Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
放課後のアリーナには毎日少女たちの活発な声が響いている。
アリーナの使用自体は許可が簡単に下りる上に数も多いので困ることはないが、問題は数に限りある練習機だ。20数機しかない上に、防衛戦力を兼ねている為に実質的に使えるのは数機だ。もちろん、高い倍率の壁を乗り越えて仲間たちと貴重な練習機をシェアすることがおおいが、彼女は一人、黙々と飛び続けていた。
彼女の名は神田琴乃。入学当初のIS適正はB。入学試験では上手く出来たはずのことが実習で出来ずに壁に突っ込んだのはもう半年も前の話になる。
彼女は密かに憧れを抱いていた。もちろん、自身を救ってくれた
半年前の初めての実習で『ISの開発に進もう』と考えていた彼女は考えを変えた。
『ISの持つ力を全て自分の身体で感じたい』と。
それからは彼女なりに目標を定め、できることをコツコツと積み重ねた。はるか遠い目標だが、その存在は大きく、しっかりと見て取れる。
実習があれば同じ班に入り、模擬戦があれば一挙手一投足を目に焼き付ける。目標に近づくために他のこともした。座学はもちろん学年トップクラスになるまでに伸びたし、実技だってこうして練習機を借りられた時には一人で時間ギリギリまで飛び続けた。そのお陰で今では代表候補生には敵わないものの、1年の一般生徒の中ではかなりの実力者となるまでに成長した。
だが、ラファールを纏い空を舞う琴乃の顔は冴えない。十分に速いタイムでアサルトライフルを呼び出して空中に打ち上げた的に3点バーストで叩きこんでいく。満点とは言わないまでも、全弾命中の十分な結果だ。だが、その顔はまだ冴えなかった。
――櫻さんはこう動かない……
そう。最近の彼女の悩みは自身のスタイルと目標である櫻のスタイルとの乖離だ。
だが、そもそも機体スペックに尋常じゃない差がある上に、稼働時間も圧倒的に足りない。と言っても、彼女はその差を地道な努力でカバーしてきたのだが、ここからは如何に自分を見つけて適合させるか。といったことが重要になる。
その悩みは普段にも現れたようで、休み時間にも難しい顔をしてあーじゃない、こうじゃない。とぶつぶつつぶやいていると後ろから声をかけられた。
「琴乃。どうしたの? 最近休み時間のたびに難しい顔してるけど」
「う~ん。なんていうんだろ、伸び悩み? 私の理想に近づいてるようで近づいてないっていうか……」
「あらまぁ。だから『櫻さんは……』とかぶつぶつ言ってるんだ」
「えっ!? き、聞こえてる?」
「まぁ、少なくとも周りはね。サクは向こうだから聞こえてないと思うよ」
「そう。ならよかったぁ」
「いっその事サクに相談してみたら? たぶんバッチリ解決してくれるでしょ」
「そうしたいのは山々だけど。次に練習機借りられるの何時かわかんないし、それに櫻さんも――」
話を続けようとしたところで梨絵が大声で「お~い、サク~! 琴乃がうなってうるさいんだけど~!」と櫻を呼びつけた
「ちょっ! 梨絵!」
「にししっ。こうでもしないと琴乃は動かないでしょ?」
大声で呼ばれた櫻が琴乃の前に座ると案の定心配した様子で話しかけてきた
「琴乃ちゃん、どうかした? なにか悩んでるなら話くらい聞くけど」
「え、えっと。その……」
「琴乃は最近伸び悩んでるらしいよ? 昨日も放課後はずっと飛んでたのにコレだからたぶん重症だね」
「そうなの?」
「う、うん。最近はなんていうか、思った通りに行かないことが増えたかなぁ、って」
「そっかぁ。それはISがついてこないの? それとも自分がついてこないの?」
ISがついてこない。そんな言葉を聞いて驚いたが、ブンブンと首を振って否定する
「そ、そんな。機体はついてくるんだけど、なんだろう。自分の体が動かないっていうのかなぁ」
「そっか。まぁ、誰もが一度はぶつかる壁だよねぇ。琴乃はどんなふうになりたいの?」
