「おお…これが、勇気の欠片!本当に…本当に…!!」
クリアベールに戻り、アモスから勇気の欠片を受け取ったハリスは驚くとともに大事にそれを両手で抱えていた。
「ああ、これをバッジにして、ジョン君の墓に供えてやれ」
「これのためにあんなに危険なところへ…ありがとう、ありがとうございます…!」
マゴットは涙を流し、危険な場所まで勇気の欠片を手に入れてきてくれたアモス達に礼を言う。
登山でもあるように、下山が一番危ないというのは運命の壁でも同様だ。
そのため、そのまま山頂で一泊した後で下山を始めた。
たっぷりと休む時間を得て、何日も人を背負い、ピッケルを使って登ることを繰り返してきたレック達はある程度コツを得ることができたようで、ある程度スムーズに降りることができた。
それでも、フーセンドラゴンや爆弾岩などの魔物と遭遇することがあり、更に天候にも注意しなければならなかったこともあり、結局降りる時間と登る時間は大体同じだった。
「そういえば、これをどうやって加工して勇気のバッジにするんだ?」
「もちろん、俺たちはやるわけじゃない。アランに頼むさ。彼は装飾品職人でもあるからな」
「アラン…」
アランの名前を聞いたアモスの表情は曇り、ハリスはそんな彼に勇気の欠片を渡す。
「お前の弟だ。一緒に行って、勇気のバッジづくりの依頼をしてくれ」
おそらく、ちゃんとアモスと家族を和解させたいというハリスの気配りもあるのだろう。
しかし、家族に対して後ろめたい感情を抱いているアモスはありがたいものの、その好意を受けたいとは思えず、眼をそむける。
そんな彼にため息をついたハリスは彼の肩に手を置く。
「ちゃんと、挨拶をして来い。もしかしたら、お前が故郷へ帰れるのがこれが最後かもしれないんだぞ」
息子であるジョンを失ったとき、ハリスは彼がもっと生きていればしてあげられたかもしれない数多くのことができなかったことを悔やんでいた。
そんな彼だからこそ、その言葉はアモスの心に刺さる。
同時に、ハッサンの言葉を思い出した。
(俺も武闘家になるって言って家を飛び出して、まだ一度も帰れてねえから言える立場じゃねえけどよ…きっと、少なくともその弟さんは会いたがってるって思うぜ)
(…本当に、そうなのか?アラン…」
本人がいない以上、そんな問いに答えてくれる人間はいない。
それを確かめる方法は1つしかなかった。
「よし…これで指輪の修理は完了だ。よかったですね、大したことがなくて」
カウンターで、アモスに似た馬面をしているが、髪の毛は長くのばしていて、軽い作業着姿をした男が気さくな笑みを見せながら、老婆に修理し終わった指輪を手渡す。
彼女の亡くなった主人からもらった結婚指輪で、直ったそれを見た老婆はうれしそうにそれをはめた。
「ありがとうございます、まさか指輪の修理を引き受けてくれるとは思いませんでしたよ…」
「いやぁ、若いころに修行していたんです。お役に立ててよかったです」
屈託のない笑みで答えられた老婆は何度も頭を下げてから店を後にする。
奥の棚のそばにある机にはほかにも壊れた装飾品や治ったばかりの装飾品が几帳面に整理されて置かれていた。
もうそろそろ営業時間が終わるため、男は棚の中にある部品と金庫のお金の確認を始めようとそばに置いてある帳簿を手にすると再び扉が開く。
「あ、いらっしゃいま…」
お客かと思い、機械的に挨拶をしようとするが、入ってきた客を見た瞬間、男の口が止まる。
入ってきたのはアモスで、その手には勇気の欠片が握られていた。
「あ、アニキ…」
「久しぶりだな…アラン…」
「帰ってこないものだと思ってたよ…」
事情があったとはいえ、両親が死んでからも帰ってこなかった兄にアランはつぶやく。
半分そうではあるが、半分は間違いで、アモスは帰るのをためらっていた自分を改めて認識する。
だが、それでも心のどこかでクリアベールと弟のことを気にかけていた。
「…なぁ」
「どうした…?」
「墓、行こうぜ。もうすぐ店じまいだから…その時間くらいあるだろ?」
「あ、ああ…」
どこかぎこちない兄弟の会話を終え、アランは裏の部屋に入る。
次の墓参りのために用意していた供え物と花を手に戻ってくると、カウンターを飛び越えてアモスに目を向ける。
