近く天変地異でも起こるんでしょうかね?(KONAMI感
「アルゴ……お前、今までどこに?」
そう尋ねたのは、丁度アスナの対岸に座るキリトだった。
「オレっちにもいろいろあるのサ」
「色々?この一週間ばかり、ずっと音信不通だったろ」
「まあネ」
キリトの知る限り、彼女はレンが消息を絶った次の週よりその後を追うようにして行方をくらませた。当然、それを知るのはキリトのみならず、より多く――具体的には攻略組全体――のプレイヤーへと知り渡ることとなり、その母数こそ少ないものの、一部レンとの関連性を疑うプレイヤーもいた。そんな彼女が今、どうして自分たちの前に姿を現わしたのか――キリトは、その疑問を口にした。
「今頃、どうしてここに?自分が今、どんな立場にあるのか知らないわけじゃないだろう?」
「もちろん知ってるヨ。大方、オレっちの事を疑うプレイヤーでもいるんだロ?」
「それを理解していながらどうして?」
そんなアルゴはしかし、未だその横顔をフードの奥にひそめたまま、ただじっと佇んでいる。が、丁度その横に座るアスナからは垣間見ることができた。そのフードの奥、本来第三者からは隠されているはずの瞳に、ある種の“決意”のようなものがあることに。
「レンのことね」
その瞳を己のソレでしっかりと見据え、アスナは言った。それを聞いたアルゴの、結ばれていた口元がニヤリと上がる。
「お見事。流石はアーちゃんダナ」
「レンの事?アルゴは何か知ってるの?」
「知ってるサ。今最もアツい情報ダヨ」
「それを俺たちに?」
「そーだョキー坊。一つ買うかい?」
パサリとフードを払い、露になった素顔を向けながら、アルゴはテーブルに座る皆へと試すような口調で尋ねる。それは、情報屋“鼠”のアルゴとしてではなく、皆の仲間である“アルゴ”としてのようでもあった。アルゴがその“情報”をタークス隊へと売らずにキリト達を真っ先に尋ねたのは、それこそが最適解であると自分で確信しているからに他ならない。“レンは裏切り者だ”と決めつけるのではなく、未だ仲間として彼の事を信じているアスナ、キリト、レナであるからこそ、この“情報”は相応しいだろうと判断していた。そして、そんなアルゴが向けてくれる信頼に応えぬ道理もまた、三人にはない。
「判ってるわ、アルゴ。売って、その情報」
その返答に満足したかのようにアルゴは一つ頷き、その表情を再び“アルゴ”としてのものへと変化させ、蠱惑的でどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「アーちゃん達は運がイイ。この情報量は丁度タダダヨ」
***
「……あいつ、こんな所に居を構えていやがったのか……」
「驚いたカ?」
「そうね、多少なりとも驚くわよ。まさかレンがこんなところにホームを借りてるなんて、予想すらしなかったんだから」
「むしろ、レンはそれを狙っていたのかもね」
レナが口を開くが、それに先行するアルゴがいやいやと首を振った。
「おそらく違うナ。オレっちの調べだと、ここら一帯の物件単価は、何故かほかの層よりもずいぶん安いんダ」
「じゃあ……」
「アーちゃんが今考えた通り、レンがこの場所を選んだのハ、たぶん安かったからだヨ」
がっくりと、そんな斜め上を行く理由に、キリトは思わずずっこけそうになった。レンらしいといえば非常にレンらしいが、あれこれと思考を重ねた自分たちの労力を返してほしいものである。隣に座るアスナも同様に呆れはしたものの、それをおくびに出すことはせずに周りを流れる風景を眺めていた。まず目につくのは、灰色色ばかりな石造りの建物へ《青》の彩を添える巨大な《水路》だ。建物と建物を縫うように張り巡らされた水路は、どことなく人体に広がる血脈を連想させ、行き交う大小様々なゴンドラはさしずめ、“水”という名の血液をたゆたう赤血球といったところか。ここでの暮らしは、全てがこの“水路”を中心に回っているのだ。おいしそうなニオイの立ち込める食事処も、ちょっと興味を惹かれるきらびやかな装飾品を売っている露店も、それに連なる家々も、全てはこんな水路と寄り添うような作りとなっている。第四層主住区《ロービア》、階層デザインテーマが水路と設定されているこの独特な場所は、第一層から三層までとは大きく違う顔をのぞかせ、とても鮮烈な変化を感じさせる場所であり、アスナ達にとっても様々な思い出が残る場所でもあった。こうしてユラユラとゴンドラに揺さぶられている間にも、アスナの脳裏には実に様々な記憶が思い起こされていた。今となっては懐かしい、例えば自分たちが一から素材を集めて作った、あのきれいな船の事だとか、迫りくるダークエルフ軍の襲撃から皆で一致団結して守った砦の事だとか、その後にキズメルと共に当時はまだ拙なかった《裁縫スキル》で作った水着を着て一緒に入浴したことだとか、様々な記憶が浮かんでは消え、しかしてその懐かしさは、アスナの沈んでいた気持ちを確かに軽くさせた。
