黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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ツッコミが足りない……


第五十四話 意地と信念

 東雲さんに連れられ調理室に入ると、そこにはエプロン姿の橙乃の姿がいた。

 すでに料理をはじめていたようだ。鍋の中身を確認しながらさいばしで中身を混ぜている。

 

「お疲れ様」

「あ、東雲さん。白瀧君を連れてきたんですか」

「ああ。お疲れ様」

 

 東雲さんに声をかけられようやく俺達が入ってきたことに気づく橙乃。それだけ集中していたようだ。

 格好はとても似合っている。……桃井さんもそうだったが、人は見かけによらないということなのか? 勿論、悪い意味で。

 

「料理をしているみたいだけど、一体何故? 俺を呼んだ理由もわからないんですが」

 

 当然の疑問を二人に投げかける。

 部活もない平日のこの時間に二人が料理を作る理由も俺が必要な理由も見当がつかなかった。

 すると首をかしげている素振りがおかしかったのか、二人の口元がゆるんだ。

 

「今日はあくまで練習、と認識してもらえばオッケーだよ」

「練習?」

「そう。夏休みのIHが始まる前に学校に泊りがけの強化合宿があるのだけど、その時は自炊が基本なの。だからそれに向けて、ね」

「それと今日は皆も勉強頑張っているから、私達も皆の手伝いをしようと思って」

「それで夜食を作ろうって二人で話していたの」

「……ああ、それで俺も夜食作りの手伝いってことですか」

 

 ようやく合点がいった。

 たしかに通常IHに出場する高校は試合勘を衰えさせないためにも大会に出たり合宿を行ったりするのが常だ。大仁多も例外ではない。

 だからこそ二人はその時の為に練習をしていた。橙乃は料理があまり得意ではないようだし当然の行動だ。そういうことならば俺も喜んで参加しよう。

 

「ううん。白瀧君を呼んだのは別の理由よ」

「へ? 別って、じゃあ一体何のために?」

 

 だが俺の呟きは東雲さんに否定された。他に考えが思いつかず、それでは何故なのかと問い返した。

 

「私の料理を味見して、料理を教えてほしい」

「……え?」

 

 橙乃の頼みで思考は停止した。

 『味見』。本来なら喜んで引き受けそうな内容だが、なぜか冷や汗が止まらない。

 

「前から茜ちゃんに教えてはいたんだけどね。でも私だけでは厳しいから、白瀧君に手伝ってもらおうと思ったの」

 

 付け加えるような東雲さんの説明は俺の心を満たすことはなかった。

 

(というか、料理を教えてもらった状態でもなお桃井さんと同じレベルだったのか……?)

 

 そしてそれが本当だというのならば厄介だ。話を聞く限りではおそらく桃井さんと同じくらいの腕だろう。果たして本当に上達できるのかと一抹の不安が過ぎった。

 

「白瀧君は料理もできるって聞いたし、藤代監督も『それなら白瀧さんの限界に挑戦できますね』って賛成してくれたから、大丈夫だと思った」

「俺の限界? ちなみに、何の?」

 

 恐る恐る、細々と問う。まったくよいことが予想できない、果たして藤代監督は俺に何を期待したのか。

 

「白瀧君の胃袋の限界に挑戦」

「殺す気か!!」

「大丈夫だよ。藤代監督だって、『白瀧さんの無尽蔵の体力は何のためにあると思っているのですか』と太鼓判を押してくれたから」

「少なくともこのときのためではないと断言できるよ!」

 

 やはりとても恐ろしいものだった。

 しかも勘違いされがちだが、俺の体力は何も本当に無尽蔵というわけではない。

 たしかに自分の弱点を克服するために鍛錬に次ぐ鍛錬を積み重ねることでスタミナを得た。さらに古武術の動きを応用し、一連の動作の無駄を最低限までに減らすことによって運動効率を良くし、スタミナがまるで無尽蔵にあるかのようにまで発展させた。

 当然のことながらこれができるのは運動に関することにみであり、食事にまで適用できるかと問われれば――それは当然否、である。

 つまり……

 

(俺、今日死ぬかもしれない)

 

 この瞬間、俺の完全敗北が確定した。

 

「安心して。時間はある」

「どうやったら安心できるのか詳しく教えてくれないか? 問題なのは時間じゃないんだよ」

「……今夜は、寝かせないから」

「その台詞を聞いて、ここまで何も色気を感じないのは初めてだ。その台詞はできればもっとちゃんとしたシチュエーションで言って欲しかったよ」

 

 まあそんなことになったら勇作さんが黙っていないだろうけど。

 不満に思ったのか橙乃が頬を膨らませて続けた。

 

「私では、興奮しない?」

「頼むからもっと言葉を選んでくれ。こんなの勇作さんに聞かれたら絶対殺される」

 

 おそらく『イエス』と答えても『ノー』と答えても殺されることだろう。『イエス』と答えたならば「このケダモノが!」と拳が飛び、『ノー』と答えたならば「それは俺の茜が女として劣っていると、そう侮辱しているのか!?」と拳が襲うことが予測される。

 結果がどう足掻いても同じだから怖い。理不尽である。

 

「ちなみに、どれくらい練習するつもりだ? 材料はそれくらい用意した?」

「ん」

 

 話を戻し、橙乃に聞くと右手の人差し指と中指、そして薬指を上げて俺に向ける。

 

「3? つまり3品分ってことか?」

 

 まあそれなら食べきれないことはない……

 

