Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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今、再び世界に

 3月も半ば。再び世界に大きな問題を投げかけたポラリス。だが、今回ばかりは悪いことばかりではない。後悔された技術はエネルギー技術やPIC応用など、兵器転用も考えうるものまで広がり、現在ポラリスの本部として使われているクレイドルの技術まで公開された。さらに、IS関連セミナーを開くという大盤振る舞いだ。

 もちろん、世界は狂喜した。企業連はもちろん、ISのエネルギー技術は既存のエネルギーインフラの改善にまで応用できる可能性をも秘めていたのだ。企業連のCEOとポラリスの代表が被ろうが何しようが関係ない。世界は目先の利益にあっさりと釣られた。もちろん、利口な委員会の面々はメリット・デメリットを考えた上での結論として、今回の要件を飲んだわけだが。

 そしてオーメルの株主総会では満場一致で櫻に再就任の願いを出すことが決められた。全てはまたポラリスの手のひらの上。世界がそれに気づくことはまだない。

 

 ニューヨーク市街を走る車でラジオを聞く女も同じことを思ったようだ。

 

 

「櫻も派手にやるわねぇ。そう思わない?」

 

「アンタほどじゃないだろうよ。自分が今何をしたか忘れた訳じゃないだろ?」

 

「そりゃ、ウチの娘に楯突こうとしたアホをちょっと気持ちよくしてあげただけよ」

 

「オマエ、この前学園に行ってからやることえげつなくなってるぞ。気づいてるか?」

 

「手段を選ばなくなっただけよ。もっと言えば選べる手段も増えたしね」

 

「はぁ…… 頼むぜ首領様よ。アッシュの苦労が今なら解るぜ……ったく」

 

「彼女にはいま私の最重要ミッションにあたってもらってるから、あなた以上に苦労してるでしょうね」

 

「せめて親衛隊には教えてくれたっていいんじゃねぇのか? アンタとアッシュが表と裏を行ったり来たりしてるのはみんな知ってんだ」

 

「万が一、なんて考えたくもないけれど、考えなきゃいけないのが私なのよ。わかってくれるでしょ?」

 

 まぁ、そうだが。と唸る側近を置いて窓の外を眺める。高いビルが天を貫くようだった。

 

 

 

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「ここまでは計画通りね。思ったよりリアクションが良くてよかったよ」

 

「だね~。慣れないスーツで恐いオバさんに囲まれた甲斐があったよ~」

 

 櫻と本音が居るのは大西洋上空、イスタンブールに向かう飛行機だった。ニューヨークで採決を見届けた後、すぐにアンカラに飛んでオーメルで社長就任に際する処理をこなさなければならないためにヘリまで用意しての大移動だった。本音はいつもの様におやつと称してニューヨークで買った大きな袋入りのビスケットをつまむ余裕を見せていたが……

 

 

「イスタンブールまで9時間…… 私は寝るから、サービスは適当に断っておいて」

 

「あ~い。さくさくの分まで食べるから大丈夫」

 

「なにが大丈夫なんだか。んじゃ、ちょい寝る」

 

「おやすみ~」

 

 櫻が寝た10分後には本音も寝ていたが、それはさておきイスタンブールのアタテュルク国際空港に到着。入国審査も早々と、即座に国内線ターミナルまでダッシュ。ここからはオーメルの社用機でアンカラまで2時間だ。

 

 

「本音、あと一息。ね」

 

「う~」

 

 夜に出て夜に着く辛さに悩まされながらもどうにかアンカラ、エセンボーア国際空港に時間より早く着くとふらつく足取りで待っていた車に乗り込んだ。

 

 

「お疲れ様でした。2時間後には会見が始まりますから寝て…… は無理でしょうが、休んでいてください」

 

 助手席に居たリーネが声を掛けるも、本音はグロッキー状態、櫻もしきりに肩甲骨をすぼめたりとストレッチをしている。いくら若くても長時間同じ体勢で居るのは辛いのね、とリーネは少し彼女たちに同情した。

 1時間もすると車はオーメル本社へ。待っていた人間に荷物を任せ、2人はそそくさと社長室へ。そこで一度シャワーを浴びるとパリっとしたスーツに身を包み、メイクをしなおすと時間は会見10分前になっていた。慌てて会見が行われる会議室に滑り込んだのが3分前、ゼリードリンクを10秒で飲み干し、エナジードリンクを流し込むと1分前に会場に入った。

 

 数年前と同じ景色が広がっている。ただ、今回違うのは会場の隅にいる人物がリーネではなく本音であること。以前はオッツダルヴァが居たところにリーネがいることだった。

 明らかに女性色の濃くなったオーメル。立て続けに起きた代表交代に非難の声が上がることを覚悟した上で、今度はシャッターを浴びながら口を開いた。

 

 

