階段を駆け上り、レック達は塔の屋上にたどり着く。
屋上にはなぜか民家が1軒建っており、そこの煙突からは煙が出ている。
「あの中に…ミラルゴと、イリカ姫が…」
「なら、さっさとあのインチキ魔術師をぶっ倒して、その姫さんを助け…?何だ…?」
勝手に民家のドアが開き、その中から仮面で顔を隠したミラルゴが出てくる。
なぜかゼイゼイと息を荒らげていて、右手には透き通った青い光が刃代わりとなっている片手剣が握られていた。
(なんだろう…?あの剣?すっごく嫌な感じがする…?)
剣を見たバーバラの脳裏にそれと同じ剣を握った機械の姿が浮かび、だんだん顔が青くなる。
「どうしたんだ?バーバラ」
彼女がそんな様子になったのは初めてで、どうしてかわからないレックは本当に体調を悪くしたのかと思っていた。
「その…あの剣、とっても嫌な感じがして…」
「ふ、ふふふ…この剣のこと、知っているみたいですね…。これは魂砕きの剣。禁呪法で生み出した、魂で生み出す剣です」
「聞いたことがあるぜ。そいつは普通の剣じゃない。斬られた相手の魂を…文字通り砕いてしまうのさ」
魂を砕かれた人間は昏睡状態に陥り、賢者や高名な僧侶、シャーマンによる治療を施さなければ意識を取り戻すことができず、仮にその治療を受けたとしても回復する保証はない。
また、他の禁呪法によってその人間を自分の意のままに操ることができるという。
その場合、その人間は意識を取り戻しはするものの、人格は操る人物には絶対服従する上にほかの誰かを傷つけることに罪の意識を抱かない邪悪なものになってしまう。
「この剣のことを知っているとは…ただの旅人には見えませんね…」
「いいや、俺はただの旅人で、語り部さ。その肉体、霊薬で強めてるんだな」
クリムの知る魂砕きの剣はやわな人間に扱える代物ではない。
適性のない人間がそれを手にした場合、数秒で魂ごと砕け散ってしまう。
適性としては熟練レベルの戦士並みの体力や身体能力が要求される。
ただし、その剣を手にした人間は個人差があるものの、憎しみなどの負の感情に支配されていき、魂が砕けることはないものの、最終的には発狂し、もだえ苦しむようになる。
そうなると大部分の人が命を落とし、仮に助かったとしても一生廃人になる。
「エリック…!もはや生まれ変わりすら許すわけにはいきません…。この剣で魂を砕き、私の傀儡にして差し上げましょう!!」
「そうはさせませんよ!!」
アモスエッジを手にしたアモスがミラルゴにとびかかる。
魂の剣を受けるわけにはいかないため、この一撃でケリをつけたいと考えていた。
しかし、ミラルゴは魂の剣で受け止める。
受け止められた瞬間、アモスの表情が凍り付く。
両手で力いっぱい振るったにもかかわらず、ミラルゴは片手で握ったその剣だけで受け止めており、おまけに左手で印を切る余裕がある。
「呪文が来る!!離れてください!!」
「く…だったら!!」
このままさらに力を込めて突破しようと、アモスは闘気の呼吸を始める。
同時にミラルゴは印を切り終えた左手を彼に向けてかざす。
「ベギラマ…」
左手から放たれる閃光を受けたアモスは大きく吹き飛ばされた。
闘気を発動したことである程度それが盾替わりとなったおかげでダメージを抑えることはできたが、それでも胸部や両腕を火傷して、頭をぶつけたためか気絶してしまった。
「嘘だろ…?アモスさんの一撃を片手で、それに呪文まで…」
「やはり…片手ではベギラマが限界ですね。ですが…お前を殺すには十分だ、エリック」
「く…!」
目の前の魔術師の恐ろしさを感じ取ったエリックの頬から流れる汗が床に落ちる。
魂の剣を使いこなす上に、高等な呪文まで操ることのできる彼をどうしたら倒すことができるのか。
