「……くッ!」
(こんなこと、今まで無かった。俺や高尾のように目をもっているわけでもないのに。こんなこと初めてだ!)
「黒子!」
冷静な声を頼りに、黒子はもう一度トップの伊月へとボールを戻す。
執拗なマークを前にパスのエキスパートが手も足も出なかった。黒子は結局パスをさばく事ができないままボールをキープするのが精一杯の状態。
そして黒子が掴まったことにより誠凛の攻撃そのものが停滞してしまう。今まで誠凛は黒子のパスワークを基点にチームオフェンスを展開し得点してきた。その連携が途絶えてしまったのだ。
伊月が直接ゴール下の水戸部へバウンドパス。ロールターンから即ゴール下シュートを放つ。
「舐めんな!」
「ッ!」
「うらぁっ!」
マークを振り切れていない現状ではそう易々とシュートを許してくれない。
三浦のブロックショットが炸裂。
加え、本田がスクリーンアウトで火神を封じている間に、競る相手がいない白瀧がディフェンスリバウンドを制した。
「よっしゃ! 白瀧ナイスリバン!」
「はい!」
「さあ、もう一本行くぞ」
ボールを掴んだ左腕をしっかり体の中に引き込む。今度は中澤にボールを託して大仁多が確実に攻撃の権利を手にした。
「また誠凛、得点失敗。得意のオフェンスが決まらないぞ」
「嘘だろ。大仁多のレギュラー大半が不在の中、もうすぐ2分が経過しようというのに――未だ誠凛無得点!」
(大仁多)6対0(誠凛)
攻撃重視のチーム同士の激突だが、そうとは思えないようなスコアが記録されている。
未だに誠凛のシュートはゴールネットを潜ることができていなかった。
(ヤベエ。早く一本決めて流れを掴みたいというのに、全然崩せる気がしない。せめてディフェンスを止めないと)
「一本集中! これ以上相手の好きにさせんな! ここを止めて攻撃に転じるぞ!」
『おおう!』
流れが傾き始めたことはコートの中でもわかった。日向が全員に檄を飛ばし、奮起を促す。
オフェンスを封じられている今、せめてディフェンスで大仁多を食い止められなければ第1Qで下手すればこの試合の勝敗が決まってしまう。
それだけは許さないと改めて全員が集中してマンツーマンディフェンスを敢行した。
(ふーん。さすがにここまで勝ち上がってきただけあって、まだ持ちこたえるか。それなら……!)
誠凛の選手達の勢いが完全に途切れていないことを目にすると、中澤はしばしボールをキープした後、45度のポジションに立つ白瀧へとボールを回す。
「行ったぞ、火神!」
「ウッス!」
「来るか。この試合は初めてのエース対決。――火神と白瀧の
トリプルスレットの体勢に入った白瀧を火神の鋭い視線が射抜く。
両チームがもっとも信頼を置いている二人のルーキー。この試合での真っ向勝負は初となる。
大仁多が優勢の中、さらにエース対決を制することとなれば殆ど確実に流れを手にすることとなる。中澤は試合序盤を制するべく、切り札を早速投入することを選んだ。
「――――行くぞ」
「ッ!」
静かに、だが重い一言が放たれ――直後、白瀧の上体が大きく前に倒れた。同時にボールが両手から放たれコートに叩きつけられて彼が前方へと伸ばした左手に収まる。
その一瞬の出来事に火神も反応して後退する。
大丈夫。速さについていけている。そう確信した。だがそこで白瀧の体は止まった。
「なにっ!?」
「遅い!」
踏み込んだ足で制止し、その反動を力に変えて再び重心を倒すと白瀧は加速した。
不意をつかれた火神は目で追うのがやっとで白瀧の突破を許してしまった。
「突破した!」
「ッ! 白瀧さん!」
「むっ!?」
ミドルへと侵入してきた白瀧に黒子が飛び出して対応する。白瀧にとっては意識の外からの出現だったが、素早い西村の呼びかけで接近する前に気づくことができた。
さらにゴール下から敵のマークを引きずり出したことを目で確認すると、ボールに手を伸ばす黒子をワンドリブルで引っ掛け、黒子の頭上へとボールを放る。白瀧からフリーの本田へ、無事にパスが通った。
「あっ!」
「ナイスパス!」
本田のレイアップシュートが決まり大仁多に追加点が与えられる。
(大仁多)8対0(誠凛)
一回目のエース対決は白瀧が物にし、さらに流れを引き寄せた。
「……伊月」
このままではまずいと誠凛の誰もがそう思う中、日向はある決心をして伊月に呼びかける。
堅い表情を目にすれば深く聞かなくても言いたいことは理解できる。伊月は聞きかえすことなくうなずくと、敵陣地へとボールを運んでいく。
伊月から黒子へパスが通る。だが西村を完全に振り切れない状況下、加えて白瀧が深く守っている今はうかつにパスをさばけない。
3秒経つ前に水戸部そして火神へと回し、そこから再びトップの伊月に戻ると――日向へのパスコースを選択した。
(頼む! 火神が敗れ黒子のパスが使えない今、突破口を切り開けるとしたら日向くらいしか――!)
