1. 割と酷い戦闘描写&解りにくい
2. やっぱりひどい戦闘描写
3. どう足掻いても最悪な戦闘描写
それでも構わないぜ!とゆう凸プレイヤー&変態装備の方はこのまま進めてもらって構いません。
この世界にも、ネームバリューというものは当然存在する。特に攻略組のプレイヤー達にそれは顕著で、例えば《閃光》アスナ、《神聖剣》ヒースクリフ、《黒の剣士》キリト、《舞姫》レナと言ったプレイヤーは、それぞれが固有の二つ名をもつほどに有名だ。これはまた、そんなプレイヤー達に対するウワサやニュースも自然と広がるのが早いことを意味する。そんな彼らが決闘を行うともなればそれもなおさら。
かくして、血盟騎士団副団長《閃光》のアスナと、ソロプレイヤーにしてアインクラッド内に現状二人しか確認されていないユニークホルダーレンとの1on1によるデュエルが行われるという噂は、瞬く間に広まった。そして来る対決の日、アスナはいつもの騎士服の出で立ちのままレンが来るのを待っていた。対決場となるフィールドは五十二層圏内のとある草原。わずかにゴツゴツとした岩ばかりが点在するその場所には、すでにこの世紀のデュエルをこの目で間近で見ようと集まっているプレイヤー達で俄かに活気づいている。まだ対決の時刻には十分以上あるにも関わらず、その数は意外にも多い。それは、この対決の注目度がいかに高いかを如実に表していた。が、今のアスナからしてみれば、そんなことはどうでもいい瑣末な問題でしかない。アスナにとって大事なのは、レンと対決するというその事実だった。
レンに対するアスナの評価は、お世辞にも良いとは言い難く、寧ろ最悪と言ってもいい。キリト同様、レンはこの世界、ここでの生活を楽しんでいるようにも見える。そのくせ、事攻略に関してレンは別人と思えるほど安全にこだわる。もはや、過剰と言ってもいい。そんなレンの姿が、アスナにはふざけているように映ったのだ。この世界はしょせん偽物。作られた偽りの世界でしかない。ここでの生活、喜怒哀楽その全てはただのデータが作り出したイミテーションでしかない。そう考えるアスナにとって、この世界での全てなど無にも等しいのだ。
“そう、私は彼が嫌いだ”
そうとハッキリ判っているのに、アスナの心はまるで霧がかかったようにモヤモヤとしたままだった。こんな感触に陥ったのは、初めてレンに助けられたあの時からで、特に彼が普段プレイヤー達の救済のために動いているとレナから聞いてからはそのモヤモヤが顕著となった。今まで、彼女は一刻も早くこのデスゲームから解放されるために日々を生き続けてきた。それが彼女の信条だったのだ。そのために攻略ペースを押し上げ、アスナもまた自分を鍛え続けてきた。それを疑問に思ったことはないし、ましてやそれが間違っているのかと疑うことすらなかった。なのに、レンの姿を見ていると、そうであると決めた信条が揺らぐ。
“この手で守れる命があるなら、俺は一人でも多く救うさ”
かつて、ボロボロになるまで自身を追い詰めていた彼女に告げたレンの姿を、アスナは鮮明に覚えていた。その紺碧の瞳はとても真っ直ぐで、とても強い熾る焔のような意思があった。どうして、
『レンはプレイヤーを助けるために、その身を呈し、時には命を掛けてるんだよ』
死が怖くないのだろうか。
