Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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ラビットエンカウント

「始め!」

 

 柳韻の鋭い声で千冬と紫苑の気が一気にぶつかる。

 

「ゼアッ!」

 

 千冬の一薙、胴狙いの鋭い一閃。

 

「シッ!」

 

 太刀筋の先に竹刀を入れ弾く。

 だが、それに続く攻撃を入れられない。

 

 ――さすが、あの気を放つだけありますね。ですが、まだまだ青いです

 

 

「すげぇな、櫻の母さん千冬姉の剣を防いだぞ」

「父さんは糧になると言ったが目が追いつかん」

 

 

 

 再び千冬が小さく振りかぶり、

 

「ハァッ!」

 

 籠手狙いの小さい一撃が入る……と思いきや

 

 ――ほほう、逆胴ですか、面白いことをしますね

 

 素早く1歩下がると風をまとった竹刀が胴の防具を掠る。

 

 小さい振りだけあってその反動も小さいだがその一瞬は十分致命的だった。

 

 ――残念、でも、これは伸びるわね

 

「フッ!」

 

 逆胴には逆胴で返す。

 

 

「胴一本!」

 

 

 両者中断に構えて蹲踞のち帯刀、5歩下がって提刀。立礼して退場。

 

 ここまで美しい試合をこなす人たちだ、礼法も美しい。

 

 

「なんというか、きれいな試合だったな、箒」

「ああ、竹刀捌きはもちろんだが、最後の礼法まで一瞬足りとも気が抜けない。本当にすごいな千冬さんも、櫻の母さんも。なぁ、櫻?」

 

 だが、箒の話しかけた隣は空気だった。

 

「櫻はどこへ行った?」

 

 

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「ねぇ、お姉さん、なんか楽しそうなもの作ってるよね、ね」

「どうしてそうおもうのかな、束さんにはわからないな。邪魔だしあっち行ってよちっこいの」

 

 篠ノ之道場から廊下を進み、縁側から見える物置。

 そこでセーラー服に身を包んだ少女が自分より一回り以上小さい子に対して怪訝な目で睨みつけていた。

 

 

「行かないよ、お姉さん楽しそうだもん」

「楽しくないよ、ほら私も忙しいんだよ」

「それって千冬さんが絡んでたりする?」

「君には関係ないだろ。どっかいけよ」

「じゃぁ千冬さんに遊んでもらうからどこか行くよ」

「チッ」

 

 

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「おい、櫻、どこに行っていた、探したぞ」

「いやぁ、ちょっと楽しいお姉さんと遊ぼうと思ったんだけど嫌われちゃってね」

 

 思い当たる節があるのか箒が渋い顔をする。

 

「まぁいいや、道場に戻ろうよ」

「あ、ああ。そうだな」

 

 箒に連れられ道場へ戻ると、

 

 どこか疲れた様子の紫苑と千冬が居た。

 

「千冬さん、ムッティは強かったでしょ?」

「ああ、そうだな。もしかしたら柳韻さんより強いかもな」

「でしょでしょ! ムッティはサクの先生だもんね」

「そうか、だから君は……」

「んで、千冬さん、あの楽しそうなお姉さん紹介してほしいなぁ」

 

 千冬がとっさに苦い顔をした。

 

「束に会ったのか?」

「ええ、すごい嫌われちゃったみたいでサク悲しいなぁって」

「束はああいうやつだからな、諦めた方が――」

「でもすごい楽しそうなんだもん、だからお願い、千冬さん!」

「どうなっても知らないぞ? 私は」

「やっふぅー」

 

 

 

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「束、入るぞ」

「やぁやぁちーちゃん! 束さんは待っていたよ! ハグハグしよぅ! ゴフゥ」

 

 千冬必殺のアイアンクローが炸裂する。

 

「ちーちゃん、ギブっ、ギブ!」

「なら最初からやるな、馬鹿者。あと、お前に客だぞ」

 

 櫻がひょっこり顔を出す。

 

