SAO:Assaulted Field   作:夢見草

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アポクリファのアニメが放映されましたね。fgoで活躍する色んな鯖が活躍するのは嬉しいです。これを機会に、FGOから入った新規マスターは是非アポクリファを読んで見ましょう。原点のSNの方も今ならセイバールートのみ無料で出来ますよ!!(ダイマ


Ep53: Dungeon underground

不気味なまでの“黒”をさらけ出す、ポッカリと穿たれた大穴を前にして、微弱ながらに流れる風に、栗色のさらさらとした髪は揺れながら、紅白の騎士服を身に纏った少女――アスナ――は、その意外なる深さに驚いていた。手を伸ばせば、絡みついてくるまでに濃密なその暗は、さながら“一寸先は闇”のごとく。一体この闇が、どこまで伸びているのか想像すらつかない。ふと、レナはストレージにしまってあったなまくらの短刀を取り出すと、それを徐に暗闇の中へとほうり込む。カツーン、カラーン……硬質の金属音は反響しながら遠ざかってゆく。そこでようやく、彼らは気づいた。その闇の深さに。やがて定期的に響いていた音は消え去り、耳に届かなくなる。

 

「……深いわね」

「何メートルだ?七?いや八?」

「キー坊の見立てで、恐らく」

 

元々、この層は水によって隔たれた場所。この家が層の丁度中心、中島に位置するとはいえ、確実にこの先は水路よりも下に伸びているとみて間違いはない。

 

「行ってみよう。この先に、俺たちが求めるものがあるかもしれない」

「そうね。どのみち、ここにいてもしょうがないわ」

 

キリトの声に、アスナが応じる。

 

「灯りがいるな……」

「俺っちが持ってるよ」

 

言って、アルゴはローブの下にあるポーチからごそごそとあるモノを取り出した。手に握られていたのは、ほのかに赤みを帯びた、直径三センチばかりの小さな石のような結晶だった。その結晶を、穴の底へと続く石畳へと打ち付けると、何てことはないただの結晶だった其の石は思わず目がくらんでしまうかのような強い光を発し始めた。

 

「これって……」

「“アンサズの石”だよ、レナッち。エルフたちの操る魔法、その神秘を宿したものサ。ホレ」

「おっと」

 

アルゴより投げ渡されたそれを、キリトは苦も無く受け取る。熾るまでに猛る石は、しかし直に触れてみても熱さはない。むしろ、その灯は穏やかで、弧を見守る親のような優しさ――安らぎがある。

 

「キズメルさんたちの居た、エルフの拠点を思い出すね、この光」

「だな」

 

懐かしむような声で囁かれたレナの言葉に、キリトが頷く。古く、しかし脳裏に刻まれた記憶がよみがえってくる。確かに、この石が宿す光は、ともに辛苦を過ごした森エルフたちの、心優しさと勇猛さを思い出させてくれる。このSAOにおいて、初めて数層をまたイベントクエストとして助け出したキズメルという名の玲瓏な女性剣士との冒険の数々は、今も彼らの記憶の中にあり続ける。そういえば、彼女は一体どうしているのだろうか――そんなことを考えながら、キリトは手に持つ石を広がる闇へと振りかざすと、白赤は黒を払った。

 

「階段か。やっぱり深いな。俺が先行するから、レナ達は離れずついてきてくれ」

「うん」

「わかってるわ」

「了解ダ」

「よし」

 

三人の頷きとともに、キリトは背中に背負ってある剣、夜天の空をその刀身に注ぎ込んだかのような魔剣――エリシュデータを抜いた。

 

もし、この先であいつが――そこまで至った思考をかき消し、キリトは初めの一歩を踏み出した。

 

***

 

もう何度、この道を歩んだろうか。キリトが照らすその光がなければ、一寸先すら見渡せぬであろうその道。一体何段を踏みしめたのかは分からない。ただ、私はかなり下ってきたという感触だけが確固たるものとして理解できる。下ってきたその先にあったのは、破棄された地下用水路だった。いや、その表現は正しくなかろう。囲む岩々はくすみ、ぼやけ、傷んでしまっているが、そこを通っている水そのものは綺麗だ。つまり、この水路は未だ“死んでいない”。恐らくは、地上にある水路とここが、どこかでつながっているのであろう。構造的には不可解極まりないが、そうでなければ説明はつかない。かすかに肌寒くなったその場所で、目がようやくこの闇に慣れてきたのか、先を行くキリトの持つ灯りがなくとも、アスナはある程度なら広がる景色を認識できるようになった。いくら人の眼が夜になれど効くとはいえ、現実ではこうも認識はできぬだろう。それもまた、この体――0と1からなるデータの集まりであるポリゴン体たるこの身だからこそできる業なのかもしれない。

