SAO:Assaulted Field   作:夢見草

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お久しぶりです。久々の更新となりますが、そもそもこんな駄作を待ってくれてる人がいるのやら笑
それではお楽しみ下さい。


Ep48: But who will watch the watchmen?

ーーしかしだれが監視者を監視するのか?

 

Decimus Junis Juvenalis

 

 

今日も、ソレはいっそうっとおしくなるくらいの晴天だった。辺り一面を照らすその陽はさんさんと、浴びているだけでどこか心地よい。そのおかげなのだろうか、心なしか、行き交う人々――プレイヤーやNPC達――の表情も朗らかで、穏やかだった。ここが商業区であるのも手伝ってか、そんなさんさんお日様の照らす光の明るさに負けることなくとても活気づいている。彼は、そんな街の雰囲気が決して嫌いではなかった。いやむしろ、好ましくもあった。この層の街並みが、どこか昔――それこそ彼がとっても小さい子供の頃――に見た、お気に入りの映画のワンシーンにとても似ていたからだった。百塔の町の、石と石と石、それこそこのアインクラッドの恐らく全ての層に通じている中世ヨーロッパ風の意向ではあるだろうが、それでも石からなる建築物と、古くも曲がりくねったどこか迷宮のような道は、まさしく昔見た映画――現実世界で言うところのプラハの風景そのもの。そこまで考えて、彼はふっとその顔を自嘲気味に歪めた。自分が、らしくない感傷に浸っていると自覚したからだった。そして、そんな彼の表情を、行き交うプレイヤーやNPCはうかがい知ることはできない。何故なら、彼のその顔は、くすんだグレーとも黒とも似つかない色のフードに、すっぽりと覆い隠されていたからだった。

 

***

 

「ねぇちゃん、コーヒー一つ頼まぁ」

「俺にも同じで」

「かしこまりました」

 

ペコリと丁寧な一礼をしてから、とうていこれがNPCとは思えないそのしぐさでスタスタと明るい内装の店内へと消えてゆくのを見届けながら、その二人の男性プレイヤーの内一人が、キョロキョロと周りを見渡した。

 

「にしても、いいカフェじゃねぇか」

「だろだろ?働いてるNPCも結構美人さんが多いしよぉ、なによりもオープンテラスってのがいいだろ?」

「はは、ちげぇねえ」

 

二人してゲラゲラと笑いあう。男二人はこのSAOでは全く目新しくともない、いわゆる中層クラスのフィールドでちまちまと弱いモンスター相手にその日の食い扶持を稼ぐために狩る、何てことはない数多く居る中級ランカーだった。そんな二人の、僅かな日々の楽しみが、こうして街にある小さなカフェや酒場で俗まみれの語らいをすることだった。

 

「あーあ、俺にも何か出会いがあればなぁ!!」

「てめぇじゃ無理だろうよ」

「そういうお前もそうだろうが」

 

すると、戦斧を背負ったガタイのいい男性プレイヤーが首をすくませた。

 

「まぁ、俺たちみたいな底辺プレイヤーじゃなぁ……ったくよぉ、攻略組とやらが羨ましすぎるぜ」

「攻略組なぁ……「いらっしゃいませ――」俺はやっぱり閃光様が好みだぜ」

 

自分たちの向かいのテーブルに腰掛けた、全身を暗い色のコンバットシャツとズボン、そしてブーツといった――まるで映画に出てくる諜報員じみた格好をしたプレイヤーが、フードを羽織ったまま椅子に座るのを片目見ながら、戦斧の男は己の相方へと耳を傾けた。

 

「閃光様ァ?あのKoBのか?いやぁ、もの好きだなぁお前もよぉ」

「じゃあてめえは誰よ?」

「もちろん、舞姫ちゃんよ」

 

しししっ顔に下品な笑みを張り付け、そのもう一方の男はうれしそうに語った。が、それを聞いた戦斧男はプッと吹き出すだけだった。

 

