黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第二十話 過去に迷い、今に誓う

 栃木県予選二回戦、大仁多高校対矢坂黎明高校の試合。

 県予選とはいえども、この試合には栃木県内の強豪校の偵察部隊も観戦に来ていた。この試合は栃木の常勝・大仁多高校の初陣。新しいチームの仕上がりを示す試合である。全国屈指のポイントガード、小林の存在も重なって注目度は高かった。

 だが彼らの予測を裏切るように大仁多高校はスターター全員が一年生(ルーキー)という異例な面子で試合に挑む。

 事情を知らぬ第三者の視点から見れば、余裕とも取れるこの布陣。

 栃木の常勝校の実力を見定めるためにも他校からも矢坂黎明高校の声援が飛び交う中、白瀧達はこの戦いを切り抜けることができるのだろうか。

 

 

――――

 

 

試合開始(ティップオフ)!」

 

 大仁多のジャンパーは光月。

 両スターター内で最長を誇る彼がジャンプボールを制した。

 ボールは神崎の手に渡り、さらにPGの西村へとパスを回す。

 

「さあ、一本決めていこう!」

 

 ボールマンである西村はゆっくりと時間をかけて攻め上がる。

 予定通り外に神崎が構え、ハイポストに光月、ローポストに白瀧と本田が陣取り、スペースを作るべく動き回っている。その間にディフェンスに戻った矢坂黎明の選手達はそれぞれの選手にマンツーディフェンスを仕掛けた。目当てである黎明のスコアラー、荻野は45度の位置――すなわち光月のマークについている。

 

「……これは珍しいな。西村がセットオフェンスを仕掛けるなんて」

 

 そのボール運びを見てベンチの小林は違和感を覚えた。

 西村の主体は敵が体勢を立て直す前に攻め寄せるアーリーオフェンス。特に白瀧がいるこの現状ならばファストブレイクで早々に先制点を取るべく動いてもおかしくはないはずだ。まして相手は高さで完全に勝っている。速さで切る崩すことは間違っていない。

 それなのに自身の方針、ならびに自チームの利点を無視する試合展開には同じPGとして疑問を抱かずにはいられない。

 

「理由は単純。様子見、というか確認でしょうね」

「様子見、というと相手の動きの確認ですか?」

「ええ。どういうわけか知りませんが、どうやら白瀧君達は光月君と相手の10番をマッチアップさせたかったようです。それで相手の出方を見たかったのでしょう」

「なるほど、そういうことですか」

 

 その疑問を解決するように藤代が説明した。

 今回白瀧達に与えられた機会(チャンス)は第1Qの十分間。その間で光月と荻野がマッチアップする機会は限られている。昨日の試合を見てデータはある程度あるものの、矢坂黎明がこの試合も同じゲームメイクをするという保障はない。

 だからこそ確実なものにするために立ち上がりは落ち着いているのだろうということだ。

 

「(そしてやはり向こうの10番(荻野)は光月さんをマーク。予定通りだ)

 なら、早速行きましょうか。光月さん!」

 

 自身のマークを引きつけ、西村は相手の横からパスをさばく。

 ボールは危なげなく光月へと渡った。すぐさまターンしてバスケットに、強いては荻野に向き合い、トリプルスレットをとる。

 

「さあ来いよ、光月! 見せてみろ!」

「……ッ!」

 

 しかし一時的に光月の体が硬直してしまう。

 今ボールを保持した状況で荻野と向き合ったことで、思考が停止してしまったのだ。

 相手が因縁の旧友ということだけではなく、公式戦での今年最初の1プレイという自体に緊張せずにはいられなかった。

 

「い、勇!」

「おう!」

 

 声をかけて外の神崎へとパスを回す。

 すかさずスリーを撃たせまいとマークが詰めるが、上手く体を入れてかわしている。

 

「なんだ? 俺に違いを見せてくれるんじゃなかったのか?」

「……」

 

 勝負せずに、ただボールを回す光月に失望したのか、荻野が挑発するように言うが光月はまるで耳に入っていないかのように無反応であった。

 その姿は白瀧の目にも入り、チームメイトの心境を察してため息をこぼした。

 

「初めだし仕方ないか。それなら突破口は俺らが開いてやるよ」

 

 だがそれは決して荻野と同じ失望ではない。むしろ期待から出る心配であった。

 白瀧は西村へと向け、アイコンタクトを送る。その意図を察して西村も大きく頷いた。

 

「ちいっ!」

「持ちすぎです。一旦戻して、神崎さん!」

「おお、頼む!」

 

 マークを外せず、硬直状態に陥っていた神崎に西村が助け舟を出す。

 ボールは再び西村へと渡った。

 攻撃できる残り時間は9秒。それまでにシュートを撃たなければならない。

 ショットクロックを視野に入れてから全員の立ち位置を確認すると、白瀧が自身のマークマンの近くまで来ていることを確認。

 すぐに西村はドライブで白瀧がいる方向へと切り込む。すかさずマークマンも反応するが、その動きは白瀧によって止められてしまう。

 

「(スクリーンか!) スイッチ!」

「おう!」

 

 咄嗟のことではあるが、驚くほどのことではない。すぐにマークマンが変わり、西村の行く手を阻む。

 

「いいのか? そっちに行っちゃって」

「なにっ……」

 

 それを見て白瀧がポツリと呟いた。

 どういう意味だと疑問が浮かぶが、考えている時間はない。突如壁役であったはずの白瀧からかかっていた力が消える。白瀧がディフェンスの体をブロックしながらロールし、ゴール側へと躍り出たのだ。

