Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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一転

「ちょっと警報を解除してエネルギーシールドを戻してくる」とタワーに向かった千冬と機体を取りに行った本音と簪の3人を除いた7人がただ、アリーナの真ん中に取り残されている。

 中心で虚空を眺める櫻とそれを周りで見る数人。見ようによっては集団リンチとも見れるが、実際は櫻が一人で自分の心を縛り上げただけだ。一人で暴走して一人で自己嫌悪に駆られる。なんとも虚しい行動だが、この1年、櫻はいつでも落ち着いて周りを見ていた。それこそ先生のように。どこか我慢し続けたものが今爆発しているのかも知れない。そう思って黙って見届けようかとも思ったが、人に迷惑がかかるとなれば話は変わる。

 

 

「櫻。言葉が悪かった。俺はそんな思いが篭ったものだとは思わなかったんだ。悪かったよ」

 

「…………」

 

「櫻、一夏もこう言ってるんだ。気を持ち直してはくれないか」

 

「…………」

 

 箒が一夏の肩を持つも櫻は黙って焦点の定まらない目で虚空を眺め続ける。

 

 ――力を手に入れた

 

 何のために――

 

 ――みんなを守るために

 

 溺れてるのに――

 

 ――それでも、私が

 

 悲しい沈黙が広いアリーナを包む中、パシッ、と乾いた音がひとつ、響いた。

 音源は櫻の頬。シャルロットが平手を振りぬいていた。

 

 

「ちょっと、シャルロット! あんた何やってんのよ!」

 

「鈴、あとでお説教は聞くから。待って」

 

 普段は母親のような優しい雰囲気のシャルロットだが、今は鋭い刃をまとっているようだ。鈴がラウラに救いを求めて目線を向ければ、肩をすくめて首を振られた。

 ラウラですら諦めるほどのキレを持つシャルロットはタッグトーナメント以来かも知れない。

 

 

「櫻、一体君は何を迷ってるの? 一夏に手を上げたから? 力に溺れちゃったから? もっと他にあるんじゃないの?」

 

 ワントーン低い声に鈴が気圧されて一歩下がる。それでもシャルロットは一切の表情を消して続けた。

 

 

「折角お父さん譲りの翼を手に入れたんでしょ? 嬉しくて舞い上がって当然だよ。それでちょっとやり過ぎたからって自己嫌悪するのもどうなの? それってただの我侭じゃないの?」

 

「やり過ぎました、ごめんなさい。ちゃんと謝って反省すればいいことじゃん! 櫻はどこかおかしいよ! 勝手に死んじゃうし、勝手によみがえるし、今は身体すら自分のものじゃ無くなってきてるんでしょ!」

 

 頬に手を当てたままじっとシャルロットの胸元に視線を送り続ける櫻。しびれを切らしたのかシャルロットは胸ぐらを掴んで無理やり起こすとそのまま言葉を叩きつける。

 

 

「わかってよ! 櫻が居ないと困る人がいっぱいいるんだよ! 櫻がちゃんとしてくれないと僕らが悲しいんだよ!」

 

 そっと手から力が抜けると櫻はそのまま崩れ……おちずに立ち上がった。頬を抑えていた左手をそっとシャルロットの腰に回すと抱き寄せ、そのまま自分の胸で泣かせた。

 

 

「ごめんね」

 

「ばか。櫻のばか」

 

「ごめんね」

 

 ちょうど機体をぶら下げて本音と簪が戻り、千冬もISスーツに着替えて戻ってきた。おそらくどこかで見ていたのだろう。千冬の顔はどこか満足気だった。

 

 

「さて、私の機体も準備出来たし、お前らもいいな?」

 

「あー、白式はさっき櫻に叩き落とされちゃって……」

 

「布仏、5分でやれ」

 

「ヤヴォール!」

 

 白式出して~、と軽いノリで始まった作業は口調とは真逆の速さと正確さで進められ、シールドエネルギー充填と細かい調整を言われたとおり5分で終わらせると終わりました~、と始まりと同じノリで報告した。

 

 

「よし、さっき言ったとおり、テルミドール対全員だ。容赦はするな。櫻、天使砲を使っても構わんが、加減はしろ」

 

