Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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終結

 緊急事態です。

 

 学園が見えるなり櫻の耳に飛び込んできたのはクロエの切羽詰まった声だった。束とともに学園内で最終防衛ラインを整えていたはずのクロエが、なぜ。そう思ったのもつかの間、今度は束が柄にもない焦った様子でまくしたてた。

 

 

『クレイドルが攻撃を受けてる! 数は2。ゴーレムくんが頑張ってるけどコイツらやたらと強いよ』

 

「補給は……出来ないね。本音、飛びながらエネルギーだけ急速充填。クロエ、先に上がれる?」

 

『大丈夫です。クレイドルの位置情報をそちらに送ります。スターダスト、リンクスタート』

 

 スターダスト、と呼ばれた情報統合システムにより、ポラリス内部ですべての戦術情報が共有される。先に斥候に上がったクロエが情報を流すまでにそう時間はかからないだろう。

 その間に補給を済ませて上がらなければ。

 

 

「はい、満タンいっちょ上がりっ! つぎ、マドマド!」

 

 カーレースのピットクルーの如き流れる動作で背中にエネルギーケーブルを刺していく。大型のエネルギーパックを背負った白鍵はさながら空中給油機のようだ。

 マドカに手早く補給を済ませ、余っていた武装を実体化して手渡すと本音や千冬、一夏達に見送られて2人は天空へと飛び上がった。

 

 

『補足、敵2。ゴーレムのハイレーザーを受けてもなお健在』

 

「マズいよ。今までのとはワケが違う。あいつら、リンクスだ」

 

『セレンさんレベルのが2人もか。勝てねぇぞ……』

 

『そうかしら? ここは年上に任せてみたらどう?』

 

 再び聞こえた耳慣れた声。そして下から迫る薄紫とグレーの2機。櫻は見てしまった。薄紫のISを纏う、紫苑の姿を。

 

 

「ムッティ……」

 

『さ、はじめましょう。ここで墜ちられると厄介よ』

 

『はい。仰せのままに』

 

「ムッティ、どうして! ねぇ!」

 

『さくちん! そこに居るのはママさんなの!? 嘘でしょ!』

 

『現実は、残酷なものよ。キレイ事だけじゃ行きていけないくらいにはね。それはよく知ってるでしょ?』

 

『今から行くからね! 絶対におちちゃ駄目だし逃してもダメだよ!』

 

『それまでに終わらせるわ』

 

 4対2。いや、2対2対2か。今ここに過去(ネクスト)現在(亡国機業)未来(ポラリス)の三つ巴の戦いの幕が上がった。

 先陣を切ったのは亡国機業の2機。グレーの機体が大量のエネルギー弾で弾幕を貼るとその隙間から薄紫の機体が両手にエネルギーブレードをもって飛び込んでいく。

 対するネクストも不快な音を立ててQBで横にずれると短剣一体型のサブマシンガンを薙ぐようにバラ撒いていく。

 

 

『さくちん!』

 

「ムッティが……」

 

『今は、自分が死なないことを第一に考えなきゃダメだよ!』

 

『そうね、そんなところに突っ立ってたら流れ弾で本当に死んじゃうわよ?』

 

 普段の母のものとは思えぬ辛辣な物言い。今の彼女は亡国機業のトップなのだと改めて痛感する。

 背後からの反応にとっさに高度を下げると鉛弾の嵐が過ぎ去っていく。振り向きざまにレーザーを一撃見舞うもPAによって減衰、些細なダメージにとどまってしまう。

 

 

『よく動きやがるっ、くそ、全然当たらねぇ!』

 

 マドカも必死で食らいつくもISに無い機動に翻弄される。だが、着実にPAを削っているようで、青緑の火花が散っていた。

 そこにすかさず亡国機業の2人銃弾を浴びせていく。密度の高い攻撃でPAを無いも同然まで薄くしてきたのだ。

 

『止めよ』

 

『はい』

 

 短いやりとりで2機のフォーメーションを組み直すと今度は大型のレールガンが出て来た。アンロックユニットとして装備されるソレは企業連で製造されるものの2倍3倍はあろうかという大きさを誇り、まるでネクスト向けの装備だった。

 

 長い放電音とスパークの後、射抜かれたネクストはいとも簡単に爆散。これで終わり、と言わんばかりに櫻と束が相手をするネクストに狙いを定めた。

 

 

『邪魔だオバさん!』

 

『おばっ!』

 

 レールガンを構えるグレーの機体にマドカが瞬時加速で距離を詰め、体当たりをかました。狙いがブレると零落白夜を一撃見舞って距離を取った。

 

 

『なかなかやるわね、マドカちゃん。櫻が可愛がるだけあるわ』

 

『さすがに櫻の師匠をあいてにするのは無理そうだけど』

 

『あらあら、そんなことを言っていたの? でも、残念だけど今の私は櫻の母親では無いみたいね。さて、2対1。この状況、あなたならどう対処する?』

 

