黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第三十七話 戦いに終止符を

 バスケにおいてポジションは5つに分けられる。

 PG(ポイントガード)SG(シューティングガード)SF(スモールフォワード)PF(パワーフォワード)(センター)

 それぞれ一人一人が役割を持っておりそのポジションに適した能力が求められる。

 もっとも試合中はメンバーチェンジやポジションチェンジが行われる為、一人の選手が複数のポジションを兼任することは決して珍しいことではない。状況に応じてポジションをこなすことがある。PGがSGを、PFがCをするといった例があげられる。

 だが、帝光中学バスケ部においては複数のポジションをこなす選手はほとんど存在しなかった。その原因は絶対的レギュラー、“キセキの世代”の存在である。彼らがすでにバスケを極めていたため、部員数も多いために他の選手達も層を厚くするという目的で一芸に秀でるように鍛えられる節があった。白瀧や西村も当然これに当てはまり、本来のポジション以外でプレイしたことはないに等しい。

 だからこそ白瀧の現状は帝光中学の内面を知る者達にとってはなおさら異例のことであった。常に得点源(スコアラー)として戦い続けた白瀧。そんな彼が司令塔としてコートに立っているのだから。

 

「――さて、それじゃあそろそろ決着をつけましょうか。行きますよ、小林さん」

 

 それでも彼の表情に不安の色は見られなかった。

 

 

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(……やっぱりポジションが違うと見えるものが違うな。全員の姿を捉えるってのも、かなり難しい)

 

 ボールを運びながら、白瀧は改めてPGというポジションの難しさを実感した。

 かつてのミニゲームでも経験したことはあるが、これが本物の試合であるために、敵味方の人員があまりにも違いすぎるためにまるで別物のように感じられる。

 本番で試すことがはじめてのため、緊張を覚えながら白瀧はじっくりと戦況を見た。

 そんな彼のボール運びは聖クスノキにとっては不気味な姿にしか映らない。

 

7番(白瀧)がPGなんてデータはない。だけどぶっつけ本番と言ってこんなところで博打をうつわけもない)

(だからこそこれは大仁多にとってはあくまで計算内の戦術のはずじゃん。用心に越したことはない!)

 

 聖クスノキの2-3ゾーンに対し、大仁多は白瀧をトップに据え山本が右ウイングに、小林が左ウイングに展開する。

 前列の山田と沖田が腰を落として外からのぺネトレイトを重心的に警戒する。

 すると白瀧と小林の視線があい、白瀧が右ウイングへと徐々に動いていく。それにつられて山田も動き、結果ハイポストへのコースが空いた。

 

「松平さん!」

 

 ゴール下からハイポストへ抜け出た松平へとパスが通る。

 ボールを掴むとと同時に反転。ゴールと正対し即シュート。ジャンはプレッシャーをかけるだけでブロックはできない。ボールがゴールを射抜く。

 (大仁多)45対38(聖クスノキ)。大仁多が確実に二点を決めた。

 

「ようし! ナイスパス!」

「いいぞ松平!」

 

 PGが交代し、不安視もされていた最初の攻撃を成功させたことで大仁多ベンチも幾分か気が楽になった。

 

「……どう思いますか?」

「なんというか、まあ今のは普通じゃん?」

「思ったよりも違和感はなかったな」

 

 一方で聖クスノキ高校は大仁多のスタンダードな攻めに、戸惑いを覚えた。

 本来のポジションではない白瀧が司令塔を務める。何か奇策があるのだろうかと待ち構えていたのだが、白瀧のパス回しは無難とも言え、想定外であった。 

 

(今のはあくまで試しのつもりか? 一体何を考えている)

 

 白瀧も小林も特に大きな動きがない。それが余計に彼らを不安を大きくさせた。

 

「あんまり深く考えすぎるな! とにかく、点差を縮めていこう!」

 

 真田の一喝が飛び、聖クスノキの攻撃が始まる。彼も不安がないわけではないが、だからこそチームを勇気付けようと思ったのだろう。

 山田と沖田が前線までボールを運ぶ。だがやはり楠とジャンのマークは厳しく、そう簡単にシュートまでいけそうにはなかった。

 

「それなら、こっちによこすじゃん!」

 

 突破口が見つからない状況下。ボールマンである山田に沖田が声をかける。

 すぐさまボールを沖田へ。沖田はフェイクから一転、ぺネトレイトを仕掛けた。中央に立つ山本のマークを切り裂くような鋭い動き。

 そして勢いを殺さずに真田へと速いパス。ゴール下へとパスが通った。

 

