黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第三十四話 『神速』の定義

 聖クスノキのオフェンスに対して、大仁多はマンツーマンディフェンスを展開した。

 楠には白瀧がつき、事前に藤代に指示されたとおりマッチアップしている。

 ハーフコートを越えたところで山田から楠へとパスが通る。白瀧が楠のぺネトレイトを警戒して深く守っていると、

 

「侮るなよ、白瀧」

「ッ――!?」

 

 楠はスリーポイントラインの外側から、ノーフェイクでシュートを放つ。

 白瀧が遅れて跳ぶが、打点が高いためにブロックは間に合わない。放たれたボールはネットを揺らし、聖クスノキに追加点が記録された。

 

「あー、くそっ!」

 

 天井を見上げ、悪態をつく。楠のスピードを警戒するあまり、シュートへの対応が疎かになってしまった自分の失態を責めていた。

 

(このままでは駄目だ。やはり普通のマンマークではどうしてもシュートの反応が遅れる。

 楠のドリブル突破は脅威だけど、スリーもある以上好き放題やってくれと言っているようなものだ)

 

 わかっていたこととはいえ、楠の最高到達点は高い。ゆえに背丈で劣っている白瀧がシュートを防ぐことは容易ではない。

 ドリブルとシュート、両方を警戒しなければいけないこの状況に、白瀧は頭を悩ませた。

 

「でも、それでもやってやる。こんなところで立ち止まっていられるか!」

 

 しかし白瀧の闘志は戦況とは反比例して燃え上がっていた。

 

 

 ――かつてキセキになり損ねた少年。彼の前に、今再び才能という壁が立ちはだかる。

 

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「……っつーか今さらだけど。なんで俺まで試合を見に行かなきゃなんねーんだよ?」

「火神君も白瀧君にエールを送ってもらったじゃないですか。それに今療養中だからやることなくて暇だろうと思ったので」

「あいつにはただ喧嘩売っただけだ。あと人のことを暇人みたいな言い方するんじゃねーよ」

「まあまあ。何にせよ、レベルが高い選手達のバスケを見ることは悪い話ではないですよ」

「わかってるよ。だから一応ついて来たんだろーが!」

 

 栃木県大会予選が行われている体育館。そこを目指し、言葉を交わしながら足を進める二人の男子高校生がいた。

 黒子と火神、誠凛高校の選手達である。

 二人は黒子の提案により、今日行われる大仁多の試合を見にきたのである。

 どちらも白瀧とは少なからず因縁もあり、交流があった。丁度休日に行われる都合が良い日程だったので偵察がてら観戦することにしたのである。

 特に火神は先の秀徳戦で足を痛めていたため、暇を潰すことができて良いだろうと思ったのだ。当の本人は頑なに否定しているが。

 

「で? 黒子、お前さっきからケータイの画面を眺めっぱなしだけど、一体何やってんだ? 調べものか?」

「はい。栃木の高校バスケットの記事です。会場に着く前に、現在勝ち残っている4校について調べようと思って」

 

 黒子が見つめる先、携帯の画面には栃木県大会の予選情報が掲載されている。

 4強に名を連ねた四校。それぞれの高校について前評判がそれなりに詳しく載っていた。

 

 

 ――今年のインターハイ栃木県予選男子の部において、波乱が生まれた。4強は確実と言われた常盤高校の敗退である。

 果たして今年も大仁多がIH(インターハイ)出場の枠を守るのか。あるいは栃木の王者の牙城を打ち破る高校が現れるのか。準決勝でも物語が生まれるかどうか、今後も試合の行方に目を離せない。

 

 Aブロック代表は昨年度のIH(インターハイ)でベスト4まで勝ち残った王者・大仁多高校。

 全国区のPG・小林をはじめ、全国を経験した猛者達が集う。さらに今年は得点王を記録中のエース・白瀧を含む五人の一年生がベンチ入りを果たした。王者は新戦力を伴って連覇に向かって突き進む。

 

 Bブロック代表は常盤高校を破った聖クスノキ高校。今大会注目のダークホースである。

 予選ではゴール下に二メートルを越す長身センター・ジャンを据え、インサイドを支配した。さらに準々決勝では柊を圧倒するほどの実力を持つ楠が活躍。この勢いに乗って新鋭は打倒・大仁多を目指す。

 

 Cブロック代表は山吹高校。かつてはIHに出場したこともある栃木の古豪だ。

 チームの核たるエースはいないが、それを補って余りあるチームワークで勝ち進んできた。横山、菅野のガードコンビを中心に相手ディフェンスをかき回すラン&ガンで敵を攻め崩す。

 

 Dブロック代表は二年連続で県大会準優勝を果たし、栃木内で最も王者に近いと噂される盟和高校。

 ポイントゲッターの橙乃を主体としたゴール下のオフェンス力が高い。小林に次ぐ司令塔と呼ばれる細谷の落ち着いたゲームメイクも今だ健在だ。今年こそ悲願の初優勝を信じ、必勝を誓う。

 

 準決勝、盟和高校対山吹高校は大仁多の対抗馬と期待される盟和高校が有利だろう。

 ゴール下を制する屈強なフロントラインが山吹のミスマッチを狙える。二年連続で味わった敗北に対する雪辱にも燃えていて士気が高い。

 山吹高校はどれだけ自分達のペースで勝負を仕掛けられるかにかかっている。立ち上がりでどこまで流れに乗れるかに注目。

 

