前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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次話辺りから投稿ペース落ちるかもしれないです。ご了承をば。


File/17.ひとり

 ヤバイ、帰るのが完璧遅れたな。こりゃ全員腹空かして不機嫌になってるぞ...

 

 そんなことを考えて身を震わせながら、自分とウチにいる猫や犬たち用の夕飯が入ったポリ袋を揺らして走る。

 いつも通っている馴染みのT字交差点へ差し掛かり、歩行者ボタンを押し込んで足踏みしながら信号待ちをする。...と、走行する車を目で追う中、奇跡的に気が付いた。

 

 

「ん?あれは...猫、か?」

 

 

 車道中央の白線辺りでうずくまってる、あの灰色毛玉みたいなのは.....やっぱり間違いない。野良猫だ。

 なんであんなところに、などと文句を垂れている場合じゃない。あの場所は上り左車線の車が右折したら確実に巻き込まれる位置だ。

 俺は持っていたポリ袋を放り出して駆け出す。大丈夫だ、届く!

 

 

「よし、確保だ。さっさと歩道へ戻って――――」

 

プァァァァ!!

 

 

 猫を抱えて振り向いた先の視界へ映ったのは、こういう人間を轢くことに定評のある、いかにもありがちな4tトラック。

 迫る己の死に恐怖はしなかった。俺はただ必死に、胸の中で丸まった命を巻き込むまいと、腕だけを全力で動かした。

 

 そして――――――――――――――

 

 

 

 

 

 .......。

 

 

「あ...がっ」

 

 

 ...なんだ。一体、どうなった?

 一応意識はあるらしいので、脳みそに命令を送って左腕を動かしてみる。

 

 

(あれ…?)

 

 

 しかし、感覚がない。左腕どころか、右腕も、左足も、右足も。全身の感覚が、まるきり亡い。

 目だけは動くらしいが、視界が半分真っ暗だ。それに、何故か冷水を浴びたかのように身体が冷たい。

 そして、俺はこのとき初めて目を『下へ』向けた。

 

 

(あぁ...そうか。やっぱり、そうなっちまったか)

 

 

 地面を染め上げていたのは、赤。それら全ては、己の一部だったモノだ。

 助かったのかなと多少楽観的になっていたが、世の中そう上手くはいかないらしい。

 

 

「にゃあ...にゃー」

 

 

 だが、少なくとも無様な死に方を晒した訳ではなかった。

 この分なら、俺は命懸けで猫を救った英雄として、末代まで語り継がれる伝説となるだろう。...あ、ここで死ぬんだから俺が末代じゃん。兄弟もいないし語り継がれねぇじゃん。

 そんな俺を慰めるように、視界の隅で頬(?)を舐める猫殿。やめろって、血で汚れるぞ。

 

 

「ゲボッ!ぐ...」

 

 

 やべっ、今致命的な何かが口から出たな。あぁーあ、俺もここまでか...思えば、ずっとお前みたいな奴等に囲まれてた人生だったよなぁ。

 走馬灯で流れる記憶は飯食うか寝るか駆け回るかしてるお前らの光景ばっかだ。

 

 俺は霞みがかってきた意識の断片で笑ってみせ、幾ばくかの感情と共に揺蕩う命へ終わりを告げた。

 

 

「全く....碌でもないくらい、楽しい人生だったぜ」

 

 

 俺は闇に呑まれた。

 

 

          ***

 

 

 なにか、腹辺りに重量を感じる。

 そんなに重くはないが、だからといって軽くもない。そして何故か温もりを感じた。こりゃ猫か...?またデブ猫のダムが乗ってると見た。

 俺は虚ろな意識のまま、その暖かい何かを掴んでみる。

 

 

「ふぁ?!」

「おぉ!?」

 

 

 柔らかい感触が手のひらを包んだと認識した同時、少女のものと思われるやたら艶めいた嬌声が響いた。

 俺は驚いて目を開け、目前に映った端正な顔にまた驚く。って、コイツは...

