黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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少し白瀧の印象が変わるかもしれないお話です


第六十話 キセキの取材

 大仁多高校、聖クスノキ高校、盟和高校の三校による合同合宿も半ばである三日目に突入していた。

 夏の暑さも厳しさを増し、熱と疲労の蓄積により選手達の体力も悲鳴を上げようとしていたころ。それでもなおレギュラーに名を連ねた者の戦いは激しさを増すばかりだった。

 

「ぐうっ!」

「おら、どうした!?」

「……このっ!」

 

 ボールを保持しているのは光月。ポストアップからボールを受け取るも、中々マークを外せない。ドリブルでキープしつつ流れるような動きのターンアラウンドで逆方向へ躍り出るものの読まれていたのか勇作の姿が目の前に映る。

 

「一度戻せ! 光月!」

「はい!」

 

 時間を潰すわけにもいかず、光月は山本へパスアウトを選択。

 ボールを受けた山本はカットイン。古谷のマークを一瞬振り切るとヘルプに掴まる前に外へパスをさばいた。

 

「うおっ!?」

「ナイスパス!」

 

 相手は白瀧。スリーポイントラインの外側に立っている彼はそのままシュートを放つ。

 

「撃たせるか!!」

「ッ!?」

 

 リリースする直前、190cmの巨体が眼前に飛び上がった。楠のブロック、それでも白瀧は防ぐことを許さなかったが、しかし彼のプレッシャーがわずかなシュートタッチを鈍らせる。

 結果、白瀧のスリーはリングに弾かれた。

 

「しまった!」

「任せロ! リバウンドなラ、負けヌ!」

「ちっ!」

(くそっ、ディフェンスリバウンド……!)

「よっし! よこせ!」

 

 ジャンが黒木との奪い合いを制し、ボールを確保する。

 大仁多の猛攻を防ぎきると今度は合同チームの反撃。ジャンがボールを山形に放る。細谷が受け取るとたちまち細谷・楠のガード陣がゴールへ迫る。流石の一言に尽きる速攻。だが大仁多もそう簡単にはゴールを許さない。

 

(……やっぱり無理か)

「ああ、わかっていたけどな!」

「行かせん!」

「速攻なんて決めさせるものか!」

 

 小林と白瀧が真っ先に戻り、二人の速攻を止めた。時間を稼ぐと山本も追いつき、さらに遅れて他のメンバーも合流する。

 一次速攻を防がれると、細谷はゆっくりとパスコースを探る。

 

(……決めるなら、やはりここか!)

 

 ドライブで一瞬小林をひきつけ、ハイポストの古谷へ。そして高さのミスマッチを活かして今度は楠へとパスが通った。

 

「よし!」

(来るか!)

「させない!」

 

 楠と白瀧の一対一になった。

 果敢にプレッシャーをかける白瀧に対し、楠は一度ボールを持つ両手を上へあげ、直後鋭く切り込んだ。

 ポンプフェイクからのカットイン。だが白瀧は動きを読みきり、楠のドライブに迫る。

 ドリブル直後の油断、それをついて腕を伸ばす。――彼の腕は空を切った。

 

「なっ!?」

 

 楠は足の下を通してボールを逆側の手へ、レッグスルーを行い白瀧のマークをかわす。

 一瞬でもフリーになってしまえば楠が優位となる。跳躍しながらその途中でシュートを放つ、ジャンピングシュートが炸裂した。白瀧のブロックは間に合わずボールは綺麗にリングを射抜いた。

 

「ようし!」

「決まった……!?」

 

 ミニゲーム終了間際の得点だった。この影響は大きく大仁多にのしかかる。

 

「切り替えろ! 確実に決めていくぞ!」

 

 残り時間を考慮すれば大仁多の攻撃は一回のみ。確実な成功を意識して小林と山本がボールを運ぶ。

 トップの小林からゴール下の黒木へ。さらに黒木と交差するように山本が接近する。

 

(パスか……!)