 大仁多高校対聖クスノキ高校は波乱の可能性がありうる。

 ここまで大仁多はすべて100点ゲームで勝利を掴み取り、磐石の態勢で挑んでいる。攻守に隙がなく、バランスが取れた大本命。

 一方聖クスノキ高校は強豪・常盤高校を破った勢いがある。ジャン・楠の両大型選手が大仁多を相手にどこまで戦えるかが鍵だ。

 

 

「……大仁多が本当に評価高いんだな」

「それはそうですよ。ここ数年、栃木の代表は大仁多高校で決まっていましたから」

「へえ、東京の三大王者みてえなもんか」

 

 改めて大仁多の強さに感嘆する。

 火神も強豪校との話は聞いていたが、前評判でここまで呼ばれるのは並大抵のことではない。

 まるで東京都が誇る三大王者のようだと考えてしまった。

 

(相手の聖クスノキの評判も気になっけど。……まあ、大丈夫だろ)

 

 対戦相手のことを頭に入れつつ、二人は道を抜けてコートが見えるギャラリーへと入った。

 すでに試合は始まっていた。どっと沸きあがる歓声。おそらく試合早々から何か動きがあったのだろう。

 

「……え?」

「なっ、嘘だろ!?」

 

 だが、得点を記録する電光掲示板を目にして二人は固まった。

 (大仁多)6対11(聖クスノキ)

 試合が始まってから三分と三十秒が経過している中、大仁多は劣勢に立たされていた。

 

「そんな、どうして……白瀧君?」

 

 まさかどこか調子が悪いのかと、黒子は旧友の姿を捉える。

 だが黒子の目から見ても白瀧の動きに特に不調の色は見られなかった。

 

 

――――

 

 

 小林が高さのミスマッチをつき、白瀧へとパスが通る。

 中央から右45度へ場所を移し、楠との一対一が始まった。

 聖クスノキのディフェンスはマンツーマン。こちらもやはり白瀧には楠がマークについていた。

 

「また来るか? いいぜ、来い」

「……ったく。どうしてこう俺の相手には手ごわいヤツばかりが現れるんだ」

 

 ――しかも皆背高いし。と白瀧は心中で悪態をつく。

 だがそれでも一度やると決めたからにはその意志を貫き通す。

 白瀧のクロスオーバー。一瞬で切り返し、ボールと楠の間に体を入れ込み、ハイポストの中央へと侵入する。

 他の敵選手も近くにいるいる密集地。しかし白瀧は迷う事無くレイアップシュートを放った。

 

「なに!?」

「ちょっ!? 撃つの早っ!」

(ブロックも間に合わないじゃん!)

 

 遅れて後を追いかけた楠と咄嗟に動いた沖田が両脇から交差するようにブロックに跳ぶ。

 だが白瀧は二人の腕をかいくぐるかのように、ブロックの下からボールを放つ。

 

(――スクープショット!)

 

 それは相手ディフェンスをかわすために低い位置から掬い上げ、遠くからレイアップシュートを放つスクープショットと呼ばれる技。

 白瀧自身も二人のブロックをかわし、成功を確信する。

 

「なっ――!?」

 

 だが、突如大きな影が現れたことで確信は驚愕に変わる。

 

「させるカ!!」

 

 ゴール下で黒木と競っていたジャンが大きく跳躍し、ボールを叩き落としたのである。

 ボールは力強く床に叩きつけられ、そのままラインの外へ。

 

「アウトオブバウンズ! 大仁多()ボール!」

 

 再びボールは大仁多へと移るが、しかし得点を決められなかったその衝撃は中々大きい。

 

「白瀧のスクープショットを叩き落した……」

(たしかにディフェンス二人のせいでコースを制限されていたとはいえ――やはりブロックが高い)

 

 常識離れの高さに山本は思わず冷や汗を覚えた。

 審判よりボールを受け取りつつ、どうしても視線は自然とジャンを追ってしまう。試合開始からずっとゴール下を制している、あの巨体に。

 

「山本、もたもたするな!」

「ッ! お、おう!」

 

 集中力が途切れかけた山本に声をかける男がいた。

 小林である。小林はライン上にいる山本に声をかけながら接近。手渡しの形でボールを受け取る。

 ボールを手にすると小林はマークにつく山田をかわし、ペイントエリアへと侵入。真田をひきつけるとポンプフェイク一つで引っ掛け、さらにバスケットに迫る。

 ついにジャンが駆けつける。小林がレイアップシュートのモーションに入ると同時にジャンが跳躍。

 それに対し、小林はジャンの体の横へと腕をずらし、ボールを軽く放った。

 

「黒木! フリーだ! 撃て!」

 

 パスの先にいたのは黒木。

 黒木のマークだったジャンは小林のフェイクにつられた。これならばいける、すぐさまジャンプシュートを撃った。

 

「ッグ! まだダ!」

 

 するとジャンも負けじと着地と同時にもう一度跳ぶ。

 先ほどの小林が体が流れていたためにあまり高さがでず、ジャンもそれほど跳んでいなかったのだ。

 黒木が撃ったボールにジャンの指先がわずかに触れる。それによりボールもネットをくぐることはなく、リングにあたり、逆側へと落ちた。

 

「ちっ!」

「リバウンド!」

「――明!」

「わかってる!」

(……ヤバイ! こいつ強い!)

 

 光月と真田がポジションを競り合う。

 だが体格もパワーも光月の方が上だった。ベストポジションを取った光月がオフェンスリバウンドを制する。

 そして着地と同時に動き出した。

 

(僕が決めないと……!)

