黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四十二話 背中を追って 背中を押されて

「中澤さんに代わってあなたにコートに入ってもらいます」

 

 タイムアウトによる作戦の指示。大きな指示があったのは当然のことながら大仁多高校の方であった。

 藤代は一人の選手に戦況を変えることを期待し、彼に盟和高校のディフェンス攻略を託した。

 臙脂のユニフォームには大きく『14』と縁取られている。そう。彼は一年生ながら小林と中澤に次ぎ、三人目の司令塔(ポイントガード)として大仁多の一軍の座を獲得した選手。

 

「頼みますよ、西村さん」

「はい!」

 

 ――西村大智である。突破口を切り開くために、西村がコートへの一歩を踏み出した。

 その場で深呼吸をして緊張を振り払い、倒さなければならない敵の姿・盟和の選手達を見据える。

 

「……おい、西村!」

「え? あ、はい。何ですか白瀧さん」

 

 突如ベンチより白瀧に呼ばれ、西村は振り返り彼の元へ歩んでいく。

 西村が目の前まで近寄ると白瀧は彼の両肩へと手をあて、無理やり体を反転。再びコートの方へと向けた。

 

「……あの、一体何でしょうか?」

 

 行動の真意を理解できず、西村は首を傾げる。だが次に耳に届いた言葉で彼は理解した。

 

「――頑張れ」

「ッ!」

「悪いが今は共には戦えない。だから――頑張れ。戦って来い」

 

 『頑張れ』と。その一言を自分に伝えたかったのだと。

 

「……はい! 行ってきます!」

「ああ。頼んだぞ」

 

 一段と引き締まった顔で西村は今一度コートに向かっていく。

 後は言うことはないと白瀧もベンチから彼を見送る。表情を窺うことはしなかったが、白瀧にも彼の気迫は十分すぎるほど伝わった。

 

「なあ、あれでよかったのか?」

「うん? よかったって何が?」

「いや、お前が呼び止めたくらいだから何か秘策でも教えてやるかのかと思ったんだけど」

 

 隣に座る神崎が疑問を投げかける。

 白瀧は質問の意図を理解できないようだが、神崎にといっては彼の行動の意図の方が理解できなかった。

 なぜならば今白瀧はただ応援の言葉をかけたにすぎない。わざわざ呼び止めてまで言う必要があったのかと思ったのだ。

 

「もっと何か指示してやった方がよかったんじゃねえの?

 西村だってプレイの心配だってあるだろうし。お前の口からアドバイスした方が……」

「いや、その必要はない。西村には、あいつには一言かけてやれば――それで大丈夫なんだよ」

「は……?」

 

 苦戦が続く試合の中、神崎はチームメイトの心配が尽きない。

 だが白瀧にはそんな素振りは一切見られなかった。神崎の言葉を聞いてなお、白瀧は微笑を浮かべて西村の後姿を見守る。

 心配は必要ない。すでに西村は白瀧の言葉で戦意に満ち満ちていた。

 

 

 

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「あいつは――14番、ということは!」

(大仁多の五人のルーキーの中で司令塔の選手)

(たしか西村とか言ったか。10番(中澤)と交代ということは小林のポジションはそのままだろう)

(だけどどうしてこの場面で14番(西村)が出てくるんだ?)

 

 大仁多の選手交代。勇作をはじめこの交代に五人は驚愕と疑問を覚えた。

 

「……おい、14番についてのデータはあるか?」

「はい。大仁多高校の一年、西村大智。ガードの控え選手です。

 今大会ではスターター起用は一度もなく、二回戦の対沼南高校戦以降は出場記録はありません」

「やはり。ビデオでも特に彼の活躍は見られなかった。

 ……だが、準決勝の13番(神崎)の例もあるからな。決して侮れない」

 

 それはベンチでも同じであった。

 岡田がマネージャーの情報を受け、さらに疑問に感じる。

 未だに盟和のディフェンスシステムは崩れていない。それなのに交代で入ってきたのは無名の選手。この大会でも活躍したわけでもない。何故と感じるのは当然であろう。

 だが準決勝・大仁多対聖クスノキ戦における神崎のような例外もある。決して侮るわけにはいかない。

 

「――細谷! 金澤! ディフェンス、厳しく当たれよ!」

 

 ゾーン前列二人に呼びかける。たとえ一年生であろうとも全力で倒すようにと。

 試合が再開する。山本がスローイン。交代して入った西村がボールを受け、運んでいく。

 

「お前ら! きっちり止めていくぞ!」

「来た! 盟和のディフェンス、マッチアップ2-3ゾーン!」

 

 ハーフコートへ移行し、盟和のディフェンスは再びマッチアップ2-3ゾーン。

 西村はトップから様子を見る。しかしディナイは厳しく、パスコースが完全に消えていた。

 

「……」

「おおっと! 行かせない!」

 

 勢いをつけドリブル突破を図るが、今度は細谷と金澤のダブルチームが彼を阻む。

 

「……ふう」

 

 半歩後ろへ下がり、ドリブルを続ける。

 彼のこの後退を細谷と金澤は攻めあぐねている証拠と受け取った。

 

「悪いな。ここから先には進ませねえよ」

「お前はここで止めてやる!」

 

