Who reached Infinite-Stratos ? 作:卯月ゆう
一瞬とも言える時間の中で一夏の前に飛び出した櫻は、一夏の心臓を狙った弾丸を受けた。
長い髪を血に染めて一夏にもたれかかる。一夏は櫻を抱きながら千冬によく似た女を睨み続けた
「安心しろ、次は当ててやる」
だが、次に聞こえたのはくぐもったドゥッ。と言う音と、女の呻き声だった。
「大丈夫か!? 櫻!」
後ろから飛び出してきたのはラウラとシャルロット、そして千冬の3人。シャルロットの手にはサウンドサプレッサーが付けられたハンドガンが握られていた。
「千冬姉! 櫻が!」
「わかってる。一夏、そのまま櫻を学園の医務室に連れて行くんだ。ありったけのスピードでな」
手早く止血をしながら千冬が指示を出す。
その間にラウラがAICで女を止め、シャルロットが首に何かを注射した。
「く、そ。今度こそ……」
「すまないな、マドカ。しばらく寝ていてくれ」
そしてマドカと呼ばれた女はシャルロットの腕に抱かれてその目を閉じた
「一夏、PICと絶対防衛の範囲を広げて櫻も包め。やり方は分かるだろ?」
「ああ。櫻、今度はお前を俺が助けてやるからな!」
「焦るな。冷静に急いでいけ。あと3分だ」
そして一夏はキャノンボールファストの時よりも早いのではないかというスピードで飛び去っていった。
残された3人と1人は今後の処遇を考える
「幸い、というべきか。今なら紫苑さんと束も日本にいる。ここはあの人達の力を借りざるをえないな」
「同感です。とりあえず仮死薬を打ち込んで黙らせてはいますが、72時間以内に蘇生薬を投与しないと……」
「こんなでも大切な妹だ。死なせはしないさ。とりあえず紫苑さんや束と合流だ」
「じゃ、じゃあ、僕は会長に手回しをお願いしてくるよ」
「頼んだ。全員家から出すな。そしていつでもISを展開できるようにしておけ」
「ハイ!」
そして織斑家へ戻るシャルロットを見ながら、千冬は連絡先から久しぶりに紫苑にダイヤルした
「もしもし。織斑です。緊急の要件が」
『櫻のことでしょ? かなりマズイ状況ね。心配すぎて逆に頭が冷えてるわ』
「とりあえず学園の医務室に搬入しましたが、どうなるかわかりません。それに、私の身内が噛んでたようです」
『亡国機業に使われちゃったというべきか、囚われちゃったというべきか。彼女はどうしてるの? 身体に監視用のナノマシンくらい入っててもおかしくないと思うのだけど』
「仮死薬でナノマシンごと止めています。束に愚妹のバイタルチェックを頼みたいのです」
『ごめんね。いまの私達の最優先事項は櫻なの。束ちゃんも今飛び出して行っちゃったわ。学園で落ち合うように言っておくから、千冬ちゃんたちも学園に。あと、先に非合法な手段で入ることを謝っておくわ」
「この際目をつぶります。緊急時のIS展開は許可されていますから」
『ごめんね。私も学園へ向かうわ』
「お手数をお掛けします」
『いいの。こうなることも覚悟はしてたから。千冬ちゃんも気をつけてね』
「ええ。では、後ほど」
駅の方へ歩きながら背中に背負った妹をチラリと見やると、自分と瓜二つな顔。寝顔は可愛いものだ。
隣のラウラは何処かと連絡をとっている。恐らくは社内の誰かだろう。
しばらく歩いて駅前で車を借り、後ろにラウラとマドカを乗せると一路、学園へ向かった
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IS学園、医務室。
大学病院並みの設備と謳われるこの場にいきなり担ぎ込まれたのは銃弾を体内に留めた櫻。
「織斑先生から聞いてるわ。詳しいことはこの際抜きでこの子を手術室に!」
館内をISで駆け抜け、医務室前へたどり着いた一夏は医務官に櫻を預けるとその場にへたり込んだ
「死ぬなよ。櫻……」
弾丸は右肺で止まっていて、手術自体は難しくないものの、背中から撃たれ、肋骨を貫通したために神経系にダメージがある可能性が否定できなかった。
最悪は身体が動かなくなる。良くても身体に大きな負荷は掛けられない。ISに乗ることは難しくなるだろう
「いっくん。さくちんは?」
目の前に居たのは中途半端に崩したスーツを着たボサボサの髪の束。明らかに慌ててすっ飛んできました、と言わんばかりだ
「いま手術室に。俺が見た限り、右の胸を撃たれてたんですけど。大丈夫ですよね?」
「大丈夫だよ。植物人間になっても、束さんが蘇らせる。さくちんならね」
「ソレはお前のポリシーに反するんじゃないのか?」
後ろから声をかけてきたのは千冬とラウラ。マドカは千冬に担がれている
「ちーちゃん! さくちんを撃ったのはその子?」
「ああ。妹だ」
「情報は掴んでたけど、まさか直接動くとは思わなかった。じゃ、その子は私が見ようかな。いまクーちゃんが私のラボを手配してくれてる。そろそろ着くよ」
「なぁ、千冬姉。そいつは……」
「すまんな、一夏。今まで黙ってて。だが、まだお前が知るタイミングではないんだ。ただ一つだけ言ってやる。お前はコイツじゃない」
「そうか。まだ。ってことは何時か、教えてくれるんだよな」
「ああ。マドカもお前も、私にとっては大切な家族だ」
束に促され、マドカを担いだ千冬はその場を去った。