「ついてきてくれよ。墓の場所、知らないだろ?」
「ああ…」
「ここだ、これが父さんと母さんの墓だ」
クリアベール北部にある森の中にある墓地に到着し、アモスは初めて見る両親の墓を見る。
質屋を経営し、ある程度お金をもっているはずだが、そこに置かれている墓は周囲の一般住民の墓と大差ないものだった。
水差しの水で墓を洗い、供え物を置くための器に供え物のパンを入れる。
今はアモスとアランの2人っきりで、レック達はハリスの家で待機している。
「それにしても、装飾品づくりをしていたなんてな…」
「質屋をやりながらって形になるけどな」
「装飾品職人になりたいって言ってたよな…」
幼少期の頃、彼が言っていた言葉を思い出す。
彼はなぜか装飾品づくりに興味を持っていて、いつか自分で装飾品を作りたいと言っていて、実際に独学で勉強もしていた。
「で…兄貴。見つかったのか?やりたいこと」
「…そうだな、今の俺が一番やりたいことは…」
真っ先に頭に浮かんだのはレック達だ。
モンストラーとの戦いで受けた傷が原因で、魔物に変身する呪いにかかってしまった。
そのせいで、守るべきモンストルの街に迷惑をかけていたところをレック達に救われた。
今はその恩を返すために彼らと共に旅をしたいと思っている。
そして、モンストルには待っている人がいる。
目的を達して、もし許されるなら、そこで暮らすことも考えている。
「今は…一緒に旅をしたいと思える人がいる」
「そうか…聞いたか?父さん、母さん、兄貴は目的を見つけたぜ。だからさ…安心してくれ」
「アラン、俺は…」
「俺のことは気にするなよ、兄貴。質屋と装飾職人の二足の草鞋、そんなに悪いものじゃないぜ。家のことは俺に任せて、あんたは自分の目的を貫きな」
笑い顔を見せるアランはアモスの胸を軽くたたく。
そして、アモスと両親が話す邪魔をしないためか、墓地から離れていった。
1人になったアモスはそっと両親の墓を撫でる。
「父さん、母さん…。勝手に街を出ていったことをお詫びします…。この旅が終わったら、真っ先に戻ってきますので、それで、償いとさせてください」
翌朝、クリアベールは雲一つない晴天となる。
にもかかわらず、日差しは柔らかく、悪い心地はしない。
その中で、ハリスは完成したばかりの勇気のバッジを受け取り、自らの手でジョンの墓にかけた。
「ほら、ジョン。ずっとほしがっていた勇気のバッジだ。お前のために俺の友達とその仲間の方々、アラン兄ちゃんが手伝ってくれたぞ。どうだ?うれしいか?」
物言わぬ墓にハリスは静かにつぶやき、勇気のバッジを撫でる。
パノンからのプレゼントではないが、それでもジョンのために作られたものである点には変わりない。
ハリスと共に、レック達も静かに目の前の墓に眠る少年のために祈りをささげる。
風と草がこすれあう音だけが周囲に響く中、急にその音が聞こえなくなる。
「風がやんだのか…?」
目を開けたレックは周囲に起こった変化に驚愕する。
自分以外の全員が動かなくなり、声も発していない、
それどころか風で動いていた草花も、上空を飛ぶスズメも動きを止めていた。
まるで、レック以外のすべての時間が止まっているかのように。
「お兄ちゃん…初めまして、だね」
墓の前に光が集まり、その光が小さな子供のようなシルエットに変化する。
聞いたことのない声だが、レックはそれが何者なのか直感で分かった。
「ジョン君…かい?」
「そうだよ。勇気のバッジ、ありがとう。とてもうれしかったよ」
「お礼なら、君の親父さんとおふくろさん、それから作ったアランさんに言ったらいいよ」
「そうしたいけど、今はできないよ…。精霊様が許してくれて、レックさん、あなたとだけ少しの時間話すことができるんだ」
「精霊様が…?」
なぜ自分にだけで、それ以上に大切な人であるはずのハリスやマゴット、クリアベールにいる知人たちと話すのを許さないのか疑問を抱く。
目の前の少年の声からはそれに対する疑問の色は感じられないが、幼くして死んだ子供にもう少し便宜を図ってもよいのではないかと思ってしまう。
