黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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お久しぶりです。ようやく試験が終わりましたので投稿します。


第四十話 強攻策

(……昨年よりも上がったのはパワーだけではないか。動きのキレも数段増しているようだな)

 

 先の盟和高校の攻撃。勇作のボールを持ってからの動き。

 去年の試合を経て彼を知っている小林はそこから勇作の成長振りを実感していた。

 当然のことながら成長しているのは自分達だけではない。相手もまた確実に成長しているということが読み取れた。

 

(そうでなくてはな。それでこそ決勝戦で戦う相手だ)

「中澤、次の攻撃も俺にボールを回してくれ」

「構いませんけど、大丈夫そうですか?」

「誰に対して言っている?」

「……すみません。愚問でしたね」

 

 顔を伏せて微笑を浮かべる中澤に、小林も『当たり前だ』と笑って返す。

 

「ならば俺もそれに応えるとしよう。誰が相手であろうとも勝利を譲るわけにはいかないからな」

 

 視線の先を盟和の4番・勇作へと定める。

 今一度なさなければならないことを自分の中で確認し、小林は闘志を滾らせた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 大仁多のスローインから試合が再開される。

 山本がコートの中へボールを入れて司令塔の中澤がゆっくりと時間をかけてボールを運んだ。

 

「一本! じっくり攻めていきましょう!」

 

 最初の攻めと同じような攻め方だ。センターラインを越えた後も中澤は決して焦る素振りを見せない。

 マッチアップしている細谷はもちろん、他の盟和の選手たちもフラストレーションが少しずつ溜まろうとしていた。

 大仁多の攻撃が始まってから15秒が経過。ここでようやくボールが動き始める。

 

「小林さん!」

「――よしっ!」

 

 スリーポイントラインよりもさらに外側。小林へとボールがさばかれた。

 

「っしゃやっと来た! 来い!」

「……あまり調子に乗るなよ!」

 

 上半身のフェイクを入れる。しかし勇作はつられない。

 ドリブルをはじめる。ゆっくりと、かつ相手には取られないように慎重に。そして三回ついたところで戦況が動いた。

 

(……来た!)

 

 左、中央突破を図ろうとする小林。彼の動きに勇作も瞬時に反応した。

 

「いや、まだだ!」

 

 しかし小林はボールを強く叩きつけ、強引に逆へとフロントチェンジ。

 勢いをさらに増した状態で、斜めに切り込むようにゴール下へと侵入した。

 

「しまった……!」

 

 突然の出来事で遅れをとってしまった。勇作もすぐに反転し、小林の姿を追う。

 さらにゴール下から神戸も反応し、ヘルプに駆けつけた。

 

「撃たせるか!」

「いや、撃つ必要はない」

「――キャプテン!」

 

 両腕を大きく広げ、ゴールを塞ぐ神戸。

 しかし小林はレイアップの構えだけを見せ、ジャンプはしなかった。

 神戸と勇作の間を縫うように正確にパスをさばく。

 

「あっ……やばっ!?」

「ナイスパス!」

 

 ボールは黒木へ。フリーであった彼は確実にジャンプシュートを決めた。

 (大仁多)4対2(盟和)。

 

「よっしゃあ!」

「おおおおっ! ナイッシュ黒木!」

「小林さんナイスアシスト!」

 

 コートの中では小林と黒木が手をかわし、味方も連続得点の成功で士気が上がった。連携の鮮やかさにつられてか、観客も盛り上がる。

 

「ちっ……!」

「あっちゃー。やっぱり簡単には行かないもんだね」

「ま、仕方がない。それよりもとにかくオフェンスだ。こっちも取り返そう!」

 

 苛立ちを見せる味方を細谷が制する。勇作もしぶしぶとではあるが従った。

 たしかに大仁多のオフェンスは厄介ではあるが、しかしオフェンス力ならば負けてはいないという自信が彼らにはあった。それだけ鍛えてきたという自負があった。

 

「行こう。簡単に流れを渡すなよ!」

 

 盟和の反撃が始まる。細谷が金澤と連携してボールを運ぶ。

 大仁多の選手達の戻りも早く、速攻には持ち込めない。中央に立つ細谷は確実に外からの攻撃の展開を組み立てる。そして左45度の金澤へとパスが通った。

 対する相手は山本。腰を落として相手の動きをじっくりと観察した。

 

(一対一か?)