 笑みを深くしさらにマークを一段と厳しく、ハンズアップでパスコースも塞ぐ。

 しかしより身動きが困難になる中で西村は落ち着いていた。彼の脳裏に――彼の帝光中学時代の記憶が思い浮かんでくる。

 彼が成長する切欠となった、大切な記憶が。

 

 

――――

 

 

「――ドリブルを教えて欲しい?」

「はい! お願いします!」

 

 中学二年生の秋。白瀧が負傷から回復して練習に復帰して数日が経った日のこと。

 西村は練習後に自主練習でリハビリを続けている白瀧に声をかけ、彼にドリブルの技術を教わろうと試みた。

 

「いきなりどうしたんだ? お前も一軍に上がったばかりで不安もあるだろうが、まずはきっちり体を鍛えた方がいいぞ。一軍の練習は量も密度もとんでもないからな」

 

 突然の依頼に白瀧は焦らぬようにと彼を宥めながら話を聞くことにした。

 西村は夏の全国大会後、先輩達の引退による繰り上がりによって二軍から一軍に上がってきた選手である。

 だが、この時すでに二人は面識があった。彼らが二年に進級してすぐの二軍の練習試合、その試合に白瀧が同伴した際に二人は共に試合に出ていたのだ。

 ゆえに白瀧は彼の能力や性格のことも理解したうえでまずは土台を作るように専念するべきと薦めた。

 

「わかっています。当然筋トレも続けます。けど、それだけじゃ無理です」

「無理? それはどういうことだ?」

「それだけでは俺は、耐えられない。このままでは不安に押しつぶされそうなんです!」

「……なるほど。レギュラー達のことを言っているんだな?」

「はい。だから、俺も何か武器が欲しい。そして一番自分に向いているのは何かと考えて……」

「答えに行き着いたか。……わかった。お前の考えはよくわかった」

 

 だがそれだけでは無理だった。西村の気持ちと焦りに白瀧も共感し、基礎も怠らないだろうと判断して首を縦に振った。

 ――レギュラー、“キセキの世代”の圧倒的な力を目にし、そして彼らが姿を消したことでただでさえ彼の強いとは呼べない心は折れかけていた。

 だからこそ何か支えになる強い武器が欲しいのだと。その考えは白瀧も重々理解しているつもりだった。

 

「そういうことならば俺も手を貸そう。ただし基礎も忘れるなよ」

「はい。ありがとうございます。リハビリの間で構いませんので……」

「そのことは気にするな」

 

 白瀧が怪我明けで感覚を少しずつ取り戻そうとしていることも知っている。

 その上で無理かもしれないと考えての依頼だったが、白瀧は彼の願いを受け入れた。

 右腕のトレーニングの為にと使っていたゴムチューブを置き、ボールを持って二人はバスケットまで移動する。

 

「……最初に聞いておくが、ドリブルで相手を突破する時に最も大事なことは何だと思う?」

「それは、純粋にドリブル技術とかボールハンドリングとか、後はスピードとかじゃないですか」

「たしかにそれも当然ある。だがそれは体で身につけるものだ。じゃあ意識するべきことは?」

「意識? つまりプレイ中に考えることってことですか?」

「そうだ」

 

 これから習得するドリブルについて、白瀧が問う。

 様々な要素が必要とされるがその中でも頭の中で意識することは何かと。

 

「俺は道を見つけることだと思う」

「……道ですか?」

「ああ。技術や力というものはすぐに身につかない。だからこそ、まずはすぐに効果を実感できるようにお前には『道』を意識してもらう」

 

 白瀧の答えは道を見つけることだった。コーンをディフェンスに例え、白瀧は説明を続ける。

 

「ディフェンスは相手とゴールの間に立っているだろう? だからオフェンスは突破する為には当然回り道をしなければならない。これはマークが一人であろうとそれ以上であろうと同じことだ」

「まあそうですね」

「だからこそオフェンスが最も意識すべきはゴールへの最短の道を見つけることだと俺は考える。

 その方が決めやすいからな。それができる選手は下手にスピードが速い選手よりもディフェンスを突破しやすいだろう。そして……」

 

 最短の道。障害(ディフェンス)のないゴールへの最短の道、それこそが意識するべきことだと。

 それだけではない。一度言葉を区切り、さらに白瀧は西村に意識するべきことを伝えた。

 

「そしてここでもう一つ意識すべきことがある」

「なんですか?」

「お前はオフェンスがドリブルの際にファウルを取られるのはどういう時かわかっているか?」

「オフェンスがディフェンスに接触した時、ですよね?」

「まあ確かに認識はそれでも間違っていない。だがもっと正確に言えば『オフェンスからの接触によってディフェンスが影響を受けたとき』だ」

 

 意識し、同時に注意しなければならないこともある。

 ――オフェンスファウル。ドリブルの際に気をつけなければならないことである。

 

「だから本当はあまり衝撃がないのに、あるいはぶつかってもいないのに、ディフェンスがわざと倒れたりしてファウルを誘ったりするだろう?