 

「かなり広いねー」

「だナ。コレ、街全体に広がっているんじゃないかイ?」

「恐らくは、な。まさかこの層にこんなのが隠されているとは」

 

そこで、先を確かめつつゆっくりと足を進めるキリトが、進む歩を止めた。

 

「どうしたの?二人とも」

「何か見つけたのかイ?」

「アスナ、索敵スキルを立ち上げてみてくれ」

「え?」

「たのむ」

「……分かったわ」

 

その意図はつかめなかったが、とりあえずは言われたとおりにアスナは索敵スキルを立ち上げる。と同時に、脳内へサーチした情報が流れ込んでくる。

 

「え?……これは」

 

その流れ込んでくる情報量に、アスナは絶句した。

 

「どうだ?」

「どうだって……こんなの、おかしいわよ。この水路は……」

 

全く先が見通せない。索敵スキルの索敵限界範囲に届いているとかそういったレベルの話ではない。

 

「やっぱりアスナも……か」

「さっきから一体何なの?」

「見通せないのよ、私の索敵が。たった数メートル先の情報を」

「まさカ、じゃあここハ」

「一種のフィールド?いや違うわ。迷宮そのものなのよ」

「そんなっ!!」

 

最早悲鳴にも似た声が、レナの口から洩れた。キリトが突如として足を止めたその理由。それはこの場所が、ハイランカーたるキリト達の索敵スキルですら見通せぬほどの迷宮と化していたからだ。何の準備もなしにむやみやたらと進もうものなら、間違いなく遭難してしまう。ここは、そういった類の迷宮。加え、キリトほどのレベルに達したものですら阻害される最高級の。

 

「無理だ、この先は進めない。遭難してしまうぞ」

「どうしテ、こんな低層に、こんなものガ?」

「さあな。あるいはこれ自体が、何らかのクエストなのかもしれないけど……」

 

翳していた石を、キリトはそっと下した。

 

「ここに足を踏み入れてもなお、クエスト開始を現すウィンドウがポップアップしない。つまり、俺たちは正規の手順を踏んでないんだ」

「もし仮にこれがクエストなら、必要なフラグを立てないとってこと?」

「そう。RPGにはよくある話さ。どっちにしても、ここにいても無駄だから、一度地下に戻ろう。そうすれば……」

「待ってっ!!」

 

踵を返そうとしたキリトを、アスナの鋭い声が制す。

 

「皆耳を澄ませてみて。何か聞こえない?」

「何だって?」

 

目を閉じて、不要な情報を極力遮断し、同時に、索敵スキルの示す反応にも意識を向ける。例え子の迷宮によってその力が阻害されていたとしても、“音”だけはまた別だからだ。五感の内の一つだけに意識を集中させ、小さな音すら拾うようになったキリトの耳へと届くのは、地下水のゆるやかに流れゆく音と、空気が流れ漂ってゆく音。それ以外には、何も余分な音はない。

 

――アスナの思い違いか?

 

そうキリトが気を抜きかけた、その時だった。ドカンッ……ドカッ!!何かを打ち付けるようなその音が、かすかではあるが風に乗って確かに、この場所にいる全員へと届いた。

 

「何の音だろ?」

「力強い音ね。間隔も大きい」

「まさカ、コレって……」

 

そこでキリトの思考は一気に最高点まで引き上がった。間隔が大きく、力強さのある、何かしらの硬質な音。その音の正体は、おのずと知れてくる。何故なら彼らも、ここにたどり着くまでに実際にやろうとしていたのだから。

 

「まずい!!タークス隊だ!!あいつら、レンの家のドアをこじ開けるつもりだぞ」

「ブリーチング!?」

 

