で動くってのが感動的です。ロードランで会ったときはよろしくお願いします!
《Interlude
Renegade(Renxs): Last standing
30 minutes before the contact of Punitive force
見渡すばかりに広がる牧草地帯を、彼はただひたすらに歩いていた。蒼穹より降り注ぐ日の明かりは強く、その空ははるか遠くまで澄み渡った快晴。吹き抜ける風はあまりなく、それでいて不思議な心地よさを与えてくれるその具合は、正にアインクラッドでまれに見る絶好の天気といえよう。
もしこの場所に、濡れ鴉羽の髪と艶やかな黒服、身に着けるそのほとんどを黒一色で統一した剣士さんがいれば、絶好の昼寝日和だとかニヒルに笑って快眠をむさぼるに違いない。そう、今ここにはいない仲間へと思いをはせながら、彼は視線を地に落とした。かすかに撫でるそよ風に身を任せながら、まるで安らいでいるようにも見える草木が、太陽の光を受けて鮮やかな翡翠を曝すその様は、まるで良く編まれたカーペットのよう。
だが、そんな見事な緑のカーペットに、まるで風情のない、下劣極まる黄金色のものが点々と先まで伸びているのを、彼の“目”は捉えた。
「ここか…………」
丸っぽいもの、三角っぽいもの、更にはH型の奇怪な形などなど、気の遠くなるような程に様々ある模様の中から、楕円形に近いような形のものを見つけると、それが続いていく先をその“目”で追う。時がたっているせいなのか、かすかに消えかかりながらも点々と伸びるそれは、今彼がいる場所から丁度南南東の方へと続いていた。
「ふぅ」
大きく吐き出す息を一つ、そして瞳を瞬かせれば、先程まで埋め尽くさんほどにあった黄金色が消え、青々しい翡翠だけが残る。
「やっと捕まえた」
彼の中にあった過程が、急激に確信へと変革する。
実に、六日。ようやく手にすることのできた“ソレ”に、しかし彼が何かを思うことはなく。乾ききったその思考は、ただそれを事実だと認識するのみ。
「行くか」
そう口にして、彼は降ろしていたフードを目深に被る。暗色に染められたそのフードの先からわずかに覗かせる彼の瞳は、海を想起させるかの如く蒼い、そして凍り付くような冷たさを宿す、紺碧色に輝いていた。
***
17層にある、とある場所。流れる川と樹海、その両方にはさまれたその場所は、俗に“隠しスポット”だとか、“隠しフィールド”だとか呼称される。無論、マップデータにも表示されないような場所をわざわざ訪れようとする物好きなどおらず、逆説的に言えば――この場所は、ほぼ見つかることのない“スィートスポット”と言える。そしてその場所は――御尋ね者である彼らにとっては格好の潜伏場所なのだ。
「ホラ!!“ファラオ”のスリーカードだ!!」
声高らかに張り上げながら、男は手にしていたカードを机に叩きつける。無造作に散らばったカードには、『13』を意味する王の絵が描かれているものが三つそろっていた。
「うわ、マジかよぉ……」
「負けだ……」
「運が良すぎなんだよなぁ」
それを見て、男たちはぼやきながら次々とカードを捨てる。そのどれもは、いかにもありふれた数字ばかり。役あり、無しにかかわらず、彼らには『ファラオ』のカードに対抗しうる手を持っていなかったのだ。
“勝った”
思わず、男の口元が愉悦に歪む。このゲームは貰った。そんな、確信めいた予感が彼の胸中を占めた時――
「残念『エース』のスリーだ」
「げぇ!!」