「相手になってやるぜ、一年!」

「……いやーすみません。そいつは勘弁、を!」

 

 燃える山本ではあるが、しかし肝心の相手である金澤は易々と攻めることはしなかった。

 上半身のフェイクを入れて右手でドリブルを一度つくと、すぐさま左手に持ち替えて中へボールを回した。ローポストでポストアップしている古谷へと。

 

(インサイドで勝負か……!)

「松平!」

「おう! かかってこいや!」

 

 山本は振り返り、松平へ呼びかける。

 簡単には通すまいと古谷の後ろに松平が立ちはだかる。山本も二人で挟み撃ちにしようと迫った。

 

「だから、暑苦しいのは嫌いだって言ってんだろうが!」

「なっ――!?」

 

 すると二人の思惑を裏切り、古谷はすかさずパスアウトを選択した。先ほどパスが渡ってきた方向と同じ方向――すなわち金澤へと。

 

「ナイッス!」

 

 このパスを金澤も確実に受け取る。

 スリーポイントラインより外側、彼の本分である三点を狙ってジャンプシュートを放った。

 

「させっか!」

「うげっ!?」

 

 しかし瞬時に山本が反応した。彼はすぐさま金澤のマークに戻るとブロックに跳ぶ。直接叩くことはできなかったものの、プレッシャーをかけるには十分だった。

 

「やばい! リバウンド!」

 

 シュートが外れてボールはリングに激突。ボールの行方はリバウンド争いにかかっていた。

 

「任せておけよ!」

「……くっそっ!」

 

 黒木や神戸といったパワープレイヤーがひしめく中、リバウンドを確保したのは勇作だった。

 小林との競り合いに勝った勇作はリバウンドを獲ることに成功。そのまま自分で決めに行く。小林のブロックは間に合わず、ボールはネットを潜った。

 (大仁多)4対4(盟和)。盟和もすぐに追いついた。

 

「ようし!」

「ナイスリバン!」

 

 すかさず盟和も取り返し、リズムを崩さない。そう簡単には試合は動きを見せなかった。

 

「……相手の盟和の攻めも形が出来てますね」

「ああ。インサイドに入れてその後アウトサイドからのシュート。これで決まれば最上だったが、まあそう上手くはいかないか」

 

 観客席から観戦している高尾は素直に盟和を称賛した。

 中の強さを活かしたプレイ。確立が高いために決まって欲しいところだったが、そう上手くいかないのが試合である。

 

「それより気になるのはゴール下ですね。白瀧が抜けた分、高さとパワーが上がっているはずなのですが……」

「大仁多のインサイドは#4小林圭介・188cm、#5黒木安治・195cm、#8松平猛・187cm。

 対する盟和のインサイドは#4橙乃勇作・189cm、#6古谷周平・188cm、#7神戸直也・191cm。

 たしかにフィジカルは大差ないものの、小林は普段はPGのポジションであるからゴール下の動きは不慣れだ。

 逆に盟和はフロントコートを中心に得点を上げてきたから三人とも当たりに強いし、リバウンドも多く奪取している」

「なるほど。それではゴール下も強いわけだ。納得しました」

 

 一つ気がかりに感じることがあった緑間だが、大坪の説明に納得した。

 ゴール下のポジションはそう簡単に務まるものではない。小林の本来のポジションはPGである。本職の勇作と対峙するとどうしても遅れを取ってしまう面があったのだ。そういう意味ではフィジカルに強い小林よりも白瀧の方が適任であるという印象はある。

 

「さあディフェンス! 今度こそ止めるぞ!」

「……それでいい。その調子だぞ」

 

 盟和も立ち上がりにおいて連続で攻撃を成功させている。加えてエースであり主将である勇作が好調。

 運命の決勝戦ということで不安もあったが、よい方向で期待を裏切ってくれるチームを見て、岡田の頬が緩んだ。

 

「まあ、だからといって貴方達のリズムに乗るつもりはありませんけどね」

 

 しかし大仁多はこの程度では揺るがなかった。

 大仁多は再び時間を使って攻める。中澤と山本、二人がボールを回して時間を潰す。

 そして小林のスクリーンにより中澤がフリーになるとそのままスリーを放った。勇作は手を伸ばすことしかできず、ボールを見送る。

 