「よっしゃ、任せろ!」

 

 真田はワンドライブを入れてゴールを狙う。

 

「させると思ったか!?」

「まだまだアメーよ!」

「とっ!?」

 

 だが小林と山本がすぐに立て直し、真田の前に立ちはだかった。

 シュートコースがふさがれて困惑したために動きも止まってしまう。そして山本のスティールを許してしまう。

 

「あっ、やっちまった!」

「――白瀧!」

 

 弾いたボールは小林の手に収まり――そして白瀧へ。

 

「さっすが! 二人とも、良い仕事してくれますね!」

 

 笑みを浮かべてボールを運ぶ。聖クスノキも大仁多の速攻に備えて走った。

 

「さあ、行きますよ!」

 

 攻守が入れ替わって大仁多の速攻。一足先に黒木がゴール下へ入り、遅れて白瀧と山本が駆け上がる。対するはジャン、楠、山田の三人。

 敵の態勢が立て直る前に、大仁多が仕掛けた。並走していた白瀧と山本が左右へ別れる。

 するとボールを持っている白瀧はそのまま右ウイングから仕掛けるように見せ掛け、突如後ろに向き直り、パスを出す。

 

「ここですよ、ね!」

「ああ! 正解だ!」

 

 白瀧の斜め後ろを追いかけるように走っていた小林へパスが通り、そして速いパスが今度は山本へ送られる。

 ノーマークの山本がスリーポイントシュートを放つ。山田が慌てて跳ぶが間に合わない。山本のスリーがこの試合初めて炸裂した。

 

「よっし、やった!」

「ナイッシュ、山本さん!」

「小林さん、ナイスアシスト!

 

 (大仁多)48対38(聖クスノキ)。これで点差は二桁。

 

「今のが、そういうことか」

「……え?」

 

 観客席で緑間が一人ぎこちなく呟く。今の攻撃で緑間は大仁多の策の意味を理解したのだろう。冷や汗を浮かべ、大仁多の選手達の動きをじっくりと観察し続けた。

 聖クスノキの反撃。山田がボールを運ぶ。楠もなんとか状況をよくしようと動き回るが、前半ほどのキレがない。

 

「後半戦、あなたにはもう何もさせませんよ。俺が絶対に止めてみせる!」

「……本当に厄介だなお前は」

 

 苦しいはずなのになぜか口角が上がる。前半同様の厳しいチェックの為に振り切ることもできない。

 だが楠がいるからこそ白瀧をひきつけることができている。それも事実であった。

 

(でも、こっちもジャンがトリプルチームで封じられて、楠もいないんじゃとても攻めきれない。6番(山本)に代わってハイポストも厳しいし)

「……っ、コイ!」

「なっ!?」

「コイ! こっち二寄越セ!!」

 

 攻め倦み、無駄に時間が過ぎていく中。ジャンが声を張り上げた。

 迷いながらも山田はパスカットをさけるため、高いパスをさばく。ジャンも跳躍しないと確保は厳しい高さ。これならディナイも意味がない。

 ジャンが空中でボールを掴む。

 

「させるか!」

 

 すぐに三人がジャンを囲む。完全な包囲網の為に身動きを取ることさえ難しいが、それでもジャンは跳んだ。

 

「ウオオオ!」

 

 激しい咆哮と共に巨体が持ち上がる。無理やり腕を伸ばし、シュートを撃った。

 ボールがリングに弾かれる。だがジャンはもう一度跳び、リバウンドを確保すると今度こそボールを捻じ込んだ。

 (大仁多)48対40(聖クスノキ)。ジャンの懸命なプレイで二点を返す。

 

「……いや、今のような攻撃は長く続かない。気にするな。俺達はこのまま点を取り続けるぞ!」

 

 我武者羅なプレイで聖クスノキの選手達が少し士気が高まる。

 それを見て、小林は味方の流れを変えないようにと宥めるように、気持ちを落ち着かせた。

 

「よし。それじゃあ、また一つ頼むぞ白瀧」

「……了解です」

 

 白瀧に声をかけて小林は走り去る。今まで小林は見送る側だった。だが今は後輩に指示を託しているためか、少し固さが抜けたようにも見えた。

 失点後の大仁多の攻撃。山本と白瀧が交互にボールを回す。各選手達が動き回り、聖クスノキの2-3ゾーンをかき回す。やがて小林が空いているハイポストへと入り込んだ。

 それを見て白瀧も小林へとパスをさばく。

 

