SAO:Assaulted Field   作:夢見草

48 / 70
なんとか空いた時間がちょっとだけできたんで投稿します。

今回も間隔が一ヶ月も空いてしまってすいません。


Ep39: Refrain/Re:Dreamer

「ふぅ.........あーあ」

 

湧き上がってくる欠伸を噛み殺しながら、レンはその視線を宙に泳がせる。周りに広がる何とも殺風景で、何とも味気ない光景が目に入り、再び溜息の一つでも漏れそうだったレンだったが......

 

「グガラァァァ!!」

「だよなぁ」

 

それ一つで大地を揺るがすのではと思える程に獰猛なまでの雄叫びをあげながら迫ってくる獣人型Mob《クライノフベアー》は、生憎とそんな事をする悠長な時間をレンにはくれなかった。吊りあがり、敵意にその内を焦がす野獣の瞳は、常にレンを捉えて離さない。映るもの全てを自慢の牙で噛み砕き、立ち塞がるありとあらゆる“標的”をその爪で引き裂かんとするクライノフは、その本能が叫ぶままにたった一つの、至って原始的でシンプルな感情のもと行動していた。それ即ち、目の前で気怠そうに立ち尽くすレンクスという名の“外敵”を“喰らい尽くす”コト。例えそれが、この世界の何処かでほくそ笑んでいるであろうある一人の男によって作られた“偽り”の感情だろうと。

 

「ホント、よく出来てるよ」

 

側から、或いは客観的にその光景を目にするならば、浮かぶのは恐怖以外には有り得まい。高さ優に三メートルはあるだろうか、滅多にお目にかかることはできないだろう、所謂熊と“思しき”ナニカ。一度対峙すれば、向けられる敵意とそれにも増して滲み出る殺意に足は竦み、本能はただ“ニゲロ”と警鐘を鳴らし、思考は理解することを放棄する。それは、“生きとし生けるモノ”全ての、全くもって正しい反応だ。恥じることなどないし、寧ろその“恐怖”こそが生きる上で最も大切な感情なのだから。であるからして、

 

「“この世界”は、さ」

 

そんな、何処か感心したかのように一人頷き、全くもってどうでもいい感想を漏らすレンの姿は、とても正気の沙汰とは思えなかった。

 

只々呆然と、あくまでも自然体のままそこに佇むばかりのレンへと、クライノフベアーはその鋭利かつ凶暴なツメを振り下ろそうとしたところで、

 

「ふっ!!」

 

突如として、レンの体が下へと沈んだ。たちどころに目測は狂い、その頭上僅か三センチのところスレスレを、クライノフの剛腕が通過する。そのまま、レンは転がるように真横へとドッジロールすると、レッグホルスターより引き抜いたC-アックスを空中に投げ放った。

 

「グアアァァァ!!」

 

空振りとなったその一撃を振り戻し、丁度転がっていた体を起こそうとしていたレンへクライノフはそのツメを矢のように突き出す。完璧に調整を施されたクライノフのAIは、レンの回避行動後に生じる一瞬の隙をあらかじめ予測済みだったのだ。が、その行動を読まれ、次なる一手を完全に封殺されてはずのレンの口元には、ただ微かな笑みが浮かんでいる。

 

唸りをあげ、空気を切り裂き、レンそのものを抉り取らんと迫る一撃に、レンは軽やかに左手を添える。その触れざま、レンは呼吸でもするかのような自然さで《纏》の防御を発動させると、クライノフの拳をいなすように体を縦に半回転させ、そのままの流れで体を上方向へと押しやった。

 

元々の身軽さに加え、《A-ナイファー》が与える機動力補正の力も相まって、レンの体は重力を無視したかの如く空中へと舞った。そのゴツゴツとした広い肩へと飛び移り、更に大きく跳躍する。それが全く予想できていなかったのか、あっけに取られたかのように立ち尽くすクライノフ。レンはそのまま身を翻すと、あたかもサッカーのオーバーヘッドじみた動作で右足を振りかぶった。しかし、レンとクライノフとの距離は明らかに彼の脚四個分は離れており、その足が捉え切れる射程範囲(レンジ)ではない。それでも、彼はそんなこと御構い無しに右足を振り下ろす。その軌道上へ......まるで最初からそこにあったかのようなドンピシャのタイミングで、先程彼が投げ放っていたC-アックスが落下してきた。

 

「はぁ!!」

 