パタリ、と机に置かれた五枚のカードが、彼の笑みを驚愕へと、そして掴みかけたはずの栄光を、その手から引きずり下ろした。ジャララと耳に良い音を響かせながら、テーブルの上にたっぷりと乗ったチップの山を、ニヤニヤと得意げな顔で手繰り寄せるは、ファラオの向かいに座る、首筋に刻まれた棺桶のタトゥーと目元から耳の方にかけて伸びた刀傷の特徴的な、眼付きの悪い男だった。
「俺の勝ちだな」
「うっそやろお前」
「いやぁ、よーやるわ」
「バケモンみたいな引き運じゃねーか」
「オイオイオイ、こりゃ勝ったぜと思ってオールインしちまったじゃねぇか」
「ククク。甘いんだよ早漏野郎。俺の方が何枚も上手だ」
眉をしかめ、深いため息とともに悪態をつく男に、彼はかき集めたチップを一枚手に取り、指で弾き上げながら、テーブルに置かれたカップを手に取った。
「お前は勝負所で必ず『ファラオ』で仕掛けてくる。悪い癖だぜ」
「ちっくしょ」
グビリと内に注がれた酒を彼があおれば、先程弾き上げたチップがカツンとテーブルの上を跳ね、ころころと転がって男の目の前で止まる。
「おかげで儲けさせてもらった。それはお礼だ」
「ちっ、調子づいてカッコつけやがってよぉ……」
それを手にしながら、男は面白くないとばかりに舌を鳴らし、同じように酒の注がれたカップへと手を伸ばした。グビリとあおった酒を喉へと流し込み、プハァと息を吐く。それが、彼等の代わり映えのない、何てことのない日常だった。
――彼らは元々、五人一組で独立したオレンジプレイヤーの集まりだった。フィールドに根城を抱え、ソロ、あるいは小人数の
そんな彼らがアインクラッド史上最大のレッドギルド『ラフィン・コフィン』の軍門に下ったのが、今からちょうど一年くらい前の事。俗にレッドプレイヤーの活動が活性化したといわれる時期だった。理由としては、ラフィンコフィンの掲げる“信条”と、規定の枠にとらわれない斬新な“遊び”に酔狂したからだ。以来彼らはこの拠点を根城にしながら、数多くのプレイヤーへ絶望を与えた。
「なぁ、今月に入って何人だったか?」
「五」
「バカ言えもう酔いが回ったか?六だ」
「あんなん殺したうちに入らねぇよ」
「オーオ、勇ましいこって」
そこで、男が椅子の背もたれに深く伸し掛かり、手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。
「あーあー、殺し足んねぇよ」
「言えるわ」
「今からカモ探しに行くか?」
「お、いいねぇ」
「バカ共が。少しは我慢ってものを覚えろ。てめぇらはサカりたてのガキか」
「えー」
にわかに活気づく男たちを、木津の男が諫めれば、たちまち不満じみた声に変る。そんな彼らにやれやれと首を振りつつ、おとこはカップに残っていた酒を一気にあおる。
「あとに時間もすりゃ、“計画”の第二フェーズが始まる。そこで、思う存分殺しゃぁいいだろうが」
「「「「ウェーッス」」」」
「仲良しか」
あくまでも正論を口にしただけの男に対し、間のびた彼らの返事は不満がたらたらだった。だが無理もない。そう男は思う。“PK”は自分たちにとってもはや体の一部とも言っていい。人間とは誰しも、己が欲求を満たしたがる生き物だ。腹が減るから食事をし、眠たくなるから睡眠をとる。それが満たされねば、ストレスがたまるのも無理はない。かくいう彼も内心では死ぬほど退屈だった。
「けどまぁ」
椅子を傾かせながらゆらゆらと揺らしていた男が、胸元にあるポケットに手を突っ込み、紙製の四角い箱を取り出すと、その底を指でトンと押し上げ、飛び出た煙草をくわえながら、なだれ込むように机へと寄りかかった。
「今回は大物だよなぁ。なんせあの“攻略組”だぜぇ?」
