Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

168 / 173
ネタは計画的に

 5月に入ると1年生は間近に迫ったクラス対抗戦に向かって徐々にテンションが上がっていくようで、心なしか放課後のアリーナで練習に励む生徒が増えている。そんな中、一際異彩を放つ真っ白い鋭角フォルムのアリシアが学園訓練機のラファールをリードしている。その上ではピンクシルバーのフルスキンで悪目立ちする白鍵が薄紫のヘル・ハウンドを相手に射撃演習を行っていた。

 ラファールを操るのは1年のリリィ。アルゼンチンの出身で、後から聞けば入試をかなり上位のスコアで通ってきたらしい。だが、実技の方は『まぁ、乗れる?』くらいの域を出ず、座学と実技を総合的に見れば"普通"の子だった。

 そして上空で模擬弾をばら撒いているのはアメリカの代表候補生、アメリア。候補生の名は伊達ではなく、しっかりとした基礎技術に裏打ちされたオールラウンドに対応する実力の持ち主だった。だが、一戦交えた本音に言わせれば「しゃるるんと同じ器用貧乏タイプかなぁ?」だそうで、本人も思うところがあったのか、今はひたすらに射撃に取り組んでいる。先輩2人(ダリル/フォルテ)がどちらかと言えば近距離を主体に戦うタイプだと言うのもありそうだ。

 

 

「そそ! そのままこっちに歩いてみて。授業でやったとおりにね」

 

「こ、こうですかぁ!?」

 

 生まれたての子鹿ではないが、スムーズとはいえない足取りで歩みを進めるリリィ。決して出来ないわけではなさそうだった。

 その後もアリーナの閉館時間まで練習を続けたリリィはある程度思い通りに飛べるようにはなり、本人も自身がついたのか最後にはくるりと宙返りをして満足気であった。

 一方の本音とアメリアはと言えば……

 

 

「甘いよ~ シュークリームみたいに狙いが甘々だよ~」

 

「ナニが悪いのかわかりませんヨ! シショー!」

 

「飛び道具は相手の動きを予想して撃たないと~」

 

「わかってマスガッ! 速っ!」

 

 第3世代を凌駕する性能にはついていけないようだ。曰く、「授業で撃った的が止まっているように見えマース!」だそうで、練習の成果が目にも現れたようだ。本音は「シショー!」と呼ばれて満更でもないようで、アメリアとの訓練がある日は機嫌が良くなるのだった。

 

 2年生はといえば、1年間ありとあらゆる騒ぎに巻き込まれて精神的に強くなったのか、はたまたクラス対抗戦にいい思い出が無いからか、1年ほどの騒ぎにはならずにいた。パイロットコースの1組からは2年連続で一夏が選出。2組にはクラス替えで別れたラヴァーズが一人、セシリアが選ばれた。整備科はパイロットコースから『クラス代表代理』と言う形で選出できるということで、整備課に行きたくてもお国の事情で行けなかった簪とマスコットとして選ばれたラウラが3組、4組の看板を背負うことになった。ちなみに、櫻と本音は整備課である3組所属なのだが、さすがにチート過ぎる。ということと、スカウトのお仕事をしたかった櫻の頼みから簪が引き受けた経緯があった。

 もう気心知れた仲というより、普段から模擬戦を繰り返すほどなので実際なにか特別なことといった雰囲気が薄いのが現実なのか、4人は特に気負うこともなくいつもどおりにおしゃべりをし、いつもどおりに模擬戦をしたりと特に変わりない時間をすごしていた。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 そしてやってきたクラス対抗戦当日。今日はスーツでビシッと決め、首から企業連のネームタグを下げた2人はいつもどおりにHRに出席した後、1年の試合が行われるアリーナに移動した。2年も3年も友人や顔見知りばかりがクラス代表に選任されたお陰で(?)とくに見る必要もないため、1年生を見るのは必然と言えた。

 今年の1年は自分たちの代のように専用機天国というわけではなさそうで、専用機持ちが代表になったのはアメリアの2組とドイツの代表候補生、ニーナ有する3組だった。そのドイツの候補生、やはりというべきかラウラの元部下、それもかなり懐かれていたらしく、それがラウラの除籍によって一気に関係が変わってしまったのは言うまでもない。今では彼女が数人しか居ないドイツの候補生、その中でも専用機を与えられた2人の1人なのだからその実力は十二分だろう。

 それを事前情報として知っていた櫻はラウラの除籍の裏で動いた人間として複雑な顔をしつつも1組のスウェーデンの代表候補生をあっさりと打ち破った彼女を見て評価表を埋めていった。少し緑がかった黒い髪を肩のあたりで揃え、シュヴァルツェハーゼのシンボルと言っていい眼帯で左目を覆われた顔は大人びて見えた。

 

 

「胸は小さいね」

 

「はぁ…… どこ見てるの?」

 

「ラウラの後輩ちゃんでしょ? 発育チェックを、と」

 

「らうらうに比べれば大きいかなぁ? 機体のチェックは終わったよ~。公開情報通りのレーゲン型の改良モデルだね~」

 

「スウェーデンの娘も良い身体してたなぁ。THE.北欧娘、みたいでさ」

 

「さくさくが変態さんだよ~」

 