そして、レンはボールを蹴るのと同じ要領で右足をC-アックスへと叩きつけ、ショルダーホルスターから《黎元》を取り出す。

 

「ゴガアアア!!!!」

 

迫り来るC-アックスを払いのけようとクライノフがもう一方の方の腕を横薙ぎに振りかぶろうとするが、その時点で勝敗は決したようなものだった。唸りつつ高速回転するC-アックスの勢いは、丸太程にも分厚いクライノフの二の腕をいとも容易く両断してなお止まることを知らず飛翔し、最終的にその肩口へと至るまで刃を深々と喰いこませた。しかしそれだけでは終わらない。黎元を構えながら急降下するレンは、すれ違い様に毛並美しいクライノフの体へ袈裟懸けに斬りつけると、地面にタッチダウンするや否や体を捻り上げるようにして回転、そうしてよろけているクライノフの横腹に渾身の裏蹴りを叩き込んだ。

 

「グラアアアアアアア!!」

 

その、極限まで無駄な動作と力を削ぎ落とし、流れるように洗練されつつも痛烈なレンのコンビネーションによって、クライノフの巨体が横にズレながらHPを急激に減少させる。

 

「沈め!!」

 

更に軸足で地面を踏みしめると、僅かな“タメ”の動作から内へと捻り込むようにして拳底打ちを放つ。その痛烈な一撃だけで、元々重心がが浮きかけていたクライノフの巨体はさも芥子粒のように吹き飛んだ。

 

Иметь хороший день (じゃあな)!」

 

両足で地面をしっかり踏んで、最後にそれだけを吐き捨てるように呟くと、レンは新たなるC-アックスをホルスターより取り出して、壁面に激突したまま襲われるノックバックに身動きが取れないクライノフへと投擲した。

 

ガスッと鈍い音と共にそれはクライノフの眉間を見事穿ち、やがてばしゃぁぁぁとガラスの砕けるような音を発しながらその巨体が砂のように消滅した。

 

「ふぅ」

 

息を整え、獲得経験値と獲得コルが表示されたウィンドウのポップアップを横目に流し見しつつレンは被っていたフードを払う。左手に握られたままの黎元をクルリと一回転、手で転がしてからショルダーホルスターへと納める。それと並行して《スカウティングスキル》内の《索敵Mod》を発動してから周囲の状況を探ってみるも、彼の半径五百メートル以内はいっそ不気味なまでに静かだった。あれだけ派手に暴れ、加えてその特性上短期決戦ができないために少しずつAIの誘導を行いじっくりと調理したにも関わらず、だ。

 

しかしまあ他に倒さなくてはならないMobがいないのであればいないに越したことはない。いたずらに戦い続け、ただ無闇矢鱈に《A-ナイファー》の装備一式を消費してしまうよりかはよっぽどマシである。そう区切りをつけてから、レンは先程までクライノフと死闘を繰り広げていた場所を背に歩き出す。この層の中でもノーマルMobでは上から数えて五つ程に入るであろう位には強いクライノフベアーを倒したからといって、湧き上がる感情など何一つとしてなかった。一度フィールドに足を踏み入れた以上は命のやり取りをしているにも等しいが、今のレンにとってしてみればそれすらも何処か作業じみた、ルーチンワークのように感じる。

 

「アレからもう一週間以上、か.........」

 

何処か他人事のように呟きながらも、レンはこの先にずっと伸びているやはり殺風景で味気ない道を歩いて行く。そう、結婚式殺人が起きてからレンが他の仲間との連絡手段を全て断って孤立してから優に一週間以上が経過していた。その間、レンは例外を除いてだだの一度たりとも圏内へと舞い戻ったことはなく、ひたすらフィールドないし迷宮区に篭り続けた。加えて、フレンド枠からはほぼ全てのプレイヤーを削除したために今のレンには現在の攻略組、敷いてはこの全アインクラッド内の情報がさっぱり入ってこない状況だった。一度くらい戻って確認してみようかと思わないでもなかったものの、そんな考えはあの“メッセージ”によって掻き消される。

 

『お前が攻略組のプレイヤー達と関わりを持ち続ければ、親しいプレイヤーを殺す』

 

