高町なのは、ユーノ・スクライア、織斑千冬、そして篠ノ之束の四名が時空管理局次元航行部巡航艦船「アースラ」所属の民間協力者となってから、おおよそ5日余り。フェイト側が確保している6個と合わせて、合計15個の存在が確認されているジュエルシードだが、その後一向に発見されなくなっていった。管理局側のワイドエリアサーチ、束のジュエルレーダーでさえもまるで反応しない。これまで様々な状況で見つけ出されていたのに、まるで一斉に雲隠れしたようだ。
もしかすると、残りは地球ではなくまた別の次元にばら撒かれたのかもしれない。アースラ艦内のミーティングではそういう意見も出た。しかしリンディは、これ以上の捜索範囲の拡大に関しては消極的な態度を取る。複数の世界で同時に探索を行うには、武装局員の人員が足りないのだ。本局から増援部隊を要請すればいいのだが、それでは余り大規模な行動になって、ジュエルシードの他にもう二つある捜索対象に感づかれ逃げられてしまう。
それは、既に確認されているフェイト・テスタロッサと、更に優先度の高い目標がもう一つ。彼女の母親と予想され、26年前に大魔導師として次元世界に名を馳せたプレシア・テスタロッサだ。
アースラ艦内のメインコンピュータに保管されているパーソナルデータによると、ミッドチルダ中央技術開発局に務めていた彼女は、魔導実験の事故による影響で中央から地方へと放逐され、数年間地方での研究に従事していたが、その後行方不明となっていた。家族と行方不明になるまでの詳しい行動は綺麗に消去されている。恐らく足が付くのを嫌った彼女自身、もしくは研究関係者によって、何らかの方法で消去されてしまったのだろう。
このことから、データ的に追跡するのは現時点では不可能。本局からのデータは一両日中に届く予定だが、果たしてそれでどれほどの証拠が掴めるものか。また、ジュエルシード争奪という表舞台にも全く姿を表していないことから、逆探知による魔導的追跡も不可能だ。
一方フェイト・テスタロッサも、巧妙に姿を隠しているのかはたまたプレシアと合流したのか、何度かジュエルシードの捜索隊とニアミスを繰り広げた以外は全く足跡を掴めていない。
要するに、アースラ側としては今のところ全くの手詰まりなのである。
折角協力してくれたなのは達にも、ひたすら艦内における戦闘訓練や魔法に関する知識の教授以外何も成すことがない。彼女たちだけが動いていた時は状況もかなり激しく動いていたようだが、アースラが参加した途端にぷっつり、と停滞してしまっていた。
しかし、それらは全て、嵐の前の静けさ。なのは達と管理局、そしてプレシアの持つ風が奇妙に合致して収まった言わば凪の状態。いずれ崩れる、仮初めの平穏であった。
そして、アースラ介入後から6日目の真昼。厚く黒い雲に覆われた空の上、一人の少女の身を砕くような献身が嵐を起こす。それは、この事件に関わるもの全てを巻き込み、そして“ほとんど”全ての予想を裏切る方向で荒れ狂う。
「なんとも、呆れた無茶をする娘だわ」
凶行に出た驚きと、年幼い少女に対する若干の労りを込めて、リンディはそう状況を纏めた。
海に隠れていた、残り6つのジュエルシード。その全てに、同時に魔力流を流し込み、強制的に活性化させて詳細な位置を突き止めた上で、纏めて封印する。なるほど見事な作戦だ。位置の確定、そして封印、この二つを同時にやられては他所が介入する隙は生まれない。撤収する際の追撃さえ凌げば、残りの6個は丸ごと自分のもの、ということになる。
だがそれは、余りにも無謀すぎた。一つでさえごく小規模ながら次元震を起こしうるジュエルシード、纏めて6個分。封印するだけならともかく、活性化させて、それで更に発生するエネルギーまで抑えることを計算すると、AAAランクの魔力でも補いきれないのは当たり前だ。
今までの戦術からして、その程度のことは当然分かっているはずなのだが。敢えてこのような机上の空論に頼らざるを得ない限り、フェイト、そして後方に居るプレシアさえも、相当に追い詰められているのではないかと、いい方向に勘ぐることも出来る。
「とにかく、ここまでの無茶に僕らまで付き合う道理はない。彼女がダウンした時を狙ってジュエルシードごと彼女を確保。よしんば封印に成功したとして、力尽きた彼女をほぼ無抵抗で捕縛できる。だから、ここで何もせず見ているのがベストなんだ」
クロノが語る。それは、緊急時ということでブリッジに集合していた、なのは、ユーノ、千冬に対しての説明だった。
しかし、数回同じことを説明されても、未だ納得の出来ていない少女が一人。
「でもっ! それじゃあ、フェイトちゃんを見殺しにするってことじゃないですか!?」