 櫻の書いた表の余白には胸の大きさの欄が書き足され、[Deutsch:A][Sverige:C]とメモされていた。ちなみにラウラはAA+である。

 一方の本音の表には機体関連の項目が並び、関節数、ブースター数はもちろん、目安装甲厚、固定装備、などなど、数十項目をびっしりと埋められたチェックシートを隠すようにバッグにしまうと双眼鏡を取り出した。

 

 

「次はりありあだね~」

 

「あの娘どんな感じ?」

 

「う~ん、銃の扱いはもともと上手だったからそこら辺の候補生よりちょっと上手い、くらいじゃないかな~?」

 

「辛口評価ですなぁ」

 

「せっしーとかはもともと上手だったし、そういう人が相手だと分が悪いかなぁ」

 

「なるほどね。セシリアは、と言うよりイギリスは特別だからなぁ。イギリスとドイツの銃器に対する情熱の注ぎ方は時々異常だよ」

 

「さくさくが言う?」

 

 本音はそう言うが、櫻としては自分で作ったトンデモ飛び道具は破壊天使砲くらいしか無いと自負しているため、少しばかり意外な顔をすると、本音がこりゃだめだ、と言う顔で肩をすくめた。

 10分ほどの休憩を挟んで第2試合、1組対4組、4組代表はロシアの代表候補生。水色のISスーツがカワイイな、と少し思った。

 

 

「胸はC?いや、Dはあるな……」

 

「りありあの機体は知ってるからいいよね~。師匠として負けは許さないぞ~!」

 

 ブザーと共に飛び出した2機。アメリアは本音の教え通りにブザーと共に武器を展開、物理ブレードを選ぶと即座にスピードを載せて横薙ぎに斬りかかった。

 だが、相手も同じ候補生、そんな簡単に一撃当てられるはずもなく、鋭い金属音を響かせてその力を逃して体勢を立て直した。スピードをそのままに距離を置いたアメリアはすぐさまマシンガンを選択。高密度の弾幕を形成していく。

 

 

「さっきみたいに一方的な展開じゃなくてよかったよ」

 

「ね~。去年のらうらうを見てるみたいでちょっと嫌だったかなぁ」

 

「まぁ、ソレがドイツのスタイルなんだろうね。機体のスペック差があるなら押しきれるし」

 

「手加減されるのもソレはソレで嫌だけど、あそこまでコテンパンにされちゃうと心折れるよ~」

 

 ニーナのバトルスタイルは火力に物を言わせた瞬間制圧。2門のレールガンや6本のワイヤーブレードはもちろん、非固定浮遊部位(アンロックユニット)として様々な武装を選択できるようなのだ。先の試合ではチェーンガンを追加し、両手に持ったライフルと合わせて濃密な弾幕で圧倒していた。

 一方のアメリアは機体が第2世代と言うこともあり、火力で圧倒というスタイルは取れない。ならば、実力で削り倒すしかないのが世の常だ。相手は同じ第2世代を操る候補生、実力は均衡している。

 

 

「場面に応じた武器の選び方はさすがだねぇ。それに展開収納も早い。立派立派」

 

「へへん!」

 

 本音がわざとらしいドヤ顔で腰に手を当て胸を張る。コレが一夏ならば殴っているところだが、本音がやるとこうも可愛くなるのかと櫻の目尻は自然と下がっていた。

 その一方で試合はと言えば互いに近距離でブレードを振り回したかと思えばアリーナの端と端で撃ち合うなど観客を飽きさせない終始安定しない試合展開だった。互いにシールドエネルギーをジリジリと削り合う戦いは時間切れで幕を下ろしたのだ。

 結果、アメリアが勝利、だが、その顔は浮かなかった。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 各学年の決勝は一番広い第1アリーナにて行われる。すっかり日も傾いてオレンジ色の空が広がる学園で各学年のデザートフリーパスを賭けた戦いが決着するのだ。さらに今年は各学年の優勝者による三つ巴のエキシビジョンまで用意されているのだから各国の技術者たちは他国の技術を盗めるだけ盗もうと躍起になっている。

 ここまでの結果をおさらいすると、1年は1組、アメリア対3組、ニーナ。2年は2組、セシリア対4組、ラウラ。3年は1組、楯無対2組フォルテと言う具合になった。やはり、と言うべきか3年は整備課のクラス代表代理では国家代表や候補生には勝てなくなるほどの差が生まれてしまうようだ。専用機持ちがやたらと多い2年は普段の模擬戦と同じくセシリアが一夏を破り、ラウラが簪を下しての決勝だ。2年の中ではトップクラスの勝率を誇るラウラが勝つ、との見方が2年では優勢だ。

 

 

「始まるね~」

 

「なんとなく誰が勝つか予想出来てしまうのが悲しいね」

 

「それは言っちゃダメだよ~。せっしーもらうらうに勝てないこともないし、おじょうさまも負けちゃうかもしれないんだから」

 

「勝負は時の運ってやつかねぇ」

 

「そうだよ~!」

 

 1年決勝。予想はできていたがニーナが開幕早々レールガンをぶっ放し、アメリアが弾丸を物理ブレードでぶった切ると言う超人芸で幕を上げた1年決勝。最初の芸当で意表を突かれたニーナがアメリアに序盤のリードを許すも勝利。だが、アメリアがレールガンの弾丸を斬り落としたのが最初だけでなく最後の一撃も2発の弾丸をブレードに当て、刃が折れたところでアメリアは両手を上げたのだ。その時すでに両者のシールドエネルギーは枯渇寸前でなかなか接近した試合になった。