と。あの冷徹で内なる殺意を垣間見せる声はそう告げた。そんなこと、ただの戯言として真に受けなければ良いだけの話ではある。そも、レンが親しい間柄にあるプレイヤーは、彼らがレンに好意的であるか否かは置いておいて攻略組のプレイヤー達、アルゴにシェリー、今は一線を引いて支援活動に尽力を尽くすディアベルにその他ちょっとした知り合いのがいるのみ。少なくはないかもしれないが、決して多いわけでもない。レンが中層以下のプレイヤー達の支援活動を行っているという事実を知っている人間はさらに少ない。

 

そして、レッドプレイヤー側もそう易々と安易な殺人は犯せまい。少なくともレンの知る限り、今の攻略組の警戒態勢はかなり高く、あくまでも表向きは極秘扱いとされある一定以上の権限を持つ攻略組のプレイヤーでなければその存在を認知していない“タークス隊”を秘密裏に動かしていることからも明白だ。不必要にプレイヤーを殺せば、そこから忽ち足がついてしまう。“諜報部隊”の名は伊達ではないのだ。

 

それでも、頭の中ではそう理解出来ているはずなのに、如何してかレンはその宣告を無視できなかった。あの時、対峙したあのローブは、明らかに此方を知った風な素振りを見せていた。可能性としては限りなく低いものの、ともすればあのローブは攻略組の中の誰かなのかもしれいない。攻略組に“タークス隊”が存在するように、ラフコフ側もそれに準ずる組織を持っているかもしれない。何より、ローブの長槍使いが身に纏っていた“カズ”の手袋の事が、レンの頭から離れなかったのだ。

 

『後は.........』

 

/あの時に目にした光景は

 

『頼んだ.........』

 

/あの時に抱いた絶望は

 

『タスケテ.........』

 

/今でも、まるでそこで起きているかのように、鮮明に思い出せる。

 

もう二度と、あんな思い(後悔)はしたくない。自分にとって友と呼べる者の死をレンはもう目にしたくなかった。数多くのプレイヤーが呆気ないまでにこの世界に敗れていくのを、彼は何度もその紺碧に焼き付けてきた。

 

ーー死にたくないと泣き叫ぶ者

 

ーーその恐怖に怯える者

 

ーー殺される者

 

そう、そんなプレイヤー達を前に、死神は等しく煉獄の鎌を振り下ろす。あまりにも、救われない。その度に、レンは救えなかった己の無力さに憤ってきた。如何して助けられなかったのか、何故救い出せないのか。何故、誰かを犠牲にする事でしか他の誰かを救えないのか。もう何度繰り返したかも分からぬほどの反芻の螺旋上で、レンはひたすら取捨選択することしかできなかった。だからだろうか、彼はいつしか“誰かの死”を見ることに恐怖するようになった。お前は唯のーーーだと。俺は誰かを救わなくてはならないと。“死”を目にするたびに繰り返される強迫と責め立てに。だから、今に至るまでレンは圏内へと戻ろうとは考えないようにしていた。己の所為で、アスナ達を危険な目に会わせたくはなかったのだ。

 

「ココでいいか...................」

 

ぐるぐる廻り続けるその影を重ねるまま、周囲を警戒しつつ歩いていたレンはやがてその足を止めた。そこはこの迷宮区の中でも端の、とてもプレイヤーなぞ訪れないような辺鄙な場所で、されどこの薄暗い迷宮区を微かに灯す二対の篝火で囲まれた場所だった。このアインクラッドの圏外ではMobが存在しリスポーン地点から何度でもリポップするが、その中でも幾つか例外の、所謂“セーフティハウス”の様な場所がある。その一つが、この様にフィールド内部に点在する“篝火の場”だ。この内部にいる内は、Mobが入り込んできて襲うこともなければリポップすることもない安全地帯として重宝される。今レンがいるのは、最前線であるココ六十三層の恐らくは未だ他に到達した事のないであろう迷宮区内更に奥の僻地と呼べる場所にある篝火の場だった。そこへ足を踏み入れると、レンは腰に差してある剣を外すと、それを肩に寝かせるようにして静かに腰を下ろした。

 

「ハァ......」

 

疲れたように溜めた息を吐き出し、レンは払ったままでいたフードを再び目深に被りなおす。ここ一週間、圏内へと戻ることが出来ないレンは、四層にある自室又は適当な宿屋の代わりとしてこの篝火の場を利用していた。セーフティスポットとは言うが、それは飽くまでMobが此方に“入り込んで”来ないだけであり、そのすぐ目前を往来したりMobの呻き声や叫び声が絶え間なく聞こえたりととても寝れたものでは無いが、休憩場所としてならば悪くはない。レンにしてみれば取るに足らない瑣末な問題でしかなかったし、此ればっかりはもう慣れっこだ。わざわざこんな僻地を選んだのも、少しでもMobの往来が少ないところを探したというよりは単に他のプレイヤーとの遭遇率を可能な限り減らすためだった。

