SAO:Assaulted Field   作:夢見草

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気が付けば、この小説に新たな評価がついていました。中には手厳しい評価もありますが、評価してくださった読者様もいて、とても参考になりました。両方の評価をこれからの執筆に生かせて行けたらなと思います。この場をお借りして、感謝します。


Ep47: Suspicion

「ぐ……っああ……ああ」

 

プレイヤーの胸元――丁度、人間の心臓がある場所――を深々と抉った血のように鈍く光る深紅の槍が、じわじわと、しかし目に見えて明らかにプレイヤーのHPを削ってゆく。

 

「ぐ……が……た、たすけ……」

 

その槍の柄を振るえる両手で握りながら、プレイヤーは這いずり上がってくる死の予感に顔を歪めながらも男へと懇願する。助けてくれ、と。既に可視化されている自身のHPバーは危険値を現すレッドへと変貌を遂げており、このまま減り続けるのであればあと数分足らずでその命は尽きてしまうだろう。だからこそ、プレイヤーは乞うのだ。助けてくれ、と。体とその思考を圧倒的な“死”の感覚に蝕まれながらも、上手く回らないその口で。しかし――その男が目深に被ったフードの奥底からのぞかせた、その鈍色の瞳には――寒気がするほどの闇と――ソレをなお勝る激しい憎悪の光とだけが――妖しく映っていた。そしてその瞳に、プレイヤーの姿など、映されてはいなかった。

 

「お前に恨みはない。が、死んでくれ」

「あっ!!」

 

その先が紡がれることはなく、より一層深く穿たれたその槍が、残り僅かだったプレイヤーの全HPを奪い去った。ばしゃぁ!!と音がして、その体が儚くポリゴン片に舞う。その一部始終を、しかし男は冷めた目で見届けていた。

 

――もう何度、自分はこの光景を見届けただろうか

 

浮かんだ考えは、ただそれぐらいだった。一歩ずつ、そして着実に、彼の罪は重なり、いずれ地獄へと辿る道が拓く。けれど、それでよかった。この身はいつか必ずや、地獄へと堕ちる。しかしそれで、全てを、清算することができるのなら、男は喜んで悪魔にすら魂を売るだろう。

 

「あともう少し……あと少しで……」

 

十字架が刻まれたグローブで覆われた左手を握りしめながら、男はその言葉をかみしめた。

 

「……どさ、今日は……」

「……だな」

 

その時、男の耳に複数名のプレイヤーの会話がかすかながらに届いた。

 

「そろそろか」

 

男はローブの下より取り出した《記憶結晶》をその場に無造作に置いて、そのまま深い闇の中へと消えた。

 

***

 

「遅れてすいません、団長」

「ああ、アスナ君か。かまわないよ、早く席に着き給え」

「失礼します」

 

一度目にすれば、思わずため息がこぼれてしまいそうなほどに優雅な動作で一礼したアスナは、そのまま指定された席へと腰を下ろした。しかし、まるで上品なフランス人形のように整ったその顔は、僅かばかり物憂いげな様子を漂わせている。

 

無理もない――と、少年――キリトは思った。自分もそうだし、その隣に座っている晴れ二週間ほど前の結婚式を経て己の妻となった――レナもまた、その普段見せる天真爛漫さはなく、その宝石のような瞳を僅かばかり陰らせていた。いや、キリトやレナ、そしてアスナだけではない。よくよく見渡せば、この場に招集された全員の表情は暗く、ソレを反映したかのように空気が思い。このデスゲームが、GMたる茅場昌彦自らによって宣言された日よりおよそ一年と七か月の時を経た今、このアインクラッドは、かつてない程の未曽有の危機にさらされていた。ギルド《血盟騎士団》団長ヒースクリフと、副団長アスナ以下各部門精鋭十名。《青龍連合団長》リンド以下精鋭十名。そしてキリト達ソロプレイヤーのフルメンバー。全ての攻略組……とまではいかないものの、この場に集結した主要メンバーのみでも既にこのアインクラッドに存在する総戦力の過半数近くに値するだろう。では、集まったその目的は何か?ただの攻略会議であるならば、どれだけ気の楽な話だろうかと、キリトは思う。そもそも……たかが―と表現するのは語弊があるものの、未だかつてこの攻略組による攻略会議に、これ程の戦力が集結したことはない。これだけで、今回のこの集会がどれだけ異例な出来事であるか理解できるだろう。なにせ、今回の“敵”はフロアボスでも、フィールドボス――そもそもモンスターなどではなくNPCでもなければ…….彼ら攻略組のプレイヤーと同じ、プレイヤー(オレンジ/レッド)なのだから。

