得ないだろう。それは、俺にとって最も忌むべき結末だ。

 

 ならば、もはや停滞するという考え自体が愚かというものだ──────!

 

 

 

 

         ***

 

 

 

 どれだけ正しくとも、一人の意志は多数の意志によって潰される。意見したその一人でさえ、数の暴力によって誤った正当性を無理矢理擦り込まれ、本来正常であるはずの思考を異常とみなし、自ら淘汰していってしまう。これを繰り返すことで、まるで川底を転がる石のように角が徐々に取り払われ、やがて周りにとって都合のいい、または同種の存在に成り下がる。

 

 大衆において、自分たちにとって不利益な結果しか生まないものの処理と言う案件では、まず間違いなく元凶の主張や意見など汲まず、一方的な糾弾、そして排除という至極真っ当な決がすぐにでも下されるだろう。何故なら、『世に仇名す悪をいつまでものさばらせるわけにはいかない』という、こんな誰もが首を縦にふり、正義という分かりやすい対極の役目を誰かが担うことで、容易に集団心理とは掌握できるからだ。例えその者の思惑に、決して正義とは言えない『何か』が含まれていようとも、多数が認めれば、それは神の啓示に等しい絶対的な善意となる。

 ああ、それでいい。アンタらは何も間違っちゃいない。本当の悪党に情状酌量の余地などないし、それでも場合によっては同情はするかもしれないが、自業自得だと割り切る自身も俺にはある、...だが、これだけは言っておく。

 

 どんな建前を作ってもいい。自分にとって利益になることを求めてもいい。それでも、悪党に仕立て上げられた『誰か』の後ろに隠れる、本当の悪党を見過ごすことは許されない。

 

 

 

「ここで足跡は途絶える、か。...今日廻って来た情報だし、近くにいるはずだけどな」

 

 

 町はずれの廃屋が立ち並ぶ一帯を見回し、同時に時折風で運ばれてくる鉄の錆びた臭気に眉を顰めながらゆっくりと歩く。その道中に何度か、元は何をしていたところだったのか、中には何があるのかと気になったが、あまり積極的に覗こうという気持ちにはなれなかった。何か怖いの出てきそうだし...

 俺は周囲へ警戒の糸を張り巡らせ、吹く風によって舞い上がった砂粒が地に落ちる音さえも逃さず聞き取る。しかし、地面に伸びた影は既に暗闇が呑みこみ、そろそろ周囲の景色もまともに見えなくなってきた。この分では、あと一時間も経たぬうちにすっかりと夜の帳が落ちるだろう。...だが、それでも。たとえこの状況が己にとってどれほど不利であるとしても、今日は絶対に引き下がらない。

 

 何故なら、今ここにずっと探してきた彼女が確実にいるからだ。

 

 

 

(ッ!!来る!)

 

 

 突如響き渡る、固い地面を引っ掻いたような音。外は砂まじりの土壌であることから、音を発した者は十中八九廃屋の中にいるだろう。幸い、向こうが立っている場所はここから少し距離がある。俺はすぐさま怪音が聞こえて来た方角へ向かい、頭で理解するより先に下げていた右手を振り上げる。

 直後、金属を食い破る凄まじい破砕音とともに、廃屋内部に広がる闇よりさらに黒い何かが飛び掛かって来た。そのときに、僅かに辺りを照らす茜色に反射して金色の極光を放ったのは、果たして爪か牙か。ともあれ、出会ってから二三話し合いをして、理解が得られなければやむを得ず戦闘といった流れにする予定だったのだが、こうなっては仕方ない。

 

 

「『武具創造(オーディナンス・インヴェイション)』───────莫耶」

 

 

 大気を脈動させ、雷光が迸った一瞬の後に振り上げる最中の右手へ白い短剣が出現する。およそ九年間苦楽を共にしてきたソイツの柄の感触を確かめながら、目前にまで迫った凶刃と己の白刃を衝突させる。黒に塗られた影はその交錯の後に俺の正面へ降り立つと、間髪入れずに頭上からの重い振り下ろしを放つ。だが、真横から払うような斬撃で迎え討ち、赤い火花をまき散らしながら軌道を大きく逸らさせる。続けて反対側の手から放たれるのは、下方から風を切って迫る袈裟。対する俺は、柄を手中で素早く回転させて持ち替え、逆袈裟に真正面から斬撃を繰り出して敵の刃を弾き、影を強引に後退させる。

