Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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すべて終わりに

「なぁ、いい加減話してくれないか。私だって手荒な真似はしたくない」

 

 

 スコールとオータムが捕らえられ、早くも1週間。学園での行事でしばらく放置されていた彼女らへの尋問が始まったのは3日前のことだ。

 "居心地のいい独房"でテーブルを挟んで相対するスコールとオッツダルヴァ。

 櫻から彼女の素性を知っているようなのでお任せします。と彼女への尋問を丸投げ、もとい任された以上は何かしらを吐いてもらわなければならない

 

 

「言ったでしょう? 私はなにも言わない。手荒な真似をしてくれても構わないわ」

 

「はぁ……。仕方ないな」

 

 さすがに連日こうも釣れない反応を返され続けてさすがのオッツダルヴァも心が折れたのか、カメラに向かって「アレの用意を頼む」と告げると最終確認のように聞いた

 

 

「本当に、手荒な真似はしたくないんだが……。亡国機業の規模は? お前の部下が使っていたパワードスーツの入手先は? この2つに答えるだけでいいんだ」

 

「何度も言わせないで」

 

「そうか、残念だ。ひとつ言っておこう。君の部下に、君がこれから受ける仕打ちを見せればおそらく知っていることを吐いてくれるだろうね。それくらい酷いことをするつもりだ」

 

「好きにしなさい。彼女は何も知らないわ。せいぜい私のスリーサイズくらいでしょうよ」

 

「冗談が言える余裕があるってことか」

 

 やれやれ、と肩をすくめるとちょうど扉をノックする音が聞こえた

「入ってくれ」と言うと音もなく開いたドアから純白の乙女(オートマトス)がホールケーキでも入っていそうな箱を持ってやってきた

 

 

「ここまでオートメーション化されていると気味が悪いな」

 

 そう呟きながらも箱を受け取るとソレはまた音もなく去っていった。

 真っ白い身体とは相対的な黒い箱。カーボンの折り目がただ無機質なきらめきを放っている。箱に手をかけながらオッツダルヴァは最終確認のように深い声を出した。

 

 

「本当に何も言わないんだな?」

 

「ええ。テロリスト、と呼ばれるような人間が簡単に口を割ると思って?」

 

「まぁ、当然か。もうこんな覚悟はしたくなかったんだがな……」

 

 伏し目がちに少し残念な顔をしてオッツダルヴァはその箱を開けた。

 中から取り出したのはただのヘッドセットに見える。ただ、クロエが拷問グッズとしてコレの説明をした時には『人間の記憶は読み取れません。ただ、本人にしかわからないものなんです。たとえソレがどんなものだろうと』と意味深な事を言われ、使うときは人を殺すくらいの覚悟をしてください。とも言われた。

 長年離れていた感覚。忘れたことは無いが、呼び出すこともなかった"人を殺す覚悟"を決め、スコールに拘束具を取り付ける。

 

 

「すまないな。イェルネフェルト」

 

 抗おうと思えば出来るはずだが、ただ黙ってヘッドセットを被せられるスコール。

 そして、オッツダルヴァがスイッチを押した

 

 

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「本当になにも知らないんでしょうか?」

 

「ああ、私はただスコールに言うとおりにしてきただけだ。人を殺せと言われれば殺すし、生きて連れて来いと言われれば生きて連れて帰る。与えられた道具を目的通りに使うだけだ。あのパワードスーツもスコールから万が一の時は使え、と言われたにすぎねぇ」

 

「はぁ。こっちは本当になにも知らないみたいですよ。櫻さま……」

 

 治療室のベッドに縛り付けられたオータムと話をするのはクロエだ。スコールと違い、重要度がさほど高くない為に何か聞ければいいかな、程度のつもりでクロエが駆り出された

 そしてここ3日で数時間こうして尋問をしているわけだが、案の定何も知らない。毎日ロボットのように同じ問答を繰り返すだけだった

 

 

「そうですか。あなたからはなにか聞き出せればラッキーとは思っていましたが案の定、ですか」

 

「下っ端なんてそんなもんだ。命令されたことをやるだけ。そんな人形さ」

 

「あなたとスコールには肉体関係もあったと聞いてますが、それは?」

 

「別に、ただ任務の対価、みたいなものだ。スコールに求められれば答えるし、私から求めたらスコールは答えてくれた。精神的には満ち足りた瞬間だったな」

 

「予想外です」

 

「なにがだ」

 

「意外に素直に答えてくれるのですね。てっきりもっと言葉を濁すか、黙っているものかと」

 

「どうせ私はろくな情報を持ってないからな。殺される運命が待ってるなら幸せな瞬間を思い出すくらいするさ」

 

「あなたは、スコール・ミューゼルを愛していたのですか?」

 

 クロエの質問にオータムがふと目をつぶる。しばらくの沈黙の後、少しさみしげな顔をして答えた

 

 

「そうだな。愛していたのかもしれないな。上司と部下とか、そんなんじゃなく、ただ、一人の女として」

 

「ごめんなさい。私達はあなたとっても酷いことをするかもしれません」

 

「スコールに何をするんだ?」

 

「少しばかり、過去を見てもらいます」

 

「過去を、見る……?」

 

「ええ。彼女にはつらい過去があったようですし、それを何度も何度も見せつけます」

 

 過去を見る、という言葉にいまいちピンとこなかったが、少しずつ噛み砕く内にそのスケールがなんとなくつかめてきた。人間誰もが持っているであろう忌々しい記憶。それを何度も何度も見せられては精神が崩壊してもおかしくない。肉体的に拷問するよりもずっと質が悪い。