 

 

「オーフィス…なんで俺の布団にいるんだよ」

「それより、我のお尻から手を離してほしい」

「ぬおっ!...す、すまん、寝ぼけてた」

「別に、いい」

 

 

 一度顔を逸らした龍神さまだったが、今の...馬乗りとなった状態のまま、すぐにまた俺の顔を覗き込んできた。

 彼女が持つ黒曜石の如き無機質な瞳は、俺の瞳を捉えて離さない。

 

 

「コウタ。何で、泣いてた?」

「え...?あ、ホントだ」

 

 

 オーフィスに言われて目元を拭うと、その指先には雫が乗っていた。

 そこで自分が泣いていた事に今更気付き、見られていたと思うと少し気恥ずかしくなった。

 俺はこっちに来てからあまり泣いたことなどないし、そもそも見た目は15才だが精神年齢は30代くらいなのだ。涙腺は固い。

 

 

「まぁ、ちょっと昔の夢を見てな」

「昔…?コウタは今どれくらい?」

「15だ」

「全然昔じゃない」

 

 

 不満げな表情でペチペチと俺の胸を叩くオーフィス。何だか近頃あからさまに感情豊かになってきてないか?

 俺はそんな彼女の頭へ手を乗せ、左右させながら笑ってみせる。

 

 

「世の中は分からないことばっかりだ。だから、何でもかんでも手に入れようとするなんて不可能なんだぞ?幾ら龍神だからって、出来ることと出来ないこともあるしな」

「む....我、コウタ欲しい。二人で協力すれば、絶対グレートレッド倒せる。我の望み、これだけ」

「レッドの旦那は、お前と違って争いなんざ望んでねぇと俺は思うなぁ」

 

 

 グレートレッドと面識は一切ないが、何となくそう思った。

 次元を自由に旅するようなとんでもない存在が、静寂を得たいというオーフィスの願いを無碍にするとは思えない。まぁ、赤龍神帝に器量という概念があるのかは分かりかねるが。

 

 

「何故、そう言える」

「勘だよ。勘。だからお前には協力できないってことだ」

「そう。...じゃあ、戦う」

「むおッ!?」

 

 

 急に襟首を掴まれたと思ったら、とんでもない膂力でベッドからブン投げられた。

 俺は驚きながらも空中で身を捻り、地面へ足から着地し転がって距離を取る。...が、姿勢を正してから端と気付いた。

 

 あれ?俺の部屋って何回も転がれるほど広かったっけ?

 

 そんな疑問は、投げられた時に回った視界が回復した瞬間、あっという間に氷解した。

 俺の部屋だった周りの空間は、とうに別次元の世界へと侵食されていたのだ。ああ、アイツは戦う時に毎回この方法で全力を出してるんだった。

 名もなき大地に立つオーフィスは背中から漆黒の翼を広げ、俺は両手に干将莫耶を創造し、気分を入れ替える名目も兼ねて叫ぶ。

 

 

「オーバーエッジ・type-δ(デルタ)!」

 

 

 陰陽両の剣を魔力の変質により形状、特性を変化させ、鋭いフォルムへと仕立て上げた。それに魔力を通し、注ぎ込んだ刀身の回路で更に加速させ、エネルギーを増幅する。

 一方の龍神さまは両手に黒い炎のようなものを纏わせて棒立ち状態だ。

 それにしても、今日はオーフィスの表情がいつもより冷たく感じる。はっきり協力できないと否定したからだろうか?