「小林!」

「囲め! フリーにさせるな!」

 

 ノーマークであったために、余計に聖クスノキの陣形も動いた。

 山本のすぐ近くにいた沖田を除き、ジャンと楠、山田が小林を囲むように動き、真田は後詰としてゴール下へ回り込む。

 

「……おう。これはありがたい。ここまで大きく乱れてくれるとは、な!」

「なっ……!?」

 

 だが彼らの意図に反して小林はすぐにボールを手放した。

 ゴールに振り返ることもなくすぐに右45度へ走り出した白瀧へ。そして白瀧もすぐに右コーナーの松平へパスを。さらに松平からゴール下の黒木へ。

 あっという間にゴール下まで攻め込むパス回しに、聖クスノキのゾーンは原型を失っていた。

 

「やばっ!」

「早イ! ……ダガ!」

 

 楠もコーナーへおびき寄せられ、黒木がフリーになってしまう。

 ディフェンスの裏をかいたパス回し。だがジャンが負けじとブロックに跳ぶ。

 

「……甘い」

「なにっ!?」

 

 ジャンが反応したのは黒木のポンプフェイクであった。

 黒木は跳んだジャンの足元を通すようにバウンドパス。再び小林へボールが戻った。

 

「行かせるか!」

「……いいや、お前達では止められないさ!」

 

 真田がチェックに入るが、小林はクロスオーバーで難なく突破。レイアップを沈め、さらに点差を広げる。

 

「くそっ!!」

 

 (大仁多)50対40(聖クスノキ)。またしても点差は二桁に突入した。

 

「ジャン! 攻めるぞ!」

「ム? ……オオッ!」

 

 あっという間の出来事で幾人かが集中の糸が切れかける。

 このまま流れを完全に渡すわけにも行かず、楠はジャンに声をかけると一気にコートを駆け上がった。

 

「なっ、楠のワンマン速攻か!?」

 

 それは前半戦も何度か見られた、楠のワンマン速攻。

 「しまった」と悔いたときにはもう遅い。ジャンがボールを手にすると、矢のような送球が放たれる。

 勢いがあるボール。これは誰にも止められない。楠がボールを取ろうと跳躍する。……そして同じく跳躍していた白瀧の手に阻まれた。

 

「え……?」

「言ったはずですよ。あなたには何もさせないと」

 

 呆然とする楠に、白瀧は止めを刺すように言った。

 

(……そうか! 白瀧がPGとなったのは、楠の速攻を止めるためでもあったのか!)

 

 ここにきて石川は白瀧と小林のポジション交代について理解した。

 白瀧がトップの位置に入ったことでより自陣に戻る時間も早くなり、楠の速攻を防ぐために待ち構えることができるようになった。

 たしかに白瀧はここまで楠を抑えていたが、速攻時には純粋な速度では殆ど互角の為に完全に防げていたわけではない。

 だからこそ大仁多は楠をも完全に封じるために、このような布陣を取ったのだろう。石川はそう確信した。

 

「そしてぼんやりとしている暇も、ないですよ!」

 

 着地と同時に、大仁多のカウンターが始まる。楠も全力で後を追った。

 

「くそっ! 絶対に止めるじゃん、山田!」

「わかってますよ!」

 

 決められればこの第3Qはもう取り戻せないと直感したのか、二人はこれまで以上の集中力で白瀧を待ち構える。

 

「……いいや、まだディフェンスがなっていない」

 

 それでも白瀧を止められるとは限らない。

 一つの切り返しだけでスピードに乗り、二人を横から抜き去る。

 さらにヘルプに入った真田を、白瀧は自分の背後からドリブルを通して切り返す――ビハインドザバックで突破した。

 

「は、速い――!」

 

 瞬く間に白瀧は単独で三人を抜き去り、ゴールに迫る。

 

「行かせるカ!」

「白瀧――!!」

 

 最後にジャン、そして楠がゴール下で立ち塞がる。

 もはや後はない。何としても止めてみせる。聖クスノキの最高戦力二人が再び白瀧に挑む。

 

「……そんなこと、知ったことか!」

 

 だが白瀧も負けられない。フリースローラインに至ると同時に、ジャンと楠よりも先に跳ぶ。

 

「ナニッ!?」

(踏み切り位置が遠い! レイアップシュートを、そんなところから!?)