「いや、3食分」

「やっぱり殺す気じゃないか!?」

「藤代監督いわく、――特訓、『兵糧攻め』」

「……あれ? 兵糧攻めって相手に飯を与えずに苦しめるものじゃなかったっけ? 逆じゃね?」

 

 逆なはずなのだが、ある意味本家以上の破壊力を秘めているように感じるのは何故であろうか。一日ともたずに白旗を上げる城兵達の姿が簡単に思い浮かんでしまう。

 

「白瀧君がなんでもするって言うから私頑張ったのに……」

「俺の話を聞く前にすでに作ることは決まっていたんだよね? そこを誤魔化しては駄目だぞ」

 

 困った顔をされても何度も騙される俺ではない。区切りをはっきりつけ、気をしっかり持つように務めた。さすがに二日連続で嫌な思いはしたくないんだ。

 

「まあとにかく、さっそく始めていきましょう。私たちも時間は限られているんだから!」

「そうですね。俺もわかる限りなら声を挟んでいきます」

「お願いね。茜ちゃん、下準備は出来てるかしら?」

 

 見かねた東雲さんが助け舟を出してくれた。話が脱線しかけていたからとても助かった。

 俺に一言声をかけると橙乃へ出していた指示の確認を行う。

 

「はい。もう一つ作りました」

「……え?」

「一つ?」

 

 だがやはり予想の斜め上を行くのが彼女だというのか。返答は一段階超えたものだった。

 

「え? 作ったって、まさか」

「はい。一品目です」

「あの、私下準備だけしておいてって言ったはずなんだけどな?」

「はい。だから……白瀧君の舌準備を作っておきました」

「まさかのウォーミングアップ!?」

 

 つまりこれを食べてもさらに厳しさを増した第二・第三の地獄が待っているという。

 あの、橙乃さんは一体俺をどうしたいというのでしょうか?

 

「まずはコーンスープです」

 

 呆然とする俺達を他所に橙乃が配膳を始める。

 そして俺の目の前にスープが運ばれてきた。どうやらさすがに液体ですらないというような事態は免れたようだ。だが……

 

(何ですか? この地獄沼のように赤く、グツグツとにたっているスープは?)

 

 とてもコーンスープとは似ても似つかないものだった。

 まるでマグマのようにぐつぐつと泡が沸き立ち、煮えたぎる姿が地獄への誘いのように見える。俺の知っているコーンスープとは別の何かだった。

 

「あの、東雲さん」

「…………お願い」

 

 躊躇うことわずか1秒。東雲さんは非情な決断を下した。

 願い、届かず。本当に味見した上でアドバイスをすることなどできるのだろうか。

 

「ちなみに食べる前に聞いておきたいのだけど。これ、何が入っている?」

「愛情がたっぷり入っている」

「……うん。ありがとう。本当にありがとう」

 

 確認の意を込めた質問は橙乃の穢れ泣き答えの前に散った。

 いや、聞いているのはそういうことではなくて成分のことだとか。愛情がどす黒く煮立つほどの憎しみに変わっているのだけどとか。色々ツッコミたいところは満載だけれども。そう感じるのは俺の心がにごっているからだろう。

 満面の笑みを浮かべて『愛情』と何のためらいもなく言い切る素振りからそう感じられた。こんないたいけな少女が嘘をつくはずもない。昨日の出来事もきっと何かの間違いだったのだとそう思うことにした。

 

(だけど、これは……)

 

 いざ口にしようと思うと手が途中で止まってしまう。簡単にスプーンを受け入れる液状の柔らかい感触がかえって不気味に感じられた。

 中々次の一歩を踏み出せないでいると橙乃の方から俺に提案をしてきた。

 

「食べられないなら私が食べさせてあげようか?」

「いや、さすがにそれは」

「早くしないと……白瀧君のお口がお皿の形に広がっちゃうよ?」

「皿ごと食わせる気か!? 何これバツゲーム!?」

 

 ヤバイ。目が笑っていない。昨日の東雲さんと同じ目だ。

 冗談ではない。飲まなければも俺の口は文字通り裂かれることになるだろう。

 

(しかし、これは――!)

 

 昨日の強い決意は決して嘘ではない。男としての意地もある。女性の願いは聞き入れねばという責任感ももちろんある。

 だがそれでもやはりいざ食べようと思うと……

 

「はい、あーん」

(完食できる気がしないんですけど)

 

 スープを掬い、橙乃がスプーンを俺の口へと運んでくる。

 ああ、どうやら俺は覚悟を決めなければならないらしい。

 

「あーーん!!」

 

 こうなったら逃げるのは男ではない。死を覚悟して口を大きく開き、スプーンを迎え入れた。……あれ? 『はい、あーん』ってこんな命がけのものだったっけ?