無造作に置いてあった古風なライターを手に取り、親指でファイヤースターターを転がせば、ボッという音と共に燈色の灯がともる。それを口で転がす煙草に燻らせれば、ジジジと音を立てて豊潤な香りが立ち込める。
「へってぇあのひそふひゃん」
「何言ってっかわからねぇよ」
「ぜってぇ楽しそうじゃん」
「そりゃそうだよなぁ」
煙を深く肺へと取り込み、その澄み切った味を楽しみながら、男はおおきくそれを吐き出し、灰皿にトントンと灰を落とした。
「胸がすくようだぜ。あのいつもはイキり散らした奴らを思う存分なぶれるってのは」
「そういえばしってるか?調査班の奴らがまた新しい“遊び”を思いついたらしくてよ」
男の持つ煙草に別に煙草を近づけ、その火を貰いつつ彼の右隣りに座るひょろっとしたゾンビのような男が、深いえくぼの奥に座る瞳を子供のように輝かせた。
「なんでも、この世界で女が抱けるらしいぜ」
「マジかッ!!!!」
「そマ?」
「うっひょぉ」
先程まで陰鬱と、まるでこの世の終わりでも見ていたかのようにしょげ返っていた男たちは、いまやあふれんばかりの笑顔をうかべて、その話に耳を傾けていた。おもわず加えこんでいた煙草を灰皿へとひねりつぶし、男は飛びつかんばかりに続きを促す。
「んでんで、その方法は?」
「あー何だったか。なんやシステムメニューの最深部に、“倫理コード”解除って項目があるらしいんだわ。それを解除すると、このくそ溜で“システム的”に“合法”でセックスできるんだとよ」
「ホントだすげぇ!フツーにあるじゃん。今まで気づかなかったぜ!!!」
ドスの聞いた底から響くような声を出す中太りの男が、己のシステムメニューを呼び出し、男の言った通りそのボタンがあるのを確認して、歓喜にぬれた声を張り上げた。
「だからよ、いつもみたいに俺たちが相手のメニューを操作させて、具現化させた後にそのコードを解除させりゃぁ、そらアツイアツイ愛をはぐくめるって寸法よ」
煙らせた喉の乾ききらぬうちに、ひょろがりの男は再び深く息を吸い込み、タールとニコチンの織り成すデュエットをゆっくりと味わう。
「んじゃさっそく試そうぜ!」
「この世界に女が早々見つかるかよ」
「アホ言え。忘れたのかよ、今回は“攻略組”だってよ」
「んぁ…………?ああ!そういやとびっきりの女がいるじゃんかよ!!」
「しかも一人じゃねぇ、二人だぜ」
「あいつか!あの“黒の剣士”()とかいうやつの嫁ってやつ」
「そうよ。いいこと思いついた!!オレソイツの目の前でブチ犯すわ!」
「うわ、サイテーだなおまえ。……たかぶらせれくれるじゃねぇか!!」
「リーダーもヤルよなぁ?」
「ん?そうだな……」
――こいつら―――
チビリチビリと酒を舌で転がしながら、原料である果実の瑞々しさを味わっていた男は、さっきまでのローテンションはどこへ行ったのやら、麻薬でもキメたかのように狂喜乱舞する野郎どもを呆れた目で眺めていた。グラスに残った深い山吹色の酒をゆらし、立ち込める魔的な香りに舌鼓を打ちつつ残りを喉に流し込んだ。
「ボトル、取ってくれ」
「ハイヨ」
兎に角、この酒を味わっちまうか。仲間からボトルを受け取った傷の男は、空いたグラスを再び山吹色に染め上げた。これ幸いなことに、このSAOでは酔うことなどはできない。いくら酒を飲み散らかしても、この後の“作戦”に支障など出るはずもなかった。男にとってそれは不満すら通り越して怒りを覚える者であったが、ゲームにおける
「旨い」
「だな」
「イイ酒だよな。口当たりがよく、さっぱりとしるクセに、それでいてどっしりとした“土台”がある。現実にあれば、二万は下らないだろう」
「確かにそうかな」
「名前、なんだったけか」
「たしか……」