 

 足がつくと同時にスピンムーブ。真田のプレッシャーを背中で受け止めつつ、左足を軸に鋭く切り込んだ。

 ゴールはすぐ目の前。マークもかわし、これなら外すわけもないと光月はジャンプシュートを撃つ。

 

「舐めるナッ!!」

「……!」

 

 だがこれも、ジャンのブロックにより止められてしまった。

 

「なっ――!?」

「大仁多が誇るフロントライン、壊滅――!!」

「ジャンの三連続ブロックが炸裂だ!」

 

 これで白瀧・黒木・光月と大仁多のフロントラインが連続でジャンにブロックされてしまった。

 ゴール下が強いとは聞いていたものの、ここまでセンター一人に抑えこまれるのは珍しい。それほど留学生の力は凄まじかった。

 その派手なプレイは、王者を圧倒する姿は観客を沸かせた。さらに聖クスノキの声援が高まる。

 

「ちっ、まだだ! 手を緩めるな!」

 

 悪循環が生まれようとする中、小林が声を張り上げチームを鼓舞する。

 転々とするボールを確保した彼は一度左サイドに構える山本にボールを回す。

 

(立ち直りが早い。さすが、大仁多のキャプテン……)

 

 自身も少なからず衝撃を受けているだろうに、それでもなお司令塔として冷静にコートを見る小林を見て、山田は素直に感心した。

 隙がないのである。たしかに身体能力も経験も劣っているが、それでも隙あらばと観察していた。それでも、連続で得点を失敗した後でもまったく変化がなかった。

 山本はシュートフェイクを入れた後、中央の白瀧へとパス。白瀧はいくつかフェイクを入れた後、鋭いパスをゴール下へとさばく。

 

「あっ……!?」

 

 しかしこれを光月がとりこぼしてしまう。手で弾いてしまい、ボールはコートから外へ転がっていく。

 

「くそっ、何をやってるんだ!」

 

 このままボールが出れば聖クスノキへとボールが渡ってしまう。

 それだけは防ごうと白瀧が駆け出した。しつこく向かっていき、ボール目掛けて飛ぶ。ライン上でボールを手におさめると、そのまま体を空中で反転させた。

 

「山本さん!」

 

 駆け寄るチームメイトを頼りにボールを回す。

 すると白瀧と山本、二人の間に割ってはいる選手が現れた。

 

「なっ!?」

「ボール、サンキュー」

「――楠!?」

 

 楠がボールを奪い去り、コートを駆け上がる。

 山本をクロスオーバーでかわして抜き去ると、追いかける小林や山本を置き去りにした。

 

「まずい、楠の速攻をとめられない!」

 

 実力者である二人でもそのスピードに追いつけなかった。白瀧に勝るとも劣らないそれは、大仁多の選手達を置き去りにした。

 

「――ふざけんな、よ!」

 

 だがそれをただ見ているだけの白瀧でもない。

 白瀧はボールを奪われたことを理解するや否や、すぐさま走り始めた。

 

(ここで勢いをつけさせたら、それこそ流れは簡単に取り戻せなくなる!)

 

 古武術の膝抜き、それを連続で行った。重心を足へ移動し、地面を力強く蹴り上げる。右足を蹴り上げたら左足へと移行し、まるでバネのような瞬発力を発揮した。

 そのスピードはついに楠をも上回り、一足早く戻ることを可能にした。白瀧は楠を万全の状態で待ち構える。

 

「よし! やっぱり白瀧の方が速い! 頼むぞ!」

 

 ベンチも白瀧の姿を捉え、彼に期待を寄せる。

 

(……いや、でも膝抜きは使いすぎると白瀧さんにかかる負担が大きくなるはず。それなのに、こんな序盤で連続使用して大丈夫なのか?)

 

 ただ一人、西村だけは白瀧のプレイに不安を覚えた。

 それでも今この流れを止められるとしたら白瀧しかいないのも事実。西村も今は声援を送ることに集中することにした。

 白瀧が待ち構える中、楠は止まらなかった。おそらくここで決めなければ敵がディフェンスに戻る方が早いと考えたのだろう。

 だからこそ、楠は一気に仕掛けた。ドライブから急停止、そしてジャンプシュート。

 

(大丈夫だ、いける!)

 

 フェイクではない、基礎に忠実なジャンプシュート。最初のプレイと違って不意をつかれた訳でもない。

 これなら止められると判断し、白瀧も跳躍する。

 ……しかし、そんな白瀧を嘲笑うかのように、ボールは白瀧の指先を通過していった。

 

「なっ!?」

「残念だったな」

 

 (大仁多)6対13(聖クスノキ)。再び聖クスノキの得点が記録された。

 

「白瀧のブロックをものともせずに、だと!?」

「今のシュートは普通のジャンプシュートだったよな? だけど、どうして?」

 

 連続で白瀧のブロックをかわした楠。

 さすがにこれには味方内に動揺が走った。基本に忠実なプレイだからこそ、違和感があった。

 

(……いや、違う! 今の楠のシュートは、あいつが最高点に達する前に打ってきた。

 つまりただのジャンプシュートじゃない。ジャンプの勢いを利用し相手のブロックのタイミングを外す、ジャンピングシュートの方だ!)

 

 そんな中、対面した白瀧は相手のシュートのからくりに気づいていた。

 楠のシュートはジャンプの途中にシュートを放つというジャンピングシュート。それゆえに白瀧もブロックが間に合わず、指先を越されてしまったのである。

 

(そうなると背丈が小さい俺の方が不利となる。……くそっ! ここでもまた身体能力の差が出たか!)

