SAO:Assaulted Field   作:夢見草

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暑い。蒸し焼きになりそうです。水分補給しっかりしないと熱中症で倒れそうです。今回は少し長かったので前後半に分けました。


Ep54: Hidden truth I

何故、彼女はこの部屋に隠されたギミック――その真相にたどり着くことができたのだろうか。アインクラッドにてその筋のプレイヤーで右に出るものなしとまで称される、情報屋としての洗練された経験、研ぎ澄まされたカンか。それとも単なる偶然にすぎないのか。はたまた、最初からそれを知っていたのか。可能性としては否定できない。そもそも、この地下ドックを見つけた時にも言えることだが、まるでそこに仕掛けが施されていると確信しているかの如く、行動に迷いがなかった。しかしそのどれもが、仮定としては正しく、そして致命的に間違いであるかのように、アスナには思えた。結局のところ、真相を知りたいのであれば、その本人に直接聞いてみるより外にはないのだ。であるからして、彼女がその答えをアルゴへと求めたのは、当然の帰結ともいえた。

 

「ねぇ、アルゴ。どうしてあなたは、このギミックに気が付いたの?」

「たまたまだヨ、って言ったらどうすル?」

「ちょっと信じられないかな」

「どうしテ?」

「だってアルゴの行動には、迷いがなかったから」

「私もそう思うな」

 

じっと、フードの多くからのぞかせるアルゴの瞳が、ただ真っ直ぐ、アスナとレナを見据え……やがて、力を抜くかのようにフッと肩をすくめた。

 

「相変わらず鋭いナ、アーちゃんは。判ってるヨ。後でちゃんと教えるカラ、先ずは部屋に入ろウ」

 

観念したかのように肩をすくめると、アルゴはさぁ入っタ入っタ。とかつぶやきながら左手を入口へと指さした。

 

***

 

アルゴに勧められるままに奥へと進んでいったキリト達だったが、新たに表れたその通路は恐ろしく狭く、人ひとり通るにもやっとという有様だった。

 

「狭い……」

「ちょっ、押すなよ」

「おっト、ごめんヨ」

 

四苦八苦しながら如何にか部屋の内部へと辿りついた一行ではあったが、やはりというべきなのか、今までと同じように見通すことが叶わないほどに暗かった。

 

「どこもかしこも暗いな」

「とりあえずライト探さないと……うーん、この辺りにありそう……あ、これかな」

「レナのそのライトに対する勘の良さは何なんだ?」

「さぁ?乙女のカンってやつじゃない?」

 

そんなたわいもない雑談を交わしつつ、隣の部屋からこぼれるかすかな光を頼りに手で壁を伝わせていたレナは、やがて指先に何かレバーのようなものがふれたのを感じ、迷うことなくそれを引いた。ガコンと音を立てて降りたそのレバーは、程なくして暗がりのみが支配していたその部屋を照らす古風なルームランプを作動させた。

 

「これは……まタ」

「レンの奴、なんか妙に子供っぽい趣味してないか?これじゃぁまるで、秘密基地みたいだぞ」

「その子供趣味筆頭が何言ってんだか」

「んな!?」

「正直に白状なさい?良いなぁとか思ってるんでしょ?」

「く……言い返せない」

「ホラやっぱり」

 

現れたのは、とても簡素な作業台……いや、作業机というべきものだった。ただし、その実態は先の部屋にあった作業ドックとは比べるべくもなく明らかに“異質”だった。

 

「何というか、学校の理科実験室みたいね」

「アスナってなんか好きそうだよな?」

「……どういう意味かしら?」

「いや、深い意味はなくて、なんかこうイメージ的に。すごく勉強できそうだし」

「アーちゃんはクラスの委員長役がピッタシだネ」

「実質今もそんな感じじゃない?アスナってさ」

「まぁ、言われてみればそうね」

 

ふと脳裏に思い浮かんできたイメージを口にしたアスナであったが、それは概ね皆の共通イメージであったらしい。それほどまでに、アスナが言い表したその表現が、的確に部屋の特徴を捉えていたのだ。この部屋に、ただ一つ置かれている家具たる大きな作業机、その上に置かれているのは、摩訶不思議な色合いをした液体で満たされたビーカー、フラスコ、アルコールランプのようなもの、バーナー、そして無造作に置かれた無数の投げナイフ、加工中と思しき何かの金属片、木などなど。

 

「あとは……人形?」

 

それらが乱雑に置かれた中でただ一つ、少し銀色にも似た灰色の毛並みを持ち、どこかの鼠と仲良く喧嘩していそうな猫に似たぬいぐるみが、古ぼけ、使い込まれた机の上にきちんと安置されていた。それを、アルゴは徐に手に取ると、どこか懐かしむような、それでいて微かに驚いているかのような何とも表現のしにくい目でしばし見つめた後、元の位置に戻すと同時に元々彼女が手にしていた鼠の人形をその横に置いた。

 

「これガ、オレっちがこの場所に難なくたどり着いた理由(ワケ)サ」

「この人形がか?」

 

それはキリトにとって、そしてその横で聞いていたアスナにとって、全く予想だにしなかった返答だった。二つ一緒に並んでいる人形を見やれば、確かに同じ意向の下作られたかのようにも感じる。しかしそれを加味してみても、彼らにとってはどこからどう見たって何の変哲もないただの人形にしか見えない。が、本当なのだからしょうがないとアルゴは続けた。

 

「確かニ、何も知らないとこの人形はただのぬいぐるみダ。ケド、これはぬいぐるみじゃなくて一種の自律人形(オートマタ)なんだヨ」

自律人形(オートマタ)?」

「自律人形の事でしょ?でもこれが?」

「オー、流石アーちゃんは博識だネ。そう、これは一種のオートマタ。でも、備わってる機能そのものはとても単純ダヨ」

「その機能って?」

 

