Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
イギリス旅3日目の夜、イングランド東海岸のブラックプール、オルコットの家に到着すると、セシリアが「先客のようですわね」と不思議そうに口を開いた。
「ただいま帰りましたわ。お客様をお連れしました」
「おかえりなさいませ、お嬢様。みなさまも、遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
そう言って一礼するのはセシリアの専属メイド、チェルシー。あまり年は離れていないはずなのにその動きからは大人の余裕にも似た何かが醸しだされている。
「お嬢様、政府の方が先ほどお見えになりました。アポ無しで」
「車回しに見慣れない車があったので、まさか、とは思いましたが。何事でしょうか?」
「要件は『一部国家機密に該当する恐れがある』とお伺いしておりません」
「そうですか、ではまずそちらからですわね。お客様のおもてなしをお願いします。それと、政府の方にも夕食の席に同席願いましょう。織斑先生と櫻さんには申し訳ありませんが、彼女らの名前を使えば釣れるでしょう」
「かしこまりました」
聞かれたくない話なのか、小声でメイドと話すとこちらに向き直って「失礼ですが、先客がいるようで、先にそちらのお相手をしてきますわ。みなさんは夕食まで自由になさっていて。チェルシー、みなさんをお部屋に」そう言うと階段を駆け上がっていった
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客間の扉を少し乱暴に開けると中には2人の男が待っていた。中肉中背、まさに『普通の男』を体現したかのようだ。
「遅くなりました。セシリア・オルコット候補生、参りましたわ」
「突然押しかけたのは我々だ、そう固くならなくていい。友人との旅行中に済まないね」
「いえ、私も政府に仕える身、呼び出しとあらば応じるのが当然ですわ」
「そう言ってもらえるとまだ気が楽だね。手短に済ませてさっさと退散するとしよう。折角の休みだからね」
メガネの方が話せば、隣の寡黙な方は頷く。「じゃ、本題だ」とメガネが切り出すと寡黙な方がカバンから紙の束を取り出した。
「コジマ粒子、ですか?」
その表紙には「西海岸にて発生したコジマ反応への考察」と題された数枚程度のレポート。
すでに過去の遺産と化したコジマ粒子の反応がなぜいまさら? と少し不思議に思ったところで
「なぜいまさらコジマ粒子が? と思っていることだろう。まぁ、そのレポートにも書いてあることだが、フランス国内でコジマエネルギーを使った兵器が開発されている可能性もある。濃度は基準値から0.5%ほど高いだけだから誤差の可能性も否めないが、いままできっちり基準値内に収まっていた事を考えるとその可能性は低いだろう」
「ですが、なぜ今更になってそんなハイリスクなエネルギーを? 今ではもっとクリーンなエネルギーで賄っていられるというのに」
「我々にもわからん。だが、フランスがIS条約を無視してコジマ兵器をISに搭載する可能性も考えられる。そうなると操縦者、機体、環境、全てへの影響は未知数だ。いまBFFにコジマ粒子に関する情報を片っ端から送ってもらっているが、環境への影響はともかく、対ISに使用したことなどもちろんないからな……」
「BFF…… あっ!」
「ん? どうかしたか?」
突然間抜けな声を上げたセシリアに、メガネが聞く。寡黙な方も目を見開いて驚いていた。
「わたくしのお友達、というのは櫻さん、ですわ……」
「天草櫻か! い、いまこの屋敷に?」
「ええ」
「ぜひとも呼ぼう、と言うより呼んでくれ」
「は、はいっ」
セシリアが慌てて部屋を飛び出すと寡黙な方が口を開いた
「天草櫻、本当に厄介な女だな」
「博士、本人の前でそれは言わないでくださいね。機嫌を損ねられて困るのは我々ですから」
「わかっている。コレでも英国紳士の端くれ、レディの前でそんなことは言わんさ」