(パスを受け取ると同時に、スリーを放つ! いくらやつでもこのタイミングなら!)
ボールを手にするや否や日向は地を蹴り、シュートを撃った。
白瀧の守備範囲が広いとはいえ他のパスコースをも警戒して深く守っているボールを受けた瞬間なら、勝機はある。
そう考えての素早いリリースだった。
「無駄だ!」
だが白瀧の速さが日向の想像を上回った。異常な早さで最高到達点に達した白瀧の指先がボールをはじく。
「……嘘だろ!?」
(今のタイミングでも駄目なのかよ!?)
「県予選ではあなたよりシュートが早い選手がいた。言ったはずだ、一点も決めさせないと」
驚愕に染まる日向に、白瀧は語気を強めて言った。込められているのは戦友への思い。伊達に大仁多のエースと呼ばれてはいない。
日向のシュートはリングにはじかれ、得点が決まることなくコートへと戻ってくる。
リバウンドを取るべく本田と三浦、水戸部が手を伸ばした。
「こんの、舐めんなああっ!」
「え!?」
「なんだと!?」
だがその3人よりも高く宙に舞い上がる影があった。
火神である。
誰も届かない領域でボールを掴み取ると、着地することなくそのままボールをリングにたたきつけた。
(大仁多)8対2(誠凛)
誠凛、ついに初得点を決める。
「た、たかっ!? 実際に見るとマジで高い!」
「……ちっ。さすがだな」
(さすがに俺がブロックに跳んだ後では火神を止めようがない)
常識を凌駕する跳躍力を見て目を丸くする本田、軽く舌打ちをして賞賛を送る白瀧。
他の選手達も少し負の方向に感情が動く大仁多とは対照的に誠凛は士気をあげて素早くディフェンスに戻る。
「お前は跳ぶことしか能がないのか! だがよくやった!」
「ナイス!」
「うっす」
この試合ようやく誠凛も得点を決めた。これで幾分か気が楽になることは間違いなかった。
喜びつつも万が一のことを考え、敵お得意の速攻を警戒して敵の様子を探っていると……
「大丈夫だ。所詮は単発。あんなの早々決まらない。こっちも一本決めていこう」
中澤がチームメイト4人に対して静かに呼びかけ、動揺の沈静化を図っていた。
「……冷静だな」
(いっそトランジションゲームに持ち込んでくれた方がこっちにとっては嬉しかったんだけど)
彼の素振りを見て同ポジションの伊月は感心した。
失点を派手な形で許しても、動じず自分たちのリズムを崩さない。十八番である速攻という手もあっただろうが、中澤はまたゆっくりとボールを運んでいく。
まるで誠凛の決めた得点の喜びをじわりじわりと削っていくような遅攻だった。
ようやくスコアが動き、ここから詰めていこうという誠凛の勢いを止めるような。
5秒、10秒、さらに経過して……動いたのはボールを持つ中澤ではなく、白瀧だった。
火神のマークを振り切り、一気に中央へと駆け込む。
「しまった!」
「くそっ!」
マークが代わり、日向がスイッチ。同時に中澤からのパスコースをふさぐように手を伸ばす。
すると白瀧は右足を踏み込んだ瞬間、上体を倒すと方向を変え先ほどまで日向がいた場所へと向かった。
「いっ!?」
「外ががら空きだ」
「撃て、白瀧」
ベストタイミングで中澤からパスが通った。
日向は追いつけず、火神も西村のスクリーンに掴まってしまう。
誰も彼に追いつけないまま、白瀧のスリーが放たれる。フリーの状況下ではずすほど、彼は柔ではない。
(大仁多)11対2(誠凛)