 

「…………ッ!!??」

 

 舌がスープに満たされる。

 その直後全身に電流が駆け巡り、俺の意識は途絶えた。

 

 

――――

 

 

「どう? おいしい?」

 

 目を見開き、硬直する白瀧を不審に思い、橙乃が顔を覗きこむ。

 

「固まるほどおいしかった? よかった」

「いや、絶対違う! 茜ちゃん水を持ってきて!」

 

 見当違いな喜びを抱く橙乃をよそに、東雲は冷静に白瀧の介抱をはじめた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「どうやら白瀧は料理を教えるために葵たちと合流したようだ」

 

 藤代と連絡を取り、ようやく小林は事の意図を理解した。

 

「合宿の際の食事、橙乃も作るからその前に身についてほしかったそうだ」

「……それは確かにすぐに身につけてもらわないと困りますね」

 

 そうでなければ恐ろしいことになると以前の差し入れを思い出した神崎が身を震わせた。

 

「でも要は料理できるんですかね? できないのに行っても意味ないんじゃ……」

「それなら問題ありません。夜食はもちろんケーキも手作りで作ったりしていましたから」

「何をやっているんだあいつは」

 

 中学時代を思い出し、西村が感慨深そうに呟くと二人は呆れてそれ以上は言えなかった。

 

「すげえな。バスケは勿論勉強も出来て料理も作れるって。あいつは本当に何でも出来るって感じだな」

「そうですね。白瀧さんは中学時代から何でも出来ていましたよ。……ただ、一番にはなれないだけで」

 

 そっと瞳を閉じて紡がれた言葉。それは白瀧の全てを物語っているようだった。

 

「俺としては羨ましいし頼もしい限りだ。主将としてあいつのような存在は部にとっても貴重なものだ」

「……ただ、それでも気に食わない点もあるけどな」

 

 話を聞いていたのか、松平が不機嫌そうな顔をしている。微笑を浮かべる小林とは対照的な反応であった。

 

「気に食わないって、何かありましたっけ? 要ってそんなに誰かを敵に回すようなことはしない気がしますけど」

「お前らは知らないだろうけどな。……あいつはスポーツ推薦で入学したことは知っているだろ?」

「ええ。スカウトの話を聞いて進学を決めたと」

「そういうやつらは普通より早く進路も決まっているし、大抵は入学前から練習に参加したりするんだ。去年もそういうやつはいた。

 ……だが白瀧は『春休みから参加させていただきます』と監督に言っていたのに、結局来なかったんだよ。『入学するまでは構わない』と言っているみたいで俺は嫌だったな」

 

 スポーツ推薦での入学者はすでに顧問の監督とも話がついており、入学を前に練習に参加することは決して珍しくない。部内での先輩や監督との交流、自分の立ち位置の確保などを行うために率先して参加する生徒が多い。

 白瀧も当初は参加する予定だったのだが、急遽参加を取りやめ、他の部員達と同様四月から部活を始めることとなった。

 

(そういえばあの時……)

 

 神崎は白瀧と光月と共に入部届けを出しに行った日の事を思い出した。

 たしかにあの時白瀧も小林や東雲とは初の顔合わせのような素振りだった。松平の言うとおり四月から部活を始めたのだろう。

 

「……あの、それについては言いにくいんですけど」

「うん? どうした西村?」

 

 耐えかねて西村が恐る恐る手を上げた。小林が聞き返すと意を決して秘密を打ち明ける。

 

「実は俺のせいなんです」

 

 白瀧に非はない。自分の為であったのだと。

 

「は? どういうことだ?」

「本当は俺、大仁多の入試落ちたんですよ……」

「……はあ!?」

「だってお前現にここにいるじゃねえか!」

 

 まったく話についていけず困惑するチームメイトに、西村は話し始めた。

 彼が数ヶ月前にに経験した苦い思い出と、頼もしい思い出を。

 

 

――――

 

 

 大仁多高校の試験当日。

 西村は一人、試験会場へ向けて足を運んでいた。

 まだ試験が始まってもいないのにすでに体は緊張してしまっている。

 足取りが重く、どうしても気を強くもてないでいると……校門の前で見知った人物を目にした。

 

「え、白瀧さん!? なんでここににいるんですか!?」

 

 入試において勉強を教えてもらった心強い存在である白瀧だった。

 西村が呼びかけると白瀧は目を逸らして彼の当然の疑問に答える。

 

「……ただの下見だよ。大仁多に入学することは決まったから、寮や学校の近くといった周りの環境をもう少し見たいと思っただけだ。それで今日入試日だということを思い出したから寄ってみたんだ」

 

 わかりやすい嘘だった。本当はそんなことすでに確認を済ませているはずだというのに。

 わざわざ応援に来てくれていた。その心遣いが今は非常に頼もしかった。

 

「頑張れ。ここまで努力してきたんだ。もう一度同じ学校に通おうぜ」

「……はい!」

 

 また、背中を押してもらった。勇気が体から湧いてきて「今なら受かる」と思うことができた。

 

(――大丈夫だ)

 

 白瀧にも勉強を教えてもらった。今までで一番勉強した。だから大丈夫。

 自信と落ち着きをもってテストに望む。自分のあるだけの力を振り絞り、絶対に受かるのだとテストに望んだ。

 

 そして、試験から10日程が経過した2月の一般受験合格発表日。

 

「…………」

 

 言葉が、出てこなかった。

 目当ての番号が、自分の番号が見つからない。

 まさかこんな時に見落とすなんてらしくない。そう思って何度も何度も確認した。

 それでも西村は自分の受験番号を見つけることはできなかった。最初から載っていなかったのだから。

 

「……西村」

「ははっ。結局駄目なのか。……すみません。全て、無駄になっちゃいましたね」

 

 声が震え、白瀧を直視することができず、視線を真下に落とす。

 ――不合格。もう同じ場所で戦うことはできないのだという事実が、彼の胸を締めつけた。

 

「ちょっと、歩こう」

 

 手をひかれて西村はその場から離れていく。

 背中越しに聞こえる合格者の歓喜の声はただ耳を通り抜けて消えていく。何も考えられなかった。何も考えたくなかった。それほど衝撃が大きかった。

 白瀧は公園まで歩いていくとベンチに西村を座らせ、自販機で買ったココアを手渡した。

 