「あれっ。入らないか」

「リバウンド!」

「おおっ!!」

「……くっそ。やっぱり強い!」

 

 黒木がオフェンスリバウンドを確保する。着地すると敵に捉まる前にパスアウト。

 再び中澤へと渡った。中澤は表情を変えることなく、またじっくりとボールを操る。

 そしてタイミングを伺い、ようやくパスをさばいた。

 

「よし来た!」

「ちいっ!」

 

 シュートが外れてから16秒が経過し、突如スリーポイントラインの外側へ走りこむ山本。彼がボールを手中に収めると素早くシュート態勢に入る。

 マークについている金澤が必死に追いかけ、走りながらブロックに入るが……

 

「残念!」

「ッ――!?」

「もーらい!」

 

 ポンプフェイクでブロックをかわした山本がミドルに侵入。ジャンプシュートを撃つ。

 ブロックは間に合わず、ボールはネットを潜った。

 (大仁多)6対4(盟和)。確実に得点を重ねていく。

 

「やっぱり速い――!」

「ナイスです山本さん!」

「おう! もっと声を出してけ!」

 

 自陣のベンチに声をかけながらディフェンスに戻る山本。

 盟和同様、こちらも調子は良かった。神崎は目標でもある先輩を讃えて、さらに声を大きくする。

 

「いつまでも調子に乗らせてたまるか!」

「よこせ細谷!」

「っ、お、おう!」

 

 ボールを拾う細谷に勇作が声をかける。

 勇作と古谷の二人が早々に駆け出していた。失点後の速攻を決行するために。

 盟和の速攻。細谷から神戸を介してロングパスが放たれる。山本が止めようと跳ぶが届かない。センターラインを超えたところで勇作がボールを手にした。

 

「ナイスパス!」

「決めろ、速攻!」

 

 加速して大仁多のゴールに攻め込む二人。ゴール下に戻っているのは小林と松平、二人のフォワードだった。

 

「俺は勇作につく! 6番(古谷)は任せるぞ!」

「おう! 任せろ!」

「二対二か。……このまま行くぞ!」

「当たり前でしょ。言わせんな」

 

 小林の指示に従って二人はそれぞれの相手のマークについた。

 待ち構える王者に、挑戦者は不敵に笑って突撃する。

 ドリブル突破を図る勇作。すかさず小林が前に出る。これにより、ゴール下のディフェンスは松平のみ。

 

「古谷!」

「オッケー!」

 

 すると小林の横をボールが通過し、古谷へとパスが通った。

 これで一対一の対決。古谷はその場で停止するとすぐにシュートに移る。

 

「撃たすか!」

 

 これに反応して松平も跳ぶ。

 

「なんちゃって」

「なっ……」

 

 だがシュートはフェイクだった。

 古谷は松平がブロックに跳んだ姿を見るとドリブルへと移る。

 松代の横を抜き去り、レイアップシュートを放つと……

 

「もーらっ……」

「てねえだろ、このっ!!」

「うおっ!?」

 

 掌から放られたボールは松平に叩かれ、バスケットボードを直撃。

 衝撃によってコートに戻ってきたボールを小林が取り、盟和の攻撃を防ぎきった。

 

「舐めるな。こっちはちょこまかと動き回る後輩を日ごろから相手にしてるものでな。この程度で遅れをとったりしねえよ」

「野郎……!」

「……っていうか、え? ちょこまかとって、ひょっとして俺のことですか松平さん!? ひどっ!」

「いや、多分褒めているんだと思うよ……?」

「首を傾げながら言われてもまったく説得力ないからね!?」

 

 自信満々に、相手の鋭気を削るような松平の発言。彼の狙い通り、古谷の笑みが崩れる。

 しかし自軍のエースである白瀧の精神まで抉っているということには気づいていないようだった。一応彼にとっては褒めているつもりだったようである。

 白瀧の異変に気づいた橙乃が咄嗟にフォローするも、あまり効果はなかった。

 

「……あの野郎、やっぱり後で泣かす」

 

 そして白瀧も橙乃と話すという自分の行動が一人の(シスコン)を怒らせているということには気づいていなかった。

 