発したアスナの声色に、緊迫の色が高まる。彼らはこの地下室にくる際、入り口である穴へとつながる扉を開けたままにしていた。ならば、仮にタークス隊がドアをブリーチングしてしまえば、おのずとその穴を目にしてしまうということになる。そうなれば、この地下道の事も当然調べることになるだろう。そうなってしまえばまずい。何故なら今キリト達が置かれているのは、袋小路へとはまった“鼠”にも等しい状況。タークス隊という名の“猫”に見つかってしまえば、待っているのは“捕獲”だけだ。ただ、一つだけ違うとすれば、アスナ達にはまだ逃げ道が残されているということだろうか。ただその逃げ道が、遭難という名の確実な危険性を孕んでいるだけで。

 

「どうしよう?皆でハイドする?」

「ムリだよレナっち。俺っちやキー坊はともかク、アーちゃんとレナっちの二人は服が目立ちすぎるヨ」

「そもそもタークス隊のリビール力は化け物だって聞いたことがある。俺でもハイド出来るか怪しいぞ?」

「じゃあどうするのよ?」

「あーまってろアスナ。今考えてるから」

「まずその灯り!!」

「だめだよ!?何も見えなくなっちゃう!!」

「どっちだよ!!」

 

一転、場はまるでハチの巣でもつついたかのような大騒ぎ。普段、常人ならすくみ上ってしまうようなモンスターを前にしても動じない三人が珍しく焦っていた。ぶっちゃけ、こっちの方が彼らには何倍も恐怖を感じていた。そんな、若干三名があたふたとこーでもないあーでもないと慌てて対策を講じている中、仲間の一人であるアルゴは、ただ取り乱すこともなく自身でも不思議に感じるほど妙に落ち着いていた。

 

「この用水路に潜れば!!」

「ムリだって!!溺れるぞ」

「息も持たないわ!!」

「そもそもレナはトンカチだろ!!」

「あー!いったなぁー!!言っちゃいけないことを!!」

「事実だろ!!」

「痴話げんかは後にして!!」

「「痴話じゃない!!」」

 

普段からすれば目も当てられぬほどに動転している中でも器用なことで声を押し殺しながら策を論じる三人は、果たしてさすがというべきなのか努力の方向音痴というべきか。勿論、アルゴ自身にも慌てる心が全くないというわけではない。ただ湧き上がってくるそれにもましてなお勝る“確信”と“疑問”が、彼女の精神状態を安定にとどめていた。先ほどから、所有者であるアルゴへとある通知のウィンドウを発し続ける、ストレージ内の自立ぬいぐるみ(オートマタ)。通知ウィンドウのボタンをタップし、ストレージ内より実態化するシーケンスを経てアルゴの掌へとポスッっと乗ったのは、一般的なそれよりもなおさらに小さい、彼女のトレードマークであるおヒゲをまた同様に持つ、愛らしくデフォルメされた某仲良く喧嘩する世界的アニメに登場するその片割れ、鼠のぬいぐるみだった。懐かしさと、今でも色あせることのない記憶とが浮かび、こんな状況であるにもかかわらず、自然とその表情がゆるむ。両手の上にポスンと佇む小さな鼠は、頭を愛くるしく左右に揺らしながら、どこか聞き覚えのある音楽を流してくる。

 

「って、アルゴ?なんだそれ?」

 

慌てている彼らにも、さすがにその音楽は耳にしたようで、未だ焦りの色が消えないままも、アルゴへと尋ねた。しかし、アルゴはそれに取り合うことなくじっと首を振る続けているその首を静かに見つめ……

 

「キー坊!!その灯りを俺っちに貸してくレ!!」

「は?どーして?」

「いいから!!」

 

言い終わらないうちにキリトからひったくるようにして《アンサズの石》を手にした彼女は、そのまま石を正面に構える石造りの壁へと掲げ始めた。

 

「…………」

 

そんなアルゴの行動に三人は目を合わせつつも、ただ見守ることしかできない。

 

「あった!!」

 

程なくして、彼女は苔むし、すすけ、古ぼけた岩々の中から果たして読み通りカギを見つけた。一見何の不思議はない、積まれて壁となり汚れぼやけた岩々の一つの中に一つだけ、微々たる違いだがかすかに真新しい石がある。最早一片の迷いなく、アルゴがその石に手を伸ばすと、触れた瞬間、カコンと音を立ててその石が壁へと沈んだ。すると、今まで何の変哲もないただの壁だったはずのそれに、ほのかに黄色に染まった光が、長方形にも似た形で鋭く走り、ゴゴゴと地響きを縦ながら幅九メートルほどの穴を作り壁が移動した。

 