 あれは審判が『ディフェンスがオフェンスの接触による影響を受けた』と判断したからだ」

「ああ、なるほど」

「まあ今はオフェンスの話だからこの話は置いておくとして。つまり逆を言えば――接触してもディフェンスが影響を受けなければファウルは取られないってことだ」

「あ!」

 

 プレイ中のファウルを取られる性質。それをディフェンスが利用してファウルを取ることがある。

 だからこそ白瀧はそれを逆に利用してオフェンスがファウルを取られないドリブルを考えていた。

 西村もその発想に驚きつつも有効性に気づいて納得している。

 

「いや、けどそんな簡単な話ですか?」

「そういうものだよ。影響と言っても明らかなものでなければ問題はない。相手が倒れるとか、相手を吹っ飛ばすとかそういうことでなければな。

 ……ここで話が戻るが、俺が言いたいのは『相手に影響を与えないゴールへの最短距離を見つけること』だ」

 

 そして結論を出した。

 それこそがこれから西村が意識することであり、身につけることであると。そう言って西村にボールを渡し、白瀧はディフェンスの構えを取る。

 

「それを無意識でもできるように体で覚えるんだ。もしもこれを意識することができるならば、お前はさらに先へ進めると思う」

 

 白瀧の目線は西村に、そして彼の未来()へと向いていた。

 こうして西村は白瀧との一対一の練習を積んでいった。そして彼は今――――。

 

 

――――

 

 

「……侮るな」

「うん?」

 

 一言西村が呟く。俯いた状態での発言であったために相対している二人には届かない。

 

『当然だが相手の重心にぶつかっていけば審判はファウルを取る。しかし肩が当たる程度ならばファウルを取られることはないだろう。

 ディフェンスと軽く接触するくらいが丁度良い。見つけろ、ゴールへの最短の道を』

 

 今一度白瀧の教えを、言葉を思い返し、西村はゴールへの道を、障害がない最も短い道を探り出す。

 ――見つけた。相手をかわしつつゴールへと繋がっていく一本の道が西村の目に映し出された。

 

「そんなものじゃないんだ!」

 

 一瞬西村の上半身が左右に揺れる。

 さらにボールを股の下を通し持ち手を変える――レッグスルー。

 動きにつられ、二人のマークマンにわずかな動きのずれが生じた。

 

(その程度のディフェンスで俺を止められるわけがないだろう! 俺にバスケを仕込んだのは、あの白瀧要だぞ!)

 

 そのわずかな隙を西村は見逃さない。

 レッグスルーからクロスオーバーのコンビネーションドリブル。ドリブルの勢いを殺す事無く、スピードに乗って突っ込んだ。

 

「なっ!?」

(こいつ、俺達の間の狭い領域を――!)

 

 ダブルチームのわずかな間を中央突破。西村の肩がわずかに細谷の体に触れるがお互いに影響は出ていない。

 西村がマークを突破する中、古谷は松平のスクリーンによって動きを止められている。

 

「ちぃっ!」

 

 やや遅れて勇作がブロックを試みるが、彼が跳んだ時には既にボールは放たれていた。西村のレイアップシュートが決まる。

 (大仁多)14対24(盟和)。大仁多の得点も久々に動きを見せた。

 

「よっしゃあ!」

 

 初得点を記録し、西村が吼えた。

 普段は大人しいためあまり見られないが、こちらの方が彼の本分なのかもしれない。

 

「……俺とのコンビネーションをはじめ、チームプレイが多いせいで勘違いするやつが多いが。

 西村は純粋なPGタイプの司令塔ではない。あいつは、スラッシャータイプのPGだ」

 

 一言にPGと言っても選手によって種類は多種にわけられる。

 小林のように何でもそつなくこなすオールラウンダータイプ。

 一般的に味方へのパスやチームプレーを重視する、中澤などが当てはまるピュアPGタイプ。

 細谷のように己も積極的にシュートも沈めていくシュータータイプ。

 そして西村はこのどれにも当てはまらない。彼は自らドライブで果敢に切り込んでいくスラッシャータイプである。

 

「あいつが見ているのは最短の道。速く、無駄のないドライブで敵に攻めかかる」

 

 白瀧さえ認める西村のドライブは、盟和のディフェンスを攻略するには十分な威力を持っていた。

 

「まだあんな選手がいたのか。細谷と金澤のわずかな隙間を突破するとはな」

「監督。今、データを見て気になることがあったのですが……」

「何だ?」

 

 一瞬で盟和ディフェンスを突破した西村のプレイに、岡田もヒヤリとした。

 そんな中、彼の隣に座るマネージャーがデータから気になる情報を目にし、報告する。

 

「白瀧ばかりに気を取られていましたが、彼も帝光中学出身のようです」

「なに――!?」

 

 西村が中学時代、全国三連覇を果たしたチームに所属していたという情報を。

 ベンチにさらなる驚愕が広がる中、プレイは再開される。

 ファーストブレイクをブロックされると、方針を変更。細谷のゲームメイクの下、盟和は小林の厳しいマークを受けている古谷を中継とし、中から外へ。

 パスを受けた細谷がスリーを放つ。背丈では西村よりも分がある。ブロックを受けず、スリーを沈めた。

 

「よっし、細谷ナイッシュ!」

 

 (大仁多)14対27(盟和)。残り40秒を切り、点差が13に。

 

「ドンマイ! 取り返そう!」

 

 おそらくこれが第一Qラストの攻撃となるだろう。

 ハーフコートは慎重にボールを運ぶが、盟和のマッチアップゾーンを見るとトップの西村が果敢に仕掛けていく。

 

(また、中央突破か!?)

 

 わずかに西村の体が沈む。

 それを見て金澤はドライブを警戒して後ろに下がり腰を落とした。

 すると西村は視線をそのままにボールを体の後ろに、ビハインドパスをさばく。

 

「あっ――!?」

(しまった! パスコースが空いちまった!)

