Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
各ピットが埋まっている為にポラリス組と千冬はアリーナの真ん中で本音の白鍵から補給と修復を受けている。もちろん一段落付いたら話題に上がるのは千冬の機体だ。
「姉さ……織斑先生、その機体は?」
「コレか? 前に束に頼んでいたものだ。そうだな、白騎士はもう居るし、
「いや、それ同じじゃ……」
櫻のツッコミにニヤリと笑うと、「それもそうだな。まぁ、書類上は打鉄改だ」とさらっと建前を明かした。
だが、束1人で設計された新規製作機は久しぶりで、櫻は舐めるように全身を見ると頷いた。
「あとで見せてくださいね、それ」
「ああ、最初からそのつもりだ。機体製作は整備科の生徒にやってもらった。信用してないわけじゃないが、束の設計だからな」
「おそらくいまので企画スペックの5割出てれば上出来ですね」
「甘い機体にコアで高負荷を掛けたからところどころ危ないな」
「そうだね~、エネルギーラインが高負荷に絶えられずに焼き切れてるよ~」
機体整備を受け持つ本音がホロキーボードを叩きながら言った。白鍵から伸びるマニピュレータは背中のコア周辺に伸び、せわしなく動いている。
少し困った顔で笑う千冬と呆れた顔で姉を見るマドカ。お前も人のこと言えないだろ、と思っても表に出さない櫻の心遣いがこの場では無駄に思えた。
「久しぶり、かな? フュルステンベルク」
「ん? えっと…… インテリオルのセレン・ヘイズさん?」
後ろから音もなく近づいてきて声を掛けられたにも関わらず、驚きもせずに振り返って記憶から顔と名前をリンクさせる。後ろから追ってきた青い機体はエイ=プールだろう。どちらもリンクス戦争や企業同士の代理戦争を生き抜いてきた元リンクス、どちらもネクストと同じくセレンはピンクのマルチロール、エイ=プールは青と白の後方支援向けセットアップだ。
「よく覚えているな。まともに会話した覚えは無かったが……」
「そんな相手によく『久しぶり』なんて言えますね。後ろの方はエイ=プールさんですね。書類で見た覚えがあります」
「はい、インテリオル・ユニオン所属、エイ=プールです。よろしくお願いしますね」
「どことなく山田先生に似てますね」
ちらりと千冬を見ると同じことを思ったのかエイ=プールを失礼にならない程度に観察していた。マドカと本音は黙って企業のトップパイロット達を見ている。
「それで、わざわざご挨拶、ってわけでもないですよね」
「察しが良くて助かる。軽く一試合してもらえないか? ウィン、来るか?」
まさかのインテリオル社長までいるというのか。少し驚くとともにピットをよく見ると見慣れたオジサマが一人こちらをみて笑みを浮かべている。
「オッツダルヴァおじさんまで居る……」
「ああ、この前お茶会をした時に暇そうだったから連れてきた」
「そんなノリでいいんですかね?」
「本人も楽しんでいるようだし、構わんだろ。じゃ、こっちは私とエイプ-の2人。そっちはどうする? ブリュンヒルデとタッグでもいいぞ」
「私は布仏と機体を仕上げてくる、マドカと組め。インテリオルの方には申し訳ないが、私も万全ではないのでね。妹に相手を」
そう言ってマドカに目配せすると呼ばれたマドカは完全に勝負師の目に代わり、殺気を放っている。こうして堂々と喧嘩を売られれば買いたくなるのがマドカの性分だ。千冬もそれがわかっての上だろう。
「布仏、退散しよう。生徒たちにいい教材となるような試合を期待しています。それでは」
先生らしいセリフを残して専用機持ち達が陣取るピットに戻って言った2人を見送ると残された2人はISを展開。インテリオルの2人に問う。
「どうしますか? ブザーも鳴らせますけど」
「ブリュンヒルデがああ言ってたし、公式戦形式でやろう。いつもどおり頼むぞ、エイ」
「わかってます」
『山田先生、そちらからカウントダウンお願いします』
『分かりました。5カウントでスタートです』
オープンで手短に会話を終えるとすぐにカウントダウンが始まった。相手は国家代表とはわけが違う、生粋の戦争屋だ。おそらく亡国機業相手よりも分が悪いだろう。
5...4...3...2...1...