 

 相手の出方を予測し勇作が先に動き出す。走る方向へ先に動くが……

 

「ッ! 馬鹿、そっちじゃねえ!」

 

 叱咤するような古谷の声が響く。

 黒木は逆へとパスをさばいた。そこに白瀧が駆け込み、パスを受け取る。

 

「しまった!」

「ちっ!」

 

 楠と古谷、二人のマークが白瀧の行く手を阻む。突破は勿論、シュートも許さないようにとハンズアップに努めた。

 二人の厳しいチェックを受け、それでも白瀧は二人の間を縫うようにドライブを仕掛け、直後真横へバウンドパスをさばいた。

 

「え?」

「まさか! ……小林だ!」

「よくやった!」

 

 陣形が崩れた中央へのパス。小林が走りながら受け取った。小林は走った勢いをそのままにステップを踏みレイアップシュートを放つ。

 

「何度も決められて……」

「ッ……!?」

「たまるかっ!」

 

 手でボールを放ると同時に、勇作のブロックが決まった。ボールは小林の手から離れ、コートを転々とする。

 

「ヤバっ!」

「させねえ!」

 

 山本はボールを確保するとすかさずシュートに移ろうとするが、細谷が彼の動きを封じ込む。それでも強引にシュートを撃つが……

 

「――試合終了!」

 

 笛が鳴り響き、ボールもリングに弾かれた。

 (大仁多)39対41(盟和・聖クスノキ)。三日目午前のミニゲーム、回数にして五回目である。ついに合同チームが初白星を挙げた。

 

「よっしゃ、キタアアアア!!」

「初勝利だーーーー!!」

 

 待ち焦がれた勝利を手にし、勇作が、細谷が、多くの選手達が歓喜の声を上げる。ミニゲームとはいえ、リベンジを誓っていた相手から得た勝利の喜びは大きなものである。しばらくの間彼らから笑みは消えることがなかった。

 

「……さて、大仁多のベンチ入りしている皆様は集合してください」

 

 その最中で、藤代がミニゲームに参加していた自軍の選手達を呼び寄せた。

 日ごろの練習からこれから起こることを察したのか、選手達の表情に冷や汗が浮かぶ。

 恐る恐る選手達が藤代の次の言葉を待つと、判決が下された。

 

「ミニゲームとはいえ、本戦を前にこの敗北はいけませんね。皆さん、食事の前に外周10周。試合の反省点を考えながら走ってきてください」

 

 慈悲はなかった。この猛暑の中、試合で疲労している選手達にとっては拷問も同然だった。

 

「IHは負ければ終わりのトーナメントです。目の前の試合を勝てなければ先へは進めない。皆さん、今一度気を引き締めてください」

『……はい!』

 

 だが誰一人として嫌な顔は浮かべていなかった。選手達の表情は緊迫しているものとなり、そして体育館の外へと向かっていく。

 一度でも負ければそこで全てが終わってしまう。だからこそ負けは絶対にしてはならない。小林を筆頭に、皆が勝利のためにどうするかを考えて走りだした。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 大仁多の選手達が外周から戻り、ストレッチも済んだ後。午前中の練習は全て終了し、昼食の時間が始まる。

 昼食の際は藤代と岡田の提案により、各高校の選手達が固まらないよう各テーブルに三校の選手が揃うように設定されている。お互いのコミュニケーションの増強、情報の交換、交流を深めるといった目的だ。

 その為普段は一緒にならないような組み合わせが実現するのだが――

 

「なあ。あの組み合わせはどうなっているんだ?」

「いや、どうといわれまして……」

 

 目の前のテーブルを目にした細谷の呟きに、山田は口元を引き攣らせた。

 視線の先のテーブルに、白瀧、勇作、楠、光月の4人が集結していた。

 

(あのテーブル面子ヤベエ!!)