「お前はよくやったよ」

「……よくやったじゃ、駄目なんですよ。それは白瀧さんだってわかっているじゃないですか!」

「いいや、お前はよくやった」

 

 震える手をギュッと握り締めて白瀧はもう一度繰り返した。

 だが震えは止まるばかりか肩にまで広がっていき、心の動揺は収まってはくれない。

 泣き叫ぶことはなかったが西村は10分ほど感情を抑えることができず、ようやく落ち着いてから白瀧は話を続けた。

 

「……これからお前はどうする?」

「ひとまず、今から受験できる東京の高校を目指します。

 元々親の反対があったのに無理やり受験した身ですから。こうなったら仕方がない」

「そうか」

 

 大仁多に代わる進路の意志を聞くと、白瀧は一言呟きスマホを取り出した。そして一件の電話番号を入力し、その相手へと電話をかける。

 

「もしもし藤代監督でしょうか? お久しぶりです、白瀧です」

 

 通話先の名前――『藤代監督』。西村も以前耳にしたことのある人物、大仁多高校の監督の名前だった。

 

「申し訳ありません。春休みに練習に参加させていただく予定だったのですが……どうしても外せない用件が出来てしまい、参加できなくなってしまいました」

「……え? ちょっと白瀧さん! その電話は何ですか!?」

「はい、はい。……ありがとうございます。それでは四月から参加させていただきます。

 本当にすみません。ご迷惑をおかけしますが、これからよろしくお願いします」

 

 西村の指摘に答える事無く、白瀧は通話を終えた。まるで何事もなかったかのようなすまし顔を浮かべている。『どうして』と問いかける前に白瀧の視線が西村を射抜いた。

 

「お前に大仁多を目指させたのは俺だ。そんな俺が失敗したお前を見捨てるなんてできるわけがないだろう」

 

 西村に大仁多を、この道を目指させてしまった自分には責任がある。だからこそ俺が助けるのだとそう語っていた。

 

「……いや、だって白瀧さんは高校でも俺とチームメイトになるかもしれないから教えてくれたんでしょう? それならもう」

「道が異なった瞬間に崩れるような関係なら最初から仲間だと考えていないさ」

 

 「それならもう助ける理由なんてない」。続く言葉を遮り、白瀧は西村に笑いかけた。

 

「いいだろう? これ以上、俺の仲間をなくさせないでくれよ?」

 

 その寂しげな表情を前に、否定することなどできなかった。

 

 

――――

 

 

 合格発表後、東京に戻った二人は再び勉強に明け暮れた。

 時には家や図書館など様々な場所で落ち合い、勉学に励む。

 そして時は流れて三月。図書館にて二人で勉強していた時のこと。

 

「――ん? あ、すみません。ちょっとメールが来ました」

 

 スマホが振動し、西村にメールの着信を伝える。

 勉強中ではあるが今は進路の話などで連絡を取り合うことは必須であるため、白瀧も止めることはしなかった。

 母親からのメールだった。タイトルはなく、添付写真と本文で構成されたメール。

 

「……え?」

 

 その内容を見て、理解した瞬間――

 

「お、おおおおおおおおお!!!!」

 

 西村は自分がいる場所のことを忘れ、叫び始めた。

 

「西村、声を出すな。ここは図書館だぞ」

「それどころじゃないですよ! 一大事です白瀧さん!」

「だから声を落とせ!」

 

 小声で注意するが興奮している西村には効果はなく、スマホの画面を突きつけて喜びを爆発させた。

 

「受かりました! 大仁多、今、通知来たって!」

「……は? 受かった? え、大仁多? どういうことだよ?」

「補欠合格だって! 俺、大仁多に行けるって!」

「…………マジかよ! やったじゃん! 西村!」

「はい! ありがとうございます!」

「よかった! これでまたチームメイトだ! よかった!」

「――お客様、お静かに!!」

 

 欠員による補欠合格。チームメイトの吉報を知り、白瀧の喜びも尋常ではなかった。喜びのあまり二人で騒ぎあい、司書に止められても熱は冷め切らなかった。

 

 

――――

 

 

「ということがありました。白瀧さんもその後で引越しの準備を始めたので、どうしても大仁多には来れなかったみたいです」

 

 一連の話を終え、西村が顔を上げる。

 すると松平がそっと目頭を押さえて軽く俯いていた。

 

「……そうだったのか。少しでも疑っていた自分が恥ずかしくなってきた」

「それで練習には出られなかったのか。ヤバイなあいつ」

 

 自分ならとてもできない、と神崎はここにはいない友に言った。

 並大抵の人間ができることではないだろう。だが白瀧はそうした。彼の尋常ではない思いの強さを少しでも感じることができた気がした。

 

「本当によかったな、西村。中学時代から恵まれた仲間に出会えて」

「ええ。本当に、助かっています」

 

 偽りのない本音だった。今も常に思っている。

 おそらくこの出会いがなかったならば、きっと今頃バスケさえ続けていなかっただろう。白瀧と出会えたことに感謝した。

 ……その白瀧の命運が風前の灯であるとも知らずに。

 

 

――――

 

 

「……ハッ!」

「あ、目が覚めた。大丈夫、白瀧君?」

「はい。……夢? 今西村に呼ばれたような……」

 

