黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四十九話 一歩前に進んで

(――ヤバイ。滅茶苦茶恥ずかしい)

 

 自分の予想以上に声を出してしまい、恥ずかしさの あまり顔を真っ赤にする荻野。

 今すぐにでもここから逃げ出したいという思いを『これも全部光月のせいだ』と責任転嫁することで押し留め、対象である彼をにらみつけた。

 本当なら試合を見るだけで声をかけるつもりはなかった。しかし彼の姿を見ていて叫ばずにはいられなかった。

 

(お前が大仁多に入ったのは変わる為なんだろ! このままじゃあの時と同じじゃねえか!)

 

 かつての、中学時代に光月と共に試合をした日の記憶が思い出される。その姿はまさに今日の姿と一致していた。

 その過去を変えたいという思いから光月は大仁多という強豪に進学した。事実、荻野と対戦した日は成長していたように見えた。

 ならばこそここで過去に逆戻りしてもらっては困る。ようやく旧友が変わることができたというのに、こんなところで立ち止まってしまっては意味がないのだから。

 荻野は意を決して再び感情を声に込めて爆発させた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 手すりに身を預けて放たれた荻野の声はしっかりと大仁多のベンチまで届いていた。

 

「情けねえプレーをすんじゃねえよ! 俺が負けたのは昔のお前じゃねえんだよ!」

 

 『昔のお前』。荻野が言っているのはおそらくは中学時代の明のことだろう。

 俺は中学時代のこいつの姿を実際見たわけではないから確信はない。だが以前話を聞いた内容から察するに、今日の明のプレイは中学時代の姿を彷彿させるものだった。

 だから荻野はここまで明に対して怒っている。自分が負けた相手の情けない姿は見たくない、というころだろうか。

 

「ったく。本当にお前には腹が立つぜ。図体はデカイくせにへたれで根性無しで。

 ようやく一歩進んだかと思えば、また二歩下がるような馬鹿らしいことをしやがる」

 

 でもな、と荻野は言葉を区切った。腕が震えているように見えるのは距離が遠いからというわけではないはずだ。

 

「それでもお前は進んでみせたじゃねえか。たとえ下がったとしても、普通なら躊躇うような険しい道を、進んでいった!

 だから! もうお前は、お前の努力は報われていいころだ! 信じろ! お前がここまで越えてきた全ての時間を!」

 

 その言葉を最後に荻野は黙り込み、席に戻った。

 どうやら苛立ちが募ったというだけではなかったようだな。むしろその逆だ。

 明のことを心配したからこそ、荻野はこうして恥を承知で激励しようと思った。

 

「……荻野」

 

 おかげで明の様子が少し変わった。憑き物が落ちたかのような表情を浮かべている。

 きっと中学時代を共に過ごした荻野の言葉だから意味があったのだと思う。それならば――

 

「よかったな。ああいう友達がいるってのは」

「……うん。少しだけど、身が軽くなった感じがするよ」

「そうか。じゃあ俺からも少しいいか?」

 

 俺も少しでもこいつが力が出るように言葉をかけるとしよう。

 

 

――――

 

 

『これより、第4Qを開始します!』

 

 最後のインターバルが終了。そして最後の10分間の開始が宣言される。

 

「いいか! 第4Qもまず間違いなく点の取り合いになる!

 退いたら負けだ。最後まで強気で行け! 絶対に走り負けるな!」

『――おう!』

 

 岡田が選手達を鼓舞して送り出す。

 この第4Q、特に大きな指示を出すことは出来ていない。元々逃げ切りを考えていた盟和にとって同点という状況はかなり厳しいものであった。

 だが、それがわかっているからこそ今は守りに入ったら負ける。一度波に乗った大仁多を止める術はない。ならば最後まで攻め続けるしか手はないのだ。

 

「泣いても笑ってもこの10分が全てだ。――勝とうぜ」

「はい。まだこんなところでは終われない!」

 

 細谷の言葉を引き継ぎ、金澤は決意を新たにしてコートへ向かっていく。

 

「俺も全力で点を取りに行く。だがお前らもフォロー頼むぜ」

「別にいいですよ。元々あんたのことを信じ切っているわけじゃないし」

「こうなったらもうどんな形でも良い! 点を取ることさえできれば!」

 