 ピック&ロール。白瀧と西村のお得意のコンビネーションプレイである。

 

「あっ! しまった!」

「白瀧さん!」

 

 これで白瀧がフリーになる。その機を逃さずに西村は白瀧へとボールを回す。

 シュートモーションに入る白瀧を止めようと黎明のセンターが飛ぶが、白瀧は飛ばずに代わりにフリーとなった本田へとパス。危なげなくシュートを決めた。

 

「決まった、先制はやはり大仁多高校!」

「……ナイスパス」

「本田もな。チーム初の得点だぜ、おめでとう」

「俺はほとんど何もしてねーよ。お前のアシストパスが効いただけだ」

 

 そっぽを向いて本田は戻っていく。白瀧も西村達へと声をかけると最後に光月へと近づいていく。

 

「表情が硬いぞ明。しかも何ださっきのは? もっと攻めていけよ」

「……わかっている」

「わかってないから言ってんだろ!」

 

 握りこぶしを作り、光月の胸へと押し当てる白瀧。

 時間がないからこそできるだけ手短にしなければならない。早口でつなげた。

 

「まだお前がカットされたとか、切り込めないとか判断したなら別に俺だって言わない。だがお前は勝負すらせずに逃げたよな? ……弱いやつはともかく、やる気のない選手にまで手を貸すほど俺は甘くないぞ」

「……」

「ま、そんなに気負うな。少し力抜いていけよ」

 

 そう言って白瀧は拳を開き、穏やかな笑みを浮かべて肩に手を置く。

 

「お前が失敗したって、すごい選手だということは皆わかっているから」

「……!」

 

 目を見開く光月。伝えたいことを伝えるとそれ以上は語らず白瀧はディフェンスに戻る。その後姿に少し勇気付けられた気がした。

 

「おい明、来ているぞ!」

「えっ……」

 

 意志を新たにしたところで、神崎より呼びかけられた。

 すぐに意識を試合へと戻すがその時には荻野がPGよりパスを受け、光月の目の前まで迫っていた。

 

「試合中だというのに余裕だな!」

「荻野! くそっ!」

「もらった!」

 

 注意力が散漫であった光月をドライブで抜き去る荻野。本来なら光月がマークにつかなければならなかった相手である。

 その荻野は光月を楽々とかわすとレイアップシュートを放つ。

 

「そう簡単には決めさせねえよ!」

「うおっ!?」

 

 だがボールは本田によって叩き落とされた。

 本田も彼らに負けないほどの体格がある。見事ブロックショットを決め、ルーズボールは白瀧が拾った。

 

「悪いな明。今のは俺が悪かった。……やり返すぞ!」

 

 白瀧は集中力を欠かせてしまったことについて一言光月に謝罪すると、すぐさまコートを駆け上がる。光月や神崎もそれに続いた。

 

(敵の速攻(ファストブレイク)を防いだ分、まだ敵も残っているが関係ない!)

 

 荻野は間に合わないが、矢坂黎明はポイントがードをはじめ四人の選手が戻り始めている。早い展開であったがゆえに、パワーフォワードやセンターはまだハーフラインの位置にいた。

 その中を白瀧は切り込んでいく。切り替えし(クロスオーバー)を巧みに使い、白瀧は二人の選手を悠々とかわしていった。

 

「さすがは白瀧。切り返しだけで容易く敵を抜き去っていくか」

「――チェンジオブディレクション。高速ドライバーが持つ、方向転換の技術です。白瀧さんは取り分け重心移動の技術も高かった。彼ほどの技術を持つ人ならば、殆ど同速度で切り返しも可能でしょう」

 

 白瀧の技術の高さには見慣れている小林達も関心するばかりだ。

 急な切り替えしや鋭いぺネトレイトをものにする技術『チェンジオブディレクション』。白瀧があの緑間を抜き去ることを可能にしたものでもある。

 ただそれだけで矢坂黎明の選手達は置き去りにされる。そのまま一人で切り込むとシュートまで持っていった。

 

「させるか!!」

「おおっ!?」

 

 だが残った二人がブロックに飛ぶ。

 センターが188cm、パワーフォワードが186cm。数値だけ見ても高い壁である。二枚のブロックを前にして、ゴールは隠れてしまった。

 

「……いいや、他のやつらのこと忘れてるよ」

 

 そこで白瀧はあえてシュートを撃たず、ボールを真上へと打ち上げた。

 明らかにシュート狙いの角度ではない。落ちながらもブロックに飛んだ二人はボールの行方を追うが、その時一人の選手が視界に入った。

 

「――光月!」

「うおおおおっ!」

 

 白瀧より足が速い選手などこのコート内にはいない。しかし白瀧がドリブルをして、さらに敵選手をかわしながらという条件ならば、真っ直ぐ最短経路で走りこめば光月は追いつける。

 溜め込んだ思いをぶつけるように、光月は空中で掴んだボールをリングへと叩きつけた。

 

「……ひゅーっ。さすが明(まあ、別に普通に決めても良かったけど)」

「あ、アリウープ! おい、あいつってまだ一年だろ!?」

 

 その威力に白瀧は感心し、初めて目の当たりにした矢坂の選手達や観客は驚愕の色を隠せない。

 

「あんなやつがいたとはな……」

「落ち着け! 派手にやってくれたが、それだけだ。高さはうちが勝っている。落ち着いて攻めていけば取り返せないことはない!」

「……ああ。わかった」

 