高町なのはだ。小さい口を精一杯開いて、クロノに、そしてその場に居るアースラクルー全員に問いかけるような訴えだ。
なのはは単にフェイトを倒し、ジュエルシードを集めるために参加したのではなく、フェイトの事情を知りたくてぶつかり合う。その程度のことは、リンディもクロノもとっくに承知していた。彼女自身その方針を隠すことが無かったからだ。
当然、今回の管理局側の作戦に対し反発するのも想定の内だった。だから、少女の心からの訴えに、周囲の大人は皆苦い顔をしながら何も言わずに目を背け、自らの責務に没頭する。
「別に見殺しにするというわけじゃない。彼女のバイタルを観測して、危険値に達した瞬間に君たちと一緒に突入する予定だ。万が一はあるかも知れないが、可能な限り未然に防ぐ。彼女も重要な証人になるのだから」
ある意味ダダを捏ねるようななのはに対して、まともに向き合い説得するのは、まだ子どもと大人の境界線上にいて多少なりともなのはの気持ちが理解できるクロノと、
「なのはさん? これが一番、犠牲と消耗の少ない解決法なの。私たちにはフェイトちゃんだけではなく、その裏にいる存在への対処だって控えている。ここだけに、全力を投入する訳にはいかない。頭のいいなのはさんなら、きっと分かってくれると思うのだけど」
艦内の統括者にして四人の少年少女の責任者でもあるリンディだけだった。
二人は根気よく話し、説得していた。それは、なのは以外の三人が不承不承ながらも一応は承知してくれた事からも受け取れる。
しかし、なのはは頑固だった。何度話しても首を縦に振らず、その目はクロノやリンディから離れ、ひたすらにモニタへと向けられていた。
そこに映っていたのは、6つのジュエルシード相手に振り回され、痛めつけられるフェイトの姿。側に寄って防御に尽力するアルフの力も届かず、バリアジャケットの傷は段々と増えていき、デバイスの刃に宿る金色の光は薄れていく。
――フェイトっ! もう無理だよ! そんな魔力じゃ!
――大丈夫、大丈夫だから……
モニタの音声はとっくに切られているはずなのに、なのはの胸の中ではそんな悲鳴が確かに響いていた。
泣いている。口では強がって、歯を食いしばって、目をきっと開いているけれど。
フェイトちゃんは、心の中で泣いている。
――もう、ちょっとで……うあっ!
ああ、ジュエルシードの一つに、今にも手が届きそうだったのに。敢え無く跳ね飛ばされて、そのまま別のジュエルシードにも吹き飛ばされる。
そのまま弾かれたピンボールのように飛ばされ続けるところを、どうにか踏ん張って、また強大な竜巻、嵐へと挑んでいく。
助けたい。あれは、幼い時の高町なのはに似ているから。
お父さんが怪我をして、家族皆が苦労していても、自分だけが何も出来ない無力感、悔しさ。
それと同じものを今、制御できない魔力の渦の前で、あの子もきっと感じているはずだから。
勿論、なのはの心の中にあるのはそれだけではない。命令を破り、飛び出すことのデメリットだって気づいている。
そう、確かに、あれはフェイトの無茶だ、無謀だ、自業自得だ。そしてそれを助けることなんて、もっと無意味だ。頭の中の理屈がそう判断していた。
それは、なのはが今までフェイトを倒すために練り上げてきた戦術と、それを考えるための頭脳。ひたすら熱いものに突き動かされて鍛えられてきたはずのそれが、皮肉にも今はひたすら冷たい決断を促して譲らない。
それに、今フェイトの所に駆けつけるのなら、なのはは自分だけでなく、ユーノや千冬の力も借りなければいけない。転送魔法を組むことは今のなのはには出来ないし、ひょっとすると誰かが止めに来るのかもしれないのだから。
けれど、二つの暖かい声によって、その迷いもあっという間に打ち破られる。
(なのは、僕がゲートを開いて転送するから、早くあの子を!)
(なに、後のことは気にするな。執務官とかいうプロの魔導師と、一度やりあってみたかったしな)
二人の優しい念話が届くのだ。自分たちにまで責任が被る事を恐れず、共犯者になってくれるという。
ああ、私はなんて恵まれているんだろう。
こんなに自分のことを理解してくれる友だちが居るのだ。
そして、トドメとばかりに、レイジングハートの通信回路から飛び込んできた声。
『なのちゃんは飛べるよ。その翼で、どこまでだって。その手で打ち抜けるよ、涙も、痛みも、運命も。だから、飛ぼうよ』
そうだ、その通りだね、束ちゃん。
今の自分には、フェイトちゃんを助けるための、小さいけど杖を握って離さない手があって。
フェイトちゃんが居る空高くまで飛んでいって、肩を貸してあげられる翼があって。
そして、自分の足元を支えてくれて、送り出してくれる友だちがいる。
そんな時、飛び出さなかったら、きっと、一生後悔する!