窮地に立たされたプレイヤーの所に入って行けば、必ず自身の命を危険にさらすこととなる。割が合う合わないなんて話じゃない。たとえどんな見返りが与えられるとしても、一体このどうしようもなく“死”が充満する世界のどこに、自分の身の危険すら顧みることなく他人を救おうとするプレイヤーが居るというのか。もしそんなプレイヤーが居るとすれば、それは人間じゃない。何にも替えることのできない自身の命を何とも思わない人間など、与えられた目的のみをこなすロボットと何ら変わりない。或いはそれは、人間として大切な“ナニカ”が致命的なまでに壊れてしまっている。一度フィールドに出てしまえば常に死と隣り合わせのこの世界を恐れていないのか。だとすればどうして?どうしてそこまで自分を強く保つことが出来るのか。だから試してみようと思ったのだ。この世界に負けたくないと思っていて、負けてしまっている
「レンが来たぞ!!」
どうやら、深い思考の海にいたようだ。突如辺りに響いた誰かの声で、周囲にざわめきが走った。そこで、アスナも意識をこちら側に戻して、ソコへと眼を向ける。ゆっくりと、しかし確かな足取りでこちらへと近づいてくるレンの姿。ひどく清澄で、それでいて業物の刃物のように鋭いその纏う雰囲気は、自然とアスナの気を引き締めるのには十分すぎた。やがてその歩みを止めて、レンはその紺碧でアスナの姿をハッキリと捉えた。
「来たわね」
「ああ、お姫さま直々の舞踏会への招待ともあれば、遅れるのがそれこそ野暮だろう?」
この期に及んで尚そんな軽口を飄々とほざくレンに、アスナは僅かに眉をしかめた。
「随分余裕ね。何か良い手でも見つかったの?」
「さてな。そっちこそ、少しピリピリし過ぎじゃないか?笑ったほうがアスナには似合ってるのに」
「余計なお世話よ」
あくまで飄々然としたまま受け答えをするレンに、アスナはイラつく感情を押さえることが出来なかった。胸の中にあるモヤモヤが、より一層強くなる。
「まあいいわ。早く始めましょ」
その違和感を無視してから、アスナはウィンドウを操作し、決闘メニューからレンにデュエルを申し込む。返事はしない。代わりにレンは表示されたウィンドウから“半減決着”を選ぶと、《Yes》ボタンを押して腰のベルトよりレリーファを左手で引き抜いてから、その剣先をアスナへと向けた。表情も――自然と鋭さを増してゆく。一定のタイミングを隔ててカウントを始めるタイマーを片目に捉えながら、アスナも彼と同じようにレイピアを構える。
“何だろう……アレ”
まず始めにアスナが抱いた違和感は、レンの剣を構えるその姿だった。レイピアを自身の真正面に静態させているアスナと違い、レンは剣を持つ左手を前に出しながら体を反身に引き、姿勢を少々低くしていた。どことなくフェンシングの構えに似てはいるものの、やはりどことなく違う。少なくとも、以前のレンはあんな構えはしていなかった。アスナと同じく、ステータスをAGI寄りに振っている彼は、自分と同じその敏捷性を生かした剣術で来るものとアスナは思っていた。しかし、あれでは開幕で素早く動かすことはできないだろう。これが意味することはつまり、何かしらの策を立てている可能性が高い。或いは唯のブラフとも考えることは出来るが、それを知る術がアスナには無い。それでも良い。どちらにせよ、打ち合ってみればソレもおのずと分かる。静かに、されど深く息を吐いて、アスナは神経を研ぎ澄ましてゆく。
残り五秒――レンの短く息を吐く声が聞こえる。
残り三秒――アスナは、研ぎ澄まされていく感覚の中で剣を握る手に力を加え――
START!!
