黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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以前に続き、PTSDの症状の説明。
ある物事に対する没頭、それによる感情の麻痺。


第九十二話 麻痺した心、止まらぬ想い

 ゆっくりと一枚のページを捲り、目的である特集の項目へと目を通す。

 月間バスケットボール。世間に月バスの愛称で知られる雑誌だ。今月号ではIH直前の高校バスケ界における新人特集が組まれている。大仁多高校でもエースである白瀧がインタビューを受けており、彼の写真と一緒に担当記者・小川との受け答えの内容が書かれていた。

 こういった受け答えからも選手の性格や思考というものは読み取れる。

 藤代は一字一句見逃さぬようにと目を通し、そして教え子の答えを見て目を細めた。

 

「おや。藤代監督。それはうちの生徒のものですか」

「ええ。以前、学校まで記者の方がいらっしゃいましてね。うちの選手がインタビューを受けたんです」

「そうですか。なんでも今年の高校バスケは例年にも見ないほどの人気を誇るとか。大仁多もその一角の選手を獲得したとあって期待度が高いのでしょう。うらやましいものです」

 

 同僚の教師が羨ましそうな笑みを浮かべてそう言った。

 確かに推薦枠で白瀧を確保したことでバスケ部へ向けられている信頼は例年よりも大きなものだった。それだけ彼が中学で残し、そして高校でも見せた活躍は大きなものだった。今年だけではなく先三年間、バスケ部の全国での活躍が期待されている。

 

「……本当に、そうですかね」

「はい?」

「いえ、なんでもありません。独り言ですよ」

 

 しかし藤代は楽観視することができずに、一人口をこぼす。

 記事の内容を今一度見る。質問は決してそれほど重苦しいものではなかった。だがその問いに対する答えは藤代にとっては決してすべてが好意的なものではなかったのだ。

 

(白瀧さん。あなたは大仁多の皆と一緒にいることは楽しいと語ったが、バスケをすることが楽しいとは答えなかった)

 

 『昔はバスケが楽しかった』と言っていた白瀧が、今はそう語らなかった、語ることができなかったその原因を藤代は察した。

 

(ああ。きっと今のあなたは、もうバスケを好きではないのですね)

 

 バスケが楽しいのではない。バスケを好きなのではない。

 むしろその逆。皆とするバスケはおそらく好きなのだろう。そうすることで仲間と一緒にいられることができる。

 バスケ選手ならば誰であれ根本にはバスケを愛する気持ちがあるはずだ。しかし今の彼は違う。白瀧はバスケそのものを嫌っている。

 彼の感情は十分に理解できる。彼は長年バスケで築いてきたものをわずかな期間で失ったのだ。

 そんな彼を残念に思い、そして同時によかったとも思った。誰もが挫折すればそういう感情を抱くものだ。それでも、彼がまだバスケを好きであると、達観したことを語る子供でなくてよかったと思った。

 

(ならば、いつかその感情がかつてのあなたの物に戻るように――)

 

 まだ高校生だ。負の思いが渦巻くことはどうしてもあるだろう。

 ならばせめて、彼の心が真に望まれる形になってほしい。そうなるように、彼に悔いだけは残さないように指導しよう。改めて藤代は期待している選手を理解し、彼をサポートしようと心に決めた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「よしっ。連続得点だ。まだいける!」

「いいぞ皆! さすがだぜ!」

 

 大仁多対陽泉、得点差は十二点。大仁多はまだリードを許しているとはいえ、陽泉に後半戦初となるタイムアウトを取ることを余儀なくさせた。この試合状況は決して悪いものではない。

 あっという間にもう一度流れを引き寄せた選手たちを、大仁多のベンチメンバーは笑みを浮かべて出迎える。少しでもこの休憩時間の間に彼らの疲れを軽減しようと、橙乃や東雲も補給の準備を整えて彼らに手渡した。

 

「橙乃」

「え?」

 

 そんな中、ゆっくりとベンチに戻ってきた白瀧はボトルを受け取りながら橙乃を呼び止めた。

 

「至急、右足のアイシング、準備を頼む」

「アイシング? 右足ってまさか……ッ!」

「頼むよ」

 

 言われて橙乃は白瀧の右足へと視線を向ける。彼の足はわずかに揺れていて、まるで何かを必死にこらえているようだった。

 彼のただ事ならぬ様相を察したのだろう、橙乃の表情がゆがむ。

 心当たりはあった。先ほどの紫原の速攻を防ぐプレイだ。あの動きで足の状態が悪化したのだと。

 

「じゃあやっぱり、さっきのプレイで?」

「いや、ちょっと気になる程度だ。悪いが時間がない。急いでくれ」

「……靴を脱いでおいて」

 

 あくまでも白瀧は認めようとしない。きっと彼は最後まで本当のことを隠して戦うのだろう。そもそも先ほどのインターバルの時間に止められなかった時点で彼の歩みは止まらない。