「これはッ!!」

「驚くのは後だ!!さっさと中に入るんダ!!」

 

最早時間がない。もうとっくに、タークス隊はドアをぶち破ってこの地下道へと続く穴を見つけていてもおかしくはない。今アルゴたちがいる場所は体感で二十メートルと離れていないハズ。逆にこれだけの時間をかけてなお見つかっていないのは奇跡にも等しい。であるからにして、アルゴはこの先に何が待ち構えているかなど気にすることなく、是非もなしにキリトとレナ、そしてアスナを押し込んでから、自身もまたその場所へと飛び込んだ。同時に、壁が瞬く間に入り口をふさぐ。

 

「あっ」

 

そこで、アルゴはハタと気づく。己が手に握っていたアンサズの石がないことに。

 

――マズイ

 

慌てて、如何にか戻ろうと体を動かすアルゴであったが、そんな彼女の行動を、遠くから聞こえてくる音が縫い付けた。いや、聞こえてくのではない。正しくは、響いてくる、だ。ほぼ石のみで形作られたこの閉鎖空間では、大凡すべての音が反響するは自明の理。闇に潜む彼ら四人の耳に届いたのは、複数人のプレイヤーの足が石を叩く音と、かすかな話声。

 

「…………長、………先………」

「…………です。い………………」

 

それらの音は確実にこちらへと近づいてゆき、

 

「光が……見えます!!……長!!」

 

“光”、その単語を耳にしたアルゴは、まるで心臓をわしづかみにされたかのような感覚に陥った。すんでのところでアスナがその口をふさがなくば、それこそ悲鳴にも近い絶望の声を上げていたかもしれない。近づいてくる足音は止み、その代わりに壁一枚を隔てたその会話が、不気味なほど明瞭に、四人の耳へと届いた。

 

「隊長!!光っていたモノの正体が分かりました」

「どうやら、光る結晶石のようですね。魔法……エルフたちの秘蹟ですか」

「ここに誰かいたのでしょうか?」

「まず間違いなく。穴の外にいたときには気づきませんでしたが、存外にこの場所は音が反響するようです」

 

感じられるあどけなさにそぐわない落ち着き払った敬語が印象的な癖のある声。隊員と思しきプレイヤーに“隊長”と呼ばれるものは、おのずとわかる。

 

――ベノナだとっ!!隊長のアイツが、どうしてここに

 

効果があるのかは分からぬが、息を殺して闇に潜んだまま、キリトは聞き耳を立てて静かに事の成り行きを静観していた。

 

「当然、私たちの存在にも気が付いているでしょう。……うかつでしたね。私たちは走るべきではなかった」

「すいません隊長。俺の気がはやったばかりに……」

「シンドのせいだけではありません。思わぬ発見を前に気を急いたのは私も同じです」

「……地下はまだ続いているようですが……追跡しますか?」

「いや、どうやらこの場所は迷宮化しているみたいですね。むやみな深追いは禁物でしょう。

「では?」

「地上部隊に連絡を。レンの家は封鎖します」

「了解しました」

 

はっきりとした声とともに、足音が一つ遠ざかってゆく。

 

「さて、地下水路ともなれば()()()の一匹や二匹潜んでいても不思議ではありませんが……」

 

せつな、それを聞いていた四人の呼吸が、例外なく停止した。何故、ではない。何気ないベノナのその声は、明らかにある種の志向性を孕んでいた。

 

――気づかれた?

 

ナイフを、喉元へと突き立てられているかのようだった。あまりの恐怖に、思考が呼吸するのを忘却してしまう。デジタルの下に成立するこの世界で、流れるハズのない冷や汗を、キリトは感じていた。本能がけたましい警鐘を鳴らす。今にも、隔てる壁が動き――

 

「なんて、そんなベタな展開あるわけありませんか。余計な空想に耽ってないで、私も地上に戻らねば」

 

だが、その壁は動くことなく、代わりに聞こえるのは、ベノナの遠ざかってゆく足音だけだった。

 

「「「「ぷはっ!!はぁはぁ……」」」」

 

欠乏した空気を求めて、喘ぐ声が等しく四人の口から洩れる。生きた心地がしない。それほどまでに、彼らはおぞましい何かに侵食されていたのだ。

 

「ば…….バレなかった?」

「分からない…………」

「ベノナは?」

「け……気配はないヨ。たぶん、穴に向かったんダ」

 