カウントが進んでも学園内での大会のように武器を出しておくようなことは無い。手札は相手にぎりぎりまで見せない。勝負のルールがきっちりと守られる。
...0
ブザーが高らかに響くと櫻とマドカはいきなり全速力で後退、雨のように迫り来る
「そううまくは行かないようだな」
レーザーの弾幕を抜けてアリーナ外周を周回機動で動けば中央に陣取るエイ=プールのヴェーロノークが大量のミサイルを放つ。マドカが別れてエイ=プールを狙いに行くが、その軌道上を正確にレールガンで射抜いていく。不安定な機動を取ればそこを高速型ミサイルに食われてしまう。
『うおっ、貰った! 残り9割』
「そのまま、多分近接戦闘は苦手なはずだから、間合いに入れれば勝てるよ」
『分かってるけど、あのオバさんむっちゃ上手いぞ!』
櫻にレーザーライフルを向けながらマドカをレールガンでけん制する。しかも、牽制射を当てに来るから質が悪い。仕方なしに櫻もセイレーンの涙を展開、水のヴェールでレーザーライフルの威力を殺すとサブマシンガンでこちらもと、撃ち返す。
互いに一歩も引かないハイレベルな戦闘にピット内の候補生はただただ見とれるのみだった。
『スミカさん、やばっ!』
『今行くから、3秒耐えなさい!』
ASミサイルの弾幕がマドカを襲うも一発を叩き切られると威力の薄いカーテンと化す。ところどころ煤でくすんだ白い機体が青白の機体に刃をおろしたその時、間合いに何かが投げ込まれ、刃の軌道が逸れる。慌てて飛んできた方を見れば目の前にはレールガンの銃口。至近距離での1発は白騎士のシールドエネルギーを4割近く削る。
1発当てれば目線を変えずにそのまま銃口を横に向けて発射。ぐぉっ、と情けない声が近くで聞こえた。
「フルスキンでよかった、今のが普通のだったら即絶対防衛発動だったよ……」
肩で息をする櫻とマドカ。対するセレン・ヘイズは人間もISも余裕だ。エイ=プールはマドカに数発もらい、軽微なダメージはあるもののまだまだ
『戦い方がレオハルトそっくり。近距離で刃を向けるのはお母さん譲りかしら?』
『ええ、良い親を持ったと思ってます』
『でも、高校生でここまで戦えれば十二分ですよ、ね? オッツダルヴァさん』
『うん? 櫻、まだ本気じゃないだろう? マドカさんは結構なペースで飛ばしているようだけど、相手が悪かったね』
突然ピットで呼び出され、少しとぼけた声を出したオッツダルヴァだったが、試合はしっかりと見ていたようだ。言っていることは正しい。遠距離主体のヴェーロノークに近距離主体の白騎士で挑むのは間違いだ。だが、それは夢見草とて同じこと。装備次第でどの距離も対応する、というだけで、機体設計は至近距離機動戦を想定しているのだ。
『櫻、さっきのアレ、使っちまえよ』
『そうしなきゃマズいね。エネルギー切れで負けたらごめん』
言うが早いか背中に翼を実体化させるとセレンとエイ=プールは目を丸くしてその光景を見ていた。
『破壊天使砲……』
『ノブリス・オブリージュ、ですよね』
『それを出した、ってことは本気ってことだろう? レオハルトはそれを滅多に使わなかったからな』
『そうなんですか? 初耳です。でも、コレを出すには負けられません』
『よし、さすが、騎士様の娘だ。エイ、こっちも全力でお相手だ。出し惜しみするなよ? 勝ったらマリアにボーナスを強請ろう』
『いいですね! 今月もお財布がピンチなので……』
『お前、毎月何にそんな金使ってるんだ……?』
呆れるセレンだったが、やれやれと肩をすくめて首を振りながらも回避機動をこなす。渦を巻いた3条の光が2人の間を貫いていく。だが、次の瞬間にはエイ=プールが悲鳴を上げながら仰け反って行くのを視界の片隅で捉えていた。
『エイ! 言った傍から……』
空中でバク転のような動きをしつつミサイルを撒き、体制を立て直す。マドカの放った荷電粒子砲の一発がクリーンヒット、今ので一発
エイ=プールに意識を向けつつも迫り来るピンクにレールガンを放つ。それをかわされると6門の砲身が煌めいた。両手には月光。避けてもアウト、あたってもアウトだ。だが、ここは一か八か。
――斬られてやろう!