 

 

「それって……なんて真似をしやがる……」

 

「目的のためには手段を選ばない。それが束さまと櫻さまです。オッツダルヴァさまには『人を殺す覚悟で』とお伝えしていますが……」

 

「スコールの様子は見れるか?」

 

「ええ。ですが……」

 

「もともと見せるつもりだったんじゃないのか?」

 

「その通りです、けど……」

 

「今更私に情けを掛けるのか? どうせ殺すんだろ? なら見せてくれ。スコールが狂っちまうなら私も、せめて見届けるくらいはさせてくれ」

 

「私はあなたをまだ使える駒だと思いたいのですが……」

 

「構わん。事が終わったら煮るなり焼くなり好きにしろ。お前には解らないかもしれないがな、一度人を愛しちまったら苦楽を共にしたいと願っちまうんだよ。つらい思いを少しは肩代わりしたいと願っちまうんだよ……」

 

 オータムの覚悟を見たクロエは「ごめんなさい」と呟きながらモニターを出し、スコールの部屋のカメラ映像を映し出した

 

 そこに写っていたのは目を見開いて叫びを上げるスコールと、黙ってその姿をみるオッツダルヴァ。時折叫びが止んではスコールが何かつぶやき、オッツダルヴァがスイッチを押す。そして再び耳を塞ぎたくなるような叫び声と見るも無残な愛し人の姿。

 だが、オータムは黙ってモニターに目を向け続けた。手は震え、頬は濡れてもなお、モニターを睨み続けた。

 

 

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「話してくれないか。これ以上君を傷つけたくない」

 

「嫌よ……絶対に……、あなたになんかッ――――!!!!」

 

 

 スイッチを押すたびに目の前の女が苦悶の叫びを上げる。そこら辺の男なら劣情の一つや二つ催してもおかしくない光景だが、オッツダルヴァにとっては自身の心を縛り付けるようで気分のいいものでは無かった。

 もしかしたらジョシュア・オブライエンが"彼"に墜される瞬間を見ているのかもしれないし、"彼"がセロに墜とされる瞬間を見ているのかもしれない。

 自分の所属していた企業の起こした過ち。記録を見てしまったが故に想像が付いてしまう自分が恨めしい。

 

 数回に渡る記憶の呼び戻しにより、力なくうなだれ、身体中を汗で濡らしたスコールはオッツダルヴァの意外な言葉であっさりと陥落した。

 

 

「済まなかったな。フィオナ」

 

「もう、いいの……?」

 

「君が何を思い出したのかは知らない。だが、もうこれ以上見ていられない。終わりにしよう」

 

「そうね……。もう誰も失いたくないもの……」

 

「私も誰も殺したくはない。君にも守りたい人がいるだろう。その人のために、すべて話して、終わりにしよう」

 

 スコールはコクン、と頷くとボソボソと言葉を紡いだ

 

 

「パワードスーツは、国連から……。IS否定派が流してくれたわ……」

 

「そうか。今はそれでいい。済まなかったな」

 

 最後に耳元でなにか囁くと拘束具を外し、そのままバスルームへ抱えて行った。

 

 

 

 ――すべて終わりにしよう。自身に起こった悲劇も

 ――すべて終わりにしよう。自身が起こした復讐劇も

 

 ――――すべて終わりにしよう。偽りの過去を握りつぶして

 

 

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 ただ黙って涙を流したオータムは2人がバスルームに消えたのを見ると身体の力を抜いた。正しくは緊張がほぐれた、と言うべきかもしれない。

 流れ続ける涙は悲しさからか、嬉しさからか。

 

 携帯で何かを話したクロエはオータムに言った。

 

 

「スコールの尋問が終わりました。彼女は自我を保っているようです。オッツダルヴァさまがこれ以上耐えられない、と」

 

「そうか……」

 

「もうあなたに聞くことはありません。彼女が少し話してくれたようで、これからは従順になるんじゃないか、とのことでした。かなり衰弱してしまったようなので後でこちらに連れてきますね」

 

「どうして、そこまで教える?」

 

「あなたが言ったんですよ? 愛する人と苦楽を共にしたいと。だから少しはあなたにも 幸せ楽になる権利はあるはずです。せめて傍に居たいでしょう? 最後にオッツダルヴァさまは『終わりにしよう』と彼女に言ったそうです。彼女の過去も、偽りの自身も。すべて終わりにしよう。と」

 

「そうだったのか……。次に会う時、スコールは一体誰なんだろうな」

 

「それはわかりません。私はスコール・ミューゼルは知っていても、フィオナ・イェルネフェルトは知りませんから」

 

「あの男に抱かれたのはフィオナだったのか?」

 

「どうでしょうね。では、後ほど」

 

 去ってゆく銀髪を横目に見ながら、オータムは自身の行く末を考えた。

 このまま殺されてしまうのか、はたまた別の道があるのだろうか?

 

 クロエに尋問という名の自分語りを少ししたばかりに柄にも無く未来の展望を考えてしまう。

 彼女は言った、『あなたにも幸せになる権利はある』と。だが、今まで幸せだったことなどスコールと過ごした夜くらいしか記憶に無い。

 

 

「幸せになる権利はある、か。幸せってなんなんだ? 私が願っていいのか? 神様とやらがいるなら答えてくれよ。私は幸せになっていいのか?」

 

 無論、それに対する答えは無かった。だが、今までただ命令をこなすだけの人形だった彼女が長らく意識の外に追いやっていた感情を呼び覚ました瞬間だった。


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