「おいおい、好きモンはお前だよ。確かにかわいくて健気だがな、たしか舞姫には付き合っている男がいるだろ?たしか……」

「黒の剣士サマ、だったか?」

「そうよそれそれ。本当、羨ましいぜ全くよぉ。こんな世界で付き合うなんて」

「全くちげぇねぇ」

「そもそも、攻略組はいいよなぁ。自分たちは稼ぎのいいスポットを独占して、“一日でも早い解放のため”なんてほざきながら自分たちは悠々と稼いでるんだからよ」

「今日の俺たちの上りをな、聞いた話じゃ攻略組は三十分で稼ぐらしいぜ?」

「しかも、攻略を助けるため、とか言って徴税するギルドもあるしな」

「全くよぉ、これじゃ現実(むこう)と変わらねぇよ。なんだってゲームの中でも搾取されなきゃいけねぇんだよ」

 

今日の半日の稼ぎが良くなかったことも手伝ってか、いつもより多くの愚痴を吐く二人のテーブルに、コトリと二つのコーヒーカップが置かれた。ウェイトレスが、注文したコーヒーを配膳したのだ。

 

「お待たせしました、コーヒーです」

「おお、すまねぇな」

「ありがとさん」

「では、ごゆっくり」

 

やはり礼儀正しく頭を下げ、NPCは元の店内へと戻ってゆく。ズズズッとコーヒーを啜りつつ、そういえばよと少々小腹の出た、しかしその体に似つかわしくない神経質そうな顔のプレイヤーが、ギシリと座る椅子を軋ませながらテーブルに肘を置く。

 

「聞いたか、ここ最近の、殺人について」

 

すると、戦斧を背負った男の表情が、あからさまに苦虫をすりつぶしたような顔になった。

 

「ああ聞いたぜ。なんでも、レッドプレイヤーがやったらしいな」

「ああ、しかも仏さんは、俺たち中層のプレイヤーらしいぜ」

「それがよ、ちょっとこれは小耳にはさんだだけなんだが……」

 

不自然に言葉を区切りながら、その神経質そうな顔をさらに険しくし、男性プレイヤーはゆっくりと吐き出した。ガタッと、どこかで椅子の引く音がする。

 

「実は、そのレッドプレイヤーと思しきやつを見かけたんだよ、この層で」

「ああっ?そりゃ一体……「すいません」」

 

口を呆れたように開け、何を言い出すのかと思えば不思議なことをぬかす相棒を一蹴しようとしたところで、よく通る穏やかな声がそれを遮った。

 

「ああん?」

「僕も聞かせてもらっていいですか?その話」

 

戦斧の男の、ドスのきいたその声と睨みも全く気にするそぶりを見せず、その声の主はどこからか引っ張ってきた椅子に腰かけた。よく見れば、それは先程このカフェに足を運んだ、くすんだミリタリーシャツのプレイヤーだ。しかし、先ほどとは一点、違うものがある。その表情がうかがい知れないほどに覆い隠されていたフードが、今は払われている。くすんだシャンパンゴールドのスパイキーショートの髪、そして中性的で整ったその顔。だがしかし一番に男の眼をとらえて離さなかったのは、その日本人離れした紺碧の瞳。

 

「だめですか?」

「っ!!」

 

その刹那、男は自身の背中がピシッと凍っていくのをはっきりと感じた。まるで、鋭利な刃を首元に突き付けられているような――それほどまでに鋭いソレ。そして何より、穏やかな笑みを浮かべつつフードの彼が向けるその瞳が、男を震え上がらせた。まるで、海を思わせるその鮮やかな紺碧は、どこまでも深く、映す全てを飲み込むかのような、底の知れない空虚のみが瞬いている。見つめるその瞳の、到底人間のものとは思えないその冷たさに、感情や理性なんてそんな表面的なものなどではなく――もっと奥の、この“男”を構成している、本能と呼ばれるそこから、彼は目の前の少年とも少女とも分からない人物に――畏怖を抱いていた。

 

「あ……あっ、いいや、いいぜ。問題ない。な?」

「お、おう。もちろんさ」

「ソレはよかった」

 

その返事を聞いて安心したのか、その人物は穏やかに嗤った。

 

***

 

「それではこれで。お二人も気をつけて」

「あ……ああ」

「あんたもな」

 