 

「装備は......まだもつかな」

 

ウィンドウから武装の残数が十分に大丈夫なのを確認すると、レンはウィンドウを払って少しの間気でも休めようかと静かに目を瞑った。

 

 

***

 

《Interlude

Renegade(Renxs):

Promise, Re:Dream》

 

 

 

 

 

ーー夢を視ている。

 

『もし、私が助けて欲しい時に、キミは私を助けてくれる?こうやってまた話してもいい?』

『うん、いいよ。約束する。ボクが、キミを守るから』

 

ーー幾つもの記憶の中へと埋没し、ひたすら忘れ、喪われていくだけの......遠い記憶。

 

『『ゆーびきーりげんまんウソついたらハリセンボンのーます』』

 

『ゆーびきった!!』』

 

ーーしかしそれでも

 

『キミは、私にとってのヒーローみたいな人だね』

『ヒーロー?』

『うん、私を助けてくれた、ヒーローだよ』

 

ーーこの夢を、懐かしいと感じるのは、如何してだろうか

 

ーーーそれは、まだ彼が今よりずっと、ずぅーと幼かった頃のオハナシ

 

***

 

彼は、何処にでもいる、ありふれたやんちゃな少年だった。毎日の学校では友達と一緒になって目一杯遊んでは先生に叱られ、悪巧みを考えつけばそれを実行し、やっぱり先生にこっぴどく絞られる。言うまでもなく、わんぱく少年団として彼等は常にマークされたりもしていた。

 

そして何より、彼はサッカーというスポーツが何よりも大好きだった。週に四回、彼の所属していたサッカークラブが活動する河川敷の空きグランドでの練習では、同じチームメイトと共に汗まみれ泥まみれになってひたすらにボールを追いかけ、それ以外の日でも空き時間や暇さえあればとにかくボールを蹴った。そう、男の子なら誰だって一度くらいは通った経験()であろう、有り体に言えばスポーツ大好き少年だったのだ。泥んこ塗れになったユニフォームが、洗濯の際に母親の頭を大いに痛めさせた事など数え切れはしない。

 

そして、そんな彼のもう一つの楽しみ。それはサッカークラブの後に近くの公園で空と景色を眺める事だった。その公園は珍しくも、丘で高台となった場所に作られていて、あまり開発の進んでいなかったその当時では周囲の光景を一望することのできる絶景スポットだった。春、夏、秋、冬と季節が移ろうたびに、見せる顔を変える公園。

 

 

 

ーーーそんなどうってことない日々(日常)を過ごしていたある日の事、その男の子は一人の女の子と出会ったのだ。

 

 

いつも通りブランコ近くに広がる原っぱで空と景色を眺めようと足を運んでみれば、何時もは人が居らず彼の特等席にも近かったその場所に、その少女はポツンと一人座っていたのだった。しかし、別にその場所は彼専用の場所でもないからまぁこんな日もあるのかなぁと別に深く考えることなくその少女の隣......およそ体一個分程離れた場所に座ろうかとしてーー目にしてしまった。

 

その女の子が、くりくりとした愛らしい()に涙を溜めて、今にも消えてしまいそうな儚い表情でその景色を眺めていたことに。

 

最初は、そっと静かにしておこうと思った。しかし、元々そういった光景が放って置けないタチであったし、隣で自分とそう年の変わらないだろう女の子が今にも泣き出しそうにしていて、彼は不思議に思っていたのだ。

 

“どうしたの?”

“どうして今にも泣きそうでーー”

“そんなに悲しそうなの?”

 

と。

 

「何かあったの?」

「................................................」

 

とうとう抑えきれなくなり、勇気を以って尋ねてみた彼だったが、帰ってきたのは固い沈黙と、一層自分の肩を強く抱きしめる女の子の姿。

 

“どうしよう”

 

彼は戸惑った。こんな時に、どう行動すれば良いのか。生憎と、その時の彼にはいい対処法が思いつかなかった。

 

考えて、あーでもないこーでもないと散々迷い、葛藤した挙句に、彼の脳裏に思い浮かんだのは当時彼が好きだったとあるマンガの、あるワンシーンだった。

 

“そうだ、一緒にサッカーしよう!!”