 

 己の無力さが情けなく、白瀧は歯を食いしばった。

 

「ドンマイ、あまり気負うな! 一本ずつ返して行こう!」

 

 山本がスローインしてゲームが再開する。小林と山本の二人がボールを回していくが、普段よりも攻撃のリズムが悪い。白瀧もフリーになれず、攻めあぐねていた。

 

(如何せん流れが悪いな。中はジャンが大暴れしているし、敵もひたすらプレッシャーかけてくるからそう簡単にシュートを撃てない。

 かといって外から安易に攻めるわけにはいかない。身動きできない白瀧に加え、山本も中が負けているせいで外からの勝負は分が悪い)

 

 選手一人一人の動きを見ながら、小林は戦略を考えていた。

 バスケはどうしても中で競り勝つことが必要なのだ。得点の大半は二点シュートである。さらに成功率が100%でない以上、リバウンドを取ることが重要だ。そして中が安定すれば外も生きてくる。

 だからこそ、何としても中から点を――二点を取りたいところである。

 

(そうなるとマークが厳しい白瀧や黒木で攻めるよりも――)

「行け、光月!」

 

 ゆえに小林はローポストの光月へとボールを回した。

 今日の動きがあまりよくないものの、一番可能性があるのも彼なのだ。

 

「……ハッ、ハッ……ハッ!」

 

 ボールを手にした瞬間、光月は心臓の鼓動が速くなることを実感した。汗が頬を伝い、コートに落ちる。

 一瞬、視線を後ろでマークにつく真田に向け――そしてフロントターンからシュートを放つ。

 ターンアラウンドシュート。光月が何度も繰り返し練習していたシュートだ。

 どうやら不意をつけたようで、真田の反応が一瞬遅れる。

 

「くっ、そっ!」

 

 そして真田はボールを止める事はできず……光月の腕を叩いた。

 

「え……?」

『ディフェンスファウル! 聖クスノキ()4番! ツースロー!』

 

 突然の衝撃で光月は力を入れることができず、空中でボールを落としてしまう。

 審判はそれを見て、聖クスノキの4番・真田のファウルを宣告した。

 

「無理やりファウルで止めて来たか。ちょっと、ヤバくね?」

「……ああ。光月が止められたというのが何よりもな」

 

 止められないと察して、それでも何としてもとめようとしての判断だろう。

 だがしかし攻撃を成功できなかったこと、そしてフリースローを撃つのが光月だという点が大仁多にとっては良くない。

 苦笑いする山本に、小林も首を縦に振るしかなかった。

 

『ツーショット!』

 

 大仁多からは白瀧と黒木が、聖クスノキからはジャンと真田、さらに楠が選ばれてそれぞれペイントエリアに沿って並ぶ。

 フリースローラインに光月が立ち、審判よりボールを手渡される。

 シュートに対するファウルであり、シュートも外れたので投じられるのは二回。

 光月は深呼吸し、少しでも気を落ち着かせ、ボールを叩いてリズムを取る。そしてボールを撃った。

 ボールはリングの手前に当たり、跳ね返る。

 

「ッ……!」

「……落ち着け」

「ドンマイ、明。焦ることはない。次決めていこう!」

「う、うん……」

 

 表情を歪ませる光月に黒木と白瀧が声をかけた。それでも緊張の色は解ける様子はなく、光月の中では焦りがただ募っていた。

 

(まずいな。これはひょっとして明がフリースロー苦手なのがばれているか?)

 

 彼の様子を見た白瀧も不安になってくる。

 ここまでの試合、光月は五回フリースローを撃つ機会があった。しかしその五回とも失敗している。

 光月はフリースローが苦手であった。ゴール下の動きやミドルシュートも上達し、秀徳戦でも活躍するほどになった。

 だがそれでも全てが完璧にいくわけではない。特にフリースローに至っては未だに苦手の領域にあった。

 試合中のように何かに熱中する状態ならばいい。しかしフリースローのように一時的にも場が静まり返り、そして自分に全ての意識が集まるという状況に、光月は耐えられなかったのである。視界が通常よりも狭くなり、反応も数段遅くなる。正確にシュートを撃つことなどできなかった。

 

(僕が、決めないと……!)

 

 そしてもう一つ。これは光月自身も気がついていない、気がつけない理由であった。

 今まで経験したことのない歓声、そしてかつて中学時代にトラウマとなった試合展開と似たこの状況に、光月は押しつぶされかけていた。

 白瀧が楠に抑えられ、ゴール下もジャンに制圧されている。

 この戦況を打破するには自分がなんとかしなければならない。自分がやるしかない。……光月の中で悪循環が生まれていた。

 

「……松平さん、ウォームアップをお願いします」

「りょ、了解です!」

 

 ベンチから選手達を見守る藤代は、静かに決断を下した。

 彼の視線の先で光月が二本目を投じる。……だが、やはり入らない。

 

「ウオオオラッ!」

「くっ!?」

(そして明がもしもフリースローを外したら、リバウンドに参加できるのは俺と黒木さんだけ。そうなると二人ではジャンを攻略できない!)

 

 リバウンドを制したのはジャン。黒木と白瀧が高さで負けてしまった。

 スロワーが参加できない条件化ではどうしても大仁多が不利になってしまう。

 結果、大仁多はディフェンスリバウンドをジャンに取られてしまい、さらにその後聖クスノキのカウンター受けることになった。

 楠がボールを運び、ジャンがゴール下から決める。瞬く間に失点してしまったのだ。

 (大仁多)6対15(聖クスノキ)。得点の差が、広がるばかり。

 

「……辛いな」

 

 一方的な試合展開に、白瀧が思わず愚痴を零す。

 苦戦を予想していたがここまでとは想像もしていなかった。

 

「そう嘆くことはない。これでもお前のことは凄いと思っているぞ」

「……楠、さん」

 

 その白瀧に楠が突如近寄り、声をかけた。

 