「ハァ!!」
その合図と共に、アスナはまるで放たれた稲妻の如きスピードでその場から駈け出した。その速さにわずかに目を見開いているレンを尻目に、アスナは手にするレイピアを引き絞ると、レンの肩口、次いで右胸元へと解放した。そのスピードは最早高速を超え、レンの予想をはるかに凌駕している。だがそれでも、レンは反応して見せた。
「くっ!!」
ぎこちない足さばきながら、レンは迫る一撃目をかわすと、更に地面を蹴って横に飛ぶことで胸元への刺突をスレスレでかわす。だが、それはアスナの狙い通りでもあった。このニ撃はただのフェイント、本命はその次。レイピアを引き戻し、横に流れるレンの退路を断つように先程よりもなお早い刺突を重ねる。先の強引な回避によって体が流されているままの今のレンでは、その追撃をかわす手段はない。だから、レンはかわすよりも手を動かした。迫るレイピアへとカトラスを重ねるように合わせると、刀身の触れざまに《纏》による回転防御でレイピアを流す。そうして、回転する勢いそのままに、レンは大きく弧を描くような軌道でカトラスを袈裟掛けに斬り払った。燕が身を翻すがごときその鋭い一撃は、しかしかろうじて滑り込ませたレイピアによって防がれた。ほとばしる金属音。そのまま押し込もうとするレンとソレを防がんと抗うアスナ。やがてそれは繚乱と火花が走る鍔迫り合いと化す。だが、その均衡も長くは続かなかった。
「せっ!!」
アスナの右、ちょうど立ち足として重心の乗ったその足を、レンは左足のわずかな動作のみで絡め払った。《鎖歩》と呼ばれる、《八極拳》スキルの離れ業。
「あっ!!」
足を払われた事により、アスナの体が後ろへと傾いてしまう。だが、ここで踏みとどまってしまえば、そのスキをレンに突かれてしまう。軽やかな動作から、レンが横薙ぎにカトラスを振るったのを見、アスナはその決断を下す。勢いよく体を後ろに投げて、アスナは背転しながら飛び退いた。ヒュンッと空気を切り裂く音がして、レンの一閃が空を切る。更に踏み込み、レンは追撃を仕掛けるも、アスナはその素早い身のこなしでレンのレンジから離脱していた。
「チッ」
わずかな舌打ち。仕切り直しとでも言うように、レンもまたその場から離脱した。互いの空いた距離はおよそ十メートル。後退と呼ぶにはあまりにも近く、急襲にはあまりのも遠い。レンもアスナも、互いを視界に見据えたまま、相手の様子をうかがっていた。
“成程、噂に違わぬと言ったところか”
このわずかな撃ち合いの内にためた息を吐き出し、レンは内心でその実力に舌を巻いていた。今までにレンが目にしてきたどのプレイヤーよりも、アスナの剣さばきは格段に速かった。加えて、その精度も桁違いに高い。ここ数週間、対アスナを見据えてキリトと模擬戦を繰り返していたレンだったが、キリトの扱う剣とアスナのソレではその性質に大きな違いがある。一撃の重さはキリトの方が上だが、速さにおいてはアスナが上だ。先程、レンの体捌きがぎこちないものだったのも、それに起因する。レンのイメージと実際の剣筋におけるズレが、レンの反応を遅らせていたのだ。先程とっさにカトラスを合わせられたのは奇跡に近かった。
“確かに速い、けど……”
ソレも今となっては無意味にも等しい。何故なら、レンはすでにその剣筋を“視た”からだ。
“イメージと実際のズレを少しずつ修正、目をあの速さに馴らせ!!”