恐怖を感じているが、それを体に出していないだけでも大したものだろう。
「死ねぇ!!」
左手で放つベギラマを魂の剣の刃に宿し、エリックに向けて振るう。
炎を宿した剣閃がまっすぐエリックに向けて襲い掛かる。
この一撃でも、まともに受ければ魂の件の力で魂を砕かれることになる。
「フォーン王!!」
破邪の剣の炎を宿したレックは剣閃を受け止める。
だが、霊薬によって強化されたミラルゴの剣術のせいか、それとも彼自身の魔力が高いせいか、強い力が感じられ、両手を使って受け止めるのがやっとなくらいだ。
おまけに、剣閃を受け止めてから、段々レックは自分の腕の力が鈍くなっていくのが感じられた。
「バーバラ!!ヒャダルコで剣閃を弱めてくれ!!」
「う、うん!!!」
「そうはさせませんよ!!」
ヒャダルコを唱えようとするバーバラにミラルゴが左手をかざす。
その直後にヒャダルコを唱えたが、いつまでたっても氷の刃が発生しない。
「え、ええ!?どうして!!どうしてヒャダルコが出せないのぉ!?」
「残念。あなたの呪文はマホトーンで封じさせてもらいました…」
ミラルゴの目利きでは、レックのパーティーの中で一番魔力を持っているのはバーバラで、呪文攻撃の要と言える。
その彼女の呪文を早めに封じ込めることで、相手の有効手段を肉弾戦に限定させていく。
だが、今のミラルゴは霊薬によって体が強化され、更には魂の剣を持っている。
自分が有利となる条件は整っている。
「レック!!」
飛び出したチャモロが口から氷の息を吐き、それがレックとミラルゴの間を冷気で満たしていく。
その冷気で威力が弱まった剣閃をレックは力いっぱい上空へ向けて打ち上げる。
ミラルゴの攻撃を凌ぐことができたレックはようやく自分の体をびっしょりと濡らしている嫌な汗の存在に気付くことができた。
「あの剣の攻撃…受け止めるだけでも駄目だ!力が抜けてしまう!!」
「くそ…!どう戦えばいいんだよ!?」
「は、ははは…今の私に弱点はありません。おとなしく…おとなしく私に魂を砕かれなさい…」
急に素早くなったミラルゴは着用している紫の分厚いローブ姿には見合わぬ軽快さを見せながら、フォーン王の盾になるように立ちはだかるレックに魂の剣を振るう。
「フォーン王は離れてください!彼は危険です!!」
「だ、だが…それでは君が…」
「しのもの言わずに、来い!!」
ハッサンが無理やりエリックを引っ張って後ろに下がらせる。
再びブレス攻撃の準備を整えたチャモロだが、どんどん早まっていくミラルゴのスピードに狙いを定めることができず、タイミングが計れない。
それはミレーユも同様で、近づけば間違いなく巻き込まれてしまうために援護することすらできない。
「こんなスピードまで…!」
「ふふふ…エリックの口車に乗せられて、私とイリカ姫の聖域に踏み込んだこと、後悔するがいい!!」
分身しているように見えてしまうほどのスピードで何度も切りかかってくるミラルゴの魂の剣をレックは破邪の剣で受け止めていく。
しかし、受け止めるたびに力が抜けていき、おまけに受け損じた剣は精霊の鎧をかすめる。
山の精霊の加護を受けたこの鎧を着ていなかったら、今頃魂の剣の餌食となっていたかもしれない。
(まずい…このままでは、全滅してしまう…!)
自分だけが死ぬのならばともかく、ラーの鏡を持ってきてくれた上に、ここまで付き合ってくれたレック達を巻き込んで死ぬのだけは、フォーン王には我慢することができなかった。
それに、まだ前世のエリックの願いかもしれないイリカ姫の解放すらできていない。
たとえ自分が死ぬとしても、せめてそれだけは成し遂げたい。
意を決したエリックは自分をつかむハッサンの手を振り払い、レックの元へ走る。
(前世の私…エリックよ、神よ、どうか私にご加護を!!)
