Who reached Infinite-Stratos ?   作:卯月ゆう

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キャノンボール・ファスト

 ついに迎えたキャノンボールファスト当日。

 前日準備も日付が変わるギリギリまで続き、気を利かせた他の先生方が早めに休みなさいと言ってくれたおかげで少し早く床に就いたとは言え、疲労が隠せない櫻。

 今まさに行われている2年のレースの内容が断片的に入ってくる

 

 

「ふぁぁぁ……」

 

「お疲れのようですね、櫻さん」

 

「前日準備があってねぇ……先生方が気を利かせてくれたからまだマシだけど、やっぱりね」

 

「お仕事が増えるのも大変ですのね。そろそろISの用意をしたほうがよろしいのでは?」

 

 チラリと時計を見るとプログラムまであと10分ほどだ。2年のレースも佳境に入っている。

 

 

「ん、2年のサラ・ウェルキンって子、なかなかいい動きするね。候補生か……」

 

「ええ、彼女は基本技能がとても高いレベルでまとまっている印象を受けますわ。私も操縦を習いましたのよ?」

 

「へぇ、基本がいい子はどんな方向にでも尖れるからなぁ。頭の片隅に置いておこう」

 

「サラさんをヘッドハンティングですの?」

 

「ま、そんなとこかな?」

 

 イギリス人の愛国心を甘く見ているわけではないが、彼女は落ちないんじゃないかとどこか思わなくもない櫻に「では、お先に失礼しますわ。いい勝負をしましょうね」と言ってセシリアはピットへ向かった

 

 アリーナをぐるりと見回し、特に目立った混乱もないことを確認すると櫻もピットへ足を向けた

 

 

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「櫻! 機体の最終チェックをお願い」

 

「あいよ~」

 

 ピットに入っても櫻は自身のISを見る暇もなく、シャルロットやラウラの機体の確認に追われ、ノブレスオブリージュを展開したのは移動開始の3分前だった。

 

 黒い飛行機を思わせるシルエットを身にまとい、視界を流れる機体の各種情報に目を通す。

 エネルギー、コントロール、すべて問題なし。実稼働率95%

 

 

「っし、あとはスタートラインに立ってから、だね」

 

 一夏と箒を覗いた6人は全員が高機動パッケージを装備し、機体のあちこちに増設ブースターや削られた装甲などでかなり異なったシルエットを纏うが、櫻のノブレスオブリージュは機体の構成をすべて組み替える。というコンセプト故に、共通部分が全体の10%にも満たないという現象を起こしていた。

 1組2組ではもうお披露目済みだが、簪は初見の相手をどう見切るのか、櫻は密かに期待していた

 

 

「それではISを展開し、スタートラインに並んでくださーい!」

 

 山田先生の一言で空気が一瞬にして切り替わる。ピットから出て、アリーナに入ると櫻は秘密兵器その1を展開。

 肩に1対の追加スラスター。それもACのクイックブーストのように瞬間的に推力を発生させることに重きを置いた装備だ

 

 そして、スタートラインに色とりどりの8機が並ぶ。

 ここで秘密兵器その2、VOB(Vanguard Overed Boost)

 ACでお馴染みの背中につけるデカブツ。圧倒的な推進力でネクストを"飛ばし"ていた代物だ

 もちろん、エネルギー系統は環境に配慮の上、ISの汎用エネルギーによって賄われるため、若干の推力ダウンはあるものの、それでもまだまだ余裕のパワーだ

 

 

『櫻……それは……』

 

 オープンチャンネルで隣の簪から声が届く

 視線の先はもちろん背中のVOBだ

 

 

「そう、VOBだよ。一番槍(Vanguard)は頂くから」

 

『なら、その前に墜とすまでですわね。タワーまで食いついてみせますわ』

 

『私こそが頂に登るのだ。絶対的な力でな』

 

『箒は機体への依存が収まったと思ってたんだけどなぁ』

 

『今回ばかりは技量の要素が減るだろう!』

 

『そうでもないぞ。常に周りを見回し適切な判断についていけるだけの技術がなければ待っているのは墜落だ』

 