「ナイスパス!」

 

 金澤が動いたことによりディナイも効果をなくしてしまった。

 ボールは西村から小林に渡り、小林のミドルシュートが炸裂する。

 (大仁多)16対27(盟和)。大仁多高校が最後の攻撃に成功した。

 

「……まさか、本当にこんな選手がいたのか」

 

 岡田は先ほどの自分の考えが目の前で現実となって起こったことに驚愕を隠せなかった。

 マッチアップ2-3ゾーンを攻略する突破力と、そして司令塔としての能力。その両方を持った選手が出てきたのだから。

 

「――ドッジング。進行方向とは逆の脚を踏み出す細かな方向転換。

 フェイクの一種でもありますが、西村のように小さく敏捷性のある選手がやると、どうしても動きにつられてしまう」

「小林、中澤。そして西村。この三人にさらに白瀧も加わることで多種多様なゲームの組み立てを可能としたか」

「厄介ですね。白瀧が司令塔のポジションもできるって聞いた時もやばかったっすけど、あいつも相当っすよ」

 

 観客席でも大坪が大仁多の隠されていた戦力を目のあたりにして目を丸くしていた。

 同じポジションである高尾も彼の脅威を理解し、同じ学年の選手の姿を目に焼き付けている。

 

「ってか真ちゃん。あいつも帝光中出身って言ったよな? その割には俺全然あいつの話聞いたことないんだけど」

「……やつが一軍に上がったのは中二の全中後。丁度キセキの世代が実力を示した時だ。

 そういったチーム事情もあって知られていなかったのだよ。ただ、一部の人間を除いてな」

「一部の? というと?」

 

 同じ中学出身である緑間に話を振る。

 彼の事情を知る緑間は隠す事無く事実だけを淡々と述べていく。

 西村が世間に知られていない理由を。

 

「一軍の、公式戦での見せ場が少なく、やつの白瀧を立てようとする性格の為に広がってはいなかった。

 だが二軍の練習試合の際に白瀧がいない状況で西村が同行した際、やつの本来の戦いぶりからこう呼ばれていたという。――『神速の再来』と」

「なっ!?」

 

 そして西村の真の実力を。

 『神速の再来』。白瀧の後を追い、そして強さを得た者の代名詞である。

 

「くそっ! だけど――!」

「ッ! まだだ、来るぞ!」

「このままで終わらせてたまるか! 行けっ!」

 

 ゴールが決まった直後、すぐさま神戸がボールを拾う。

 黒木が逸早く反応し、彼の目の前で大きく手を広げてコースを塞ぐも……ロングスローが放たれてしまった。

 山形の軌道を描きボールがコートを飛ぶ。

 

「よくやった、神戸!」

「――細谷だ! 細谷に通った!」

 

 最前線の細谷がフロントコートでボールを空中で掴む。

 残り数秒。最後の得点を盟和はこの速攻に賭けた。

 

「させるか!」

「っ、西村が回りこんだ!」

「とめろ、西村!」

 

 スピードで勝る西村が細谷より先にディフェンスに戻る。

 最後の攻撃を止めて士気を高めようとベンチからも声が飛ぶ。

 

(決めてやる!)

(止めてやる!)

 

 様々な思惑がコートの中でひしめき合う中、細谷が、西村が跳んだ。

 まっすぐにゴールへ向かうレイアップシュート。だがシュートコースに西村の手が現れた。

 その瞬間、細谷は空中で持ち手を変えてダブルクラッチで西村のブロックを掻い潜る。

 

「あっ!?」

(しまった――!)

(もらった! 得点!)

 

 ブロックをかわした細谷はシュートを放つ。

 

「あーー!!」

 

 読み負けた。細谷の冷静さが一歩上だった。

 ゴールに向かってふわりと緩やかにボールは向かっていく。

 そしてそのボールがリングを潜り抜ける――。

 

「させるか!」

 

 その前に、山本が叩き落とした。

 

「なっ!?」

「山本さん!」

 

 ボールはボードに当たり、無人のコートに落ちる。

 転々とするボールを古谷と小林、さらに勇作が追うが……

 

『――第1Q終了です!』

 

 審判の笛が鳴った。第1Q終了を知らせる合図が、コートに響く。

 大仁多、最後の速攻を守り抜いた。

 

「すみません。助かりました!」

「へっ。スピードはお前だけの専売特許じゃねーぞ」

 

 山本も西村と同様に細谷の動きを捉えていたのだ。

 彼もスピードを武器とするスラッシャータイプ。そう簡単に失点は許さない。

 第1Q、(大仁多)16対27(盟和)という結果で第2Qを迎える。

 

 

――――

 

 

「……第2Qのディフェンスは、マッチアップ2-3ジーンとマンツーマン、この二つを使い分けていこう」

 

 試合は二分間のインターバルに突入。

 盟和高校の岡田は、ベンチに腰掛ける選手達の前で作戦の変更を指示していた。

 マッチアップ2-3ゾーンとオールコートはどちらも強力なディフェンスシステムだが、体力を大きく消費する。

 このまま継続していては後半の勝負どころで力を発揮しきれないと判断したのだ。特にオールコートはデメリットも大きい。

 

「たしかに14番(西村)の登場で崩れかけたが、ゾーンが完全に意味をなくしたわけではない。

 積極的にボールマンに当たっていけ。下手に守りに徹するよりも効果的だろう。まだ流れは途切れたわけではない」

 