 

「さて、粗方皆集まってくれたかな。ではこれより、緊急会議を始めよう」

 

そんな、どこか息が詰まるほどの重苦しい重圧と雰囲気の中、円卓の中央に構えた最強ギルド《血盟騎士団》が団長ヒースクリフが、どこか超然とした口調で告げる。

 

「今日諸君らに集まってもらったのは他でもない。ここ二週間で急速に増えつつあるPK――つまりオレンジプレイヤーによるプレイヤーの殺害行為――についてだ。ベノナ君、調査報告書を皆に説明してくれたまえ」

「はっ!」

 

その使命に応じ、丁度円卓の反対側に位置する一人のプレイヤーが立ち上がった。ニコニコと人懐っこい笑みを常に浮かべ、顔立ちがキリトにも似た童顔であるが故にどこかあどけなさを感じさせる、少年のような風貌の彼こそ、その存在を知るのは僅かに攻略組のメンバーのみという極秘ギルド、総合情報統括部隊通称《タークス》の隊長、ベノナその人。かれは立ち上がった姿勢そのまま手元にある――おそらく件の報告書と思われる――羊紙を手に取り、それを凛とした声色で読み上げ始めた。

 

「犯罪者の中でも、特にプレイヤーを脅かす行為を行うプレイヤー、我々で言うところの“レッド”プレイヤーやギルドと呼ばれるプレイヤーによる殺人事件――我々タークスは便宜上I-PKと呼んでいる――が多発しています。事の始まりは今日から二週間と二日前の、現実世界基準で夜の十時十分ほどにて。――攻略組の一員であるキリト、そしてレナ夫婦の結婚式の最中に起きた、ある殺人事件からです。あらかじめ配布しておいた、お手元の記録結晶をご覧ください」

 

ベノナに促されて、各人それぞれ予め配布された記録結晶を実体化させる。その総数は、軽く三十は下るまい。これだけでミドルクラスのフルオーダー物の防具が三つばかりあしらえる金額であるが、潤沢な資金援助がなされているタークスにとっては、そこまで大した出費でもない。

 

「詳しい情報はそこに記載されていますので、要点を掻い摘んで説明していきます。I-PK01、つまり最初の殺人事件の被害者の身元は、プレイヤー名《ケンジ》。つい四か月ほど前までは、攻略組の一員として活躍していた、所謂“準”攻略組で、事件当日も現在の最前線である六十六層近くでレベリングを行っていた模様です」

「その根拠は?」

 

声を上げたのは、DDAの団長リンドだった。

 

「根拠は、現場において後述のプレイヤーが回収したクォータースタッフからです。武器の銘は《シルベスタ》。製作者名は《リズベット》。現在四十八層にある《リンダース武具店》の店主ですね。情報元は彼女からで、お得意様にしてかなり親しい交流があるというアスナ副団長の同伴のもと聴取したもので、その信憑性は高いかと」

「解った、続けてくれ」

 

リンドがそう促すと、ベノナはコホンと咳はらいを一つした。

 

「では改めて。被害者のケンジですが、彼女によると彼は開店当初からのなじみの客の一人で、件の《シルベスタ》を仕立て上げたのも事件当初のつい五日前だったそうで、詳しい情報を聞くことができました。そして――ここからがある意味で本題にも近いんですが――事件当初現場に駆け付け、《シルベスタ》を回収したプレイヤー名は《レンクス》、若しくは《レン》と呼ばれている、現在身元不明の攻略組です」

 