大きく跳躍したエリックはレックの前に立ち、それを見たミラルゴはエリックの正面で一瞬動きを止める。
「私を…殺せ…」
「な…?」
「私の魂を砕けるものなら砕いてみろ!!たとえ魂を砕かれようとも、イリカを貴様には渡さん!!」
「エリック…エリック、エリックエリックエリック!!貴様ぁぁ!!」
魂の剣の副作用が出たのか、激昂するミラルゴは魂の剣をエリックの腹部に突き立てる。
皮膚を貫いた刃は徐々に体内へと侵入していく。
「フォーン王!?」
「これを…待っていた!!」
フォーン王は刺さっている魂の剣の刀身を両手でつかむ。
驚いたミラルゴは一思いに砕いてやろうと力を籠めるが、なぜか魂の剣はびくともしない。
「今だ…!!」
「うおおおお!!」
「しまっ…!!?」
それがレックに決定的な隙を与えることになった。
ミラルゴの背後に回ったレックは破邪の剣で彼を縦一文字に斬った。
斬られたミラルゴの体に傷は一つもついていないが、彼は苦し気に息を荒らげながらその場にうつぶせに倒れた。
フォーン王は腹に刺さった魂の剣を引き抜き、投げ捨てるとその場に座り込む。
「フォーン王!!あんた、なんて無茶を!?」
「そうでも…しなければ、イリカ姫を助けられない…だろう…?」
「奴のあんたへの…あんたの前世への強い殺意を逆に利用したってわけだな」
クリムは魂の件が刺さった腹部を見る。
魂の剣はあくまで切った相手の魂を砕くだけのもので、体を傷つけない点は破邪の剣と共通している。
実際、刺された箇所は無傷で、苦しんでいるのは魂を傷つけられたためだ。
クリムは目を閉じ、静かに瞑想し始めた。
10数秒の瞑想によって、エリックの体が回復していく。
「ふうう…感謝する…」
「気にするな。ま、無茶とはいえあんたの勇気に答えただけだ」
クリムは再び酒を飲み始める。
その中で、ミラルゴはうめき声を上げながらも、立ち上がろうとしていた。
「まだ…まだ、だ…。エリック…」
「見て、ミラルゴの体が!!」
破邪の剣の斬られたせいなのか、ミラルゴはまるで生気を失ったかのようにやせ衰えていき、つけていた仮面も床に落ちる。
ほとんどが骨と皮だけになっていき、背丈もバーバラよりも低い100歳以上の老人へと変わっていく。
「きっと、彼が何百年も生きることができたのは、彼の心の中に生まれてしまった魔物が原因みたいね…」
「あり得る話だな。人間に魔物がとりつく、なんてことはな」
昔から、負の感情に支配された結果、魔物にとりつかれたという話が後を絶たない。
とある国の王が家族を守れなかった無念を魔物に魅入られ、とりつかれて長い間怨念をまき散らし続けた話がある。
また、復讐鬼に身を落とした男が人間の範疇を超える力を手に入れ、それが魔物にとりつかれてしまった結果だったという伝説もある。
寿命の概念が存在するこの夢の世界でも、同じようなことが起こっても不思議ではない。
「これが…ミラルゴの顔…」
塔の中で見た美男子の顔とは程遠い、焼けただれたドクロのようなミラルゴの素顔にエリックは息をのむ。
素顔を見られてしまったミラルゴは膝をつき、その顔を右手で隠す。
「なぜだ…なぜ生まれ変わってなおも私の邪魔をする。私には…私には、イリカ姫しかいなかったというのに…!!こんな顔で生まれて来て、誰にも愛されなかった私には…それを貴様は、貴様は!!」
醜い顔で生まれたミラルゴは生まれてすぐに両親に捨てられ、孤児院に保護されてからもその容姿から周囲に敬遠され、愛を得ることができないまま育った。
顔を仮面で隠したミラルゴは苦学の末に優秀な魔術師の成長し、宮廷魔術師となった。
その時にイリカと出会い、彼は彼女の魔術師の授業の先生となった。
そんなある日、授業の質問をしに自室へやってきたイリカにミラルゴは自分の素顔を見られてしまった。
しかし、イリカは醜いミラルゴの顔を見ても怖気づかず、自然に接してくれた。
そして、その顔のせいで誰にも愛されずに生きてきた彼の過去を聞き、彼のために悲しんでくれた。
自分のために泣いてくれた上に、自分の顔を見ても普通に接してくれたのはイリカ一人だけだった。
「ミラルゴ…」
フォーン王は顔を隠すミラルゴの前で片膝をつき、彼と同じ高さで彼を見る。
前世の自分とイリカを引き裂いた彼に対して残っていたのは深い哀れみだけだった。
そんな中、民家の中から誰かが出てくる足音が聞こえてくる。
「まさか…イリカ姫…」
「奴の魔力が失われたことで、解放されたみたいだな」
鏡の中ではない、自分の目の前に立っているイリカにフォーン王は驚きを感じていた。
同時に、自分の胸に熱いものがあふれるのを感じた。
「ミラルゴ…あなたの思いには気づいていました」
「姫…」
イリカに顔を向けることなく、顔を隠したままミラルゴはうずくまる。
本当はこんなことをしてもイリカを得ることはできない、イリカは永遠にエリックを愛するままだということは分かっていた。
それでも、自分を憐れんでくれたイリカがほしかった。
そんな彼女の思いを踏みにじった罪の意識がよみがえり、顔向けできない。
「ごめんなさい…私には、あなたの思いにこたえることはできません。私への思いが、あなたに魔物を宿らせ、何百年もの間苦しませてしまったのですね…」
(ミラルゴ…)
急にフォーン王の体から青い光があふれ、その中から彼に似た青い幻影が現れ、フォーン王は気を失った。
「エリック…」
(ミラルゴ、あなたはそれほどまでにイリカを…彼女を愛していたのだな。お前にとって彼女は太陽だった。その思いを、私の存在が暴走させ、このようなことになってしまった…。すまない、同じ女を愛する私が、一番理解しなければならなかったのに…)
「今更…今更詫びのつもりか!?エリック!私の愛を奪っておいて、お前は…!」
(そうだな…。だが、お前はもっと真っ当な形で伝えなければならなかった。そうすれば、きっと彼女は…。彼女はお前の顔を怖がることはなかっただろう?)