 

 

「どちらにせよ、この一大決戦は避けられそうにないな」

 

 

 充足する莫大な魔力を証明するように赤と黒の稲妻を幾条も迸らせる干将莫耶を構え、一気に駆け出す。てか、せめて寝間着姿からは着替えたかったなぁ...お蔭でどうも気分が締まらない。

 しかし、是が非でも気を引き締めなければ。オーフィスの攻撃は、その殆どが一撃必殺なのだ。幾ら強力な防護障壁があろうとも、確実に拳一つで破られる。どうしても防ぎたいのなら、ランクA相当の防御宝具が必要だろう。

 なら、攻撃などさせぬ間でこちらが攻撃し続ければいい。

 

 しかし――――

 

 

ガッ、ギィン!!

 

「ッな?!」

「我は無限。故に無駄」

 

 

 振りかざした両剣はいとも容易く華奢な細腕で掴まれた。...おいおい、これ一個ずつ対城宝具並みの威力なんですが!?

 俺は目を剥きながらも、即時に思考を切り替え剣を手離して離脱。俺という魔力供給源かつ調整役を失った干将莫耶は、内に溜まった魔力を暴走させて大爆発を起こす。

 アレに巻き込まれて無事で済む奴はいないと思うんだが...と、巣食った楽観的な思考を隅に押しやり、俺は休むことなく両手を突き出して、再び魔力を手のひらへ集約させ叫ぶ。

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

「―――――穿て」

 

 

 爆炎を切り裂き、やはり傷一つないオーフィスが放った巨大な焔の矢(ブレス)が飛翔する。これは...防げるか?!

 

 ――――直撃。その瞬間、七枚ある花弁を模した防壁が一度に四枚消し飛んだ。

 

 俺は口元を引き攣らせながらも、残り三枚となったアイアスへ魔力を込め続ける。しかし、それから数秒と持たずに二枚が砕け散った。―――残り、一枚。

 俺はここで、盾にかざしていた右手を頭上に掲げる。

 

 

(どうせここは次元の狭間だ!『アレ』出しても大丈夫だろ!)

 

 

 最高純度の魔力を使い、俺は考えうる中で最も攻守共に優れているあの武器の名を喚ぶ。

 

 

千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)ッ!!」

 

 

 ソレは、斬山剣と謂われる極大の神造兵装。名の通り山を斬り、拓く程の威力と大きさを持つ馬鹿げた劔。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)が完全に砕け散る寸前、振り下ろしたソレは入れ替わるようにして焔の矢と衝突する。が、まるで相手にならぬとばかりに矢を両断した武骨な岩剣は、その先に居る黒き龍神へ迫った。

 

 

「これは....避ける」

 

 

 そう呟くと、オーフィスは翼を蠢動させて剣の凶刃から素早く退く。

 劔は直線なので、避ける事は容易い。....まぁ、このままなら、な!

 

 

「そうは、いかんってな!」

「!..ちゃんと、操れるの?」

 

 

 俺が手を引いた動作に合わせ、イガリマはその動きを止めると後方へ下がり始める。

 手元まで柄を持ってくると、普通の剣を扱うように腕を振るう。それに合わせて極大の劔も猛威を振るい、衝撃波を撒き散らしながらオーフィスを襲う。

 

 

「デタラメ、過ぎ…!」

「こうでもしねぇと、本気のお前とはまともに戦えねぇんだよ!」

 

 

 地図から街一をつ軽く消せるような存在と真正面から戦って打ち勝つには、それと同列をぶつけるしかない。イガリマを受け流しつつ避ける目前のゴスロリ少女には、特にこの法則を適用しなければ話にもならない。

 いや、勝とうと考えること自体間違いなのかもしれないが。

 

「うらァッ!!」

「...なら」

 

 

 一際大きな振り。オーフィスはそれを見逃さず、『俺』へ向かって疾走する。

 なるほど。武器じゃなく、その使い手を潰して無力化する気か!

 最善の選択ではあるが、今回は些か相手が悪いだろう。リーチも威力も十全なものに対し、肉を切らせて骨を断つという考えはあまりにも危険だ。

 

 

ガッゴオオオオォォォォォン!!