一度眼にすれば、後から幾らでも修正は出来る。かなり動体視力の高いレンに対してアスナが犯してしまった間違いとは、レンにその筋を“視させ”てなお仕留めきれなかったことだ。
“よし”
そうと判れば、今度はこちらから攻めることが出来る。わずかな動作から、レンは疾走した。一直線に向かってくるレンの脚を止めさせようと、アスナが上段の突きを繰り出す。しかし、筋を“視て”しまったレンに対して、それは愚直と言えよう。結果、レンは当たるか当らないかのスレスレでその突きを掻い潜った。滑り込むようにして踏み入れたアスナの懐から、レンはカトラスを斬り結ぶ。ゴウッとせまるその袈裟斬りを、アスナは全力で後ろに飛んだ。胸元の防具プレートスレスレを掠る一撃をやり過ごして、アスナは再びレンに肉薄する。草場の低いμにグリップが僅かに失われるのも気にせず、レンの体を軸とし、わずか右に三撃、更に左腹下へとニ。その突きのどれもが、ほぼ同時にレンへと牙をむく。
「っああ!!」
いくら筋を“視た”としても、これでは対処のしようもない。剣尖がアバターの体を次々と穿ってゆくのにもひるむことなく、レンはカトラスを動かした。六撃目となる左肩への一閃、他の刺突よりわずかに速度の減衰したソレを、レンはカトラスでレイピアの横腹を弾く。そこから、右足でアスナの軸足を蹴りつける。
「くぅっ!!」
「ハァ!!」
崩れるアスナの体幹。そこへ、レンは気迫と共にカトラスを走らせた。右下からすくい上げ、更に垂直へと振り下ろす。刃がアスナのアバターを切り裂いて、HPががくんと減少した。
「このっ!!」
しかし、アスナもこのままでは終われない。三撃目となるレンの斬り返しを身を捩って回避し、かぜんと迫ってくるレンを止めようと横一文に斬撃を振るう。ソレを、レンはスウェーバックでやり過ごし、続くアスナの追撃のこと如くをかわしてのけて、甘く入った右脇下への突きへカトラスを乗せた。レイピアをなめす様にカトラスでずらしてゆき、そのまま下へと受け流す。見事なまでのパリィ、そう認識した時はもう、レンは次の一手を放っていた。体を捩るように回転させて、下から斜めへと掬い上げるように裏回し蹴りをアスナへと叩きつける。
「うっ!!」
かろうじてそれを防ぎきったアスナだったが、それだけだ。予想に反して強いレンの蹴りは、小柄なアスナの体を後ろに吹き飛ばしていた。まるで先程の巻き戻しのように、再び二人の間が開いた。
***
“手強い……それもかなり”
実に単純明快。それが、彼女の抱いた感想だった。実のところを正直に言ってしまえば、彼女はレンの剣術を見くびっていた。確かに彼は強い。変則的な二対のナイフを手に、《八極拳》と呼ばれる古代中国の絶技を組み合わせながら作り上げてゆく彼の近接戦闘術は、特に対人において最もその威力を発揮する。レンがPvPに於いて最強といわれるのもそれが所以だ。が、それも剣術となればまた話は別。剣に関するレンの評価は、“まあまあ強い”程度のものでしかない。ソツなくはこなすが、逆に言ってしまえば何処までも平凡な剣筋でしかない。自身の最速の剣技を以ってすれば、勝機はこちらにある…………
そう、アスナは事今に至るまでその考えを持ち続けていた。しかし、それは完全に間違いだった。この三日間で何をしてきたのかアスナが知る由はないが、今のレンが操る剣技、パリィからのカウンター主体のスタイルは、ハッキリ言って十分強力だった。最初はぎこちなかったその足運びも、今はまるで別人のように滑らかとなり、確実に此方の攻撃をかわし、剣でパリィを取られる。更に厄介だったのは、パリィ後の体術による“体制崩し”だった。アレを決められてしまうと、ほぼ間違いなくなす術がない。安易な攻撃は危険、少しばかり荒くなった息を整えながら、アスナはそう結論付けた。彼女にとって幸いだったのは、レンの与ダメージ量はアスナが与えるソレよりも遥かに少ない所だった。派手に攻撃を食らったように思えたが、減少したHP量はさほどたいした量でもない。恐らくはあの軽い剣の所為だろうとアスナは当たりを付けた。
“仕方ない……ある程度の被ダメージは覚悟して、ソードスキルを叩き込むしかない”
こういった類のデュエルでは、ソードスキルをあまり使用しないのが定石だ。何故なら、スキル後の硬直時間が致命的な隙を作ってしまうから。だが、此方の攻撃はパリィによって弾かれてしまうと判った今、多少のリスクは背負ってでもパリィのしにくいソードスキルで攻め込むしかない。不幸中の幸いか、レンの与えるダメージ量は少ないので、多少の攻撃なら耐えることが出来る。そう頭の中で結論付けて、アスナは自身が最も慣れ親しんだ構えをとった。
***
開いた間合いはおよそ十メートル、まず間違いなく安全だとタカを括っていたレンだったが、すぐにソレが的外れだと思い知らされた。アスナが、僅かにレイピアを持つ手を体に引き寄せたかと思うと、次の瞬間には、眩い光を迸らせながら流れ星の如き一撃を放っていた。
“早い!!”