 コーンスープですでに尋常ではないダメージを受け、気を失っていた彼だが、友の呼び声を感じ取って目が覚めた。

 気のせいか、と意識を切り替えて白瀧は起き上がり状態を確認した。

 

「ひとまず、また料理を試してみたんだけど……」

「はい、できました!」

「……アドバイス、できそう?」

「ひとまず、食べては、みます」

 

 一体どこから自信が生まれたのか、橙乃が満足そうな表情を浮かべていた。

 無理はしなくてもいいと東雲は気遣うも白瀧は彼女を制して再び食事へ戻る。

 

「ところで一つ思ったことはあるんだけど、勇作さんは橙乃の料理について何か言わなかったの?」

 

 盛り付けをしている間に白瀧が問いかける。

 彼女の兄、勇作ならば彼女の料理を食べたことがあるだろうし、いくら『茜の料理はいつも上手いな』と断言する彼でも将来のために何かアドバイスをしたのではないかと。

 

「んー、『妹の作る料理に味は問題ではない』と言っていたことはあるよ」

「……そっか」

 

 まったく役に立たない。いやむしろあの男こそが全ての元凶であった。

 妹に対してはどこまでも甘い。本当にどうにかしろよとここにはいない宿敵に怨念をぶつけていく。

 

「はい、お待たせ」

 

 勇作への怒りが募る間に料理が白瀧の元へ。『待っていません』という言葉を飲み込み、白瀧は料理へと目を向けた。

 

「……カレー、だよね?」

 

 半信半疑の声。ご飯の上に適度にかけられたカレールー。しかし色とりどりに輝きを放つ光景が彼の経験とは異なるものだった。

 

「様々な味を楽しめる……五色のキセキカレー」

「うん。味はそんなに必要なかった」

(というかどの段階でそんなに味が増えてしまったの?)

 

 なお、総合的なうま味は消えてしまった模様。さすがの東雲ももはやお手上げで、白瀧に託すしかなかった。

 

「心身ともに、生まれ変わったような気分が味わえるよ」

「それ死んでいるよね!? 心はともかく体もって、少なくとも一回は死んでいるよね!?」

「ちなみに今のは体験できるという意味の味わうと食事としての味わうをかけてみた」

「わざわざ解説ありがとう!」

 

 不安を駆り立たせるような説明と解説に白瀧の心が磨り減っていく。

 

(どうせ俺がやらなければならないんだ。それなら!)

 

 だが不安におし負けずにスプーンを口元へ運んでいった。

 感触は問題ない。口の中で味わおうと咀嚼を続ける。

 

「……ッ!!?? ちょっ、なっ、ま、待って! 体が、焼け、体が、あああああああああ!!」

「え? 何これ、断末魔?」

 

 だが突如白瀧の身に異変が生じた。スプーンが零れ落ち、白瀧の手が何もない宙へと伸びる。まるで最期の時を迎えたような叫びを前に、東雲は呆然とした。

 

「はがぁっ!」

「あ、白瀧君の顔が緑色に変わった」

「ぐふぅっ!!」

「今度は紫色に染まった」

「ぐぅぉお!?」

「続いて黄色に」

「なあぁっ!!」

「次に赤色」

「ぎゃはっ!!」

「そして青色に。……あっ。倒れた」

 

 5度白瀧の顔色が変わり果て、機能を失ったように倒れこむ。

 じっと指先一つ動かさない状態がしばし続き、その後いきなり立ち上がった。

 

「ど、どうしたの白瀧君? 大丈夫?」

 

 きちんと正気を保てているのか。もはやその判別さえできずに東雲は問いかけた。

 

「ふん。この程度で音をあげるほど、柔な鍛え方はしていないのだよ。俺は常に人事を尽くしているのだから」

「いきなり独特な口調になった! しかも眼鏡をかけていないのに手で押し上げる仕草をしている!」

 

 某おは朝信者のような話し方で受け答えする。鼻の上指をクイっと押し上げる仕草はまるでそこに本当に眼鏡があるようだった。

 しかし彼は東雲のツッコミを無視すると先ほどのカレーへと再び手を伸ばし、すぐに平らげてみせた。

 

「それよりも橙ちん、次のご飯ちょーだーい」

「橙ちんって誰!? そして自らご飯を要求!? ちょっと、大丈夫なの? 辞めといたら?」

 

 突如橙乃の呼び方を代えて先ほどまで自らを苦しめたカレーのおかわりを要求する。どうやらおかわりはあったようで橙乃は何も躊躇う事無く皿を受け取った。

 だが彼の異変の異常に気づいた東雲が彼を止めようと割って入った。

 白瀧はそんな彼女の手を優しく包み込み、営業スマイルを浮かべる。

 

「なに言ってるんスか、センパイ。

 俺は女性の頼みは今まで一度たりとも断ったことがないセージツな人間ッスよ? 最後まで付き合うッス」

「清々しい笑みを浮かべているけどどこか言い方が鬱陶しい!」

 

 またしても口調が変わり、しかも今までと調子が変わらないようでいて聞こえが違う。

 思わず東雲は手を無理やり引き離し距離を取って牽制しつつ呼びかける。

 ……すると彼の気に障ったのか白瀧の雰囲気が代わり、厳しい視線で東雲を射抜いた。

 

「まったく騒がしいことこの上ないな。……頭が高い。僕に逆らうならば、葵でも泣かすぞ」

「いつの間に名前呼びに? というか泣かすって……泣かす!? え!?」

 