 

 

 しかし、それはあくまで俺たちの常識の下で成り立つ、真っ当な生物の規範に属するモノにのみ限られる。

 

 

 

「コウタ、覚悟」

「うっそ、止めやがった!しかも動かねぇ!」

 

 

 イガリマは龍神の右手に阻まれたきり、黒い瘴気のようなもので縛られ動かなくなった。

 オーフィスは受け止めた右腕から初めて見る血を流しつつも、岩盤のような刀身を伝い、此方へ走ってくる。

 そして、オーフィスの漆黒に染まった拳が、俺へ炸裂し――――――――

 

 

天の鎖よ(エル・キドゥ)

「っ!?」

 

 

 顕れたのは神をも拘束せしめる鎖。それは四方八方から龍神へと迫り、腕、腰、足に絡み付いて一切の動きを封殺した。

 

 搦め手の基本だ。相手が勝てると油断した瞬間を狙い、ジョーカーを切る。ただそれだけ。

 にしてもヤバい、神造兵装を二つも創ったお蔭で魔力がすっからかんだ。...でも、まともに戦って勝てたのは今回が初めて、か。

 

 

「動け、ない?」

「コイツは流石のお前でも逃れられないぞ。神様すら捕まえるからな」

「く...むむむ........う、分かった。我の負け」

 

 

 一頻り抵抗したものの鎖はびくともせず、龍神さまは明らか不満そうな顔だったが負けを認めてくれた。

 鎖を解いて解放し、イガリマも消す。...これで、荒涼とした異界の地に残ったのは俺とオーフィスのみだ。

 

 

「何故...」

「んあ?」

「何故、我に協力してくれない?」

 

 

 先程とは打って変わって、弱々しい声音で俺を見上げた無限の龍神。その瞳は揺れる不安を表しているのか、夜の海みたいに波打っていた。

 俺は目の前に立つ孤独な少女を抱き締めたいという強烈な衝動に見舞われたが、何とか押し留めて深呼吸をする。

 

 

「静寂が欲しい...だっけか」

「そう。我、グレートレッドを倒して静寂を得る」

「...なんで自分から一人になろうとする」

「否、ずっと一人だった。だから元に戻るだけ」

 

 

 その言葉を聞いた俺は思わず歯を噛み締めた。なら毎回、戦いの後に、別れる時に見せるあの寂しそうな顔はなんだ、オーフィス。

 

 尚も無表情な彼女を見ていると、ふと前世で拾ったアイツらの顔が浮かんだ。

 その中で、より鮮明に俺の脳裏を掠めたのは...孤独の寒さに震える、彼らの瞳だった。

 

 

「今までそうだったから...か。そんな理由で意地張るなよ」

「意地なんて...」

「いや、今のお前は...俺のもといた家族と同じ目をしてる。本当は寂しくて仕方無いってのに、わざと知らない振りしてんだ」

 

 

 皆そうだった。

 言葉が通じなくても分かる。心を覗かなくても分かる。アイツらは一匹だって俺に助けてくれなど言っていなかった。

 彼らは泥や血にまみれ極限まで衰弱していようとも、他者による救済を拒絶していたのだ。しかし、瞳の奥には確かに、庇護を求める念が存在した。

 

 同じなんだ。それと。

 

 

「我は―――――」

 

 

 オーフィスが肩を震わせながら顔を俯かせた...その時、盛大な轟音が響き渡った。

 

 この世界そのものを破壊して顔を覗かせたのは、巨大な紅き龍。

 俺は一目見ただけで確信した。...コイツが、次元の狭間を旅する放蕩者、D×D・グレートレッドだと。

 

 

『.....』

 

 

 奴は、俺とオーフィスを見て笑った気がした。嘲笑ではなく、まるで偶然友にでも逢ったかのような、嬉々とした笑み。

 

 

 そして、その光景を最後に、俺の意識は闇へ沈んだ。




原作序盤にてラスボス級キャラと次々顔合わせするオリ主。
実に楽しそうな人生ですね。

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