Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
花咲く少女
父の死を境に、櫻は大きく変わった。
自分から貪欲に知識を求め、ひたすらに己を鍛えた。
それに合わせて紫苑も櫻の願いを聞き入れた、生身での格闘を教え、戦術を説いた。
だが、リンクスの居ないところに人員は不要と判断され、ローゼンタールは天草のドックから引いていってしまった。
黒森峰が前線の補給基地として少数を残すべきと主張していたが、それも虚しく、いまはドックに誰もいない。
紫苑は櫻をあちこちに連れ出した、いろいろなものをみて、感じて、心の成長を願って。
そんな一環で連れて行ったとある町。
海と山がある坂の辛い土地だ。
「ムッティ、神社あるよ、ちょっと行ってみよ!」
すぐそこにには鳥居と、階段。
軽い足取りで登る櫻に「はやくー」と小言を言われながらゆっくりと階段を登る紫苑。
登り切った先には趣きのある、というか、木々に囲まれたなかに本殿と神主の住居であろう建物が佇んでいた。
「面!」「胴!!」と気合の入った声が聞こえる、剣道の道場も構えているのだろう。
「櫻、どこいったの?」
「ムッティ! アレ、かっこいい!」
櫻は道場の中で打ち合う2人を見て目を輝かせていた、2人共櫻とあまり年の変わらないように見える。
「剣道に興味がお有りですか?」
背後から突然声をかけられ、とっさに気を強めてしまう。
声の主は壮年の男性、服装から伺うに道場主だろう。
「おっと、驚かせてしまいましたか、申し訳ない」
「いえ、こちらこそ、勝手に覗いていたわけですし」
「私はここの神社の神主で、道場の師範をしております篠ノ之柳韻と申します、よろしければやってみますか、剣道」
「え? いいの? やってみたい!」
思わぬ申し出にもかかわらず、櫻は乗り気であった。
「よろしいのですか、ご迷惑ではないでしょうか?」
「いいのですよ、興味深げに見ていましたからねぇ、好奇心を満たしてあげたくなるのが親の性でしょう」
「そうですか、お言葉に甘えて。私は天草紫苑と申します、娘は櫻。6歳です」
「そうですか、ちょうどうちの娘と同い年だ。箒、お客様だよ、剣道をやってみたいそうだ、教えてあげなさい」
「はい、父さん」
トテトテと道場から走ってきた少女、きりりと引き締まった顔立ちが素敵だ。
「君か、私は箒。名はなんというのだ?」
「私、天草櫻!よろしくね箒ちゃん!」
「こちらこそ、よろしくたのむぞ、櫻。さぁ、こっちだ、防具をつけることから始めよう」
少女2人は早くも打ち解けたようで、会話に花を咲かせながらも確実に指導している。
「あれが娘の箒です、あちらに居るのは近所の織斑一夏くん、同い年ですよ」
奥で素振りをする少年。背丈は櫻とあまり変わらなそうだ。
「そうですか、では先程の試合はあの子達が?」
「ええ、そうですね。楽しそうにやっていましたよ」
「本殿の近くでも気迫ある声が聞こえましたからね」
「そうでしょう、剣道は心技体、の3つが重なって初めて一本、となります。そのための心意気、声出しや気は重要なのですよ」
大人は子供達の事を見つめつつも、子供達は子供達でまた仲良くなりつつあるようだ。
「お、新しい子か! 俺は織斑一夏、よろしくな!」
「天草櫻、よろしくね、一夏!」
「櫻は見た目日本人じゃないよな、何処からきたんだ?」
「おい一夏、それは失礼だろう!」
「いいの、慣れてるから。私はお父さんがドイツ人のハーフだよ」
「そうだったのか、ゴメンな」
「いいっていいって!」
無邪気なものだ、ああしていつの間にか仲良くなっているのも子供の特権だろう。
しばらくおしゃべりをすると、箒が基本的な構えを教え始めた、まずは中段の構えから。
「そうだ、竹刀の先がじぶんのお腹のあたりに来るようにするんだ。そうそう、それだ!」
彼女は教えるのがうまいようで、みるみる先へ進んで行く。
「娘さんはなにか武道の経験でもあるのですか?」
「そうですね、武道というほどではありませんが、私が合気道の様なものを教えています」
「やはりそうですか、ということは天草さんも武術の心得がお有りなのですね、通りで……」
「いや、先程は失礼しました」
「いやいや、視界の外から声をかけ驚かせたのは私ですから、お気になさらず」
そう言って櫻を見る柳韻の目はすべてを見ているかのような深いものがあった。
「いつまでも縁側から眺めるのもアレでしょうし、中へどうぞ」
「お邪魔します」
中へ通され、道場を見渡す。建物は年季を感じさせるが、掃除が行きどどいているのか、ほこりやカビ臭さなどとは無縁の、道を修めるにふさわしい場所だった。
「箒は教えるのがやっぱり下手ですね」
「そうですか? 私には上手く教えているように見えますが」
「先程から櫻ちゃんに言っていることはすべて私の受け売りですからねぇ」
本当は感覚派な子なんですよ、と言って柳韻は笑った。
「おや、試合を始めるつもりのようですね」
「止めないのですか? うちの子ルールもわかっていませんよ?」
「まぁ、まずはやらせてみるのがいいでしょう。さぁ、始まりますよ」
そう言って子供達を眺める柳韻は先ほどのような柔らかい笑みだった 。