 

 驚きつつも遅れて跳躍する。高さは白瀧よりも二人の方が断然高い。

 だが白瀧が放ったシュートは二人の腕よりも高い場所を越えて、リングを潜り抜ける。

 

「誰にも俺は、止めさせない……!」

 

 リングより離れた場所から放つレイアップシュート――ティアドロップ。

 軌道が高いそのシュートは白瀧のスピードも合わさって、ブロックを不可能とする得意技だ。

 

(……一人で、五人を突破しただと……!!)

 

 (大仁多)52対40(聖クスノキ)。白瀧の個人技を前に、聖クスノキのディフェンスは脆くも崩されてしまった。

 

「おう、よく決めた!」

「一人で全部持ってくなんて、無理しやがってこの野郎!」

「ちょっ、痛っ! 入ってます、松平さん!」

「……」

「黒木さんも無言で叩くのやめてください!」

 

 得点を決めた白瀧を待っていたのは山本や松平達の手荒い出迎え。黒木も微笑を浮かべて白瀧を讃える。

 それだけ今の攻撃には意味があった。楠の速攻を防ぎ、その上で相手の勢いを立つ五人抜き。白瀧の攻撃が聖クスノキに与えたダメージは大きいだろう。

 

「白瀧」

「……小林さん」

「さすがだ。ナイッシュ」

「ありがとうございます」

 

 白瀧と小林は手をかわし、満足げに頷く。

 元々このスタイルは二人のうちどちらがかけても成り立たなかったのだ。お互い意識するところがあるのだろう。

 

「……くそ!」

「聖クスノキ高校タイムアウトです!」

 

 たまらず石川はタイムアウトを取った。

 後半戦で二つしかない大事なもの。だがそれでも使わざるをえなかった。それほど流れが悪かった。

 

「ちくしょう……!」

 

 悔しいのは監督だけではない。コート上に立つ選手達も同じ、あるいはそれ以上で。

 楠はただ静かに握った拳を震わせて、己の無力さを噛み締めた。

 

 

――――

 

 

「……ハイループレイアップ。あれが白瀧の得意なシュートか」

「あのシュートは俺とて止めることは容易ではないのだよ。それだけやつの得点力は高い」

「ドライブも警戒する以上、ディフェンスは深く守りますからね」

 

 火神は先ほどの白瀧のシュートを思い出し、その威力に身を震わせた。

 自分よりも背が高い選手二人をかわして決めるということは並大抵のことではない。しかも五人抜きでともなると、尚更だ。

 

(……黄瀬や緑間みたいに個人頼りのプレイじゃねえ。こいつは全てを最大限に生かすためにプレイを選んでやがる!)

 

 白瀧の強みはプレイの見せ方であろうと火神は感じていた。

 チームプレイ重視という点は変わらない。しかし時に自分から積極的に仕掛け、時に味方のひきつけ役となり、状況を踏まえた上で自分のプレイを選択している。

 戦況を読み、流れを掴み取るために最善の手を打つ。まるで本物の勝負師のようだった。

 

「そして、白瀧がPG、小林がFにつくという大仁多の奇策。これは小林を起点に、より高速なパス回しを体現するための陣形だろうな」

「加えてこの試合に関しては相手の速攻を防ぐという役割も果たしているみたいですね」

「ああ、そのようだな」

 

 小林を自由に動かせる位置に置き、白瀧が攻撃を組み立て、全体の指揮をとる。

 これにより大仁多は中にも全体を見回しパスをできる司令塔ができ、中へ外へとパス回しがさらに速くなった。

 しかも小林が中にいることでインサイドの高さとパワーが大幅に上がる。そして白瀧がトップにいることで楠の速攻を防ぐという役割もある。

 聖クスノキを攻め崩すための、大仁多の強力な一手であった。

 

(……俺は、いや俺達は一つ勘違いしていた)

 

 そしてこの作戦は一つの事実を意味している。

 

(白瀧の武器は瞬発力だと、誰もが思っていた。だがそれは違う。瞬発力はあくまでその一つに過ぎなかったのだ)

 

 緑間は無表情で黒子に相槌を打ちながら、しかし内心で冷や汗をかいていた。

 

(いくつもの技術を組みあわせてオリジナルの武器とする。ゲームの戦況によって戦い方を変える。なれないポジションも無難にこなす。

 白瀧の武器はあらゆる状況に対応し、最善の選択を行うことを可能とする適応力、すなわち――『アジャスト』だ!)

 

 白瀧の真の武器、適応(アジャスト)。それに気づいてしまったが為に。

 

(だがこれは白瀧が自分で気づいたというのか? 今までPGなど経験もしていなかったというのに。

 ……いや、これは一人で結論に至れることではない。藤代監督、あの男が白瀧を仕上げたのか……!)