予備モーションの隙のなさもさることながら、自身の身体能力で極限までブーストした細剣スキル単発技《リニアー》は、開いた間合いなどなかったの如くレンへと一直線に向かってくる。
ソレを回避しようと体ごと下に沈めるレンよりもなお早く、光の尾を引いて突き出されたその流星が、レンの肩を深々と抉った。
「ぐっ……つ、ああああ!!」
焼け付くような違和感に咆哮をあげながら、レンもモーションを立ち上げる。カトラスが水色の稲妻を帯び、システムの力が体の支配権を奪っていくのを感じながら、レンはスキルを開放する。下から掬い上げるように切り上げ、レイピアをかち上げる。激しい火花と共に生じた衝撃波が、周囲の草を放射状に揺らしながら大気を震わした。しかし、レンのカトラスはまだその輝きを失ってはいない。足を切り返して信じられないスピードで体を回転させてから、時間差で飛んでくる斜めの斬り下ろしを、硬直のまま無防備となるアスナへと叩き付けた。片手剣スキル変則二連撃《ダブラ・ティエンポ》かつてカズも愛用したその技が、アスナのHPを奪ってゆく。
だがそれでも、アスナは怯むことなく次のソードスキルを発動した。上段突きを四連、左右へとなぎ払う二連、そしてそれらを結ぶ神速の突きを二、合計八連撃を一息に重ねる絶技《スターダスト・ヴァリエ》を、硬直のまま動けないレンへと開放する。最早残像にも近いその剣閃、しかしそれでも、レンはその全てを捉えていた。初撃よりの四連が火花を散らしながらレンのアバターを削っていくも、硬直の解けた五連目の薙ぎから、せまる剣戟の全てをパリィしてのけ、最後の刺突を受け止めてのけた。
「ウ……ソ……」
「はぁぁぁ!!」
呆気に取られるアスナを尻目に、レンはレイピアを横に逸らすと、その腕を左手で掴み、開いた右側面に右膝で蹴りを入れる。
「喰らい……やがれ!!」
くの字に歪むアスナの体。レンは体を浮かせながら余すことなく全身を使った突きを放った後、まるで舞うかのような軽やかな動作で次々と切り結んでゆく。その筋はやはり、西洋剣術のソレに近い。
「う......くっ......!」
アバターの全身が次々と削られてゆく不快感に耐えかね、アスナは堪らず背面に飛び退いた。先程まで余裕があったHPも、今ではその四割弱が削られている。しかしそれよりも、アスナにとってはレンがソードスキルを弾ききったたその事実に驚いていた。彼女にとっても最高位に属するソードスキルまでパリィしてのけるとは考えも及ばなかった。だから、アスナは気付かない。
“マズッたかな…………もう限界が……”
彼女のソードスキルを防ぐために、レンが打ったバクチを。
***
「おおっ!!」
「彼女の剣戟を防ぎやがった!!」
「アイツ中々やるな!!」
「レン………………」
ちょうど、レンがアスナの最上位ソードスキルを凌ぎきったところで、周囲のプレイヤーたちにざわめきが走る。しかし、その中で一人、この戦闘を複雑な顔持ちで俯瞰するプレイヤーが居た。黒髪黒服、全身黒ずくめのこのプレイヤーこそ、レンの相棒たるキリトだ。本来なら相棒の活躍に喜べばいいはずなのだが、他のプレイヤーたちと違って、彼の表情は曇るばかりだった。原因は判っている。レンにおきた異変が、キリトにもまた判ってしまったからだ。