 白瀧の意志を察した橙乃はすぐに準備を整え、藤代たちが作戦会議を始める中、白瀧の足が回復するようにと努めた。

 

「これで陽泉に白瀧さんの脅威を印象付けることができました。加えて最後に光月さんが決めてくれたことも大きい。敵は必ず動きを見せるはず。――白瀧さん、まだ行けますか?」

「何をいまさら、ですよ。最後まで必ず戦い抜いて見せます」

「……おそらく陽泉は間違いなく白瀧さんを止めに来るはずだ。しかし光月さんの力強さも無視できない。白瀧さんに引き続き紫原さんを当て、ゴール下を固めてくると予測されます」

 

 この後も間違いなく戦況の鍵となるであろう白瀧に藤代は問いかけた。

 指揮官の問いに、エースは無論だと笑みを浮かべて口にする。

 藤代とて彼の状態が万全ではないということくらい理解している。しかしチーム事情とインターバル中に聞いた彼の本音を思い返し、それ以上彼に質問を投げかけることはしなかった。

 

「ええ。ひょっとしたら光月にダブルチームを当ててくる可能性もあります。プレッシャーを与えてファウルを誘発させる可能性も」

「その展開ならば、むしろ好都合です。白瀧さんの新技ならばたとえ密集地帯であろうとも強さを発揮できる。加えてそうなればパスコースも自然と見えやすくなるでしょう。オフェンスは最初にどれだけ動けるかで決まる。白瀧さん、敵の引き付けを頼みますよ」

「わかっています」

「その後は白瀧さん、光月さんに敵の意識がつられ次第、小林さんたちにも動いてもらいます。ディフェンスは引き続き今の体制を続行。どのような状況であろうと紫原さんが最大の脅威であることは変わりない。皆さん、できるだけ白瀧さんと光月さんの負担を減らすように心がけてください」

『はい!』

 

 現状、大仁多のオフェンスが陽泉に強い負担を与えているのは白瀧と光月だ。だからこそ彼らがこの後も活躍することがあれば、敵がどう動こうとも意識はかならず二人に集中する。

 ゆえにまずは二人に陽泉の意識を向けさせ、そして上級生達の活躍へつなげる。こうすればたとえ陽泉がどのような作戦を展開しようとも対応できるだろう。

 気がかりなのはその二人がどれだけ動けるかだが、こればかりは未知数な問題だ。だから他の上級生にしっかりフォローするようにと伝え、藤代は作戦会議を終える。

 大仁多が第三Q終盤、最後の追い上げに向けた討論を進めているころ。陽泉でも同じように作戦会議を行っていた。

 

「――引き続ぎ、白瀧に紫原を当てる。やつの突破力は邪魔だ。何としても叩きのめせ」

 

 荒木は強い口調で紫原に命じた。敵の最大戦力を警戒してなのだろう、いつもより表情も硬い。

 そんな指揮官の心情を知ってか知らずか紫原は常の調子で返事をする。

 

「わかってるし。これ以上好き勝手はさせない。……あっ。ねえちょっと、ドリンクちょうだーい。あと他の補給のやつも」

「おい紫原!」

「いや、今は構わん。好きにさせろ」

 

 自分の方針だけ耳にして、紫原は補給物資を求め他の部員達のもとへと足を運ぶ。

 自由気ままなルーキーを福井が怒鳴るも、彼を止めたのは珍しく荒木であった。

 

「むしろこのことはあまりやつの耳に入れたくはなかったことだ」

「は? どういうことアル?」

「やつが聞くと面倒なことでもあるので?」

「……引き続きここから先の作戦を告げる。先に言っておくが容赦はするな。敵がどんな状態であろうともな」

 

 劉や岡村が首をかしげる中、荒木は話を続ける。

 あくまでも陽泉が優位であることは変わりない。それを理解しているのだろう。確実に勝利を収めるように作戦を告げた。

 

 

――――

 

 

『タイムアウト終了です!』

 

 そしてタイムアウトの終了の時が訪れた。

 各選手達はそれぞれ準備を終えて、再びコートへ戻っていく。

 

(さすがに一分だけでは焼け石に水か。だが、残り時間もそう長くはない。何とか持ちこたえれば行ける!)