「懐かしいわね……」
「そうだね、なんだか昨日の事みたい」
「そうか?俺としてはそこまで思わないんだけど」
「もぉ!キリトってばほんとデリカシーがないよね」
「なっ!!」
「ニャハハ、《黒の剣士》サマも愛妻の前ではかたなしカ」
「そうみたいね」
言われてもの言いたげな表情のキリトを差し置いて、アルゴとアスナの両名は顔を合わせてくすくすと笑った。そうこうしているうちにもゴンドラはゆったりと水の上を滑ってゆき、やがてメインとなる水路を二本ほどそれた静かな住宅街にて舫い杭に縄を通した。
「お客さん方、つきましたぜ」
毎日のオール捌きの賜物なのだろう太い筋肉質の浅黒い腕が印象的な麦藁帽の水夫が、欠けた前歯を見せながらニカッと笑った。
「ありがとうございます」
「なーに。あっしはこれが仕事でさぁ。お役に立ててうれしいですぜ」
そんな挨拶を交わしながら硬い石畳の上へと降り立ったアスナは、先ほどまでゴンドラの上で揺らされていたためかフワフワとした感覚が残っているのを感じた。
「じゃあ、ここで暫く待っててもらえるか?」
「へい、料金は前払いで払ってもらってるんで、ダンナ方はゆっくりと用事をすませてくだせぇ」
キリトにそれだけ返すと、その水夫は懐より取り出したキセルを片手に煙草をふかしながらゴンドラへと仰向けに寝そべった。その立ち振る舞いは、相当年季の入っているだろうキセルに負けることのない実に堂に入った仕草だった。
「じゃあ行きましょ。お願いアルゴ、あんまりおじさんを待たせるのもあれだから」
「まっかせなさイ」
たんっと船から地面へと着地したアルゴは、コツンコツンと規則正しい足音を静かな街並みへと響かせながら歩きだし、それにアスナ達が続くようにして一行はレンのホームがあるというアル地区へと歩き始めた。
***
「そういえば、どうしてアルゴはレンのホームがこの場所だってわかったの?」
レンのホームへと向かうその道すがら、アスナは浮かんだ疑問を先頭を歩くアルゴへとぶつけた。進める歩のスピードは緩めることなくアルゴは後ろを振り向くと、両手を後ろに組んで何とも器用に後ろ歩きをしながら僅かにフードの先よりいたずらっぽくほのかに笑う口元をのぞかせた。
「そもそも、オレっちは前からレー坊がマイホームを持ってるコトを知ってたンダ」
「え?」
少々意外だった。相棒として、恐らくレンと一番関わっていたであろうキリトですら知らなかったその情報を、アルゴが知っていたというのは。そして同時に、どこにあるのかは知らなかったけどネ。と付け加えるアルゴを見ていると、なぜか心の奥にもやもやとしたいかんとも形容しがたい複雑な感情が芽生えるのを感じた。
「じゃあどうやって?」
「簡単サ。ココ最近、オレっちはずっと“タークス隊”の動向を探っていたのサ」
「はぁ?」
その横から、キリトの呆れたような驚いたような声が上がった。それが、ここ最近彼女が姿を見せなかったわけ。こればかりは、さすがのアスナも驚きを隠しえなかった。タークス隊と言えば、その秘匿性ももちろんだが何よりも情報収集能力の高さが際立つギルドだ。その情報網の広さは三大ギルドの持つそれすら軽く凌駕し、時にはそれを生業とする情報屋たちとのそれと肩を並べるときすらある。
「でもさ、ベノナは家の存在こそ知っていても場所までは知らないって……」
「チッ、チッ、チッ。レナっちはまだまだ考えが甘いヨ。甘々ダ」
「そうかな?」
「タークス隊は何よりも秘密主義みたいなトコがあっテ、時には有力な情報を自分たちの手で握りつぶすこともあるんダ」
「へーえ」
「攻略組じゃ結構有名な噂なんだけどな。リーダーのベノナが、かなり細かく部隊を指揮してるってのは」
「KoBの情報部門のミキヒコさんも言ってたわね。彼は元々KoBの団員なんだけど、そのときからかなり情報収集能力とその手腕があったんだって。タークス隊には、ウチよりさらに細かいルールもあるとか」