“『ドレ・ビター』”
「あ?」
突然、聞き覚えのない怜悧な声がした。
「この層の主街区、《エテルシア》の名産品である“エテルシアチェリー”を蒸留させることによってできる酒。軽やかで口当たりがよく、この世のものとは思えぬ高貴な香りと味が
特徴。古くは種族の垣根を越えて愛され、嘗て起こった“ヒューマン”と“エルフ”の戦争ですら、この層は“特例区”として停戦されてたとか」
なおも続くその声のする方へと視線を移せば、そこにいたのは、フードで顔を隠した“グリーンカーソル”のプレイヤーだった。すらりとした体に、しっかりとしたファティーグ。脚両脇下に備え付けてある武骨なホルスターといったそのいで立ちは、まるでミリタリーアクションからそのまま飛び出てきたように感じさせる。こ“剣”がおりなす世界にて、そんな格好はひどく浮いて見える。闖入者はそのまま勝手知ったるそぶりで壁際に捨て置かれた椅子を手に取ると、そのまま背もたれの部分を前に座り込んだ。
「アンタらみたいなチンピラには勿体ないシロモノだ」
「んだと!!!」
「まぁ待て」
あざけるような口調で、明らかに挑発してきた闖入者にいきり立つ仲間を抑え、傷の男は酒を味わうその手を止めると、嗜虐的な笑みをひとつ、ゆっくりと浮かべ、依然座り続ける闖入者を一瞥する。
「俺たちにそんな口を聞くってのは、また随分と威勢がいいな。どうした?迷子にでもなったか?」
「ぼくちゃんここは君の家じゃないでちゅよぉ」
「お兄ちゃんたちが送ってあげようか?
「「「ぎゃはははは!!」」」
相手を侮辱するようにせせら笑う彼らに、闖入者ものぞかせる口元を釣り上げる。
「ありがたいが、別に大丈夫だ。お前らも、そんなにいイイ酒を残したまま“死にたく”はないだろ?」
「く,っはははは!!!」
面白い。
彼に沸き上がる感情はそれだけだった。自分たちレッドプレイヤーを前にして、これ程の態度をとるヤツは、ただの間抜けか、自殺願望者か
――どちらにせよ、退屈に殺されそうになり、“娯楽”という快楽を抑圧されてフラストレーションの溜まり切っていた彼らにとって、闖入者は絶好の“遊び道具”だった。
目配せをすれば、待ってましたと言わんばかりに両手をナックルで武装した中太りの男と、斧槍を手にしたひょろがりの男とが、ぽきぽきと首を鳴らしながら、椅子に座る闖入者へとつめよる。
「いいから、遠慮すんなよっ!」
言葉と共に空間ごと薙ぎ払うかのごとく放たれた右フックが、闖入者のカン面に狂いなくせまる。その時点で、それを見世物替わりに眺めていた男たちは、彼に待ち受ける未来に飛び上がらんばかりに心躍らせていた。
だから気づかない。
プロボクサーさえも優に凌駕するキレと速さを以て振るわれる拳を前に、平然と座る闖入者――レンクスの、フードからのぞかせるその笑みが、どう猛なものへと変貌したのを。
ガツン、と肉のぶつかる音がする。
「は?」
そして気づけば、必中と確信して振るったその拳が、あらぬ方向へと流れていた。目測を見誤ったわけではない。レンを殴りつぶさんと振るわれたその一打は、払うような動作と共に添えられた彼の右腕によって受け流されていた。
「チィ」
防がれた。そう認識した彼は瞬時に軸を入れ替え、コンパクトな動作で左のアッパーを繰り出す。だが、レンは軽やかに椅子から立ち上がって上半身をスウェーさせ、迫る左をやりすごすと、相手の右手を掴んで下へと引き込み、ぐらりと相手の体制を崩すと、無防備のままの脇腹へと震脚によって威力を上げた膝蹴りを叩き込む。
「ぐ……ぶへぁ!」