 それならば所々で仕掛けていく方が効果的だろうという判断であった。

 第一Qを最後までリードを保てたという状況もある。ならばこのまま流れを維持しようと。

 

「そしてオフェンスだが……古谷が小林を誘き寄せてくれた今、お前が一番可能性が高い。

 第二Q、ここからはさらに勇作主体のオフェンスでいこう。細谷、ボールを集中させてやれ」

 

 そしてオフェンスでは、エースで畳み掛ける。

 相手の一番厄介な選手である小林は古谷のマークについている。今ならば第一Qよりも注意は緩い。

 

「……さすが監督。これでようやく俺の茜に活躍ぶりを見せられるというものです」

「だからお前のじゃねーよ」

 

 監督の絶対的な信頼を受け、勇作は笑みを深くする。

 細谷のツッコミでさえもう耳には届かない。

 必ず妹の前で得点を挙げてみせようと、盟和のエースは闘志を滾らせた。

 

(しかし、西村大智か)

 

 エースに期待を寄せる一方で岡田は視線を大仁多の西村へと向けた。

 

(なぜ彼ほどの選手が大仁多に来たんだ? スカウトという話がなかったのならば、彼が大仁多に来る理由はないはず。いやむしろ大仁多を選ばない理由の方があるだろうに)

 

 西村が大仁多に来た理由が理解できなかったのだ。

 今年の大仁多は全国区のPG・小林がいる為にPGのポジションではレギュラーを取ることはとても難しい。それを知っているのならば同じポジションである彼が大仁多を自分から進学先に選ぶことはしないはず。

 さらに帝光中の選手だったならば、東京都内の高校から声をかけられてもおかしくはない。

 それなのになぜ彼は大仁多に進学したのかと。

 事実、西村は東京都の強豪校である泉真館高校、鳴成高校から声をかけられていた。だが彼はそれらの誘いを断り、一般受験で大仁多高校に進学する道を選んだ。

 しかし理由は単純なものだった。彼が大仁多を選んだ理由は――ただ一つ。

 

 

――――

 

 

 一方、大仁多のベンチ。

 

「まず、もう一度西村さんにお願いしましょうか」

「はい!」

 

 藤代は最初のオフェンスを西村に託す。

 いきなりの指示であったが、第一Qで気持ちも高ぶったのか西村ははっきりと首を縦に振る。

 

「第二Qは盟和の攻撃から再開します。ディフェンスはマンツーマンを続行。敵の速攻を警戒してください。

 オフェンスは西村さんを主体に組み立てましょう。相手の出方によって指示を出していくので、皆さんも準備は怠らないように」

『はい!』

 

 ベンチメンバーにも声をかける。その中には白瀧と光月の二人も含まれていた。

 

「……まだ白瀧さん達には様子を見てもらいます。それまでは皆さん、頼みますよ」

 

 本当のことを言えば今すぐにでも出したい気持ちがある。だがここで焦って無茶をさせるわけにはいかなかった。

 藤代は募る焦りを殺し、監督としての仮面をつけて選手達に指示を出した。選手達も意図を理解し、顔を引き締める。

 

「西村」

「はい」

 

 水分補給を行う西村の横に白瀧が立つ。悔しさと不甲斐なさが合わさったような複雑な表情が顔に出ていた。

 

「すまない。お前に無理をさせることになる」

「いえ。任せてください」

「ここからはあのオフェンスも組み立てていけ。あれならば、お前の突破力で得点もできるだろう」

「わかりました」

「――頑張れ」

「……はい!」

 

 今一度声援を受けて、西村は気持ちを高めた。

 白瀧の一言が、彼を高ぶらせる。かつての記憶を呼び起こす特別な一言なのだ。

 

 

――――

 

 

 西村のドライブの練習が続く中。彼の技術も増していったある日。

 

「――ッ!」

「うっ!?」

 

 わずかなステップに白瀧の反応が一瞬遅れた。

 白瀧の右横を、肩がぶつかりながらも突破する。

 

(今――!)

 

 感覚があった。上手くいったという感覚が。

 上達したという実感が湧いてきた。今ならばできるという自信が生まれた。

 自然と笑みが浮かんできた。

 

「どうですか、白瀧さん! 今の――」

 

 師であり相手を務めてもらっている白瀧にも出来を尋ねる。

 後ろを振り返り、笑みを浮かべて呼びかけるが――すぐさま彼の笑みは消えた。

 

「――白瀧さん!? どうしたんですか!?」

 

 ボールを投げ出し、右肩を押さえてうずくまる白瀧の下に駆け寄る。

 

「ま、まさか!」

 

 ――怪我の再発。今の接触によって起こってしまったのか。最悪の事態が思い浮かび、西村の顔が真っ青になる。

 再発が起こりやすいと聞いていた。それなのに自分の手で再び白瀧を傷つけてしまったのかと、後悔の念が浮かぶ。

 どうしよう、どうすればよいのか。ただ焦りだけが増幅する悪循環が生まれる中。彼を救ったのは――

 

「――大丈夫だ」

 

 他でもない白瀧だった。

 右手を西村の背中に回し、ポンと叩いて立ち上がる。

 

「あっ……」

「ちょっとピクッとなって、あの時のことを思い出しただけだ。大丈夫だ、何も痛みはないよ」

 