 試合後のインタビューでニーナはアメリアの芸当を讃え、是非部下に欲しい、とどこかの元少佐殿(ラウラ)のようなことを言っていた。一方のアメリアはピットに戻り、ISを量子化すると同時に倒れてしまったそうだ。極度の集中とプレッシャーによる疲労が大きいとのことで、彼女がこの試合にどれだけの力を注いだかがはっきりとわかった。

 2年決勝はセシリアとラウラの射撃対戦。ブザーと同時に両者後退、壁際から互いに繰り出す精密射撃は圧巻の一言。さすがに弾丸とレーザーがぶつかるなんてことは起こらなかったものの、試合時間20分を使い切る白熱した戦いになった。それも面白いことに両者のシールドエネルギー残量は1桁まで同じ、試合は引き分けに終わるという前代未聞の事態が起こったが、試合後の2人はどちらもスッキリとした顔で握手を交わした。

 3年決勝はアメリカのイージスが片割れ、フォルテとロシアの現代表楯無の一戦。イーリス・コーリング直伝の個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)でのヒットアンドアウェイに徹したフォルテでも楯無のヴェールは破れなかった。最後はクリアパッションによる爆発で美しく決めた楯無が対フォルテ戦15連勝を飾った。

 

 

「さてさて、おねーさんの出番かね」

 

「おじょうさまみたいな事言わないでよ~。あんまりめちゃくちゃにしちゃダメだよ?」

 

「ハイハイ。コレはあくまでもデモンストレーション!」

 

 30分の休憩を挟んで生徒会主催、学年対抗戦が行われる。もちろん、10月に行われる学年対抗トーナメントとは別物で、あくまでも新入生のモチベーション向上の糧になれば、各々の能力を高めるヒントになれば、という理由なのは言うまでもない。そして、生徒会主催ということはクドいくらいに押し付けられたラスボスが今回もまた登場するということだ。ある意味で恒例行事となっているコレはすでに2年3年は「どうせ櫻が来て場を荒らして帰る」とすでに催しの1部としてカウントしているのだからもう諦めがつく。

 ピットに飛び込むと簪がミステリアス・レイディのメンテナンスをしているところで、櫻に気づくと「ラスボスの登場」と眩しい笑みで迎えられた。

 

 

「楯無先輩は?」

 

「黛先輩に捕まってどっか行っちゃった。『簪ちゃんお願い!』って機体丸投げで」

 

「一応国家機密の塊だよねぇ?」

 

「私は日本の候補生……」

 

「楯無先輩、意識が低いのか簪ちゃんに甘いのか……」

 

「最近のお姉ちゃん、ちょっとしつこい」

 

「本人の前で言っちゃダメだよ? 多分1ヶ月は引きこもるか仕事しなくなるから」

 

「わかってる。お姉ちゃんなりの愛情表現だから」

 

 コレが終わったら手伝う。と言う簪の後ろでスーツを脱ぐと持ってきた純白のISスーツに着替える。櫻が持つ白いISスーツは実は2種類あり、アリシア用は光沢が少なく、ノブリス・オブリージュ用は光沢がある繊維を使っているのだ。なので実際に見ると結構目に痛い。ノブリス・オブリージュを展開するとピットの機器と接続。細かいチェックを進めていく。

 

 

「相変わらず眩しいね」

 

「いや、簪ちゃん、それは……」

 

「何か?」

 

 メガネに代わりサングラスを掛けた簪が櫻の隣でホロキーボードを叩く。その姿があまりにもおかしく、櫻はこっそりとハイパーセンサーで記録を取ると自室のサーバーに保存した。エアの抜ける音を立ててドアが開くと少し疲れた様子の楯無が入ってきて、そして廊下に戻った。

 

 

「くくっ。むふっ!」

 

「もう、真面目に考えた結果なんだよ?」

 

「それでも、クヒヒッ。似合わなすぎて…… むふふっ!」

 

 廊下の楯無は息を整えると再度覚悟を決めて扉を開いた。そして変顔で待ち構える簪withグラサンと目があった。

 

 

「ふふっ、くふふっ。フヒッ!」

 

 いきなり笑いなのか呼吸が乱れたのかよくわからない音を立てて腹をかかえる楯無。慌ててサングラスを外した簪が駆け寄ると背中をさする。

 ISから降りられない櫻もハイパーセンサーで後ろを見ていたため、一部始終を見ていた。更に言えば変顔をした簪と目があった瞬間の「簪ちゃんがこんなことをっ!」を体現した顔も記録、保存済だ。だが、いきなり腹を抱えて崩れ落ちられると話は変わってくる。

 

 

「お姉ちゃん大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」

 

「楯無先輩、顔引きつってます」

 

「はい、お姉ちゃん。むにむに」

 

「ん…むにゅむにゅ」

 

 簪に頬をむにむにされ、満更でもなさそうな顔で情けない声をだす楯無。簪も楯無の扱いを心得たようだ。

 しばらく簪にされるがままになると妹パワーでステータスを120%まで引き上げた楯無が逆に簪をむにむにし始めたので櫻はだま~ってノブリス・オブリージュのソフトチェックを進めるのだった。

 

 ----------------------------------------

 

 