 

 踏み込んだ利き足を背後に移動させながら、先の戦闘中に持ち替えた柄を再度手中で二三回転させ、刃を相手に向けながら水平に構えると、片目を閉じながら深く呼吸をする。...やはり疾い。そして重い。相手へ精神的余裕を与えない為に無表情を繕ってはいるが、打ち合いの最中に少しでも意識を外せば、全力で振ったタイミングが衝突の瞬間とずれ、腕もろとも弾かれる、そんな恐怖心が思考の隅に蟠っていた。事実、その時が俺の最期ではあるが、迎えるつもりは毛頭ない。

 

 

「──────んで」

 

 

 何かが聞こえる。それは、周囲を支配し始めた暗闇の向こうに立つ、黒に沈んだ影から放たれた言葉か。

 

 

「何で死なないのよッ!!」

 

 

 影は激昂しながら両手を左右の肩の高さまで上げる。すると、大気そのものを喰ったかのような音とともに、両腕から濃い黄金色のオーラが立ち昇った。...それは、俺の知識が正しければ『気』というものだ。纏わりつくような粘性の性質から、気を扱う上で最上位の技法である仙術に起因するもののはず。

 

 

「結構まずいな。ぶっちゃけ、会えただけで僥倖だとは思ってたけど...」

 

 

 捕まえるのには難儀しそうだ。そう心の中で呟いた瞬間、拳に金色を携えた影は姿勢を低くして飛び込んで来る。俺は空いた片手を素早く背中に回し、黒い短剣を先ほどと同じ要領で生み出すと、愚直なほど正面から仕掛けて来た相手へ向かって、持っていた白い剣を投擲した。これには影も驚いたか、弾く瞬間に意識を俺から飛翔する剣へ思い切り逸らしてしまう。

 

 

(そりゃ、ほぼ代替の利かない剣を投げたんだ。何か仕組んであると勘繰って当然だろうな)

 

 

 その隙を突き、踏み込んで黒い短剣を全力で振るう。が、影は並外れた動体視力で黒い軌跡を読みきると、寸前で気によって強化された腕を剣の走る軌道上に割り込ませ、容易く刃の侵攻を阻んだ。そこから返す手でもう片方の拳が飛ぶが、先方にとってはさっき投合して失ったはずの白い短剣を持った手を叩き込み、刀身に若干の罅を走らせながらも軌道を逸らすと、何とか頬を浅く擦過するにとどめさせる。続けて、その伸び切った腕を白剣の柄で下方から一撃、怯んだところに足を突き出し、腹を蹴って距離をとった。

 

 

「くっ...?!何、何なのよ!あの白い剣は投げてたはずなのに!」

「うおっと」

 

 

 決して遠くはない距離なのだが、拳から気のオーラのみを固めて飛ばす、高速の弾丸のような攻撃が立て続けに迫る。黄金色の弾丸は確かに早いが、結局起点は拳。自動小銃か何かなら一度弾丸を込めてしまえば、後はトリガーを引くという少ない挙動だけで攻撃は完遂するが、この攻撃法では拳を振るうという長い工程がある。それだけの時間があれば避ける事など簡単だ。俺は漆黒と白亜の剣を手中で回転させ、飛来する全ての気弾を弾く。途中で罅の入っていた莫耶が砕けたが、一瞬の後に()()()させ、ほぼタイムラグなしに続けて弾き続ける。

 ...気とは、使い手の内で練った生命力を外へ放出し、武器とする技。それだけ聞くと簡単そうに思えるが、本来ならどれほど扱いに長けた者でも、精神統一のため座を一時間ほど組まねば、到底先方のように武器として顕現させられない。にもかかわらず、影から滲み出すそれはまるで湯水のように湧き、しかし高純度の練気を保ち続けていた。普通の人間なら、既に吐き出す気と取り込む気の収支が付けられず、生命力が枯渇して枯れ果てているだろう。

 影からは未だに疲労の色が見えてこない。息は上がっているが、それは別の要因によるものだ。...あるいは、それが疲労の波を押し止めているのだろうか。

 

 

「.....辛くないか?」

 

「...な、に?」

 

 