 

思い立つと直ぐに、彼は自分がからっていたエナメルバッグの中からボールを取り出した。ずっと使い続けてきたためか、表面はボロボロで所々ハゲ落ちているが、それは彼の誕生日に、両親が買ってくれたとても大切な、四号球のボールだった。

 

そして彼は彼女の白くてきめ細かな細い腕を、なんのためらいも無く掴んだ。

 

「ちょ.........ちょっと」

「一緒にサッカーしようよ!」

 

突然のことに顔を顰めたまま抗議をたてる少女をまくし立てるように、彼は明るい声でそう言った。たとえ話せなくても、どうやったら笑ってくれるだろう?そう考えた結果がコレだった。一緒に遊べば、きっと彼女も笑ってくれる筈だ、と。そこで思いついたのが、サッカーだったというわけだ。

 

さて、そうやって行動に移したはいい。しかし、半ば強引にも近い形で誘ったその相手が、果たして喜ぶだろうか?答えは否、だ。

 

その少女もそんな例に漏れず、物言いたげな顔で彼のことを不機嫌そうに見つめていた。

 

「うーんと、そうだ!チョット見てて!!」

 

しかし、これしきのことで諦める彼ではない。“わんぱく少年団”と、先生達からのお墨付きは伊達では無いのだ。相手に興味がなさそうなら、湧くように工夫してやればいい。彼は足元にあったボールをつま先でフワリ蹴り上げると、ヘディングでさらに上へと上げて、落ちてくるところを胸で受け止め、そのまま落とし込んで左足、次いで右足で再度蹴り上げ、ボールを背中に乗せてから転がし左のヒールでソレを蹴り上げ、再び足で受け止めて蹴る。

 

サッカーが好きであり得意でもあった彼がそんな少女に披露したのは、所謂リフティングだった。ボールを蹴り上げ、地面に着けることなくまた蹴り上げるこの動作は、サッカーに於ける至ってシンプルな練習でありながら細かなボールコントロールを学ぶには最適な練習法であり、だからこそ奥が深くもある。得意とはいえ、複雑な動きも交える彼のリフティングは、道化師のジャグリングにも似ており、そんな少年の技量の高さが伺える。

 

すると、ボールをまるで意のままに操る彼の姿を見て興味が湧いたのか、少女の険しげな表情がフワリ、少々の驚きを含んだ柔らかいものに、微かだが変わっていたのを少年は見逃さなかった。

 

「はい!!」

「え!?ちょっと」

 

ボールを受け止め、地面を転がすようにして彼が少女にボールを蹴ってやると、彼女はいきなりのことに慌てつつもぎこちない動作でソレをトラップした。

 

「蹴り返してみて!!」

 

どうすればいいかわからないと言いたげに視線を向ける少女に、レンは蹴るそぶりを見せてやる。すると、

 

「......えい!」

 

少女はそれを見様見真似でボールを蹴り返した。コロコロと転がってくるボールは、ちょうど彼が立っていた場所丁度に収まった。

 

「あっ......」

「スゴイよ!キミってとっても上手だね!!」

 

初めてだったろうにも関わらず、彼と何ら遜色ないコントロールでボールを蹴って見せた少女に、彼は純粋に嬉しくなった。そうして、彼がまた蹴ってやると、今度は戸惑いが消えて先ほどより遥かに滑らかに少女も返す。

 

それからは、ただひたすらにボールを蹴りあっていた。すると、最初は何処か不満げだった少女の表情が次第に和らいでいき、そうして、少女が初めて笑ったのを彼は見た。くりくりと愛らしいしばみ色の瞳。端正に整った顔にサラサラとした栗色の髪。純白のワンピースに身を包んだ彼女の姿は、とても綺麗だった。

 

 

 

ーーそうして彼等二人は毎回のようにその公園でサッカーーーとは言ってもボールのパスをしあうだけの簡単なものだったがーーをするようになっていた。そうすれば、自然とどちらからともなく話すようにもなっていた。彼等が初めて出会ってから暫く経った頃だ。

 

「キミのその髪と瞳の色ね?」

「え?」

 

彼の顔を覗き込みながら、彼女は突然そんなことを言い出した。思わず、彼の体が僅かに強張ってしまう。微かに怯えながら、

 

