フォーン城から北へ向かったところにある砂漠。
その中央には湖と古い時代の物と思われるがれきが存在する。
フォーン王と共にそこへ向かったレック達は彼と共にそのがれきを調べていた。
「間違いない…使われている石、そして様式。やはりあの時代の物だ…」
「でも、廃墟としてはガレキが少なすぎるわね…」
10階以上の高さを誇る塔が存在したその場所に残っているガレキはわずかで、土台部分はポッカリと穴になっている。
通常の放置された、もしくは壊された塔にしてはあまりにも不自然そのものだ。
おまけに、魔物が近くにいるわけでもないのに空気が不自然なまでにピリピリとしている。
「となると、やはりミラルゴがこの塔と共に…?」
ラーの鏡が光っていて、何かがあると感じたレックは鏡でがれきを映す。
すると、大穴の中央に現実世界の夢の世界を繋ぐ大きな魔法陣が出現した。
「な、何なのだ!?その魔法陣は…。まさか、あの先にイリカとミラルゴが…!?」
「そうかもしれねえけど…よぉ?」
迷うハッサンは視線を鏡を持つレックに向ける。
一緒にここへ行った以上はもうフォーン王への義理は果たした。
あとは彼を城に返して、自分たちはこの魔法陣から夢の世界へ行って、カガミ姫の謎を探ればいい。
フォーン王を連れて夢の世界へ行くとさすがに面倒なことになりかねない。
「フォーン王様。ここからは私たちだけで向かいます。城までお送りしま…」
「いや、その必要はない」
「ええーーー!?王様、危ないよぉ」
ズカズカと魔法陣に向けて歩いていくフォーン王の前にバーバラが飛び出し、両手を広げて彼を止めようとする。
だが、彼の眼にはもはや魔法陣しか見えていないようで、バーバラをどかして進んでいく。
「自分の目で見て、確かめる。それだけだ!」
魔法陣に飛び込んだフォーン王が青い光に包まれ、姿を消してしまう。
この先に何があるかわからない以上、フォーン王を一人にするわけにはいかなかった。
「くそ…!俺たちも行くぞ!」
「はぁぁ、また面倒なことに…」
「でも、もしこの魔法陣が本当にミラルゴがいる場所につながっていたら、それってすごいことだよねぇ!」
ハッサン、アモス、バーバラが次々と魔法陣に飛び込んでいく。
だが、レックは魔法陣をじっと見つめたまま動こうとしない。
「どうしたの?レック。何か問題があるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。四勇者はどうしていくつも魔法陣を残して、行き場所を設定したんだろうって思ってな…」
この魔法陣のおかげで、レック達はカルカドへ行くことができ、幸せの国の欺瞞をジャミラス共々葬ることができた。
だが、気になるのはその繋がりをいくつも作った理由、そして自分たち以外に夢の世界とこの現実世界を行き来できる可能性があるということだ。
実際に、今フォーン王は魔法陣の中に入って夢の世界へ行ってしまったし、チャモロとアモスもレック達と一緒という形ではあるが、夢の世界とこの世界を何度も行き来している。
だが、そうした夢の世界または別世界へ行ったというニュアンスの証言をした人間をこれまで見たことも聞いたこともない。
別世界へ行ったという認識をしていないか、それともそもそも転移することができなかったか、それとも転移したまま何らかの理由で帰ることができなくなったか。
様々な可能性がレックの頭に浮かぶ。
「それは…いろいろ想定してんだろうな。道標としてな」
急に後ろから声が聞こえ、しかもそれが聞き覚えがあるものの、この場所で聞くはずのない声であったために驚いて振り返る。
「嘘…!?」
「あなたは…?」
ミレーユもアモスも、その人物とここで遭遇するとは思いもよらなかった。
彼は愛用するクロスボウで撫でると、がれきの上に置いてある瓶の中にある酒をグイッと飲み込んだ。
「クリムさん…?」
「また会ったな、兄ちゃん」
「でも、どうして…?あなたは夢の世界の…」
「夢の世界…ああ、お前さんらはあの世界のことをそう呼んでいるのか。まぁ、あっちの世界で旅をしていて、偶然この世界とのつながりを見つけちまったのさ。だから、たまーーーーーーに、だがこうしてこっちの世界も旅してるってとこだ」
少し目を泳がせ、酒を飲みながら答えるクリムを見て、その言葉は嘘かもしれないと思った。