 

 三校の主力選手、それも試合で幾度も激突した強敵が座っていた。

 

「あそこじゃなくてよかったわ」

「四人が揃っているだけでも凄いプレッシャーっすね」

 

 密度の濃い空間を目にして苦笑する神崎。金澤も同調し、平和なテーブルにつけたことに安堵した。

 だが周囲でそのような話が流れている一方で、当事者である四人の会話は特に棘も見られず平和なものだった。

 

「いつも大仁多はこんな練習密度なのか?」

「そうですよ。藤代監督ああ見えて練習厳しいので。……最近では藤代監督が次に何を指示するのかまでわかって、言われる前からゾッとしていますよ」

「そちらも大変なようだな」

 

 先ほどの外周10周という指示を思い出し、厳しい練習に加えてペナルティを設ける藤代に楠は思わず同情した。

 だが同時にそれだけ大仁多の選手達が練習をこなしているということでもある。それでも弱音をはかない選手達。彼らを越えることがいかに大変なことかを思い知らされた。

 

「加えて、食事の量も大概だが……」

「そうか? 俺は別にこれくらいならいけるが」

「むしろ普段からそうですよね」

「お前らはそうだろうな……!」

「楠先輩、諦めましょう……」

 

 少なくとも3杯以上食べるように言われており、食事も一種のトレーニングである。

楠の悩みも知らず、当然のような顔をしている勇作・光月の大食いペアに恨めしそうな視線を送るが、二人はビクともしない。白瀧がそっと声をかけるも、現状は改善できなかった。

 

「今のうちに体力回復しておかねえと辛い。午前の試合はギリギリ勝てたが、あれだって最後決められたら追いつかれていたし」

「……でも、勇作先輩大活躍だったじゃないですか」

「お前だってそうだろうが。何度もリバウンド取ってくれやがって」

 

 今回のミニゲームにおいては大抵が勇作のマッチアップに光月がついている。同ポジションである光月に刺激を与え、少しでも多く経験を積むようにとの判断だが、彼は勇作と互角以上に渡り合っていた。

 

「それに最後のお前のワンプレイだって、お前が決めたら正直やばかったぜ」

 

 勇作もそれを理解している。幾度も渡り合い、彼の脅威を身で感じ取っていた。

 

「決められたら良かったんですけどね。リバウンドはまだしも、自分で得点にいくのは中々突破するのが難しくて」

「……あの時も思ったんだが。無理してボールを保持しなくて良いんじゃねえか?」

「え?」

 

 だからこそ勇作は目の前の強敵に全国でもその力を発揮して欲しいと思い、口にした。

 

「一度しか使えないが。――お前には一番ふさわしいものがあるだろ」

 

 

――――

 

 

 各自が昼食を取り終え、しばし休憩の時間が入る。

 午後の練習が始まるまでは体を休めたり午前の反省をしたり、あるいは個人練習したりと自由時間となる。その間は特に藤代や岡田が特に指示を出すことはないのだが……

 

「白瀧さん。申し訳ありませんが、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「え? 俺ですか?」

「ええ。お願いします」

 

 食堂を出ようとした白瀧を呼びとめる藤代。

 理由もわからず首を傾げる白瀧をつれて二人はその場を後にした。

 特に個人的に呼び出しを受けるようなことはしていないはず。それなのに何故、と白瀧が廊下を歩く最中考え事にふけていると、藤代が口火を切った。

 

「実は月刊バスケットボール――月バスと言ったほうがわかるでしょうか? そこから取材の依頼が来ていまして。是非白瀧さんに出ていただきたいのですが……」

「月バスの? 大仁多にではなく、俺にということですか?」

「その通りです」

 

 月刊バスケットボール、通称月バス。高校や中学は勿論、日本国内のバスケに関する情報が掲載される雑誌である。大会の時機によっては高校生が表紙に乗ることもある。

 本来ならばチーム単位で取材するはずだが、しかし今回は少し事情が違った。

 

「……どうやら新人特集らしいです。今年は“キセキの世代”が高校に入った初めての全国大会。それで全国各地で開催された予選で優秀な成績を残したルーキーに話を聞きたいとか」

「ああなるほど。それで選手全員ではないと」

 

 今年は全中三連覇という偉業を成し遂げた怪物が始めて高校の舞台にあがる。その上で彼らの特集を組むことになった。白瀧も予選で数多くの成績を残したことで今回の対象に入ったということである。

 

「突然で本当に申し訳ない。前もって言っては断られると思ってしまったので」

「断るって、俺はそんなに愛想がないと思いましたか?」

「……いえ、そういうわけではないのですが」

 