 黎明内に動揺が広がるが、主将の一括で身が引き締まる。

 今度は黎明もポイントガードとシューティングガードの二人が慎重にパスを回し、スティールに注意しながらゆっくりと攻めて来る。

 大仁多高校のディフェンスもハーフコートのマンツーマン。スコアラーである荻野には光月がマークについた。センターとパワーフォワードにはそれぞれ本田と白瀧、外のガード陣には西村と神崎がついているのだが。

 

主将(キャプテン)!」

 

 神崎の上からパスが主将のセンターへとわたる。

 やはり背丈で劣っているがゆえに、高さのミスマッチをつかれると対応しきれない。

 本田のブロックをものともせず、確実に一本を決めてきた。

 

「よっし、まず一本。ここから返していくぞ!」

「はいっ!」

 

 士気を高めながら矢坂黎明は速攻に備えてディフェンスへと戻る。

 自チームが勝っている部分がわかっているからこそ、押されている状況下でもこうして落ち着いた攻めもできる。流れはまだ変わっていなかった。

 

「ちっ! (やっぱ、本職相手では厳しいか)」

「あっちゃー。悪い、皆。簡単にパス通しちまった」

「気にすることはないぞ、二人とも。向こうが高さを突いてくることは想定済みだ」

 

 声をかけて回りを落ち着かせる白瀧。しかし彼も早い段階でこれを克服しなければならないと感じていた。

 高さを自信に持っている相手チームはリバウンドも強い。それゆえにまずはその自信を崩さない限りは完全に大仁多のペースで試合を進めることは難しいというのだ。

 白瀧から西村へとパスがわたり、試合が再開。

 西村は左右に振り、カットインを試みるがシュートまで持っていくことはせず、味方へとパスをさばいた。

 

「早速二回目のマッチアップか。相当信頼されているな」

「さっきとは違う!」

 

 45°ポジションに立つ光月がボールを受け取った。

 はっきりと意志を言葉に出すと、一気に勝負を仕掛ける。

 ――強引なぺネトレイト。荻野も動きに食らいつきその姿を追うが、突如逆方向へとターンで切り返す。

 ターンの勢いを足でしっかりと殺すとジャンプシュートを撃った。荻野は反応することは出来ても跳ぶことは出来ない。

 

(くっ。……だが、光月のシュート範囲は狭い。ミドルレンジでも成功率は低い。それならまだ……)

 

 力強い動き、勢いを殺す技術。光月の成長に感心する荻野であったが、今までの経験から外れることを予測しボールを見送る。

 ……しかし、彼の予測を裏切るように光月のジャンプシュートはリングを通過した。

 

「――ッ!」

「ナイッシュ光月!」

 

 呆然とする荻野。まさか一対一で負けるとは思ってもいなかったのだろう。

 大仁多高校が光月を讃え、勢いを強めてディフェンスに戻る中、キャプテンに促されてようやく荻野も動き出した。

 

「(状況は良くないか。こうなったらより攻撃の成功率が高く、それでいて中心人物から点を取ることが望ましい)

 おい、少しだけ耳を貸せ」

「は、はい」

 

 キャプテンはこの状況を打開すべく、ポイントガードに耳打ちし、ゴール下へと走りこむ。

 矢坂黎明の攻撃。

 ボールマンであるポイントガードは再び上からパスを通した。先ほどと異なるのは、パスの相手がパワーフォワードの選手ということ。

 

「ちぃっ!」

 

 マークについているのは白瀧。

 しかし、力で劣っている分軽々とローポストに入られてしまい、彼の得点を許してしまった。

 

「……やっぱ力ずくで陣取りされると厳しいな」

「大丈夫か要。やっぱり厳しいんじゃないか?」

「確かに。でも構わない。そのままディフェンスはマークを変えずに続行だ。行くぞ!」

 

 今のプレイを見て、やはり変わった方がよいのではないかと思う光月であったが、白瀧はそれを取り入れることはなく走り去ってしまう。何か考えがあってのことだろうが、果たして力負けしている相手に打つ手があるのだろうかと疑問を覚えた。試合前の“リバウンドなら戦える”という言葉さえ半信半疑になってしまう。

 

(……いや、要が大丈夫だと言ったのだから信じるしかない)

 

 それでも疑問よりも信頼が大きく、光月は余計な詮索をやめて走り出す。

 西村と神崎を軸にボールを回していく中、西村がジャンプシュートを放った。

 外をも意識させようという意図が含まれたシュートだったが、ボールはリングに激突、大きくバウンドして宙に浮いた。思わず西村は不満を口にする。

 

「ウソッ! 入ってくださいよ!」

「リバウンド! ……って!!」

 

 ボールを支配するために、期待を寄せて光月はゴール下にいる二人へと声を出す。

 しかし、その場に広がっている光景を目のあたりにして、言葉を詰まらせた。

 

「ちっ!」

「このっ!」

 

 白瀧も本田も歯を食いしばっていた。

 矢坂黎明二人のインサイドプレイヤーのスクリーンアウトにより、完全に押さえ込まれていたのだ。

 

「やっぱり駄目だった!」

 

 前言撤回。やはり白瀧だけでは無理だ、自分が行くしかない。

 光月の中で白瀧への期待は崩れ去った。

 もとよりリバウンドはオフェンスよりもディフェンスの方が有利なのだ。高さや跳躍力も必要だが、何よりもポジションを確保することが重要。

 秀徳との練習試合で光月が自分よりも背丈のある大坪からリバウンドを取れたのも、空中戦の前の陣取りで勝てたからだった。

 それなのにパワーでも高さでも劣る白瀧に全て任せてしまうのはあまりにも酷な話である。

 

