Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
春休みも半ば、もう4月に入ろうとしている。先月末に復旧を終えた学園に戻ってくるなりポラリスの面々はネクストをけしかけた連中の正体に迫っていた。
海に沈んだ機体を引き上げ、解析出来るパーツは解析、企業連に保存されていたネクストの設計資料とも照らしあわせて誰が、いつ、どこでそれを造ったのかを探ろうとしていた。
幸いなことに、どこで作られたのかはあっさりと看破されていた。大きなパーツひとつひとつに振られた部品番号のルールがデュノア社の物と合致、委員会に報告すると即座に監査が入った。もともとなかった信用を失墜させたデュノアがどうなったかはご想像にお任せしよう。技術者達はほとんどが転職、それはシャルロットの実父、オリヴィエも同様であった。
彼は従業員の殆どに新しい仕事を斡旋、自身も単身イギリスへ移った。理由はもちろん、娘のためである。現在はロンドンで小さな工場を営んでいるそうだ。
次に、わかったのはそれが何時のことか。これはデュノアに居た技術者達が口をそろえて証言した。昨年の夏頃から新しい設計資料が持ち込まれ、IS用ラインでそれを製造し始めたのが秋ごろ。どうも社長夫人の勅令だったらしく、オリヴィエは詳しくは知らなかったそうだ。
最後までわからなかった誰が、と言う疑問はオッツダルヴァによって明らかにされた。クレイドルへの直接攻撃を仕掛けた2機の内、片方からとれたDNAサンプルを検査した所、ゲルマン系の人物であることが明らかになったが、そこでリンクスを洗った所、『そいつはおそらくジェラルド・ジェンドリンだ』と相談していたオッツダルヴァから言われ、ローゼンタールの古いデータベースを調べると見事にヒットした。
そして現在、一仕事終えた櫻が海沿いのドックに放置されたネクストの残骸を見上げている。思い出されるのは幼いころの記憶。大勢の人が真っ白いネクストを囲んでああじゃない、こうじゃないと難しい顔をして、でも楽しそうに仕事をしていた風景だ。
「昔のことでも思い出した?」
誰もいないはずのドックに響く声。振り返ればそこには紫苑の姿があった。
彼女の正体も世間にバレかけたものの、ぎりぎりのところで消せる証拠を全て消し、身代わりを置けるところに置いて逃げ切ったのだ。今では表の仕事をすべてやめ、裏稼業に専念しているようだ。
「うん。小さいころの、教会で暮らしてた頃のね」
どうしてここに居るのか、なんて聞かない。おそらく束か千冬の差し金だろう。
「櫻は今の暮らし、いいえ、今の世界に満足してる?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「私の今の目標、わすれた? 娘が安心して生きられるように、世界を維持していくことよ」
「もちろん、満足なんかしてないよ。ISは未だに兵器だし、委員会のおばさんたちは馬鹿ばかり。でも、この世界はそういうものなんだと思う。私の不満は誰かの満足だと思うから」
「そうね。ある意味でそれが真理かもしれない。私は櫻がこんなふうに育ってくれてとても嬉しいし、満足してるわ。でも、櫻が立派すぎて不満に思う人も少なからずいるはず。世界はそうやってバランスを取ってきたのよ」
「それで、そんな話をしに来たわけじゃないでしょ?」
「あら、母親に対して冷たいわ。反抗期かしら」
「疲れてるんだよ。あのクロエですら部屋でくたばってるんだよ? 私もここ1ヶ月が……」
「ハイハイ。ならサクッと本題に入りましょうか」
そう言った紫苑はいつになく真面目な顔をするといつもどおり、とんでもないことを言い放った。
「あなた、そろそろ誕生日でしょう? パーティーは今年もやるの?」
「は?」
てっきりまた新しい問題が出て来たのかと思えば『誕生日パーティーどうする?』である。確かに、今までは毎年4月の頭に誕生日パーティーを開いてきたが、今ここで聞くことだろうか。それこそ電話でも良かったのでは? 頭のなかで母親にさんざんツッコミを入れた櫻がやっと発した言葉はとりあえずの返答だった。
「やる、と思うよ?」
「そう。日程決まったら教えなさいね、その日は仕事入れないから」
「で、それだけ?」
「ええ、それだけよ。なにか?」
「いや、もっとこう、マズいこととか、そういうのじゃ?」
「ないわ。世界は至って平和ね。デュノアが潰れてフランスが少しまずいことになってるけど、ラファールのメンテナンスもローゼンタールが引き継いだみたいだし、問題ないでしょ」
「はぁ……」