ベノナがそこまで口にしたとき、今までこの場に鎮座していたある種のプレッシャーにも似た重苦しい雰囲気のようなものに、確かな動揺が走った。誰かの、ひそかに息をのむ声が聞こえる。今や、《レン》或いは正式名称である《レンクス》という人物名は、攻略組にとってタブーにも近い。タークス隊が称したところの、I-PK01の時を最後に、レンはその足取りを眩ませたまま、誰もその姿を目にしたことはなく、フレンドリストからの現在位置も特定できていない。何故なら、レンがその姿をくらましたと思われるそのほぼ同じタイミングで、仲間であるキリトをはじめ、レンとフレンドになっていたプレイヤーの全てのリストから、《Renxs》のIDが消滅していたのだ。以来この二週間、レンについてわかっていることはただ一つ。“彼はまだ、この世界で生きている”という、あまりにも無意味すぎる事実だけだった。

 

「……皆さんも周知のとおり、レンについての消息は未だつかめていません。まるで幽霊のように、その足取りがぷっつりと途切れている。問題なのは、“彼の行方が分からない”ということと”その時期“です。資料をスクロールしてみてください」

 

ベノナに言われるがまま、キリトは手にしたままの結晶に記録されてある資料をスクロールする。そこに表示されているのは、異なるフィールドと思われる六つの写真と、同じ数の、カリカチュアライズされた漆黒の、蓋にはにやにやと笑う両目のある棺桶、悪趣味極まるタトゥーの意匠。間違えようもなく、それは殺人ギルド《笑う棺桶》のギルドエンブレムだ。

 

「I-PK01の後、不特定の時期間隔で殺人プレイヤーによるものと思われる似たような殺人事件が計六件、立て続けに起こっています。それぞれ順に、I-PK02から06と。これら一連の事件には、二つの類似点があります。一つ、犯行現場は、フィールドのどこかしらにある木の根元近く。二つ、犯行現場の近くには、《笑う棺桶》のエンブレムタトゥーが記録された結晶が置かれている、です。そして一番最新にあたる、I-PK06は、本日朝方に情報収集にあたっていたメンバーの一人が偶然発見したものです。犯行時刻は目下調査中ですが……」

「それが、先に述べたレン君の消失問題とどんな関係が?」

 

今まで黙っていたままのアスナが、その凛とした顔は未だ少しばかりの陰りはありながらも、彼女の印象的なしばみ色の瞳は本人と同じ強い光を宿したままベノナを見つめた。しかし、ベノナはその強い瞳すら意に介すことなく、思惑の読めない笑顔のまま再び資料に目を落とした。

 

「問題なのは、この六つの事件がどれも、まるで笑ったかのように丁度タークス隊の居ない層、いない時間帯を狙って犯行が行われているところです」

「それはっ!!」

「お言葉ですがっ!!……私たちタークス隊もあなたも同じプレイヤーです。休憩は必要ですし監視範囲にも限度はあります。そもそも、我々タークス隊の存在はこのアインクラッドでもごく一部の、彼を含めた攻略組しか知りません。いわば、“極秘部隊”にも近い。そして我々の警戒及び偵察シフトは下手に情報漏洩などが無い様に高度に機密化して厳重を期している。…..もちろん全ての層を監視できるわけがないので一度や二度ならば起こり得るかもしれませんが、これが六回連続、しかも毎回警戒レベルが上がっていく中で“我々の眼”をかいくぐられたとあれば、偶然にしては少しできすぎている。“私”としてはI-PK01の発生直後に不自然に姿をくらました《レンクス》に疑いを持たざるを得ない」

 

再び訪れる動揺と、ソレを上回る驚愕、書して疑心。つまり今に至るまで姿をくらまし続けているレンは、実はラフコフとつながっている“スパイ”であるかも知れないという、その疑惑に。

 

「ですが、偵察シフトなどは機密化されているんでしょう?なら部外者であるレン君が知り得るはずもない」

「確かにそうですが、“情報”というものはいつどこで漏れ出すかわからないあやふやなものです。万が一にも考えたくはありませんが、彼が私の隊員を買収、あるいは脅すなりして情報を取得、ラフコフにそれを流し計画の始動と共に姿をくらます、というのもあり得ない話ではない。我々は情報統括部隊です。腐るほどある情報からありとあらゆる可能性、憶測を立てて、その真相を突き止めるのが我々の仕事なんです」

「……」

 