 エースである勇作は勿論、古谷も神戸も点を取ることに飢えている。

 盟和の屈強なフロントラインは未だ健在。その自信もあって戦意はどんどん増していく。

 

「さあ、最後の戦いです。

 今さら私から皆さんに言うことはありません。それだけの練習をしてきたはずです。

 ――インターハイの切符はすぐそこです! 皆さん、全力で勝ちに行きましょう!」

『おう!!』

 

 大仁多も藤代が渇を入れ、選手達を見送った。

 同点と言う現状の中でも藤代に焦りはない。何度も激戦を潜り抜けてきた猛者達に敗北の予感はなかった。

 あるのは目の前の勝利への渇望のみ。

 

「もう一度行くぞ! このメンバーで、インターハイへ!」

「ああ。さすがに最後の最後でインターハイを経験できないのは悔しすぎるからな」

 

 去年の県大会優勝を知る小林と山本。二人は今一度思いを確かめ合った。

 彼らにとって最後のインターハイへのチャンス。それを見逃すわけにはいかない。

 選手としても、大仁多の代表としても。

 

「……心配するな。一人で戦っているわけじゃない。辛くなったら周りを見ろ」

「はい。もう、大丈夫です!」

 

 黒木の声に光月は力強く頷いた。彼の瞳に強い意志を感じた黒木は「そうか」と息を一つ零す。

 決して不安が消えきったわけではない。だがしっかりと自分の意志で前を見ていた。

 

「――優勝の瞬間を見ているのはもう嫌だからな。ここで決めさせてもらう!」

 

 誰よりも自チームの優勝を経験しているはずの白瀧。だが誰よりもその瞬間を選手として味わいたいと願っているのも彼だった。

 瞳を閉じ、脳裏に中学時代のチームメイト達の姿を思い浮かべる。遥か高みにいる彼らの姿。しかし白瀧とてもう見上げているだけではない。

 

(俺もすぐに行くよ。お前達のところまで!)

 

 様々な思いが交差し、最後の戦いが始まった。

 (大仁多)71対71(盟和)。

 

「行くぞ!」

 

 盟和ボールから試合再開。金澤がボールを入れて細谷がすぐ様敵陣へ切り込んでいく。

 

「やはりか。だがそう上手くはいかないぞ!」

「ッ!?」

 

 まず最初の手として相手のガード陣を崩そうとの考えだった。

 しかしその前に最大の障害が立ちはだかる。

 

「小林――!」

「全国に忘れ物をしてきてしまったんでな。ここで足踏みをしているわけにはいかないんだ!」

 

 勝負所を思わせる徹底したディフェンスであった。ドライブはおろかディナイも徹底しておりインサイドへのパスさえ困難。

 

「細谷さん!」

「――チッ!」

 

 仕方なく細谷は金澤へパスをさばく。

 

「ぐっ!」

「残念。お前の動きじゃ抜けねえよ!」

 

 だが金澤も山本のマークに捕まってしまう。

 第4Q、さらに厳しくなった大仁多ディフェンスは二人の自由を次々と奪っていく。

 

(ちっ! だったら――!)

(ここだ!)

「戻せ金澤!」

 

 細谷は古谷にアイコンタクトを入れて金澤に指示を出す。

 再び細谷へボールが戻ると同時にカットイン。小林も先読みで動くが古谷が彼の動きを封じる。

 

「スクリーンか! 白瀧!」

 

 すぐに大仁多もスイッチ。だが細谷もシュートまでの流れが早い。

 小林を横からかわすとすぐにシュートモーションに入った。

 

「遅い!」

「――のはどっちですかね」

 

 成功を確信したミドルシュート。そのボールに白瀧の指が触れる。

 古谷によって彼の進路も封じられていたはずだが、現に細谷のシュートを止めることに成功した。

 

「くそ!」

(このタイミングでも駄目なのか――!)