中に意識を集中させ、不意をついてのアウトサイドシュート。
失点後、あっという間に点差を広げる大仁多の猛攻は止まることを知らない。
「……人のスリーを止めといて、直後自分はあっさりとノータッチで決めやがって」
お株を奪われるような形になり、日向は思わず頬をひくつかせた。
だがノーマークであったとはいえ緑間を彷彿とさせるような精密なシュートタッチ。悔しいと思いつつ、素直に凄いと心のどこかで彼を褒め称えていた。
『誠凛高校、タイムアウトです!』
ここでリコは早くも前半戦一つ目となるタイムアウトを使った。
試合始まって間もないとはいえ、すでにスコアは9点差。火神の一発があったもののこちらのオフェンスは滞っている。
仕方がない選択とはいえ、誠凛にとっては苦々しい立ち上がりとなってしまった。
(まさかこの組み合わせでここまで一方的になるとは思ってもいなかった……)
「黒子君、簡潔に西村君のマークはどう?」
相手のスターターを見て、まず第1Qから大差をつけられるような展開だけは避けられると思っていた。どのような思惑があったとしてもベストメンバーが不在ならば太刀打ちできるはずと。
そんな自分の考えの甘さを悔やみつつ歯軋りを覚えるリコ。
だが時間は無い。彼女は五人がベンチに戻るや否やすぐに黒子に問いかけた。
「正直言うと厳しいです。カットで振り切れない。そうなると元々スピードに長けている彼に分がある」
監督の問いに黒子は表情を歪めて答えた。
現状、黒子の影の薄さが効果を発揮しないならば身体能力で劣る黒子が不利であった。
元々彼は特殊な選手。その特殊性が通用しない場合、有利不利は明確に現れる。
黒子も当然自分の立場を理解している。故に事実を認める言葉を口にするしかなかった。
「白瀧もさっき言っていた。付き合いが長い西村にはミスディレクションの効果が薄い。おそらくあいつ自身にもある程度耐性があるんだろう。となると、今大仁多のディフェンスを前に黒子のパスワークは通用しないという前提で考えたほうがいい」
「……あの、白瀧君がそう言っていたんですか?」
「ああ。さっき俺とマッチアップしていた時に答えてた」
日向の説明を受けた黒子は何か違和感を感じたのか訝しげに眉を寄せる。
一方、黒子が機能しないという報告を受けたリコは一つの決心を下す。
「わかった。黒子君、悪いけど一時ベンチに下がって――」
「いえ、待ってください」
言い終わる前に、指示の先を悟った黒子が彼女を制した。
「これは大仁多の罠です」
「……え?」
「白瀧君がキャプテンに言ったというのはおかしいと思います」
突然の進言にリコだけではなく周囲の者全員が首をかしげた。
この結論に至る事ができたのは中学時代、多くの時間を共にした黒子だけ。
ゆえに理解することができず、火神は不快げに黒子に質問を投げかけた。
「どういう意味だよ? 何がおかしいってんだ?」
「……白瀧君は試合では容赦ない性格です。間違っても作戦の内容を敵にばらすような事はしない」
「だが、実際俺に対して話してきたぞ?」
「ええ。だからこそ――それこそが大仁多の罠、交代させてその上で何か手を打つつもりでは……」
「え!?」
思いも寄らぬ発言に、目を丸くしたのは日向だけではない。
このメンバーの中では一段聡いリコでさえ表情が固まった。
(……忘れてた。私も昨日考えていたことじゃない。藤代監督が策略深い人だってことくらい!)