「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。私はこのタイミングで代表が変わることの意義は大きいと考えています。以前の天草代表が体調を崩してしまったことは娘としても、ISに携わる人間としても残念でなりません――」

 

 どこかオッツダルヴァと櫻が変わった時のスピーチを彷彿とさせる言い回しに気がついた人間は当時からの付き合いがあるリーネ、そして数人の記者と母のみだった。

 

 

 

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「始まったぞ」

 

「始まったね」

 

 IS学園、職員室。真新しい机がずらりと並ぶ場所で千冬と束、数人の教員は壁にかけられたモニターに目を向けていた。

 もちろん、映しだされているのはオーメルの代表兼CEO交代の会見。壇上の中央で黒いスーツを着こなした櫻が突然このようなことになったことへの謝罪と、その経緯を述べている横ではグレーのスーツに着られ気味な本音が船を漕いでいた。

 

 

「布仏…… まったく、オマエは……」

 

「あちゃー、のほほんちゃん、アレは帰ってきたら間違いなくイジられるね」

 

 他にも「布仏…… 姉ならちゃんとしていたろうに」やら「せめて目だけても開けて……!」と切実な声も聞こえた。なんだかんだで愛されているのだろう。

 反対側に立つ女性は背筋もスラリと伸び、明らかにキャリアウーマンの風格がある。顔は本音をチラチラと見ては残念な表情を浮かべていたが……

 

 

『これからも私達はISの自己進化に置いていかれぬよう、研究開発を重ね、我社の経済的根幹を為す一般家電事業や他部門など、IS以外の分野にもしっかりと目を向けて行くことをお約束いたします。私からは以上です』

 

「櫻も変わったな」

 

「そうだね。6年前はまだ子どもだったよ。私もね」

 

「もうそんなに経つのか。時というのは残酷だな」

 

『只今より、質疑応答の時間とさせていただきます。なお、この場ではオーメル代表への質問のみとさせて頂きます』

 

「忘れてほしいことはいつまでも忘れないくせに、忘れたくないことは忘れちゃう。残酷だよね」

 

 どこか遠い目の束を横目で見ながらモニター越しに会見を見る。ちょび髭の記者が発言を促された。

 

 

『――イタリアのインフィニートのマリオです。新代表就任、いえ、代表再就任でしょうか、おめでとうございます。ポラリスの代表でもあるあなたがその地位に収まると――』

 

『ポラリス関連の――『大丈夫です、ポラリスとオーメル、企業連の代表を兼任することでのメリット、デメリットでしょうか?』

 

 司会の女性が止めようとするも、逆に櫻が答えると言った。司会の女性もすこし困った顔だ。

 

 

『ハイ、兼任されるということは篠ノ之博士からの新技術もそのまま流用する可能性があるということでしょうか?』

 

「来たか」

 

「これはさくちんも来ると思ってたでしょ」

 

 職員室も、会見の会場も静まり返る。おそらく世界が一番注目していることであろう。コレを認めるとバッシング、認めなければ株価は大暴落。どちらに転んでも負けだ。

 

 

『ポラリスの内部事情でもあるのであまり詳しくはお答えできませんが――』

 

 そう前置きした上で、櫻は前者を選んだ。

 

 

『私が彼女と同じ組織に居る以上は無いとは言い切れません。それはあなた方もおなじだと思いますよ。町で小耳に挟んだトピックを取材して記事にする、それと同じことだと思います。ですが、これだけは言っておきます。今後、ポラリスの名で兵器を開発することは一切ありません。更に言えば、もし、篠ノ之束と私が真面目に物を作ったならば、私と彼女以外には扱えない代物が出来上がると思います』

 

 静まり返っていた会議室がさらに静まる。それこそ、シャッターの音一つしない程に。IS学園の職員室では違った。

 

 

「ま、打ち合わせ通りだね。ここで圧倒的技術力を誇示しておく。お前らにやるのはどうせデチューンされたものだと知らしめる。上手いねぇ」

 

「はぁ…… やっぱり、オマエと櫻は似てるな」

 

「失礼だなぁ。束さんだったらもっとストレートに『お前らのレベルに合わせてモノ作るのなんて無理』って言っちゃうよ」

 

「悪化してるだろ……」

 

『あ、ありがとうございました』

 

 長い静寂の後、記者が席につくと誰一人として手を挙げる者は居なかった。

 

 

 

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 オーメルのCEO就任の会見から3日。プライベートジェットで仮設校舎が置かれるメガフロートまで戻ってきた櫻を待っていたのは過密スケジュール最後の仕事、卒業式だ。この場所に保護者を呼ぶわけにもいかず、インターネットで中継が行われる異例の卒業式となるが、忙しさでフラフラな櫻と本音には全く関係ないことだった。