『くっ……!』

 

 気がつけば真横に先ほど一撃当てたグレーの機体。正面には笑みを浮かべる紫苑の機体。十字砲火が確実な状況、軽いダメージで済ませるのは難しそうだ。

 

 

『なら援軍を呼ぶまでだ』

 

 一気に高度を取ると今までマドカが居たところを高出力のレーザーが通りすぎて行く。マドカを見れば背後に黒いフルスキンを従え、肩には荷電粒子砲を担いでいる。

 

 

『形勢逆転のつもり?』

 

『……?』

 

『私は手段を選ばないの。やりなさい』

 

『ですがっ!』

 

『いいから。あたっても構わないわ』

 

 グレーの機体に再び大型のレールガンが装備されると砲口を――櫻に向けた

 

 

『お前ッ!』

 

『撃ちなさい』

 

『逃げろ、櫻っ!』

 

 櫻が振り向くと……

 

 

 

 

 その背中に白い翼が現れ、爆発した。

 

 

 

『アレは……!』

 

『嘘だろ……』

 

『やっぱり、あなたは親バカね』

 

 櫻の後ろで束が最後のネクストに止めを刺すと櫻を見て驚いている。無理もない。

 

 ――機体がまるごと違うものに化けていたのだから。

 

 純白の翼を背にするその身体も白く。騎士の鎧のような鋭く、優雅なヘッドパーツ。そして薄いゴールドのクリアバイザー。腕部も脚部もゴールドの差し色が入り、フルスキンだった夢見草は逆に無駄なものを一切取り除いた。スラリとしたものに変わっていた。

 

 

 《もう、終わりにしないか。シオン、サクラ》

 

 ふと、響き渡る男の声。だが、紫苑と櫻は辺りを見回す3人とは対照的に、ただ、空を見上げていた。

 

 

 《二人共自分の夢のために、守るべきもののために頑張ってきたんだ。それに、どちらも守りたいものは同じ、そうじゃないか?》

 

 《将来を担う子どもたちを思う気持ちは二人共共通のはずだ。なのに、どうして最後に親子で剣を交えるんだ》

 

 《私は殺し合いをさせるために家族を守ってきたつもりはない。サクラにも、無碍に力を振るうべきではないと教えたはずだ。シオン、君も力を持つものとしての心得はあったはずだ》

 

 《私を悲しませることはしないでくれ。お願いだ》

 

 その声を最後に、空にはただブースターの轟音だけが響いた。

 紫苑と櫻は、泣かなかった。

 

 

『櫻、お話をしましょう』

 

「うん、ムッティ」

 

 (ノブリス・オブリージュ)に手を惹かれ、クレイドルに消えた2人を見届けてもなお、残された3人は現状の理解が出来ずにただ、PICに身を任せて浮游を続けていた。

 

 

『束さま。クレイドルのシステムコードにハッキングがありました。ただ、不自然なところが……』

 

 クロエが言ったことに、束は思わず笑みをこぼした。

 

 

『さくちんは愛されてるね』

 

『そうみたいだな』

 

 ――コメントが加えられています。ただ、一言『愛してる』と

 

 

 

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「櫻、どうして私がこんなことをしてるか、わかる?」

 

「さっぱり」

 

 クレイドル内、櫻の自室には紫苑と櫻の2人。小さなテーブルには紅茶の入ったカップが2つ。

 

 

「もう何十年も前、ちょうどアライアンスが企業連に変わった頃だったかしら」

 

 紅茶を一口飲んで紫苑は続ける。

 その口調は亡国機業のアスター(紫苑)ではなく、櫻の母親としての紫苑(Aster)のものだった。

 

 

「傭兵みたいな事をして生きてたところに依頼主として来たのがファントムタスク。その仕事でどうも気に入られちゃったみたいでね。最初は小さな派閥の下っ端だったんだけど、気がついたら派閥をまとめ、幹部会に入り、あれよあれよという間にトップの座に収まってたの。それがちょうど10年前。その間にもいろんな国の裏側で戦争を卦しかけて武器屋を倒産の窮地から救ったり、影から投資して技術開発をすすめたりしてきたのよ? これだけ聞くと悪いことじゃないでしょ?」

 

「うん、まぁ……」

 

「人って、自分が大きなポジションに着くとできることをやりたくなるものみたい。だから私も『世界中の子どもたちが安心して生きられる世界』を求めてみることにしたのよ」

 

「でも、それは――」

 

「もう少し聞きなさい? 櫻の言おうとしたとおり、そんなこと不可能だった。幹部になった頃から10年以上、そのために頑張ってきたけど、何か起こるたびにその被害を被るのはいつも立場の弱いもの。それが世の常よ。それでね、私はそんな夢を見るよりも先に、手の届く範囲でやってみようと思ったわけ。例えば、厄介な立場に立っている自分の娘に平穏な日常をプレゼント、とか」

 

「それ、できてないよ」

 