「そう。そんなタークス隊がSAO全体に影響を与えるかもしれない情報を持ってないハズがないだろウ?」
クスクスと、小さな肩を僅かに揺らしながら、アルゴが言う。再び前へと向き直り、アルゴは続けた。
「それに、レンの家の情報は意外と手に入れやすかっタ」
「何故?」
「とある夜に、オレっちはある隊員の話を盗み聞いたんダ」
「……相も変わらず、情報に関してならどんな危ない橋でも渡るんだな、アルゴは」
「当り前じゃないカキー坊。相手の知りたい情報を手に入れられないなんて、“鼠”の名倒れだヨ!それはマァいいとしテ、その隊員がポツリと漏らしたんだ。“隊長曰く、レンクスのホームは恐らく借家の可能性が高い。関連情報をそこに絞って洗っておくように、だってさ”ってネ。いざ調べてみると、このアインクラッドで借家管理するプレイヤーはかなり少ないんだナァーこれガ」
「借家?まさかと思うけどレンのホームってアパートなの?」
「そのまさかサ、ベノナがあたりを付けたのも、まずレンは年がら年中貧乏人だからラってことらしイ」
「うわぁ……」
「あいつ……」
レナとキリトの両名が、なんとも微妙な表情を浮かべた。“レンは貧乏性だから”そんな、なんとももの悲しい理由だけで芋づる式にとんとん特定されてゆくレンに、彼らは今の状況を忘れて同情の念がこみ上げてくるのを抑えきれなかった。
「……色々と、苦労しているのね。彼も」
普段、スキを見せては人をからかおうとする、おおよそ“苦労”の二文字とは無縁の生活を送っていそうなレンの姿を想い返しつつ、アスナはそうつぶやいた。
「レンらしい理由とは思わないカイ?」
「ソレにしたってなぁ……」
そうこうしている間に、一行はマレ地区でもさらに北東の場所へとたどり着いた。街路地より枝分かれする道を右手に曲がり、凡そ二ブロックほど歩いたところで、前を行くアルゴはその歩をとめた。つられ、アスナが顔を上げて仰ぎ見れば、その瞳に飛び込んできたのは外壁が少々くすんでいる、しかしそれがえもいわない独特の味を醸し出す一軒のこじんまりとしたケビン調の家だった。
「……意外とキレイなところじゃない?」
「だね」
「それでも、調べてみたら意外と安かったヨ」
「因みに?」
「月1万飛んで5600コルダ」
「安っ!!!」
想像以上の安さに、キリトは思わず己の耳を疑った。彼自身もマイホームの一つは所持していたし、今の住まいもそこそこ安いと自負していたが、提示された1万5600コルと言えば、軽く一分の三以下である。この規模にしてなんと破格なことだろうか。
「安いわね」
「安いね。ねぇキリト、私たちもここら辺に引っ越してみる?」
「カンベン」
「えへ」
「サァ、いちゃつくのもそこまでダヨ。調べなきゃならないんだろウ?」
「そうね」
小さく一つ頷いてから、アスナは古風な木目調のドアのノブの前へと歩み寄った。右手をドアノブへと伸ばし、冷たい金属質の感触を感じながら、ドアをたたく。
「ねぇ、レンいる?アスナだけど」
返事はない。やがて、アスナは意を決したようにドアを回したが……
「開くわけないよね」
「まぁ、フツーに開いたらそれはそれで驚きだけどさ」
「ブリーチングできそう?」
「……」
アスナの隣に立ち、キリトはそのドアノブの縦に入った木目に手を添える。
「たぶん、俺の筋力値なら余裕だとは思う。けど……」
このSAOでは、ほぼ大凡の環境物は破壊不可能オブジェクトだが、例えばダンジョン内の扉などはプレイヤーの筋力次第で破壊――これをブリーチングという――ができる。そしてもう一つ、宿屋或いはホームなどで、プレイヤーみずからが設定をオンにしていた場合。だがその場合、他のプレイヤーには解りようがないために実際に壊せるかは実行してみなければわからない。
「どうする?一応やってみるか?」
背中に背負った剣の柄に手を添えながら、キリトがアスナに目配せする。が、彼女は未だ決めあぐねていた。攻略組の安全――という観点であれば、ブリーチングを試してみて中を調べるのは十二分に有意義な話だ。だが果して、ソレが最善であるのかどうかは、今のアスナには判断できなかった。
「ほかに方法はないのカ?」
「ないだろ。SAOのドアロック設定は基本、“設定ロック”か“ID認証”か“キー”の三つ。普通なら、設定ロックにしておくだろうしな」