「えっ!? えっとぉ……」
ちらりと後ろを見れば梨絵はニヤニヤと笑って櫻と琴乃を交互に見ていた。やはり櫻にも気づかれたようで、一瞬目を見開いた後に「う~ん」と唸ってから口を開いた
「もしかして、私?」
「えっとぉ……」
「ご名答! 琴乃はサクみたいになりたいんだもんね~」
「り、梨絵っ!」
「そっかぁ、私かぁ」
てっきりすぐに「やめておきな」とかもっと違う反応が返ってくるものだと思っていたが、どこか納得した様子の櫻に2人は少しばかり驚いた
「え、サクは自分になりたい。って言われて嫌だったりしないの?」
「別に? 人によって ブリュンヒルデ織斑千冬だったりするのが私だっただけでしょ? 悪いことじゃないよ。完全コピーを目指してるなら別だけど」
完全コピー、という言葉に琴乃が少し反応した。コレはしっぽをだしたようだ
「だれか近々練習機取ってないの?」
「にっひっひ~。1ヶ月待ってやっと、やっとあのゆっちんが放課後に練習機を取ったのです!」
「梨絵ちゃんじゃないのね……」
「私はくじ運悪いからねぇ」
「じゃ、友理ちゃんにお願いして少し時間をもらおうか。友理ちゃんってことは梨絵ちゃんと、癒子ちゃんの3人?」
「だね~。私は全然構わないよ。むしろ櫻大先生のティーチングがあるなら効率は10倍だからね。1人くらいなんてことないでしょ」
「大先生って。私はそんなの柄じゃないんだけどなぁ」
「でも、櫻さんは前に整備科の先生だったでしょ?」
「あ、アレは学園長と会長が……」
「おやおや。サクの思わぬコネが見つかりましたな。ワトソン君」
「そうみたいですね。って誰がワトソンよ!」
デコに軽くチョップを受けて「タハー」と情けない声を出しながらのけぞる梨絵を他所に櫻は教室の後ろで弁当をつまむ友理を呼んだ
「友理ちゃん。練習機取ったんだって?」
「ん? そだよ~。どしたの、急に」
「いやぁ、琴乃も入れてくれないかなぁ、ってさ。私が見るから。お願いっ!」
「え、お願い、友理ちゃん!」
話の脈絡が読めなかったが、とりあえず練習を櫻が見てくれるというのとそこに琴乃も入れてくれ、と言うのはわかったために、2つ返事で「もちろんいいよ~」と言ってくれた
「で、何を借りたの?」
「ん~。確かラファールって言ってたなぁ。第1アリーナでね」
「あそこなら広いしちょうどいいね。それで、本題に戻るけど、どうして琴乃ちゃんは"私になろう"としたの?」
「えっと……。は、初めての実習で助けてもらってから、その……」
梨絵はニヤニヤしてるし、気がつけば教室に残った数人の目を釘付けにしている。それに、コレじゃまるで告白みたいじゃないかっ!
「か、かっこよくて、憧れてたんですっ!」
おぉ、と数人が驚嘆の声を上げ、言い切った本人は顔を真っ赤にして今にも煙を吹き出しそうだ。
「あ、アハハぁ……。私が聞きたいのはちょっと違ったんだけど……」
櫻は何の気なしに乾いた笑いを上げてから困った顔で言った。
「まぁ、だいたい察した。私に憧れてる。って言うくらいだからおそらくいろいろ研究したんだろうね。でも、琴乃ちゃんは琴乃ちゃんであって、私じゃないからね。自分なりのやり方をみつけないと多分先には進めないと思う。前に誰かに言ったような気がするなぁ……」
「うぅ……」
どこかの小説から引っ張ってきたようなセリフをあっさりと吐かれては今までの苦悩は何だったのかとわからなくなってしまう。梨絵も後ろで腕を組んで頷いているが、あれはこうしておけば理解したっぽく見える。というポーズだろう
「ま、無理に他人をトレースするより、自己流でやったほうが伸びることもあるよ。特に体を動かすことはね。教科書通りがベストとは限らない。そこからアレンジしないと」
「なんとなく、わかった。ありがとね。櫻さん」
「いやいや。まだ何もしてないよ。じゃ、放課後ね」
「うん」「よろしく~」
そのまま教室を出た櫻を見送り、放課後に想いをはせた。