「ナイスです! さあ、反撃しましょうか!」

 

 小林が中澤にボールを渡し、大仁多の攻撃が始まる。

 今回も早急に攻めるようなことはせず、時間を潰していく。

 中澤からハイポストの小林へ。再び小林と勇作の一対一の形となった。

 

「時間かけやがって。そろそろ俺も限界だぞ?」

「そうか? まあ、好きにしてくれて構わないぞ」

 

 苛立ちがはっきりと見て取れる勇作。小林は彼を軽くあしらうと、瞬時に攻めに転じた。

 小林のクロスオーバー。右から突破を図る。勇作も反応したが動こうとしてその先から衝撃が加わった。

 

(スクリーン……!)

 

 松平のスクリーンであった。勇作は動きを封じられてしまい小林の突破を許してしまう。

 小林は勇作を振り切るとジャンプシュートを撃つ。

 

「……ッ! しまった!」

 

 だがドリブルの勢いを殺しきれず、シュートは外れる。

 

「よっし、今度こそ!」

「……ッ!?」

 

 リングに当たり、宙に浮かんだボールを神戸が確保。ディフェンスリバウンドを獲った。

 

「ナイス神戸!」

「もう一回、速攻!」

 

 この好機を逃すことはない。すぐに勇作と金澤が走り出した。

 今度こそ速攻を成立させようと神戸が振りかぶり、ロングパスを放つ。

 

「――舐めるな!」

「なっ……!?」

 

 しかしそのロングパスは、小林によって叩き落とされた。

 

「アウトオブバウンズ! 盟和()ボール!」

「……うおおおお! 小林ナイス!」

「盟和の速攻を封じた!」

 

 己の失敗をすぐに取り返してみせた主将。速攻を防ぐことができた。できるだけ失点を抑えたい大仁多にとって、このワンプレーは大きい。

 逆に盟和の選手達は自分達の思惑が次々とはずれ、怒りばかりが募っていた。

 

「――ぬぁぁああああ! まじでイライラする! すぐに攻めてこねえし、防がれるし!」

「ま、まあまあ勇作」

「落ち着け馬鹿!」

「まあ、気持ちはわからなくもないですけどね……」

「つうか正直俺もむかついています」

 

 盟和の選手達の気持ちを焦らすような遅攻に、勇作はさっそく怒りを爆発させた。

 三年生二人が勇作を宥めるが、他の四人も気持ちは同じなのか強くは言わなかった。

 

(たしかに大仁多のディレイドオフェンスは調子が狂う。相手のPG(中澤)が一人だけで15秒近くボールを保持しているし。

 他の4人もそれまで大人しいと思ったら急に動き出したりと。このまま集中力を維持し続けるのは困難か。……特にこの馬鹿(勇作)が)

 

 バスケにおいて24秒以内にシュートを撃たなければならないという24秒ルールという掟が存在する。

 それゆえにチームは少しでも余裕を持つために、可能な限り早く攻撃に持ち込みたいという思いがあるのだ。

 だが中澤は決して焦る事無くゆっくりと攻撃を組み立て、時間を潰す。これには相手を苛立たせるという効果があった。

 現在、両校がお互い得点を決めてリズムがよいように感じられるが、第一Qが始まってから二分三十秒を過ぎようとしている。つまり第1Qの4分の1だ。

 盟和もここまでの試合を全て大量得点で勝利を掴み取ってきたチーム。当然の事ながらその攻撃力は高い。それにも関わらず、未だに両校とも得点が伸び悩んでいるのは間違いなく中澤の遅攻による効果であった。

 

(このままでは大仁多を切り崩すことは不可能だな。こちらから動いてみるか……)

「おーい、細谷! 神戸!」

 

 試合の行く末を心配し、盟和のベンチにいる指揮官・岡田が立ち上がり、攻めに転じようとしている二人に呼びかけた。

 

「次、仕掛けていこう。今度はこちらが大仁多のペースを崩すんだ」

「……なるほど」

「了解です」

 

 岡田の意図を理解し、頷く二人。

 そして試合が再開される。審判からボールを手渡され、金澤がスローイン。細谷がボールを受け取り、反撃を開始する。

 

「まず一本決めよう! 点差を離されないように、追いつくぞ!」

 

 チームを鼓舞し、自らをも元気付ける。

 細谷は一喝すると今度は自ら切り込んだ。

 中澤が追いかけようとするが、金澤のスクリーンによって阻まれる。

 

「……ッ! スイッチ!」

 

 すかさずマークが入れ替わる。山本が細谷を捉えた。

 細谷も敵の動きには気づき、ジャンプシュートから一転、跳躍した山本の足元を通すようにパスをさばいた。

 

「ナイスパス!」

「ちっ……!」

(しまった……!)