「……『やっぱり』だと? おい明、後でその意味を詳しく聞かせてもらうぞ」

 

 もっとも、それは光月が思っていること。

 光月の発言に気分を害したのか、白瀧は深い笑みで意味深な発言をすると……相手の腕を払いのけ、ゴール側へと躍り出た。

 

『……え?』

 

 ――何だ今の動きは。

 何が起こったのかを、白瀧のプレイを理解できずに固まる。光月も、マークしていた相手もである。

 一つ確かなことは白瀧が有利なポジションを取り返したということ。

 そしてその位置を維持した白瀧は自身の跳躍力を活かし、オフェンスリバウンドを制するとそのままボールを押し込んだ。

 

「……スイム、だな」

「え? 安治、お前今何て言った?」

 

 その動きを理解した者も中にはいる。

 黒木もその一人だ。『スイム』という聞きなれない単語を不審に思い三浦が相槌を打つが、黒木に代わって東雲と藤代がそれに答える。

 

「『スイム』よ三浦君。水泳のクロールで水を押しだす動きのように手を操り、相手選手の腕を払いのける技」

「しかし効果はある分、慣れぬ者がやろうとすればファウルを取られやすいという諸刃の剣でもある技です。それを初戦からこうも巧みに見せ付けてくれるとは。白瀧さんは本当に底が見えませんね。一体どれだけの技を持っているのでしょうか」

 

 藤代は興味深い者を見るような目で白瀧を射抜く。

 自分が引き抜いた逸材であるとはいえ、その底知れない技術には感心するしかなかった。

 

「なあ明。今さっきお前の方から『やっぱり駄目だった』とか聞こえたんだけどさ。どういう意味かな?」

「いや、それは……」

 

 とびっきりの笑顔を浮かべた白瀧は光月を問い詰める。

 言っていることと表情が一ミリも一致しない姿に、光月は戦慄するしかなかった。

 緊迫した状況は西村が白瀧を抑えることでどうにか解決したのだが、後にこのことを思い出した光月は震えが止まらなかったと語る。

 

「くそっ……!」

 

 その一方で矢坂黎明高校には苛立ちが募る。

 過程はどうあれ、流れは大仁多高校へと傾いている。

 大仁多のスターターはベストメンバーではない。だからこそ今のうちにリードした状況を作りたいところである。

 だが、矢坂黎明高校が勝っているものの一つ、リバウンドがあっさりと白瀧の技術を前に制せられてしまい、流れを止めることができなかった。

 たった一度であろうとも勝てると信じていた場面で取られるのは痛い。

 それでもこの流れを一蹴しようと選手達は声を出し、逆境を覆すべくコートを駆けた。

 

「頼む、荻野!」

 

 そしてボールは一年生エース、荻野へとわたる。

 ここでもしも荻野が負けるようなことがあれば一気に流れを持っていかれる。重要な場面。それは誰よりも荻野が、マッチアップしている光月が理解していた。

 コートに緊張が走る。

 仕掛けるタイミングを計る中、先に動いたのは光月であった。

 

「――ッ!」

 

 考えてのことではない、咄嗟の反応で荻野は手首を動かす。

 光月はボールを捉えたもののあと一歩及ばなかった。しかしスティールが失敗したわけではない。わずかに指先が触れ、荻野の手からボールがこぼれた。

 

「もらった!」

「いや、まだだ――!」

 

 荻野は体を反転させると利き手とは逆、左手でボールをおさえる。

 その場でロールし、体を入れ替える。ボールへと意識が向いていた光月の体が流れてしまった。マークが外れたことを察し、荻野はジャンプシュートを撃った。

 

「負けるかぁっ!!」

「なっ!?」

 

 だが、光月の手が背後よりボールを掠めた。体勢を崩しながらも無我夢中だったのだろう。しかしそれが今回は実を結んだ。

 軌道がずれたボールは潜りぬけることなく、リングにぶつかり、外へと落ちてくる。

 リバウンドを制すべく、先ほど同様四人の選手がゴール下で競り合っていた。

 そんな中、ゴールに近いポジションを取られていた白瀧が、スクリーンアウトをしている相手の右わき腹を触る。

 

(また先ほどの技か! だが、その動きは読めた!)

 

 その感触から白瀧が仕掛けてくることを理解した相手は、半歩右へと体をずらした。

 『スイム』は自身の腕を搔き、相手の腕を払いのける技。ならば体ごと移動してしまえば良い。その考えは間違ってはいない。

 

「残念、バスケはそんなに単純じゃないよ」

「なんだと!?」

 

 だが正解でもない。

 その瞬間、白瀧は相手が動いた方向とは逆、左へと移動してスクリーンアウトをかいくぐる。

 自分が進む方向とはあえて別方向の敵選手のわき腹を触るという『タップ』という技術、フェイクだ。

 

「そんな……」

「よっし。……あれ?」

 

 場所を確保した白瀧であったが、ボールが浮いた位置は外れた。

 白瀧とは逆側、本田達が競る位置へと流れていく。

 

白瀧(お前)だけに……やらせるかよ!!」

「……むうっ!?」

 