「え、またかよちっこいの、邪魔って言っただろ。あっち行ってよ」

「束、お前のそれも何とかならんのか?」

「ちーちゃんには関係ないよ」

「それでね、お姉さん、なんか楽しそうなもの作ってるよね。私も一緒に遊びたいなぁって」

「ちっこいのにできることなんて無いよ」

「これでもACなら作れるんだけど。ダメかなぁ?」

 

 

 束ははぁ……、と溜息をついて続きを言刃を櫻に向けた。

 

 

「あんなおもちゃ、私の考えたISに比べればなんてことないよ」

「へぇ、お姉さん、ACをおもちゃって言えるくらいすごいもの作るんだ、楽しそうだね。もっと仲間に入れて欲しくなっちゃったよ」

「無理だね、君はそのおもちゃで遊んでいればいい。私はちーちゃんと二人でやるんだ」

「束、相手は小学生だぞ、少しは――」

「いいんだよ、生意気なちっこいのはこれくらいで」

 

 6畳ほどの部屋にはピリピリとした空気が漂い、一触即発の危険を孕んでいた。

 

 その空気を切り裂いたのは、小学生からとは思えぬ現実的プランだった。

 

 

「んじゃぁ、こういうのはどうかな。サクはお金を出す。お姉さんはISを作る、サクはそれを使ってお金儲け。それを使ってまたお姉さんに何かつくてもらう。それを使ってまたお金儲け。悪い話じゃないと思うなぁ。お姉さんお金がないからそのISとか言うの、作れないんでしょ?」

 

 束の顔が濁る、

 

 ――このちっこいの、痛いとこついてくるなぁ、本当に束さんはこういうのが嫌いで、大好きだ

 

「本当に、君は小学生か?」

「そうですよ、千冬さん。少しばかり他人より家庭が複雑で、いい先生が付いているだけです」

「君を見ていると自分とあまり年の変わらない人と話しているようだよ」

「いやぁ、それほどでもないですよぉ」

 

 こういうところは歳相応だ、櫻も所詮はただのちっこいの。束にここまで食って掛かれるのもオッツダルヴァの経営学やコミュニケーションあってこそだ。

 

 

「さて、どうしますかお姉さん。サクの提案を飲みますか? それとも、捨てて夢を夢のまま終わらせますか?」

「信用ならないね、そんなちっこいののどこから金がでてくるんだい? 束さんの夢は数百円じゃ買えないよ?」

「サクの家の口座から、そうですね、100万ユーロでどうかな?」

 

 100万ユーロ、1ユーロを130円で換算しておよそ1億3000万。それだけあれば、ある程度の設備を購入し、試験機の1機や2機作れるだろう

 

「グッ、そ、その証拠を出しなよちっこいの」

「仕方ないですね、ごめんなさい、千冬さん、ムッティ…お母さんを呼んできてもらえますか?」

「あ、ああ。わかった、待ってろ」

 

 

 千冬が廊下を歩いて去ったのを感じると、

 

「じゃぁその間、つまんないからサクの将来の夢を教えてあげる。お姉さんは私と同じ匂いがするからね」

「ふん、そんなちっこいのの夢なんて聞いても面白く無いよ」

「サクは将来ね、宇宙に行きたいの」

 

 束がこちらを見る。

 ほら釣れた、と言わんばかりの顔で束を見つめてさらに語る。

 

「ACじゃ宇宙に行けない。だから、私は宇宙に行ける翼が欲しい。自分で操縦して、一人と機体で宇宙へ行けるような、そういう面白いものが。ロケットなんて勝手に飛んで行く鉛筆じゃつまんない。だから宇宙に行ける鍵になる何かを、作りたい」

「ふん、ちっこいくせに面白い事言うじゃん。私と同じことを……」

「商談成立かな?」

「ち、ちがっ!」

 

 狼狽する束が言い訳をする直前、

 

「束、櫻、入るぞ?」

 

 ナイスなタイミングで千冬が戻ってきた。

 それも強力な援軍をつれて。

 

「櫻、お母さんを連れてきたが」

「ありがと、千冬さん。それでね、ムッティ、あのお姉さんが楽しいことするみたいだから、ちょっとお小遣い欲しいなぁって」

「へぇ、どんなことするの?」

「お姉さん、説明してよ」

「面倒っちくて嫌いなんだけどな、仕方ない、今回だけだからね」

 