残された一夏とラウラはただ無言で時計の針が回るのを見届けるだけだった
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千冬達が去ってから何分経っただろうか。息を切らせてやってきたのは紫苑だった。
その顔に不安が無いわけがなく、長椅子のラウラの隣に座ると、現在の状況を聞いてきた
「で、どれくらい経った?」
「およそ45分です。まだまだ掛かるでしょうね」
「そう。一夏君は血液型、何型だったかしら?」
「Aです。どうしてそんなことを?」
「輸血が必要になる可能性があるからだ。ソレくらい察しろ」
「なるほどな。櫻は……?」
「ABよ。となると、私以外は駄目ね……」
「すみません……。俺のせいで、櫻をこんな目に」
突然の謝罪。だが、紫苑は今できる精一杯の優しい笑みで首を振った
「謝ることはないの。もし、ここで一夏くんが撃たれてたら櫻は今の一夏君以上に後悔するわ。櫻が死ななかったのは一夏君が死ぬところを撃たれていたから。それに、櫻には一夏くんに後悔、というのも言葉がおかしいけど、思う所があるから」
それはおそらく、一夏が箒のように櫻を恨んでいるのではないか、という不安。そして、彼らの人生を狂わせてしまった償いだったのかもしれない。
櫻が手を貸さなければ。ISは出来ず、千冬が嵌められることもなく、一夏が拐われることもなかっただろう。
櫻が手を貸さなければ。ラウラのような存在が生まれることもなかっただろう
彼女は自身が犯したことの大きさを良い意味でわかっていない。少なくとも一夏はそう思った
ISがなければ千冬は荒れ続けただろう。
ISがなければ箒と束はすれ違い続けただろう。
ISがなければ、今の自分は全く違う自分になっていただろう
「俺は束さんや千冬姉、櫻がISを作ったことをなんとも思ってませんよ。前にも言ったかな。束さんや櫻と一緒にいる時の千冬姉はすげぇ楽しそうにしてたのを今でも覚えてるんです。今の世界がどうあろうと俺らは流れに乗ってきただけ。その流れの源流にいる3人がどう思ってるのかは知りませんが、俺は今に満足してますから」
「そう。やっぱり櫻は考え過ぎなのよね。ちっちゃい頃からいろんな経験をさせすぎたからかしら。一夏君。いざというときはちゃんと櫻を止めてね」
「それってどういう?」
「言葉通りよ。じゃ、私はお仕事をしてくるわ。櫻の事、お願いね。ラウラ、現時点をもって指揮権を移動。任せたわ」
「Jawohl mein Herr.」
ふふっ。と笑うと紫苑はそのまま何処かへと消えてしまった。
一夏は紫苑の言葉の意味を考えるが、真意が解るのはしばらく先の事になる
「なぁ、ラウラ」
「なんだ」
「いまの紫苑さんの言葉、どういう意味だと思う?」
「さあな。言葉通り、と言っていたんだからそのとおりだと思うが」
「まるでこの先なにかあるとでも言う口ぶりに聞こえた気がしたんだ」
「なるほどな。企業連内の事を少し調べてみよう」
「悪いな。頼む」
「だが、確実なのはオーメルの社長。そして企業連のプレジデントが変わるということだ」
「どうしてだ?」
「櫻の企業連内での支持率は9割を超えている。だが、その櫻がこうなってはな」
「でも、今だって代わりに仕事してくれる人がいる、みたいな事言ってたぞ?」
「その人はあくまでも秘書や副社長にすぎない。このまま行けば、次にオーメル。企業連のトップに立つのは紫苑さんだろうな」
「そうなのか? 他の企業の社長でもいいだろうに」
「現在の社長代行という役職にいるのが紫苑さんだからだ。その手腕は誰もが認める所だしな。それに、櫻の築いた体制が大きく変わらないのが一番大きい」
「なるほどな。アレだけの大所帯だと、変革のリスクだったり、そういうのがあるんだろうしな」
「ああ。櫻が社長に就任した際に、アーマードコアからISへの変革を起こしたが、もちろん反発もあった。ソレを上手くいなしたから櫻の評価が確立されたんだ」
「やっぱり、近いようで遠いんだな」
話の流れを読んだか読まなかったか、一夏の放った一言は、ラウラが先日櫻に言った言葉に通じるなにかがあった。
そして、その時の櫻の顔も、ラウラははっきりと覚えている
「櫻は私達をちゃんと友人として見てくれている。私達が意識して変な視点からみるものじゃない。それが、櫻にとっても一番いいんだろうしな」
「お前も変わったんだな」
「なんだ、藪から棒に」
「いや、まさか転校初日にぶん殴った奴とこんな話をすることになるなんて、と思ってな」
「アレは、その、済まなかった」
「もう気にしてねぇよ。どうしてこう、櫻と関わりを持った人間は変わるんだろうな」
「さあな。私はただ、自分の生きる道を決めたに過ぎない。櫻がそのチャンスをくれた。ただそれだけだ」
気がつけば手術中のライトも消え、中から佐藤先生が出てきた。
「先生! 櫻は!」
「大丈夫と思うよ、弾丸ちゃんと抜いたし、何処も傷つけてないからね。でも、まだ安心はできない」
「…………」
「ごめんね。織斑先生に報告よろしく。これ、書類ね」
「え、あ、ハイ……」
一応櫻は一命を取り留めたらしい。
だが、まだ安心はできないと言われた以上は気を抜けない。
この事実をどう伝えたものか、と2人は暫し悩むことになる