 まるで自分が王者であると誇示するような風格。さきほどまでの彼とはかけ離れた雰囲気に思わず東雲は飲み込まれそうになった。

 なお、後にこの話を聞いた小林に白瀧が泣かされました。ランニング42.195キロという意味で。小林さん、それランニングじゃない。フルマラソンだ。

 

「なんなんだよ。俺がこの程度の料理に負けるわけがねーだろ。……俺に勝てるのは、俺だけだ」

「いや食事は誰かとの戦いじゃないから!」

 

 いつまでも注意をしてくる東雲をうっとうしいと思った白瀧が橙乃から皿を受け取りながらそう告げた。

 孤高であるが故の憂い顔を作って髪をかき上げる。

 一体誰と競っているのか。東雲の疑問は解消されることなく再び白瀧の口の中がカレーで満たされる。

 ――そして、再び彼の身に異変が生じた。

 

「……白瀧、君?」

 

 呼びかけるが返答はない。

 突如生命力が消えうせた、いや影が、存在感が薄くなったように雰囲気が変わってしまった。何かに絶望しているようにも見える。

 心配そうに二人がじっと見つめていると、白瀧がようやく口を開いた。

 

「今日この時、僕は食事が嫌いになった」

「ついに嫌いになっちゃったー!」

 

 なるほど、食べ過ぎると幻の隠し味(シックスマン)が出現するらしい。

 

「好きで始めたはずだった食事なのに。こんな思いはもう二度としたくない。舌に染み付いて忘れることさえできないでしょう。だから……もう食事はやめます」

「やめないで! お願いだからそんな切実に生きることを諦めないで!」

 

 ついに白瀧の願い、食事だけは平穏であって欲しいという願いが脆くも崩れ去った。

 

 

――――

 

 

 勉強すると時間が経過するのは早く感じられる。時間は九時を回っていた。疲れが見え始める時間だった。

 

「……よし。全員一時休憩だ。気を張り詰めすぎても駄目だ。一度休もう」

 

 集中力も限界にならないようにと小林が休憩時間を設ける。

 それぞれシャーペンや消しゴムを手放し、体を伸ばしていく。

 

「あー疲れた。やっぱ勉強は本職じゃねえわ」

「なんとか明日乗り越えてくれればそれいいですよ」

 

 愚痴を零す余裕はあるものの、体は空腹を覚え苦しい状況であった。

 何か外で買ってこようかと何人かの部員が考えていると、東雲と橙乃が大きな皿を抱えて現れた。

 

「皆、勉強お疲れ様! 差し入れもって来たわよ!」

「お疲れ様です! よろしければどうぞ!」

「おお! 葵、橙乃。二人とも助かるよ」

 

 おにぎりをはじめ人数分の食事が載せられていた。

 さっそくおにぎりに手を伸ばし、皆が食事休憩とする。

 

「疲れた後だから本当上手く感じるな」

「これは、東雲さんが?」

 

 中澤が感慨深そうに呟くと、一つ疑問に感じた黒木が東雲に尋ねる。

 元々今日の食事は橙乃の料理を上達させるため。ではその結果はどうなったのか?

 他のメンバーも思い出し東雲に視線が集中する。

 

「ううん、これは茜ちゃんが作ったものよ」

 

 東雲の一言で部屋全体の空気が変わった。

 

「なん、だと――」

「え? まさか遅延性?」

「今までできなかったのにどうして?」

 

 あるものは驚き、あるものは不信に思い、あるものは疑問を呈する。レモン丸ごとはちみつ漬けを覚えているのだから当然の反応だ。

 

「白瀧君が言うには、茜ちゃんは料理の基本方針で変な方向で覚えてしまったせいで上手くいかなかったんだって。

 だから逆にその基本さえ叩き込めばある程度改善はできる、と」

「おかげでできるようになりました!」

「え、それで何とかなったんですか?」

「あとはひたすら練習。普通の美味しさには到達したよ」

(白瀧すげー!)

 

 そう上手くはいかないだろうと思っていただけに、まさかたった一人で解決させてしまうとは信じられなかった。

 改めて白瀧が入ってよかったと、部員全員の心が一致した。

 

「あれ? それで、その白瀧さんはどこに?」

「……」

「……」

(え? なんでそこで黙り込むの? 聞いてはいけない質問だった?)

 

 だがその話題の中心である白瀧の姿が見えず、西村が二人に質問した。だが二人は視線を合わせてはくれなかった。

 

「……白瀧君はね、犠牲になったんだよ」

「犠牲!?」

「要の身に何が!?」

「ちょっと、胃も限界だったみたい」

「白瀧さんの胃袋がリミットブレイク!?」

 

 どうやら成功には犠牲は付き物のようだ。橙乃の料理の成功と引き換えに白瀧の体が悲鳴を上げたらしい。

 自分の身を犠牲にして健闘した白瀧に部員が涙を流す。

 橙乃は彼らを不安にさせないようにと思い出したように話し始めた。

 

「大丈夫、私達が出かける前に白瀧君が目を覚まして、『俺のことは大丈夫だから、先に行っててくれ』って言っていたから」

「それを世間では死亡フラグと言う気がするんですが!?」

「ううん。『こんなところで屈したりしない。IHに出るまではな、絶対に勝つって約束しちゃったんだ』って言っていたよ」

「もうやめろ! それ以上はいけない!」

 

 まったく安心できなかった。

 

「とにかく橙乃達もご苦労だった。疲れただろう?」

 

 仕切りなおすように咳払いをし、小林は二人の労を労った。

 疲れたのはお互い様だと二人も笑って出迎えに答えた。

 