エリックの言葉にミラルゴははっとする。
イリカに顔を見られた後、いくらでも彼女に告白するチャンスはあった。
常に自分の醜い顔がコンプレックスとなり、彼を束縛していた。
それを棒に振り続けたのは自分自身で、結局その間に彼女はエリックと出会ってしまった。
「どうか…戻ってください。私に魔術を教えてくれていたときの、優しいミラルゴに…」
「姫…ああ、そうか。たったそれだけでよかったのか…。フフフ、滑稽だな、私は。滑稽な私を笑ってくれたまえよ、エリック…」
(ミラルゴ…)
「生まれ変わったあなたに伝えてくれ…イリカ姫を頼むと…さらばだ…」
顔を隠すのをやめたミラルゴはどこか穏やかな表情を浮かべながら力尽きた。
一瞬で肉体は砂となり、風と共に飛んでいった。
そんなミラルゴの亡骸を見つめたエリックは消えていき、気を失っていたフォーン王は目を覚ました。
「フォーン王…」
「前世の私が…言っていた。イリカ姫を幸せにしてほしいと。それは、奴の願いでもある…」
きっと、それはフォーン王もまたイリカを愛しているからだろう。
だからこそ、前世の自分もミラルゴも託してくれた。
自覚できたのは今になってで、自分の中の謎の解明にこだわっていたせいで、分かっていなかった。
「イリカ姫…」
「現実世界でお待ちしております…」
優しい笑みを浮かべたイリカが消えていくとともに、レック達の周囲を白い光が包み込んでいく。
「これは…!」
「きっと、現実世界へ戻るんですよ。驚くことはない」
「ああ。さてっと、俺はここで起こった物語をどう描くか、考えないとなぁ」
光に包まれ、レック達の周囲には何も見えなくなる。
光が消えると、そこは湖近くの遺跡だった。
「戻ってきた…」
「ファルシオンも…いるな。はぁ、良かったぜ…」
遺跡のそばでずっと待ってくれていたファルシオンに回復呪文で回復したハッサンは頭を撫でる。
「あれ…?クリムさん、いなくなってる!!」
バーバラはキョロキョロと周りを見渡すが、幸せの国の時のように、彼はまたも煙のように姿を消してしまっていた。
一度ならず二度までも、彼はレック達の前から消えてしまった。
「また、聞くことができなかった…」
少なくとも、自分たちに害のない動きをしているのは分かるが、結局彼は何者なのか?
それを知ることができず、残念に思いチャモロだが、今はまだやらなければならないことがあった。
「すまない、疲れているとは思うが、急いでフォーン城まで戻ってほしい…。イリカ姫を迎えに行かなければ…」
きっと、彼女は地下の鏡の中でフォーン王を待っている。
今の彼は少しでも時間が惜しく、彼女を現実世界へ連れて帰りたかった。
「そういうことなら、みんなさっさと乗れ!フォーン城まで飛ばすぞ!!」
御者台に乗ったハッサンは大声でレック達を急かし、彼らが乗ったのを確認すると、さっそくファルシオンをフォーン城へ進めさせた。