 言葉を濁す藤代に、白瀧は小さく笑みを零す。

 彼も中学時代に取材された経験はある。緊張や羞恥という理由で断ることはない。面倒と思うこともほとんどないだろう。それなのにそのように思われるとは想像もしていなかった。

 二人が会話を交えていると応接室の目の前まで来ていた。藤代がノックをし返事を受けると扉が開かれる。

 

「お待たせしました。遅れてしまいすみません」

「とんでもない。依頼を受けていただき、ありがとうございます」

 

 部屋の中には記者であろう髭を生やした中年の男性が一人。

 

「久しぶりっス。白瀧っち」

 

 そして、黄色い髪の白瀧も見知った相手――黄瀬涼太がいた。

 

「……なるほど。確かに、前もって言われていたならば断っていたかもしれません」

 

 ここに来て白瀧はようやく藤代の言葉の真意を理解した。

 

 

――――

 

 

 藤代監督は挨拶を済ませると部屋を後にし、俺と黄瀬、そして記者の三人のみとなった。

 IHは目前に迫っている中、まさかこうして黄瀬と再会するとは。一体何の因果か。

 

「誠凛と秀徳の試合であって以来っスね。会えて嬉しいっスよ」

「そうか。俺はできればまだ会いたくなかったよ」

「なんで本人の目の前でそういうことを言うんスか!?」

「嘘はつきたくないからな」

「ついていい嘘もあるっス!」

 

 おそらく裏はないのだろう。しかし生憎試合以外で会いたくなかったというのは本当だ。

 黄瀬と会うのはできれば試合で決着をつけてから。そう望んでいたのだから仕方がない。

 

「もー、何で白瀧っちまでそういう風なこと言うんスか。高校で黒子っちも誠凛で会った時は似たような反応だったし」

「ハハハハ。やはり同じ中学出身ということで仲がいいみたいだね」

「……よくはないですよ。付き合いは短いですから」

 

 記者の言葉にこめかみがピクリと動くのを抑え、笑みを繕う。

 今さら断るわけにもいかないし、できるだけ昔のことは意識せずに応対したほうがよいだろう。

 

「まずは二人とも、時間を割いていただきありがとう。黄瀬君から取材を受けるなら君と一緒の方が受けやすいと言われてね。こうして同時取材をすることになったんだ」

「……どういうことだ? というか、何故お前が栃木にいる?」

 

 記者の説明を受け、黄瀬に視線を送る。困ったような顔を浮かべているが知ったことではない。

 

「いやー、やっぱり取材受けるなら知り合いがいた方が頼もしいじゃないっスか。先輩達は受けないし厳しいし。そしたら白瀧っちも取材受けるって話だから……」

「じゃあ、栃木にいる理由は?」

 

 取材慣れしているのではないかというツッコミはおいといて。ある意味本題でもある、『何故黄瀬が栃木にいるのか』という疑問。神奈川代表の一員である黄瀬が私用でここに来ているとは思えない。ならば何故……?

 

「……遠征試合っス。IHに向けて海常は実戦練習を重ねている。今日が山吹高校が相手だった」

「山吹!?」

 

 それはつい先日まで耳にしていた高校だ。今年の栃木県予選ベスト4まで勝ち抜いた強豪。決して並大抵の相手ではない。

 

「試合は151対49で、うちの圧勝だったっス」

「……は?」

 

 その相手に、トリプルスコアを記録したと黄瀬は言う。

 果たして大仁多にできるかと言われればすぐに頷くことはできない。

 少し、侮っていたかもしれない。

 俺だけではない。キセキの世代も緑間のように高校でさらに成長を遂げている。その相手に勝たなければいけない……。

 自然と握りこぶしに力が篭っていた。

 

「――上等だ。それくらいやってももらわなきゃ困る。IH、首を洗って待っていろよ」

 

 ハッタリでも良い。笑みを浮かべて黄瀬を真っ直ぐ見据えた。黄瀬も好戦的な笑みを浮べて応える。

 

「……頼もしい。実に頼もしいことだ。やはり今年は昨年以上の戦いが見れそうだね」

 

 緊迫した空気を裂くように記者の声が響いた。

 どうやら少し熱くなりすぎていたようだ。今から周りを見えなくなっているようではいけないのに……後で反省だな。

 