「ええ、わかってます」

 

 赤い目を更に赤くした櫻が頷くと、全員がISを纏って飛び上がった。

 

 

「さぁ、行くぞ。ついてこれるな?」

 

 千冬のつぶやきは誰のかわからない銃声でかき消された。

 

 

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「ここがIS学園か。来るのは初めてだが、良い所じゃないか」

 

「ありがとうございます。一応最新鋭の設備と自然環境の共存も考えて設計されていますから」

 

「機体の使用に関してはもうこれで?」

 

「はい。書類もすべてサインを頂きましたし、本人もその日のうちに終わらせてくれましたから」

 

「それはよかった。仕事が早いのはいいことだ」

 

「ありがとうございます、社長」

 

「年端も行かない少女に呼ばれるのもくすぐったいな」

 

「おうおう、天下の少佐殿も女には弱いですか」

 

「山田先生、アリーナを使ってもよろしいでしょうか?」

 

「じょ、冗談だよ。な? エイプー?」

 

「いきなり私に振らないでください!」

 

「女が3人よれば姦しいとは言うが、言葉通りのようだな」

 

「ふふっ、その通りみたいですね。よろしければアリーナを見学されていきますか? 今なら生徒たちが自主練習しているでしょうし。空いていれば機体も飛ばせるかと思います」

 

 そう、オッツダルヴァ、ウィン、セレン、エイ=プールのインテリオル組プラスおまけはIS学園を訪れ、先日選ばれたテストパイロットに正式に機体の引き渡しと書類仕事をしに来たのだ。そのついでに視察ということで学園内を案内してもらっている、というのが今のこと。

 

 

「ぜひお願いします」

 

「分かりました、こちらです。先に行って着替えてきてもいいですよ?」

 

「はい、そうします」

 

「彼女、入学時にISで事故を起こしたと聞いたが、それは本当ですか?」

 

「ええ。ですが、それをバネにして成長しています。みなさんもご覧になったと思います」

 

「それが目に見えたから私達は彼女を選んだ。百合(Giglio)を託すにふさわしい娘に」

 

「私の目から見ても立派なもんだ。だが、ところどころ動きが学生臭くないのが気になったが……」

 

「あぁ、確かに。コンバットマニューバを代表候補生でもない子がやったので驚きましたよ」

 

「それはきっと彼女の目標が櫻さんだからでしょうね」

 

 ここでも出てくる櫻の名前。オッツダルヴァは内心"またか"と思っていた。彼女はいったいどこまで影響力を持っているというのか。彼女にカリスマを仕込んだのは彼だが、自分の想像以上の影響力に舌を巻いていた。

 

 

「また櫻か。オッツダルヴァ、あの娘何者なんだ? お前の弟子だろ」

 

「前にも言ったとおりだ。私の教育の賜だな」

 

「オッツダルヴァさんは一体何を櫻さんに?」

 

「そうですね、経営学とカリスマ、ですかね。人の心を掴む方法とでも言いましょうか」

 

「ほぉ~、それで櫻さんは……」

 

「この通り、先生にも納得していただける程度だ」

 

「本当、フュルステンベルク元CEOって何者?」

 

 歩みを進めると遠くに見えるアリーナから爆音が響いてくる。コレはさすがに一般生徒の訓練の次元ではない。おそらく、専用機が暴れている。そう判断し、織斑先生に連絡すると……

 

 

「織斑先生! 第1アリーナで生徒同士の戦闘が……!」

 

『それは私等だ。いま専用機持ちに特訓をつけている。なんなら他の生徒に見学させてもいいんじゃないか?』

 

「えぇ~、今からお客様を案内しようと思ってたんですけど……」

 

『せっかくだから見ていってもらえ。学園最強が1対8で戦ってるぞ』

 

 その声からは織斑先生というよりも織斑千冬の方が出ていて、さらっととんでもない状況を楽しんでいるように思えたのは気のせいではない。それも、千冬の言う学園最強、きっと櫻のことだろう。そう結論づけるとアリーナに向かう予定の面々に「今はちょうど生徒と教員が模擬戦を行っているようです」と冷や汗混じりに説明した。

 

 

 

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 ――えっと、この状況は……?