 

 そうして束はISのコンセプトを語った。

 宇宙空間での行動を想定したマルチフォームスーツ。

 様々なものを量子化し、展開、収納を行える 拡張領域バススロットを備え、多種多様な行動を可能とする。

 さらに、そのコアは自立進化するという。

 

 

「なるほどね、たしかに楽しそうね。それで、櫻は何をするつもりなの?」

「う~ん、千冬さんと一緒に、テストパイロット、かな?」

「それは危なくは無いのですか? 束さん」

「危ないわけ無いよ、私が作るんだよ?」

「すみません、コイツは他所の人には本当に態度が悪くて……」

「いいのよ、答えてくれるだけ」

 

 答えないほど心が荒んだ人間を何人も見てきた紫苑に、これくらいどうということもないだろう。

 

 

「そう、ならいいわ、ちゃんと櫻を仲間に入れてくれるのよね?」

「そっちがやることをやったらいいよ、契約ってそういうものでしょ」

「ならいいわ、100万ユーロって言ったかしら? 今の貯金と照らしあわせて…将来性も考えないと…」

 

 タブレットの画面とにらめっこを始めた紫苑を背に、

 

 

「ムッテ……お母さんが家で一番偉いから、お母さんの許しをもらわないといけなかったんだけど、どうにかなりそうだね、束お姉さん?」

「ふ、ふん。別に嬉しくなんかないからね」

「ちょっと櫻、これからどの程度の利益が見込めると思う?」

「それなら――」

 

 

 紫苑に櫻が資金提供の段取りを教えていると、千冬が束に語りかけた。

 

 

「良かったな、束。お前の夢へまた近づけて」

「そうだね、ちーちゃん。最初のISはちーちゃんのために作るって決めてあるんだ」

「そうか。どうなるんだろうな、これから」

「世界を面白くするんだよ、ちーちゃんと、私と。ちっこいので」

「ふふふ、そうか、楽しみにしているぞ」

 

 

「ふっふっふっ、聞いて驚け、100万なんてちんけな額じゃなくて、夢はどーんと500万出すってさ! ムッティ太っ腹!」

「このマネープランを建てたのはあなたでしょ? じゃあ、千冬さん、束さん、どうか娘をよろしくお願いしますね」

「ええ、おまかせください、とはいえませんが。こいつら……いえ、束には目をつけておきます」

「いいのよ、こいつら、で。束さん。櫻によく似ているもの、多分考え方も似てるんじゃないかしら、だから、櫻にも目をつけていてね」

「はい、紫苑さん」

 

 早速束に連れ去られた櫻を横目に紫苑は言う。

 束はおそらく悪い子ではない。ただ、彼女もまた特異すぎたのだ。得意が特異だから疎まれ、避けられてきた。そういう匂いがした。

 

 

「ちっこいの、君の名前を聞かせてよ」

「ん? 私は櫻。櫻・天草・フュルステンベルクだよ」

「そうか、長いからさくちんにしよう。さくちん、これから、頑張るんだよ?」

「もちのロンだよ、束お姉ちゃん!」

「さくちん、お姉ちゃんってもう一回呼ん……ぐふぉ」

「幼気な少女で遊ぶな!」

 

 千冬に辞書で殴られた束を見て、優しい笑顔を浮かべる紫苑。

 やはり彼女は母親なのだ。

 

 

「ふふっ、これなら安心できそうね。ほら、櫻、今日はどうする? 篠ノ之さんは泊まっていっていいっておっしゃってくれたけど、私の荷物はホテルだから、私はホテルに戻るわよ」

「ん~、ここで束おねえちゃんと遊んでく~、また明日電話するよ~」

「そう、なら柳韻さんにそう伝えておくわ。じゃあ、千冬さん、束さん、櫻をおねがいね」

「ええ」

 

 

 

 

 ――束、櫻、お前らはよく似ている。つまらないことが嫌いで、面白いことが大好きで、つまらないから面白くしたくなって。そんなお前らが組んだんだ、この世界、どう変わるんだろうな。


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