「改めて私の名前は小川だ。君達二人に集まっていただいた理由は監督からも聞いているだろうが。

 今日は『ルーキー特集』という企画で他のIH出場校のうち、予選で優秀な成績を残した選手と同じ質問に答えていただくよ」

 

 そう言って小川さんは懐からビデオカメラを取り出し、再生を始める。

 まず最初に移ったのは紫色の髪と巨体が特徴の選手――紫原だった。

 

『まずは所属と名前、背番号、ポジション。そして『これだけは誰にも負けない』と思うことを教えてください』

『んー……陽泉高校バスケットボール部1年、紫原敦。背番号は……えっと、9番。ポジションC。あとはまあ、体格で』

 

 取材中であるというにも関わらず、緊張どころか呑気とも窺える姿勢だった。

 陽泉とは勝ち残れば準々決勝で戦うことになる。要注意であることは間違いない。

 紫原の紹介が終わると映像が変わって、今度は東京、青峰の映像が映った。

 

『桐皇学園高校バスケットボール部1年、青峰大輝。背番号5、ポジションPF。1on1で負ける気はねーよ』

 

 こちらも変わらぬ大胆不敵な姿が見られた。誠凛との戦いの後でも様子は変わっていないというころだろう。

 視線を横に向けると黄瀬が食い入るような目で見ていた。……桐皇と海常も準々決勝で当たる可能性がある。黄瀬も思うところがあるのだろうな。

 

「それでは、二人にも質問に答えてもらってもよいかな?」

「あれ? 今まで取材したの紫原っちと青峰っちだけっスか?」

「京都代表、洛山の赤司。東京都代表、誠凛の火神や黒子は取材対象ではないのですか?」

 

 名前を挙げたのは選ばれてもおかしくない強敵達。特に赤司に至っては帝光時代に主将を務めていた実力者だ。断るとも思えないし、取材されない理由の方がないと思うが。

 

「いや、それが赤司君は予選には一試合も出場していなくてね。それでも取材するべきだという意見もあったのだが、高校で活躍していないのなら仕方がないということで対象から外れたんだ」

「赤司っち出てないんスか?」

「つまり、洛山は赤司抜きで全国行きを決めたと」

 

 小川さんが頷く。

 ……洛山。全国大会の優勝回数最多を記録し、高校最強と謳われているチーム。

 赤司抜きでも地区予選は楽勝だということか。底知れぬ実力だな。

 

「それと誠凛の火神君は決勝リーグを第一戦以降出場してなく、その桐皇戦も数値を残せていなかったから、彼も外れたんだ」

「……そうでしたか」

「俺も見ていたっスけど、あれは圧倒的だった。仕方ないっス」

 

 真面目な表情の呟き。実際に見たわけではないが黄瀬が言うのだから相当なものだったのだろう。

 ……だとすると誠凛は全国的な注目度は低いということか。勿体無いな。

 

「それと同じく誠凛の黒子君だが……実は桐皇の取材の後担当記者が訪問する予定だったんだけどね?」

「何かあったんですか?」

「まさか断られたとかじゃないっスよね?」

「……担当記者が忘れてしまったんだよ」

 

 以前、帝光中学時代にまったく同じ話を聞いたような気がした。

 ようやく全国を決めたというのにこの有様か。切ない、この一言に尽きる。

 場に気まずい雰囲気が流れると小川さんが一つ咳払いし、大きくずれてしまった路線を戻した。

 

「まあそういうわけで、二人にもよろしくお願いするよ」

「じゃあまずは俺からっスね!」

 

 やる気に満ち満ちた表情で黄瀬がウインクする。……殴りたい、この笑顔。

 

「海常高校バスケットボール部1年、黄瀬涼太っス。背番号7、ポジションSF。誰にも負けないことは、お返しをきっちり返すってことっスかね」

 

 黄瀬も青峰達同様、普段と変わらない顔つきで、声色で答えていく。

 本当に堂々としている。『お返しを忘れない』という言葉。これが本当に言葉通りなのだから恐ろしい。

 一通り終えると黄瀬がこちらに表情を向け、続くようにとアピールしている。

 ……一つ間をおき、そして口を開いた。

 

