Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
バレンタインの騒動も落ち着いた月曜日。と言ってもまだ日付が変わってから5分しか経っていないが。深夜のIS学園前に一人の銀髪少女が居た。ショルダーバッグを下げ、大きめのスーツケースを引いている。正門で待っていたのは黒いスーツの女性。少女は軽く会釈をすると二言三言会話をしてスーツの女性とともに深夜の学園に消えた。
2年の学生寮の前にやってくると、そこにはもう一人、派手な赤いスーツを来た金髪の女性が待っていた。また少女と短い会話をするとキーを渡し、黒いスーツの女性とも少し話すと今度は彼女が少女とともに尞内に消えた。
そこで別れた黒いスーツの女性、次に向かったのは1年の尞。玄関を入るとホールには狼の着ぐるみを来た長身の女性――おそらく生徒だから少女と言っておいたほうが良さそうだ。が待っていた。黒いスーツの女性は狼の少女と短く会話をするとぽんと頭を叩いてから階段を登っていった。狼の少女はと言うと、明らかに眠そうな雰囲気を纏い、おぼつかない足取りでスーツの女性とは反対側の階段を登っていったのだった。
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IS学園は学年が進むと専門分野に別れたカリキュラムが組まれる。IS技師や開発者を目指す整備科、テストパイロットや国家代表を目指す操縦科の2つに大別されるが、その中でも整備科にこんな時期に転入生が来るとも成れば大ニュースだ。
だが、インターネットよりも速い情報網を持つ学園生徒でも広める情報が無ければ広大なネットワークはいつものどうでもいい話でうめつくされるだけである。今日の朝のニュースもそんなどうでもいい話の中に埋もれてしまっていた事かもしれない。
「ホームルーム始めるぞ-。整備室に篭ってる奴は欠課な~」
朝から実技課題に勤しむ生徒で空席がちらほらと見受けられる2年3組。担任の東雲教諭がいつものように冗談を飛ばしながら教卓で出欠表をチェックすると、ふと顔を上げて言い放った。
「そうだ、こんな時期に転入生が来た。ドイツからだ。かわいいぞ~。クロニクル、入って」
こんな時期に転入生? とクラスのほとんどが頭に疑問符を浮かべるなか、音もなくドアを開けて入ってきたのは低めの背に長い銀髪。そして、漆黒の目を持つ少女だった。普段ならばここで歓声の一つでも上がるが、教室は静まり返り、みんな目を丸くしている。少女はそんなことを気にするでもなく、しれっと黒板の前にやってくるとペコリ、とお辞儀をしてから自己紹介を始めるのだった。
「ドイツより参りました。クロエ・クロニクルと申します。本来ならば1月に転入予定でしたが、
ウソホントを入り交えての自己紹介をさらりと終えると最後に小さく首をかしげてから先生にこの後の指示を求めるように顔を向けた。自分たちより10cmは低いであろう身長と見た目と性格のギャップ(まだ自己紹介しかしていないが)、さらにはその仕草であっさりとクラスのハートをキャッチしたようで……
「か、かわいい! 抱きしめたくなる!」「お人形さんみたい! すごく可愛い!」「クールな見た目と低い物腰、このギャップがっ……」「眼福眼福……」
と言われ放題である。本人は大して気にならないのか、先生に自分の席を聞くと、パタパタと席に着いたのだった。
授業が始まってもなお「わからない所は?」やら「教科書ある? 私のいろいろ書き込みしてあるし、送ろうか?」やら動物園のパンダ状態であったが、実技の授業でクラスメートからの評価は一変する。
「じゃ、今日も進級評価の為にコアプログラムの続きを。クロニクルさんは……そうね、どこまで組めるかしら?」
「コアプログラムだけなら3日頂ければとりあえず動くものを用意できます。詳しい仕様をご説明願います」
「えーっと、そうね。学園の打鉄かラファールで走らせるベンチマーク向けなんだけど…… 3週間かしら?」
「いえ、3日です」
クラスメートドン引きである。有に数千万行に登るコードを大まかな骨組みの状態からおよそ4ヶ月かけて書き換えて来たと言うのに、この転入生と来たら、一から3日で組み上げるというのだ。もちろん、始めは冗談やコピペの改変だろうと高を括る者が大半だったが、作業が始めるとそのほとんどがクロエの作業に見入っていた。
両手で一つずつキーボードを叩き、目線でもう1つを叩き、脳内演算で3つのキーボードを操るのだ。6つのキーボードから絶えることなく吐き出される正確無比なソースコードの羅列に生徒はおろか、先生まで手を止めて見とれていたというのだから驚きだ。
2時間続く授業が終わると同時にクロエはそのまま椅子にもたれかかった。幾ら授業についていくためとはいえ、束に「マッハで」と言われない限りやらない速度でコードを書き続けたのだ。束は人外なので他所に置いておくとして、ソフト面の開発ならば櫻以上の速度と完成度を誇るまでに束によって育てられていた。そんな彼女もふと我に返るように椅子から跳ね起きると周囲の驚きを他所に勝手知ったりと食堂に向かって走りだした。