『櫻も言ってただろ、勝利の3要素。冷静、賢さ、判断力ってな。空気に飲まれるなんて箒らしくないぞ』

 

『くっ、驕っていたかもしれんな。少し目が覚めた』

 

「ささ、先生からお叱りが飛ぶ前に気を引き締めて」

 

 全員が機体をスタートラインにきっちりと付けて前を見据える。

 静寂に包まれるスタンド。

 神経を研ぎ澄まし、推進系等の出力を少しずつ上げていく。

 

 先生のカウントダウンも聞こえない程に研ぎ澄まされた感覚で視界に映るシグナルを見据える

 

 3... Power OutPut 50%

 

 2... Power OutPut 75%

 

 1... Power OutPut 99%

 

 0... Safety Lock Remove

 

 

 ドン! と言う爆音とともに8機が一斉に飛び出す。VOBの力で言葉通りロケットスタートを決めた櫻は交戦許可が下りるタワー入り口に飛び込むと同時にピンを抜いたグレネードを数個放り投げた

 

 後ろで響く爆音。レーダーでは3機ついてきている。4機は戦線離脱。ついてくるとすれば

 

 

『結構汚い真似するよね! 櫻!』

 

『お前ならこのくらいの真似をすると読んで後方に控えてて正解だったな』

 

『相変わらず手段を選びませんのね!』

 

「ついてくると思ってたよ! ロッテ! ラウラ! セシリアッ!」

 

 

 そろそろVOBを背負ったままだと曲がりきれないカーブが迫る。後ろの3人には申し訳ないがまた大爆発を味わって頂こう

 

 

「前方注意ッ!」

 

 VOBをパージするとコースを1/3は埋めようかという大きさのソレは案の定後ろの3人の進路を制限したようだ。

 

「バーン」

 

 わざと3人が通過したタイミングでVOBを爆破。3人は機体のバランスを崩される

 

 

『っく!』

 

「後ろにも気をつけるべきだったね! ロッテ!」

 

 アドバンテージはおよそ800m、計算より少ないがまぁ、なんとかなるだろう。いざとなればガス欠覚悟でOBを使うまでだ

 空気抵抗をギリギリまで削るために武装を展開していない今、長いストレートで姿を晒すわけには行かないが、タワー内での最長ストレートはせいぜい数百m。問題は次のアリーナを通過するタイミングだ。

 

 エネルギーを可能な限り推進系につぎ込み、ブースターの排気口周辺が赤く染まる。

 カーブに差し掛かるたびにサイドへのQBで強引に機体の向きを変えて3年生も真っ青なスピードでタワー内を駆け巡り、勝負は2ラップ目、問題のアリーナへ突入する

 

 

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「アリーナへ入ったストレートで私が櫻さんを狙撃してバランスを崩しますわ! おふたりはその隙に!」

 

『レールガンを叩き込んで』

 

『ジ・エンドだね。2周めからが僕らの勝負だ』

 

『次のカーブを抜ければ!』

 

 青、黒、灰の3機はいつの間にか英独同盟を組み、櫻を叩き落とすことだけを考えているようだ。

 櫻からすれば、ストレートでの狙撃は想定内だが、共闘されればどうなるかはわからない

 

 

『行きますわ!』

 

 ロックオンの警報を鳴らさせる隙も見せずに一瞬で放たれたレーザーは……避けられてしまった。

 真横へのQBでぎりぎりのところで回避されてしまったのだ。チャンスはもう1度あるかないか。

 

 ラウラがレールガンをチャージ、シャルロットが狙撃銃を構える。そして4条の弾丸は避けるスペースを与えずに櫻へと直撃した

 

 

『んぐッ!?』

 

 オープンチャンネルで聞こえた呻きに3人はこの場での勝利を確信する。

 スピードが下がり、見る見る差が縮まるのをいいことに3人はその後も一方的に射撃を続けた。

 

 

 そして再びタワーへ突入する頃には3人がひとかたまりでトップ集団を形成、少し遅れて櫻がついていくという逆転劇を演じてみせた

 