「リバウンド! 黒木さん!」

「おう!」

 

 結果、リバウンドも黒木に奪われ、盟和は最初のオフェンスを失敗してしまう。

 攻守が入れ替わり大仁多ボール。山本がボールを拾い、途中まで運ぶと小林へパスをさばく。

 盟和のディフェンスは大仁多と同じくマンツーマンに戻っている。マッチアップの相手は変わらない。

 

(本当はまた白瀧で幸先よく決めたいところだが――)

「……仕方がない。声援に応えてやれ」

 

 数秒の思考の後、小林はミドルの光月へパスをさばく。ゴールと正対した形でボールを手にした。

 

(懲りずにまた来たのか。だが止めてやる!)

 

 勇作が腰を落として光月を待ち構える。

 相手のエースから滲み出る気迫は相当のもの。一瞬光月に怯みが見え隠れしたが、タイムアウト時に白瀧と話したことを思い浮かべ、平常心を保った。

 

『お前気負いすぎたよ。肩に力が入りすぎだ。ゴールを狙うあまり意識が散漫になってしまっている』

『……それは僕でもわかってる。でも僕が決めないと!』

『そこがお前の間違いだよ』

『え?』

 

 どこが間違っているというのか。そう考えるのは当然のことであるはずなのに。

 真意が読めず硬直する光月に白瀧は続けて言った。

 

『『決めなければいけない』だなんてお前が思うのはまだ早い。

 それはエースの(俺の)役割だ。お前がそこまで気負う必要はないんだよ。

 そうじゃなくて『決めたい』、『決まればいいな』と。義務じゃなくて希望として挑め。その方がお前は割り切れるはずだ』

『……そんなものかな?』

『ああ。たしかにシュート成功率が高いゴールに近いエリアは責任を感じるだろうけど。

 可能性が高いから決めなきゃいけないんじゃない。可能性が高いから決まって欲しいと思え。

 たとえ入らなくてもシュートが上手くいけば、リバウンドだって取りやすいんだ。しっかりと腕を振り切れ』

 

 そのおかげか、光月の心が徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

(ッ!? こいつ、さっきまでと感じが違う!)

 

 表情から緊張が解けたのを見て、勇作も異変を感じ取った。

 そして光月が強引に切り込みゴールに接近していく。勇作を完全に振り切ることができない中、光月はジャンプシュートを放った。

 

「ちっ! リバウンド! 神戸、古谷!」

 

 プレッシャーをかけるに留まり、勇作はゴール下二人の名前を呼ぶ。

 入るわけがない。ここまで不調だった人間がプレッシャーを受けた中で決めるなど。

 その勇作の確信どおり、ボールはリングを跳ねて――数回繰り返した後、リングに吸い込まれていった。

 

「なっ、マジかよ!?」

 

 勇作が驚愕する中、スコアが動き観客が沸きあがった。

 

「き、決まった――! 光月、この試合初得点!」

「そしてそして! ついに大仁多が逆転した!」

 

 (大仁多)73対71(盟和)。序盤から続いていた盟和のリード。それが完全に消えうせた瞬間だった。

 

「…………入った」

「よっしゃあ、ナイッシュ!」

「見事に良いところ持っていきやがって」

「痛い!」

 

 自身の得点に呆然とする光月達を山本達がねぎらった。

 第4Q、大仁多の最初の得点は光月。それも逆転するという景気の良い形であった。

 

「……ようやく本来の形を取り戻してくれそうですね」

「シュートを成功させることの意識を減らすことで、結果的に力みがなくなって精神的にも余裕ができたということですか?」

「そのようですね。かえって逆効果になってしまうと困ったところですが。……万事OKです」

 

 東雲の問いに藤代は笑顔で答えた。

 ――これでようやく大仁多は本当の形になると。心中で喜びを爆発させていた。

 

(油断もあったが、まさか決められるとはな。俺の失敗だ)

「細谷、ボールよこせ」

「え、大丈夫そうか?」

「決めてやるさ」

 

 決まるわけがない。そう一瞬でも慢心した自分が恥ずかしい。

 己の失敗を恥じ、これは結果で報いようと勇作は細谷に声をかけた。

 もしも光月が復活したならば厄介だが――やるしかない。

 盟和のオフェンス。細谷は一度ゴール下の神戸に入れて慎重にボールを回していく。

 もはや一度の失敗も許されない。細谷は時間の限界までパスを回し、ついに勇作の下にボールがわたる。

 

「さっきはよくもやってくれたな。お返しだ!」

「いいえ! 僕もこれ以上やられるわけにはいきません!」

 

 インサイドでポストアップする勇作と光月、二人の競り合い。

 真正面からの力のぶつかり合い。お互いパワーには自身のある選手だが、勇作は光月を押し切ることができない。むしろ押し返されている。

 

(こいつ! 第3Qでも感じていたが――マジでびくともしない! けど!)