「大仁多高校バスケットボール部1年、白瀧要。背番号は7、ポジションはSF。速さに関しては負けない。どんな相手にも立ち向かっていきます」

 

 その言葉で区切る。反応を窺うと小川さんが大きく首を縦に振った。

 

「よし、ありがとう。それでは次の質問、この大会で戦いたい相手、注目している相手を教えて欲しい」

 

 質問すると同時に再びビデオが流れる。紫原と青峰の映像だ。

 

『別に。あーでも、逆の意味だけど赤ちんとは戦いたくないかも』

『黄瀬、白瀧、紫原、赤司。ここら辺の面子だな。こいつらなら俺も本気でやれる』

 

 対照的な反応だった。紫原は心底嫌そうに、そして青峰は今も燃え滾っているようなぴりぴりとした雰囲気を醸し出している。

 ……名前があがって、正直嬉しかった。青峰もまだ俺を見てくれていると嘘でもそう思えて嬉しかった。

 

「俺は今言われたけど、俺も青峰っちスね。準々決勝で見せ付けてやるっス!」

 

 感化されたのか黄瀬も闘志を滾らせた。この大会ではキセキの世代でさえ全員が決勝の舞台に上がることはできない。それほど緊迫したものとなる。

 

「白瀧君はどうかな? 誰か相手はいるかい」

「……誠凛、陽泉、洛山、海常、桐皇。組み合わせの都合でこの五校全てと当たることはできませんが、とにかく彼らに勝ちたい。贅沢ですが、それが俺の望みです」

 

 質問に答えると感情が顔にも出ていたのか、小川さんが少し驚いた様子だった。

 俺はとにかく『キセキの世代』に今度こそ勝つ。そして約束を果たす。無謀に近いだろうが、成してみせる。

 

「まったく。皆ルーキーとは思えないほどの風格だな。

 ……では次の質問だ。君達がバスケを始めた切欠は何かな?」

 

 呆れも混じった微笑を浮べて小川さんは続ける。ビデオに写る二人は今度は似たような反応をしていた。

 

『昔ミニバスに誘われて……であとはなんとなく』

『……忘れた。気づいた時にはもうバスケやってたからな』

 

 紫原は殆ど興味はなかったようで。青峰に関してはもはや当然のことで詳しくは覚えていなかった。あいつらしい、ということだろう。

 

「俺は中学時代に青峰っちのプレイを見たから。あれ以来、目標ができてから辞められなくなったっス」

「ああ。そういえば黄瀬君は中学からバスケを始めたんだったね」

 

 そうだ。今でも鮮明に覚えている。中学からバスケを始めて、たちまち多くの部員を追い抜いていった黄瀬の姿を。忌々しいほどに覚えている。

 

「白瀧君は覚えているかな?」

「俺は幼稚園の頃、兄がバスケをしているのを見てです。その後一度辞めようと考えましたが、一つ年上の女の子に誘われて続けました」

「え? 辞めようと思ったって、本当なんスか?」

「まあな」

 

 始めた切欠である兄がバスケをやめてしまい、俺も相手がいなくなって辞めようと考えた。でもそれを繋ぐ切欠があった。だから今もバスケをすることができている。俺にとっては重要な出来事だ。

 

「なるほど青峰君と白瀧君はかなり昔からバスケに思い入れがあったというわけだ。

 ……では次に行こうか。少し答えにくいかもしれないが、好きな女性のタイプは?」

「え?」

「ちょっ……え!?」

 

 戸惑う俺達の反応を他所に、小川さんはビデオの再生を始める。

 

『そーだねー。背が高い子かな? あーでも、俺より高いのは流石にやだなー』

『おっぱいがでかい子』

 

 そしてこの二人は平然と答えている。

 まず紫原、お前よりでかい女性なんて早々いないから安心しろ。

 そして青峰。やっぱりか。

 ……というかこの質問、芸能人等の『~に似ている人』じゃなくて、本当にタイプを答えるやつか。危なかった。自爆するところだった。

 

