Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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レオハルトによる娘のための夏期集中講座始まります


櫻の夏期講習

 ドイツ、ローゼンタール本社研究室。AMS研究部の看板がかかった部屋に彼らは居た。

 

 ベッドの上にはヘッドセットを被って横たわる少女と、それを見守る数人の大人たち。隣には首筋にコードを繋がれた男。

 もちろんAMS研究部をなのる部署なのだからコードに繋がれた2人は少なくともAMSの元にいるということがわかる。

 

「本当にこれは安全なんでしょうね?」

「ただのシミュレータですよ、逆流などはありえません」

 

 そう、ヘルメットのような何かは櫻の脳波を拾うためのヘッドセットであり、外科手術なしでAMSを擬似的にではあるが扱えるのだ。

 では、なぜ、彼女らがここにいるのか。答えは簡単。

 

 ――櫻を鍛えるため。

 

 

「ご心配はわかりますが、これはあくまでも擬似的なもので、ネクストでの戦闘をシミュレーションすることで、動体視力などを引き上げることを目的として作られたものです。ですから、状況はすべてこちらでモニタリングしておりますし、停電などでシステムが落ちた場合、強制的に切断、意識を回復させます」

「ならいいけど……」

 

 

 

 シオンの許し――止めるのを諦めただけだ―を得たレオハルトの行動は早かった。

 まず櫻をそそのかし、ノーマル――紫苑のストラトスフィア―にいきなり乗せたのだ。

 だが、早くも彼の計画は崩れかかる。

 本来ならノーマルで速さに慣れ、基本的機動を学び、それからネクストシミュレータで超高速戦闘の経験を積ませようと考えたのだが、さすがは鴉の娘というべきか、ピーキーなストラトスフィアをあっさりと乗りこなした。

 

 初めてのACでいきなりシャンデルからのスプリットSをやってのけ、さらにはドックに向かい手を振る余裕すら見せたのだから全員が度肝を抜かれたものだ。

 

 初期課程をあっさりとクリアした櫻はドイツへと連れて来られ、こうしてネクストシミュレータでレオハルトと戦っているわけだが……

 

 

 

 

 白い床にグリッドの書かれた壁、ここはシミュレータの練習マップの一つ。

 そこに佇むのはローゼンタールのHOGIREタイプが2機。

 片方は白く、片方は桜色。両機の手に兵装は無かった。

 

「まずは基本的な動きからだ、ただの水平移動でもノーマルとは段違いの速さだからな、気をつけろ」

「どれくらい速いの?」

「ざっと2~3倍といったところか、だが、速いと言っても普通に動く分には大差ない。試しに丸く動いてみろ」

「はーい」

 

 間の抜けた返事だが、桜色の機体は大きな乱れもなく円を描いていた。

 それを見る父もまた、満足気な表情だ。

 

「普通に動けるだろう?」

「もっと難しいかと思ったら簡単だねぇ」

「じゃあ今度は空中で同じことをしてみろ」

「簡単だよー」

 

 ――どうだかな、地上でのブースターの力というのはノーマルとあまり変わらん。だが空中は別だ。

 

 PAを展開し、空気抵抗すらコントロールできるネクストだ、地上とおなじ感覚でブースターを噴かせばオーバーパワーなのは見当のつくことだろう。

 

「ふぁぁぁぁ!!!」

 

 娘の叫びと衝撃音が聞こえた壁際を見れば座り込んでいる櫻。

 

「ふぇぇぇ、なにこれぇ、バビューンなんてもんじゃないよぉ。こんなになるってわかってたでしょファーティー」

「もちろん、何事も経験だからな。これでブースターのパワーはわかっただろう。今度はそれを自分で調整しながらやるんだ。メインブースターだけじゃなく、サイドもな。全てに気を配れ」

「そんないっぱい考えられないよぉ」

「できるようになってもらうからな、覚悟しておけ」

「えぇぇ~」

 

 ブツクサと文句を言いながらもゆっくりとではあるが円状に飛行する。

 これも親譲りか、実力か、段々と姿勢も、軌道も安定してきた。

 

「いいぞ、その調子だ。だんだん加速していけ」

 

 その言葉通り、桜色の機体は青い尾を引きながら加速していく。

 

「目標は750km/hで回り続けることだ。それくらいなら目も回らないだろう」

「ぐるぐる~」

 

 ―ほう、やっぱり私とシオンの娘だけあるな。

 

「まだ600km/hちょっとだぞ、もっと上げていけ」

 

 本当はとっくに750km/hなんて壁は超えていて、ブースターは全開、およそ800km/hは出ていたが、黙って更に速度を上げさせる。

 これが通常のブースターでの限界。だが、ネクストには更に上がある。

 

「よし、そのままのOBで直線的に抜けていけ」

「あいあい~」

 

 背中に光が収束する。

 桜色と青の光が通り過ぎ、衝撃波があとから襲ってきた。

 言わずもがな、音速を超えたのだ。

 

 

「どうだ、最後の一発は」

「すごいね!周りがこっちに飛んでくるみたいだよ!」

「そうだろう、OBを使えば音速を超えることすらできる。では、今日はそろそろ終わろう。やり過ぎるとムッティに怒られてしまう」

「えぇぇ~もうちょっと飛ばせてよー」

「ダメだ。終わらせる。ガフナー、切ってくれ」

「嫌ぁぁぁぁ」

 

 

 

 少女の叫びは、電脳空間に溶けて消えた 。

 

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「お疲れ様、櫻。どうだった?」

「すごいよ!ムッティのACより速いの!」

 

 興奮冷めあらぬ、といった様子で嬉々として語るのはやはり歳相応の反応だろう。

 好奇心が彼女の原動力であり、それが自分の糧となることに、櫻はまだ気づいていないようだが。

 

 幼い段階では人は知識や技術をスポンジのごとく吸うという、"プロ"と呼ばれる人の多くに共通することとして、幼いころからその分野に手を出していることだ。

 それと同じことを、この夫婦はやっているのだ。自分の娘を大きく伸ばすために。

 

「あなたも、お疲れ様。櫻はどうかしら、伸びそう?」

「もちろんだ、この数十分でブースター全開で旋回飛行をやってのけた。それにOBをつかって瞬間加速もやらせたんだが―」

「あの子のことだから、『わー速ーい』とか言って喜んでたんじゃないの?」

「景色がこっちに飛んでくる、だったかな。そう言っていたよ。まさにその感覚なんだが」

 

 シミュレータとはいえ、脳に直接干渉しているため、Gによる影響もシミュレートされ、感じることができる。だからOBで瞬間的に音速まで加速することは体への負担も大きいはずなのだが。

 

「櫻は間違いなく化ける、私よりも強くなるだろう」

「で、私がさらに強くしてあげるわ。心もね」

「ああ、私は討つことしかできないからな」

「夫婦で分担、ね」

 

 重責を負うが、2人でなら怖くない。つながっているから、すべて2人で半分づつだ、痛みも、苦しみも、喜びも幸せも。

 娘に背負う力がつくまでは、2人で痛みを全て受け入れよう。

 

 

 

「でねでね、くるくるしながらドーンってやったら、見えるもの全部こっちに向かってくるの!アレしながら剣とか振ったら強そうだよね!」

 

 笑顔を振りまきながら周囲の技術者達に語る娘の姿を見ながら思う。

 

 ――だが、それも時間の問題だな。

 

 ――それも時間の問題みたいね。

 

 

 夫婦は同じことを思っていた。


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