「じゃ、行ってくるわ!」

 

「頑張ってね」

 

 時間になり、楯無がピットを飛び出すと反対側からもニーナとセシリアとラウラが出てきた。3人がアリーナ中央で広がるとカウントダウンが始まり、そして、ブザーが響いた。

 やはり真っ先に狙われるのは楯無で、セシリアのブルーティアーズ、そしてニーナとラウラのレールガン5門、それぞれの手持ち武器による嵐が楯無を襲った。だが、楯無も伊達に学園最強を名乗ってはおらず、ヴェールで減速、跳弾、拡散、屈折とあらゆる方法で弾幕を無効化していく。時折ガトリングで牽制し弾幕を薄くするとその隙間に飛び込む形ですれ違いざまの一撃を当てていく。そして早くもニーナのシールドエネルギーが2/3を切ったところで櫻が飛び出した。

 純白のマントで機体を隠し、白い鎧のようなヘッドパーツで頭を隠し、金色のバイザーで隠れた目元。唯一表情が読み取れる口元は下弦の月の如く歪んでいた。

 

 セシリアとラウラは櫻の登場と同時に攻撃をやめ、ニーナは攻撃をやめた2人を不審に思いつつ楯無への攻撃を続行。そしてレールガンの一撃を防がれたところで楯無の目線が上に向かっていることに気がついた。

 予定調和的ラスボスに湧くアリーナ。もはや生徒会にはラスボス()ありきなのかもしれない。そしてアリーナ上空で機体を止めると3人を見下ろした。

 2年3年は白=ノブリス・オブリージュ=櫻の図式を去年いやというほど頭に叩きこまれているためか、遅いラスボスの登場に沸き立つばかり。その一方で1年は突然アリーナに乱入してきた純白の機体に驚きを隠せないのか、静まり返っている。

 

 

「えっ……?」

 

 突然の出来事にただ呆然と空を見上げるニーナ。だが、すぐさまラウラの叱咤が飛び、意識を現実に引き戻された。

 

 

「立ち止まるな! 死ぬぞ!」

 

「はっ、えっ!? Ja! Frau!」

 

 混乱覚めあらぬグルグルとした感覚の中、ただ一人空に浮かぶ純白の敵を穿つ。時折視界に映る赤い光は先輩だろうか?そんなこともいまいちなままひたすらに引き金を引き続けた。

 

 

「あ、当たらない……」

 

 カチン、と音を立て薬莢を吐き出すことを放棄したライフルがニーナの手元から抜け落ち、量子化する前に地面に落ちた。

 ただ音のない世界。目の前の"白い悪魔"はその場から動くことなく不敵な笑みをニーナに向け続ける。

 

 

「落ち着け! ウィルケ少尉!」

 

「はいぃっ!」

 

「敵は目の前だ。落ち着け」

 

 そっとニーナの隣に機体を付けたラウラは自身のライフルを手渡すと無理やりソレを白い悪魔に向けた。

 ラウラに手を添えられ、振るえる心を鎮めていく。

 

 

「大丈夫だ。今のお前にはシュヴァルツェハーゼの仲間たちがついている。自信を持て少尉」

 

「隊長……」

 

「大丈夫だ。君の弾丸は当たる」

 

 予想外の事態に内心大慌ての櫻は笑みを消さずにセシリアにプライベートを繋いだ。

 

 

『えっと、これは一体……』

 

『知りませんわ。櫻さんが彼女のトラウマを燻らせたのではなくて?』

 

『そりゃ、見ればわかるけどさ。私ってそんな怖い?』

 

『歓声が止んだ事がすべてを表してますわ。幾らラスボスキャラといえどやり過ぎです。軍人を怯えさせるほどの殺気を放ってますわ』

 

『えっと、うん。反省してる』

 

 白い悪魔の笑みが少し硬くなったことをラウラは見逃さず、セシリアや楯無と手短に要件を伝えるとアイコンタクト。すると2人は後ろで銃を、槍を悪魔に向けた。

 

 

「やれるか、少尉?」

 

「やります、隊長!」

 

 手元にあるのはただのライフル1丁。だが、今はこんな武器が何よりも心強く感じた。そしてニーナは引き金を引く。

 もちろん、ただのライフルでダメージを通せるわけもなく、悪魔の纏うマントに穴を開けただけだった。悪魔はなおも笑う。銃を構えるニーナを、嗤う。

 

 

「クククッ」

 

「嫌だぁ……」

 

「大丈夫だ。私が、仲間がついている」

 

「ハッハッハッ! アマリチョウシニノルナヨ、コムスメドモ。イマカラオマエラニ、ホンモノノチカラヲミセテヤル」

 

「(櫻、やり過ぎだ……)」

 

「(櫻ちゃん、ラスボスが板についてきたわね……)」

 

「(やり過ぎ、と言いましたのに……)」

 

「ひっ!」

 

 白い悪魔はそのマントを投げ捨てると意味ありげに手を広げた。すると悪魔の背中に光が集まり、やがて翼を型取り始める。

 

 

「サァ、ハジメヨウカァ!」

 

 突然のエネルギー弾の弾幕。ラウラはニーナを抱えてその場を離脱。セシリアと楯無も回避したようだ。なおも悪魔は嗤う。翼を羽撃かせ、光が収束していく。

 だが、突然の爆発で悪魔は体制を崩し堕ちていく。それを追うのは銀の騎士。

 