 

 言われた通りにアリーナに来たら櫻が1人で8人を相手に大立ち回りをしている。それもその中に白い機体が"4機"いる。一夏の白式、マドカの白騎士、本音の白鍵のほか、アレは一体、誰?

 

 

 ――きっとこの状況がわかって私には入れ、って言ったんだよね。戦闘時のデータ収拾も兼ねてるのかな?

 

 都合の良いように解釈するとピットに入り、ウィンたちの到着を待った。

 数分待つとインテリオルの3人はピットに入ってきてからこう言った。

 

「琴乃。今からあの中に入って櫻を落として来い」

 

 

 そして現在。アリーナに放り込まれたインテリオルの新星、ジーリョを操る神田琴乃が学園のトップが集まるこの場で――――逃げまわっていた。

 模擬戦用にセットされたIMFは琴乃のジーリョを敵機と判断してレーダーに映し出す。更に言えばこの場で櫻は"全員敵"状態。容赦なく弾幕を貼り続けていた。

 

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 迫り来る大量のミサイルをチャフで他所に飛ばしたと思うと今度は大量の鉛弾が襲いかかる。それを実体盾で防いでもレーザーが空間を焼く。

 

 

「ちょろちょろと腹が立つ。全員まとめて消し飛ばしてやる。フリューゲル、フェニシトゥング!」

 

 ――Vernichtung 殲滅を意味するこの語に反応したのはドイツ語が理解できるラウラと千冬。中央で翼を広げた櫻と一気に距離を置いた。逆に"何かわからないけどどまんなかで止まってるラッキー"と突っ込んで行ったのは一夏と鈴の2人。距離を詰めないと戦えない2人だけにチャンスとあらば距離を詰めて戦いたいのだ。

 一方の箒は武士の勘か今までやられてきた経験か、良からぬことが起こるといきなり下がった千冬とラウラを追って距離を開けた。

 

 

「ファイア!」

 

 櫻が叫ぶと銀の福音よろしく、2対の翼から大量の高エネルギー弾が四方八方に撃ちだされる。もちろんそれを至近距離で大量に受けた一夏と鈴は一発KO、避け残って一発もらった琴乃でもシールドエネルギーを3割削られていた。

 

 

「おい、そこの。所属と学年クラス、名前を言え」

 

 ラウラの一言に振り向くと、精一杯の上ずった声で叫んだ

 

 

「インテリオル所属、1年1組の神田琴乃です!」

 

「琴乃、受かったのか!」

 

「うん!」

 

 一瞬、櫻の弾幕が止む。どうやら話が気になるようで、当然の疑問を投げかける。

 

 

「ってかインテリオルのテストがあったなんて聞いてないよ!」

 

「もともとクラスの一部の人間にしか言っていないからな。各クラスから担任が選出した中から希望者が選考を受けたんだ」

 

「で、なんでラウラはそれを?」

 

「秘密裏にコーチを頼まれてな。そうだろう? シャルロット」

 

「うん、櫻には内緒で、ってね。ちょうど櫻が整備室に缶詰し始めた頃かな」

 

「私と本音は櫻の行動を見て報告役だ。あの時のクラスの一体感はよかったな」

 

「ハブられてる! 私ハブられてる!」

 

「櫻、一つ言いことを教えてやろう。人間が一番連携するのは共通の敵を持った時だ」

 

「千冬さんソレは私が敵ってことですかねェ!?」

 

 折角機嫌が治った櫻をまた叩きのめす千冬。だが、櫻も自棄っぱちテンションで返せるほどの余裕は戻ってきたようだ。一息付いたこのタイミングで残ったのは一夏と鈴を除く6機に琴乃を加え7機。鈴が早々に退場したのは櫻としても予想外だった。

 

 

「ま、詳しいことは今夜のパーティーで聞こうね~。ことのん、イケる~?」

 

「それはどういう意味でッ!?」

 

「試合開始は突然に」

 

 唐突なハイレーザーキャノンの一撃が琴乃をかすめる。なんとか反応してかすめる程度に抑えたが、それでも2割持って行かれ、残りが半分を切った。一方の本音と簪、セシリアとシャルロットは遠距離主体ということもあって、被弾率は高くない。だが、距離と機体性能が仇となり大きな一撃を与えられずにいた。