言葉が続くことはなかった。ベノナの言い分は、全く持ってその通りだと、感じたからだった。そんなのは絶対に違う、そう心の内では思っているのに、まるでこんがらがった圭人のように、それをどう口にすればいいか、アスナには解らなかった。

 

「……しかし、“僕”個人としては、今までのレンさんの姿を少なからず目にしてきた身として、“彼”が到底そんなこと(スパイ)をしてあちら側()に魂を売るようなことをするような人間には思えない……すいません、少々勝手が過ぎました」

 

その時初めて、今まで腹の内が読めなかったベノナの浮かべた表情に、感情が宿っているのを、アスナは見た。それは気のせいなどではなく、ベノナの浮かべたその感情は、レンへと未だ向けられた、“信頼”だった。

 

「私も……レンのことを信じてる。彼は……そんなことをする人じゃありません」

 

穏やかで、しかしそれでいて強く芯のあるそれは、キリトの隣に座るレナのモノだった。

 

『……………………』

 

再び、場を支配するのは重い沈黙。タークス隊ベノナの個人的な感想と、レナの思いによる二つの発言の前に、皆が皆迷っているのだ。不自然に消息を絶った“レン”の事を。特に、彼と共にした時間の長いキリトは勿論、アスナやレナ、クラインを始めとする“風林火山”のメンバーやエギルも同じく、“レンはそんな人間じゃない”そう信じていた。それは、誰もが彼が今に至るまでに行ってきたコトを知るがゆえに。

 

「ベノナ君、報告ご苦労だった。兎に角、レン君への問題は後回しにしよう。今はこれ以上新たなる犠牲を増やさないことが先決だ。ベノナ君、君たちには無理を強いることとなるが、今後も一層の警戒と、レン君に関する情報収集を頼む」

「了解しました、ヒースクリフ団長」

 

ヒースクリフへと一礼してから、ベノナは再び着席する。それを見届けてから、ヒースクリフは両肘をテーブルに乗せて手を組んでから静かに告げた。

 

「さて、諸君も今聞いたとおり、ベノナ君を始めとするタークス隊は尽力を尽くして情報収集と更なる犠牲への抑止力となってくれる。そこで、我々攻略組は本日付けて本事案における対策本部を設置しようと思う。そしてその全権を、私はアスナ君に任せる」

「えっ?いや……しかし団長は如何されるのですか?」

 

突然の提案に戸惑いを隠せていないながらも、アスナはヒースクリフの事を見やる。

 

「悪いが私は参加できそうにもない。私個人で、この件に関しては洗ってみたくてね。それと、こちらの方が本音なのだが、先日確認された、NPCやmobの挙動が不自然に低下した現象についても調べてみたい。というわけでアスナ君、頼まれてくれるか?」

「……了解しました。では――『大変です!ベノナ隊長!!』!?」

 

そんな中、突如として響いた悲鳴にも近いその声がし、入り口からタークス隊共通の服装に身を包んだプレイヤーがただならぬ様子で飛び込んできた。

 

「どうしたんですブレイズ?今はまだ会議中ですが?」

「申し訳ありません隊長。しかし早急に耳に入れておきたいことが」

「……?その報告とは?」

 

そして、ブレイズと呼ばれたプレイヤーが報告したそれが、攻略組を更なる震撼へと包み込んだ。

 

「たった今、第六十八層のボスが攻略されましたっ!!」

 

***

 

どこか、醒めることのない“ユメ”を見ている心地だった。体は確かにこの場所に存在しているのに、彼にはまるでその実感がない。思考はゆらゆらと、例えるなら所在なくうつろう、陽炎のように不確かで、しかしそれでも、彼は前に進み続ける。今まで歩み続けてきたその過程で、“死んでいった”人々に報いるために。

 

託された想い(モノ)がある

 

見届けてきた(モノ)がある

 

そんな彼らの“願い”を、決して無意味なモノにしなくていい様に。そしてこの先、二度と同じ悲劇を繰り返さないために。だから彼は進み続けた。それが、レンにできることだったから。

 

――全ては、果たせなかった約束を……守るために

 

――それが、どんな結末になろうとも

 

「はぁはぁ……ちっ、何とか倒せたけど、これは……」

 