 

「布仏!?」

 

「布仏さん!?」

 

「本音ちゃん!?」

 

 三者三様の驚嘆で迎えられた本音は両肩に大型のグレネードカノンを担ぎ、その手には白く輝く刃があった。

 姿勢を立て直した悪魔をさらに2発のグレネードが襲う。先ほどまでの威圧感は爆風で飛んでいったようだ。ニーナの身体は軽い。

 

 

「いやっ、ちょっ、ほんn!?」

 

 そんな声が聞こえた気がしたが銀の騎士の攻撃はやまない。あっという間に悪魔のマウントポジションを取ると左手のパイルバンカーを悪魔の真横の地面に叩きつけ、一発。

 地面が大きくえぐれ、そしてブースターの音だけが響いた。

 

 

「あんまりめちゃくちゃにしちゃ、ダメダヨ?」

 

 あっという間に組み敷かれた悪魔。だが、その手に黒いモノが握られているのをニーナは見てしまった。

 騎士が立ち上がろうとした、その瞬間、叫び声がアリーナに響き渡る。

 

 

Ritter Vermeiden!(避けて!騎士様!)

 

 騎士がとっさに身を翻すと次の瞬間には悪魔は力尽き、地に伏していた。正直、これはお遊戯だ。ニーナもわかってくれると思っていた。だが、現実は彼女の奥にあった恐怖を駆り立て、現在に至る。

 

 

「櫻!」

 

 ラウラがとっさに櫻の下に飛ぶ。セシリアと楯無も続き、騎士もまた、悪魔を心配するように隣で屈んでいた。

 再び理解が追いつかなくなるニーナ。先ほどまで敵として目の前に居た白い悪魔は一体なんだったのか。てっきり昨年のように外部からの侵入者が来たのではないか。そう思っていたのにいまは尊敬する隊長。そして先輩が、悪魔を墜とした騎士が、心配し、寄り添っている。

 

 

「隊長……」

 

「ウィルケ少尉!」

 

「はいっ!」

 

 呼びかけに答えたラウラは軍に居た時よりもずっと柔らかく、怖い顔をしていた。そして、ニーナは悟った。どうして観客が逃げなかったのか。どうして3人があんなに落ち着いていたのか。どうしてマントを取るまで一切攻撃してこなかったのか。

 

 

「あいつの正体がわかるか?」

 

「いえっ、知りません!」

 

「やはりか…… 自業自得だな、櫻」

 

「櫻ちゃん、ガチで殺気振りまくのはやり過ぎよ。私もちょっとかばいきれないかも」

 

「だから言いましたのに……」

 

 そして、悪魔の持っていた黒いもの。それはグレネードやそのたぐいのものではなく、ただの変声機だった。もちろん、すべて調子に乗った櫻が悪いことであり、責任は無いとラウラはニーナに説いたが、担架に載せられた悪魔の中身()はボロボロで、ISスーツも煤けて所々が裂けていた。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 ISの絶対防御は絶対ではない。こうしていうと矛盾しているようだが、事実だ。絶対防御があれば攻撃が「通る」ことはない。たとえレールガンに撃たれようと、至近距離でグレネードカノンをぶっ放されようと、絶対に「通ら」ない。

 だが、絶対防御が絶対ではない理由は、衝撃は「通る」からだ。防弾チョッキと同じで、弾丸の貫通は止めることが出来ても、衝撃まで無くすことは出来ない。それが絶対防御が絶対ではない所以だ。

 例外として、絶対防御の限界を超えるエネルギー量を持つ攻撃は絶対防御を「通って」しまうが、そのエネルギー量は第3世代機が内包できる量の10倍以上と言われている。

 そして、昨日のクラス対抗戦の余興、生徒会主催、学年対抗戦で調子に乗って1年生からレールガンで撃たれた櫻は現在絶賛入院中だ。無論、学園内だが。

 脇腹に直撃を受けた櫻は肋骨を数本と内蔵に大きなダメージを受けた。不意打ちというのもあり、しっかりと衝撃を逃がすことが出来なかったのも悪化させた理由の一つだ。

 

 

「だからめちゃくちゃにしちゃダメって言ったのに~。はい、あ~ん」

 

「いや、マジ、反省してます。あ~ん」

 

 本音に卵粥を食べさせられながらゆるゆるとお説教をされる櫻。脳裏によぎるのはNOHOHONの姿だ。アレこそ実際の悪魔であり、畏怖すべき存在だろう。

 

 

「あの後らうらうにニーナちゃんの事聞いたんだ~。小さいころ、宗教がらみで家族を殺されちゃった事があったんだって~」

 

「それが白い悪魔だったと……」

 

「トラウマをおもいっきり抉っちゃったね~。モウシナイデネ?」

 

「ハイ、モチロンデス」

 

「よろし~。はい、あ~ん」

 

 

 日も傾き、本音がおやつを差し入れに来てからしばらく。病室の扉をノックする音で教科書から意識を戻すと客人を呼び入れる。入ってきたのは軍服に身を包んだ長身の女性。

 どこかで見た記憶があるような気がして、少し悩んでいるうちに彼女がベッドの脇でそっと敬礼した。

 

 

「ドイツ軍IS特殊部隊、シュヴァルツェハーゼ隊隊長、クラリッサ・ハルフォーフ少佐です。お怪我の具合はよろしいでしょうか?」

 