 

 

「布仏、煙を炊けるか?」

 

「出来ますけど、どうするんですか?」

 

「私が突っ込む。ボーデヴィッヒ、織斑妹、ついて来い」

 

「「Ja!」」

 

「聞いたな、オルコット、更識、ウォルコット、援護射撃だ。神田、お前は前衛と後衛どっちが得意だ?」

 

「「「 了解ですわ」」」

 

「えっと、どちらもあんまり……」

 

「なら見てろ、絶対に目を離すな」

 

 プライベートで本音にカウントダウンを送ると大量のスモークグレネードがワンカートンあるんじゃないかという量ぶちまけられた。煙が充満するアリーナで時折火花の光と思しきものがキラリと光るのみ。援護射撃を任された後方部隊はハイパーセンサーの熱源探知モードで必死に追うが、4機が絡まる近接戦、下手に撃てば味方に当たりかねず、引き金を引けずにいた。

 

 

「櫻、また腕を上げたか?」

 

「千冬さんも、もう一回世界の頂点、取ってみませんかッ!」

 

「後ろだ」

 

「こっちもいるぞ!」

 

「私ったらモテモテ~」

 

 月光4本を手に、2本を足に持って空中を踊る櫻。数機が入り乱れる近接戦でじゃまになる羽はしまってある。重力をある程度無視できるISだから出来る気持ちの悪い動きで3人をまとめて相手取り、ほぼ互角の立ち回りを演じている。

 

 

「ラウラ、ワイヤーブレード使える?」

 

「ああ、イケる」

 

「それで足止めを、タイミングは任せる」

 

 青白い光が筋となる狭い空間。ラウラは櫻を捉えられる一瞬を今か今かと待った。マドカも千冬も急かさず、今はプロとしてのラウラを信じてそのタイミングを待つ。

 バシュッ、と勢い良く撃ちだされた1対のワイヤーブレードは夢見草の脚部に絡まると一気に巻き上げられる。

 

 

「うわっ!? ワイヤー?!」

 

「殺れ」

 

 マジトーンの千冬の一言でマドカと千冬が飛び上がり、ラウラが地面に足をめり込ませて機体を固定すると、宙に浮いたままの櫻に四方から鉛弾とレーザー。ミサイルの雨あられが降り注ぎ、8割近く残っていたシールドエネルギーをあっさりと全損させた。試合時間およそ25分。第4世代1機相手に8人がかりでコレだ。櫻の戦力としての価値がどれほどのものなのかがはっきりとした。

 

 

「オッツダルヴァ、お前が言っていた意味が分かったよ」

 

「だろう? 父から飛び道具を、母から体術を受け継いでいるんだ、ある意味無敵だな」

 

「スゴイですね、あんなに強いのにどうして……?」

 

「彼女には夢があるんだろう。オーメルのCEOには叶えられない夢が」

 

「そうでしょうね。だからいま、彼女は――」

 

「先生、私達も少し飛ばしていいですか?」

 

「えっ?」

 

「いや、見ているだけも性に合わないといいますか……」

 

 突然のセレンの申し出に少しキョドる真耶。ひとまず上に確認します、という一言で場を逃れて織斑先生に再び連絡。

 

 

「インテリオルのパイロットの方々がISを飛ばしたいと……」

 

『いいんじゃないか? アリーナの中なら問題ないだろう。社長のお許しは?』

 

「えっと、呆れた目で2人を見てます」

 

『OKか、ならいいだろう。念書は書かせておけ』

 

「分かりました」

 

 ピットに戻ると琴乃がいつの間にか戻ってきていて、エイ=プールはジーリョにコードを刺してデータを吸い取っている。

 

 

「許可が出ました。ですが、念書にサインを頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「どうせアリーナをぶっ壊したら弁償、とかでしょう?」

 

「ええ、その通りです。アリーナ、機材、その他学園施設の破損とISに対する損害は学園では責任を負いません。っていうアレです」

 

「分かりました」

 

 そう言って胸元からペンを出すと書類にサイン、エイ=プールもそれに続き、アリーナのどまんなかで白鍵から補給と修復を受ける夢見草の前に降り立った。


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