「なによ、折角お母様がはるばる会いに来たっていうのに。もっと喜んだらどう?」
「わー嬉しいなー。久しぶりのお母さんだー」
「なぜでしょうね、娘の言葉がちっとも嬉しくないわ」
明らかに棒読みな娘の言葉にため息をついたのもつかの間。新なる客人の登場だ。
「主領、そろそろ引き上げねぇと誰か来ますぜ」
「そうね。あなたは先に行きなさい。私は一応生徒の保護者、って言い訳が聞くわ」
「えっ、正規ルートじゃないの……」
「ええ、仕事帰りにフラっとね。ちょうど櫻がドックに入るところが見えたから」
ハイパーセンサーってすごいと改めて思いつつも「じゃ、帰るわ」と軽いノリでやってきて軽いノリで帰る母に改めて感服した娘だった。
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部屋に戻ればルームメイトであり、今では櫻の右腕、本音が動物園でグダる熊のような体勢でベッドに寝そべっていた。傍らにはポテチの空き袋。よく見ればよだれで枕が台無しだ。時刻は5時過ぎ、昼寝にしては寝過ぎだ。
「本音。ほら、起き~」
きぐるみパジャマの背中部分を掴んで無理やり引き起こし、口元を拭うと意識は覚醒してきたようだ。
「う~? おはよ~」
「おはよ、じゃないよ。もう夕方だし。仕事も一段落ついて一日中寝ていたいのはわかるけど、程々にしないと体壊すよ?」
「寝る子は育つ~」
「"成長ホルモンが出る時間帯に"寝る子は育つんだよ。ほれ、1時間くらいしたらご飯食べに行こ。シャキッとせい」
「むぅ~、さいきんのさくさくはおばあちゃんみたいだよ~」
「ハイハイ、手のかかる孫を持つと大変ですよー。顔がよだれで酷いから顔洗ってくるか、いっそシャワー浴びてきな」
「はぁ~い」
ふにゃふにゃと歩く本音に続いて下着や違うきぐるみパジャマを持った櫻が続く。おそらくこのままシャワーを浴びさせると『あったかぁ~』とか言いながら寝る可能性があるのだ。
ゆっくりきぐるみのジッパーを下ろす本音。櫻が手を貸し、そそくさと脱がすと自分もさっさと脱いでシャワールームに飛び込んだ。
30分ほどすると、暖かい蒸気に包まれる誘惑に打ち勝ち、完全に覚醒した本音の髪を梳かしながら夕飯を考えた。
「夕飯どうする?」
「ごはん~? 今日はさっぱりお魚かなぁ?」
「私も今日は草食でいいかな。最近は頭ばかり動かしてるから肉が辛いぜ……」
「私も~」
「うそぉ」
最近はポラリスの仕事やオーメルの仕事も程々にするようになってきた本音。だが、肉が辛いなんてこともなく、この前は骨付き肉を頬張っていたのを櫻は知っている。
更に言えばこの過密スケジュールの中で朝昼晩とおやつを毎日欠かしていないのも驚きだ。
「最近はお肉を減らしてるんだよ~? 1日300
グラムも食べれば十分だしね~」
「本音、大丈夫? 最近働き過ぎじゃない?」
「さくさくに言われたくないよ~」
本音の口からそんな言葉が出たことに思わず櫻も体の不調を疑ってしまう。半分冗談だが、働き過ぎと言うのもあながち冗談ではない。
最も、ここ最近のポラリスのハードワーカーはクロエなのだが……
「ん~、まだ6時前か。ご飯にはまだ早いなぁ」
「私はいつでもおっけ~」
そんな最中、ノックの後、返事をする間も与えずに入ってきたのは…… 楯無以外に居るだろうか? いや、いないだろう。
「櫻ちゃん、そろそろ誕生日でしょう? パーティーしましょ、パーティー!」
「あ、私疲れてるんでいいです」
「冷たいッ!」
「さくさくの誕生日パーティー。ケーキ食べ放題…… じゅるり」
「はいはい、今度の休みに行きましょーね」
「やったぁ!」
「それってパーティーしましょ、って意味? お姉さんちょっと本気出してプレゼントとか用意しちゃうわよ?」
「いえ、ただケーキバイキングに行こうかなと」
「酷いっ!」
その後も楯無を上げては落とし、上げては落として結局、櫻の誕生日パーティーをすることが決まってしまったが、それはまた別の機会に。
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「この結果で満足?」
「ああ、納得はできた。だが、まだ終わってないんだろうな」
「その辺はその道のプロがやってくれたと思うよ。必要な情報も与えたし」
「その道のプロ、更識か?」
「違うけど、まぁ、そんなとこだよ。これで一件落着、かな」
「そうなのか?」
「もう、ちーちゃんは疑り深いなぁ」
「これでは満足できないだろう」
「でも、もう限界だよ?」
一気にネタばらし。これ以上話をふくらませるのは無理だ……