 そこで先ほどまで負かされていた本田が奮起する。本職でない白瀧が打ち勝っているというのに、仮にもパワー勝負で勝負する自分が負けられないと思ったのだろう。

 本田は黎明のセンターとの競り合いに勝ち、ディフェンスリバウンドを制したのだ。

 

「ナイスリバン、本田!」

「――まずい!」

 

 大仁多のベンチがさらに高まりを見せる。流れは確実に変わっていた。それを示すように西村が確実にワンマン速攻を決め、点差をさらに広げてみせた。

 

 

――――

 

 

「……おい、こいつら本当に一年なのか?」

 

 第1Qが始まって七分が経過した。

 観客の中の誰かが呟いた言葉はこの会場の中にいる者達の代弁であろう。得点表を見ればそれは明らかだ。

 (大仁多)17対9(矢坂黎明)。大仁多高校が一度もリードを許さずここまで来ていた。

 

「どうなってんだよ、どう見ても普通じゃねえだろ!?」

 

 いくら強豪校といえども、一年生だけでここまでできるものなのだろうか。

 相手が弱いわけではない。大仁多がワンマンチームというわけでもない。だからこそ観客は誰もが驚いた。

 

「リバウンド!」

 

 本田のシュートが弾かれ、ボールが宙に浮かぶ。

 ボールを確保するために前提として重要なゴール下の競り合い。スクリーンアウトで相手を外へと押し出そうとするが……

 

「オッケー、任せろ!!」

 

 白瀧はその腕を払いのけて逆に外へと締め出すと、自身は確実にボールを手にする。

 着地と同時にボールを外へ。

 コーナーへと走りこんだ神崎がボールを受け取り、スリーを放った。

 これで今日神埼は二本目のスリー。そのシュートは一本目同様、リングを綺麗に潜り抜ける。

 緑間を目にしたがために印象が薄まるものの、神崎もロングシューターである。高精度を誇る彼のスリーは、敵チームに嫌になるほどの圧力(プレッシャー)をかけたことだろう。

 

「……一気に点差が開きましたね」

「ええ。何よりもリバウンドを制している点が大きい。この試合は思わぬ収穫となりましたよ」

 

 立派に試合を繰り広げている一年生達に小林は賞賛の言葉を送った。

 嬉しそうに語る藤代だが、それは小林も同様であった。白瀧の幅広い適正、本田や光月の奮闘。西村や神崎の本番での実力。どれもが立派な収穫である。

 

「……西村君、白瀧君」

「え?」

「はい?」

 

 そんな風にベンチが安心して見守る中、東雲が立ち上がり西村と白瀧を呼んだ。

 彼女がこうして指示を出すのは今日は二回目。第1Q五分、光月によるアイソレーションの指示を出した後以来である。

 

「ディフェンスを変更。陣、タイプは予定通り」

「っ!」

「……了解です」

 

 手短に、敵チームには気づかれないように指示を出す。

 東雲の意図を察した二人は早々にディフェンスへと戻る。

 

「……神崎さん」

「ん?」

 

 そして西村は神崎に。

 

「明、本田。東雲さんより指示が出た」

「え? 何だ?」

「どういう指示だ? 早く言え」

 

 白瀧は光月と本田の二人に駆け寄り、指示を伝えた。

 指示を伝え終えると早々に動き出す五人。その姿を見て、藤代は何かを思ったのか、呆れたように東雲に呟いた。

 

「……ここでその指示を出すのですか東雲さん」

「藤代監督は不満でしたか?」

「いえいえ。ただ、そこまでする必要があったのかと、そう疑問に思っただけです」

「白瀧君ならこうしたでしょう。彼は出し惜しみはしない性格ですから」

「それはそれは。気前の良い方々だ」

 

 そう言われてしまえば藤代も納得するしかない。

 東雲は今回白瀧達に作戦内容を説明され、指示を託されていた。ならば彼らの意志を無下にはできない。コーチとしても、選手達には全力で戦って欲しいという思いがあった。

 

「……おい、向こうのディフェンス変わったぞ」

「ああ。ゾーンディフェンスに移行したな」

 

 矢坂黎明の選手たちも異変に気づいた。

 ここまで大仁多高校のディフェンスはハーフコートのマンツーマンであった。

 しかし突如ゾーンディフェンスを展開し、ペイントエリア周辺の守備を固め始めた。

 前衛左に西村、右に神崎。

 ゴール下の中央に白瀧。左に光月、右に本田が配置し、陣形を作っている。

 

(2-3ゾーンか? だが、なんで7番(白瀧)が中央なんだ? 普通に考えて9番(光月)が真ん中じゃないのか?)

(いや、おそらくは7番(白瀧)のリバウンド能力を信頼してのことだろう。そしてコーナーからの攻撃を防ぐことにより重心をおいたんだ)

 

 白瀧が中央に配置されていることに疑問を覚えるが、そのメリットを考えると納得し思考をゾーン攻略へと移す。

 第1Qはもう三分もない。その間はおそらくこのゾーンディフェンスが続くだろう。早い段階で切り崩すに越したことはない。

 

「(2-3ゾーンはインサイドには強い分、中央や45度からのスリー、それにハイポストに入られると弱い。だが、うちには突出したシューターはいない。となると……)

 荻野! お前も来い! 回していくぞ!」

「はい!」

 

 ガード二人にさらに荻野も外へ回り、三人が高速でパスを回していく。

 神崎を引きつけたところで、荻野へパス。荻野はスペースとなった中央よりドライブイン。ゾーンのど真ん中へと侵入を試みる。

 

「ッ! 待て、荻野! これはただの2-3ゾーンではない!」

「え……?」

 

 しかしぺネトレイトした瞬間、キャプテンの警告が響く。

 荻野がその声に反応してドライブを止めるが、そのタイミングを狙われてボールは奪われてしまう。

 

「なっ! お前、白瀧!」

「わざわざ俺のエリアに侵入してきてくれてありがとう」

 

 スティールを敢行したのは白瀧。味方が中で引きつけたはずの相手であった。

 

(遅かったか! おかしいとは思った。7番(白瀧)が俺の動きにつられたのかと思ったら、突如配置を変えてきた! これは2-3ゾーンの派生形!)