食堂に飛び込むとお目当ての人物はすぐに見つかった。
「ラウラ!」
「ね、姉さま!?」
「会いたかったよーっ!」
いきなりのシスコン全開である。傍から見ればラウラが2人で絡まり合ってるようにしか見えないその様に、同じテーブルでハムサンドをかじっていたシャルロットも乾いた笑いを上げるしか無かった。
「えっと、クロエさん。ひとまず落ち着いて、ね?」
「そ、そうだ、どうして姉さまが制服を着てここに?」
「そうだね。そうだ、そこから始めないと。櫻さまは?」
「櫻なら生徒会室じゃないか? あの女に仕事を押し付けられたと見た」
「そっか。挨拶しておきたかったけど。最愛の妹に会えたし、いいかな?」
「姉さま、大丈夫か? いつものキリッとした姉さまは何処に行ったんだ?」
「明後日に置いてきた。ねぇ、久しぶりにあったんだしこれくらい普通だよね? シャルロット?」
「えっ、えっ? 僕にフリますか?」
妹の隣でとんでもない発言を繰り返すクロエに辟易しながらも何とか話の緒をつかもうと思案する。こういう時に限って 事情を知っていそうな人間ポラリス構成員が誰もいない事が悔やまれてならない。
「それで、クロエさんはどうして学園に?」
すこし真面目な顔をして率直に話を切り出せばクロエも釣られて普段の顔に戻った。これで大分話が進みやすくなるだろう。
「表向きはドイツから転入です。裏はもちろん……」
「櫻が最近コソコソと動いてるのと関係が?」
「ええ、オータムとスコールが学園に来たのもそれが理由です」
「どうして僕達には何も言ってくれないんだろう…… もう前みたいに一人で全部背負い込むのはやめて欲しいんだけどな」
「私からお話したいのはやまやまですが、今回はいかんせん国際関係にも影響が出かねないので簡単に話すわけには。ごめんなさい」
「そっか。でも、クロエさんがそう思ってるってことは櫻がそのうち自分から説明してくれるってことだよね」
「この前釘も刺したしな」
シャルロットが少しバツの悪そうな顔をする反対でクロエが頷いて言った。
「恐らくは。それでもダメなら私からお話します。あなた方は今回のキーとも言えますから」
「櫻が考えていることがなんとなくわかったぞ。去年の秋、私達が一旦国に帰っている時に学園が襲われただろう? 櫻はアレが繰り返されるのを恐れているんじゃないか?」
「それで僕達専用機持ちは学園防衛の鍵ってワケか。なるほどね、辻褄が合うよ」
2人がコレだ、と言う顔で予想建てた事にクロエも同意。先と同じように頷いた。
「ええ、大まかにはその通りです。お話できないのはその裏事情でして……」
「そこら辺は姉さまや束さん、櫻が考えるところだ。その時が来れば私達はただ友人を信じて戦うだけだ。だろう? シャルロット」
「そうだね。それに、今は国に縛られてないからある程度は自由が利くしね。それがセシリアや鈴との差でしょ?」
「はい。彼女たちは国がNo Goと言えばそれに従わざるを得ません、たとえそれが如何に不条理であっても。逆らえば自身の立場がなくなってしまいますから。国に逆らうだけの価値がアレばまた別ですが。そんな可能性に掛けるのはリスクが大きすぎるので櫻さまが主に手駒として使いたいのは私を含めたポラリスの4人とあなた達です。はぁ、話しすぎましたね。もちろん今の話は内密に」
「わかったよ」
「もちろんだ」
頷く2人を見るとクロエはそっとラウラの前においてあったたまごサンドを一つかじった。ふふっ、と思わず笑うとラウラが声を上げる。
「姉さま! そのたまごサンドは!」
「ごちそうさま。シャルロットのハムサンドもひとつもらっていい?」
先ほどまでの真面目な雰囲気は何処へやら、再び"くろえ"の顔になって後輩から昼食を集るのだった。
ある日の放課後、HRが長引いた櫻と本音、そして一夏が生徒会室に入ると……
「Мне очень жаль.Я имею в виду меры здесь в отношении вещества」
携帯電話を片手にへこへこと頭を下げる楯無の姿があった。珍しい姿に入り口で足が止まった3人はしばらくその様子を見ていると、話が終わったようで、携帯をしまうといきなり「
「えっと、見てた?」
「すみません」
「最後はあまりいい言葉ではなさそうですね」
「おじょうさまロシア語話せたんだ~」
「伊達にロシア代表やってないわよ! あぁ、もう、恥ずかしい!」
ひとりでヒートアップする楯無を他所に虚が椅子を回してこちらを向くと「お疲れ様です。お嬢様はどうやら本国から櫻さんに負けたことのお叱りを受けていたみたいで」と丁寧に楯無に止めを刺した。
「えっと、なんか、ごめんなさい?」
「もういい! かたなおうちかえる!」
櫻が中途半端に謝ったせいで更にキズをえぐってしまったようだ。ベタベタな泣き声を上げる楯無を他所に3人はそれぞれの机に着いた。
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楯無さん、本編でロシア語話してないなー、と思って思いついた小ネタ。
冒頭部分は「本当に申し訳ありません、対策は練っているのですが……」的ニュアンスのはずです。相変わらずのGoogle先生頼み。