「ありがとう。行ってくるよ」

 

 アイシングを受けたとはいえ、右足にはまだ痛みの感覚が残っていた。

 紫原を相手にするにあたってあまりにも大きすぎる不安だが、文句を言っても仕方がない。

 橙乃に一言礼を言うと、白瀧は靴を履きなおして立ち上がり――

 

「んっ?」

 

 コートに向かおうとして、右足を橙乃に押さえられたことに気づいた。

 

(……余計な心配を増やしてしまったか)

 

 無理をしたことでインターバルの時以上に彼女に負担を強いてしまった。それを理解すると白瀧は薄い笑みを浮かべて彼女の手に両手をかざした。

 

「ごめんな。橙乃」

「謝るくらいなら、最初から無理しないでよ」

「……ごめんな」

「ッ……」

 

 そう言ってゆっくりと彼女の手を足から引き離し、コートへと向かっていった。

 

(畜生。白瀧要、この偽善者め)

 

 最後まで心配してくれた相手にそう告げることしかできなかった。謝らないでと縋る女の子に謝ることしかできない。そんな己の不甲斐なさを呪った。

 

「要、大丈夫か?」

「おかしなもんだよな」

「えっ?」

 

 二人のやりとりを見ていた光月が声をかけると、白瀧は自嘲気味に続ける。

 

「もう目の前で女の子が泣く姿を見たくない。そう思ったからこそ戦う事を選んだはずなのに。まただ。……泣かせてばっかりだよ、俺は」

 

 かつてはその理由から親友さえ許せないと感じていたはずの己が、だ。

 

(だけど、たとえ仲間を泣かせることになろうとも、俺は――)

 

 それでも白瀧は戦い続ける。たとえ、誰かを傷つけることになろうとも。

 試合が再開。陽泉ボールから始まった。

 やはり陽泉は紫原を起点にオフェンスを組み立てる。容赦ない力がディフェンスに向けられるが、光月と白瀧のダブルチームが辛うじて拮抗していた。

 

「こんのっ!」

「ッ――!」

「そこだっ!」

 

 パワードリブルに対抗している中、瞬時にできた隙を見逃さず、白瀧がボールをはたいた。

 紫原の手元からボールがこぼれるも威力は弱かったのかすぐにつかみなおす。

 そして二人の真ん中に足を踏み入れると、今度は紫原の上体が後上方へと下がった。

 

(フェイダウェイシュートか!)

「撃たすかっ!」

「止めるぞ!」

 

 ただでさえ打点が高い紫原だ。反応が遅くなってはまず止められない。白瀧と光月、二人はすぐさま飛び上がりシュートコースをふさぐ。

 ――そんな二人をあざ笑うかのように紫原はゴールへ向かってステップイン。

 二人のマークを掻い潜ると無人のゴールにダンクシュートを叩きこんだ。

 

「なっ!?」

「うそっ!」

 

 読んでいたはずが、完全に裏をかかれてしまった。

 (大仁多)48対62(陽泉)。タイムアウト後、最初の得点は陽泉高校。見事に大仁多に向きかけた流れを断ち切った。

 

「……アップアンドアンダー。要の得意技か」

「やってくれる」

「やはり力や高さだけの選手ではない。速さも技術も全国随一だ」

 

 ドロップステップからシュートフェイクでマークをひきつけ、ゴール下へ切り込みシュートを決める。一連の流れが大型センターとは思えない素早さを誇る。敵のお株を奪うプレイで、大仁多に改めてその脅威を知らしめた。

 

「だからどうした。お前が天才だってことはもうわかっている!」

 

 それでも白瀧はひるまず、再び紫原へ挑んでいく。

 大仁多の反撃。

 小林と共にボールを運んでいた白瀧は、中の光月からボールが戻ると、果敢に切り込んでいった。

 クロスオーバーからビハインドザバックでもう一度切り返し、そして再び逆へ切り返す。

 紫原のマークが並走する中、白瀧は視線を一瞬ゴールへ向ける。シュートを打とうとして、そこからギャロップステップでゴールへと迫った。

 

「ぐっ!」

(つられたか!)

「よしっ! ッ?」

 

 先ほどシュートを見せたたえに紫原も対処を考えてしまったのだろう。シュートを警戒して跳んだ紫原の横を白瀧は駆け抜ける。

 着地すると白瀧はシュートを狙う。

 だが、視界に映る劉が自身を見ながらもブロックに跳ばない姿を見て違和感を覚えた。

 

「まだ、だよ!」

「うおっ!」

 

 ジャンプシュートを放つが、後方から追いついた紫原の指がボールに触れた。衝撃でシュートコースがずれた為にボールはリングに衝突する。

 

「リバウンド!」

 

 大きく真上に跳ね上がり、再びリングへ向かう。

 おそらく次のバウンドでコートへ落ちてくるだろう。そう考えて選手たちはポジションを取り合う。白瀧も先ほど同様に落ちてくる瞬間を狙って集中力を高めていく。

 

「――うッ!?」

 

 そしてボールが衝突すると同時に動き出そうとして、白瀧の目の前に福井の背中が立ちはだかった。

 

(しまっ、ヤバい!)