「えーと。とりあえず、俺はソクバクしない子っス。白瀧っちは?」

「……気配りができて、愛嬌がある女性です」

 

 自分で言っていて少し恥ずかしい。大体この質問、バスケには関係なくないか? という質問はアウトなのだろうか? 多分アウトだろう。

 

「わざわざありがとう。では……IHに向けて、何か取り入れているトレーニングはあるかな?」

 

 話は戻り、再びバスケに関する話題に。ビデオが再生されるが……

 

『別にー。したって無意味じゃん』

『ねーよ。必要ねえ』

 

 二人ともこの質問にはそっけなく答えて終わっている。

 特に青峰に至ってはそうだろう。今も殆ど練習に参加していないという話を耳にしたことがある。やはり、まだ変われていないということだ。

 

「俺はあるっス。特に青峰っちとの戦いに向けて。ひょっとしたらこの大会で見せるかもしれないっス」

「……特にこの大会に向けて、というのはありません。しかし常に次の戦いに向けて準備は進めています」

 

 そして今も次の戦いの為に鍛えている。流石にこの場で打ち明けるような馬鹿な真似はしない。見せ付けるのは……全国の舞台でだ。

 

「なるほど。では二人とも相応の自信があるわけだ。楽しみにしているよ。

 ……それとそんな二人に聞きたいことだが、いいかな?」

「なんスか?」

「前の二人にはないと言われたから聞かなかったのだが……バスケの練習は楽しいかな?」

 

 その質問に一瞬黄瀬の表情が凍りついた。だがすぐに笑みを浮べて質問に答える。

 

「楽しいっスよ。まあ前まではただキツイだけでそんなことはなかったっスけど……最近は海常の皆とバスケもできるし、楽しいっス」

 

 そして、とても黄瀬が考えているとは思えないような発言が飛び出した。

 

「……マジかよ」

「え? 何っスか、白瀧っち。その意外そうな顔は」

「いや、お前のことだから『練習なんて退屈すぎてつまらないっス』と言うと思った。変わったな」

「この前の緑間っち見たいなこと言うっスね……」

「緑間?」

「以前も話したんスよ。こんな感じの話を」

「そうか」

 

 緑間も話した、か。黄瀬のこの変わり様は何かあったとしか思えない。

 ひょっとしたら練習試合で誠凛に負けたというのが響いているのだろうか?

 ……黄瀬といい、緑間といい。どうも誠凛はキセキの世代に何か因縁があると見える。

 

「白瀧君は? 藤代監督からはとても練習熱心だと聞いているが」

「監督がそう言っていたんですか? まったくあの人は」

 

 いきなり話を持ちかけたこともそうだが、本当にいつの間にか話を進めている。

 しかし、藤代監督には悪いが……

 

「好き、というのは少し違います。やらずにはいられない、ということです。かつて失敗したことがありますから」

「失敗?」

「ええ。今でも夢に見るんですよ。かつて失敗したその光景を」

 

 俺が練習するのは少し理由が違う。

 

「失敗というのは、どんな話かな?」

「――簡単な算数の問題です。仲間の力が1、俺の力が2だとします。さて、5の力を持つ新人が現れました。果たしてレギュラーに選ばれたのは誰でしょうか?」

「え……」

「白瀧っち。それって……」

 

 二人の動揺が見られる声を他所に、話を続ける。

 

「純粋に俺の強さが足りなかった。何度も夢の中で挑戦し続けても、その度に敗れ続ける。そして夢から醒めるたびにもっと強くならなければならないと思うんです。

……だからこそより練習に励み、いっそうの努力をしなければならない」

 

 楽しいから練習をするのではない。かつて味わった敗北の味。夢を見るたびに覚える吐き気。それがもっと励めと自分を責め立てる。

 

「楽しいから、正しいからとかそんな価値観はありません。ただやらなければならない、そう思うから。たとえ周囲の目には無様な姿に映ろうとも」

 

 ――それでもやらなければいけない。

 

「結果が出てしまった後では遅い。後悔しないために、ただ練習するだけです」

 

 そうすることでしか俺は前へ進めない。何も成し遂げることはできないから。

 