荒れた息は、いくらたっても正常に戻る気配がない。嘗てこれほどまでに、これ程の恐怖を覚えたことはあっただろうか。荒れ狂う呼吸をどうにか抑えつつ、アルゴはそんなことを考えていた。彼女自身、情報屋としていくつもの修羅場を潜り抜けてきた自覚はあったが、今感じていたものは、到底それらの物とはくらべるべくもないように感じた。一体、“アレ”はなんだったのか。気にはなるが、今はそれよりも先にしなくてはならないことがある。

 

「暗いナ……」

 

とっさの判断で飛び込んできたそこは、表の地下水路と同様に一寸先すら見渡すことのできぬ闇に覆われていた。

 

「とりあえずは、灯りがないと」

「替えの石ってないの?アルアル」

「いやァ、残念だけド《アンサズの石》はあれで品切れなんダ。レナっち」

「なら、何か別の方法を見つけなくてはいけないわね……」

「……とにかく、みな自分の居場所から動くな」

 

暗闇の中、姿なく飛んでくるキリトの声に、アスナも無言ながらに頷いた。自分たちは今、右も左もわからぬ“迷宮”の中にいる。であれば、この隠し壁のようなギミックが他にあっても何らおかしくはない。下手に動き、それらを作動させてしまってはマズイ。

 

「いいか?何も触れるなよ?絶対にだぞ?今何か考えるから」

「あっ」

 

キリトの、念を押すようなその声と、ガコンと何かの作動する音が聞こえたのは、なんの偶然であろうか全くの同時だった。

 

「ガコン?」

「わわわ!ごめん!」

「レーナァ!!お前なにしたんだ!?何芸人みたくベタな真似してくれるんだ!!」

「ワ、ワザとじゃないよ?ただ立ち上がろうかなって壁に手を伸ばしたら……」

「このドジ!!」

「あーあー!!まーたそうやって余計なことを!!いいわよ、そっちがその気なら今後キリトは夕飯抜きです!!」

「んな、それとこれとは話が違うだろ」

「んべー。乙女をもてあそぶ鈍感ちんにはこれで十分ですー」

 

相変わらず両名の姿は見えぬが、まぁ何ともほほえましいやり取りが聞こえてくる。このまま行く末を見守ってみたいが、今は状況が状況だ。既に辺りにはギミックの作動したことによる動作音が響いている。意味はないかもしれないが、腰に帯刀してあるレイピアの柄に手を添え、アスナは何が起きても瞬時に反応できるように警戒心を高める。その隣で、同じく金属のすれる音がした。恐らくは、アルゴのかぎづめ。単一であった音に他の音が混ざり合い始める。徐々に複雑化してゆくその音は、アスナの警戒心を刺激するには十分。カチリ。最後に一つ、そんな音がして、アスナがレイピアを鞘走らせようとする同時、闇一色だったその場所が燈色に明転した。

 

***

 

「くっ!!」

 

視界を塗りつぶしたその燈色の光は、闇に慣れた彼らの眼より視力を完全に奪い去る。普段なら何の問題もないその光源量も、今の彼らにとっては毒にも等しい。視覚情報の一切が遮断される中、アスナは何度か瞳を瞬かせてみると、ようやく目の機能が徐々に回復してきた。

 

「一体どうなったの?」

 

回復した目で辺りを見渡せば、アスナにとって驚きの光景がそこにあった。レナが偶然にも作動させたのは、どうやらこの部屋に設置された灯りをともすためのスイッチであったらしい。壁際に設置された灯火が曝け出したのは、闇に包まれていたその部屋の全貌。

 

「これハ……」

 

同じく視界を取り戻したのであろうアルゴが、アスナの隣で息を呑む。だが、そんな彼女たちの驚きも無理はない。何故ならば、彼女たちが隠し通路だと思っていたその場所は、そもそも通路ですらなかったのだ。大きさで言えば、一般家庭のリビングほどの大きさだが、決定的に違うのはその中心にあるのがテーブルではなくゴンドラであるという点だった。気の材質が良くいかされた、ニス塗仕立ての質素なゴンドラが、船台の上に乗せられたままの状態で放置されている。辺りの壁にはトンカチはハンマーなどといった代表的な工具が立てかけられており、アスナたちの立っている場所には、外の水路から水を引き込むための路が、船台の周りを囲むように設けられている。

 