 

 これでタイミングをずらされた白瀧はリバウンドに参加できない。

 

「うおおおおっ!」

「ちいっ!」

 

 リバウンドをとったのは劉。大仁多の追撃を阻むディフェンスリバウンドを獲得し、攻守が入れ替わった。

 

「よしっ、ナイスじゃ劉!」

「当然アル」

(それでいい。飛び込みリバウンドは何よりもタイミングを求められる繊細な技だ。少しでもディフェンスがタイミングをずらしてやれば、もはや奴はリバウンドをとることは出来ない)

 

 思惑通りに選手が動いたことで、荒木も納得したようにうなずいた。

 白瀧のリバウンドは驚きはあったものの来るとわかっていれば対処できないものではない。次の布石も伝えてある。インサイドは陽泉優位に変わりない。

 

「やつの挙動に惑わされるな。メッキさえ剥がれてしまえば、所詮やつは179センチの非力なプレイヤー。ゴール下でお前達に敵うはずもない」

 

 これでしばらくは大丈夫だろうと荒木は肩を下した。

 そして続く陽泉の攻撃。今度は外から仕掛けていく。福井から劉、福井、そして宮崎にボールが渡ると強引にミドルシュートを放つ。

 このシュートも直接決まらなかったが、ゴール下の信頼感が違った。 

 紫原が光月を、岡村が三浦を抑え、さらに白瀧にも劉がついている。

 

「ぐうっ!」

「……っ」

「くっ、そっ!」

 

 後半になっても変わらぬ圧力。大仁多の面々が成すすべなく抑えられている。

 

「っざけんな!」

「むっ!?」

 

 だが負けじと三浦が強引に体を入れて岡村の内側を陣取ると、全力で岡村を背中で抑えてポジションを確保し続けた。

 

「こやつっ!」

(あいつの代わりに出て、何もできませんでしたじゃ、顔向けできねえ!)

「うらああああっ!」

 

 思い浮かんだのは後輩を庇って倒れた友の顔だった。彼の代わりに出ている自分がこのまま引き下がるわけにはいかないと、力を振り絞る。

 すると、ボールが彼の方へと向かってきた。これを見逃すわけもなく、三浦がそのままボールをつかむ。大仁多もディフェンスリバウンドを取り、陽泉の追撃を封じ込めた。

 

「おおっ!」

「三浦先輩、ナイスです!」

「たりめえだ! インサイド守ってるのはお前らだけじゃねえぞ!」

 

 後輩たちを鼓舞して三浦は小林へとボールを戻す。

 まだ突き放されるわけにはいかない。意地のディフェンスで食らいついていく。

 もう一度大仁多のオフェンス。

 今度は小林は三浦にボールを預けてゴール下から得点を狙うが、岡村のブロックに阻まれた。ボールは山本が確保すると、光月へ渡す。

 やはりインサイドから攻めると言わんばかりのパワードリブル。劉を内へ押し込み、シュートを狙うと見せかけてパスをさばいた。

 

「ナイスパス!」

 

 パスを受けたのは白瀧。視線をリングへ向けたままボールを持つ両腕を下ろす。すると両腕を再び上げることなく、手の力だけでボールを押して中へと切り込んだ。

 

「ッ」

(俺にとってお前が最も厄介だったのは、反射神経と体格によって可能とされた守備範囲だった。俺のスピードにも追いつかれてしまう身体能力が。それを遅らせる為のフェイクは単純なものでいい。下手に小細工を重ねればかえって罠だと気づかれてしまう可能性が高い。一度罠にかかれば相手は一瞬その罠を警戒してしまう。その一瞬でいい。一瞬でも反応を遅らせてしまえば、俺は突破できる!)

 

 シュートフェイクにつられ、紫原は上体があがっていた。

 その隙をついて白瀧は中へと侵入する。だが今回もやはり陽泉の反応が遅かった。マークを突破したにも関わらず、今までのようにすぐにマークに出てこない。

 

(なぜ――?)

「調子に乗りすぎじゃないの、白ちん!」

「っ!」

 

 その理由を考える間に、紫原のブロックが迫った。

 白瀧のティアドロップにも指先を当て、強引にシュートコースをずらす。

 

「ちぃっ」

(リバウンド――)

 

 こうなってはシュートは決まらない。今度こそリバウンドを取ろうと意気込む白瀧に、今度は宮崎が最短進路上に現れた。

 

「ッ!」

 

 突然の事で急ブレーキを踏むが、右足が悲鳴を上げる。

 

「こ、んのおおおお!!」

 

 だが痛みに負けていられない。ブレーキを踏んだ右足を軸にして、白瀧は強引に体をねじって回転。宮崎の体をよけてボールに向かっていく。

 

「なっ」

(勢いを殺すことなく宮崎をかわしやがった!)