些細な事ではあるが、白瀧という中心人物が通常とは違う言動をしたならば、それは大きな変化だ。
黒子の交代を促進してこちらの手の内を読み戦略を展開させる。
この考えが本当だとしたら、もう少しで藤代の術中に嵌ってしまうところであった。
寸前で黒子が意図に気づいたのは褒め称えるべきファインプレーであった。
「じゃあ、どうする? 交代するにしてもしないにしても、今の大仁多を止めるのは用意ではないぞ」
しかしそこまで結論に至っても効果的な一手があるわけではない。
伊月の指摘は尤もであり、水戸部も同調して頷いている。
「……いえ、何も手がないわけではありません」
「え?」
「確かに西村君には通じませんが、他の選手は違います。まだ試合序盤。目が慣れていない。つまり西村君を引き剥がす事さえ出来れば」
まだミスディレクションは機能する。そう黒子は口にした。
今突破口があるとしたら黒子のパス回しだ。
正確に言えばそれだけではないが……リコはチラリと木吉へと視線を向ける。
「ん? どうしたリコ?」
「何でも無いわ」
(さすがにまだ早すぎるか)
第1Qで温存しなければならない木吉を出すわけにはいかない。
ならば今は切札の考えに乗るべきだろう。今はそれが最善策。
「よし、わかった。メンバーはこのまま行くわよ。ただしオフェンスは黒子君を中心に立て直す。ボールを持っていない人はひたすら黒子君をフォローして西村君のマークを振り払って。とにかく立ち止まったら向こうの思うつぼよ! 足を動かして相手をかき乱す! まずはそこから!」
『おう!』
「それとディフェンス。白瀧君と西村君の速攻は事前に準備してないと止められない。伊月君、日向君、黒子君はリバウンドに参加しないときは常に警戒していて。大仁多のセットオフェンスにはインサイドを中心的にマーク。白瀧君のスリーが最後決まったけど、彼の最大の武器はあくまでも切り込み。外を意識しすぎないように!」
わずか一分という時間に急かされ、リコは口早に選手達に告げた。
的確な指示を出せたとは思っていない。だがそれでも選手達の意識を改めさせ、考えを絞らせることは出来たはずだ。
相手の思惑に引っかかるわけにはいかないと、意識しての采配。
だが、この時リコは気づいていなかった。
それこそが、藤代の策であることなど。
「……皆さん、首尾の方は?」
「俺が日向さんに伝えました。ミスディレクションという一枚のカードを失うのは大きい。まず間違いなく黒子の耳にも伝わるでしょう」
「そうでしたか」
場面は変わって大仁多ベンチ。
白瀧の報告を受け、藤代の口角が上がる。
確かに黒子の言うとおり、白瀧が日向に西村のことを打ち明けたのは藤代の指示によるものであった。
ここまでは誠凛の考え通り。
だが、重要であるこの後の展開は全く違う。
「あいつは聡い。こちらの思惑に気づいてくれるでしょう。そしてタイプ的に自分でなんとかしようと引き続き出てくるはず」
「彼が交代してもしなくてもこちらは対応しますが、ですがジョーカーは早いうちに対処しておいた方がよいですからね」
「弱点はある程度克服できますが性格や癖、個性はそう簡単に変えることはできない。――さて、誠凛はどう動くか」
これは戦いの場から離れた場所で行われる一つの戦い、読み合いであった。
相手を知っているのは黒子だけではない。白瀧も同様だ。
観察力に秀でた友・黒子が白瀧の異変に気づき、そして何かあると考え、自分で活路を見出すと。
そして藤代はそこまで理解したうえで、相手の上を行こうとしている。
思慮深い二人の会話に、周囲には冷や汗を浮べる者さえ現れている。
(これ、俺たちが味方だからいいけど敵としてはマジで怖い会話だよな)
(俺は駆け引きとかには疎いほうだから本当恐ろしく感じます)
(いやー、さすがだなー)
三浦と本田は呆れ半分感心半分で、西村は元々知っていた為に微笑を浮べて頷いている。
「一応、黒子の選手交代でオフェンスの戦術を広げるという考えもありますが……」
「いえ、それは無いでしょう。現状誠凛が持ちうる最大限の火力を発揮する主力で挑んでいます。彼らが未だに得点を挙げることが殆どできていない。何とか調子を上げようとするでしょう。木吉さんをまだ出すわけにはいかないし、他の控え選手達は身体能力が低い。守備範囲が広い白瀧さんがケアしている今、彼らを出すのは難しい」
敵の代案策を中澤が提示するが藤代はそれを否定する。
スコアは(大仁多)11-2(誠凛)。誠凛は可能な戦力をつぎ込んでいるが戦況は厳しい。