「……なるほど。つまり君もあまり練習は好意的ではないということか」

「いえ、勘違いされては困りますが何も練習が嫌いと言うわけではないですよ。

 特に昔はただバスケが楽しかったし、大仁多の皆も強くなることに貪欲で、一緒にいて楽しいです。

 ただ前提はやはり違う。楽しいからというのは結果論でしかありませんからね」

「そうか。わかった、ありがとう」

 

 小川さんは言葉を区切り、さらに続けた。

 

「では、最後の質問だ。君が考える、バスケにおいて大切なものとは?」

 

 小川さんの顔が引き締まり、最後の応答へと移る。俺もある意味気にしている質問。ビデオが再生され、二人の答えが届いてきた。

 

『才能でしょ。結局バスケなんて才能があるやつが勝つ。それだけだよ』

『……拮抗した勝負。それができるライバル。ま、できればの話だがな』

 

 中学時代にも感じていた、二人の考え。おそらく二人の考えの根本だろう。

 だからこそ二人は今のバスケットに対する姿勢を持っている。逆に言えばこの姿勢を何とかしなければ、二人とは分かり合えない。

 

「二人とも結構シビアっスね」

「どうだい、君達の答えは?」

「俺は……目標っスかね。バスケは目標みたいに思い通りにはいかないけど、だからこそ燃えるっス!」

 

 今まで何でもこなしてきた黄瀬にとって、達成困難なことは物珍しいのだろう。これも黄瀬の考えを実によく表している。

 だとすれば、俺の答えは……

 

「――覚悟。どんな苦境に陥ろうとも、戦い続けるという意志。それがなければ勝ち続けることはできない」

 

 大仁多高校バスケ部のスローガンでもある、『百折不撓』。

 これこそが俺が考えている、バスケにもっとも必要なことだ。

 

 

――――

 

 

「今日は二人ともお疲れ様。おかげで良い記事が書けそうだよ」

「そっスか? 雑誌楽しみにしているっス」

「全国でも白熱した試合を、期待している」

「はい、ありがとうございます」

 

 全ての応答を終えて小川さんが大仁多高校を後にする。

 質問はそれほど多くはなかったが……あいつらの考えを再確認することができたと思う。

 

「じゃあ俺もそろそろ行くっスかね」

「この後はどうするんだ?」

「先輩達と合流するっス。本当は1on1とかしたいところっスけど……キャプテンに釘刺されてて……」

「お前のところのキャプテンも……笠松さんだったか? 厳しそうだな」

「そうなんスよ! バリバリの体育会系で、いっつも蹴られてるんスよ!?」

「知らねえよ」

 

 一度月バスで目にした海常の主将、笠松さん。全国でも有名な好PG。

 黄瀬を躾けるほどだからリーダーシップにも長けているのだろう。環境は良いようだし、試合で会ってみたいものだ。

 

「ま、だから今はお預けにっスね」

「ああ。俺達が全力で戦うのは――」

 

 全国の舞台でだ。

 

「絶対に負けねえっスよ」

「何度も勝てると思うなよ」

 

 黄瀬が、そしておそらく俺も好戦的な笑みを浮べている。

 制服を片手にかつぎ、黄瀬は大仁多を後にする。

 ……再会するのはもう遠くない未来だ。その時には必ず、今度こそキセキの世代の打倒を果たす。そしてもう一度――

 

 

 

 

 

 

 

――黒子のバスケ NG集――

 

「じゃあまずは俺からっスね!」

 

 やる気に満ち満ちた表情で黄瀬がウインクする。……殴りたい、この笑顔。

 

「海常高校バスケットボール部1年、黄瀬涼太っス。背番号7、ポジションSF。誰にも負けないことは、ファンの女の子の数っスかね! いやー、最近ファンクラブの会員数が増えすぎて困ってるんスよー」

「……百回死んで来い」

「酷っ!? ちょっ、あんまりっスよ白瀧っち! ……あ、噂だと白瀧っちのファンクラブもあるらしいっスよ」

「嘘!? マジで!?」

 

 ***ちなみに嘘でした。***

 その後、白瀧は黄瀬に当たっていたという。白瀧、顔はやめときなさい。鳩尾にしておきなさい。


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