Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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ハーメルンの最低文字数の関係で、「櫻の言葉は」と「あなたを忘れない」の2話をくっつけて投稿です。


櫻の言葉は

「お話をしましょう」

 

 そう言って櫻を部屋へ入れると電気をつけ、モニターを医務室のカメラに変える。

 

「ムッティ! ファーティは? どういうこと?」

「櫻、落ち着いて話を聞きなさい。今から言うことは理解できなくてもいい、いずれ理解できるときに理解すればいいわ」

「う、うん……」

 

 そうして紫苑はゆっくりと、自分の中で整理するように話を始めた。

 

「まず、ファーティだけどね、手術をしたの。ネクストに乗るために必要なことだったから」

「うん、知ってる」

「それで、ネクストは脳や神経にとても負荷がかかるものなの、だからファーティの脳と神経は疲れちゃったの、限界までね」

「え、えぇ?」

「わからなくてもいいわ、でも覚えておきなさい。 いまのファーティの脳は心臓を動かしたり、生きる上で最低限の事で手一杯になっているのよ。でもそれももうそろそろ限界みたいなの」

「だから、ファーティはもうすぐ死んじゃうの」

「お星様になるの?」

「どうでしょうね。でも、ずっと私達を見ていてくれると思うわ」

 

 

 だが、彼女は賢かった、紫苑の思った以上に。そして、強かった。

 

「それって、オッツダルヴァおじさんもそうなの? ダリオおじさんも?」

「そうね、きっと彼らももうすぐ、ファーティと同じようになるってしまうでしょうね」

 

 櫻は話をある程度は理解し、リンクスたちがレオハルトと同じよう目に遭うのだと話の内容から推測してしまっていた。

 彼女は賢すぎた、自分の身の丈に合わない知識をつめ込まれたがために。

 

 

 ――もしかしたら、櫻の心が耐え切れないかも、しれないわね。

 

 そして、櫻から発せられた言葉が、紫苑を戦慄させた。

 

「それがわかったから、サクを強くしようって色んな所に行ったの? ファーティが居なくてもサクがムッティを守れるように、拓郎おじさんや、ここにいるみんなを守れるように強くなってほしかったの?」

 

 紫苑は再び涙を流した、だが、今度は悲しみや怒りからくるものではなく、己の情けなさを嘆いてのことだ。

 

 

「ごめんなさい櫻、でも、これだけはわかってほしい。私達はあなたに守ってもらえなくてもいいの、親だから、大人だから。私達であなたを守るの。櫻、あなたを強くしようとしたことは否定出来ない、でもそれは櫻が自分自身を守るためにつけるべきだと思ってのことなのよ。ごめんなさい。私達の勝手な思いでつらい思いをさせたかもしれない。いらない知識をつけてしまったかもしれない――」

「なんで謝るの? ムッティとファーティはサクのことを大事に思ってくれたから色んな事を教えてくれたんでしょ? ならなんで謝ってるの? ムッティ」

「櫻、ごめ――」

 

 

 パシッ

 2人きりの部屋に乾いた音が残響を残す。

 

 

「ムッティ、それ以上謝ると怒るよ。サク一度も嫌だなんて思ったことないよ。ムッティのACに乗った時もムッティの見ていた景色が見えると思ったら楽しかったよ。ドイツでファーティと戦った時も、ファーティと同じものが見えると思ったらとても楽しくて仕方が無かったんだよ! オッツダルヴァおじさんは少し怖かったけど、教えてもらったことは無駄じゃないよ! ファーティが言ってたじゃん、多くを学んだものの勝ちって。それっていっぱい勉強して、いっぱい遊んで、いろんなことを感じたらいいんでしょ? だったらサクは誰にも負けないよ。この世の中に楽しくないことなんてないんだから!」

 

 ああ、なんということだろう、まだランドセルを背負う年齢の女の子が、父の死という運命を目の前に、これだけの事を吐き出せるのだ。

 少女の目から見た世界は今、どう見えるのだろうか。

 

 

「櫻……そうね、いっぱい勉強していっぱい遊んで色んな物を見てきたもんね。だから櫻は強いんだよね。私がダメだったわ」

 

 母は嘆く、自分の浅はかさを、娘の考えることすらわからないなんて。

 母は願う、娘の成長を、娘が父を超えることを、母を超えることを。

 

 

「ファーティはムッティのナイト様なんでしょ? だったら今度はサクがムッティのナイトになるんだから! お姫様のために、ナイト様は強くないといけないから――」

 

 娘は誓う、母の思いを、父の願いを守り通す事を。

 娘は願う、更なる強さを、更なる知恵を、世界すら守れるほどの力を。

 

 

 

 

「――私にもっと広い世界を見せて!」

 

 

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 コントロールルームから出るとほぼすべての職員がこちらを見ていた。

 数人は目に涙を浮かべている。

 

「ファーティのとこに行くよ」

「ええ」

 

 せめて最期を見届けなくては、いくら辛い現実でも。

 

「指令、いま櫻ちゃんを医務室に連れて行くのは……」

「いいの! サクが決めたことなの!」

「だけど、櫻ちゃん――」

「ファーティが気が付いたら居ないなんてほうがもっと嫌だもん!」

 

 

 ストレートな言葉だった。大人は気を回しすぎた。少女にショックを与えないように、そう考えていたのに。そんな気遣いがいらないほどに彼女は強い心を持っていた。

 

「櫻ちゃん、そうか、ごめんね」

「いいの、サクが頑張らないと、強くないと、みんな守らないと。ファーティみたいに」

 

 シンプルな言葉の中に、強い想いがこもっていた、年端も行かない少女の強い決心に、全員が心を打たれた。

 そして、ひとつの想いが宿った、我々がこの少女の成長を後押ししよう、と。

 

「櫻ちゃん、君の思いはわかったよ。だからおじさん達みんなが、全力で櫻ちゃんを応援しよう。そうだろみんな!」

「「「「「「「「応ッ!」」」」」」」」」」」

 

 

 少女の願いは全員痛いほど理解できた、今この状況で我々にできることは何か、全員が模索していた。

 

 

「ありがとう、拓郎おじさん、みんな。サク頑張るから」

「ああ、頑張るんだ。おじさん達もな」

「行きましょう、櫻。ファーティのところへ」

「うん」

 

 

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 心拍計の電子音が響く雑多な部屋で、ただ2人は黙っていた。

 いまさら何も語ることは無かった。

 

 時間が経つに連れ電子音の間隔も広がりつつある。夫の、父の死の瞬間を、2人はひたすら待ち続けた。

 状況を見ていたメディックが声を上げる。

 

「AMSに反応、これは。言語メッセージです。出します」

 

 

 

「サクラ、シオン、済まない。 強くなれ」

 

 謝罪と願い、それを最期にレオハルトは逝った。

 電子音がただ鳴り続ける部屋に2人。強い眼差しも持って2人は泣かなかった。泣けなかった。

 泣いてはならぬと涙を飲んで、だが、しっかりと心にその死を刻みつけて。

 

 

「ファーティ、サクは、強くなるよ」

 

 少女のつぶやきは、虚空に消えた。




桜の花言葉は「精神性」「淡白」「優れた美人」などがあるそうです
あとは品種別にも言葉があったりします

本来ならこの次の話であった『あなたを忘れない』というのは紫苑の花言葉から取っています。
「あなたを忘れない」や、「彼方にあるあなたを想う」など、けっこうロマンチックな言葉ですね。

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