大凡感情など籠っていない、当たり障りのない笑みを一つ浮かべると、彼は立ち上がる。臨んだ情報は手に入った。長居は無用。特に今自分が置かれている状況下では。そうして、そのカフェを出た途端、彼は即座に気が付いた。自分へと向けられた、その鋭い気配に。いつから張っていたのだろうか、それとも初めからなのか。だが少なくとも、確実に一人以上の誰かが自分を尾行している。ニヤニヤしそうになるのを深く羽織ったフードで隠しながら、彼は路地に出る。こちらが気付いたそぶりを、相手に気づかせてはいけない。そうは理解していても、気分が高揚するのを抑えられない。一歩、二歩。ブーツが叩く地面の感触が鋭くなっていくのを敏感に感じる。感触が鋭すぎて、くすぐったいくらいに。このまま撒いてしまおうか、そこまで思い立ったところで、彼はその考えをすぐに放棄した。いつのまにその網に引っ掛かったのかは分からない。が、この尾行者はむしろ彼にとって願ってもなかった情報源でもある。脳裏に浮かべたこの街の、迷路のように入り組んだ地形を確認しつつ、彼は向かいから歩いてくるその手に大きな紙袋を抱えた女性NPCと偶然肩がぶつかった。

 

「キャッ!!」

「おっと」

 

そんな可愛らしい悲鳴と共に、女性が両手いっぱいに抱えていた紙袋が地面へと落ち、その中身が散らばった。それとほぼ同時に、体がぶつかったその反動によって、レンの体が丁度半回転ほどするようにして泳ぐ。ほんのわずかながら、後方へと開けたその視界の中で、彼はその姿を捉えた。

 

――アイツか

 

交通量の多い、この路地。そんな中で、いかにも朴訥風な見格好の、しかしその顔を目元辺りまで方に巻いたスカーフで覆い隠した、そのプレイヤーを。

 

「すっ、すいません」

「いえ、大丈夫ですか?」

 

女性と一緒に散らばったその中身を拾い集めながら、彼は内心ほくそ笑んだ。距離は大凡、十メートルといったところか。まるでお手本のようなトレッキングだ。

 

「これで最後ですね」

「は、ありがとうございます」

 

最期のリンゴを手に取り、彼が女性に差し出そうとすると、女性はクスリとほほ笑んでからかすかに首を横に振った。

 

「それはお詫びにもらってください」

「…….いいんですか?」

「ええ、ちょっと買いすぎたなと思ってたところで」

 

いかかでしょう?と、なんの飾り気もない素朴な笑みを浮かべつつ訪ねてくるそのNPCを目にしつつ、その反応を少々意外に思いつつも、レンはにこりと一つ笑って差し出されたそのリンゴを手に取った。

 

「そうですか、では遠慮なく」

 

そんな好意を受け取りつつ、一度会釈してからレンは再び歩き出す。どうやら、尾行は一人のみ。そして尾行のしかたから、かなりの手練れであることは間違いない。戦闘能力が、というわけではなく、純粋に獲物を追い詰める獣としての能力が、という意味で。行き交うNPCとアクティブプレイヤーに紛れ込み、その存在感を消してしまうほどに溶け込むその能力は、アインクラッド内でも屈指の技術力かもしれない。彼は再度ここの地形をざっと思い返し、手にした瑞々しいリンゴに齧り付いた。

 

――うまいな

 

何かを口にしたのは、随分と久しぶりのように思える。シャクリと小気味よい音と共に瑞々しい果肉の豊潤さがレンの口の中を駆け巡った。

 

***

 

対象がNPCとぶつかったときにはドキリとしたが、どうやらこちらの存在に気付いたそぶりなくリンゴを片手に再び歩き出したのを見届け、タークス隊構成員、ケースオフィサーである“シンド”は少なからず安堵した。リンゴを齧りつつ、ゆらゆらと流れに逆らうことなく呑気に街を歩むその後ろ姿は、到底彼が今このアインクラッドを揺るがしつつある本件の重要参考人であるとは考えにくい程、シンドの眼に見てもその姿はのんびりと穏やかなものだった。彼は今、自分の置かれている立場というものを、全く理解していないのだろうと、離れず近づかずきっちりと十メートルの間隔を保ったままぼんやりとそう考えていた。しかし今、対象である彼には様々な嫌疑がかけられている。つまり、誇りある攻略組の一員でありながら、そんな大切な仲間を犯罪者たる“レッド”共に売った、裏切り者としての。

 