「フムフム、妙に詳しいんだナ」
「……色々あったんだ」
様々な出来事はあったものの、レナと結婚した際、せっかくだから新しい家に住もうということでこれでもかという位に色々な物件を見て回ったので無駄に詳しくなってしまったというのはキリトだけの秘密である。
「でも、キリトが知らないギミックがあるかも」
「例えば?」
「うーんとねぇ、“開けゴマ!”とか?」
「はぁ。あのなぁ、そんなバカなことあるわけ――」
ガチャリ、キリトがレナの相変わらずな
「ア……開いタ」
「ほらー!やっぱりモノは試しなんだよー!!」
「
まるでハトが豆鉄砲でも喰らったかのような顔――正にそんな表現がよく似合う曖昧な表情で目をぱちくりさせているアルゴと、いまにも飛び上がらんばかりに得意げな表情を灯すレナ。そんな光景を後ろから見ていた二人は、奇しくも胸中に沸いた同じ心持を口にした。
「ん/そんなバカな」
***
「……結局、仕掛けはわからないままだったわね」
「残念だったナ、レナっち」
「ホントだよー。せっかくキリトの鼻を明かせるチャンスだったのにさー」
ぷくーと片頬を膨らませながらすねたような様子を見せるレナ。そんな彼女の反応をかわいいなと感じつつ、努めて冷静に、キリトが返す。
「あのな、あんなのがホントに実装されてたら、真面目にブリーチングしようかどうするか考えてた俺がバカみたいだろ?」
「キー坊は実際バカだろウ?」
「おい……」
「そーなのよー。武器オタクでありながら防具オタクでもあり、なおかつ食通でさぁー。私の作る料理を『おいしい美味しい』ってハンバーグを出された子供みたいに目をキラキラさせながら食べてくれるのはうれしいんだけど、気づいたらすーぐ変な防具や武器を
「お、おい!」
「「………………」」
「まっ、ちがっ。これには誤解が……アスナさん?アルゴさん?その、ダメな人間を見るような目線で俺を見るのやめてくれません?」
二人の生暖かい目線がじっとりとキリトに注がれる。そんなコトを暴露したレナへと弁明の目線を乞うも、当の本人は何が楽しいのやらしたり顔でニヤニヤと笑いながら家の中へと踏み込んでいった。
「……変わってないね、キリト君」
「アスナァ……」
「そういうところも、キリト君のいいところだよウン」
「マったくだナ」
「う…………」
結果、そんな二人の眼を一人で受けなくてはならなくなったキリトは、如何にかうまい言い訳はないものかと考えに考え(一秒)
「ホ、ホラ、武器とかって消耗品だし!」
苦し紛れに、そんなことを口にした。
「「ハァ…………」」
「レナっちも」
「大変ね……」
「ぐっ」
自覚は十二分にあったために、二人の声は一層キリトに刺さる。
「まぁいいわ。私たちも中に入りましょ」
「そうだネ」
「ホッ……」
安堵に満ちた息を吐き、キリトもまた中へと入ってゆく彼女たちの後を追う。タイル調の床をカツリと自前のブーツが鳴らし、そこでキリトは、飛び込んできた内装のシックさに思わず息を呑んだ。安い物件、加えて今までのレンのチョイスなどを顧みるに、このホームも中々にボロイものだろうと考えていたが……そんな彼の考えは、いともあっけなく崩れ去ることとなった。外見の古ぼけさとは打って変わり、内装は暖かな色を基調。家具もきれいそのものであり、その一つ一つが、どれも互いの個を主張することなく一つと調和している。
「彼にしては良い趣味ね」
「ちょっと私好みかも」
成る程、確かにアスナとレナの言うとおり、この内装はあの貧乏性が服を着て歩いているようなレンのモノとは連想しにくい程にセンスが感じられるものである。そしてだからこそ、キリトはそんな感想を抱いたのかもしれない。
――まるで、“モデルルーム”でも紹介されているみたいだ、と。文句の付けどころのない、恐らくは万人受けするであろうこの部屋は、しかし“家”として大切な、“生活感”というものが致命的なまでに欠如している。住む人への配慮がなされた家具の配置。包み込むような安心感を与えてくれるその色合い。シーツに全くの乱れ一つもないベット。誇り一つ積もっていないテーブル。衣服一つ掛かっていないラック。家はあくまで住居だ。人が住み、外界とを隔てるプライベート空間だ。決して、ファッションなどではない。つまりは、そういうことなのだ。一つ一つがきれいに纏め上げられたこの部屋には、本来あるべきはずの“人”の存在が全く感じられない。