「部屋じゃないわよね……ドッグ?」

 

その構造は、かつてクリアしたイベントのソレに酷似していた。レナは近寄り、船台に放置されているゴンドラの船首近くに刻印されていた文字を読み上げた。

 

「《J・A・C・K・D・A・W》……ねぇ、この船って……」

「間違いない。《ジャックドー号》。レンとカズが乗っていた船の名前だ」

「由来は……“ズル賢いニシコクマルカラス”だっけ?」

 

記憶を探りながら言葉を紡ぐレナに、キリトもはっきりとはしない生返事で応じる。何故彼らがそんな名をこのゴンドラに名付けたのかははっきり言ってキリトも覚えていなかったのだから。

 

「でも……どうして?」

 

こんなドックのような場所に、かつてのゴンドラを放置しているのか。アスナのつぶやきにはそんな意味合いが含まれていた。嘗てこの層が、未だ最前線であったころ。目の前に鎮座するようなゴンドラは、間違いなく攻略には欠かせぬものであった。ありとあらゆる攻略プレイヤーはこぞって関連クエストをクリアし、それぞれが思い思いのカスタマイズを施してフィールドへと漕ぎ出した。だが、そんなよく目にした光景も、やがては落ちぶれてゆく。フロアボスが打倒され、次の層へと攻略の手を伸ばした攻略組に対し、彼らの“足”であり“武器”ですらあったゴンドラに待っていたのは“廃棄”という残酷な二文字だった。キーアイテムであったゴンドラも、その層を過ぎればただの荷物に過ぎず、ただ維持費を生み出すものでしかなかった。ゴンドラに対しては並々ならぬ思い入れがあるアスナ達でさえ、使用したのはもう一年以上も前の話だ。

 

「何とも。ここがアイツの隠したかった場所なのか?」

「いいや、違うナ」

「は?」

 

はっきりとした口調で、キリトの考えを遮ったのは、今まで口を一度も開かなかったアルゴだった。皆の視線が彼女へと集まる中、アルゴは手に先ほどの鼠のぬいぐるみを抱えたまま、部屋際の壁を沿うようにして“何か”を探していた。

 

「何してるの?」

 

レナの問いかけにも答えない。アルゴはただ、己が持ちうる神経の全てを総動員して、この部屋に隠された“真実”を暴かんとする。他でもない“彼”が“彼女”へと残したメッセージに従って。そんなアルゴの行動は、傍よりそれを見つめるキリト達からすれば唯々不思議な光景でしかなかった。目の前に放置されているゴンドラには興味もくれず、壁を一心不乱に“何か”を求め見つけようとするアルゴは時たま右手に持つぬいぐるみに目をやりながら、じわじわとその位置を移動させ、やがて部屋のある一画にて立ち止った。

 

「なぁ、一体……」

「静かに!!」

 

ぴしゃりとキリトを制し、アルゴは空いている左手をあるモノへと向ける。

 

――反応はここから!つまり……

 

右手のぬいぐるみから感じる反応を確かに感じ取りながら、アルゴは自身の索敵スキルを立ち上げる。すると、探していたモノはちゃんと目の前にあった。

 

「あった!!」

「?さっきから何なんだよ、アルゴ?」

「見つけたのサ、レンが本当に隠していたモノ」

「なんですって?」

 

その言葉に驚くアスナたちを尻目に、言いながらアルゴは左手をこの部屋にただ一つあるランプへと手を伸ばし、何のためらいもなく壁に向かって押し込んだ。とたん、今日中の内に何回も聞いたことのある作動音が鳴り響いた。

 

「なに!?」

「今度は本当に何もしてないから!!」

「判ってるさ!!」

 

程なくしてその音は反響性をなくし、ある一点――丁度アルゴが立つ辺り――へと集中してゆく。

 

「アルゴッ!!」

「らしくないなァキー坊。ホラ、これがそうだヨ」

「!?」

 

得意げに話すアルゴがその身を翻すのと同時……先ほどまで壁だけだったはずの場所に、新たな扉が出現していた。

 

 

 

 




ジャックドー号の元ネタは当然アレですね。読者の中にもピンと来る人は居るでしょう。因みに別案として攻略組=英雄とかいう繋がりで名高いアルゴノーツにしようかとも考えていましたが、なんかしっくりこないためボツとなりました笑

そしてお気に入り登録者数500人突破有難うございます!

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