タークス隊のギルド紋章である“ヘル”とは、北欧神話における地獄を管理するものとしての象徴。構成員の一人余すことなくその頬に刻まれたそのタトゥーは、須らく罪を犯した者が落ちる“地獄”を管理するもの……つまり正義と秩序を司る象徴であり、罪科を積んだ者たちを監視する監視者でもある。日の光は浴びることなくとも、このSAOを守る抑止力の一つなのだ。そしてそれを、ベノナを始めとする隊の皆は誇りに思っている。シンドもその例外に漏れることなくそう思っている。彼は元々、しがない中層プレイヤーの一人、しいて言うならそれでも上位の方に位置する“準”攻略組のランカーだった。当然、攻略組には並々ならぬ憧れを抱いていた。しかし、たとえ攻略組に劣らぬ実力を持っていたとしても、この世界における絶対的な“強さ”とはレベルだ。

 

極論として、プレイヤースキルの高い、しかしレベルの低いプレイヤーとスキルは低いがレベル、装備と共に充実したプレイヤーがお互い対峙した場合、どちらが勝つか、と論ずるならば、間違いなく勝つのは後者だ。前者がその全てを以てして削ったとしても、その努力を後者はたった数撃でひっくり返せてしまう。レベル差が近ければまた話は別だが、こういったレベル制RPGとは、須らくそういうモノなのだ。SAOの根底が、ゲームではなく己自らの命をかけたデスゲームである以上、主体となる敵は例外を除きほぼモンスターだ。AIによってプログラミングされた行動パターンを繰り返すことしかないモンスターと、思考によって幾万通りのパターンを生み出すことのできるプレイヤーでは、基盤となるそれからして立ち位置が異なる。将来的にその差は皆無となることがあれども、AIの思考が人間のそれに勝るということは、現代の技術力では到底あり得ない。プレイヤースキルが低くとも、それを補って有り余るレベルというものは、そういうモノなのだ。事純粋に“攻略”だけにフォーカスするならば、重要視されるのはプレイヤースキルそのものではなくレベルであると……少なからず、ソレが一つの結論。レベルを上げて、装備を充実させれば、どんなプレイヤーでもボスを蹂躙できる。これが、RPGの原則にして、基本となるゲームデザインなのだ。

 

そしてシンドには、そのレベルというものが攻略組のレベルまで足りなかった。どんなに最前線付近のフィールドにこもり、湧き出るmobを狩り続けたとしても、そのレベル差が埋まることはなく、唯々時間だけがむなしく過ぎていった。当然だ。最前線付近とはいえ、常に最前線にあり続ける攻略組とでは、得ることのできる経験値に開きがある。さらに、攻略組は自らの所属するギルドの潤沢な支援を得て、彼らだけが知る効率のいい、つまり稼ぎのいい“狩場”というものを有し、それを独占している。さらに、このアインクラッドでは、しょうがないとはいえ“攻略組優先”という風潮がある。例えば、最前線以下の効率のいい狩場は下層プレイヤーへと開放されたりもするが、それにも一定の基準があり、特別効率のいい場所は決して明かされなかったり、優先順位は勿論攻略組が上。例外的に高効率な狩場が解放されることがあったとしても、それを運営し、“使用料”と“管理費用”そして“援助”という名目の下“使用料”を取られる。そんな扱いと風潮に、不満を覚えるプレイヤーは少なからずいる。民主主義というシステムの名の下に生を受け、そのシステムにの下に生きてきながらこの世界に敷かれる、前時代的な王政の様なそのシステムに。しかしそれも、“解放のために命をかけて戦い続けているから”と言われれば、強くは言えない。少なくとも、彼らはそうやって危険を冒しながらも、計六十七層を開放してのけたのだから。そんな絶望の中で、シンドに手を差し伸べたのが、他でもない隊長であるベノナなのだ。

 

――「僕と一緒に、この世界の秩序を守る“監視者”となりませんか?」

 

人懐っこい笑みと、穏やかな雰囲気漂う彼に、シンドには確かなモノ――カリスマ性のようなものがあった。そしてその瞳に、シンドは“正義”を感じ取っていた。

 

――だから、俺はあの人の元についたんだ。

 

事実、タークス隊の皆は隊長であるベノナの事を大変慕っている。もちろん、シンド自身も。彼は、ベノナとその紋章である“ヘル”に誓った。この世界の、秩序と正義を守る、と。だから――シンドは許せない。かつて自分が憧れた、“攻略組”という存在でありながら、その身を悪に売った、レンクス(裏切り者)の存在を。本来なら、隊長の意向なくばすぐさま処刑に処してやりたいところだ。そんなことを思いつつ、シンドがスカーフの下、頬に刻まれた紋章に指を触れた、その時だった。今まで一貫してこの街のメインストリートを南下していた尾行対象が、交通量の多い人込みを避けて突如右――メインストリートを外れた人の全く通らない裏路地へと外れたのは。