「肋を2~3本やられたみたい――」

 

「お前、大丈夫か!?」

 

「うっ!?」

 

 いきなり肩を捕まれ揺さぶられ、色々とヤバい櫻。このドイツ人、殺しに来てるか。と思った時にふと肩を放された。

 

 

「も、申し訳ありません! つい、動いてしまいまして!」

 

「ヤバいかも……。とりあえず、1週間くらい寝てれば大丈夫だから……」

 

「申し訳ありません!」

 

「いやいや。大丈夫だから、ね。頭下げないで」

 

 手をブンブンと振りながら(おそらく)自分よりも年上の女性、しかも少佐殿が頭を下げるのを止める。

 彼女にも責任とか義理とかがあるのだろう。その後もしばらく頭を下げ続け、2人目の客が扉をノックするまで頭を下げ続けた。

 

 

「どうぞ」

 

「櫻、具合……は……?」

 

 入ってきたのは我らがマスコット、ラウラ。そして傍らにはニーナもいる。そして私の傍にはクラリッサ。修羅場である。

 

 

「クラリッサ……」

 

「隊長、あの、えっと。これは……!」

 

「クラスメートがお見舞いに来ることになんの疑問がありますか? ウィルケ少尉、変な気遣いは無用です」

 

 ニーナは小さくなってラウラの後ろに隠れてしまった。だが、それでもはみ出してる辺りちっちゃいラウラかわいい。

 と、いってる余裕はなく絶賛修羅場中である。特にクラリッサ少佐とラウラの間の空気がヤバい。飛んできた虫も気を失うレベル。

 

 

「クラリッサ」「隊長」

 

「いや、先に言え」

 

「隊長が、どうぞ」

 

「私はもうお前らの上官ではない。年上に譲るのが自然だ」

 

「隊長、いえ、ラウラ? あなたが軍を逃げたというのは本当ですか?」

 

 名前で呼び慣れないのか、少し不自然な感じが今までの2人の関係を物語るようだ。更に言えば、クラリッサの言葉もとんでもないものだった。

 ラウラが軍から逃げる? そんなまさか。VTシステムの存在を表沙汰にしないためのスケープゴートだったはずだ。

 

 

「そうか。私が、なぁ……」

 

 悲しいな。慕ってくれていた部下にそんな心配をさせるなんて。そう言ってラウラはクラリッサに座るよう勧め、自分も適当な椅子を引っ張ってきて座った。ニーナは後ろで立ちっぱなしだ。少し可愛そうだったので手振りで座るように勧めると首を振られてしまった。

 

 

「クラリッサ、お前は私が一体どうした、どうなったと聞いている?」

 

「隊長は学園での機体暴走に際してレーゲンに恐怖を覚え、ISから離れた、と。そしてデータを欲していたローゼンタールに逃げ込んだとも」

 

「なるほどな。櫻、あの時のデータを呼び出せるか?」

 

「部屋のサーバーに入れっぱだから行ける。ちょっと待ってね」

 

 隊長、と呼ばれて苦笑いしたラウラに言われ、膝元に転がるタブレットからデータセンターを呼び出すとラウラにまつわるデータを一覧表示させてからクラリッサに渡した。

 目を通していくとその表情が変わっていく。おそらく自分たちの下にこなかった情報ばかりなのだろう。

 

 

「テルミドールさん、コレは?」

 

「信じるか信じないかはあなた次第ですが、私はその情報を元にラウラをローゼンタールに入れたつもりです」

 

「私は軍から逃げたつもりなど一切ない。逆に言えば軍が私を捨てたのだ。そこを拾ってくれたのが彼女であり、紫苑さんだ」

 

「なるほど。信じましょう、隊長を。テルミドールさんを」

 

 だから隊長ではない。と言うラウラを優しげな目でみるクラリッサは年上のお姉さん。といった余裕があり、とても立派に見えた。こんな突拍子もない話を受け止め、そして怪しい方を信じてくれた。国に忠義を尽くす軍人としては褒められたものではないが、仲間を重んじるシュヴァルツェハーゼならば、こっちが褒められるのかもわからない。確か以前に見た情報ではクラリッサはラウラの副官、階級もひとつ低かったはず。ラウラの穴埋めのために昇格したのだろう。ラウラも彼女の階級章に目をつけた。

 

 

「そういえば、昇進したのか」

 

「はい。隊長の、いえ、ラウラの後を継ぐために。今は私が隊長です」

 

「まぁ、私は隊長らしいことはほとんどしてなかったがな。クラリッサがそのまま隊長に就いてくれたのなら、安心だな」

 

「ありがとうございます。それで、隊……ラウラの話とは?」

 

「いや、もういい。私の聞きたかった答えは聞けた。私は自慢の部下を持ったよ」

 

 いや、お前退役軍人のおっさんみたいなこと言ってるけどまだ17にもなってないだろ。とか思いつつも旧友の中に割って入るわけにもいかず、ただ黙って2人を見守る。そして、ラウラはなにか思い立ったように頭の後ろに手を回すとおもむろに眼帯を外した。

 

 

「そうだ。コレをもらってくれないか?」

 

「どうして、それに目は……!」

 