 

 囮となって動いていた矢坂黎明のキャプテンが冷静に分析する。

 彼が想像したとおりこれは2-3ゾーンの変則、ハイポストをも視野に入れた2-1-2ゾーン。広い守備範囲を誇る白瀧を中心におきスティールを狙い、コーナーにも対応できる陣形だった。

 それに気づいた時にはもう遅い。

 白瀧は荻野を抜き去ると簡単にガード二人もクロスオーバーで突破し、速攻を決めた。

 

「さーて、第1Qも残り二分と少し。先輩達が楽できるよう、頑張ろうか」

 

 仲間と手を交わしながら、白瀧は明るくそう告げる。

 その言葉には仲間の士気を大いに高め、相手の士気を存分に下げる効果があった。

 

 

――――

 

 

「これは決まりましたね。五人とも自分の力をを生かしている」

 

 白瀧のプレイを見て、藤代は試合の展開を察した。

 この五人のスターターは本来予測されていないものだったが、元々彼自身五人を早い段階で試合に出すつもりでいた。理由は当然彼らの実力を測るためである。

 近い未来、大仁多高校を率いていくであろう逸材。その五人は立派に試合を進めていた。

 

試合作り(ゲームメイク)だけではなく、自身のスピードと白瀧さんとのコンビネーションで敵陣を崩す西村さん」

「クイックネスでは山本さんに劣るものの、安定して確実にスリーを沈めるロングシューター、神崎さん」

「気概があり、自分よりも恵まれた体格が相手でも果敢に勝負を挑むインサイドプレイヤー、本田さん」

「秀徳の大坪さんと互角以上に渡り合うほどのパワーと体格を持ち、一対一でも強さを発揮する光月さん」

「そして……チームオフェンスを機能させ、非凡の速さ(スピード)技術(テクニック)をもって攻守で相手を凌駕するスコアラー、白瀧さん」

 

 今年の一年生はキセキの世代と同世代。

 そんな中で白瀧以外にも有望な選手が台頭してくれるのは嬉しい限りだ。

 

「今年の一年生は、なかなかどうして頼もしい選手が集まったものですね」

 

 だから藤代はこれからの彼らのさらなる成長を願い、笑って試合を見守った。

 

 

――――

 

 

『第1Q終了――!!』

 

 ブザーが鳴り響き、試合の4分の1が終わったことを告げた。

 十人の選手達はそれぞれのベンチに戻っていくが、その表情は完全に異なっている。

 (大仁多)28対9(矢坂黎明)。完全に大仁多高校が流れを掴んでいた。

 結局矢坂黎明高校はゾーンディフェンスを崩しきれずに第1Qを終えた。白瀧の士気の下、積極的にボールを奪いにくる上に、ゴール下も光月が復帰したことで堅固なものとなった。

 無駄に時間だけを費やし、最終的には攻めきれずに24秒が経過し、大仁多高校にボールがわたった。

 逆に大仁多高校は攻める手を緩めず、白瀧と光月の二人を中心にチームオフェンスを展開。点差を広げていった。

 

「お疲れ様でした、皆さん。立ち上がりこそ少し不安もありましたが、最終的には大差をつけて見事な試合展開でした」

「五人ともよくやってくれた。流れは完全に引き寄せた、これ以上ない戦果だぞ」

「ありがとうございます」

 

 藤代と小林は笑顔で五人を迎え入れ、その戦いぶりを讃えた。

 椅子に腰掛け体を落ち着かせると、礼を言い水分を補給する白瀧。橙乃からタオルも受け取り、首に巻いた。他の四人もそれに習い、汗を拭いたりと体の休養に努めた。

 その五人も含め、円陣を組むように並ぶ大仁多高校ベンチ。藤代は落ち着いてここからの指示を出していく。

 

「さて、第2Qはオールメンバーチェンジでいきます。……それで構いませんね、白瀧さん?」

「はい。このようなお願いを聞き入れてもらい、これ以上望むものはありません。

 ……明も、念願の荻野とマッチアップできて大分気が晴れただろう?」 

「うん。もう十分すぎるほど、戦えたから」

「そうか。それなら何よりだ」

 

 交代については何も異論はなかった。

 白瀧も光月も、この試合で果たしたかったことは果たせた。

 だからこそここからは監督の指示に従い、大仁多高校のために行動するのみ。

 

「それでは次は総入れ替えです。

 ……小林さん、山本さん、松平さん、佐々木さん、三浦さん。用意(アップ)は済んでいますね?」

『はい!』

「可愛い一年生達がここまで試合を作ってくれたのです。先輩の威厳というものを見せてあげてください」

『はいっ!』

 

 監督の激を受け、上級生達はさらに意欲を高める。

 体は既に動けるように温まっている。士気も上々、準備は完全に整っていた。

 

『これより、第2Qをはじめます!』

「さあ、存分に暴れてきてください!」

 