空中で急停止、両耳の横を光が通過した次の瞬間には両手で月光の斬撃を止めていた。それもただ綺麗に揃ったわけではなく、十字斬り上げを下で止めたのだ。
『流石だな。一連の流れは定石通りでスキがない。だが、巧すぎるのも問題だ!』
鉄くずと化したレールガンとレーザーライフルで月光の軌道を逸らすと、自分はその隙間から落下、同時にレールガンを再展開し、連続して撃ちこんでいく。
ただ、櫻も櫻で黙って撃たれる気はなく、追加されたブースターの推進力に物を言わせてクイックターンで1人分横に一瞬で動くと少しずらして天使砲を放つ。
そして、互いの頭に
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「負けた……」
「レオハルトに向ける顔が無いな」
「うぅ……」
「スミカさん、女の子を泣かせちゃダメですよ?」
「はいはい。悪かったよ。ほら、後でケーキ買ってやるから機嫌直せ、な?」
「ぶぅ~!」
明らかに子供扱いされてふくれる櫻の肩を、ぽん、と叩くと、オッツダルヴァが笑う。その手には以前、亡国機業のスコールとオータムを捕らえた時に行ったレストランのペアチケットがあった。
また食べ物で釣って、と思い、フン、とそっぽを向くと「残念だ。山田先生、ディナーをご一緒にいかがでしょうか?」といきなり真耶に声をかけていた。
「ふぇっ!? わ、私ですか!?」
「ええ。櫻に渡すつもりでしたが、断られてしまいましてね。よろしければどうでしょうか?」
男性経験の少ない真耶がオッツダルヴァの手球に取られる中、ベンチに座る櫻の目の前にエイ=プールがしゃがみこんだ。
「お疲れ様でした。今までで一番いい試合でしたよ? 試合時間20分使いきったのは初めてなんです、私達」
そういうエイ=プールの顔には満足を絵に書いたような笑顔があった。櫻も結果こそ不満だが、内容は満足行くもので、自分よりも上の人間を相手にした戦闘で得られるデータは貴重なものだろう。久しぶりに心も身体も叩きのめされた櫻が再び気を引き締めるには十二分すぎる動機になった。
「私も、見ていた世界は狭かったんだな、って改めて実感しました。学園で講師でもしていただきたいくらいです」
「いいですね、最近新規開発も無いし、書類仕事ばかりで飽きてきちゃってたところなんですよ」
「まぁ、私の権限でどうこうなることではありませんけどね」
「そうですよねぇ……」
企業所属パイロットの本音が少し漏れた向こうではマドカが"桜"に絡まれていた。
「おつかれさん。エイ=プールをレッドまで追い込むなんてやるじゃないか。流石ブリュンヒルデの妹さんか」
「姉さんと比べるのはやめてください。私はまだまだ、甘いですから」
「そうか。自分で甘い甘い、まだ出来るまだ出来る、と思っているうちは永遠に成長するからな。壁こそあっても、それを超えることが成長だ。きっと何時か姉を超える日が来るさ」
「だといいですけど。ヘイズさんは元リンクスなんですよね?」
「セレン、でいいよ。ああ、10年くらい前まではな。ISが出てきて、企業連がソッチに力を注いでからはIS漬けさ」
「やっぱりISは温いですか?」
「温い、か……。コイツで戦争をする訳じゃないから何とも言えないが、人を殺せない、殺されないって意味じゃ、温いかもな。どうしてそんなことを?」
「私はコレで人を殺してしまうかもしれません……」
「ほう、どうして初対面の私にそんなことを言うんだ。それこそ姉さんなり櫻なりに言えばいいものを」
「あなたが、人を殺したことがあるからです。私は今まで意識せずに人を殺してきた。そうしなきゃ生きられなかったから。今、こんなところに居ていいのか、と過去の私がささやくんです」
「過去に何があったか知らないが、人を殺す場面というのは少なからず"今やらなきゃ自分が死ぬ"って場面だと思う。お前は間違ってない。今は人を殺さずとも生きていける立場に立った、それだけだ。無意味な殺傷こそ、後々悔やむことになるぞ」
「間違ってない。そう聞けて良かったです」
「いいんだ。コレも年長者の仕事だろ。ついでに言っておくが、櫻も大量の人間を殺してるぞ」
ハッと顔を上げた時には後ろ手に手を振るセレンが見えるだけだった。