他の控え選手は彼らに代わるほどのパフォーマンスを発揮することは困難。
「それに、代わったとしても皆さんなら十分に対処できるでしょう?」
加えて自チームへの信頼がある。柔な手で崩されるほど脆くは無い。むしろ押し返してくれると。
満面の笑みでこのような事を言われては、選手達は奮起するしかなかった。
「おそらく西村さんへの対策です。マークをかわそうと考えるでしょう。黒子さんのパスワークが機能しだせば誠凛のオフェンスは厄介です。なのでその点については事前に打ち合わせたとおりにお願いします」
改まって藤代は五人に指示を出す。
こちらも選手交代の指示はない。元々第1Qはこの五人で制する予定だったのだ。試合が順調に進んでいくのならば変える理由は何処にも無い。
「他のディフェンスについては引き続きマンツーマンを続行。先の火神さんのプレイを見てもわかるとおり、彼のリバウンドは厄介です。決してシュートが外れたあとも油断しないように」
『はい!』
「オフェンスも変更点はありません。中澤さん、西村さん、白瀧さん。
第1Qはあなた達が主軸となります。ここから先も攻め続けるように組み立ててください」
一通り指示を終えて選手達が声に出して頷くと、藤代も満足げな笑みを浮かべた。
慌ただしい誠凛に比べ、幾分かの余裕さえ感じられる大仁多のムード。
とてもベストメンバー不在とは思えないような雰囲気であった。
「……ふぅ」
「どうしました、白瀧さん? 不満げに見えますけど?」
「当然だろ。自分の性格を利用されるのは良い気分ではない。自分で利用するなら別だけど」
ため息を零す白瀧。
西村が不思議に感じて問いかけると、白瀧は不満を隠す事無く話し始めた。
「俺にとって策というのは相手に悟られぬようにこっそりと手を打ち、そして敵が気がついたときにはもう施しようがない、というようなものだ。監督のようにわざわざ自分から情報をさらけ出し、手の内を明かすようなことは趣向に合わない」
「……あ、そうですか」
西村の管轄外のことであり相槌を返すに留まった。
たしかに今回の大仁多の策は彼の考えと反するものであろう。
すると彼の声が耳に届いたのか藤代が歩みよって口を開いた。
「確かにそれも一理ありますが。情報を知り、こちらの裏をかこうとする相手の裏をかくことは王道ですよ」
「……裏の裏は表、ということですか。なるほど。確かに俺のやり方は正道ではないですよ」
「そういうわけではないのですが」
拗ねた素振りを見せる白瀧を目にして藤代は苦笑した。
幾分か穏やかなムードで大仁多はタイムアウト終了の合図を迎える。
両校の作戦指示が終了、あとは選手達が結果を示すのみ。
――――
「一本! 確実に決めるぞ!」
伊月は声を大きく出しながらボールを運んでいく。
コートを見渡すが、大仁多ディフェンスに大きな動きはなく、タイムアウト前と変更がないように映る。
試合の入りからずっとディフェンスが機能した為であろうと司令塔は判断した。
(なら、頼むぞ黒子!)
タイミングを待ち、伊月と火神、黒子の視線が交錯する。
合図に応じてまず火神が動き出す。マークの本田がしつこく追うが目的は彼を引き剥がすことではない。
逆サイドまで走ると立ち止まり、遅れて動き出した黒子を追おうとした西村の前に立ちはだかって彼の動きを封じた。
(スクリーン!)
「本田さん、スイッチ!」
「くそっ!」
(やっぱりか!)
誠凛の思惑通り大仁多ディフェンスのマークが変わる。
姿を隠そうとする黒子を本田が追いかけた。
本田はディフェンス能力に長けた選手。そう簡単には好きにはさせないと黒子の姿を目で捉え続けるが……
「――ッ!?」
幻の六人目は意識して抑えきれるような相手ではなかった。
ふと本田が周囲の様子を確認した瞬間、勘に触れないほど突然黒子の姿が本田の視界から消えた。
(消えた? どこに……!?)
消えてしまった黒子を探そうと辺りを見渡す本田。彼の後方に向け、伊月がバウンドパスをさばく。
誰もいない、むしろ本田の守備範囲内。
パスミスか。相手のミスを感じ取って本田が腕を伸ばしたその瞬間――どこからともなく現れた細腕が本田よりも先に触れ、ゴール下へとバウンドパスをさばく。
「ッ!?」
「行け、水戸部!」
「ちぃっ!」
ロールターンで三浦をかわした水戸部の手にボールが収まった。
黒子のバウンドパスにより、ようやくマークを外したタイミングでゴール下へパスが通る。
受け取ると同時に跳躍する水戸部。三浦も必死にブロックを狙うも、水戸部は半身の三浦とは逆方向の腕だけでボールをリリースする。
(フックシュートか!)