 心配を振り払うように笑みを浮かべる。

 たしかに痛みはないようだった。どうやらあの時の衝撃を思い出してしまっただけらしい。

 ――よかった。西村は胸を撫で下ろす。

 

「さて、今のは切り返しもよかった。どうやら体で反応できるようになったみたいだな。

 この調子だ。今の感覚を忘れないように、続けていくぞ!」

「え……」

 

 だが、続けようと提案を受けてその気持ちも消えてしまう。

 

「なんで、ですか?」

「は? なんでって、こういうのは反復練習が大切だろ」

「そういうことじゃないです!」

 

 何もわかっていない! 気持ちを言葉という形にしてぶつける。

 自分を思ってくれての行動。その優しさが、西村には今はただ苦しかった。

 

「なんでそこまでしてくれるんですか!? 俺、白瀧さんには何も返せないのに。世話にばっかりなっているのに。

 今だって、また怪我してしまう恐れがあったのに。何も白瀧さんの為にできていない。それなのに、なんでそこまでしてくれるんですか!?」

 

 西村は、何も白瀧の為にできていない。それどころか迷惑をかけてしまっているという現状が苦しかった。嫌だった。

 現に辛いことを思い出させてしまった。いっそ今の衝突を理由に辞めてくれてもいいとさえ思えた。それでも声をかけてくれる白瀧の気持ちが理解できなかった。

 それを聞いた白瀧はしばし悩み、その後やはり笑みを浮かべて言った。

 

「馬鹿なことを言うな。俺がお前の力になる理由なら、ちゃんとあるだろ」

「……なんですか?」

「簡単なことだ」

 

 そんなものあるはずもないと、そう思いながらも先を促す。

 

「お前は俺を必要としてくれたから」

「…………は?」

 

 一瞬、西村は何を言っているのか理解できずに呆けてしまった。

 『白瀧を必要とする』。それはきっと帝光の選手ならば多くの者が抱いている感情だろう。むしろ必要としていない人間の方が少ないだろう。なのに彼は何故ここまで嬉しそうに笑うのだろうか。理解が追いつかなかった。

 だがそうさせた本人である白瀧は彼の変化を気にする事無く続けた。

 

「それだけで十分だ。それだけで俺は嬉しい。だから俺がお前に力を貸すのに、それ以上の理由は必要ない」

 

 そう言って白瀧は笑みを浮かべる。大げさでもなければ嘘を言っているような表情でもなかった。

 まるで本当に喜んでいるかのように。彼の言葉が真実であるかのように。助かっているのが西村の方ではなく、むしろ助けている側であるはずの白瀧であるというように。

 

「白瀧さん……」

 

 何か言いたかった。力になれなくても励みになるような言葉をかけたかった。

 だが中々言葉は思いつかない。何度も逆境を乗り越えてきた猛者にはどんな言葉が伝わるというのか。

 薄っぺらな言葉では意味がない。もっと心に響くような言葉をかけようと。そう思って西村は口を開いた。

 

「……将来、変な女に騙されないで下さいよ」

「は? いきなり何の話だよ? どうしてそんな心配がいるんだ?」

「女は皆女優なんですからね」

「だからどういうこと!? 女優!?」

 

 ――少なくとも、言葉に詰まったとはいえども今言うべきことではないと後悔した。

 

 そしてそれからも白瀧と西村の自主練習は続いていった。

 技術が向上していく中、だが西村の不安が完全に消えたわけではなかった。どれだけ上手くなろうとも、絶望的なほどに力の差がある“キセキの世代”に太刀打ちできるのであろうかと。

 そんなある日のこと。西村は自分の胸中を白瀧に打ち明けた。

 

「まだ不安が消えない。またあの時みたいに絶望するんじゃないかって。

 自分ではどうしようもなく思えてしまうんです。……その時、白瀧さんは俺を助けてくれますか?」

 

 女々しい願い、一方的な都合の良い言葉。それは他でもない自分がわかっている。

 だがそれでも西村は白瀧の言葉を待つ。救いの言葉を。

 

「ああ。その時はちゃんと『頑張れ』って一言応援してやるよ」

「……え? あの、それだけですか?」

 

 もっとないのだろうかと、西村は戸惑った。

 てっきり『その時は助けてやる』と白瀧の性格から想定していたのだが、完全に想定外であった。

 

「助けるとか、駆けつけるとか、そういうのはないんですか!? あれ、ひょっとして俺白瀧さんの中で評価低い!?」

「何故そうなる? そういうことじゃなくて、お前にはそれ以上は必要ないってことだよ」

「……すみません、意味わからないです」

 

 思わず適当にあしらわれているのではないかという思考が浮かび、白瀧に問いかける。

 

「今のお前にはもう目標があるだろう? “キセキの世代”を越えようという立派な目標がさ。

 目標がある人間は、目指す道がはっきりとした人間は、後押ししてくれる人間がいれば先へ進めるものなんだよ。

 だからお前が困ったら俺が『頑張れ』って背中を押してやる。……お前はそれで目指す場所まで走っていけないか?」

 

 だが違った。決して自分のことを評価していないわけでも、気にかけていないわけでもなかった。

 むしろ理解してくれているからこそ白瀧は『頑張れ』と声をかけてくれる。背中を押してくれる。

 彼の笑みを見て、自然と西村の表情にも笑みが浮かぶ。

 