「かつて中学時代に日本一を経験したという白瀧。なるほど、たしかにお前の並外れた脚力とドリブル技術はすばらしい。賞賛に値する。

 ……しかしそれだけだ。他の主な能力(スペック)は平凡の域を出ていない。

 本場・アメリカならお前ほどのスピードで、そしてそれ以上のスペックを有する選手達がいる。仮にお前が向こうのチームでレギュラーを取れたとしても、すぐさま他の天才によってその座を奪われるのがオチだろうな」

 

 アメリカでバスケをしていたという楠だからこそ言える言葉だった。

 白瀧を評価する一方で、しかしそれでは勝てないと忠告し、その場を去っていく。

 

「……天才にレギュラーを奪われる、か」

 

 白瀧の脳裏に、かつての帝光中学時代の記憶が蘇った。

 

『決まった、また黄瀬だ! 凄いぜ、あいつの成長度は!」

『たしかにな。あいつ本当にバスケ初心者かよ?』

『とてもそうとは思えねえ! もうレギュラーにもなれるんじゃねえか!?』

『まさに天才! これは戦力入れ替えの時が来たぜ!!』

 

 黄瀬が入部したときの、忌々しい記憶が。

 

「そうだろうな。知っていたさ、そんなことは二年前から。それでも俺はやるしかないんだ」

 

 その忌々しい記憶が、白瀧を奮い立たせた。もっと奮起せよと。

 

『大仁多高校、タイムアウトです!』

 

 そして藤代が一度時間を止める。王者の意地を見せつけるための、準備をするために。

 

 

――――

 

 

「凄いな、聖クスノキ。今までノーマークだったんだろ?」

「ああ。やっぱりビギナーズラックで常盤を倒したわけではなかったな!」

「しかし逆に大仁多は情けねーな。一方的にやられてるだけじゃねーか」

「今年は帝光中のやつが入ったんだろ? それなのにこの様だなんて、“キセキの世代”以外のやつはたいしたことねーみたいだな!」

 

 一分間、コート内は静寂に包まれるが、観客席の中では仲間同士で話し合う声があちこちから聞こえてきた。

 特に多かったのは聖クスノキの善戦を褒め称えるもの、そしてもう一つが大仁多を――白瀧を侮蔑するようなものだった。

 今年、大仁多が帝光中のメンバーを獲得したという情報は流れている。それゆえに、相手に良い様にやられている様が、滑稽に映ったのだろう。

 

「あいつらっ! 好き放題言いやがって……!」

「やめてください、火神君。こんなところで暴れないでください」

「テメーは悔しくねーのかよ!? 元チームメイトだろうが!?」

 

 知らない仲でもない火神がそれを黙って聞いていられるはずもなく、拳を握り締め今にも仕掛けようとする。

 黒子はそれを必死に止めようとするが、その態度が余計に火神を激怒させた。黒子の方が付き合いは長いはずなのに、何故何も思わないのかと。

 

「……悔しくないわけがありません。しかし……」

「しかしこれこそが、白瀧の世間からの評価だからな」

「あ……?」

 

 黒子が諭すように言うが、その言葉を遮り口を挟む男がいた。

 苛立ちを隠さず火神は視線を声の主へと向ける。

 

「なっ!? テメ、緑間!?」

「……お久しぶりです」

「ふん。まさかこのような所で貴様らと再会することになろうとはな。『思いがけない再会』があるとおは朝が占っていたが。……本当によく当たる占いなのだよ」

 

 そこにいたのは、つい先日戦ったばかりの宿敵・秀徳の緑間だった。

 緑間もまた不機嫌さを隠そうともせず、眉を吊り上げて火神をにらんだ。

 

「何でテメエがここにいるんだよ!?」

「敵情視察は当然のことなのだよ。……まして相手が白瀧を凌駕する可能性を持つというのならば、尚更のことだ」

 

 敗退しても、まだ秀徳と大仁多は冬に戦う可能性が残っている。

 そして戦う戦わないという以前に、緑間と白瀧には浅からぬ因縁があった。だからこそ、緑間は単身で見にきたのだろう。

 完全に納得したわけではないが、火神もそれ以上は聞かず、話を元に戻すことにした。

 

「……で? その、白瀧の世間からの評価ってのは、どういう意味だ?」

「そのままの意味なのだよ。最も、『今の』という条件がつくがな」

「今の?」

 

 聞き返す火神に、緑間は大きく頷いた。

 

「……二年前、白瀧が“キセキの世代”の座を奪われた後、やつは評価は著しく下がった。

 『初心者に負けたレギュラー』『キセキの名を借りた凡人』『仲間の手を借りなければ何も出来ない弱者』と」

 

 かつて緑間が警戒していたことが実現してしまったのだ。世代という括りで評価を受けていたために、その範囲から外れた白瀧に対する世間の評価は冷たかった。

 特に“キセキの世代”という名が広がってからは尚更であった。“キセキの世代”に対する嫉妬や妬みといった部分までもが集中するようになったのだ。

 

「はっ!? え、どういう意味だ!? 白瀧が、“キセキの世代”の座を奪われた……?」

 

 緑間の言葉を理解できず、火神は頭を抱え込む。

 火神は白瀧の過去を殆ど知らない。それゆえに話についていけなかった。

 

「なんだ、そんなことも知らなかったのか? やつは中1の時は俺達と同様の立場にいたのだよ」

「ただ、黄瀬君の登場によって入れ替わる形になったんです」

「そういえば黄瀬は中二からバスケを始めたって……」

 