衝撃は脂肪の壁すら抉るように貫通し、苦悶に呼吸が逆流する。更に、レンは空いた左足で椅子を蹴り上げて左手でキャッチすると、その後ろから斧槍の剣先を叩きつけんと飛び込むひょろがりの男の頭上から椅子を叩きつけた。軋むような快音と共に椅子が粉砕し、尋常ならざる衝撃と共に意識がトンだ。
「テメェ!!」
「調子に!!」
短刀と三日月に湾曲したシックルソードをそれぞれの手に、新たに二人がレンへと肉薄し、両側から挟み込むように攻撃を仕掛ける。袈裟掛けに振り払われる短刀と横なぎに迫るシックルソード。ほぼ同時に迫りくるそれを身一つで防ぐのは無理。そう判断したレンは、頭の中をクリアにし、加速する思考で編み上げたイメージを右手へと重ねる。すると、
無手のままだったはずの右手へ、鈍いエフェクトをまき散らしながらC-アックスが出現した。
「ハァ!!」
逆手に握ったC-アックスで短刀を防ぎ、そのまま受け流すと、残るシックルソードを手荷物椅子の残骸で受け止め、貫通したシックルソードごと相手の膝へと突き刺した。
「ぐっ」
深く己の膝を抉り込んだシックルソードを抜こうとよろける男をを壁へと蹴り飛ばし、追撃のために腕を振り上げる短刀使いへとC-アックスを投擲した。鋭く放たれたソレは、防ぐスキすら与えず左の肩より先を切り飛ばした。
「残るはお前だけだ」
「貴様ァ!!!」
ホルスターからS-ナイフを抜いて、その剣先を疵の男へと向ける。その立ち姿は、まるで幽鬼のようだった。
「どうした?今更怖気づいたか?」
「ぐ……ほざけぇ!!」
叫び声とともに、机を蹴り飛ばしながら男が腰に備え付けてある直剣の柄へてをのばし、握ろうとしたその瞬間。
「ふっ」
短く押し出した息と共に地面を蹴ったレンは、活歩による高速移動で疵の男に肉薄し、そのまま彼の胸元へ、S-ナイフの刃を突き刺した。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!」
「うるさい」
刃をより一層深く抉り、男の動きを封じたレンは、右手で相手の腰にある剣を引き抜く。
「俺の質問に答えろ。そうすれば、命は助けてやる」
明確な殺意をその剣へと乗せ、レンは刃を男の首筋に添えた。
「“計画”とはなんだ?お前たちラフコフは、いったい何を企んでる?」
「だ……だれがお前なんかに……」
「ハァ…………」
ため息。そしてレンの纏うその雰囲気が、急激にその色を変え、男へと吐き気がするほどに寒い“原始的”な恐怖を抱かせた。その瞬間。
ザシュッ!!
レンは握っていたいた剣を振り下ろし、男の右腕を切り落とした。
「~~~~~~~!!」
声にならない悲鳴。切り落とされた腕はばしゃりとエフェクトを散らしながら消滅し、男のHPバーががくんと減った。
「勘違いするな、お前に選択肢なんてない。早くしろ。答えないのなら、今度は左腕だ」
紡がれるその声は凍てつくほどに冷たく、フードの奥に宿る瞳には、気が狂うほどの殺意に彩られていた。それが、男の抵抗心を瞬く間に粉砕する引き金となった。
「――だ」
「聞こえないぞ」
「ク、クーデターだ!!攻略組のメンバーを抹殺し、今のパワーバランスを崩壊させるっ!!そ、そそして俺たちの手で新しい“秩序”を築くんだ!!」
「……それで?」
「部隊を二つに分けて、攻略組を潜り込ませたスパイによって情報を操作し、狩場に誘い出した所を第一部隊で奇襲、その後混乱に乗じて第二部隊が後ろから挟み撃ちにするっ!!」
「スパイとは誰だ」
「ラ、ラフコフの参謀。血盟事件を影で引き起こし、それを利用して立ち上げた“タークス隊”の隊長“
「な……に……」
カラン、とレンの右手に握られた直剣が滑り落ち、地面へと転がる。
――『ベノナです。以後、お見知りおきを』