 

 だが勇作の本領はこれだけではない。敏捷性、そしてシュートレンジの広さがある。

 ポストアップを囮に右側にロールターン。これでリングと正対してシュートを狙う。

 が、これに光月も見事に対応した。

 

(まだ、追いつくのか! けどまだだぜ!)

 

 すると勇作はシュートフェイクの後、光月の左脇に潜り込む。

 相手の不意をつき、死角をついた動き。今度こそ本当にシュートを撃とうとするが、これも光月に抑えこまれてしまった。

 

「なっ!?」

「これも見切ったというのか――!」

「……キャプテン!」

「ッ!」

 

 思わぬディフェンスの上手さに勇作をはじめとした盟和の選手達が硬直する。

 その中、金澤が左0度の位置に走りこみ勇作を呼んだ。

 フリーの位置を読みきり、パスコースを作り出す。金澤は長所を活かして動いていた。勇作も殆ど反射で声の主へとボールを送った。

 だがそのボールは山本のスティールにより奪われてしまう。

 

「ぐっ!」

「生憎だがそう簡単に仕事はさせねーよ!」

(まずい! また大仁多ボールか!)

「止めるぞ! この一本を死守するんだ!」

 

 再び盟和が攻撃失敗。慎重に攻めて確実に決めようと思ったが、目論見は外れた。

 追い打ちとなる大仁多のオフェンス。流れを掴みたい盟和にとってここは正念場だった。

 細谷が声を荒げ、全員に注意を呼びかける。その中で――山本のスリーが放たれた。

 

「やべっ! ショート!」

 

 撃った感覚でミスを感じ取った山本がゴール下のチームメイトに叫ぶ。

 彼の直感通り、シュートはリングを潜る事無くリングへ衝突。ボールの行方はリバウンドに託された。

 体を張る両チームのフロントライン。その中で徐々に、確実に光月が勇作を外へ締め出していく。

 

(こいつ! ポジションをみるみる奪っていく!)

(もらった!)

 

 結果、ポジションを奪い取った光月がリバウンドを確保した。

 ボールを手元に寄せて確実に自分のものにすると、着地してすぐゴールを見据える。

 

(まさか! そのまま撃つ気か!)

 

 その姿勢から勇作は光月のシュートを感じ取った。彼の予想通り光月は跳躍して両腕を振りかぶる。

 

「くっ――そおおおおおお!!」

「ぁっ!?」

 

 もはや普通にとめることはできない。そう勇作は察するもフィールドゴールを許すわけにはいかなかった。そのため対策通りフリースローを与える事を覚悟して跳躍した。

 勇作のファウル覚悟のブロックが炸裂。シュートに対しての強引な接触に審判が笛を鳴らす。

 突然の出来事で光月も一瞬思考が停止してしまうが、だが先ほどまでのように混乱することはなかった。

 

『それでも相手が無理やりとめに来て、怖いと思ったなら。

 どうしても体の震えが止まらないなら。荻野と戦った時の感覚を思い出せ』

 

 なぜならこの状況は、まさに白瀧が想定していたケースだった。

 ブロックする勇作の姿が荻野の姿と重なる。それを見て、光月の腕に力がこもった。

 

『あの時のお前は――迷いなんて抱いていなかったはずだ』

「あ――ああああああああ!」

 

 力強い叫びと共に、光月の両腕がリングに向けて振り下ろされる。

 勇作のブロックなどなかったかのように、ボールをリングに叩きつけた。

 

「なっ――!?」

「……嘘だろ?」

 

 着地に失敗し、尻餅をつく勇作をはじめ、盟和の選手達は動揺を隠すことができなかった。

 圧倒的なパワーを見せ付けたダンクシュート。それに呆然とする彼らに向け、無情にも審判の笛が鳴り響く。

 

