暗部にとって大切なことは何か?
それは顔を隠すことである。つまり、素性を知られない様にするということ。
結果、口の部分だけない仮面をした忍に焼肉屋は占拠された。
いらっしゃ、で止まった店員さんの気持ちも察せようというものだ。
席はわずかに足りなかったが、無理やり座り、それぞれが肉を、肉のみを頼んで野菜も頼まず飲み物も頼んで、全員に飲み物が渡った時点でオビトは立ち上がる。
ちなみに、部隊の顔役であるオビトとダンゾウのみが仮面をつけていない。
「えー、今回は祝勝会として焼肉パーティーを行います。費用は全額ダンゾウが払うので遠慮なく食べてください」
「え?」
儂、初耳。といわんばかりの顔をしたが、すぐにあきらめる。焼肉代くらいで士気があがるのなら安いものだ。それに抗議したところで意味がないだろう。
「ちなみ今日は無礼講なので、上下関係なく楽しんでください。何ならダンゾウにビールぶっかけてもいいぞ」
いえーい!と帳の面々も歓声を上げる。恨みこそないが腹立つことがなかったわけもないだろう。人間生きていればストレスはたまるものである。
「んじゃ、はじめ!」
オビトがそういった瞬間、ほぼ全員が立ったり、片膝立ちをしてジョッキを振りかぶり、ビールをダンゾウの方へと飛ばした。
その被害はダンゾウと向かい合うようにいるオビトにも降りかかるだろう。
オビトとダンゾウは打ち合わせをしたでもないので同じ印を組んだ。
水遁・水牙弾
飛んできたビールは反転し、飛ばしたやつの口へと叩き込まれる。
「愚かな」
ダンゾウが呟くようにいい、それにオビトも追随する。
「反撃されないとは言ってないぞー」
オビトはすわり、出された肉を焼き始めた。
肉肉肉肉肉
ひたすら肉が出され、片っ端から焼いて食べていく。
両隣のやつからダンゾウは酒を注がれ、オビトは肉を足される。
正規隊員の中で一番年下のオビトはいわばマスコット的立場だ。だが、間違えてはいけない。魔法少女でいうならば某フェレットではなく、僕と契約して魔法少女になってよ、のほうである。つまり、悪意はないがたちが悪い。
ダンゾウはダンゾウで隊員たちからは慕われている。怖いのは恐いのだが、木の葉を思う気持ちは本物であるし、何より味方であればこれほど頼りになる存在はそうはいない。
要は二人と御近づきになりたいと思うものは多くいるということだ。オビトもまた、名家から縁談の話がよく来ているし、ダンゾウにはたまに養子縁組の話がくるらしい。
まあ、ダンゾウは志村家本流の人間でありながら跡取りがいないからわからないでもない。
そんなことを考えていると店の扉が開き、新たな客が入ってきた。
「無事だったのね、オビト」
「あ、母さん」
ダンゾウがいきなり立ち上がろうとする。だが、しかし、実際には立つには至らず、ぴくぴくと体を震わせている。恐怖による震え・・・ではない。
美菜によってかけられた、限りなく呪いに近い金縛りの幻術である。子音と母音を利用しての聴覚からの幻術。オビトですら、かけらほどしか再現できない幻術の極致だ。流石は幻術マスターといったところか。
金縛りと解こうとしている間に美菜は席に近づいてきた。通路側の暗部が何も言っていないのに席を譲る。
美菜はどうも、とだけ返し、ダンゾウの隣に座り、その肩に手をおいてゆっくりと座らせる。
「ダンゾウ様。そう避けることないじゃないですか」
ダンゾウが眼だけでオビトに救いを求めるが、オビトは急いで肉を頬張り、味わっている振りをして眼をつぶる。
「いえ、別に昔のことですからそう恨んではいないですよ」
つまりは、少しは恨んでいるということである。オビトが父を殺そうというときに美菜を引き離したのはダンゾウである。そのことを美菜はわずかばかりに恨んでいた。
手の置かれたダンゾウの肩がみしみしいうくらいには。
オビトは三十回噛んだ肉を飲みこむと、ちょっとトイレとだけ言ってすぐさま逃げ去った。
トイレに入る際にダンゾウに眼をやり、幻術を上書き&解くという置き土産を残して。
どうなるかは、わからないが、すくなくともダンゾウにはここの支払いがあるので勝手に店からは出ないだろう。うまく母をなだめてくれよ、とか思いながら、オビトは少しトイレで待つことにした。
やることもなく手持ち無沙汰なので僅かだが、過去を振り返ることにしよう。基本的に過去は振り返らない主義なのだが、今に限り、この焼肉屋に限り、特別だ。振り返ってやろう。
うちはオビトの始まりの物語を