「......これのこと?」

「うん」

 

ーー幼なった頃の彼は、自分が持つこの髪と()が少し嫌だった。色素の薄れたように淡いシャンパンゴールドの髪と、海のように深い色合いをたたえた紺碧色の瞳。それは、良くも悪くもとても目立っていて。母親譲りの自慢であるハズのソレは、同年代と関わらず皆の好奇の視線を集めるモノだった。からかわれることもあったし、自分は純粋な日本人では無くてロシア人である母とのハーフだと自覚ができていなかった彼を含め“彼等”には、単純に“他とは違う変なモノ”としか映らなかったのだ。過ごす日々が大好きではあった彼の、唯一大っ嫌いと言ってもいい点。不思議に思って、たまにからかわれることもあって、何度母や父に尋ねたかは判らない。

 

『ねぇ、どうして僕はみんなと一緒じゃ無いの?ヘンだよ、この色』

 

ーー怖かった。隣に座るこの少女も、他の皆と同じようにヘンな目で自分を見てくるのかもしれないと。それだけはイヤだったから。キライだったから。

 

「羨ましいな、とってもキレイで......私好きなんだ」

「好......き?」

「うん、とってもね!」

 

だから、素直にこの髪と瞳を褒めてくれたこの少女のことが彼にはとても不思議に映った。

 

「......どうして?」

「だって、髪はキラキラでお日様みたいだし、瞳も海みたいな色してる。とってもキレイじゃない」

「......そうかな?」

「そうよ、とってもね」

 

そう、目の前にいる少女が、家族を除けばはじめて自分の髪と瞳を褒めてくれた人だったのだ。だからだろう

 

ーーなんだかむずかゆいような気がして、それにも増して嬉しかったのはーー

 

「......あ、ありがとう」

「え?」

「この髪と瞳を褒めてくれて、ありがとう。すっごく嬉しい」

「うん、どういたしまして」

 

彼がチョット照れ臭そうにはにかんでみると、少女もまた透き通るような微笑みを返した。

 

***

 

ーーそれは、とても嬉しくって色鮮やかな記憶(キオク)

 

ーーそして、レンが朧気ながらに覚えている記憶がもう一つある。

 

***

 

その日は、いつもと違って少女はその小さくて華奢な身体をより一層縮めて肩を震わせていた。それが、果たして一体何を意味するのかは、立ち所に彼にも理解できた。そうして、かつての或る日のように、彼はそんな少女の隣へと静かに腰を降ろした。

 

「.................................」

「.................................」

 

僅かばかり間隔の開いたその合間を、ソワリと爽やかなそよ風が駆け抜けた。それに吊られて、周りの木々や草々踊るように揺れ、軽やかなBGMとなって彼の耳を撫でる。

 

“キレイな空だなぁ...................”

 

そんな風に、まだあどけなさの残る双眸を僅かに細めながらレンは空を仰ぐと、ガラにも無くそんな感想を抱いていた。実際、空の透き通るまでに鮮やかな空色のパレットに純白な絵の具の如き雲を落としたかのようで、それはーー

 

“これで、いつもみたいに彼女が笑っていてくれればなぁ”

 

静かに涙を流し続けるその少女と、そんな彼女をそっと見つめる少年には少々不似合いであった。

 

チラリと横目で彼女を流し見るも、そんな彼女は以前最初に出会った時と同じワンピースと白磁器のように透き通る腕にその小さな顔を埋めたまま消え入るような声ですすり泣いていた。

 

“ど、どうしよう...................”

 

何時ものように隣へと腰を降ろしてみたはいいものの、先程と全く変わっていない状況に彼は途方に暮れていた。如何にかして声を掛けてみたくとも、あの時と違い彼女は泣いている。それが彼を一層悩ませていた。

 

「ねぇ...................」

「うん?」

 

そうやってどうするべきかを心の中で行ったり来たりしていた彼へと、不意に少女が声をかけた。しかし、その声は何時もの透き通るように美しい声では無く、どうしようもないくらいに涙に濡れていた。そうして、一層強い風がひと吹き、彼女の煌びやかな髪を揺らし、顔をあげた。

 

その時に初めて、彼は彼女の悲しみに染まった表情を見た。

 

「ねぇ、キミはこの世界が好き?」

「うーん、そうだなぁ............」

 