片膝を地面につき、荒れた息を整えながら、レンはポツリと愚痴とも毒づきともつかぬ声を漏らした。コンバットシャツはところどころ破け、ズボンも同様にボロボロ、そして極めつけは、レンの上半身……体幹よりやや左の胸部から左手に至るまでの体のパーツが、まるでナイフを入れたバターのように滑らかな断面を以て切り落とされていた。当然、そのHPは既に赤く変色しており、残HP値は三桁を切っていた。加え、その数値も穏やかながら着実に減り続けている。どう贔屓目に見ても、その姿はとてもフロアボスを倒しきった、とは言い難かった。が、

 

「しかしまぁ、よくなくなる腕だな……」

 

その欠損個所を右手で押さえつつ、レンはどこか他人事であるかのようにぼんやりと考えながら、その手を放して掌を上に向ける。――その次の瞬間、どこからともなく、さもプレイヤーが転移した時のように、回復podが表れ、それを口に含んだ。

 

「さて――」

 

横目でHPバーが緩やかに上昇を始めたのを確認し、すっかり飲み干したpotの空き瓶を投げ捨てたレンは、ひどい脱力感に捉われたままの体を起こした。ぐずぐずしている暇はない。既に聡いタークス隊のいずれかが、“六十八層突破”の事実を感知している可能性が高い。であるなら、残された時間はあまりにも少ない。床に置いていたクロスボウを拾い上げると、そのまままるで初めからなかったかのようにそのクロスボウが消滅した。

 

「転移……九層“リーゼリア”」

 

***

 

まず初めに感じたのは、妙に鼻につくすえた独特のにおいと、妙な煤っぽさだった。しかし、感じたにおいとソレに、アスナはどことなく心当たりが……懐かしい感じがした。少なくとも、自分は今までにこれを嗅いだことがある。ソレも何度も。ソレは果たして何だろう。そこまで考えて、アスナの脳裏にふと、殆ど唐突にその光景がフラッシュバックした。

 

――ソレは暑い暑い、夏のある日のこと。きらびやかな屋台が立ち並び、お気に入りのフワフワの綿あめを片手に、もう一方のてをはぐれないようにと握られた兄の大きな手が包み込む。

 

「ホラ、アスナ。上を見てみろ」

「なぁに?」

 

そんな兄につられ、アスナが上を見やればそこには、きらきらと星の瞬く夜天の空があった。

 

「ねぇ何なの?お兄ちゃん」

「もうちょっと……あっ、ホラ」

 

兄がそこまで言いかけたとき、あたりからどことなく、ヒュルルル~と音が震えながら、鮮橙色の炎がその空を駆けあがり――そして、ドッカーンと大きな音とともに、そんな夜天の空に一つの大きな花が咲いた。

 

「わぁ~~!!」

「な?すごいだろ、アスナ」

「うん!とっても、とーってもきれいだね!お兄ちゃん!!」

 

ソレはどこか遠く、しかし確かにある記憶の断片だった。

 

――そうだ、これは……

 

この独特のニオイは、あの時嗅いだモノそのものではないか。つまり、これは花火の……いや、それに使われる火薬そのものの匂いではないか。しかし……

 

「ねぇアスナ、これって火薬の匂いなのかな?」

「解らないけど、たぶんそう……だと思う」

 

どうやらレナもまたこのにおいの正体に気づいたようで……首をかしげながら訪ねる彼女に、アスナもまた半信半疑ながらも頷く。だがしかしそれは、あり得ないことのはずなのだ。この世界……つまりSAOにおいて、その世界観こそ中世ヨーロッパ風の、ソレもRPGに通じるファンタジックなものだが、そんなファンタジー要素の中核を担うにも等しい“魔法”と呼ばれる要素は、ごくわずかなクリスタルや結晶を除いて徹底的に排除されている。いや、ソレはいささか語弊があるかもしれない。より正確に言うならば、タイトル名の“ソードアート(剣の織り成す)”の文字通り、“魔法を含めた遠距離攻撃手段”が排除されている、だろうか。ほぼ例外的に辛うじて遠距離攻撃と呼べるものは、それこそ《投剣スキル》による投擲攻撃か……唯一無二のユニークスキル、つまりレンの言う《A-ナイファー》のB-ナイフS-ナイフぐらいしかない。当然、人類の進化に合わせてその機能を進化させたといわれる弓はおろか、もちろん銃なんて要素は存在するはずがない。同様にまた、爆薬や火薬なんてものも存在はしない。つまり――今アスナやレナの嗅ぎ取った“この独特の匂い”は、火薬の灼けたにおいである筈がない。であるからにして――アスナはレナの横、なんとも険しい顔つきでこの光景を俯瞰しているキリトへと尋ねた。その“IF”の可能性を、否定するために。