 

 神戸が背中に構える黒木をかわすようにターン。黒木のマークをかわした神戸がボールを受け取り、レイアップシュートを沈めた。

 (大仁多)6対6(盟和)。盟和、再び試合を振り出しに戻す。

 

「よっし! よく決めた神戸!」

「やっぱりインサイドが強いか……!」

「黒木! 気にするな、リスタート!」

「ああ……」

 

 失態を嘆く黒木に中澤が励ましの言葉をかける。

 黒木もすぐに切り替え、審判からボールを受け取り、試合を再開させようとするが……

 

「――退くな! 当たれ!!」

「なっ――にっ!?」

 

 その黒木の視界を塞ぐように神戸が現れ、ボールをもらおうとした中澤にも細谷がマークについた。

 

「これは、まさか!」

 

 盟和の狙いに逸早く気がついたのは小林だった。そして小林の下にも、

 

4番(小林)オッケー!」

「チッ……!」

 

 いつの間にか勇作がマークについていた。

 

6番(山本)、オッケーです!」

「こいつら!」

8番(松平)。まあ、大丈夫です」

「おいおい。まさか本気でやってるのか?」

 

 残る山本と松平にもそれぞれ金澤と古谷がマークがつく。

 まだ誰一人としてハーフラインすら超えていないというのに、全員が相手のマークについた。

 つまりこれが意味するは……

 

「――オールコート・マンツーマン!」

 

 盟和高校が流れを掴むために勝負に出たということだ。

 

「マジかよ! てか、まだ第一Qっすよ!」

「動くのが早いな。だがそれだけ相手を評価しているということだろう」

「……そうでもしなければ、大仁多を倒すことはできないと踏んだのだろうな」

 

 体力を使うオールコート。それをこんな序盤から使うことは普通ならばありえない。

 強豪の自負がある秀徳の選手達もこれには肝を冷やした。盟和がそれだけ大仁多を強敵だと考え、そして大仁多を倒すために本気だということを示している。

 

「一度離されたらお仕舞いだ。追いかけて掴まるような甘い相手じゃない。ならば、逃げ切るしかないだろう!!」

 

 試合序盤から強攻策に出る盟和高校。しかし彼らを率いる岡田の目に、迷いはなかった。

 

「くっ……こいつら!」

 

 厳しいチェックのために、スローインもままならない。黒木は歯を食いしばりながら必死にパスコースを探るが、盟和のディナイは甘くなく、すぐに封じられてしまう。

 

「黒木、こっちだ!」

「……くそっ!」

 

 スローインの際、スローワーは5秒までしかボールを持つことが出来ない。

 その焦りが大仁多の選手達を焦らせてしまった。

 黒木は中澤の声に呼ばれ、反射的にパスをさばく。

 

(焦りすぎだ! パスコースがバレバレだよ!)

 

 だがそのパスに細谷が飛びつき、そのままボールを奪ってしまった。

 

「あっ!?」

「しまった……!」

 

 細谷はそのままレイアップシュートを撃つ。黒木がブロックに跳ぶが、彼の指先の上をボールは行き、ネットを揺らした。

 (大仁多)6対8(盟和)。盟和高校、この試合が始まってから初めてリードを奪う。

 

「まだだ! 次も止めるぞ!」

 

 だがその喜びに浸る時間は一切なかった。再びオールコート・マンツーマンが展開される。

 

「このっ!」

「いつまでも調子に乗るなよ!」

 

 今度は確実に黒木が神戸をかわし、中澤へとパスが通った。

 マークにつく細谷に対し、スローイン後すぐにコートに入った黒木のスクリーンによって突破した。

 

(よっし!)