 

 そして白瀧の力に勘づいたであろう、藤代雄一という監督に対しても同じく。

 帝光時代ならばきっと誰もその可能性に気づくことができなかったであろう力を彼は見抜いたのだから。

 

 

――――

 

 

 タイムアウトを宣告した聖クスノキ高校。

 だがこの選択は殆ど意味を成さなかった。聖クスノキは最初から全力で勝利を得ようと挑んでいた。

 そのため、これ以上戦況を変えるほどの策が、余力が残っていなかったのである。

 

「あっ、しまった!」

「パスミスだ!」

 

 ゲーム再開後、最初の攻撃。沖田から真田へとパスがさばかれる中、連携のミスが生じた。

 真田がボールを取りこぼし、松平に奪われてしまう。再開直後で絶対に決めたい攻撃。それゆえに焦ってしまったのか。

 ゴール下に入るどころか攻守が入れ替わり、ピンチを招いてしまう。

 聖クスノキは速い展開のためにアウトナンバーとなってしまい、小林のレイアップを許してしまった。

 

 (大仁多)54対40(聖クスノキ)。14点差、徐々に点差が開いていく。

 

「くっそ!」

(ジャンと楠はマークが厳しいし、真田もゴール下は厳しい。ここは、俺が決めるじゃん!)

 

 悪くなりつつある雰囲気をなんとかしようと、沖田が一つの決心をする。

 山田にボールを強く要求、ボールをもらうとノーマークを活かしてぺネトレイト。ジャンのマークについていた小林はヘルプにつこうとするが、真田のスクリーンで阻まれている。

 邪魔するものはいない。山田はそのままレイアップシュートを放つ。ボールは無事に手からゴールへと向かい……そして山本のブロックショットに防がれた。

 

「ぐっ!?」

「おいおい、その程度のスピードで俺を振り切れたと思ったのかよ?」

 

 大仁多のレギュラーを舐めるなと、山本は沖田を挑発した。

 ルーズボールを白瀧が取ったことで再び大仁多へボールが移ってしまう。

 聖クスノキは2-3ゾーンを継続。なんとしてもここから先への侵入は許さない。そう言わんばかりに前列二人はパスも警戒して深く守る。

 

「……嫌になるな、まったくさ!」

「なっ!?」

 

 白瀧はため息を一つ吐き、中央からスリーポイントシュートを放つ。

 突然の出来事で警戒していなかったために、ボールを見送るしかない。ジャンや真田のリバウンドを期待するが……ボールは静かにリングを潜り抜けた。

 

「――スリー!?」

(この試合、一本も撃っていなかったのに……!)

「警戒しないと駄目ですよ。いつ撃つかわかりませんから」

 

 (大仁多)57対40(聖クスノキ)。大仁多が連続得点を決めた。

 

「ふっ。当たり前なのだよ。やつにスリーを叩き込んだのは誰だと思っている」

 

 スリーが決まったことを確認して、緑間は満足そうに口角を上げた。自分が鍛え上げた技術が功を制している展開を見て、嬉しく思ったのだろう。

 急激に調子を良くした緑間を見た火神はおかしいものでも見るかのような視線を緑間へ送る。

 

「……なんでテメーが得意げになってんだよ」

「ひょっとして白瀧君に外角のシュートを教えたの、緑間君なんですか?」

「その通りなのだよ。よくぞ見抜いたな黒子」

「いや、その反応を見れば誰にでもわかります。あとちょっとその言い方うるさいです」

「うるさい……!?」

 

 黒子の辛辣なツッコミに、緑間は決して少なくないショックを受けた。

 

「ですが……聖クスノキの巻き返しが本当に難しくなりましたね」

 

 戦況を理解した黒子が独り言のように呟く。

 白瀧がPGをすること。それはパスの高速化、インサイドの強化だけではなくアウトサイドの強化にもあった。

 小林は外角のシュートはもっていない。それゆえにパスかぺネトレイトから攻撃を始めていた。

 だが白瀧と交代したことで白瀧のスリーという選択肢も選びやすくなる。ゾーンディフェンスの不意もつける中央からのスリー。大仁多の攻撃がさらに強烈なものとなっていた。

 

 

――――

 

 

 その後の試合は一方的なものとなった。

 大仁多の攻撃は止むことを知らず、次々と点差を広げていく。

 聖クスノキも必死に食らいつくが、得点源を封じられ、ゾーンディフェンスも機能しなくなり、連携のミスが増えていく。楠の体力も再び限界を迎えようとしていた。

 第三Q残り1分。(大仁多)79対44(聖クスノキ)。もはや逆転することは厳しくなってしまった。

 

「リバウンド!」

 

 山本のスリーがはずれ、ボールが流れる。

 リバウンドを制したのは小林。白瀧よりも高さとパワーがある分、真田との競り合いが有利であった。

 

「ちっく、そおお!」

「ッ……!」

 

 真田が懸命に跳ぶ。ブロックをわかった上で、それでも小林はシュートを撃った。

 

(シュートが甘い! 外れる!)