 

「では行きましょう。私の行進曲(March)についてこれまして?」

 

『見くびらないでよっ!』

 

 そして始まる3人の重砲撃戦。セシリアがライフルで牽制すればお返しと言わんばかりに実弾が雨あられのように降り注ぐ。

 ラウラは2門のレールガンを上手くつかい、2人同時にロックし動揺させて狙いすました一撃をかましていた。

 だが、全ては3人の操縦技術と、よくも悪くもぴったりな息によってかわされ、往なされ、時には爆発さえも自身の推進力にするほどに白熱していた。

 櫻は虎視眈々とタイミングを見計らうかのように一定の差を持ってついてきている

 

 

『櫻ッ! 今度は練習の時みたいには行かないよ!』

 

『さぁどうだかね!』

 

『無駄口叩く暇があるのか?』

 

「おふたりとも会話をするほどの余裕がおありのようで。インターセプター!」

 

 セシリアはいきなり物理ブレードを呼び出すと前に放り投げた

 壁に弾かれ、金属の槍となり2人を襲う。

 

 

『こんな使い方もあったんだね! っと、危なかった』

 

「あと半分。上げていきますわ!」

 

 

 言葉通りに戦闘は更に激しさを増し、先ほどの2年のレースよりも激しい展開になっていた。

 だが、3人の頭には共通の懸念事項"櫻はいつ仕掛けるか"がある。櫻もソレを意識した上で一定の差を付かず離れずでついてまわっていた

 

 ――櫻さんはいつ来ますの?

 

 

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 ――櫻はいつ攻めてくるんだろう?

 

 攻撃の手は緩めず、アサルトライフルをばらまきながら頭の片隅で考える。

 タワーの頂上を過ぎ、下りの区間に入った。あと残るカーブは8つ、長い直線も無い。

 

 ――OBはエネルギー的に厳しいはず。ソレに武装も……。いや、新しいものが積まれてるかも……

 

 カーブを1つ、2つと過ぎてだんだんと緊張が高まる。

 セシリアのビームが相変わらず小賢しく、ラウラのレールガンも狙いの正確性や同時に2発撃たれるということもありシャルロットの緊張は極限まで高まっていた。

 だからこそ5感はフル稼働状態で今ならシックス・センスまで使えそうな気がしている。

 音速を超える速度で飛び回りながらの戦闘など目で見るよりも感覚で動いているといったほうが近いかもしれない、恐らくは他のみんなもそうだろう。

 

 

 ――櫻、いつくるんだい?

 

 

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 ――いつだ、どのタイミングだ!?

 

 ラウラもまた櫻のプレッシャーに押されつつも、セシリアの狙撃を躱し、シャルロットの弾幕の薄いところを通り抜ける。

 そして見切りをつけてレールガンを叩き込み、2人を牽制する。

 高機動戦闘はアリーナでの模擬戦や、実際の戦闘経験が多いラウラが圧倒的に強い、なんてことにはならない。

 ほとんどイコールの条件。ラウラは昂らざるにはいられなかった。湧き上がる興奮、頭がオーバークロックで回るかのように冴え渡る

 

 超高速でカーブを抜けていく。残すはスピードを落とさざるをえないヘアピンカーブとアリーナへ続く高速カーブのみ。

 

 

 ――櫻、いつ仕掛ける!

 

 

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 ――さて、そろそろ。エネルギーは心許ないけど。一度きりのチャンス!

 

 オーバードブースターにエネルギーを回す。もう肩のブースターもいらない。すべてを前へ進む力に

 

 ヘアピンカーブに入るために減速、ここで少し早めに速度を落とし、カーブの内側の壁ギリギリを通って早めに加速。そして、

 

 

「ッケェェェェェェああ!」

 

 白い翼をはためかせて一気に3人に迫る。集中砲火が襲うがここで最後の切り札

 

 

「アサルトアーマーァァァッ!」

 

 視界が白に染まる。"4人"のシールドエネルギーがみるみる減っていき、ゴールラインをトップで通過したのは……

 

 

 一筋の閃光だった


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