「……できます! 俺は白瀧さんにも鍛えてもらったんですから!」

「それでよし! 後は走り続けるだけだ!」

 

 そしていつの間にか、西村の目指す先に――白瀧の姿が映し出されていた。

 いつか本当の意味でこの人の力になりたいと。そしてこんな風に強くなりたいと。

 西村の中で憧れの感情が強くなっていた。

 

 そして――三年の秋。決断の時が訪れる。

 

「白瀧さん!」

「お、西村かどうした?」

「桐皇、進学辞めたって聞きましたけど、本当ですか!?」

「……耳が早いな。ああ、その通りだよ」

 

 白瀧が大仁多の推薦を受けると耳にした西村はすぐさま白瀧の下に向かった。

 『一体どこから情報が漏れたんだ』と暢気に不満を口にする姿に、西村は焦りを抱きながらも続ける。

 

「良いんですか? だってあんなに桐皇に進学するって言っていたのに……」

「まあな」

「なのに、大丈夫なんですか? だって大仁多って、栃木の高校じゃないですか! それじゃ桃井さんとだって会うことは難しくなるのに。それなのに……」

 

 白瀧が桃井に対して抱いている感情は知っていた。そのために桐皇を目指しているということも。

 それなのに東京から離れた大仁多高校に進学するという道を選んで本当によいのだろうかと。

 何度も何度も聞き返す。だが白瀧は決して己の考えを曲げようとしない。

 

「後悔しないようにと決めたことだから。確かに寂しくないわけではないが、もう決めたんだ」

 

 その言葉は嘘だと西村は直感した。

 後悔が言葉の裏に感じ取れた。きっと彼でもまだ完全に割り切れていないのだろう。

 それなのに白瀧はそれを表情には出してくれない。笑みを崩さない鉄壁の仮面。

 どうしてこの人は自分の前では弱さを見せてはくれないのだろうか。

 

「だから大丈夫だよ」

「白瀧さん……!」

 

 もう一度西村の不安を振り払うように白瀧は言う。

 西村が言葉を続ける前に、白瀧はさらに畳み掛けた。

 

「お前ももう受験生だろ? 人のことばかり気にするな。お前は受験勉強に専念しろ。

 辛いときは声をかけてくれ。俺に出来ることならば、俺も手伝ってやるからさ」

 

 ひたすら悔しかった。自分では力になれないのかと。何も返すことはできないのかと。

 辛いのはひたすらに目指していた目標が消えてしまった白瀧の方であるはずだと言うのに。彼にこんなことを言わせてしまった現状がただただ悔しかった。

 

「――ッ! あの、白瀧さん!」

「どうした? 何か他にまだ聞くことでもあるか?」

「……大仁多高校って、一般受験の場合は偏差値どれくらい必要でしたっけ?」

 

 気がつけば西村はそう問いかけていた。

 

 

――――

 

 

 インターバルが終了する。盟和のスローインから第二Qが始まった。

 金澤が細谷へボールを回す。細谷がボールを受け取ると――

 

「行くぞ! 勇作!」

 

 掛け声と同時に、盟和の選手達が一斉に動き出した。

 細谷もボールを受け取るや否や、すぐにマークマンの西村をドリブルで翻弄し、前線へパスをさばく。

 

(縦のロングパス!?)

「よっしゃあ!  ナイスパス!」

 

 センターラインにあったボールが一瞬で勇作の手に渡る。

 勇作は背中で松平を押し込み、ドリブルで中への侵入を図る。

 

「ちっ……!」

「行かせねえよ!」

 

 だが松平も一歩も退かない。自慢のパワーを活かし、勇作の押し込みを耐え抜く。

 

(すごい! パワーではうちでも随一の勇作に真っ向から対抗している!)

「さすが、か。それなら……!」

 

 突破を困難と判断し、勇作はボールをミドルの古谷へ。

 

「よし来た!」

 

 小林がマークにつく中、古谷はドリブルで仕掛けていく。

 振り切ることができないが彼にはスピードとは別の技術がある。

 瞬間、古谷の体が大きく後退。間を作るが――

 

「いかせん!」

 

 小林が一瞬でその間を埋め、手を伸ばし自由を奪う。

 やはりステップバックシュートは見抜かれていた。

 

「ちっ。忌々しい。けど無駄!」

「なっ……」

 

 ならばと古谷は腕を強く振るいバウンドパス。

 小林がシュートを止めようと、上半身に意識が向いている瞬間をついた。

 ゴール下に駆け込む神戸にパスが通る。黒木が追いかけるが、勇作のスクリーンに掴まってしまった。

 神戸がジャンプシュートをきっちりと沈める。

 

「よっしゃあ! ナイッシュ神戸先輩!」

「まず一本! 確実に決めた!」

 

 (大仁多)16対29(盟和)。

 盟和高校、第二Q開始早々の奇襲攻撃を見事に成功させた。

 

「あー! やっちまったな大仁多。最初の一本をとめれば大きかったのに」

「第一Qラスト、山本のブロックが決まり良い雰囲気だった。開始の一本で第二Qを良い形で入りたかったところだが……」

 

 止めたいところであったが、先に得点したのは盟和。オフェンスもどんどん仕掛けていき勢いを殺さない。

 これで大仁多のオフェンスが止められるようなことがあればますます勢いづくだろう。

 