 

 本来の予定よりほとんど遅れることなく走り込んだ白瀧。岡村、三浦、劉が迫るポジションへと駆け込み、跳躍。

 岡村、三浦が跳び、白瀧も続く。そして白瀧は気づく。劉がそのままの位置を確保して跳躍していないことに。

 

「何っ」

(空中へ弾いてタイミングをずらすというのならば、対処は簡単。こちらもわざと飛ばずにタイミングを遅らせればいいアル)

「――ッ!」

 

 白瀧は一回目のリバウンドでは指先で弾くのが精いっぱいで確保までには至らない。得意の瞬発力で二回目をとるために弾いているのだ。

 ならば自分が跳ばなければそれも失敗に終わる。このまま白瀧がとらなくても岡村が取る。陽泉は二重の対策で白瀧のリバウンドを封じ込めようとしていた。

 

「うっ、お、おおっ!」

 

 敵の狙いに白瀧は気づいた。このままでは敵にボールを奪われてしまう。

 そう結論付けるととっさの判断で彼は後上方の空中へ目掛けてチップアウト。ボールを無理やりゴール下から弾いた。

 

「なっ!?」

「これなら密集していたお前たちでは取れないだろう」

(そして弾いた先には)

「よくやった白瀧!」

 

 ガード陣最高身長を誇る小林が確保する。長身司令塔の立ち位置がここでも活きた。小林はもう一度光月へと預けると、彼のダンクシュートが炸裂。

 (大仁多)50対62(陽泉)。ついに大仁多も五十点台に得点を乗せた。

 

「よっしゃあ!」

「いいぞ光月!」

 

 得点を決めた光月が吠える。久々の得点ということで大仁多ベンチも勢いを取り戻していた。

 

(……おかしい。どうなっている)

 

 そんな中、白瀧は一人考え込んでいた。タイムアウト後、明らかに変化を見せている陽泉のディフェンスが気になったのだ。

 

(俺のリバウンド対策はわかる。だが他のディフェンスはどうだ? 少なくともゾーンディフェンスではなくなって、どちらかというとマンツーマンに近いがそうだとしてもヘルプが遅すぎる。紫原を信頼して? あるいは俺がパスをさばくのを警戒してか?)

 

 いくつか考えは浮かぶが、相手は今まで最小失点で試合を圧倒していた陽泉だ。どうも納得がいかない。

 ならば、逆にこのように動くことが最終的に陽泉にとっては失点が少なくなるということなのか――。

 

「まさか、お前ら」

 

 当事者であるからこそ気づくタイミングも早かった。白瀧は一つの結論に至り、敵のベンチに座る荒木を視界にとらえる。彼女は冷たい表情で、静かに試合を見据えていた。

 

「……そういう、ことかよ。畜生。綺麗な顔して、えげつないことを考えやがる」

 

 おそらく間違いないだろう。敵の真意を知り、白瀧は苦笑するしかなかった。もしも自分の考えが正しいならば、例えわかったとしても、何もできないのだから。

 そして試合は思惑に関係なく続いていく。徐々に選手達も疲れの色が強くなる中、藤代も違和感を抱き始めていた。

 

「おかしいですね。陽泉ディフェンスらしくない」

「らしくない、ですか?」

「明らかに紫原さん以外の四人が白瀧さんへの警戒が薄いですね。ヘルプディフェンスもそうですが、パスコースも制限が甘い。タイムアウトの前後にも得点があって、最も警戒するべき選手であるはずなのに?」

 

 本来ならばむしろ逆の展開になるはずだった。得点が多い白瀧、光月の両名にマークが集中する。そのタイミングを見て全員で攻めるつもりだったが、むしろ白瀧のマークは甘くなっている。そのため白瀧が一人で攻める機会も増えていた。

 どういうことなのか。

 藤代は冷静に選手を一人一人動きだけでなく表情まで見ていく。すると白瀧へと視線を移したところで、彼の動きは止まった。

 

「――まさか!」

 

 異変に気付くと、藤代も白瀧と同じ結論にたどり着く。

 

「そろそろ気づいたか、藤代? だが今さら気づいても遅い。今から手を打とうとも無駄だ。大仁多はもう、終わりだ」

 

 だが遅かった。荒木はこの試合は陽泉が制したと断言する。

 

「……この試合、まずいぞ」

「え?」

「陽泉は白瀧にボールを集めてあいつの足をつぶすつもりだ」

 

 目を細めて、青峰は苦しそうにそう言った。彼も陽泉が変化した意味に気づいた一人だった。

 

「味方からすればパスコースが甘い得点源にパスを出すのは当然だし、逆にそのパスをうけた奴は、敵がマークに張り付いている中パスは出せねえ。そうなるとどうしてもプレイに関わる時間は増える。自然と足にかかる負担も大きくなるだろう」

 

 ドリブルからシュートに至るまで、チームメイトへのパスも防がれたとなれば当然選手の負担は大きくなる。そうなればただでさえ負傷中の白瀧だ。間違いなく彼の足の限界は早まるだろう。

 

(しかも、おそらく問題はそれだけじゃねえ)

 

 加えて問題はもう一つ。ある意味この問題以上に苦しい痛手が存在していた。

 