『ディフェンスファウル! プッシング! 黒、4番(勇作)! バスケットカウント、ワンスロー!』

 

 得点が認められた上に、さらに勇作のファウルによるフリースロー一本が宣告される。 

 

「……ほら、やればできるじゃねーか」

 

 見違えた姿だった。荻野は安心して息を零した。

 

「うわああ! バスカンだ!」

「ダンク決まった上に、さらにフリースロー! これは痛い!」

 

 (大仁多)75対71(盟和)。光月が完全に自身のプレイを取り戻し、勇作を越えてみせた。

 

(うーむ。なんとも強引な)

 

 チームメイトが力強いプレイを決める中、白瀧は冷や汗を浮かべていた。

 それもそのはず。前半戦、自分が一方的にパワー負けしていた勇作を相手に完全に押し勝ってしまったのだから。

 

(きっと、俺には一生かけてもできないことなんだろうな)

 

 白瀧は羨望にも似た複雑な感情を抱いて光月を見た。

 

「要。大丈夫だよ」

「うん?」

「もう大丈夫だ。……もう逆戻りはしないから」

 

 するとその視線を光月は違う意味で、心配しているとでも捉えたのだろうか。

 彼を安心させるように闘志を込めて口にした。言葉にも震えは感じられず頼もしささえ受け取れた。

 

「……そっか。じゃ、ここから名誉挽回頼むぜ」

 

 審判の元へ歩いていく彼の背中に、白瀧はそう言葉をかけてプレイに戻っていく。

 ボールを受け取る光月。完全に雑念は消えている。荻野との思い出を脳裏に焼きつけ、再現した今、迷いはなかった。

 膝を曲げ、しっかりと腕を振り切る。綺麗な放物線を描いた1投は、綺麗にリングに弾かれた。

 

「あ」

「汚名挽回してどうすんだー!!」

 

 「さっきまでの流れはどこに消えた!」「確かに希望で撃てとは言ったが外していいとも言ってねえ!」と白瀧は心の中でさらに突っ込みを入れる。

 だがよくよく考えてみれば光月がフリースローが苦手であることは元からである。緊張とは関係のないことであったので、ある意味仕方のないことではあった。

 

(あの馬鹿! ここは決めてさらに勢いをつけるところなのに!)

 

 しかし流れとして光月には決めて欲しいところであったことに変わりはない。

 もうこうなっては仕方がないと割り切り、黒木と白瀧はスクリーンアウトに徹する。

 もっとも黒木は勇作と神戸の二人を相手にしている為、ポジションを取ることができない。

 その為リバウンドは白瀧に託された。

 

「何度も何度もやられてたまるか!」

 

 古谷が白瀧のスイムを読みきり、体を寄せる。

 

(来た!)

 

 その瞬間、白瀧は古谷を軸に逆方向へ回転し、ポジションを奪い取った。

 

「なっ!?」

(タップか!)

「よし! 運も来てる!」

 

 奪い返されないようにと必死に体を寄せながらしっかりとボールの位置を見た。

 大仁多にとっては幸運にも白瀧達の方へとボールが流れてきた。

 最高到達点では相手の方が上。ならば先に跳ばなければならない。ボールが落ちてくるタイミングを見計らい、白瀧が逸早く跳躍した。

 

「もらっ……」

「あっ!」

「た?」

「あっ」

 

 両腕をボールへ伸ばし、掴むその寸前。

 白瀧は背後より忍び寄る影に気づいた。そして何か不注意を感じ取ったような呟きが聞こえた。

 死角である為に白瀧にはわからなかったが、古谷は、他の選手達は理解して事の行く末を察した。

 そして――光月が再びボールをリングに叩き込む。不運にも白瀧を吹き飛ばす形で。

 (大仁多)77対71(盟和)。光月のアリウープ炸裂。

 

「……あきらぁ!」

「ご、ごめん。邪魔だったからつい」

「邪魔!?」

「お、落ち着け白瀧!」

 

 味方に吹き飛ばされるという初めての出来事に加え、邪魔と断言されて白瀧は試合中にも関わらず声を荒げた。小林や黒木に諭されるまで怒りは収まらなかった。

 

