Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
続くかはわかりません
続唱
桜の満開から少し過ぎた頃、桜舞うIS学園で入学式が執り行われようとしていた。あちこちのお役人が長い長い祝辞を述べ、それを子守唄に本音は船を漕ぎ、教頭と織斑先生に殺されそうな目で睨まれながら耐え忍ぶこと1時間と半分。やっと開放された生徒会一行は敷地の片隅に仮設された生徒会室でゆっくりとお茶を飲んでいた。虚が卒業した今、お茶汲みはヒラの一夏の仕事だ。
「ねぇ一夏くん。虚ちゃんも卒業しちゃったし、欠けた穴を埋めるために優秀な人材が必要だと思うんだけど、どうかしら?」
「え? あぁ、虚さんの…… 確かに、これ以上櫻に負担をかけて過労死されても困るし、誰か入れたほうがいいんじゃないですか?」
「そうよね! じゃ、そういうわけでこの書類よろしく! おねーさんは素敵な人材を探しに行ってくるわ!」
「えぇっ!? 結局そうなるのか!?」
今日も素敵に仕事を後輩たちに丸投げしてどこかに消える生徒会長。だが、普段と違うのは数時間は帰ってこない楯無が5分で帰ってきたことだった。
「はぁ…… 若い子は元気でいいわね」
「早いですね。忘れ物でもしましたか?」
「血気盛んな新入生に襲われたのよ。ホント、迷惑しちゃうわ」
「あぁ…… 生徒会長を倒せばいいってのは新入生にも知れ渡ってるんですね」
「そうみたい。私なんかよりずっと強いのがそこで死んでるけど」
「あはは……」
部屋の中央に並ぶ長テーブルで沈黙する2つの人影。その片方に近づくと楯無は首筋に扇子を叩きつけた。
絶妙な力加減で"ツボ"に叩きこまれた一撃は絶大な効果を発揮したようで銀色の長髪を振り乱してその影はすっくと立ち上がった。
「敵襲!?」
「残念、今の世界は至って平和よ。ちょっとお使いを頼みたいんだけど」
「はぁ? あぁ、はい。なんでしょう?」
「ちょっと私のフリして外の1年生を蹴散らして来てくれないかしら。なんだか今年の1年はやたらと元気みたい」
「そんなの自分でやってくださいよ…… 生徒会長は来る者拒まずでしょう?」
「今はそんな気分じゃないの~! お仕事イヤぁぁぁ! 虚ちゃんの代わり探すの~!」
「これが年上の先輩で、生徒会長で、名家の当主だと考えるとホント溜め息出ちゃいますね。虚先輩の苦労がわかる気がします」
「楯無さんもこういうところがなけりゃ完璧なんだけどなぁ」
「ぶぅぅ~! おねーさんここの所働き詰めで疲れてるのよ。簪ちゃんやクロエちゃんみたいな娘が居ればずっと楽になるんだけど」
「2人をここに呼べばイイじゃないですか。今日は在校生は休みですし」
「そうね! その手があったわ!」
慌てて携帯を取り出しダイヤルする楯無。だが、30秒でその意気は削がれたようだ。
「簪ちゃん生徒会のお仕事嫌だって……」
「そりゃ、楯無先輩のパシリ確定ですし」
「つ、次のクロエさんなら大丈夫ですよ。な、櫻」
一夏のフォローでなんとか心を蜘蛛の糸で繋ぎ止めると再びダイヤル。声のトーンがみるみる上がっていくことから察するに交渉は上手く行っているようだ。
よろしくね! と言う言葉で携帯をポケットにしまうと満面の笑みにVサインの楯無が会長の机に座ると一夏の入れたお茶を一口のんで渋そうな顔をした。
「クロエちゃん、やってくれるって! これで100人力ね!」
「クロエが来てくれれば私の仕事も……」
「これで櫻も安息が得られるな」
「ほんっと。ちょっとジュース買ってくる。一夏くんなにか飲む?」
「じゃ、コーラ頼む」
「おっけ」
そうしてドアに手をかけたところで外からの力でドアが開き、櫻が思わず体勢を崩した。
「のわっ!?」
完璧に気を抜いた所でドアを開けた張本人を巻き込み倒れると顔を程よいクッションが包み込む。慌てて起き上がるとそこにはライフルを構えた数人の少女と櫻と一緒にひっくり返った褐色肌に黒髪の少女とがいた。
「えぇっ!?」
慌てて黒髪の少女を抱えて盾にするように起き上がると騒ぎを聞きつけた一夏と楯無がドアから顔をのぞかせた。
「大丈夫? 櫻ちゃ……」
「櫻、大丈夫……か?」
「やばっ」
楯無がとっさに一夏の制服の襟を掴んで後ろに投げるとそこを容赦無い弾幕が通り過ぎた。弾痕を見る限りゴム弾だが、この距離で当たればひとたまりもない。
「生徒会長、更識楯無を出しなさい」