「スタミナ切れ!?」

 

 火神はリコが話した言葉に戸惑いを隠せずに彼女の説明を反芻した。

 

「ええ。明らかに白瀧君のスタミナの消耗が早まっている。彼の元々の体力を想定すれば、おそらくこのままだと最後までもたないわ」

「もたないって、何でだよ!? だってあいつは体力に関しては中学の時から凄かったって」

「いいえ。それは違います」

「黒子?」

 

 白瀧の体力消費が大きくなっており、このままでは最後まで戦い抜くのは不可能という分析だった。だがかつて記事でみたように白瀧は体力自慢の選手であるはず。そんな彼が怪我があるとはいえスタミナ切れを起こすのだろうかと疑問を呈する火神。

 すると黒子がリコの話を引き継いで説明を続けた。

 

「そもそも白瀧君が優れているのは体力ではなく、体力消費の効率性です。古武術の『最小の力で最大の効果を発揮する』という特性で高いパフォーマンスを維持していました。ですが、今はおそらく怪我の痛みを堪えるためか無駄な動きが増えている。その為に体力消費が大きくなっているんです」

 

 体をねじるなど普通の動作には存在するが、古武術においては省略された予備動作。これが痛みによって一時的に生まれる隙を無くすために行わずをえなくなっており、それが白瀧の体力消費を大きくしていた。

 

「その特性があってこそのスタミナです。それがなくなったとするならば、白瀧君のパフォーマンスは大きく低下する」

「そんなっ。おい、ただでさえあいつはあの長身が集うゴール下で他の選手以上に消耗が大きかったんだぞ! なのに……!」

 

 火神はまるで自分の事のように悔し気に唇をかんだ。

 己よりも小さな体で、己よりも大きく重い敵に挑んでいた好敵手が、こんな形で追い込まれる事が、悔しくてたまらなかった。

 

「かといって、簡単に白瀧を下げることもできないだろう。なにせ、陽泉の狙いは白瀧だけではないからな」

 

 冷たく断じたのは赤司だった。

 陽泉のオフェンス。紫原はパワードリブルで背中に陣取る光月と白瀧の両名を押し込んでいった。

 

「ッ」

「ぐっ――っ!?」

「要!?」

 

 突如白瀧の体が崩れ落ちた。足の限界が近づいていたのだろう。

 すると、中央のパスコースの注意がなくなり、宮崎から劉へとパスが通った。

 

「よしっ!」

「くっ、そおおっ!」

 

 これ以上引き離されてたまるかと光月が飛び上がる。そして光月は空中で劉の動きがポンプフェイクであるということに気づいた。

 

「しまった――!?」

(これは、ヤバい!)

「きっと来ると思っていたアル。もらった!」

「チィッ!」

 

 陽泉の狙いは光月の四ファウルにもあった。白瀧が動けなくなれば、光月の負担が増え、ファウルを狙い機械も増える。

 光月をおびき寄せることに成功した劉は今度こそ本当にシュートを狙う。

 だが跳ぶ寸前で、横から手を伸ばした三浦が彼の腕をはたいた。

 

「むっ!?」

『ファウル! プッシング! (大仁田)12番! フリースロー、二ショット!』

 

 かろうじて三浦の動きが先だった。フリースローを敵に与えることになったものの、大仁多は光月のファウルという最悪の展開を免れることとなった。

 

(危なかった。三浦先輩が来てくれなかったら、四つ目のファウルになるところだった)

「三浦先輩、すみません。助かりました」

「気にすんな。あんまりファウルを恐れすぎるなよ。それこそ敵の思うつぼだ」

「はい」

 

 ファウルを恐れては何もできなくなってしまう。いざというときは助ける。だから恐れるなと三浦は光月の方を叩いた。

 だが、一時はしのいだものの大仁多のピンチは終わらなかった。

 劉のフリースローは二本とも決まり、点差は再び大きくなる。一方の大仁多はリバウンドが再び陽泉優位になり、白瀧以外の四人で攻めようと試みるが……

 

「くそっ!」

 

 光月のシュートも岡村のブロックに掴まり、小林や山本の連携も阻まれてしまう。

 

(陽泉ディフェンスがマンツーマンになったことで、一対一のマークが厳しくなった)

(光月もマークを抜くことは出来るが、やつらの長身で止めることは出来なくてもシュートに触れてきやがる)

(加えて紫原のヘルプディフェンスは健在だ。どうしても一手が足りない)

 

 この終盤で陽泉の堅い守りが重くのしかかった。リバウンドを信じてブロックも触れる事を意識しているのか、シュート時のプレッシャーが厳しくなっている。

 時間が無くなる中、大仁多の得点が変わらない。

 

「詰みだ、白ちん!」

「うおっ!?」

「があっ!」

 