 30ほどの気の弾丸と打ち合った後、一層身体から立ち上る闘気を濃くさせた影へ問う。────殺し合いは辛くないのか、と。例え表情が闇で見えなくとも、直接剣を交わす俺には手に取るように分かる。こうやって戦っている最初から今まで、彼女はずっと泣きそうな顔をしているのだ。

 そして、予想通りその発言で...主殺しの罪人、黒歌は激昂する。

 

 

「辛くないか、ですって...?辛くないわけないでしょうッ!殺したくない誰かを何人も殺して、毎日毎日出会えば表情一つ変えずに武器と魔法を振りかざす追手の影に怯えて...!!でもね、私は..私は正しいことをしたのよッ!世間では許されないことだと分かっていたけど、でもッ!」

「主を殺す。それしか方法がなかった?」

「...そうよ。あの屑は絶対に生かしてはおけない。これだけ追い詰められていても、奴をこの手で殺したことだけは今だって後悔してないわ」

 

 

 拳を握りしめ、彼女はここに来てからはじめて達成感に溢れた声を漏らす。己は善いことをしたのだと、あの時下した判断は間違っていなかったのだと、そう自身へ言い聞かせるように。────でも、それでは駄目だ。いくらその行為が正しかったのだとしても、それを知るのは自分だけ。そして、正義か悪かの判決を下すのは己ではなく周囲の存在だ。

 権力を振りかざし、下々の存在を虐げる甘美さを知った者は、すべからくその世界に用意された席へ座り続けたいと思うだろう。そのためには、同じ権力者とコネクションを持ち、足を滑らせてもそう簡単には落ちない命綱をお互いにかけようと画策する。それが巡りめぐって形成される輪が、権力者の作る、己にとって何処までも都合のいいシステムの基板。誰か一人が落ちそうになったとしても、数千、数万もの存在が自分を助け、代わりに輪の外にいる他の誰かを悪と決めて落とすことで、権力者たちは堂々と悪者を排除した正義を名乗ることができる。今回は黒歌がそれに選ばれてしまったのだ。

 

 

「だから、私はあの男を擁護するお前たちみたいな奴らには捕まらない!絶対によ!」

「.....はは。擁護、か」

「...な、何よ。違うとでもいうの?」

「ああそうだよ、決まってんだろ。何貰ったってアイツの擁護なんてしたかねぇ」

「ッ...!?」

 

 

 俺は両手に握っていた短剣を地面へ落とし魔力へと還元してから、腰に着けていた小さいバッグを漁り、数枚の紙を引っ張りだす。それを持って怪訝な顔をする黒歌の元へ歩く。が、勿論警戒されているため、構えたまま後退りされる。これではきっと埒があかないので、俺は紙を地面にばらまいた。...暗闇の中では普通、紙に書かれた文字を視認することは難しいが、黒歌は猫又の一族だ。問題はないだろう。

 

 

「─────っ!?これは、一体何で!情報は一切漏れていない筈よ!」

「そうだな。確かにお前さんとこの主は、この事実をちゃんと隠してたよ。眷属の陵辱、売春付き取り引き、飽きたら裏で何人か殺してることはな」

「ッ!じゃあ、どうして」

「...金だよ」

 

 

 奴らが築く繋がりの輪は脆い。だからこそ、なるべく多数の同類に媚を売り、もしもの時のために仲間は多めに揃えておくのだ。しかし、その馬鹿どもは元々天秤に乗っていた利より多くの利が乗っかった瞬間、それまでの事などまるでなかったかのように態度を変える。お蔭で言わなくても良いようなことまでペラペラと喋ってくれた。

 同じ穴の狢も、多すぎれば個人の利が廻ってくるのに時間がかかるし、住みにくい。たまには要らない者を住み処から出ていかせることも重要なのだ。

 

 

「...まって、じゃあ結局アンタはなんなの?そいつらに加担してないってことは、利益なんて録に....いや、私みたいな犯罪者と関わった時点でマイナスじゃない。一体、目的は何?」

「はは、目的なしと疑う気持ちも分かるけどな。俺だって結局はお前を追ってきた奴らと大差ないぞ。違うのは真実を知ってたってだけだ。…妹を救うために自分が犯罪者になった、それだけの真実をな。で、俺はそんなお前を救いたいと思った。ほら、あの馬鹿どもとほとんど同じ、自己中心的な行動理念だ。おっとそうだ、利益は申し訳程度の大義名分ってことで」