「本当に、これだレンの“ホーム”なのか?」
「……どうしてそう思ウ?」
「……整然としすぎている。なにもかもが、だ。ベッドのシーツ、ラックなんて見てみろ、防具どころか服の一つだってない。そりゃSAOはストレージに何でもしまい込めるが……」
「そもそも、あまりにも物がないよね」
しわ一つないベッドのシーツに指を這わせ、ふとアスナはある仮定に思い至る。はたして、 レンはこの部屋を利用しているのか?という疑問。根拠は多々あるもの、その一つが今アスナが指を這わせているベッドだ。まるでホテルにあるかのようにきれいなベッド。嘗て、家のお雇い家政婦である佐田さんからちょっと耳にした話によれば、所謂ベッドメイキングにはかなりのコツと技術が要求される作業であるらしい。確かに、彼女のホームにしつらえてあるベッドも真面目なアスナらしく相応にきれいではあるが、その道のプロである佐田さんが行ってくれた現実世界でのベッドメイキングにはどうしても今一つ見劣りしてしまう。少なくとも、それなりにはうまくできている自身があるが、それが佐田さんのようなホテルレベルかと問われれば、ノーと首を振るしかない。失礼な話ではあるが、アスナにはこれがレン自身の手によってなされたものであるとは到底思えなかった。
「…………ここ、レンは使ってたのかしら」
「どうだか。使ってるにしては少しばかり綺麗すぎるかな。この部屋は」
「キリトはモーちょっとだけ気を使ってほしいけどね」
「カンベン……」
「やっぱり、何も見つからないね」
ガサゴソと部屋を探っていたレナが皮肉交じりに立ち上がる。早い話で言えば見事なまでにこの部屋はモノ抜けの殻だった。もしかすればレンは、いずれこのように自分のホームが捜索されることを見越して早々に全てを撤退させたのかもしれない。どうあれ、今の彼らには事の真意を推し量ることもできず、あるのはただ振出しに戻っただけというその途方もない虚無感だけだった。
「はぁーあ。これからどうするか……ん?」
ドサリと、テーブルに備え付けてある椅子へと腰掛け、胸の内に溜まったその虚無感をを吐き出し、空を仰いだキリトは、その視線の先にあるモノを見つけた。
「どうしたのキリト?」
「これは……..」
目線は天井にくぎ付けに。キリトが発見した物とは、よくあるフロアライトの根元、そして天井の壁にある掘り起こしたような傷だった。その傷こそ古ぼけていて注視しなければ目立たないが、フロアライトにあるモノと天井にあるモノとで大凡半分ほどずれており、まるで元々の定位置を示しているようだ。それは、よくあるダンジョンモノの……ギミックにも似ていて――
「レー坊、一体何ヲ……」
気づけば、そんな彼女たちの声すら無視してキリトはまるで引き寄せられるかのように、椅子を踏み台にしてそれに手をかけると、本能が命じるままにフロアライトを回した。カチリッ小気味良いその音。そして同時に、部屋が暗転。だがそれも一瞬の内で、逆に光が戻ったときには、驚くべき光景が広がっていた。
「っ!!」
知らず、キリトは息を呑む。テーブルの先、本来なら木目張りの床がある筈のそこには、ぽっかりと大きな黒い穴が開いていた。と同時に、かすかに水の流れる音がする。楚々余暇に風が吹くところを意味するは、その先に空気の流れを作る外へとつながる道があるということだろうか。
「これは……」
「ダンジョンとかにあるのと同じような……隠しパズル?」
「まさか、そんなものがホームにあるなんテ……」
「……キリト君。これ如何思う?」
新たに目にした光景に驚きつつ、アスナがキリトへと尋ねる。が、キリトはすぐにはそれに返さず、たっぷり十秒ほどの沈黙を貫くと、やがて静かにもらした。
「……何とも言えないな。確かめるにはただ一つ。この先へ、行ってみるしかない」
或いはその先に、自分たちの探し求めていた答えがあるかもしれない。床に穿たれた穴を静かに見据えるキリトの瞳が、何よりも雄弁にそう語っていた。ポッカリと開いた口から、凪ぐように吹き抜ける風は、まるで、そうやって立ち尽くす彼らを誘い込むようだった…………
久し振りにアルゴを書いたような......
アルゴファンの皆様すいません。決して彼女を軽んじてる訳では無いです。
絡繰り屋敷って良いですよね。ルパン三世風魔一族の陰謀に出てくるようなやつ