「たしかに疲れたけど、成功したから大丈夫よ」

「でも本当に大変でした。文字通り血反吐を吐くまで練習しました」

「は? 文字通りってどういうことだよ? 何で料理をしていて血反吐を吐くことになるんだって……」

「いや、私じゃなくて白瀧君が」

「そっちかよ!?」

『要――!!』

『白瀧(さん)――!!』

 

 冗談はよせと本田が笑うが、橙乃の残酷な宣告で部員の悲鳴が轟くことになった。

 やっぱり駄目かもしれない。

 だが部員達は散った白瀧の為にも必ず合格しようと一体になってより勉強に励むことができたという。

 

 ちなみに、少し時間をさかのぼって調理室。

 練習を重ねて徐々に上達していく橙乃。少し白瀧の体を休ませ、橙乃と東雲は食器を洗っていた。

 

「白瀧君って教えるのも意外と上手いんですね」

「そうね。普段は神崎君や光月君にも技術を教えているみたいだし、意外と指導者の素質もあるのかもしれないわね」

 

 ちらっと視線を休んでいる少年へ向け笑みを浮かべた。

 たしかに普段バスケでも同級生に教えている面もある。面倒見も良いようだし、たしかに教える側としても力を発揮するのだろう。

 

「茜ちゃんと白瀧君を足したら凄いことになるんじゃない?」

「え?」

「ほら、茜ちゃんは3位に入るくらい頭がよかったでしょ? その頭脳が白瀧君に加わればもっとすごいことになるんじゃないかなって」

 

 「なーんてね」と東雲は冗談交じりに笑う。

 しかし東雲の脳内では実際に足した結果が思い浮かび、その効果を感じ取っていた。

 

(私と白瀧君を足す。……今の白瀧君が頭も良くなる。凄いことになる!)

 

 それなら迷うことはないと橙乃は考えを伝えるべく白瀧の方へと歩んでいく。

 当の白瀧は体調が優れないのか、頭を抱え込んでいるところだった。

 

「白瀧君」

「うん? 橙乃か? 悪いけど今ちょっと体調悪いからそっとしておいて……」

「私と合体しよう」

 

 この後滅茶苦茶吐血した。一体なにを想像したのだろうか。

 

 

――――

 

 

 そして運命の翌日。

 午前中は追試があるものは追試を受け、追試がないものは自習となった。

 神崎をはじめバスケ部員は前日までに詰め込んだ知識を失う事無くテストに望むことができ、放課後のテスト返却に望んだ。

 神崎、光月、西村の三人が担当の先生より結果をもらって職員室を後にする。

 すると外で待っていたのか本田と鉢合わせになった。

 お互い結果が気になるのだろうが、皆笑顔を浮かべている。きっと良い結果だったのだろう。

 

「おい、お前達テストは大丈夫だったのか!?」

「お? 要じゃん」

 

 そこに白瀧も合流した。きっと結果を心配していたに違いない。走ってきて息が乱れている。

 その彼に三人は結果のプリントを見せつけた。

 ――三人、全員合格。IH出場をものにした。

 

「そうか。やったな!」

「ああ。これでIHも参加できるぜ」

「先輩たちも大丈夫だったみたいだよ」

「だから今のメンバーで挑むことができます」

「マジか。よかった、安心したぜ」

 

 先輩達も追試をクリアしたことを知り、五人は安堵の息を零した。

 これでIHは万全の体制で臨める。メンバー一人も欠けることなく追試を終わることができたのはバスケ部にとっては最高の展開であった。

 

「ところで白瀧さんの方こそ……大丈夫だったんですか?」

「は? 大丈夫って、何の話だ?」

「いや、ほら。お前俺らに勉強を一通り終えた後、東雲さんたちに連れて行かれただろ?」

「……ああ、そのことか。俺もちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 ふと西村が昨日の出来事を思い出し、白瀧に問う。

 神崎の補足を受けてようやく質問の意図を理解すると、白瀧は険しい表情を浮かべて彼らに言った。

 

「俺ってあの時なにしてたの?」

「……え?」

「いや、東雲さんと橙乃に話があるって呼び出されたところまでは覚えているんだけど。……その後何があったのか覚えていないんだよな。なぜか思い出そうとすると、記憶を蝕むように闇が。気がついたらなぜか寮の自分の部屋で横になっていたし」

《記憶飛んでんの!?》

「具体的に言うと、第五十四話の三百四十五字から先の内容と、橙乃が苦手としていたことが、まったく思い出せない。何故だ。俺は一体何をしていたというのだ」

 

 何も思い出すことができず、白瀧はその場で頭を抱え始めた。

 どうやら昨日の出来事は白瀧にとってはショックが大きすぎたようだ。思い出すことができないほどのトラウマとなり、記憶として残ることはなかった。

 

「で、でも一応体とかは大丈夫だったんですよね? 今もこうして学校に来てますし」

「ああ。それについては問題ない。懐かしい夢も見れたことだしな」

「夢? 悪夢か?」

 

 気遣う声に白瀧は感慨深そうに答える。

 まさかうなされていたのではないかという考えが本田の脳裏によぎるが、白瀧は静かに首を横に振った。

 

「実はどういうわけか俺が小さい時の記憶から辿っていくように映像が流れてな。皆とIHを決めたところで目が覚めたんだが……」

「それ夢じゃなくて走馬灯だよ!」

「は? 走馬灯?