だが、そもそもレックが旅を始めたきっかけは大穴の先にある現実世界が見えてしまったことで、他の人には只の穴にしか見えていなかった。
ハッサンと、おそらくライフコッドの村長も見ることができたため、他にも見ることができる人がいてもおかしくないだろう。
「おおっと、俺に構うよりも、先に行っちまったあの兄ちゃん。追いかけたほうがいいと思うが?」
「あ…!」
突然現れたクリムに注意を向けきってしまっていたレックはうっかりフォーン王のことを失念しかけていた。
急いで追いかけようと、魔法陣の中に飛び込んだ。
「さてっと…少々酔いも回ってきたところだ。俺も、行くとするか」
空になった瓶を懐にしまい、クロスボウを背中におさめたクリムが魔法陣に向けて歩いていく。
ミレーユとチャモロはそんな彼との不可解な再会を怪しむ考えを片隅に置き、魔法陣の中へ急いだ。
「なんだ…これは!?どういうことだ!?」
魔法陣の中へ飛び込み、しばらくしてから見えてきた光景にフォーン王は戦慄する。
砂漠の中とはいえ、遠くに見えていた山々の姿がどこにもなく、あたり一面を砂漠が広がっている。
しかも、極め付けなのは目の前にある巨大な塔で、それはあの物語にあった塔そのものと言えた。
「原理は分からぬが、あの塔を本当にこの目で見ることができるとは…。まさか、ここはその時代だというのか?私は過去へ飛んだというのか!?」
「ああーー…ん、そういうことでいいぜ…」
「ならば、あの塔の中にイリカが…真実が待っているのか…」
そうなればいてもたってもいられず、フォーン王は塔へ歩を進めていく。
「ああ、ちょっと待ってよ!一人じゃ危ないよぉ!!」
仮にあの塔がミラルゴの塔であるとしたら、彼が侵入者対策として仕掛けを施していてもおかしくない。
そんなところへ、剣の修行はしているとはいえ冒険そのものをしたことのないフォーン王を一人で行かせるわけにはいかない。
「ああ、くそ!ホルス王子とは違う意味で面倒な王族だぜ。追いかけ…」
「待ちな、そんなに急ぐ必要はねえぞ」
レック達と一緒に魔法陣から出てきたクリムが周囲を見渡しながら、のんびりとその場に座ってハッサン達を止める。
「ええ!?クリムさん?」
「あんた、どうしてここに…っていうか、急ぐ必要はねえってどういうことだ!?」
「あの塔にはな、ちょっとした仕掛けがあるのさ。出入り口はそのせいで誰も入れやしない。ま…俺を除いては、だがな。おい、そこの馬面の奴。酒はねえか?」
「え、ええ!?ここで酒ですかぁ?」
急ぐ必要はないという意味は少しわかったが、だからと言って酒を飲むという彼の神経をアモスは理解できなかった。
幸せの国で仕掛けられた眠り薬の罠の対策としてワクチンをレック達の食べ物の中に入れておく、禁呪法を知っているなど賢いところがあると思ったら、こんな時に大っぴらに酒を知人とはいえそんなにも親しくないアモスに要求する図太さを持っている。
残念なことに、今は酒なんて持っていない。
「悪いけどよ、酒は持ってねえんだ。水で我慢しろ」
「水じゃあ酔いが覚めちまうだろうが…。ま、これでフォーン王に聞かれることなく、いろいろ話せるな。その方が、お前らにもいいだろう」
結局、自分が持ってきた酒で酔おうと思ったのか、また新しい酒瓶を手にし、グイグイと呑んでいく。
一本丸々飲んだ彼は口元を腕で拭う。
「さてっと…まずは魔法陣についてだが、魔法陣は人間を選ぶ。選ばれない人間は魔法陣に入っても何も起こらない」
「んじゃあ、まさかフォーン王もその選ばれてるやつってことか!?」
「だな。ま…奴の場合はちょいと訳アリのようで、おそらくは因縁が切れたらこんな体験、二度とできねえだろうな」
クリムの言葉が真実なのかはわからないが、少なくとも自分たち以外で身近に夢の世界と現実世界を行き来できる人間はいないようで、一安心する。
だが、フォーン王のようにその訳ありの人物が行き来した可能性がある。
イレギュラーなのは夢の世界でムドーとなったレイドック王と眠らずの王となったシェーラで、彼らは生身の肉体を現実世界に置いた状態で飛ばされる形だから、ここではカウントされないだろう。
「ま、お前らが選ばれているのは来るべき決着のため…だな。世界の存亡をかける…なーんて言っても、想像つかねえだろうが」