『盟和高校、タイムアウトです!』

 

 すると岡田は迷う事無くタイムアウトを取った。

 盟和は後半戦に入って二つ目のタイムアウトである。第4Qが始まって時間はそれほど経っていないが、これ以上はまずいと判断してのことだった。

 

「盟和の監督、迷う事無くタイムアウトを選びましたね」

「当たり前だ。攻撃を2回も失敗してしまったというのに、対する大仁多は3連続で得点に成功している。

 それもここまで不調だった光月が決めたというのが大きい。今、流れは完全に大仁多だ」

 

 早々のタイムアウトに首を傾げる高尾だが、大坪は当たり前だと断定した。

 接戦となっているものの、一度流れが傾くと一気に大差が開くことは珍しいことではない。

 だからこそその前に流れを切る必要がある。きっと秀徳でもそうしたことだろう。

 

「加えて光月はエースである勇作を越え、さらに白瀧を吹き飛ばすことでパワーを見せ付けた。

 これは盟和にとっては大きなプレッシャーとなる」

「……いや、白瀧を吹き飛ばしたのは偶然じゃあ?」

「まあこう言っては何だが。あの男は不運に愛されたような男なのだよ」

「真ちゃん、それ間違ってもあいつの目の前で言うなよ? トドメになるからな」

 

 緑間の呟きに高尾がフォローを入れるものの、『たしかに』とどこかで納得している自分に高尾は気づいた。

 

 

――――

 

 

 第4Qの光月の復調。この展開は大仁多にとっては非常に大きなものであった。

 現に盟和のタイムアウトの後も、流れを手放す事無く大仁多が盟和を圧倒していく。

 

「ちっ、リバウンド!」

 

 細谷のミドルシュートがはずれ、ゴール下での競り合いが激化する。

 黒木と神戸、光月と勇作、白瀧と古谷が体を寄せ合い、相手をゴール下から引き離そうと力を込める。

 

「うおおお!」

 

 そんな中で光月がディフェンスリバウンドを制した。地上戦で勇作を追いやった彼は確実に小林へとパスをさばく。

 

「くっ!」

(やばい! もう得意のリバウンドさえ取れなくなってきた!)

(光月が復活したことで、勇作でさえリバウンドが取れなくなるなんて……)

 

 盟和にとってリバウンドは生命線のようなものであった。第3Qまでリバウンドを確保していたからこそ優位に立つことができた。

 しかしここにきて経験豊富な黒木、無類の力を持つ光月、技術で相手をかわす白瀧。大仁多のフロントラインによってすっかりリバウンドを奪われてしまっている。

 

「……やはり光月の復活は大きい。攻守にわたって重要なリバウンド。これを取れることでチームも安定感を増すし、シュートの成功率も格段とよくなる」

 

 大坪は冷静に光月の奮闘を観察していた。

 迷いのなくなった彼の動きは練習試合の時と同等、あるいはそれ以上だった。

 彼のおかげで大仁多もリバウンドを取れるようになり試合を優勢のまま進めている。

 

「さあ、どうした? 先ほどまでの勢いは!?」

 

 もはや体力も底を尽こうとする中、大仁多の攻撃は勢いを増していく。

 小林のクロスオーバー。瞬く間に細谷をかわし敵陣を切り裂く。たまらず神戸がヘルプに出るがその直後、小林のビハインドパス。右45度の白瀧へ。

 

「ナイスパス!」

「調子に乗るな!」

 

 古谷もマークにつくが光月のスクリーンに掴まり、白瀧のぺネトレイトを許してしまう。

 

(くそっ! くそっ!)