 

「ねぇキリト君。このSAOに、遠距離系武器の――それも火薬に似た様なものを使う――例えば“銃”みたいな武器は存在しないハズよね?」

「……たぶん、存在しないと思う」

 

僅かばかり思考をするそぶりを見せた後、キリトは確かな言葉と共にかぶりを振った。

 

「もしかしたら……今まで見なかっただけで、遠距離系の武器は存在するかもしれないが……《銃》なんて武器は絶対にないと思う」

 

その時、キリトの中ではある言葉が反芻されていた。まだ何も知らず、ただただその新しい世界の目覚めに心を躍らせていた、そんな時に目にしたそのフレーズ。

 

これはゲームであっても、遊びではない

 

あれを目にしたときの興奮は、こうしてデスゲームと変容されてしまった今でも、キリトは鮮明に覚えている。あの言葉が、真に意味を成すのならば、その茅場がこの世界の在り様を、崩壊させることなどあり得はしない。心のどこかで、キリトにはそんな確信めいたものがあった。

 

「やっぱり、そうだよね」

「たぶん……な」

 

そして、キリトのそんな返答もまた、アスナには予想通りだった。元より、その問いそのものが仮定を証明するためだけに過ぎなかったのだから。

 

「でもさ、この匂いの正体はおいとくにしても、この層の攻略者……レンのことは?」

「それは……」

 

レナに言われ、キリトは口をつぐんだ。何故ならそんなレナの問こそ、この件に関して一番重要なポイントだからだ。タークス隊の一人、“ブレイズ”と呼ばれたプレイヤーからの情報によれば、このフロアボスを討伐したのはレン本人だという。だからこそ、キリトだけでなくアスナやレナもまた、黙り込むしかできなかった。本来、レンにはフロアボス級のモンスターを単騎で討伐できる力はない。というより、《A-ナイファー》は本来モンスターなどには極端に不向きなスキルなのだ。場合によっては、攻略組は優に及ばず、中層のプレイヤーでもその火力は最低クラスに近いかもしれない。それを、レンは己の身体能力一つのみで辛うじて太刀打ちしているのだ。単にナイフとして扱えばそのダメージ量は少なく、唯一の利点である《即死》も狙うは難しく、そうやすやすとは使えない。レンが《八極拳》にその足りない分の要素を求めたのもすべてはそのため。そんな事実を、皆が皆よく理解できているがゆえに、その答えが出せないでいるのだ。本当に、これはレンだけで行われたことなのか?と。

 

「……やっぱりそうなんだ、あいつは、アイツはやっぱり裏切り者なんだよ」

 

その時、このフロアを満たしていた雰囲気の質が、誰かのその神経質な叫び声でがらりと変わった。元々この場を満たしていた疑問と、訳のわからない相手への緊迫、そしてレンに向けられた懐疑心が、一気にその方向性を変える。即ち――

 

「あいつはラフコフ側のスパイだったんだよ!!あいつがレッドに……ラフコフに俺たちの情報を流していたんだ!!」

 

――今はその姿をくらませた、レンに対する疑惑と憎悪へと。

 

叫びだしたプレイヤーはなおもとどまることを知らず、どこかおそれるように――ヒステリック気味に叫んだ。

 

「今回だってそうだ!!レンはラフコフを強化するために、協力してボスを倒したんだ!!いつでも俺たち攻略組に襲撃できるように!!」

「おいおい、待てよ……」

 

そんなプレイヤーの行動に、キリトはあっけにとられていた。とても今の状況が、現実そのものであるかなどその思考が理解しきれないでいたのだ。

 

「だってそうだろう?あいつの事を俺たちはよく知っている!あいつに、フロアボスが攻略できるはずがない!!そもそも、アイツは攻略組のくせしていつも最前線じゃない層をふらついてばっかりじゃないか!!これで白だってほうが怪しいだろう!!」