「……ッ! 中澤!」

「え……?」

 

 関門を突破したことにより安堵する中澤だったが、小林の叫び声で我に返る。

 だがその時には遅かった。細谷のバックチップ。中澤は反応することができず、再びボールを奪われた。

 

「あっ……!」

「よっしゃ!」

「くそっ!」

 

 こぼれ球を古谷が拾う。すかさず山本がマークにつくが、古谷はそこから横パス。

 山本が古谷のマークについたことにより、ノーマークになった金澤へと渡った。

 

「しまった!」

 

 失敗を嘆こうとも、彼のスリーを防ぐことはできない。

 (大仁多)6対11(盟和)。盟和高校が点差を5点に広げる。

 

「また決まった! 盟和高校、3連続得点!」

 

 誰がこの予想していたというのか。

 流れに乗っていたはずの大仁多高校が、気がつけば実にあっさりと流れを手放していた。

 

「……藤代監督。ここは一度タイムアウトを取ってもよろしいのでは?」

 

 苦戦を強いられる味方を見て、東雲が藤代へタイムアウトの選択を提案する。

 まだ試合序盤であり、貴重なタイムアウトを使用するような場面でないということは誰の目から見てもわかる。

 しかしこのままではこの第一Qをこのまま相手に渡してしまいかねない。それほどまでに悪循環に陥っていた。

 

「いえ、まだ早いでしょう」

「しかし監督! 突然の奇襲で選手達は焦りが生じています。ここで落ち着かせないと相手の思う壺です!」

「……東雲さん」

 

 他の控え選手たちの気持ちを代弁する言葉。皆内心では彼女と同様のことを考えていた。

 しかし藤代は決して首を縦には振らなかった。それどころか彼女を説得するように言った。

 

「ここで立ち直れないような柔な鍛え方を私はしていないし、これ以上に過酷な戦いを積んできたと考えています」

「なっ……」

 

 だから彼らを信じなさいと、藤代は言う。

 それでも反論しなければと東雲は考えるが、彼女の思いを遮るように審判の笛が鳴った。

 

「8秒ヴァイオレーション!」

「げっ!?」

 

 中澤がダブルチーム掴まり、センターラインを超すことができないまま止まっていた。

 8秒を越えるまでにセンターラインを超えなければならない。8秒のオーバータイムにより、再びターンオーバー。

 大仁多高校、中々反撃に転じることができないまま盟和にボールを受け渡すことになった。

 

「くっ……!」

「よくないなこのままでは」

「だよな! お前もそう思うだろ!」

 

 味方のピンチであるというのに、何もできないという不甲斐なさに唇を噛み締める神崎。

 白瀧もこの現状をよくないと察して口を開く。おそらく彼も東雲と同じ考えなのだろうと神崎は問いかけた。

 

「ああ。このままでは、な」

 

 だが白瀧からの返答が示していたのは、藤代と同様の意味を示すものだった。

 そして彼らの目の前で試合は再開されるが、失点後で浮き足だっているのか簡単にローポストへとパスが通り、そして神戸のジャンプシュートを許した。

 (大仁多)6対13(盟和)。得点差が7へと広がる。

 

「くっそっ!!」

 

 怒りで表情を歪める中澤。先ほどまでの冷静だった思考も完全に消えている。

 敵のオールコートを突破できず、ボールを奪われ続ける現状。間違いなくボールを運んでいる自分のせいであるとわかっている。そしてそれをわかっているにも関わらず相手の思惑に乗っかってしまう自分を心の底から恥じていた。

 大事な決勝戦であるというのに。中澤が次々と負の思考へと浸る中――

 

「――落ち着け!」

 

 小林の渇が響く。

 

「この程度で慌てるな! 全国ではこれ以上の過酷な戦いが待っているだろう。そして俺達はその中で常に戦っていた。違うか!?」

 

 突然の問いかけに、しかし全員が頷く。そうだ。今コートに立つ五人は全員が全国を経験している選手達。

 ならばこそ小林の言うとおりこのようなところで立ち止まっているわけにはいかなかった。

 

「それでいい。中澤、俺もボール運びに参加するぞ」

 

 全員の顔が引き締まるのを確認すると、小林は中澤に呼びかけ、返事を待たずにプレイに戻る。

 黒木が審判に促され、ボールを受け取る。

 やはり先ほどと同様に神戸が立ちはだかる。ボールをもらうために動く中澤と小林にも細谷と勇作の厳しいチェックが続いた。

 

(お前達の気持ちもわかるけど、させねえよ!)