 

 だが態勢が悪かったのか、シュートの方向が悪い。

 ボールは反対側のコートの方へと流れている。相手をする松平と黒木は位置が逆。競る相手がいないならば取れると楠は確信し、ボールが落ちるタイミングを待つ。

 

「……ッ! 楠、白瀧が行ったぞ!」

 

 そんな時に、山田の叫び声が耳に入る。咄嗟に横目で確認すると、たしかに白瀧がゴールの方へと走っていた。

 

「白瀧……!」

「もらいますよ、得点!」

 

 ボールがリングを越して二人の方へと落ちてくる。

 跳んだタイミングは殆ど同時、いやわずかに白瀧が早かった。

 白瀧の伸ばした手がボールを掴み取り、そしてそのままリングへと叩きつける。

 (大仁多)81対44(聖クスノキ)。白瀧のアリウープが、炸裂した。

 

「なっ!?」

「アリウープだと……?」

「こんなの、できたのかよこいつ!?」

 

 目の前で信じられない出来事が起き、聖クスノキの選手達は目を丸くする。

 

「……なあ、白瀧って背丈どれくらいだっけ?」

「180前後だったと思います。日向先輩(キャプテン)くらいだと考えればよいかと。それなのに、こんな……緑間君は知っていましたか?」

「……俺も驚いているところなのだよ。少なくとも中学時代はこんなこと、できなかったはずだ! なのに!」

 

 火神や黒子、緑間も同じ状態だった。

 中学時代はできなかった、秀徳との練習試合でも見せなかったこのプレイ。

 次々と新たな力を見につけていく白瀧に、三人は脅威さえ抱いていた。

 

「よし、いい調子だ白瀧!」

「ありがとうございます。でも、やるならちゃんとしたパスくださいよ」

 

 そんな中で、白瀧は小林とハイタッチしながら全員に聞こえるように言った。

 

「アリウープは結構難しいんですよ? どうせやるなら次はダンクを叩き込むので、俺に直接渡してください」

「ああ、そうだな。無理させてしまったか」

『……ッ!?』

 

 ダンクもできるという内容だった。あまりにも平然と言いのける姿を見て、恐ろしささえ感じられる。

 当の二人は士気が落ちる相手には目もくれずに、ディフェンスへと戻っていった。

 

「……すごいな、白瀧」

「ってか、要のやつ。本当にダンクなんてできるようになったんですか!?」

 

 難なく得点を決めた白瀧を本田が称賛する一方、神崎は本当にダンクが出来るのかと藤代に問いかけた。

 以前彼が相手をしたときは出来ないと言っていたはず。それなのにたった一週間でできるようになるとは信じられない。

 神崎の至極当然な疑問に藤代は笑顔で答えた。

 

「ええ、できませんよ」

 

 その問いかけを否定することで。

 

「……え? でも、今白瀧がそんなこと言っていたような……」

「あれは虚言ですよ。わざとそう言うことで敵の注意をひきつけたのでしょう」

「えー……」

「そもそも180センチもない選手がアリウープを決めるだけでも驚きなのに、ダンクを決めるなんて信じられますか?」

「いや、無理ですね」

「でも事前に決めたからこそその後の言葉が真実味を増す。……精神的に相手を追い詰める気ですね」

 

 真の中に虚を、虚の中に真を混ぜ合わせる。結果としてありもしない虚像をも武器となす、心理的なバスケ。

 白瀧は相手に止めを刺すためにさらに相手を追い詰めようと考えたのだ。

 

「でも、そんなことをする必要はなかったんじゃあ? 試合はこのままいけば安全ですし……」

「何が起こるのかわからないのが試合ですよ。相手が諦めるまでは攻撃の手を緩めない、当然のことだと思いますが」

「うっ……」

 