 ブザーが再び鳴り、今度は小林達がコートへと出る。

 ようやく彼らも今年初めての公式戦がスタートするのだ。その心に油断は微塵もない。

 

「19点差か。ここまでリードを残して引き継いでくれるとは思ってもいなかった」

「本当に助かるな今年のルーキー達は。俺も気が楽になって助かるぜ」

「おう! 後輩にばかり良い格好はさせられん。目にもの見せてやろう!」

「確かにお膳立てされて下手な真似はできないな。頑張るとするか」

「ッシ! 燃えてきた、俺達も派手にやりましょう! ゴール下は任せてください!」

 

 ベンチから五人を見て、後姿も発言も頼りになると感じられた。

 体を冷やさないようにと上着を羽織り、白瀧達は小林達を見守る。

 

「よーく見とけよお前ら。先輩達の戦いぶり」

「……頼りになる」

「……はい。参考にさせてもらいます」

 

 中澤と黒木が視線をそのままコートに向けながらそう語りかける。

 誰もが自チームの勝利を信じて疑っていない。そしてそのためにできることをやろうと、声を出していった。

 

 

――――

 

 

 第2Qが始まっても、流れは継続した。

 大仁多高校は山本のスリーを口火に、一挙8連続得点で45-9と点差を広げる。

 対する矢坂黎明は途中からシューターを入れ替え、中と外を上手く攻め分けて反撃を試みる。しかしターンオーバーの連発が起こり、オフェンスはリズムを失ってしまい、悪い流れを断ち切れないまま前半を終える。

 

 後半戦、第3Q開始直後、小林がインサイド攻めから得点。さらに得意のドライブからレイアップを決めると矢坂黎明高校がタイムアウトを取る。この時大仁多は小林を下げ、中澤が入った。

 その後も矢坂黎明高校の選手達の疲労が見え始める中、大仁多高校のディフェンスは厳しさを増し、ヘルプの遅れも目立ち始める。第3Q残り四分、三浦に変わって黒木がセンターに入ってからは矢坂黎明のファウルトラブルが増え、リバウンドも完全に大仁多高校が制していた。

 

 第4Q、最初のオフェンスこそ矢坂黎明がスリーを決めるが、残り7分でパワーフォワードが退場(ファウルアウト)してしまい、流れはますます大仁多高校へと進む。

 さらに追い打ちとばかりに残り五分、大仁多高校は小林を投入。さらに残り二分で白瀧と光月を投入し、ベストメンバーで終盤を迎えた……。

 

 

――――

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 言葉を発することさえ躊躇われる。もはや全力で走ることさえままならない。それほどまでに疲労がたまっていた。そしてそれ以上に精神的に来るものがあった。

 ――早く終わってくれ。もう続けたくない。嫌だ。

 そんな心の声が聞こえてきた気がした。それでも、それでもスコアラーたる彼がゴールを狙うことをやめるわけにはいかなかった。

 残り時間20秒。(大仁多)153対23(矢坂黎明)。残り時間から考えても戦力から考えても逆転は不可能。だがそれは諦める理由にはならない。

 荻野は味方を鼓舞するキャプテンの姿を見て、自分も負けじと足に力をこめた。

 

「全員もっと当たれ! まだ相手は諦めてないぞ!」

 

 小林も相手の目が死んでいないことを理解し、指示を出す。彼自身もパスを防ぎきるようディナイをしている。

 最後の矢坂黎明の攻撃、それを理解しているがゆえに慎重に攻めてくる。

 だが集中力はもはや散漫していた。パスルートを読み、白瀧がボールを弾く。ボールは転々とし、ルーズボールを巡って選手が競り合うが、ボールは荻野が取った。

 

「キャプテン!」

 

 全力のワンドライブ。抜くことはできないものの、それで一時的にディフェンスをかわしパスコースを作るとゴール下のキャプテンへとパスをさばく。

 

「せめて、最後にこの一発を……!」

 

 試合時間残り十秒。

 どう足掻こうとももはやこの試合は覆らない。

 それでもまだ諦めきれない、諦められない者はいる。せめて少しでも点を取り、点差を縮めるために。

 ボールを持ったキャプテンはシュートを決めるべく残った力を振り絞って高く跳んだ。

 

「させん!」

「止める!」

「……甘くない」

 

 だがそんな彼の前に立ちはだかるように、高く硬い壁が三枚出現する。

 

「うおっ!」

「た、高い!」

「うわっ。(俺達の時と、第1Qとは完全に立場が逆転している。これは俺だって嫌だよ)」

 

 小林188cm、光月192cm、黒木195cm。大仁多高校ベストメンバーによる、最高の壁三人によるブロック。

 完全にシュートコースを塞ぐその姿は、味方である白瀧でさえ呆然とした。

 

「くそっ!」

 

 シュートさえ撃つことができず、咄嗟に空中で腕を回しボールを放した。

 

「なっ!」

「へへっ。ありがとな」

 

 だが、そのボールは山本が確保した。

 体勢を崩したがゆえにそのボールの軌道は丸わかりであり、山本ほどの選手ならば取ることは難しくない。

 

「よしっ、走れ白瀧!」

「了解です!」

 

 山本は白瀧へとパスをさばく。

 残り時間から考えてこれがラストプレイとなるだろう。それを理解し、白瀧は一気に加速する。もはや疲労で動きが鈍い敵ディフェンス三人をクロスオーバーで軽々と抜き去り、そのままバスケットへと向かう。

 

「させっか!」

「うん?」

 