「それは……」

 

違うと、そうアスナが口にしようとした時、彼女は気づいてしまった。彼女の周りにいる、キリトとレナ、クラインなどをのぞくプレイヤーの全てが、皆同じように、彼を疑い始めていることに。

 

「やっぱり、アイツが裏切り者だったのか?」

「いわれてみればそうだよな、。確かに、おかしい」

「今思えば、怪しいやつだったもんな」

「いったいいつから?」

 

一度はびこってしまえば、ソレはまるで麻薬のごとく、たやすく彼らの思考に浸透してゆく。そもそも、レンには疑って有り余るほどの様々な疑惑があるのだ。

 

事件当日に最初にその現場へ駆けつけていた/まるで、初めからわかっていたかのように

 

その後、彼はそのまま姿をくらませた/まるで、逃走する犯人のように

 

一人で、ボスを攻略してのけた/まるで、協力したかのよう

 

そんな様々な事実がある中で、これを疑わない方がおかしいというモノ。叫びだしたその男は、決して気がふれたわけでも、虚言妄想を吐き出して言わけでもなく――これは、起こるべくして起こった事実なのだ。

 

「まってよ、おかしいよ。どうしてそんなことを」

 

その光景を見、アスナはそんな事しか呟けなかった。彼がどれだけ、他の攻略組の誰よりも強く、そしてその身をささげてきたのかを、アスナはよく知っている。その真っ直ぐさを、痛いほど理解している。なのに、周りはどうだ。最早すでに、レンを疑い、裏切り者だと決めつけている。それでは、あまりにもレンが報われない。そしてそれを、自分はただ黙って見過ごすのか――

 

「アスナさん!!」

「っ!!」

 

――ふざけないで

 

そう、ありったけを込めて叫ぼうとしたその時、アスナの肩へ、ベノナの手が置かれた。

 

「私たちタークス隊に、レンを見つけ次第拘束する許可をください!!」

「そんな、まさかあなたも――」

「そんなわけないでしょう!冷静になってくださいっ!!」

「つっ!」

 

沸き上がる感情そのままに返そうとするアスナを、ベノナの至って冷静な視線が制した。

 

「あなたはこの件のリーダーなんです!なのにそのあなたが一時の感情に流され冷静さを欠いてどうするんですか!」

「っ…………」

「いいですか、今大切なのは一刻も早くレンの所在を掴み、彼を保護することです。そしてこんな状況だからこそ、リーダーであるあなたが冷静な判断を下さなくては」

 

全くの正論だった。アスナは一人のプレイヤーである前に、団長であるヒースクリフから全権をゆだねられた“リーダー”なのだ。ただ直情的に一時の感情に流されることなど、あってはならない。

「どちらにせよ、このままじゃレンが危ない。ある筈のない疑惑、憎しみを重ねられて、いつか本物の裏切り者としてつるし上げ、粛清されてしまう」

「………………」

「お願いします、許可をください」

「…………分かりました。タークス隊に、レンの身柄を発見次第確保する権限を許可します」

「了解しました。大丈夫です、こんな状況でも、僕は彼を信じていますから」

 

そういって、ベノナはその場所を離れていく。その、穏やかな足取りと後姿を見て、アスナは自分自身の選択に確かな疑問を抱いていた。果たして、その選択が、“アスナ”としてではなく“副団長アスナ”としての立場――自分を優先させたその選択は、果たして正しかったのかと。唯々漠然としたものではあるが、アスナはそれが、とんでもない間違いを犯してしまったかのように思えた。

 




TF2が面白すぎて正直ドはまりしてます。リアフレとやってるんですが、もう皆でずっとやってる感じです。ジャンプする系FPSとして、一番完成されたゲームではないかと(笑)
IWも発売されましたが、今はそっちのけですね(笑)もっとTFのコミュニティーが盛り上がってほしい!!キャンペーンは最高だし,マルチはアシストが強いんで初心者でもとっつきやすいと思うし、何よりガンダムとか攻殻機動隊なんかのロボット系の作品が(あとアーマードコア好きにもおすすめ(笑))好きな人には特におすすめです

--信じて

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