 かつて練習中に見た“キセキの世代”の記事を思い返す。

 たしかにあの記事には黄瀬は中二からバスケを始めたと書いてあった。つまりそれまでは黄瀬は“キセキの世代”ではなかったのである。

 そしてそれまで緑間たちと共に“キセキの世代”と呼ばれていたのが――白瀧だった。

 

「白瀧が評価を覆そうにも、どれだけ戦い続けようとも変化はなかった。

 “キセキの世代”がレギュラーであるという事実が変わらなかったからな。

 やつが出場する時は大抵は試合が決まっている時か、体力を温存したいときが大半だった。それゆえにやつの活躍は意味をなさなかったのだよ」

「なんだよ、それ……」

 

 それでは白瀧が認められることがないまま、彼は不名誉のまま高校に進学したということになる。

 火神は一度白瀧と戦った時、彼が選手としてのプライドが高いことを理解していた。それなのに、それでも戦い続けたということが、信じられなかった。

 

「わけわかんねえよ。よくそんな状態であいつは戦えたな」

「……それについては俺も同感なのだよ。どれだけ諌めようとも、やつは諦めてくれなかった……」

 

 珍しく火神の意見に緑間は共感を示した。世間の理解も得られずに平気でいられるわけもない。

 緑間もまだ白瀧の考えを完全に理解したわけではない。ただわかるのは、

 

「あの男はチームのためならばと、己を捨てた一面があった」

 

 白瀧がそれを後悔していない、本望だと思っているということだけだ。

 それを愚かとはもう二度と思わない。それこそが白瀧の選んだ道なのだから。

 

「選手として諦めない一方で、チームを諦めたくなかった。それがきっと白瀧君が思い描いていたことでしょうね」

 

 きっと、いやまず間違いなくそうなのだろうと黒子は確信する。

 かつて白瀧が栃木に引っ越す前に話をした黒子にはわかる。白瀧が諦めるような人間ではないということを。

 

「……なんとなくわかる。ただ、それでも納得いかねえ。

 あいつだってスピードだけなら最速なんだろ? それなのに、凡人だとか弱者とか……」

「馬鹿め。何を勘違いしているのだよ」

「ああ!?」

「まったくこれだから単細胞は。……やつは『神速』と呼ばれたことはあっても、『最速』と呼ばれたことは一度もないのだよ」

「……はっ?」

 

 なんだその言葉遊びは? 火神はポカンと間抜けな表情を浮かべた。

 火神の表情を見て、『こいつは何も理解していないようだな』と思った緑間は深くため息を吐き、説明を始めた。

 

「簡単な話だ。やつが純粋に最速の選手になれるわけではない。現に今あいつが相手をしている楠という選手は白瀧と同等かそれよりも速いようだしな」

「中学時代にも白瀧君よりも速いだけの選手ならいましたしね」

「えーと、どういうことだ? じゃあ、なんでだよ?」

「だからこそなのだよ。……やつが本当に才能があったのならば、やつはキセキの世代の座を失ってはいなかった」

「っ……」

「だが、それゆえに……今の白瀧がいる!」

 

 確かに純粋な勝負では白瀧が負けるかもしれない。だが試合というものは何も一つの物事で勝負するわけではないのだ。

 そして才能(ちから)の差で屈するくらいならば、白瀧は今バスケをしていない。

 

 

――――

 

 

「……ひとまず光月さんを下げ、松平さんと交代します」

「わかり、ました」

 

 藤代監督が選手達を呼び寄せて最初に言ったことはメンバーの交代であった。

 動きの悪い光月を下げ、代わりにウォームアップしていた松平が入る。光月は力なく頷いて応えるだけで何も反論はしなかった。

 

(こいつ、本当に大丈夫かよ? 戦意が消失しかけてるんじゃねえか?)

 

 今の光月の姿はとても弱弱しく、本田は声をかけようかと迷ったが、藤代の声を遮るわけにもいかず思いとどまる。

 

(だけどひょっとしたら、この試合中に戻ることは無理かもしれないな……)

 

 中澤は心中で光月の復活が難しいのではないかと思っていた。

 秀徳戦の時とは違う。この試合は最初はまだ動けていた。それをジャンに止められた。

 しかも今回はこの大歓声。雰囲気に慣れるということは言うほど簡単ではない。

 

「相手の動きですが……聖クスノキはジャン・楠以外の三人は、ブロックは無理でも、ひたすらプレッシャーをかけてきます。

 センターへの信頼が大きいのでしょうね。ここまで彼が一人で稼いでいますから」

「……申し訳ありません」

「ああ、決して責めているわけではありません。黒木さんがそこまで深刻になる必要はありませんよ」

 

 今にも土下座をするほどの勢いで顔を俯けた黒木を慌てて藤代がフォローする。

 元々相手が留学生で不利な展開になることは予想されていたのだ。むしろ黒木はよくやっている。

 

「オフェンスも楠とジャンが決めてますね。ここまで聖クスノキの十五得点のうち、二人で十三得点を挙げてます」

「……やはりか」

 

 東雲の説明を聞いて小林は深く頷いた。

 聖クスノキの得点源は楠とジャン。他の三人はフォローに回っているように見えた。

 自分達で最低限の仕事をし、繋ぎ役に専念している。下手に一人一人動き回るよりも厄介であった。

 

「まず少しずつ点差を縮めていきましょう。……試合開始後、中から攻めて二点を狙います。

 フィニッシュは――白瀧さん。行けますね?」

 

 大仁多は流れを変えるために、確実に中から組み立てることを選択する。

 そして最後の得点はエース・白瀧に託した。白瀧は藤代の問いに頷く。だが、それだけではない。

 