 だが、その姿を追うように荻野が迫った。

 白瀧が三人を抜いている間に追いついたようだ。だが、ドリブルをしていても白瀧を止めることは難しいのか、並んで走ることが限界のようだ。

 

「まだ終わってねえ! 好きにさせてたまっかよ!」

 

 それでも荻野は諦めていないらしい。

 息が絶え絶えな状態でなんとか口を開き、自身の強い意志を告げる。

 

「……そうか。だが俺達は負けられない。これで最後だ!」

 

 意図が伝わったのか、白瀧もそれに答えた。

 白瀧は走りながら速さを緩める事無く、セットシュートをリリースする。

 

「なに!? (まさか、もう撃つのか!? だが、早すぎる。しかもこの角度では……)

「美味しいところはくれてやる。お前が試合を、勝負を締めろ。……明」

 

 クローズアップシュート。しかしフリーとはいえ、ランニングシュートを決めるにはあまりにも条件が悪すぎる。ボールをリリースするタイミングが早すぎるのだ。

 これは入らない、とそう荻野は思ったが、白瀧の発言で彼は背後より一人の選手が走りこんでくるのを目にした。

 

「まさか……光月!」

 

 荻野に苦汁を飲ませた相手、光月である。

 体を光月に向けても不意をつかれたことで完全に勢いを殺すことはできず、荻野は後ずさる。光月はそんな彼を飛び越えるかのように力強く跳び、リングに当たって宙に浮いたボールを片手で掴んだ。

 

「これで、終わりだ!」

「させっか!」

『お前には負けられない!!』

 

 最後の光月の得点、それを止めるべく荻野も跳ぶ。

 両者とも目の前に相手には負けられなかった。だからこそ、渾身の力で臨む。

 

 この試合を締める最後の空中戦。

 それはリングから響く鈍い音が決着を告げた。

 

「……ナイスダンク、明」

 

 リングにボールを叩きつけた光月。白瀧がチームメイトのシュートを褒め称える。

 ただでさえ体力が既に限界を迎えていた上に、荻野は体勢を崩していた。彼のブロックは障害にもならなかった。彼の指先はボールはおろか、光月の肩に届くかどうかの位置にしか及ばなかった。

 そして二人が着地し、ボールが転々とする。それと殆ど同時に、最後のブザーがコート内に鳴り響いた。

 

試合終了(タイムアップ)――!!」

「大仁多高校、県大会出場決定!」

 

 最終スコア、(大仁多)155対23(矢坂黎明)。

 この瞬間、大仁多高校が県大会出場を決めた。

 順当な勝利、それを喜ぶように小林は拳を強く握り締め、山本は腕を突き上げ、黒木も笑みを浮かべた。白瀧も光月とハイタッチをかわす。

 藤代やベンチのメンバーも緊張が解け、安堵した表情で五人を見る。

 

「155対23で大仁多高校の勝ち! ――礼!!」

『ありがとうございました!』

 

 最後に選手達は整列し、お互いの健闘を讃えた。

 選手達が言葉を交え握手を交わしている中、荻野が光月へと近づいていく。

 

「……荻野」

「信じられねえよ。チームはともかく、個人でお前に負けるなんて」

 

 名前を呼ぶ相手には反応せず、ただ淡々と荻野は言葉を紡ぐ。

 疲労が溜まっているためか悔しさや怒りといった類のものは感じなかった。

 

「そんなに力があるなら、なんで中学の時に出さなかったんだ! どうして俺達と一緒に戦ってくれなかったんだ!!」

 

 だが次の瞬間、感情が爆発した。

 肩を掴み、光月を睨み付ける。彼が俯いていた時は気づかなかったが、目頭には涙が溜まっていた。

 そんな彼を見て何を言っていいのかわからず、光月はただ一言謝罪した。

 

「……ごめん」

「ッ! くそ! くそっ! ……負けんじゃねーぞ、絶対に!!」

 

 その言葉から逃げるように荻野は宿敵に渇を入れると、立ち去っていった。

 中学時代の戦友。わかりあえなかったと言えども、それでも何も感じないわけがなかった。荻野も仲間と共に戦いたいという意思はあったのだろう。

 

「……荻野」

「明、追ったら駄目だぞ」

 

 せめて最後に何か一言、と思い足を踏み出そうとしたが、白瀧がそれを制するように冷たく言い放つ。

 振り向くと彼は視線を向ける事無く、片付けをしながら言った。

 

「勝者が敗者に言葉をかけても、それはただの自己満足だ。相手のためにならない。

 もしも相手のことを本当に考えるなら……進め。俺達は勝ち続けることでしか、戦って負かした相手に報いることはできない。自分達に勝利した相手は強者だったと、そう示すしかないんだ。そうすることで、敗者は報われる……」

 

 その言葉を最後に、白瀧はバッグを肩に背負って歩いていってしまう。どこか寂しげなその背中は、まるで自分のことを語っているようでもあった。

 その言葉が深く浸透し、思考を鈍らせる。

 気がついたら荻野も矢坂黎明の選手達と共に引き上げていた。

 確かに白瀧の言うとおり、今さら光月が荻野に何かを言ってもそれは荻野のためにはならないだろう。

 

「……勝ち続けるよ、荻野。君たちの分まで」

 

 だから誰にも告げることなく、その場で誓った。

 気持ちを新たにし、旧友の意志を継ぎ、光月も会場を後にする。

 

 大仁多高校、栃木県予選大会突破。県大会出場決定。


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