 そして、試合を決定づけるかのような紫原のアリウープが炸裂した。

 白瀧と光月の二人のブロックを吹き飛ばし、二点をもぎ取っていく。

 

「どうやら足の痛みも限界みたいだし。これで、勝ち目はなくなったね」

「……紫原」

 

 吐き捨てるように言って紫原は立ち去っていく。彼がそう考えるのも無理はないだろう。

 第三Q残り一分。得点は(大仁多)52対68(陽泉)。点差は大きくなっていた。紫原も白瀧の怪我の度合いには気づいていた。あの足ではもう今まで通りの動きは出来ないだろう。

 ゆえに、ここで彼らの勝機は消えたのだと、わざと聞こえるようにそう告げた。

 

「いつまで勘違いしているんだよ」

 

 立ち去った紫原へ向け、白瀧は静かな口調で言葉を綴った。

 

「勝ち目なんて知るか。今までの試合だって必ず勝てる保障なんてなかった。ただ、勝たなければならない戦いだから勝ってきた。どれだけ厳しい状況だろうと関係ない。お前に勝たなければならないなら、勝つだけだ」

 

 まだ諦めてなどいなかった。確かに紫原の言う通り、ここから勝つ望みは薄いのだろう。

 だが、例えそうだとしても絶対に勝ってみせると己を鼓舞するように白瀧は言う。

 

「……だめだ」

「監督?」

 

 残り時間が少ない中、藤代が立ち上がる。

 目的は選手の交代。白瀧をベンチに下げることだ。これ以上はただ怪我が悪化するだけという判断だ。藤代の目にも先ほどの紫原のアリウープが決定打に見えたのかもしれない。

 もしも機会があれば一刻も早くベンチに下げようと藤代は申請に向かう。

 

「監督!」

「ッ。白瀧さん?」

 

 だが、申請する前に白瀧が呼び止めた。コートから動く姿が見えたのだろう。片手を藤代へ向けて伸ばし、首を横に振る。

 まだ行けると目で訴えて――直後、彼の瞳に黒い光が宿った。

 

「ッ!?」

 

 キラーインスティンクトとはまた違う。ヒリつくような威圧感を醸し出していながら、寒気がするほどの静けさがあった。

 彼の様子からただ事ではない状態に気づき、藤代は結局申請を告げぬままベンチへと戻っていった。

 

「まだやる気―? 向かってくるなら、とことん捻り潰すけど、いいよね?」

 

 パスを受けた白瀧をにらみつけて、紫原は面倒くさそうに告げた。

 紫原はすでに試合は決したと考えている。これ以上は敵の体力が尽きるまでの足掻きでしかない。どこかにそういう甘い考えがあったのかもしれない。

 だが、たとえ慢心があったとしても。

 紫原が反応さえできず、棒立ちで白瀧の侵入を許すとは誰も想像していなかった。

 

「なっ!?」

「はっ!?」

 

 敵味方全員が驚く中、白瀧のミドルシュートがリングを射貫く。

(大仁多)54対68(陽泉)。大仁多に久々の得点をもたらしたのはエースの一発。紫原を一対一で突破し、得点を動かした。

 

「なんだ? 紫原が動けなかっただと?」

「監督。今のあいつの動き、今まで一番速かったように見えましたが」

「そんなわけがあるか! やつは負傷している上に残りの体力も少ない! ここにきて動きが良くなるはずがない!」

 

 紫原が得意のディフェンスで何も出来なかったという事実に、陽泉のベンチが少し動揺を見せる。荒木はそんな選手達を鎮めようと一喝する。

 間違っていない。ここまでの作戦は間違っていないはずだ。敵が力を温存していたとも思えない。だから問題はないと考えた。

 

「守って、みせる」

 

 一方、試合は陽泉オフェンスに移る中、白瀧がディフェンスでも変化を見せていた。

 パスコースのケアだけではない。光月と共に紫原のゴール下への侵入を防ぐ。その力は先ほどよりも大きくなっており、紫原は中へのポジションを取れずにいた。

 

「こんのっ!」

(どうなっている? 白ちん、スピードだけじゃない。明らかに力も上がっている!)

(怪我をしている選手の動きじゃねえ。鈍るどころか今までで一番の動きじゃねえか)

 

 紫原のようなパワープレイヤーのポストアップに対抗しようとなれば、足の負担は大きい。今の白瀧ではこらえきれないはずなのに。

 

(痛くない。この程度の痛みなど、あの時の痛みと比べたら……!)