レナがそう問えば、アルゴは猫の方のオートマタを手に取り、何やら耳の付け根あたりを軽く押し込むと、その手の上でオートマタが踊り始めた。

 

「これと対になるオートマタを持っているプレイヤーに対し、その位置情報を通知するんダ。“ビーコン”って言えばピンとくるかナ?オレっちがこの部屋に気づけたのもモ、まさにこの情報を受け取ったからだヨ」

「じゃあまさか、アルゴがレンの住処に気が付いたのは……」

「……だまして悪かったネ、キー坊。こうでも言わないト、信じてもらえないと思っテ」

 

ばつが悪そうに舌をチロリと出して、アルゴは未だに動き続ける猫のオートマタを再び鼠の隣へと置いた。

 

「そんなのいつ」

「悪いナ、アーちゃん。その情報だけは売れないヨ」

 

言いながら、自分でもずるいなぁと、アルゴは思う。しかし、これだけはどうしても譲れないのだ。過去にはあまりこだわることなく、また思い出などにもあまり深く固執はしないタチである彼女が数少なく、この大凡二年間の中で大切に抱えてきたものの一つだ。目の前で、納得がいかないとばかりに顔をしかめているアスナもまた、レンの事を心から心配しているのはわかる。だが、たった一日の、それも報酬によってとはいえ自分が大切に思っている人との思い出を独り占めしたいと思うのは、乙女の特権ではないだろうか。

 

「とにかく、言いたくないなら無理には聞かない。いいだろ?アスナ」

「……分かったわ」

 

渋々ながらも、アスナが頷いたのを見、キリトは机の方――アルゴが今立つ場所の横へと移動する。

 

「じゃあ、これがアイツの隠してたモノなのか?」

 

改めて、己の眼前に広がる光景を、キリトは一瞥する。不可解で、それでいて何の脈絡もない作業机。そこに、レンは何を隠したかったのかを見つけるために。そこで彼がまず目にとめたのは、机の上に散見される様々な用途不明の器具、そのうちのビーカーだった。大まかに見分け、ビーカーには大凡四種類、ないし五種類ほどの液体が満たされている。そのうち、キリトは無作為に禍々しい紫色の不気味な液体で満たされたビーカーを手に取る。ガラスをタップし、現れたウィンドウに目を通す。そして、ウィンドウに表記されていた内容を目にして、キリトは思わず絶句した。

 

「……毒だ。それも、かなり強力な」

 

努めて冷静に、言葉を紡いでゆく。

 

「毒ですって!?」

「それもLv10!?」

 

帰ってきた反応のどれもが、驚愕に染まった声であった。

 

「毒だけじゃない、こいつほどのレベルじゃないけど、麻痺毒に幻覚毒、石化毒。ここにあるのは、どれもそんなmobあるいはプレイヤーに状態異常を引き起こさせるやつばかりだ」

 

キリトが手にした毒の名前は、《グリムリーポイズン》。一見馴染みのない名前ではあるが、キリトの脳裏にある記憶、その残滓にその名前が引っ掛かった。

 

――“残忍な(グリムリー)?”そんなな名前のボスが、どっかにいたよな?

 

「どうしてレンがそんなものを?」

「どうやラ、これのためらしいネ」

 

声が上がったのは、彼女たちの後ろ、入り口当たりの壁に設けられている戸棚をあさっていたアルゴだった。

 

「ここニ、こんな資料があったヨ」

「おっと」

 

アルゴがばさりと手に取った写本を放り投げれば、キリトが難なくそれを受け止める。ボロボロの表紙には、掠れた文字で“各種調合リスト”と刻まれている。

 

「調合って……何のための?」

「これはあいつ特製の写本みたいだが、主に毒ナイフとかを作成するのに必要な調合リストだな。割合、組み合わせ、出来る毒の種類とか……内容は様々だけど」

 

キリトの脳裏に、ラフィンコフィンの幹部たる毒使い“ジョニー・ブラック”の姿がよぎる。

 

「あり得ないわよ、彼は、レン君は毒ナイフなんて」

「そウ、“使わないハズ”なんダ。レンは、毒ナイフ使いじゃないし、そんな手とは遠い人物ダ」

 

――いや、そうじゃない

 

アルゴの言葉に、その大半にはうなずきつつもキリトは内心首を振った。より正確に言い表すのならば、レンは毒ナイフ等を“使わない”のではなく“使えない”のだ。“A-ナイファー”に代表的な武器の全てが、カスタマイズ不可――つまり、強化や合成、及び改良ができないという。そしてレン自身、アルゴが言うように毒などを好んで使用するプレイヤーではない。こういった状態異常などは、ある意味RPGの王道のようなものだが、この世界の状態異常戦法はモンスターに対して有効とは言い難い。逆は理不尽なまでに効くくせして、多くのモンスターはプレイヤーが与える状態異常に対して恐ろしい程に高い耐性を兼ね備えている。もしこの世界がデスゲームと変貌していなければ、キリトはこの仕様を運営に抗議すること間違いなかった。よって、残るはプレイヤーに対して使用するだけだが、そんなこと、レンがするはずもない。だからこの部屋に置いてある毒の存在を、キリトはにわかには信じがたかった。

 

「何だってレンが毒なんて……」

「……兎に角、今はもっと情報を集めましょ。結論を仰ぐのは、それからでも遅くはないわ」

「アスナの言うとおりだね」

 

心なしか、いつもより力のないその提案に、レナは頷きながら脳裏によぎった嫌な想像を拭うように手を動かした。

 




後半に続きます。

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