「大丈夫だ。私も鍛錬を怠っていたわけではない、ある程度制御できるさ。コレを、大切な部下であり、姉であるお前に、受け取って欲しい」

 

「はい。大切にします、ラウラ」

 

「クラリッサぁ……」

 

 そっと自分のつけていた眼帯を外し、ラウラから受け取ったものに代えると涙目になったラウラを抱き寄せてそっと頭を撫でた。これだけ見れば本当に仲の良い姉妹のようだ。だが、それを許さない"姉"がここにはいる。

 

 

「櫻さま、お体の…… クラリッサ・ハルフォーフ」

 

「誰だ。その目……!」

 

 クロエのドスの聞いた声で和やかだった空気がまた一気に修羅場に。櫻は泣きそうである。それはニーナも同じだったようで再び涙目だ。まぁ、あの目で睨まれれば免疫のない人間は泣きたくもなる。

 

 

「姉さまっ!?」

 

「ラウラのお姉ちゃんは私だけで十分です。あなたはお呼びではありませんよ。クラリッサ・ハルフォーフ」

 

「プロトタイプ……!」

 

 それはラウラの赴任するずっと前から隊に居たからこそ知り得たこと。ラウラの前にも何人ものクローンがシュヴァルツェハーゼに入り、そして命を散らせていった。

 クロエもその一人。人間として機能することがわかるとまずISに乗るためシュヴァルツェハーゼに入れられた。そこではまだ人間ではあるが"人"ではない。その同時期に隊に居たのがクラリッサだった。

 

 

「今はクロエ・クロニクル。立派な人ですよ。あなたも十二分な地位になったようですね」

 

「死にぞこないが、どうしてノコノコと……」

 

「クラリッサ! やめてくれ、姉さまは、姉さまは!」

 

「ラウラ、あの死にぞこないがなにを吹き込んだかは知りません。ですが、奴は死んでいるはず、今ここで始末を!」

 

 腰から銃を抜こうとしたクラリッサをラウラが無理やり抑えこむ。だが、体格の差は覆せずクラリッサはクロエに銃を向けた。そのクロエは未だに飄々とした顔で黒色の瞳にクラリッサを映し出す。

 

 

「そこまでです!」

 

「櫻ぁ!」

 

「テルミドールさん、邪魔です。怪我しますよ」

 

「一応彼女も身内なので殺されると非常に困るんです」

 

 ベッドに立ち、クラリッサの首に手を回して耳元でささやく。そしてクロエが心底見下すようにして言葉を吐き出す。

 

 

「あなた方は本当に何も知らないんですね。かわいそうなほどに」

 

「貴様ぁ!」

 

「うごっ」

 

 首に手を回したままの櫻がそのまま引っ張られ、薄ピンクの血を吐く。それはクラリッサの軍服を汚し、現実に引き戻させるには十分だった。

 今の病室には泣きながらクラリッサに縋りつくラウラ、そしてクラリッサに身を預けて血を吐く櫻、そんなクラリッサを底冷えするような冷たい目で見つめるクロエと、この混沌とした状況でどうしていいかわからずにあたふたとするニーナがいた。

 

 

「申し訳ありません。ラウラ、大丈夫ですよ。いまは彼女を」

 

「クラリッサ、本当だな?」

 

「はい。私はあなたの副官です。なんなりと」

 

「この騒ぎは何だ!」

 

 そして騒ぎを聞きつけた千冬が部屋にやってきて事態は収束に向かう。ニーナからすべての事情を聞くと櫻をベッドに寝かせ、ニーナとクロエに任せるとラウラとクラリッサを連れて出て行った。

 白いペンキをこぼしたような軍服を来た軍人は悪目立ちするようで、同じように血を浴び、髪が少し白くなったラウラと揃って近づいてはならないと本能に呼びかける異様な雰囲気を発していた。もっとも、一番はそんな2人を引きずる千冬なのだが……

 

 数時間するとジャージ姿のラウラとジャケットを脱いでシャツとスカートのみのクラリッサが病室に戻ってきた。クロエが視界に入ったのか一瞬険悪な顔をしたものの、一度も目を合わせることなくベッドの横までやってきた。

 

 

「テルミドールさん、先程は申し訳ありませんでした。私どもでできることは何でも……」

 

「櫻、大丈夫か? また死ぬようなことは無いよな?」

 

「また?」

 

 クラリッサが怪訝な顔をするものの、櫻は青白い顔で精一杯の作り笑顔をして答える。腕に刺された点滴のチューブが痛々しい。

 

 

「大丈夫。ナノマシンの仕事を増やせば、なんとか」

 

「やめてくれ、これ以上人をやめないでくれ!」

 

「別にナノマシンを増やすわけじゃないよ。でも、人工血液の補充は必要かも……」

 

「ナノマシン? 人工血液? テルミドールさん、あなたは一体……?」

 

「私、一度生死の境をさまよってまして、神経系をナノマシンで補ってるんですよ。それに、ラウラの頼みだと重みが違うでしょ?」

 

 現代の医療ではナノマシンを使うことは何ら不思議ではない。だが、それに使うナノマシンは一定期間が過ぎると自滅を始めるものだ。櫻のように一生身体の中でナノマシンを飼い続けることは医療では禁忌。国によっては法に触れることもある。よって身体の中でナノマシンを飼う人間はそれなりのバックがあり、そのために何かしらを捨てているものなのだ。

 

 