そう、一見対人に於いて完璧にして強力にも見えるレンの戦闘スタイルだが、それにはひとつ致命的な欠点がある。それを、三日三晩彼の修練に付き合ったキリトは良く知っていた。パリィ主軸のカウンタースタイル。その最大の欠点とは、剣がその行使に耐えられないということだった。物理演算がきちんと成されているこの世界において、相手の剣を受け止め、それをパリィによって軌道を捻じ曲げるという行為は、剣に相当な負担を掛けてしまう。具体的には、通常ありえない速さで剣の持つ耐久値が削られていくのだ。現に、この三日間の練習で、レンは練習用に使った鈍ら五本全てを砕いてしまった。これはつまり、継戦能力が著しく低いということを指す。これが、最大にして致命的な弱点だった。そして正に今、レンのもつレリーファにある異変が生じていた。
「持ちこたえてくれよ……レン……」
そんな彼のささやきは、いまだ興奮の熱が冷め切れない周囲の歓声によってかき消されていた。
***
アスナの八連撃スキル《スターダスト・ヴァリエ》はその速さもさることながら、一撃の与ダメージ量も多い。あのまま全てを食らっていれば、確実にレンのHP は半分を切っていただろう。だからこそ、レンはその攻撃を弾くよりほかになかった。幸いにも、攻略組として彼女の《スターダスト・ヴァリエ》は何度か目にしたことがあるし、別段難しいことではなかった。しかし、ソードスキルを普通の剣筋で受けるといった無茶の結果、レリーファはその酷使に耐えかね砕けてはいないが刀身が歪んでいた。こうなってしまえば、先程のようにパリィは出来ない。レリーファが砕けてしまうのも時間の問題だ。加えて、レンに残されたHPも、後一撃でも掠れば半分を切ってしまう。対してアスナにはまだ幾分か余裕がある。考えうる限りで最大の窮地にレンは立たされていたのだ。
“ったく……つくづく面倒だな……”
そう愚痴をごちるレンだったが、脳内では既に次の一手を構築してのけていた。自分に残された時間は少ない、もって一合位だ。なればこそ、レンは一気に勝負を決めるよりほかになかった。例えそれが、真っ当な剣士としての闘い方でないとしても。
レッグホルスターからトマホークを三対取り出すと、レンは目にも留まらぬ早業で左右水平に二連、正面に一対投擲した。唸りを上げて正面左右の三方向から飛翔するトマホークは、いともたやすくアスナの行動を制限してのける。三方向からほぼ同時に飛翔してくるこの投擲を、かわすことはほぼ不可能にも近い。覚悟を決めて、アスナは極限の集中力を持ってそれを迎撃せんとレイピアを握る手に力を込めた。最も接近が早いのは左からのトマホーク。アスナはそれを切り払いで弾くと、更に右に体を捻って続く右を打ち払う。最後に正面から迫るトマホークを、下からすくい上げるように振るったレイピアで凌いだ。
「せあっ!!」
「!!」
一時的に止まるアスナ足。それこそが、レンの本当狙いだった。彼は投擲をし終えるや否や、リニアーにも似た動作でカトラスを突き出して肉薄していたのだ。
“間に合わないっ!!”
せまる剣尖を、かわす手段がアスナにはない。絶望的なまでの敗北の予感に打ちひしがれながら、アスナは半は本能的に体を屈めていた。しかし、結果としてその行動が意図せずして彼女を救った。あろうことか、レリーファは彼女の肩口を僅かに掠ったばかりで、すり抜けるように通り抜けたのだ。
“くそ!!こんな時に!!”
もちろん、物体的にすり抜けたワケではない。原因は、アスナが屈んだことによるレンの目測の見誤りと、歪んだ刀身のせいだった。これには、流石のレンの悪態をつくしかない。ワケは判らないが助かった。それだけで、アスナに反撃の意思を灯すには十分すぎた。
「やああっ!!」
持てる力の限りを尽くして、レイピアを振りかぶる。
カィィィィン!!
と甲高い金属音と共に、レンの手からレリーファが弾かれた。
“行ける!!”
確信を持って、アスナはレイピアを引き戻し、無防備となったレンへと最高の刺突撃を放たんと軸足を踏み込み――
トンッ!!