「ですが、そう簡単にはいかないでしょう。やつも伊達に全国で戦っていません」

 

 しかし高尾と大坪の呟きに動じず、緑間は西村の姿を冷静に見届ける。

 かつてのチームメイトの姿。共に戦うことはほとんどなかったが、しかし彼が努力していたということは知っていた。

 

「落ち着いて! 一本ずつ返していきましょう!」

 

 西村が全体に声をかけてボールを運ぶ。

 

(……盟和はマンツーマンに切り替えてきたか)

 

 盟和のディフェンスは一時的にマンツーマンディフェンスに。

 当然個々のマークは厳しいが、だが先ほどよりも幾分かパスは出しやすく、仕掛けやすくなっている。

 

「そうだとしてもやることは変わらない!」

 

 西村は左ウイングの山本へとパスをさばく。

 そしてすぐさま駆け出す。パスを出した方向とは逆の方向である。

 

(また西村か!?)

 

 リターンパスを警戒し、細谷も進路の先を予測して動く。

 だが並行するように追かけていた西村の姿が、突如視界から消えた。

 

「なっ!?」

 

 斜めに、相手の視界から消えるように沈む瞬時の切り替えし。

 細谷の反応が遅れる。さらに行く手を阻んだのは、松平のスクリーン。

 その間に西村はゴール下にカットイン。松平を追っていた古谷を含めた三人を抜き去った。

 

「あっ!?」

「やべ――」

 

 そこに山本がパスをさばく。がら空きとなった守備の隙間をついた。

 フリーの西村はそのままレイアップシュートを決めた。ヘルプは間に合わない。

 

「ナイッシュ! いいぞ西村! その調子で攻めろ!」

「山本さんナイスアシスト!」

 

 (大仁多)18対29(盟和)。西村、一瞬で相手ディフェンスを翻弄し、反撃する。 

 

「一気に盟和のディフェンスを突破したか」

「……UCLAカット。帝光時代、西村が特に練習していたオフェンス戦術です」

 

 驚く大坪。関心する緑間。あっという間に得点したオフェンスシステムを目にして、西村に意識をむけないものはいなかった。

 ――UCLAカット。PGが積極的にゴール下に切り込んでいく戦術。

 ウイングにパスを出した後、トップのガードの選手がハイポストのスクリーンを利用してカットインする。

 かつて全米バスケットボール選手権において7連勝を果たしたUniversity of California Los Angeles(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)が使用し、広がっていったことから大学の頭文字をとってUCLAカットと呼ばれている。

 多少のリスクは承知の上で得点を狙う攻撃重視のフォーメーションである。

 

「それよりも、あの西村の動き……」

 

 恐れさえ抱いているような声。

 事実、高尾は冷や汗を浮かべていた。

 

「まるで、本当に白瀧のそれじゃねえか!」

 

 あっという間に相手のディフェンスを切り崩す西村に、高尾は白瀧の姿を映し出していた。

 

「西村は俺より体が小さい分、あんな風に動かれたら余計に動きを捉えにくいだろうな。

 ……何も小さいことはデメリットじゃない。小さいということが時には優位に働くことがある」

 

 低身長の選手が小刻みに、さらに深く切り返す動きを見せる。

 これほどマークしずらい相手はいないだろうなと白瀧は言った。

 

「あれもお前が叩き込んだのかよ?」

「半分な。元々あいつは動きができていたんだよ。中学まではフォワードの方が好きだったらしいし」

「あ、そうなの?」

 

 帝光という強豪校に入るに当たり、西村はコーチにコンバートを提案された。

 低身長である西村がフォワードとして戦うのは無理があるとの判断だった。

 つまり西村は元々フォワードとして戦っていた経験の下、帝光で司令塔の厳しい練習を受けた。そしてそこに白瀧との特訓を受けた。

 

「決して侮っていたわけではない。だが――西村大智。まさか第二の白瀧として盟和の前に立ちはだかるというのか!?」

 

 その結果、彼はスラッシャータイプの選手として成長した。

 まるで白瀧のようなオフェンスを見せる西村に、岡田も肝を抜かす。

 

「たとえ、白瀧さんが出られないとしても」

 

 今コートにいるのはただの控えの選手ではない。

 

『お前が自信を持てないならば俺がお前を信じてやる。

 一歩踏み出す勇気がないのならば俺が背中を押してやる。

 力に押しつぶされてしまいそうならば、俺が力を貸してやる。

 だからお前はお前の道を行け。お前が後で悔いなく誇ることができる、己の道を貫き通せ』

 

 ――西村の脳裏に、白瀧の言葉が蘇った。

 

「あの人がくれた希望は、意志は俺達が受け継いでいる!」

 

 彼は帝光で絶望を味わいながらも、それでも最後まで諦めることなく戦い抜いた一人の選手だ。

 

「止められるものならば止めてみろ! 俺はもう二度と立ち止まったりはしない!」

「……それでいい。お前はもう一人でも十分すぎるほど戦える」

 

 力強く西村は盟和の前に立ちはだかる。

 かつての姿を微塵も感じさせない姿を見て、白瀧も胸を撫で下ろした。

 

 背中を追う者に背中を押されて。西村が白瀧に代わって大仁多の道を切り開く。

 決して小兵と侮ることなかれ。たかが控えと言えども彼は全国三連覇を果たした帝光を支えた実績を持つ控え選手である。


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