「……問題ないです、監督。それと俺からも一つお願いがあるんですけど、良いでしょうか?」

「何ですか?」

「楠には、やっぱり勝てないかもしれません。なのでディフェンスは、試合前に言っていたことをやってもいいですか?」

 

 白瀧も藤代に一つ依頼した。己の不利を察したのだろう。

 

「ちょっと、白瀧君何を言っているの……!?」

 

 『勝てない』と、どこか諦めているようにも聞こえるその発言。

 橙乃が皆の気持ちを代弁するように白瀧に問いかけた。

 

「大丈夫だ、橙乃」

「……え?」

「負けるつもりは、微塵もない……!」

 

 しかし白瀧の気迫に満ちた表情を見て、そのような気持ちは少しもないのだと理解できた。

 

(怖がる必要はない。恐れるものはない。プレイを活かせれば良いんだ。俺も、チームも……)

 

 

――――

 

 

「良い、良過ぎるくらいの出来だ!」

 

 監督の石川は満面の笑みで選手達を褒め称えた。彼もここまで大仁多を相手に善戦できるとは思ってもいなかったのかもしれない。

 あまり褒めすぎるのも良くないが、しかし今の戦況はそれに値するだけの結果がでている。

 何せここまで大仁多を相手に先制点を上げられた高校はいなかった。そして大仁多に先にタイムアウトを取らせる高校もいなかった。ここまで優勢に戦えた高校はいなかったのだから。

 

「インサイドはもはや聖クスノキ(うち)が支配している! 楠が白瀧を抑えている今、相手の攻撃力は半減以下だ!

 相手にもっとプレッシャーを与え、フリーでシュートを撃たせるな。ある程度抜かれる分には構わない、ヘルプを早く。このまま押し切ってやれ!」

『おう!』

 

 それゆえに、聖クスノキの士気がこれ以上内ほど高まっている。

 勢いはもはや完全に聖クスノキだ。このまま攻め立てれば大仁多であろうとも立ち打ちできなくなるという事実が、彼らを後押しした。

 

「フゥーッ。……意外ト王者モたいしたことなかったナ」

「おうおう! 頼もしいこというねー、ジャン。この調子で頼むぜ!?」

「当たり前ダ。ゴール下さえ制すれば、怖いものはナイからナ」

「頼りにしてるぜ、本当」

 

 敵などないと言わんばかりに大言を吐くジャンを、真田は肩をバンバンと叩いて鼓舞した。

 ジャンの強さは大仁多が相手であろうとも通用する。ならばこれを使わない手はない。

 ゴール下を圧倒的な力で支配するジャン。味方にとってこれほど頼もしい者もいないだろう。

 

「……どう、ロビン? 大丈夫そう?」

「君も見てただろう、試合を。今のまま行けば大仁多を倒せる」

「そういうことじゃなくて……」

 

 西條は不安げな表所を浮かべ、水分補給をしている楠に話しかける。

 幾分か得意げな様子のように窺える。だが西條が気にしているのは違うことだったのか、表情は暗いままで。

 楠も対応に困り果てる中、隣の席に座っている沖田が助け舟を出した。

 

「西條ー、彼氏が強敵を相手にしてるからって気になるのもわかるけど、もう少し明るく振舞った方がいいじゃん?

 女にそんな心配そうな顔されたら、男も辛気臭くなるもんじゃん」

「沖田先輩……」

「まあ、俺もそう思うところはあるよ。君にはできれば笑ってほしいかな」

「……わかった」

 

 ため息を一つ吐いて、ぎこちない笑みを浮かべた。それでも楠は満足そうに頷く。

 余計な心配をされるよりは笑顔を見たかったのだろう。

 

「カーッ! ああ、リア充はマジ羨ましー。試合中にラブコメとかマジ止めて欲しいじゃん」

「男の嫉妬は見苦しいっすよ……」

「うるせー、山田! テメーも彼女いるからって余裕だな!? 何、ひょっとして彼女応援に来ている感じじゃん?」

「ああ、はい。あそこの最前列にいる……ほら、今手を振ってくれた! おーい! 

 ね? ……って、あれ? 沖田先輩。何でバスケットボールを振りかぶっているんですか……ってギャーッ!?」

 

 先輩の無様な姿を見かねた山田が諌めるが、逆効果であった。

 山田が彼女に向かって手を振った直後……特に理由のある理不尽な暴力が山田を襲う!

 聖クスノキ高校、二年レギュラー二人とも彼女持ち。三年は壊滅状態であった。

 

 

――――

 

 

 タイムアウトの1分が経過する。

 

「タイムアウト終了です!」

 

 選手達がコートに戻る。大仁多は光月の替わりに松平が入り、それ以外の選手変更はない。

 大仁多ボールから試合は再開される。スローワーの山本から小林へ。

 聖クスノキのディフェンス方針は変わらず、マンツーマンでマークにつこうとする。

 

「……これは?」

 

 そして、異変に気づいた。

 

(トップに小林、両ウィングに山本と白瀧?)

 

 大仁多のオフェンスが変わったのだ。小林と山本の二人が平行して並んでいたツーガードから、小林がトップのワンガードに。

 

(なんでワンガードに? ツーガードの方がパス回しもしやすかったはずなのに)

 

 作戦変更の意図が読めず、頭を悩ませる。

 

「……ここから先、一瞬たりとも油断しない方が良い」

「ッ!?」

 

 すると山田の耳に、小林の重く低い声が届いた。

 小林のぺネトレイト。中央からいきなり勝負に出た。

 それでも好きにはさせまいと山田がその姿を追う。小林はハイポストまで侵入して停止、間をおかずして体の後ろへ腕を回し、ビハインドパスを右サイドへ送る。

 

(パス――!?)