タークス隊のベノナ、その印象的な人懐っこい顔の彼が、レンの脳裏をよぎったとき、どうしようもない動揺が、彼の全身を駆け巡った。と同時に、蝕むような焦燥感が、彼を駆り立てた。
「っ作戦場所は!?時刻と部隊突入はいつだ!!」
その、人が変わったような剣幕さに男は目を見開くが、そんなことはお構いなしに、レンは突き刺したナイフをどんどん突き立てていく。
「二、二十五層の支部だ!!時間は十二時、その一時間後が第二部隊の突入予定だ!!」
「十二時だとっ!!」
ウィンドウを出現させ、表示される時刻に視線を移す。ソコには、無機質なフォントで12:00と刻まれていた。
「は、話は全部だ!!早くナイフを!!!」
「……ッチ!!」
突き刺していたナイフを強引に引き抜き、ホルスターへと戻すと、げっそりと脱力した男の顔が映り込む。そこへ、レンはあらん限りの力を乗せたストレートを、男のあごめがけて叩きつけた。
「ゴヴッ………」
電脳体その野茂を揺るがすような衝撃は、そんな彼の意識を粉々に打ち砕き、よろりとふらついた後に、男は事切れた。
「アルゴ!!」
最早そんな彼を見届けることなく、踵を返したレンは、未だ地面に転がっているレッドプレイヤー達を無視して駆けだした。
「クソ!!!!」
同時に、脳内へと編み上げたイメージを具現化させ、、出現した蒼い結晶――転移クリスタルを握り込む。
――“お前の親しい者を殺す”
レンの脳裏に、最悪の光景がチラつく。
――それが、取れる最善で、一番安全だと思った。
今はもう懐かしくさえ感じる、キリトと、そしてレナ両名の結婚式。誰もがそれを認め、祝い、最も祝福されなくてはならないその日に起きた、残忍下劣極まる殺人。そして届いた警告。それを、レンは脅しなどではないと感じた。《ケンジ》。それが、殺されたプレイヤーの、
知ったプレイヤーだった。すくような責任感と、それでもあふれる不安を押し殺しながらも、前へ、前へと自分の歩める範囲で歩んでくヤツだった。切っ掛けは語るべくもない程に些細なことだったし、交わす言葉もそう多くはなかった。だからそれを知っているプレイヤーは少数だったが、基本的にはじき者であるレンが珍しく、ボス戦の際にアスタたち以外で肩を並べた、戦友と呼べる存在だった。
それが殺された。あっけなく、無残なままに。故に理解した。この警告は、偽りじゃないと。そして、少ないレンとケンジの関係性を知る、“攻略組”内部に“スリーパー
――けれど、同時にある予感もあった。心優しい
うぬぼれも甚だしいと、レン自身も思った。
――そう遠くないいつの日かに、彼女は自分の痕跡を捉える。向こうはプロで、こっちは素人なのだから
と。それが怖かった。
“親しいものを殺す”
あの警告が脅しでない以上、もし彼女が、自分の痕跡を捉えてしまったら。
“殺される”
何時もレンが目にするように。儚いままに死んでいった、
その結末を回避するためだけに、レンは博打に出た。彼女にしか分かりえぬだろうヒント、“大切”な思い出をキー標に残して、同時にわざとタークス隊に己の尻尾をちらつかせ、アルゴを
――なのに、なのになのになのになのにっ――
吐き気がする
喉はカラカラに乾いてる
拍動する心臓が、もっと
気が狂いそうになるほどの恐怖心が、思考の波をぐちゃぐちゃにかき乱す
「転移!!第一層《始まりの街》!!!」
宣言とともに、蒼き石は起動の光を灯す。そして、体を包むまばゆい程の明かりに抱かれながら、彼はその場から姿を消した。
この章も佳境に入ってきました。まさかこんなに長くなるとは構想段階では思ってもいなかったのが正直なところです。