 

 当の白瀧は痛がる素振りさえ見せなかった。いや、それどころか。

 

「くっはっ」

(これは俺が望んでいた戦いだろう。だから)

「くっく、くはははは!」

(笑え)

 

 心底楽しい事をしているかのように、狂ったように笑う。

 何色にも染まる始まりの白が、黒に染まりゆく。

 

「……ッ!?」

「か、要?」

 

 紫原も、光月も、白瀧の変貌に恐怖を覚えた。

 おかしい。今の彼は、何かがおかしい。

 まるで目の前の試合の事しか見えていないようだった。

 

「――そうか。今思えばあの時から、お前は扉の目の前に立つ資格を得ていたんだな」

「えっ?」

 

 一人、青峰は納得したようにつぶやいた。

 前兆はあった。中学二年の全中後、白瀧が復帰してから行っていた一対一。

 怪我の痛みや激しい疲労があり普通ならば満足には動けないはずなのに、そのような姿勢を見せることなく戦っていたあの状態だ。

 

「まさ、か」

 

 橙乃はあることを思い出して呆然とした。

 県大会予選後、白瀧とかわした些細な会話を。

 『俺は別に無茶しているとは思っていないんだけどな。なんというか……試合中は集中して自分の体が限界だと感じないというか』

 あれは言葉遊びなどではなく、本当に言葉通りの意味だったとしたら?

 

「己が戦わなければならない。強すぎた義務感と摩耗した心が、あいつに限界を超えさせたか」

「赤司?」

「どんな強敵が相手でも立ち向かう『鉄心』と呼ばれた木吉でさえ、キセキの世代と戦った時には心が折れ絶望を味わったというのに。長年圧倒的な力を見せ付けられたあいつの心が健常だと思うか?」

「じゃあ、それって……」

「よく見ておけ。今から見えるのはあの男の本質だ」

 

 すべてを知る赤司はチームメイトにそう告げる。

 白瀧の本質。今を苦しむ仲間のために、目の前の戦いに挑むことだけに専念した男の結末を見届けるようにと。

 

「うおおおっ!」

 

 陽泉は完全に攻めあぐねていた。そうでなくともガード陣のマークが厳しい中、白瀧のディフェンスがより厳しさを増す。

 一度山本のスティールを許してしまう。何とかボールはラインの外に出たが、これで時間がつぶれる。

 おそらくこれが第3Q最後の攻撃になるだろう。

 そう考えて慎重にパスを回して動きを探る中、白瀧が宮崎から劉へのパスを叩き落とした。

 

「なっ!?」

(嘘だろ! こいつ、守備範囲が広すぎる!)

「よくやった!」

 

 最後の攻撃になると思われたこのボールを取れたことは大きい。

 小林はボールを確保すると福井に取られないようにと胸元に寄せ、そして山本へパスし、二人で速攻へ向かう。

 

「小林さん!」

 

 山本からパスが戻ると、横から白瀧の声がかかる。今までよりも速い戻りだった。今ならば彼のオフェンスも成功すると考えてパスをさばいた。

 ボールを受けて着地する。そしてそのまま地を蹴った。

 だがすぐ後ろに紫原が迫る。

 

(止めてやる!)

「白瀧、後ろだ!」

 

 死角である後ろからのブロックだ。小林が声をかける。

 シュートを中断するには声をかけるのが遅かった。

 シュートを止めるにはブロックが遅かった。

 白瀧のロングシュート。放たれたボールは、今までよりも早いタイミングで打ち出され、紫原の指が触れることさえ許さなかった。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

(紫原に止められていたシュートが!)

(早くなってる!?)

 

 高々と打ち上げられたボールがリングを射貫く。

 そして第3Q終了の笛が鳴り響いた。

 (大仁多)57対68(陽泉)。残り一分、藤代もこれ以上の得点は厳しいと考えた中、大仁田が五点を獲得し、十一点差で最終Qを迎える。

 

「守って、みせる」

 

 白瀧は紫原へ再度告げた。

 ——フロー。

 痛みやストレスから解放され、目の前の出来事に没頭する。とある極限の集中状態の前段階にあたる、極限の没頭状態。

 本来、人間は80%前後しか実力を出せないように制御されているが、フローに入っている白瀧はその90%近くの実力を引き出すことができる。

 

「守ってみせる。たとえ、仲間を傷つけてでも。俺が、仲間を守ってみせる!」

 

 かつて心に深い傷を負った彼にとって、没頭状態に入るのは当然のことだった。気を紛らわせ、感情を麻痺させて精神的な苦痛に対処する。そうすることで彼は彼の心を守っていた。

 心身ともに傷つき、矛盾した道へと足を踏み入れた白瀧。それを理解していながら、正しい想いは止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 

 紫原のようなパワープレイヤーのポストアップに対抗しようとなれば、足の負担は大きい。今の白瀧ではこらえきれないはずなのに。

 

(痛くない。この程度の痛みなど、あの時の痛みと比べたら……!)

『食べられないなら私が食べさせてあげようか?』

(あの時の……)

『はい、あーん』

(い、痛くな)

『どう、おいしい?』

(痛……)

「ああああああああ!」

「どうした!?」

「本当に壊れた!?」

 

 多分、彼が今まで生きてきた中、最もひどかった痛み。


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