 光月の疑問を藤代は切り捨てた。

 大差であるが、それこそ準々決勝のような例外がある。可能性がなくならない以上、全力を出すことはおかしいことではない。

 

(最も、白瀧さんの場合はそれだけではないようですが……)

 

 そしてもう一つ。白瀧が取った行動には理由があるのだろうと藤代は推測した。

 藤代はじっくりと楠を見る。今のシュートが効果的だったのか、集中力が消えかけている。

 おそらく体力も残されていないのだろう。オフェンスに参加しようと走るが、途中で足を引っ掛けて転倒してしまう。

 

「楠! おい、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です……」

 

 ふらつきながらも立ち上がり、不安げな表情で見つめる沖田に笑みを見せる。

 だが、やせ我慢であることは丸分かりであった。

 

「……すみません、選手交代を」

 

 これ以上は見ていられず、石川はベンチから立ち上がり、選手交代を申し出た。

 

「待ってください監督!」

「なっ、どうした西條?」

「……あれを、見てください」

「あれ? ……ッ!」

 

 いきなりの西條の呼び声で石川は振り返った。

 そのまま彼は言われるがまま視線をコートへと向ける。

 その先で、楠が石川を手で制していた。交代は必要ないと。

 

「……すみません、やはり大丈夫です」

 

 それを見て、石川は選手交代を取りやめた。

 おそらく楠は交代することの意味を理解しているのだろう。白瀧は言葉にせず、心中で彼を褒め称えた。

 

(やはり、あなたはわかっているんだな……)

 

 今楠が交代すれば、先ほど白瀧との競り合いにも負けたこともあり、楠が勝負に敗れてベンチに引っ込んだように見えてしまう。味方の士気は取り戻せなくなるだろう。

 たしかに交代したほうが戦力は増すかもしれない。だがタイミングが悪い。

 

(これで、決まりだ……)

 

 この試合はこの時点で決まっていたのかもしれない。

 少なくとも白瀧はそう感じ、マッチアップする楠に声をかけた。

 

「一つ、忠告をしておきます。楠先輩」

「……?」

「俺とあなたはバスケスタイルが似ている。だからこそ言わせてもらいます。

 ……これ以上は体の負担が大きくなるだけでしょう。まだ本来の力が戻っていないのならば、この試合はもう下がった方が良いと思います」

 

 確実な勝利を得るために白瀧は仕掛けた。だがこれ以上目の前の強敵に無理をして欲しくないという思いもある。

 だからこそ白瀧は楠に、自分と似ている敵に下がるようにと言った。

 

(こいつ、最初から気づいていたのか……)

 

 その言葉で自分の怪我について白瀧が知っていたということがわかった。

 情報が限られていたというのに、そこまで調べつくしていた。どこまで用意周到なのだろうかと思った。

 

「ハハッ……」

 

 楠の口から笑みがこぼれる。顔を挙げ、白瀧と真正面に向かい合って楠は彼の提案に答えた。

 

「お前も中々どうして、面白い冗談を言えるんだな」

「冗談? どういう意味ですか? 俺が冗談でこのようなことを言うと思いますか?」

「……聞く前から答えがわかりきっている問いかけは、冗談にしか聞こえないだろう?」

 

 その返答に白瀧の表情が固まる。拒絶の答え。ありえないわけではないと思っていたが、このようなことを言われるとは思っていなかった。

 

「ならば逆に聞くが、白瀧。もしもお前が逆の立場だったならば、お前は今の問いかけに頷いたか?」

「…………いいえ」

 

 楠が逆に質問で返す。一度目の問いに、白瀧は少し間を置いて、だが拒絶した。

 

「もしもお前が俺の立場だったら、俺と同じことをしていただろう?」

「はい、当然のことです」

 

 二回目の問いに、今度は即答で返す。

 

「そうだろうな。だから、わかったならばそれ以上は言わないでくれ」

 

 悲しそうな目で、縋るような声で楠は続けた。

 

「……わかりました。ならばせめて全力であなた達を倒させていただきます」

 

 問いかけはもう必要なかった。

 白瀧の雰囲気が変わる。いや、変わったのは雰囲気だけではない。

 

(ハンズアップを、やめた?)

 

 今までの身動き一つ取らせない、全身に力がかかっていた状態から一転。

 白瀧は腕を下ろし、脱力したような自然体で。しかし油断なく楠を目で捉え立ち塞がる。

 

(何を、している? わからないが、これなら突破もできるか……)

 

 行動の意図はわからないが、これで多少は動きやすくなった。

 楠は左手を後ろに回し、山田にパスを送るように指示を出す。程なくして山田からパスがさばかれた。

 

(絶対に俺は、負けない……!)