 最後に笑った紫苑に釣られるように、櫻も笑う。世界の敵と世界を救う新星。トップ同士の話とは思えない。

 

 

「そうね。だからもっと簡単なことをやってみることにするわ」

 

「どんな?」

 

「娘の成長を見届けるため、世界を現状維持すること」

 

「ムッティ、いうことが毎回極端すぎるよ……」

 

「ふふっ、そうね。でも今までで一番簡単だと思うわ」

 

「かもね。ふふっ」

 

 

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「ねぇ、これって、なんなの?」

 

「さぁ? 束さんに聞かれてもわかんない。リーネさんはどう思う?」

 

「私、ですか? そうですね…… ただのティータイム、でしょうか?」

 

「「だよねぇ」」

 

 グレーの機体を操っていたリーネも巻き込んで3人は櫻の部屋の前で、ドアにコップをあてて盗み聞きに励んでいる。だが、期待と裏腹に笑い声が聞こえるなど、真面目な話をしているとは思えない雰囲気だ。

 

 

「ねぇ、これで一件落着?」

 

「コジマの後処理とかが残ってるけど、まぁ、一区切りはついたよね」

 

「はぁ…… 幹部とすり合わせる私の身にもなってくださいよ……」

 

「裏機業も大変なんだね」

 

「ええ、オーメルよりもクセのある人ばかりで……」

 

「うわぁ……」

 

 思わず束が引きつり笑いを浮かべた。研究職には変人奇人が多いというが、そんな人材の巣窟であるオーメルよりもクセのある人物とは一体どんなだろうか、と想像しただけで嫌になる。

 オーメルの変人っぷりがわからないマドカはいまいちピンと来ない様子でドアにコップを押し当てている。

 

 

『それで、ムッティはこれからどうするの? 多分バレたよ?』

 

『多分どころか、絶対にバレたでしょうね。短期間で2回もCEOが変わるなんて…… 株主総会でなんと言えばいいのかしら』

 

『ってかその場には居られないでしょ……』

 

『それもそうね。とりあえず、リーネに掛けあって櫻に就任してもらうよう掛け合うって動議を提出させるわ』

 

『はぁっ!? なにそれ、今でもめちゃくちゃ忙しいんだけど』

 

『大丈夫よ、仕事はリーネに任せればいいし』

 

 中ではこれからどうするかが話し合われているようだ。だが、会話のテーマとテンションのギャップにリーネは胃が痛いようだ。

 

 

「社長ぉ…… これ以上私の仕事増やさないでくださいよぉ……」

 

「姉さんとはまた別のタイプの苦労人だな……」

 

「このまえちーちゃんの為に胃薬作ったよ。『お前のせいで苦労してるんだから、少しは還元してくれ』ってさ」

 

「博士、私にも、お願いできますか?」

 

「うん? なんか、苦労してるみたいだし、あとで作ったげるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 こちらはこちらで地位協定が結ばれたようだ。マドカはひたすらに呆れている。

 すると中での話も一区切り付いたようで、2人が立ち上がる音がした。

 

 

「来るぞ、逃げろっ」

 

 脱兎の如く駆け出す3人。角を一つ曲がり、影に身を潜める。

 

 

「あれ、ここに3人居たはずなんだけど」

 

「そこの角にでも居るんじゃない? リーネ、帰るわよ」

 

 なんとも人外スペックを誇る親子だこと、と思ったかどうかはさておき、観念したように3人が影から出て行くと、紫苑が「聞いてたでしょ? 後始末はよろしくね」とリーネに丸投げ宣言し、「せめて胃薬の時間を、時間を!」と迫るリーネを軽くあしらっていた。

 

 

「髪の毛1本あればいいんだけどね」

 

「ちょっと抜いてくるよ」

 

「うん、白髪はダメだよ」

 

 トテトテと走って行き、何もいわずにリーネの髪の毛を引き抜く。年甲斐もない可愛らしい悲鳴を上げたリーネに手を振りながら「ご迷惑をお掛けします」と口元だけ動かした。

 

 

「ミッションコンプリート」

 

「じゃ、ラボにソレを置いたら私達も学園に戻ろうか。クレイドルの破損箇所はオートマタが直してくれるよ」

 

「自動修復じゃないんだな」

 

「機械だもん、そんなのムリムリ~」

 

 廊下を歩く束は普段と同じエプロンドレス。対する2人はISスーツ。ここで、ふと櫻がなにか思い出したようにつぶやいた。

 

 

「束お姉ちゃんのISって何?」

 

「ん? ISなら…… ん? ISっぽいIS装備してたか?」

 

「普段通りすぎて気付かなかったけど、あの格好でマシンガン撃ってたよね」

 

「あの格好で飛んでたな」

 

「「コレって結構大事なことじゃない?」」

 

 ふと気づいた一大事にあわてて束の後を追った。




戦闘描写すくなくてごめんなさい。あっという間にケリ付いてすみません。

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