 

――バレたのか

 

一瞬、彼の脳裏にそんな考えが思い浮かぶ。が、彼はすぐにその考えを否定した。あり得ないのだ。シンドの尾行は、単なる尾行とはわけが違う。彼の持つスキル――スカウティングには、様々な補助効果が存在する。その一つに、《ストーキング》という効果がある。これはある特定条件――つまりは尾行行動中に歩き方のパターンをかかとからつま先にかけてゆっくり地面に接地させる、いわゆる“抜き足”の歩行を取った場合に、ハイドレートにかなり強い+補正がかかるついでに、知覚速度を低下させるというもの。元々はモンスタートレッキング用と思われるこの効果を、シンドは対プレイヤー様に流用させている。それに加えて、彼の纏う装備品の全ても、どれも一級品のハイドレート効果を持つものばかりであり、素のハイドレート自体がかなり高い。そこにトレッキングの効果も併せ持った今の彼は、例えリビール力の高いハイランクプレイヤーであろうとも簡単には看破されることはないだろう。当然、尾行対象であるレンクスも例外ではないはずだ。こちらの存在にではなく、ただ単に何か用があって裏路地に入ったのではないだろうか。兎に角どちらにせよ、このままではどうしようもない。タークス隊の尾行規定には対象との距離は最低でも十メートル開けなくてはならないとある。タークス隊においては、ほぼ全てのプレイヤーに《スカウティング》のスキル取得が義務付けられており、その中のトレッキングの効果が最大限発揮されるのが十メートルからだということに由来する。が、このまま見失ってしまっては元も子もない。僅かなためらいの後、シンドはそのリスクを承知の上で尾行対象が曲がっていった裏路地へと距離を縮めた。だがシンドが辿り着いたそこには、人並みにあふれる陽気さと温かさとが同在する表通りとは打って変わり、ただむなしいまでの隙間風だけが吹き抜ける裏通りが広がっていた。そこに、対象の人影は当然として、プレイヤーどころかNPCの存在すらなかった。

 

――逃げられた?まさか……でも…..

 

シンドが対象を見失ってから、わずか七秒も経過していない。もし転移結晶を利用したとしても、発動シーケンスで僅かに足りない時間だ。ならば彼はいったいどこへ?浮かんだ疑問を解消するべく、シンドはきょろきょろと辺りを見渡す。そんな時、むなしさと同じくらいに静けさが漂うこの裏通りに、カツンと乾いた音が一つ反響した。

 

「っ!!」

 

通常なら、聞き逃してしまいそうな僅かな音。しかしシンドの極限まで研ぎ澄まされたその耳が敏感に拾い上げると、彼はその発生源へと瞬時に体を向けた。

 

「リン……ゴ?」

 

その瞳が目にしたもの。それはコロコロと、まるで地面を伝うようにして転がってゆく、一個のリンゴだった。手に取ることなく、ただ遠目にそれを見つめているだけでも、その新鮮さが分るそれは、やがてぴたりと止まると、その瑞々しい朱色にぽっかりとあけられたクリーム色をシンドに曝した。明らかに、ソレは人の手によるもの。そのリンゴを誰かが齧った証拠。

 

「あのリンゴは……」

 

思い出したかのように、そうゆっくりと紡がれたその言葉は、しかし最後まで続くことはなかった。生来より、シンドはかなり広い視野と集団のかすかな変化にも聡い抜群の間隔を有している。そしてそれらは、彼の持つ《スカウティング》のスキルによって人間の限界を超えて強化されている。しかし、そんな彼のレドームのように張り巡らされた意識が、ほんの少し、それこそ針の孔ほどの間隔くらいが地面に転がるリンゴへと向けられた。それでお尚シンドは優秀なのだろう。それは変わらない。しかし“彼”からしてみれば……そのほんの少しで事は足りたのだ。

 




なんかレンクスがガチて悪い奴になってやがる...笑
いやぁ、2016年後半と2017年年明けから今辺りはゲームが充実し過ぎていた。消化するのすら手一杯なレベルで。バイハ7なんかは8時間でクリアしちゃったし笑
此れからもゲームのせいで攻略が遅れそうな気がしてなりません笑

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