 

 勇作は一瞬も自由にはさせないと厳しく小林に当たる。

 先ほどの会話から小林達の重い覚悟も伝わったし、共感も出来た。だがだからといって勝利を譲るわけもなく、そして彼の作戦を成功させるわけにもいかない。

 すると小林は突如大きく横に動き、そして細谷にスクリーンをかけた。

 

「なにっ!?」

(スクリーン!? 馬鹿な、小林がボールを受け取るんじゃなかったのか!?)

「黒木!」

「ッ、スイッチ!」

 

 小林のスクリーンによって細谷の動きが封じられ、中澤がフリーになる。

 先ほどの発言から小林にボールがわたると考えていた盟和の選手たちは呆気に採られ、一瞬反応が遅れた。

 すぐに勇作が遅れて中澤を追いかけた。その瞬間、

 

「甘いな!」

 

 小林が細谷の体をブロックしながら逆方向へとロールターンした。

 

「なにっ!?」

「……小林さん!」

「おう!」

 

 ピック&ロール。スクリーンを囮として自身がフリーとなった。

 黒木もこのタイミングを逃さずに小林へとパスをさばく。

 

「パスが通った!」

「しかも勇作・細谷をかわして、小林さんだ!」

 

 今度は先ほどまでと違い、確実にボールを入れることができた。

 小林はボールを受け取るとすぐにドリブルを開始する。

 

「行かせるか!」

 

 すぐに古谷が小林に詰め寄り、ボールを奪いかかろうと迫る。

 

「いいや、無駄だ!」

「オッケー! 後は任せておけ!」

 

 小林は詰め寄られるまえに横パス――山本にボールを預ける。

 

「……しまった!」

 

 古谷はただ山本がドリブルで駆け上がっていく姿を見送ることしかできない。

 パスを受けた山本は得意のドリブルで盟和のバスケットへ攻めかかる。

 神戸、勇作、細谷、古谷の四人はもはや追いつくことが出来ない。かろうじて山本のマークについていた金澤だけがなんとか追いつき、山本のレイアップシュートを叩こうと跳躍する。

 

「させるかあ!」

「……じゃ、こっちで!」

「なっ……」

 

 そこで山本は空中でボールを手放すことにした。

 シュートから一転。ボールは同じく走っていた松平の元へ渡る。

 

「ナイスパス!」

 

 パスを受け取った松平がジャンプシュートを沈め、ようやく大仁多が反撃の兆しを見せた。

 (大仁多)8対13(盟和)。大仁多高校は小林の渇によって、選手たちが息を吹き返す。

 

「よっしゃあ! 決めた!!」

「ナイッシュ黒木!」

「ナイスアシスト山本!」

「小林さん、さすがの一言! よくぞやってくれました!」

 

 しばらく盟和の奇策により止まっていた得点。それが大仁多にもたらされたことで士気も上がり始めた。

 

「……上手いな。さすがは小林。五人全員によるチームプレイで盛り返したか」

「やはり伊達に全国で闘ってはいませんね」

 

 好敵手(ライバル)の巧みな戦いぶりに、大坪は笑みを浮かべて讃えた。

 スローワーの黒木、受け取り役であった中澤。そして彼を囮として小林が飛び出し、山本へとパスをさばく。そしてフィニッシュは松平。

 五人の選手全員を活かした連携攻撃であった。今の連携は緑間の目にもかなりのものに映っていた。

 

「やっぱ凄えわ。あの人。普通に上手いってわかるもん」

 

 同じPGである高尾も改めて小林の評価を高めていた。

 そしてそれは当然のことながら彼らだけに限った話ではない。

 

「……小林、圭介! やはりあの男か!」

 

 盟和を率いる監督、岡田。彼は臙脂色のユニフォームに縁取られた4番を背負う小林の姿を憎らしげに、鋭い視線で射抜いた。

 

「選手達だけでこの窮地を脱する一手を打った! またあの男が最大の敵として立ちはだかるのか……!」

 