ハハハと酒を飲み続けるクリムだが、レックはなぜかこの言葉を冗談には聞けなかった。
クリアベールで精霊の使者となったジョンが言っていた大魔王と決着をつける宿命。
それと絡んでいるように思えて仕方がなかった。
「うーん、よくわかりませんが…。では、クリムさんはどうして選ばれたのです?」
「さあな、俺は語り部だ。もしかしたら2つの世界を見て面白い話を聞かせろってことじゃあないか?それなら、俺は喜んで2つの世界を股にかけるぜ。幸せの国の話はできた。次は…何百年も引き裂かれた王子と姫が再び結ばれるって感じにするかな?」
酒を飲み終えたクリムが立ち上がり、先にフォーン王を追いかけて行ってしまう。
一方的にいろいろ言われるだけという形となり、ハッサンは少し不満気だ。
「ちっ…あのおっさん。何様なんだよ。カルカドの時といい今回といい…」
「でも…あの人は語り部って言っているけど、とてもただの語り部の人には見えないわ」
幸せの国で急に姿を消し、そして今度は現実世界で現れた彼が果たしてどちらの世界の人間なのかは分からない。
「ねえ、チャモロはどう思うの…?ねえ、チャモロ。チャモロってばぁ!」
「あ…ど、どうでしょうか?判断できませんね…」
考え事をしていたチャモロは質問に答えるも、再び考えるのを再開する。
もちろん、考えているのはクリムのことだ。
どこかで聞いたことがあるのは分かっているが、結局今もそれが何か思い出せない。
「ええい、どうすれば、どうすれば開けることができる!?」
魔術師の塔の入り口のドアの前で、クリムの言う通り、フォーン王は開けることができずに悪戦苦闘していた。
見た目はどこにでもある木製のドアだが、鍵穴がなく、押しても引いても、開けることができない。
蹴り開ける、斬り開けることもしたが、なぜかこのドアは鋼鉄以上に頑丈なようで、斬ることができないうえに蹴っても足がしびれるだけだった。
「やっぱな…こいつはちょいと意地悪なドアだ。こんなことをしても、開かないぜ?」
「な、何者だ??」
レック達が追い付いたことで、少し安心するフォーン王だが、見覚えのないもう1人の男性に首をかしげる。
クリムは相手が王族であってもお構いなしと言わんばかりに、彼の目の前で瓶を開けて酒を飲む。
「ああ、俺はクリム。しがない語り部だ。こいつは呪文で封印されている。だから、呪文でないと開けることすらできねーのさ」
「ならば、どうすれば…!?」
これまで読んだ史料の中にはこの扉についての記述が一切なく、レック達が来るまでに知恵を絞って方法を探ったが、いまだに開けることができない。
ここまで来て、入ることすらできないことがもどかしい。
「まあ待ちな、王様。誰も開けられねえと入ってないさ」
アモスに酒瓶を押し付けたクリムはズカズカと扉の前まで足を運ぶ。。
そして、確かめるようにその扉を触った。
「なるほどな…これは魔力が鍵替わりになっているな。それも、対応するのは1種類。…インパス」
クリムの手から淡い白い光が発し、その光が扉に吸収されていく。
そして、フォーン王を阻んでいたその扉は勝手に開いた。
「すっごーい、インパスを唱えただけで開くんだー!」
「本当はいざというときのために鍵穴も用意するのが定石なんだがな。どうやら、この塔の今の主はよっぽどほかの誰かに入られるのが嫌なようだ…」
アモスに押し付けた酒瓶を無理やり取り返したクリムはもう1度酒を口に運びながら、塔の主を鼻で笑う。
「魔物の匂いは感じられない…無人のようですね」
魔物マスターの感覚からはこの塔の1階からは魔物だけでなく、生物の存在も感じられない。
多かれ少なかれ生物がいれば残すはずの痕跡もなく、どれだけの間この空間に誰も入っていないのかが感じられる。
だが、逆に言えば魔物に襲われないということなので、フォーン王と行動を共にしているレック達にとってはむしろありがたい。
「だとしたら、このまま一気に上へあがるだけだ!」
念のため剣を抜いた状態でフォーン王は近くにある階段を先に上ってしまう。
「ああ、待ってよー!もう!!」
また勝手な行動を見せるフォーン王にバーバラは頬を膨らませる。
クリムは首を横に振りつつ、妙な同行者ができてしまったレック達を同情した。