そうこうしているうちに再び扉が開かれ、2人が入ってきた
「始めまして、こんなナリで申し訳ありません。ポラリス共同代表、キルシュ・テルミドールです」
「わざわざご足労頂き光栄です。私は国防省次世代兵器課のジェームズ。隣はガフナー博士」
「うそぉ……」
「どうかされましたか?」
櫻の視線はただ一点、ジェームズと名乗ったメガネの男の隣、寡黙な男を見ていた
「ガフナーのおっちゃん?」
「ああ、久し振りだね、サクラちゃん。大きくなったな」
まさかの繋がりにブリティッシュの2人は黙って驚いている。それを他所にガフナーの手をブンブンと振り回す櫻。
「えっと、博士、お知り合いですか?」
「知り合いも何も、私がローゼンタールに努めていた時のリンクスの娘さ。いやぁ、懐かしいね。あの後すぐに辞めたから10年ぶりか」
「うん、そうかな。私がローゼンタールのCEOになったときにはもう居なかったから何処行ったのかと思ってたよ」
「済まないね、あの後はフリーの開発者をやっていてね。いまはこうしてコジマとACの専門家としてアドバイザーをしてる」
「ってことはコジマ絡みなの?」
「ああ。オルコットさん、さっきのレポートをサクラちゃんに見せてもらえるかな」
「あ、はい。コレです」
セシリアから手渡されたレポートを流し読むと一言きっぱりと
「デュノアだね」
「はぁ?」
「え、それだけで?」
「ふむ、経緯を聞こうか」
三者三様の反応で非常に面白いが、それだけでは済まない。
「この前フランスでデュノア夫妻に会ったんだよ。妙に羽振り良さそうでね。まぁ、見栄とかそういう可能性もあるけど。それに、今コジマを扱えるのは企業連各社の旧AC関連ラインのみ、そうじゃないとコジマが漏れるし、そもそも企業連内での社内規則ではコジマを新規に扱うときは外部監査が入るんだよ。私のところに新しくラインを動かすって話は来てないから、企業連内ではない」
「ふむ、たしかにな。企業連のAC製造ラインは完全に密閉された建物で行われる。毎日3回の工場敷地内コジマ検査、引っかかれば間違いなくトップのところに話が行くだろう。サクラちゃんが紫苑から何も聞いてないならそれもないってことだ。まぁ、そこまでは私も彼に話したさ。それ以外にもあるんだろ」
「もちろん。AC関連の製造に求められる工作精度を出せるマシンは個人では手が出ない。それに専用のテスターとかいろんな付属設備が必要になる。だからIS用の高精度の工作機械を持っていて、イギリスに近くて、敷地がある。そうなるともうデュノアしかないんだよね。ローゼンタールだったらもっと濃度が下がってるだろうし。話すとキリがないからざっと行くとこんなん。もういい?」
「ああ、十分だ。そうだろ」
ちらりとジェームズを見やるとやれやれ、と言った仕草をした。
「ミステルミドール。よろしければその報告を書面にまとめて提出していただけると我々としては……」
「ヤダ」
「えっ……」
「はっはっはっ。いいな、サクラちゃんらしい」
ある意味、イギリス政府直々の要請とも取れる話をあっさりと蹴飛ばした櫻を笑うガフナー。断られたジェームズは慌ててメガネが少し落ちた。
「博士、笑ってる場合じゃないですよ。こっちにしてみれば最強の助っ人なんですよ!」
「考えてみろ、ジェームズ。私は君らに幾らで雇われたか。それに、今の話だけで幾ら節約できたのかを」
「しかし……」
「え、えっと。わたくしは……」
「ああ、済まない。もうしばらく辛抱してくれ」
「はい……」
あっさりといらない子になってしまったセシリア。櫻に救いを求めるも、仕事モードの顔つきでとっさに目を背けてしまった。
「それで、いくら出せるんだ? ジェームズ」
「それは私には……」
「なら、彼女の助力は諦めるんだな。聞いた話で我慢だ」
「別に、今話したことをおっちゃん名義で出しちゃえばいいじゃん。さすがにデュノアだ、って裏付けは必要になるだろうけどさ」
「そんな軽いノリで!?」