「な……何をするんだ、君はっ!」
ユーノの魔法によって、突如として開いたゲート。行き先は、海鳴市海上。クロノは驚愕して振り返るが、リンディは目をそっと閉じて、これあるかな、と閉じた口の中で呟いた。
千冬が木刀を持って立ち塞がる。ユーノも両手を広げ、誰も一歩も通さない覚悟だ。二人の頼もしい背中を見ながら、なのはは凛とした声で宣言した。
「ごめんなさい! 高町なのは、命令を破って勝手な行動を取ります!」
転送の光の柱。それに包まれて、なのはの身体は海上上空へと放り投げられた。
「よし! ユーノ、私たちも行くぞ!」
「うんっ、て、ちょっと、千冬も行くの!?」
「当たり前だ! 空は飛べんから、ちゃんと近くの陸地に降ろしてくれよ!」
無茶言うなぁ、という愚痴と一緒に展開される、二回目の転送魔法。先程よりちょっとだけ慌ただしく、残りの二人も魔法陣の中に掻き消えた。
「艦長! 直ちに――」
三人の蛮行を見て、僅かな怒りと危険事態への焦りに顔を歪ませたクロノが、三人の確保と事態への介入の許可を求めるが。
リンディは無言で首を振り、やんわりと止めた。
「何故です!? 母さ……いえ、艦長」
「これもある意味、ベストではないにしろ、ベターな作戦になり得るからです」
公人としての態度を振り切り私人としての憤りを発するクロノだが、リンディは既に、なのはたちの独走をも作戦の計算に入れていたのだ。
「考えてみなさい? もしフェイト・テスタロッサが封印に失敗したとして、それで私たちが突入する間には少しだけタイムラグが発生する。その間に、6つのジュエルシードが全て、完全な暴走状態に突入したら?」
「ッ……間違いなく、中規模から大規模の次元震が引き起こります」
「そうしたら、私たちの装備ではもう手のつけようがない。無論、そうなる可能性は限りなくゼロに近いけれど――決して、ゼロではない」
実のところ、リンディとしてはフェイトが完全に追い詰められてからではなく、もっと早期に部隊を投入するのも、安全策としてはアリなのではないかと考えていたのだ。
問題はそのタイミングを計ることにある。フェイトにまだ十分な余力が残っていたら脱出される可能性も起こるからだ。だから、クロノは確実な確保を重視して、フェイトがノックダウンした後に突入する作戦を提案していた。
これは両者の見方の問題である。安全なジュエルシード確保を優先して、折角手の平に舞い込んできた事件早期解決のチャンスを逃し、雲隠れされても仕方ない状況へ持ち込んでしまうか。それとも逆に、ほんの僅かな危険性を無視して、解決への最も確実な糸口を掴み、これ以上の戦闘を回避するか。
「……なるほど。浅慮でした」
一方の可能性を考慮から外していたクロノは深く頭を下げたが、どちらが正しいかは、リンディにも判断できない。
とかくデリケートな判断である。それが正しいかも、事件が終わってみないと分からないのだ。
「とにかく、もう状況は動いてしまったわ。だとしたら、今の私たちに出来る事は、それを出来るだけ有利な方向へと持っていくことだけ。どうします、執務官?」
「……でしたら、暫くここで待機します。一人で駄目でも、なのはと二人の魔力量なら、6つのジュエルシードを完全に制御下における可能性も高くなってきますから」
「どっちみち、フェイトさんは限界に達するでしょうしね。もし二人がかりで駄目なら、その時こそ、お願いね?」
提督として、信頼ある執務官に対する目線。それにクロノも深く頷き、手に握っているカード型のデバイスを更に強く握り直した。
しかし、この戦いが終了するまで、クロノもリンディも結局アースラのブリッジで待機したまま、何も身動きを取ることが出来ず終いになってしまう。
何故か。
それは、なのはとフェイトの合体魔法で、ジュエルシードが纏めて封印されたその時。
極めて大きな質量の転移反応と同時に、海鳴市の海浜、その全体が、強固な多重結界によって完全に覆われ、外部からの介入を完全に防いでしまったことと。
アースラに次元跳躍魔法が直撃し、一時的な機能不全から復帰した直後。メインコンピューターがハッキングを受け、完全に機能を停止してしまったからだ。
次回は日曜日の18:00です。
以下、最終決戦。
どうなるどうするなのはちゃん。