「あ..アンタは....ふふ、馬鹿ね。...大馬鹿よ」

 

 

 影は地面に膝を着き、声を震わせる。まだ俺を信用するには早いと思うが、がんじがらめにしていた心を震わされたショックは相当大きかったようだ。夜風に乗って嗚咽まで聞こえてくるあたり、今まで相当気を張っていたのだろう。

 無理はない。自分の持っている『本当』を知る人は世界に誰一人としておらず、だからといって真実を伝えようと叫んでみても戯言や狂言と切り捨てられ、理解されない苦しみを押さえつけながら、理解しようとしない悪魔たちを殺し続けたのだ。あと少し遅かったら、本当のはぐれになっていたかもしれない。しかし、彼女の本来持っていた心はまだ生きている。なら、もう俺に出来ることなど決まったも同然だ。

 へたりこむ黒歌に歩み寄り、片手を取ってゆっくり起こす。それに対する抵抗は一切なく、すんなりと立ち上がった彼女に向かい、俺は胸に拳を当てながら言った。

 

 

「お前さんトコの妹は信頼の置ける俺の知り合いに預けた。...って言っても、俺自体信頼できるかどうか怪しいから説得力ねぇな」

「大丈夫よ。こういうことに関して貴方は嘘をつける人じゃないって分かったわ」

「?どいうことだ」

「私を狙った悪魔たちはね。無表情を作ってても瞳の奥に抑えられない欲望があったわ。金、名声、地位、大量殺戮者である私を狩って手に入るものを想像して悦んでた」

 

 

 心の底から嫌悪するような声で、過去自分が殺してきた者たちの被っていた仮面の向こう側にあったものを語る。それは、剥き出しの悪意よりもずっと性質の悪い、ただの過程に過ぎないという無関心。無表情の仮面に覆われた中で唯一覗く瞳だけを喜悦に歪ませ、殺し合いだというのに誰一人自分を見ようとしなかった彼らは、最後の最期まで黒歌を苦しめた。

 彼女は一旦言葉を切ると、今まで泥を吐き出していたかのような声から一転、親しみすら感じられるほどの優しい声音で、「でもね」と言葉を挟む。と、そのとき。それまで空を覆っていた雲が切れ、銀月が優しい斜光を漏らして俺たちを照らした。

 

 

「貴方は最初から今まで、ずっと私を見てくれてたわ」

「......」

「貴方には私の知る悪意はなかった。おまけにでたらめに強いものだから、余計に混乱したわ」

「.....ま、まいったな。理解されるってこんなに照れるもんなのか」

 

 

 折角、月の光が気を利かせて辺りを照らしてくれているというのに、俺は恥ずかしさのあまり黒歌を直視できずにいる。そんな俺の不意を突く形で、彼女は俺の胸に飛び込んで来た。結構な威力で半歩ほど足を後ろに動かしたが、取り敢えず受け止めることに成功する。そして、ここで黒歌の身体が予想以上に冷たいことに気付く。

 それもそのはず。彼女は今まで、碌に食わず寝ずで逃げ回って来たのだ。衰弱していて当然だろう。俺は痩せ細った腰に両手を回し、遠慮なしにきつく抱きしめる。

 

 

「黒歌。俺をどう思う?」

「...そうね。変人、かしら」

「へ、変人か。結構効くぞ」

「大丈夫。素敵な変人、よ」

 

 

 変人なのに素敵とはこれいかに、と素直に喜べず苦笑いをしていると、そんな俺の表情を顔を上げて見た黒歌は初めて聞く微笑を漏らす。

 地面に根を下ろしていた有象無象の影は射した月光で消えた。それでもなお残る黒はきっと、確かな意思と希望を宿したものだろう。

 

 

「じゃあ黒歌。素敵な変人さんの俺がお前を救う。そろそろ日の当たる場所をあるかないと健康に悪いからな。お前もいい加減、その似合わない犯罪者の仮面を脱げ」

「!...ふふ、了解にゃん!」

 

 

 俺は初めて、この世界に来た意味と言うものを彼女の笑顔を通して知れた気がした。




途中時間がかなり飛びましたが、その内容はこの話では語りません。一部というか、その期間何をしていたかはError File.02で描かれています。

メインは小猫ちゃんですが、黒歌もヒロインの一人です。

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