「いいのか? イギリス政府にタカれば数十万ポンドはせしめられるぞ」
「別にお金目当てじゃないしね。今更世界に歯向かうなら私達が武力制圧すれば済む話だし」
「なるほど。ポラリスの見解はそうなるのか」
「そもそもコジマとISは相性最悪なんだよ。IS用エネルギーの方が応用が利くし、効率も高いんだ。だから今更コジマを使うとなるとそれこそネクストを新規製造するくらいしか用途ないよ」
「私もその可能性は考えたんだがな、今更ネクストを造る理由は何だ? AMS適正がある人間なんてそう多くない。だからといって10倍以上の人数で動かすのも非効率すぎる。そもそも目的は?」
「ISに恨みがある人間なんていくらでもいるしね。ポラリスが出来た今、明確な敵として君臨してるんだから叩きに来るんじゃない? でも、ISが無い、どうしよう。そうだ、ACを使おう。ってね」
「サクラちゃんは今ACの研究はしているのかい?」
「全く。ISにつきっきりだから仕方ないよ。それに、何度も言うようだけど、今更ACは古すぎる」
「まぁ、今日の所はこれくらいにしようか。もういい時間だしな、腹が減った」
「まとめれば、フランスのACに注意。ってね」
「は、はぁ……」
旧知の2人が熱い議論を交わし終え、蚊帳の外だった現代っ子2人が戻ってきた。
「櫻さんが話していたことが全く理解できませんでしたわ……」
「仕方ないよ、旧世代技術だしね。まぁ、兵器としてのISはそれに助けられてる部分もあるけど」
「櫻さんが時折使うブースターなどもアーマードコアの技術を?」
「だね。キャノンボールファストで使った馬鹿でかいブースターもACの遺品。BFFに頼めば作ってくれるよ。一般製品は企業連各社でお求め頂けます」
「先ほどとの温度差が厳しいですわ……」
冗談を飛ばしているとジェームズが改めて向き直り「オルコット候補生、本日の内容は国家機密事項となります」と言った
「ミステルミドール、オルコットにも言いましたが、コレはイギリスの国家機密。今他国に漏れると困るのです。ご協力をお願いします」
「まぁ、おもいっきりフランスのせい、って言ってるようなものですし。分かりました。ただし、ポラリスとしてはこの情報を元に対ネクストを視野に入れて研究活動を行うことをご了承ください」
「外部にもれない限りは問題ありません。厚かましいですが、その際の技術供与は……」
「兵器に関してはありません。コレは委員会で言ったとおりです」
「ですよねぇ……」
「彼女は小さい頃から負けず嫌いな上に頑固だからな。諦めろ」
「そうしますよ、博士」
「じゃ、サクラちゃん、あえてよかったよ。紫苑にもよろしく伝えてくれ」
「もちろん。おっちゃんも元気でね」
「まぁ、ISが次の世代に進化するまでは死なんさ」
「あれ、結構早死だね」
「冗談だろ……」
「いや、マジで」
ジェームズがさっさとメモを取っているのを視界の隅に捉えつつ「ああ、そうだ」とポケットから名刺を取り出した
「まだ名刺渡してなかったや。改めて、ポラリス共同代表、キルシュ・マクシミリアン・テルミドールです」
「おや、カーボン製とは、お洒落だな」
「大切なクライアント用だね。一枚当たりの製造コストもなかなかだよ」
「あんまり生臭い話をするもんじゃないぞ。オッツダルヴァにそう習わなかったのか?」
「ふふっ、そうだね。ジェームズさんも」
「ああ、はい」
大人の儀式を手短に済ませると今度はセシリアのターンだ
「ジェームズさん、ガフナー博士、夕食の用意がありますので、よろしければご一緒にいかがですか?」
「いいのかい?」
「ええ、わたくしの友人も一緒ですが」
「どうしましょう、博士」
「レディのお誘いだ。受けるしかないだろう? それに、若い女の子に囲まれて食事をする機会などそうそうないからな」
「欲望丸出しだね」
「はっはっ、男とはそういうものさ、サクラちゃん」
「なんでだろう、このセリフどこかで聞いたなぁ……」
どこかの水没王子が脳裏をよぎるが、いまいちピンとこないままセシリアについて食堂に入っていった