櫻と黒髪の少女を囲む一団から金髪の白人が出て来た。見た目と声色から判断するとセシリアタイプ。それも、リボンタイの色から1年であることは明らかだ。
めんどくさそうなのが出て来たなぁ、と思いつつ櫻は精一杯の虚勢を張る。
「先輩はただ今手が放せないようなので、ご用件は副会長の私が」
「ケッ。副会長に用はないわ。さっさとそこをどきなさい」
「そんな実銃持ち出すような娘を生徒会室に通すわけには。全員武装を解除しなさい」
金髪がスッと手を上げると後ろの少女達がライフルの銃口を盾の少女の肩に覗く櫻の顔に合わせた。哀れなことに縦になっている褐色少女は首を絞められていることもあり、少し苦しそうだ。櫻が腰を下ろして盾の少女の影に身体を入れつつ足を一歩後ろに出すとタン! と言う銃声と共に地面が抉れた。
「もう一度言うわ。生徒会長を出しなさい」
「お断り、しますっ!」
これ以上は不利と判断し盾の少女を突き飛ばす。40キロはある少女を同等の体格の少女が反動なしに受け止められるわけもなく、更に言えばリーダー格への行動は部下の注意を引くには十分すぎた。そして生まれた一瞬の隙を付いて一気に後退。ドアを閉めた。
「今年の新入生、元気がいいですね!」
「おい、今の本物かよ! 楯無さんが引っ張ってくれなきゃ死んでたぜ!」
「とりあえず落ち着いて。今は緊急事態としてISの展開も視野に入れて考えましょう。櫻ちゃん、相手の数と武装は?」
「ライフルを持った女の子が6人。それとリーダーと盾にした娘。計8人ですね」
「一夏くん、カーテンを全部閉めて。ブラインドもね」
「はいっ!」
プレハブ小屋の3つある窓を中腰で回ると手早くブラインドやカーテンを閉めて回る一夏。今は簡易キッチンの影だからゴム弾なら貫通のおそれはない。
「う~ん、これも生徒会長への挑戦と受け取るか、それともただのテロと受け取るかよねぇ」
「私としてはテロ同然なんですが」
「ま、どちらにせよ、早く鎮圧しましょう。今ある武装は?」
「刺又が1本、信号用スモークグレネードが3つ。それと催涙スプレーが1本。ISのバススロットにIS用物理ブレードが1薙」
「飛び道具を相手にするのは難しいわね。一夏君、なにかない?」
「そうだな…… 簡単な罠はどうですか?」
「いいわね。糸くらいならあるし、時間稼ぎなら十分できるわ」
裁縫セットを持ってくるとさっさとそれを開け、糸を伸ばした。幾重にも束ねてドアの前にピンと張ると天井からフライパンを吊るした。1分で出来るお手軽ブービートラップだ。
「さて、これを使ってどうやって外に出るかよ。彼女達もバカではないみたいだから、無闇に突撃もしてこないし」
「ですが、こっちの武装を考えると中で相手をするほうが……」
「ともかく、リーダー格の女の子を討ち取れば私達の勝ちね」
「でしょうね。さっきの反応を見ると彼女が居なければ何も出来ないようですし」
「じゃ、作戦は決まりだな」
そこに携帯の着信音が鳴り響いた。それの主は楯無。慌てて電話に出るとニヤリと笑った。
「ええ、その通り。それをここに叩き込んでくれればいいわ。よろしくね」
手短に会話を終えるとその笑みはいつもの"おねーさん"の笑みではなく、"更識楯無"の少し曇った笑みに変わった。
「30秒でクロエちゃんがここに支援物資を送ってくれるわ。全員伏せて」
「はぁっ!?」
一夏の間抜けな声をバックに正面玄関から悲鳴が上がるとドアを何かがぶち破った。櫻と楯無が慌ててその支援物資をキッチン側に引きこむとコンテナを開けた。中にはテーザーガンと簡単な防具。それとフラッシュバンが幾つか入っていた。
「飛び道具が来たわ。これを持ったら櫻ちゃんが玄関にスモークを投げて。そしたら机の後ろまで走りなさい。一夏くんは本音を回収。行くわよ」
黙って頷くと櫻がおもむろにスモークグレネードのピンを抜き、玄関先に放り投げた。赤い煙を吐き出しながら転がるグレネードの影で3人が襲撃を生き延びた重厚な机の影に駆け込んでいく。直後、銃声と共に足音が響いた。
「撃ちまくりなさい! 会長以外にあたっても構わないわ!」
だが、誰かが転ぶ音と、カーン!と言う情けない音によってその声の後には静寂が訪れた。
「痛い……」
誰が言ったか、その声の直後、金髪少女の前の3人が痙攣を起こして倒れた。そして、金属の筒が織りなすハーモニーの後には視界を包み込む白と聴覚に訴えかける不快な響が少女たちを襲った。