そのまま尋ねられて、彼は首を微かに傾けながら考えた。

 

ーーとっても、難しい質問だった。

 

彼にとってしてみれば、それから自らの“日常”で、当たり前のようにある“日々”だった。

 

ーー授業で一杯一杯手を挙げて、

 

ーー友達と一緒になって遊んで、

 

ーーたまに先生から怒られて、

 

ーーチームのみんなと一緒になってボールを追いかけて、

 

ーー試合に勝ってみんなと笑って、

 

ーーそして、彼女と一緒に景色を眺めるのも、

 

ーー一緒に、ボールを蹴りあうのも、

 

彼からすればそれは当たり前の、陽だまりのように暖かな日常であり、“世界そのもの”だ。

 

『お前ってやっぱヘンな目してるよなー』

『おっかしな色〜』

 

もちろん、ただ楽しいだけの“世界”では無い。

 

からかわれたコトは数え切れないし、そんな彼らの好奇の視線と声が嫌で親の前で涙を流したことだってある。

 

ーーそれでも

 

『その瞳、私は好きだよ?』

 

それを褒めてくれた(彼女)がいた。だから、そうだ。

 

自分の世界は好き?

 

その問いに対する答えなんて、初めから決まっていたのかもしれない。

 

「そっか。ーーうん、僕は大好きだよ」

「そうなんだ......私はキライ」

「どうして?」

「私ね、お母さんが厳しいからあんまり好きなことが出来ないんだ。お父さんは仕事て忙しいからってなかなか帰ってきてくれないし......今日もね、ピアノのレッスンの事でお母さんとケンカして......そのまま飛び出してきちゃったの」

 

そう、ポツリポツリと零す彼女の顔は、見ていられないくらいにとても悲しそうだった。

 

だからだろうか、気がつけば彼はそんな彼女の腕をそっと、自分の手で掴んでいた。

 

彼女が彼の髪と瞳の色を大好きだと微笑みながら褒めてくれたように、彼もまた彼女のふわりと笑うカオが好きだったから。そんな彼女が悲しんでいる姿を、彼は見たくなかった。

 

「大丈夫、君のお母さんもいつか分かってくれるよ。だから泣かないで。キミは、笑っていた方が似合ってるよ」

「......じゃああなたは?私の事、解ってくれる?」

「うん!もちろん!!」

 

彼が自信を込めて頷くと、今まで泣いていた少女の顔に微かな笑顔が戻った。彼の大好きな、透き通るようにキレイな笑顔。

 

しかしそれでもまだ不安は拭えないのか、彼が握っている手を強く握り返し、少女は尚も不安げに眉尻を下げてボソリ尋ねた。

 

「ねえ、もし、私が助けて欲しい時に、キミは私を助けてくれる?こうやってまた、一緒に話してもいい?」

「うん、いいよ、約束する。僕が、君を守ってあげるから」

 

そうしてそっと差し出したレンの小指と少女の白い小指とがゆっくりと絡められーー

 

「「ゆーびきーりげんまんウソついたらハリセンボンのーます」」

 

 

「「ゆーびきった!!」」

 

 

 

ーーそれが、そんな子供染みた約束こそ、あの時に交わされた、何よりも大切な“契り”だったのだ。

 

ーーどうして忘れてしまっていたのだろう。

 

ーー何故鮮明に思い出せないのだろう。

 

ーー交わした大切な“約束”だ。

 

ーー守ると“誓った”のだ。

 

ーーヒーローみたいだと言ってくれた。

 

ーー自分の髪と瞳が綺麗だと......嘘偽りもなく屈託もない大好きな笑顔でそう告げてくれた。だから今度は自分の番だ。

 

ーー彼女がくれたであろうモノを返さなくては。

 

ーー今も何処かで、ともすればそのしばみ色の宝石のように美しい瞳をまた悲しみに濡らしているかもしれない、

 

ーー名も知らない、彼女の元へ

 

 

 

 

ーー俺が、君を守ってみせるからーー

 

 

 




彼の夢に出てきた女の子......一体誰なんでしょうかねぇ?(すっとぼけ

この話を書いた前回よりかなりの間隔が空いてしまってますが、実はカンのいい人はもう誰だか分かっちゃってるみたいで......
タグふせた意味ェ......

話は完全にオリジナルってか作者の捏造なんですがね笑

次も大分間隔が先になってしまうかもしれません。

それではまた

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。