 せめて大仁多がタイムアウトを取った後ならばわかる。前半二回しか取ることができないタイムアウト。その一回を使って大仁多が勢いを盛り返すというのならばここまで怒ることもなかっただろう。それだけ盟和が王者を追い詰めているという証になった。

 だが今、大仁多はコートの選手達の力だけで乗りきった。小林の指揮の下、全員の連携によって。

 小林圭介。かつて二度盟和の挑戦を退けた司令塔。実は岡田は大仁多のエースである白瀧よりも小林のことを警戒していた。

 彼のような優秀な司令塔(ポイントガード)がいるということが大仁多が長年王者としてあり続ける一因であったことはいうまでもない。それだけ司令塔というポジションは重要であり、そして彼はそれだけの精神力を持っていた。

 そして今再び彼が盟和の挑戦を挫こうとしている。岡田が怒りを露にするのも無理はなかった。

 

(だが、いつまでもこちらが挑戦者でいると思うなよ……!)

「古谷!」

「おろ? はい、なんですか?」

 

 怒りをそのままに岡田は古谷の名前を呼ぶ。

 突然の呼び出しに古谷は戸惑いながらも応じた。

 

「出し惜しみはもう構わない。次のオフェンスで決めてみせろ!」

「……へー、いいんですね。リョーカイ。いい加減あの変態(シスコン野郎)だけが調子に乗っているのはムカつくんで、丁度よかったです」

「ああ。それでいい」

(今大仁多の中心になっているのは小林を初めとした三年生。ならばそこから崩そう。……ゴール下を支えるムードメーカー・松平を大人しくさせろ!)

 

 岡田の指示により、古谷の笑みが深くなる。不敵とも不遜とも思える笑みであったが、今はこれほど頼れるものもない。

 「じゃー行って来ますねー」と古谷は軽い足取りでオフェンスに向かった。

 大仁多の攻撃が決まり、盟和の反撃が始まる。

 金澤からボールを受け取った細谷がボールを運び、士気を取り戻しつつある大仁多に取られないようにとパスコースを探る。

 

(……なんだあいつ。いきなりやる気になりやがって。まあやる気出してくれる分には構わないか)

 

 すると視線の先で、古谷がパスを急かすように手振りしていた。

 先ほどまでは気楽な調子であったにも関わらず急激な変化に戸惑いを覚える細谷であったが、断る理由もなくパスをさばく。

 トップの細谷から右45度の古谷へ。スリーポイントライン上でパスを受け取ると、すぐに臨戦体型に。相手のやる気を窺えた松平も腰を落とし、集中力を高めた。

 

「そーいえば、さっきブロックされた分、返してなかったですよね?」

「お? なんだ、仕返しに来るか? いいぜ。また叩いてやる!」

「いいや、おかわりはいいですよ。それよりもこちらからちゃんと、お返しさせていただきます!」

 

 言い争いはそこまで。表情から笑みが消え――古谷が仕掛ける。

 右45度から中央へと鋭く切り込む。キレのあるドリブル。しかし松平もきっちりとついていく。

 

(盟和でレギュラーを取るだけのスピードはあるか。が、これだけじゃ抜けねえよ!)

 

 たしかにドリブルが上手いものの、捉えきれないレベルではない。

 このままシュートも防いでみせようと古谷の姿を視界に捉えていると――

 

「え……?」

 

 目の前で切り込んでいたはずの古谷の姿が、突如二・三歩ほど後ろへと離れていた。

 

(なっ、今何があった!? 何で距離ができてやがる!?)

「はい。それじゃありがたく、もーらい!」

(しまった! ここからでは遠い! 止められない!)

 

 驚愕している暇を古谷は与えてくれなかった。瞬時にフリーになっていた古谷はその場でジャンプシュートを撃つ。

 松平はブロックしようにも距離が開いているために止めることが出来ない。ボールが静かにネットを揺らした。

 (大仁多)8対15(盟和)。大仁多高校、盟和高校の流れを完全に止めることができず。再び得点を許してしまった。

 

「残念ながら流れはそう簡単には渡さない。さーて、下克上の時間ですよー。王者は大人しくお帰りくださーい」

 

 古谷が不敵に笑う。相手を見下すような不遜な表情で。


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