「今よ!」
楯無の一声で机の影から飛び出した一夏が即座にリーダー格の少女を確保。櫻は片っ端から銃を蹴飛ばして回った。その内の一丁を拾うと一夏が組み敷く少女の額に向けた。
「チェック」
櫻の背後から現れた楯無に苦い笑みと鋭い眼差しを持って答える少女。目で合図をすると一夏がそっと拘束を解いた。
「さて、ここまで派手に生徒会長の座を狙いに来た娘は初めてよ。名前は?」
「…………」
「櫻ちゃん、彼女の胸ポケット」
櫻が言われたとおりに胸ポケットに手を伸ばすとその手を払いのけようと鋭く手を振るう。だが、それをあっさり掴むと少しひねった。
「こら、後輩をあまりいじめないの。ま、おねーさんがいただくけど」
楯無がそっと胸ポケットから生徒手帳を抜き取ると裏表紙をめくった。
「シエラ・エル・ブライトネル。イタリアからの留学生ね。代表候補ではないようね。良かったわ」
「クッ……」
「で、シエラちゃん。どうしてこんな物騒な物を持っておねーさんのところに来たのかしら?」
プイっとそっぽを向くシエラ。楯無はやれやれ、と言うように肩をすくめると少女にそっと手刀を入れ、意識を刈り取った。
他の娘達は一夏によって窓際に正座。全員留学生のようだ。膝が震えている。更に言えば憧れの織斑一夏が目の前にいる喜びよりも、今の空気に耐え切れないようですすり泣く声すら聞こえるから一夏は気分が悪かった。根は心優しい彼は今すぐにでも謝りたいところだったが、一応はやられた側として心を鬼にしていた。
「さ、織斑先生のところに行くわよ。一夏君、彼女を担いてくれる? あなた達は寮に帰りなさい」
「「「は、はいぃっ!」」」
フラフラと立ち上がった少女たちはおぼつかない足取りで部屋から出て行くとお互いを支え合うようにして1年寮の方へと歩いて行った。一夏はといえば、シエラをなんの抵抗もなくお姫様抱っこすると楯無に続いた。
「はぁ、一夏くんもああいうところでイケメンだからダメなんだよなぁ」
櫻も本音を抱き上げると2人(3人?)の後を追った。
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「それで、新年度早々1年生に実銃で襲われたと」
職員室で1年の学年主任である織斑先生に相談を持ちかけると困った顔で話を聞いてくれた。
「はい。お陰で生徒会室はボロボロなんですよ?」
「なんの後ろ暗さもない普通の生徒だが…… 彼女がどうして?」
「本当になんの後ろ暗さも無いんですよね?」
「ああ。マフィアとの繋がりも無いし、裏商売をしているわけでもない。だからなおさらな」
「普通の女の子は実銃をそんな簡単に手配できませんし、それも入学式の日にやるなんて事前に計画していたとしか」
「そのとおりだが、詳しくは彼女から直接聞く。お前たちは戻れ」
「お任せします。今年の1年生は元気が良すぎて困るので」
「ああ。後でたっぷり灸を据えてやる」
そのあとスコールを巻き込んで生徒会室の片付けをすると待ち人がやってきた。最高のタイミングで支援物資を部屋に送り込んだポラリスの作戦参謀、クロエだ。
「お疲れ様です。櫻さま、楯無さま、一夏さま」
「あら、クロエちゃん。さっきはありがとね。助かったわ」
「間に合って良かったです。地上活動用の自衛装備がバススロットにあったので」
なんの違和感もなく片付けに参加するクロエ。舞い散った書類をまとめていく。
「それで、楯無さま。私を生徒会に?」
「ええ。虚ちゃんの代わりに会計をやってもらえないかしら」
「もちろんです。おまかせ下さい」
「助かるわ。じゃ、さっさと部屋を片付けて今日のお仕事もお片付けしちゃいましょう」
口ではいいことを言いつつも動きが遅い楯無の影で櫻がクロエに耳打ちをした。楯無への文句はスコールの担当だ。
「会計と言いつつ、名前だけだからね。実際はなんでも屋さん」
「わかっています。櫻さまの疲れ具合を見ればなんとなく予想はつきますので」
「ホント、クロエが来てくれて助かるよ。これで私の睡眠時間が確保できる」
「代わりに私の睡眠時間が減りそうですけどね」
「いいじゃん。10時間は寝てるんでしょ?」
「寝る子は育つのです」
ぽん、と無い胸を張るクロエに暖かい笑みを向けつつ櫻は再び手を動かし始めた。
IS学園の新年度は過去に無い生徒会への挑戦で幕を上げたのだった。