 

 突如の急停止に山田は反応できず勢いを殺せなかった。パスの行く先を見届けるしかなかった。

 パスは正確に山本の下に。そして山本も手に収まると同時にパスを前方へとさばいた。

 

「ナイスパス!」

 

 ボールはゴール下に走りこむ白瀧へ。楠がシュートを撃たせないとプレッシャーをかけた。

 

(ジャンもいるのに、白瀧がローポストで勝負する気か!?)

「そんなの無謀じゃん!」

「とめろ、楠!」

 

 自殺行為にも思える白瀧の行動。聖クスノキの選手達は理解できず、楠に声をかける。

 

「いいや、今の白瀧さんならいける」

 

 最も藤代から見れば無謀でもなんでもなく、ただ勝利への一つの道にすぎない。

 白瀧はゴールと楠を背にした状態で、右足を軸に素早くバスケットに向き合う。そして左足がついた時にはすでに腕を大きく振っていた。

 

(ターンアラウンドシュートか!?)

 

 楠がその動きを見極め、シュートチェックに跳ぶ。

 

「甘いよ!」

 

 そして楠が跳んだ瞬間に白瀧はクロスオーバーで抜き去った。

 

「なっ――にっ!?」

 

 白瀧の動きはポンプフェイクだった。楠は白瀧の動きのキレに吊られてしまった。

 否、そうするしかなかった。あまりにも素早い方向転換と、シュートを撃つとしか思えない動きに、跳ぶしか選択肢がなかった。

 楠をかわした白瀧はゴールを狙う。真田は松平が体をよせておさえている。黒木をかわしたゴール下の番人・ジャンがヘルプに入るが……

 

(……何、だヨ、コイツ? 動きガ、読めない? ……いや、これハ……!)

 

 白瀧の低く、そして小刻みに素早く、ジグザグに動くステップに翻弄されてしまった。

 勢いは止まらず、白瀧はステップシュートを放つ。ジャンもブロックに跳ぶが、白瀧のテンポにタイミングを狂わされてしまい、彼のシュートを許してしまった。

 

「――――ッ!?」

「馬鹿ナ……」

「ジャンと、楠が……二人同時にやられた!?」

「どうなってんじゃん、コイツは!?」

「あれが、『神速』!」

 

 (大仁多)8対15(聖クスノキ)。

 点差はまだまだあるものの、白瀧の今のプレイ一つは聖クスノキの度肝をぬぐ効果があった。

 

「……なんですか、今の?」

「アップアンドアンダーか? だけど、今のステップシュートは……」

 

 黒子は何が起こったのかさえわからなかった。火神も心当たりがある。しかし何かが違うと理解していた。

 観客席から見ても、今の白瀧の動きはおかしかった。

 ――アップアンドアンダー。ディフェンスをかわすステップシュートの一種である。マークにつく相手をポップフェイクで誘い、シュートチェックに跳んだ相手を体勢をかえてかわし、リリースするシュート。

 

(ステップそのものが、どこかおかしい?)

 

 だが今の白瀧のステップの動きは通常のものとは違う。

 

「……あれは、まさかジノビリステップか?」

「緑間君、知っているんですか? 何ですか、それ?」

「ジノビリステップ? たしかアルゼンチンの英雄が使っていたステップのことか?」

「ああ。ジグザグステップとも呼ばれるものなのだよ」

 

 緑間が言うジノビリステップとは、NBAのエマニュエル・ジノビリ選手が使う独特のステップのことだ。

 マヌという愛称があり、アルゼンチンの英雄と謳われる彼のステップは変幻自在のジグザグした動きでディフェンスを翻弄する。

 白瀧のステップはマヌのステップに匹敵するものだと、緑間は判断した。

 

「……ここまでとは想像していなかった。

 重心を低く、切り替えしを速く、そして動きを小刻みに。白瀧がこれほどまで進化させる(・・・・・)とは……」

 

 並大抵の技術ではない。

 元からあった脚力に加え、古武術の膝抜きで一瞬の爆発力を生みだし、そしてチェンジオブディレクションの応用でジグザグの動きを再現する。

 数多くの技術を駆使し、再現する白瀧の姿は、未だに昔と変わらない。

 

「たしかに純粋な脚力では白瀧さんは楠さんに負けているかもしれません。

 だが、様々な要素が折り重なった最高速(トップスピード)ならば、白瀧さんは負けない!」

 

 一瞬の間発せられる瞬発力ならば、白瀧でも天才に並ぶことが出来る。

 『やはり白瀧さんを獲得したことは間違いではなかった』と、藤代は白瀧の姿を捉えながら、満足げに頷いた。

 それだけの力が白瀧にはあった。

 たしかにスペックこそ乏しい。しかしそれを補って余りある技術を組み合わせ、一つの技と成す。

 

「……だからこそ帝光部員(俺達)は白瀧さんに憧れた。一時でも天才と共に戦ったあの人に。才能に恵まれずとも天才(絶望)に負けじと挑み続けるあの姿に、俺達は希望を見出したんだ……!」

 

 そのあり方は見る者を勇気付ける力があった。

 西村も例外ではない。彼も同じように、中学時代に何度も助けられたのだから。言葉にせずとも伝わるのだ。

 

(俺の武器はスピードだ。これだけは譲れない!)

 

 “キセキ”のような完全ではない。しかしそれゆえに――

 

「負けるわけにはいかない。一時の間とはいえ、俺はキセキの世代(あいつら)と共に戦っていた。あいつらと戦う前に、こんなところで一人負けるわけにはいかないんだ!」

 

 ――それゆえに白瀧は希望を作り出す。己が手で、己が力で。


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