 ……おいおい、どうしてそうなる? 橙乃と東雲さんに呼ばれて、どうして死にかけることになるんだ?」

《実際に死にかけてたから言ってんだよ! というかその二人が元凶!(主に橙乃!!)》

 

 理解できないと首を傾げる白瀧に、四人は心の中で揃って的確なツッコミを入れた。

 

「あ、白瀧君。皆!」

 

 するとまさに話の根本である橙乃が現れた。

 

「橙乃。丁度良いところに。昨日俺って何をしていたかわかるか?」

「え? まさか白瀧君、覚えてないの?」

 

 突然の発言に橙乃は眉を寄せて白瀧をじっと見つめた。

 

「酷いよ。白瀧君は慣れているかもしれないけど、私は初めてだったのに(料理が成功したのは)」

「……は?」

《うおおおい!? 何を言っているんだ!!??》

 

 寄り添い、寂しげに呟かれたその言葉は、白瀧を固まらせるには十分すぎるものだった。

 四人の心の叫びは白瀧にも橙乃にも届かない。

 白瀧が反応できずにいると、橙乃はさらに続けていく。

 

「さすがにもう(白瀧君の胃に)入らないって私が言っているのに……何度も何度も(食べ物を喉の)奥に突っ込んでいくんだから」

「いや、そんな……」

「実際白瀧君がやりすぎて気絶しちゃうまで続けたからね。それで(料理が)できたんだよ」

 

 おなかをさすりながらそう続ける。上手く行ったことが嬉しくて自分で弁当を作り、食べ過ぎて満腹のようである。

 その仕草が白瀧をさらに混乱させた。

 

(そんなはずがない。しかし記憶がないからそういいきれない。むしろそのようなことをしてしまったからこそ記憶を失ってしまったというのか?)

 

 自分がそんなことをするはずもないと思う反面、だからこそ記憶がないのではないかという考えが白瀧の考えを鈍らせる。

 

「あら? 何をしているの皆?」

「あ、東雲さん。丁度いいところに。一つ聞きたいことがあるんですけど」

 

 そこにもう一人の重要人物である東雲が現れた。

 現状を把握していない彼女に橙乃が一つ質問を投げかける。

 

「昨日白瀧君、私が止めても気絶するまで(食事を)やってましたよね?」

「え? たしかにそうだけど、それがどうしたの?」

「ッ……!!」

 

 彼女の言葉が決定打となった。

 

「白瀧さん……?」

「おい、意識をしっかり持て!」

 

 仲間達の呼びかけも脳が認識しない。

 この後東雲がようやく話を理解し、説得が行われるまで白瀧は復活しなかった。

 

 

――――

 

 

 そしてその後の部活。練習を前に藤代は選手達を一堂に集めた。

 ここまで厳しい練習を耐え抜いた強者たちに、改めて告げる。

 

「IH予選も終わり、これからはIH本戦に向けての練習となります。

 全国の強豪との戦いは予想できないもの。その為当然練習の密度はさらに上がるでしょう。

 ……すでにわかっているでしょうが、我々も全国の強豪です。勝つために全力を尽くす。

 のんびりとバスケをしたい方は抜けてもらって構いません。身も心もボロボロになろうとも進む意志を持つものだけが、戦う覚悟があるものだけがついてきてください!」

『はい!!』

 

 真に戦うことを望む者だけがついてくるようにと。

 さらなる激戦に向け、練習もより濃く厳しくなっていく。

 だが選手たちも気迫を込めた声で監督の意志に答えた。

 ……迫る決戦に向け、さらなる強さを求めて彼らは走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 

(しかし、これは――!)

 

 昨日の強い決意は決して嘘ではない。男としての意地もある。女性の願いは聞き入れねばという責任感ももちろんある。

 だがそれでもやはりいざ食べようと思うと……

 

「はい、あーん」

(完食できる気がしないんですけど)

 

 スープを掬い、橙乃がスプーンを俺の口へと運んでくる。

 ああ、どうやら俺は覚悟を決めなければならないらしい。

 

「あーー」

「させっかああああ!!」

「……あ?」

「あ、お兄ちゃん」

 

 口の中にスプーンが入ろうとしたその瞬間、なぜかついこの間戦ったばかりの勇作さんが叫びを上げて侵入してきた。

 

「貴様! 俺がいないことを良いことに何を羨まし、じゃない酷いことを茜に強要している!?」

「いや確かに酷いことだけど強要されているのはむしろ俺、というより何故勇作さんがここに? 不法侵入ですか?」

「話の論点を逸らすな! 妹のピンチならば兄が駆けつけぬわけがあるまい!」

「むしろピンチなのは俺なんですが」

「とぼけるな! 夕食を茜に食べさせてもらうおうとしていて何を……」

「これ、作ったのあなたの妹なんですが」

「…………え?」

 

 勇作さんは視線を橙乃へ向ける。「本当なのか」という問いに橙乃は大きく頷いた。

 

「料理を上手くしておきたいから教えてもらおうと」

「そうか。そうだな茜にはそういうのはまだ早い。邪魔したな、それじゃあ俺はこれで……」

「せっかくだからお兄ちゃんも食べていってよ」

「え?」

 

 安心した勇作さんは一目散に去ろうとするが、橙乃に呼び止められてしまった以上、撤退は拒めなかった。

 翌日、大仁多のエースと盟和のエースが揃って倒れているところを発見されたという。「妹の料理には勝てなかったよ」と呟いていたらしい。


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