三浦の指先はボールに届かず、水戸部のフックシュートが決まる。
(大仁多)11対4(誠凛)。
黒子のパスから誠凛が追加点を上げ、ようやく攻撃のリズムを取り戻す。
「よしっ! ナイッシュ水戸部――」
「……ッ! 戻れ!」
伊月が水戸部を讃えようと笑みを浮べた瞬間――日向が全員へ警鐘を鳴らす。
彼の目の前で、最も警戒すべき男が動き出したのだ。
「行くぞ、西村!」
「はい!」
白瀧が西村とともに駆け出した。
さらに本田のスローインでボールを受け取った三浦が前線へ矢のようなロングパスを放つ。
大仁多の速攻。失点を許してもすぐに攻撃に動き出したのだ。
「ぐっ! まずい!」
逸早く気づいた日向であったが、それでも一足遅かった。
パスの弾道を想定しながら二人を追うが到底追いつけそうにない。
「調子に乗ってんじゃねえぞ! 白瀧!」
このままではやられる。
ようやく掴みかけた機会をまた失ってしまう。
その危機を救ったのは火神だった。
並走するのがやっとの状態ではあったが、それでも二人より早く跳ぶと空中で彼らへのロングパスを奪い取った。
「火神!?」
「……た、っか!」
再び自慢の跳躍力を披露して失点を防いだ火神。
わかっていたこととはいえ、この身体能力には歴戦の猛者である二人でさえ目を見張った。
火神は着地すると同じく速攻を防ぐべく近くまで迫っていた伊月へとボールを戻す。
(危なかった。火神がいなかったら間違いなく速攻を決められていた。カントクに言われていたことをもう忘れかけていたか)
タイムアウト時にリコからの指示を再び思い返し、伊月は次からは必ず二人の警戒を厳重にしようと心がける。それほど大仁多の速攻の威力は大きなものだった。
攻守が入れ替わり、再び誠凛の攻撃。
今度は日向が西村にスクリーンをかけると、黒子はミスディレクションを用いて白瀧のマッチアップをかわしてみせた。
「ぐっ!」
「火神君!」
「よっしゃ!」
今度は中央の火神にパスが通った。
すぐさまジャンプシュートを放つ火神。
だが本田と、さらに体勢を立て直した白瀧の二人のブロックは、シュートに触れることは出来なかったが彼の精密さへの妨害に成功する。
シュートはリングに嫌われ、リングの外へと落ちてきた。
「ぐっ! リバウンド!」
「ウオオオオオ!」
「……ッ!」
ゴール下のパワー対決を制した三浦がディフェンスリバウンドをものにする。
そして三浦がボールを確保した瞬間、誠凛の選手達はすぐさま駆け出した。
「戻れ! 速攻来るぞ!」
声に出したのは日向。伊月と黒子、火神も呼応して走り始める。
「西村、行くぞ!」
「はい!」
そして彼らの想像通り、白瀧と西村は同時にスタートした。
鷲の目で二人が前線へ向かおうとする素振りを確認した伊月は『やはりか』と確信に至る。
悔しいが火神を除けば身体能力は間違いなく大仁多に分がある。特にガード陣は顕著な差があり、速攻を狙われれば簡単に決められてしまう危険性があった。
だからこそ今度はすぐさま一次速攻に備える。
自分の考えは間違っていない。そう確信に至った伊月であったが、いざ自陣に戻ってみると大仁多の選手達はまだセンターラインを挟んで反対側にいた。
「なっ……?」
「よし、こちらもまず一本返していくぞ!」
疑問を覚える伊月に対し、中澤は西村とパスを交えながらボールを運んでいく。
確かに白瀧と西村のスタートは本物だった。だがすぐに走るのを辞め、今チームメイトと併走してゆっくりとこちらに迫ってくる。
(ちっ。フェイントかよ)
火神は苛立ちを必死に隠しながら敵が攻めてくるのを待つ。
だが速攻を想定して急いで戻ってきていたがために、中澤の遅攻が余計に彼らの神経を逆なでしていた。
「……さて、それじゃあ行こうか。もう一度誠凛には黙り込んでもらおう」
そんな誠凛の選手達の心境を知ってか知らずか。
中澤は少しずつ、それでいて確実に誠凛のディフェンスへと迫っていく。
彼の両サイドに並んでいる白瀧と西村、二人の存在も相まって、誠凛には異様な不気味さが漂ったことだろう。
――黒子のバスケ NG集――
「外を意識しすぎないように!」
わずか一分という時間に急かされ、リコは口早に選手達に告げた。
「……ッ! まさかリコ!」
「鉄平? どうしたの?」
突如、何かに気づいた木吉が真剣な表情でリコを呼び止めた。
何か可笑しな点でもあっただろうかと疑問に感じながらリコは振り返る。
「そんな急いで、ひょっとしてトイレに行きたいのか!? わざわざ俺に合図を送ってくれたのに気づかなくてすまん!」
「違うわ! 時間がないだけよ!」
「確かに今試合中だけど、俺達がついているから行って来て大丈夫だぞ?」
「タイムアウトの時間のこと!」
天然ボケ男、木吉。