Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
「始められるか?」
日が高く登り眼下に広がるコンクリートの町並みを焦がすなか、男は革張りの椅子に深く腰掛け、正面に立つ若い男に聞いた。
「シミュレータ訓練しかしていないために不安は残りますが、機体、搭乗者ともに行けます」
「実機を使って早々にバレる訳にもいかなかったんだ、それは仕方ないだろう。素人を軽く鍛えてなまくらにした程度でどこまで戦えることか……」
「過半数のAMS適正は最低限度しか…… 逆流も十分に考えられます」
「確実に戦えるのは数人か。全員そう長くは生きられないと言うのに、ISが席巻した世界に反旗を翻そうなどと、なんという皮肉だろうな」
「ですが、だからこそ今実行しなければならないのでは」
「その通りだ。よし、フランスに伝えろ、週末には船に乗せて出航だ」
「かしこまりました」
「さぁ、 星砕きスターブレイクの始まりだ」
深いため息のように喉の奥から出された声はすべてを飲み込む闇を纏うようだった。
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「それで、奴らは?」
所変わり月明かりに照らされるネオン街、それを見つめる黒いドレスに身を包んだ妙齢の女性はワイングラスを片手に隣のスーツの女に聞いた。
「フランスが慌ただしくなったと。週末には動きそうです」
「ネクストは船便よね? ということは早くても1週間…… 日本に居る人間に警戒を厳にせよ、と。私達は3日後から準備を始めるわ」
「了解しました。それと、ポラリスに行った3人ですが――」
「あぁ、スコールとオータム、それとMだったかしら。彼女たちが何か?」
「いえ、始末なさらないのかと」
「いいのよ。場所が場所だし、あの娘に見つかるとマズいわ」
「ですが、このままでは敵対される可能性も」
「2人は今首輪付き、もう一人はわからないけど、少なくともスコールとオータムは束とキルシュに逆らえない。逆に言えばポラリスに喧嘩を売らなければいいのよ。私達じゃ篠ノ之束には勝てない」
「はぁ……」
スーツの女は少し顔を歪めて肯定とも否定とも取れない声を上げる。ドレスの女は振り返ると少し非難するような目で言った。
「不満気ね。スコールがあの小汚いオヤジを殺った事がそんなに不満かしら? 私としては反IS派筆頭の彼が死んでくれて清々したのだけど」
「仮にも幹部ですよ? そんな人間を殺すなんて。組織への裏切りとも受け取れます」
「結局ポラリスに身を売ったのだから、裏切ったも同然だけどね。ま、彼女のことはどうでもいいわ。今は私の下に居るわけじゃないし。あなた、出るつもりはあるの?」
「今度の作戦ですか?」
ドレスの女は黙って頷く。
「ええ、もちろん。主領はどうされますか? もし出ると――」
「私達の存在が公に。でも、出なければネクストには……」
手に持ったグラスからワインを一口煽ると、小さい息を吐いた。
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「デュノアが騒がしい……」
所変わってIS学園1年1組。櫻のつぶやきはシャルロットの耳に届いたようで、クラスメートと雑談に興じていた彼女の肩が跳ねる。
後ろから身を乗り出してきた本音がクスクスと笑った。
「しゃるるんがビクってしてたよ~? でもソッチのことじゃないんでしょ~?」
「もちろん。さっきお姉ちゃんから衛星画像が送られてきてね。デュノア社の工場から大量のコンテナが搬出されてる。多分ネクストのパーツだよ」
「船を海上プラットフォームとして使うのかな~? ロマンだね~」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ? ネクストはサイズ的に40フィートコンテナ2つで1機半は収まるから小さめのコンテナ船でも数百機単位で運用できちゃうかも……」
「え、それマズくない?」
「さすがにそれだけ作るのにはとんでもない時間と費用がかかるからだろうから、さすがに数百は無いだろうけど数十機は出て来るかもね」
「それに対するこっちの有効戦力は……」
「IS6機」
「詰みじゃない? たとえそこにおじょうさまと織斑先生を入れても8機だよ? 学園の正規戦力は頼りないし……」
ネクストのスペックシートを見たことのある本音は事態の大きさを把握したようで、普段の気の抜けた喋り方から一転、真面目なトーンで櫻を揺さぶる。
櫻も櫻でスケールの大きさに圧倒され気味で頭のなかで使える戦力を全てぶつけた総力戦をシミュレート。
そして首を振った。
「無理だ、勝てない……」
無理だ、勝てない。そう結論づけるにはもちろん理由があった。最初にして最大の問題は"操縦者が人を殺せるかどうか"。ISと違い絶対防御が無いネクストを相手にすることは命の奪い合いを意味する。櫻の想定する有効戦力とは人を殺すことの出来る人間の数なのだから。
そして次の問題はたとえ敵戦力が10機しか出てこなくても相手がリンクス上がりならば実力差で勝てない。機動力で劣るISでは機体スペックでごまかすことも出来ない。たとえ最新技術満載の兵器を使ったところで当てられなければなんの意味もなさない。
最後の問題、それは守るものの有無だった。攻城戦というのは昔から防衛側が不利なものである。背後に数百人の生徒と教員を抱えるのと、己の野望を抱えるのでは戦いやすさがまるで違う。
たとえ逃げ遅れた生徒がいても櫻達にはそれを守る義務が発生してしまうのだ。たとえその後に自分が不利な立ち回りになろうとも。
本音も最初の問題には最初から気づいた上で楯無や千冬を入れて、と提案してきているのだから彼女も似た考えを頭に浮かべたのだろう。
「緊急集会を開こう。3日以内に」
「うん。学園の中にいる人は私が何とかするから、さくさくは外だね」
「おっけ。急がなきゃ」
ISの、世界の未来を掛けてそれぞれの勢力が確実に事を進めていく。
決戦の日は確実に近づいていた。