「え?」
刹那、ありえる事のない衝撃が、背後からアスナの体に走った。何事かと背中に目を移せば、そこには先ほど打ち払ったはずのトマホークが突き刺さっていた。揺らぐアスナの体。レンはニヤリと口元を僅かにゆがめ、彼女の右肩を踏み越えて大きく飛翔すると、空中で身を翻してからトマホークを投げ放った。急襲してくるトマホークを、アスナは弾こうとレイピアを合わせ――次の瞬間、劈くほどの異音と共に、その刃がレイピアの細い刀身を両断した。
「そん………」
立ち尽くすアスナの首元に、軽やかに着地したレンが最後のトマホークを突きつけた
***
「オレの勝ちだ、アスナ」
突きつけていたトマホークを放し、レンは静かに告げる。それは同時に、アスナへの静かな勝利宣言でもあった。未だ整理の追いつかない思考を動かして、アスナは言葉を紡いだ。
「どうし……て……」
「オレがお前への突きを外したあの時、アスナが弾いたトマホークが丁度岩に跳弾するように投げナイフで軌道を修正したんだよ。ま、実際に跳弾するかは完全に賭けだったけど」
得意げに笑って見せて、レンが先のカラクリと話す。詰まるとこ、レンは予期せぬアクシデントすら利用して彼女を封殺してのけたのだ。それは良い、そんなことはアスナにとってどうでも良かった。本当にアスナが聞きたかったのは、それは
「どうして!どうして貴方は笑っていられるの?」
アスナへと浮かべる、その真っ直ぐな笑顔が、何より彼女の胸の内にあるモヤモヤを激しく揺らした。戦闘中もそうだった。彼はずっと、たとえどんなに不利な状況に追い込まれても楽しそうにしていた。
「どうして貴方は……誰かを助けようとするの?」
その言葉は弱弱しく、しかしアスナはレンへと掴みかかっていた。
ずっと、疑問に思っていたことがある。
こんな…….こんな全てが消え逝くだけのこの偽りの世界で、どうして彼は明るく笑い、何故その命を危険に曝してまで他人を救おうとするのか。そう、そんなレンこそが、
どうして、レン君はこの世界に強く立ち向かうことが出来るんだろう?
なのに――
そんな時だった。不意に、そんなアスナ肩にレンの手が置かれた。ゆっくりと顔を上げ、そして見たのは――
「まあ……その…………」
アスナの突拍子もないその問いかけに対し、まるで困った子供のように苦笑いを浮かべるレンだった。
「俺さ、アスナ。もう誰かが悲しむ姿を見たくないんだ。だから、特に理由なんて無いんだよ」
「あっ………………」
今まで胸の内にあった澱がスッと降りていくのを、アスナは感じていた。困ったように口にするその姿は、
“この手で助けられる命があるなら――”
かつて、何時しかレンがアスナへと語った時の表情そのものだった。
“そうだったん……だ……”
理由なんて、唯それだけの事だったのだ。彼は
「なんだよ?」
「ふふ……いいや……ふふふ」
そんなアスナの反応が以外だったのか、レンは少々不貞腐れたように尋ねてくる。そんな彼がやっぱり可笑しくて、またアスナは笑ってしまった。
「ハァ……それで?降参するか?俺としてはこのままそうしてくれると嬉しいんだけど」
“こんな風に笑ったのは何時振りだろう。それに、なんだか懐かしいな…………”
そんな想いと、妙に心地よい懐かしさを覚えながら、アスナはその言葉を口にした。
「うん、降参します」
「ああ」
そうして、レンと……アスナの対決は静かに終わりの幕を下ろした。
一応この戦闘描写を書き上げるために、アクションゲームとかで剣の戦闘があるゲームのプレイ動画とかもんたげ見たりして参考にしたんですが............やっぱりひどいですね。楽しみにしてくれていた読者さんに申し訳ないです。ああ、やはり文才が.....
次回からは本編に戻って完全オリジナル回の予定です。それでは、感想や意見批判など感想お待ちしています。ここまで読んでくれて本当にありがとうございました!