「行かせるかぁ、白瀧!!」

 

 歯軋りする古谷。吼える勇作。

 試合を諦めていない、勝利を目指している二人の姿勢。

 だが――

 

「無理です。通らせてもらいます!」

 

 それでも白瀧のジノビリステップをとめることは出来ない。

 勇作をかわし、誰にもブロックされることなくレイアップシュートを沈める。

 

「なっ――!」

「来た! ナイッシュ白瀧!」

 

 小林がミドルに侵入して敵のマークを崩し、さらに光月との連携で白瀧がシュートを決めた。

 この攻撃を止める術は、盟和にはなかった。

 

「しかもこれで! ついに!」

「第4Qラスト三分、大仁多がついに盟和を15点差まで突き放した!」

 

 (大仁多)97対82(盟和)。試合終了の時が近づく中、盟和に重過ぎる点差がのしかかる。

 

「……試合、決まりましたね」

「ああ。もうここまでくればもはや試合の優位は覆らない」

 

 試合の流れを感じ取り高尾は呟いた。その言葉に大坪は大きく頷き、彼の意見に追従する。

 

「栃木代表としてIHに出場するのは、この試合の勝者は――大仁多だ!」

 

 決勝戦の勝敗は決したと。大仁多の勝ちだと大坪は断じた。

 

「大仁多の勝ち……?」

 

 ベンチのチームメイトの中には天を見上げる者が現れ始め、自身も息が途切れ途切れの中。勇作は信じられないと口にする。

 その場に立ち尽くし、目の前に迫りつつある現実を必死に否定した。

 

「は? なに、それ? ふざけんなよ。だってまだ俺達はIHに……」

 

 そこから先の言葉を繋げることはできなかった。

 

(また、大仁多に負ける? 俺達のIHへの道が、途絶える? 最後の夏が、挑戦が、今までの全てが――終わる?)

 

 まるで走馬灯のように、勇作の脳裏にこれまでの思い出が瞬時に駆け抜けては闇に消えていく。

 

「ふざけんな、ふざけんな!」

「おい、勇作?」

 

 ――そんなことを認められるわけがない。そんなことはあってはならない。

 チームメイトの呼びかけさえ耳に入らなかった。この現実を拒絶することに一心不乱になっていた。

 

「ふざけんなああああああ!!」

 

 勇作の咆哮がコートに響きわたる。

 その強い叫びは盟和がまだ死んでいないということを意味していた。

 

「まだ、試合の行方はわかりません。……彼らの目は死んでいない」

 

 同僚が試合を決したと判断する中、緑間は一人その言葉を否定する。

 勇作は勿論のこと、まだ盟和の五人の選手は勝負を捨ててはいなかった。

 

「全員、今一度気を引き締めろ!」

「勝負が決まるのは――最後のブザーが鳴り響いたその瞬間だ!」

 

 小林と白瀧も相手の姿からそれを察し、チームメイトに呼びかける。

 あと三分。まだ何が起こるかわからないと。

 

「お兄ちゃん……」

 

 コートに緊張の色が伝わる中で橙乃は一人、心配そうに兄を案じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集シャララ――

 

 

「ふざけんな、ふざけんな!」

「おい、勇作?」

 

 ――そんなことを認められるわけがない。そんなことはあってはならない。

 チームメイトの呼びかけさえ耳に入らなかった。この現実を拒絶することに一心不乱になっていた。

 

「ふざけんなああああああ!!」

 

 勇作の咆哮がコートに響きわたる。

 その強い叫びは盟和がまだ死んでいないということを意味していた。

 

「まだ、試合の行方はわかりません。……彼らの目は死んでいない」

 

 同僚が試合を決したと判断する中、緑間は一人その言葉を否定する。

 勇作は勿論のこと、まだ盟和の五人の選手は勝負を捨ててはいなかった。

 

「全員、今一度気を引き締めろ!」

「勝負が決まるのは――最後のブザーが鳴り響いたその瞬間だ!」

 

 小林と白瀧も相手の姿からそれを察し、チームメイトに呼びかける。

 あと三分。まだ何が起こるかわからないと。

 

「お兄ちゃん……」

「おう、何か呼んだか茜?」

(元に戻った――!?)

 

 妹のかすかな声に反応し、普段の姿に戻る勇作。

 

「……なんかこの試合勝てる気がしてきました」

「ああ、楽勝だな」

(白瀧と小林も前言撤回してる!!)

 

 いっそのこと橙乃を勇作のマークにつければいいんじゃないかな?

 

「我々の業界ではご褒美です!」

 

 地の文に突っ込むな。というかお前はそれでいいのか。

 

「茜と戯れるならなんでも!」

 

 そうですか。


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