 

 奪われないように腕を伸ばし、ボールを頭上で確保する。

 油断は出来ない。いくつかフェイクも織り交ぜて攻めて行こうと、楠はトリプルスレットの態勢から一つポンプフェイクを入れる。

 腕を大きく上げ、そして一気に仕掛けようと腕を降ろす。その瞬間、白瀧の腕がボールを弾いた。

 

「なっ、えっ……!?」

 

 ――速い。いや、速過ぎる。楠は反応することさえできずに白瀧にボールを奪われていた。

 転々とするボールは白瀧が確保し、ワンマン速攻を成功させた。

 そして程なくして、第三Qが終了する。(大仁多)83対44(聖クスノキ)。その差、39点。

 

 

――――

 

 

「……あれは」

 

 火神は戦慄した。

 白瀧の最後のディフェンス。あれはかつて火神が白瀧と1on1した時に感じたものだった。

 ひりつくような殺意にも似た集中力を醸し出し、瞬く間にボールを奪い去る攻撃的なディフェンス。

 

「全身の力を抜くことであらかじめ重心を下げ、そして瞬発力を発揮する」

「……防げない。一瞬の隙を、あんな速さでこられたら……」

 

 足へ重心が掛かっている分、余計に動き始めまでの時間が短い。

 一瞬の隙も見せることを許さないディフェンス。反応することさえ難しいだろう。

 

(だから、俺はあの時あいつから感じたんだな)

 

 初めて会った時には何も感じなかったというのに、あの一瞬突如感じた強者の匂い。

 

(異常なまでの集中力と、試合の流れを読む嗅覚。勝負強さ。――殺戮本能(キラー・インスティンクト)か)

 

 強者でもないものはない、弱者でもあるものはあるという勝負師がもつ本能、キラー・インスティンクト。相手に止めを差す能力。

 第三Qの最後の攻撃。正真正銘聖クスノキ高校の最後の得点チャンスだった。

 せめて一本、エースで決めて終わりたいという気持ちがあっただろう。そこで、白瀧が止めを差した。

 

「面白え。この試合来て良かったぜ。こんなにも、見てて面白いと思うのは初めてだ…!」

 

 早くこいつと戦いたい。もう一度勝負したい。

 火神の闘志が湧き上がり、体の疼きが止まらなかった。

 

 

――――

 

 

 第四Qが始まった。

 大仁多はここで負担が大きい黒木を下げ、三浦を投入する。聖クスノキ高校の交代はない。

 点差が大きい中、聖クスノキの選手達は誰も諦めたわけではない。全員が必死にゴールを狙った。

 だが流れが変わることはなく。点差は時間の経過と共に大きくなっていった。

 

「……くっそぅっ……」

 

 消え入るような細々とした声で、楠は悔しさを形とした。

 

(……凄い。あなたは、本当に凄い)

 

 なおも諦めずにコートに絶ち続ける姿に、白瀧は敬意を示す。

 

「……楠先輩。俺はあなたと戦えたことを、誇りに思う」

「ハッ。それは、光栄だな。おまえほどの選手にそう言ってもらえるとは」

「はい。ですが……」

 

 瞬間、楠の視界から白瀧の姿が消えた。

 

「……これが、結果だ」

 

 白瀧は楠の横を抜き去り、ジャンのブロックをダブルクラッチでかわす。

 ボールがネットを潜り、地面に落ちる。その音を聞いて、楠は清々しそうな笑みを浮かべて、

 

「……ああ、お前達の勝ちだ」

『試合終了――!!』

 

 ――己の敗戦を、受け入れた。

 試合終了のブザーが鳴り響く中、糸が切れた人形のように体から力がぬけていく。

 床に倒れてしまうその寸前で、ジャンと真田が楠の体を支えた。

 

「あと少し。整列が終わったら休んでいいから、もう少し頑張れ!」

「……すみません」

「お前ガ謝るナ。まだ機会はアル」

「……そう、ですね……」

 

 二人の励ましの言葉に、頷いて答える楠。

 だが、ふと視線をベンチに、不安げに立ち尽くしている西條へと向けると、

 

「……すみません」

 

 謝罪せずにはいられなかった。

 

「118対51で、大仁多高校の勝ち! 礼!!」

『ありがとうございました!』

 

 大仁多高校、ダブルスコアの大勝で準決勝を突破。決勝へとコマを進める。


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