「あぁ、申し訳ありません」

 

「いえ、気になさらず。クロエには嫉妬しないように言い聞かせましたので」

 

「とんでもない。私が彼女の姉になろうなど、おこがましいことだったのです」

 

「クラリッサ、私の姉になるのは、嫌か?」

 

「そ、そんな、嫌というわけでは……」

 

 クロエのジト目を受けつつ、どちらに転んでも地獄のクラリッサ。ここでノーと言えばクロエが、イェスと言えばラウラが機嫌を損ねる。

 更に言えば千冬の救いが求められる可能性は低い。高難易度ミッションである。

 

 

「確かにラウラに姉と慕われるのは嬉しいです。だが、プロトタイプが今はいるでしょう?」

 

「姉さまは姉さまだ。クラリッサはそうだな……お姉ちゃん?」

 

 ブフォッ、とクロエが鼻血を吹いて倒れる。止めろ、お前まで失血で倒れたらどうする。プロトタイプと呼ばれたことよりもラウラの口から「お姉ちゃん」という単語が出たほうがクロエには一大事だったようだ。クラリッサはクラリッサで鋼の心を持っているようで、ラウラの愛くるしい天然ボケに表情を緩ませることなく毅然と対応していた。

 

 

「そうですか。私はラウラのお姉ちゃんですか……」

 

「あ、ヤバ。意識飛ぶ……」

 

「えっ、櫻!? 櫻ぁ!」

 

 クロエが櫻の体内の血液量を計測していたはずだが、そのクロエが倒れた今、櫻はノブリス・オブリージュを使って自身のモニタリングを行っていたが、ついに血液の10%が逃げ出した。1/3が死亡ラインと言われる中でよくここまで意識を保っていたものだ。

 いや、今まで失血が抑えられていたのは櫻のナノマシンが造血を補助していたからかもしれない。だが、今日は散々暴れて出血が造血量を大幅に超えたのだろう。今頃クレイドルでは櫻のバイタルがアラートを発して束が慌てている頃だ。

 

 

「ラウラ、彼女の血は?」

 

「人工血液だ……」

 

「クソっ。ニーナ!」

 

「はい!」

 

「医官と織斑教官を!」

 

「ただいま!」

 

 2人が戸棚をあさり、使えるものを探すうちに保健医の佐藤教諭と千冬がやってきた。まず佐藤教諭が櫻のバイタルをチェック。血圧がだいぶ下がっていることがわかった。同時に千冬が束に連絡を取り、櫻の血液を早く持ってくるように怒鳴りつける。

 

 

「今マドカをクレイドルに向かわせた。10分もあればもどってくるだろう」

 

「分かりました」

 

「10分くらいなら余裕だね。さすがに明日、とか言われたらマズかったけど。気を失ってればナノマシンはフル活動できるだろうし」

 

「人工血液に大量のナノマシン。彼女は一体?」

 

「クラリッサ、櫻は私達の知らないところで知らないことをやっている。知らなくていいこともあるんだ」

 

「今は聞かないでおく」

 

 頬にご飯粒を付けたまま飛び込んできたのが本音。この遠い病棟まで走ってきたのだろう、肩で息をしている。

 その手にはアラートが表示された携帯電話があった。

 

 

「さくは!?」

 

「今マドカが血液を取りに行った。直にもどってくるだろう」

 

「ふぁぁぁ。またさくさくが人間やめるんじゃないかってヒヤヒヤしたんだよ~」

 

「布仏、ほっぺにご飯粒が付いてるぞ」

 

「え? あぁ、ホントだ、ありがと~」

 

「まったく、どれだけの人を心配させるんだ。コイツは」

 

「それが櫻さまですから」

 

「まったく……」

 

 千冬が呆れたところにマドカと束がやってきた。その手にはクーラーボックスのような箱を携えている。

 

 

「さくちん!」

 

「束、今は心配より輸血だ。クロエ、準備するぞ」

 

「分かりました」

 

 バススロットに入っていた機材を黙々と広げ、機械からつながるチューブを櫻の両腕に刺していく。クロエが接続を確認し、針も血管に刺さっていることを確認するとマドカがスイッチを押した。

 まずは足りなくなった血液を補充する。右腕から白い血液が注ぎ込まれる光景だけ見ればまるでサイボーグか何かのようだが、残念ながらこれも櫻が生きることの代償の一つなのだ。人に見せてきみわるがられる訳にもいかないため櫻は絶対に怪我が出来ない。だからISバトルでも必ずフルスキンを使ったし、普通の機体を使う時も身体へのダメージが少ないように出来たのだ。それが、今回の不意打ちでこのザマである。

 

 

「10時間くらいで血液とナノマシンの更新がおわるよ。ついでに束さんはさくちんのISを見てくる……」

 

 いつもの覇気が無い束の後を千冬が追い、世間の想像する篠ノ之束像と全く異なるものを目の当たりにしたクラリッサとニーナは現実の認識を諦めたようだ。本音はマドカと一緒にただ櫻の手を握り、クロエは機械のモニタリングを続けた。

 以前、櫻が撃たれた時以来の緊張した訪れた一日であった。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「私は誰を信じれば、誰に忠義を尽くせばいいのでしょうか?」

 




段落字下げ修正しました。

学校のPCでいじるのはなかなか勇気が要りますね(周囲の目とか……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。