 足取りも危うく自室に戻るとそそくさと制服に着替え、生徒会室へ。ここでまた10秒チャージとエナジードリンクで気力をもたせると楯無が号令を掛ける。

 

 

「いよいよ卒業式ね。生徒会からは虚ちゃんが。他にも100人の先輩方を安心させるためにも私達が在校生の手本となるよう、しっかりとしたところを見せましょう。行くわよ」

 

 在校生より一足先に体育館代わりのハンガーに到着すると放送機器のチェックをして周り、台本を軽く読んで在校生が揃うのを待った。

 程なくして在校生が揃うといよいよ卒業生の入場だ。

 

 

「始めて」

 

 楯無の一声で放送委員がスイッチを押すと定番の卒業ソングが流れる。卒業生が揃って着席すると曲を止め、進行を務める櫻が出て行くのを待った。

 

 

「只今より、IS学園、第――期生、卒業証書授与式を始めます。学園長より」

 

 目の下の隈や肌の荒れを薄化粧でごまかした櫻が言葉通り最後の力を振り絞り気合で進行している。学園長が祝辞を述べる間は目をつぶり、測ったようなタイミングで目を開けると何事もなかったかのように次のプログラムに移る。大人たちが長い長い祝辞を終えると、今度は在校生のターンだ。

 

 

「在校生より。在校生代表、更識楯無」

 

 楯無が普段より5割増しで真面目な顔をして壇上に上ると、懐からメモを取り出して読み上げた。

 

 

「卒業生の皆さん。ご卒業、おめでとうございます。今年度は様々なことがあり、このような寒い南の島で、ペンギンたちと共に卒業式を行うことになってしまい残念に思う方も居るかもしれません。ですが、それを含め、私達在校生は――」

 

 と最初にジョークを交える辺りはさすが楯無というか、神経が太いというか……。そんなことを知ってか知らずか、本当にペンギンがハンガーに乱入してきた為に一夏が奔走したのは生徒会と壇上に登った人間だけが知っていることだ。

 櫻がぴったりのタイミングで目を開けると、ちょうど楯無が檀から降り、一夏がペンギンを捕まえたところだった。

 

 

「卒業証書授与」

 

 と、ここは長いので割愛させていただくが、やっと席に戻った櫻がぐっすりだった、とだけ報告させていただく。

 ぐっすりで思い出した方も居るかもしれないが、本音は受付だ。もちろん、ぐっすり。

 

 今度は楯無にゆすり起こされて最後の数人が証書を受け取るのを見ると、再び進行に戻る。

 卒業生代表の生徒が涙ながらに御礼と、思い出と、未来を語るとハンガーの扉が開いた。

 

 

「卒業生退場。拍手でお見送りください」

 

 ハンガーの外まで一筋のカーペットが敷かれ、外では教員がISを纏って祝砲を上げる。

 生徒会の4人は慌てて外にでるとISを展開。スモークユニットを背中につけると、赤、青、黄、緑のスモークで空を彩った。

 本音が終始ふらつきっぱなしだったが、卒業生の潤んだ目には見えなかったようだ。

 

 

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「終わったぁ……」

 

「終わったね」

 

「虚ちゃんが居ないと締まらないわね」

 

「おねえちゃんが……眠……」

 

 虚の使っていた席で眠りに堕ちた本音を見て3人が笑い合うと扉がノックされた。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは……卒業式を終えたばかりの虚だった。胸には赤い造花が留めてある。

 

 

「あら、虚ちゃん。卒業おめでとう」

 

「「虚先輩、卒業おめでとうございます」」

 

「ありがとうございます。本音は…… はぁ……」

 

 本音を見てため息をつくまでがいつもの流れだ。だが、今日は起こさずに、笑顔で頭を撫でていた。

 

 

「通常運転ね」

 

「そうみたいですね。せっかくの姉の晴れ舞台くらいしっかりと見てほしかったけど」

 

「虚先輩は今後どうされるんですか? 進学?」

 

「いえ、このまま更識の従者としてお家で」

 

「そっか、虚さんは楯無さんの……」

 

「虚先輩レベルだとウチで欲しくなるくらいなんですけどね」

 

「そういう話も頂きましたが、私の仕事はこれですから」

 

 そう言いながら楯無に目線を移してまた微笑んだ。その場の全員はそれで意図を読んで、釣られて笑った。

 

 

「もぅ……」

 

 楯無は少しふくれていたが、それでも悪意がないのは明らかだった。校内放送で卒業生が呼び出されると、また学園が戻ったら会いましょう。と言って虚は出て行ってしまった。

 

 

「さ、私達も次の仕事よ。今度は入学式ね」

 

「春休み、なにすっかなぁ」

 

「ペンギンのキモチを理解する勉強?」

 

「やめてくれよ……」

 

 

 出会いと別れの春はもう、始まっているのかもしれない。


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