「仕方ないよ。本当なら、こうして生きてる誰かとお話しできるだけでも奇跡なんだから…。教えてくれたんだ、お兄ちゃんが魔王ムドーをやっつけた人なんだって。だから、すごく強い武器と防具のことを伝えてほしいって」
「すごく強い武器と防具…?」
「うん。もうジャミラスって魔王と戦ったみたいだけど、実は…そのムドーとジャミラスを子分にしてる大魔王がいるんだって」
「何…!?」
ジャミラスがいたことで、その存在は薄々感じていたものの、精霊から教えてもらったというジョンの言葉で確信に変わってしまう。
本当はこんなことが現実だと信じたくはなかったが。
だが、なぜそれを自分に教えるのかが分からない。
あたかも、その大魔王を自分が滅ぼせと言っているかのようだ。
「大魔王はダーマ神殿をはじめとした3つの場所をこわして、封じ込めちゃったんだ。そして、本当なら人の目に見えないはずの夢の世界をええっと…実体化、させて2つの世界をまとめて征服するつもりなんだ」
「だから、魔王はどちらの世界にも…」
「うん。ムドーとジャミラスを倒しても、何も変わらない。大魔王をやっつけないと世界は平和にならないんだ。その大魔王に立ち向かうためにも、その武器と防具が必要なんだ」
「ジョン。分からないのが、どうしてそれを俺に教えるんだ?」
正直に言うと、テリーのように自分よりも強い戦士はほかにもたくさんいると思っている。
闘気や魔力を見る能力があるとはいえ、自分がそんなに力を持った特別な人間には思えない。
夢の世界ではライフコッドの村人である、レイドックの兵士。
現実世界では(まだ確証はないものの)レイドックの王子。
たとえ王子、兵士、村人のいずれであったとしても、ただの人間であることには変わらないはずだ。
「きっと、お兄ちゃんが大魔王と決着をつけるその…宿命が、あるからかな?」
「宿命…?」
「フォーン城へ行って、お兄ちゃん。そこに答えがあるから…」
その言葉を最後に光のシルエットが姿を消し、再び風の音が聞こえ始める。
(幻覚…?それとも…)
レックはライフコッドでターニャを介して精霊が自分にお告げをした時のことを思い出す。
その時は夢の世界のライフコッドだったからか、まるで精霊がターニャに憑依したかのような形だった。
だが、今回はまるで違い、既に死んでいるジョンが伝言役となっているだけだ。
この違いが何なのか、そして自分にある大魔王と決着をつける宿命とは何か。
レックの心に大きな疑問が残った。
墓参りを終え、レック達は運命の壁での疲れを取るために宿屋で休養と明日からの行動を考えることになった。
今回のお礼として、宿代はすべてハリスとマゴットが出してくれることになり、ハッサンはもう既にベッドで大の字になって眠っている。
そして、部屋の中央にある大きな机の上には世界地図が広げられている。
「そろそろ、ホルストックに戻って船を受け取らないといけませんね。長い間ドックを使ってしまっていますから」
船の確保は全員が一致している意見で、既にクリアベール西部の森の中に夢の世界とつながる魔法陣が存在することをつかんでいる。
そこから夢の世界のクリアベールに戻り、なおかつ現実世界のホルストックへ戻れば、あとは簡単だ。
だが、問題はそこからどこへ向かうかで、レイドックもサンマリーノもアークボルトも既に行っている。
意見が出ない中、レックが口を開く。
「ホルストックの西にある、フォーンはどうだ?」
「フォーン?あの水門を管理している?」
「うーん、まだ水門が開いたという情報はありませんが…」
ムドーが現れ、魔物が活発化してからは、水門を管理しているフォーン城は管理を厳重化し、通行にも許可が必要な状態だ。
フォーン城としては、ムドーの城がある北の海からムドー配下の魔物たちが海路から入ってくることを避けたいという思惑があったのだろう。
また、鉱山を所有しているとはいえ、兵力はアークボルトやレイドックには及ばず、自国を守るだけで精一杯な状態でもあることも理由として挙げられる。
「でも、レック。どうしてフォーンへ?」
「ああ…。ムドーが倒れたんだから、もしかしたら水門の通行許可が少し緩くなるんじゃないかって思ってな…」
さすがにジョンを介した精霊のお告げだと言っても、チャモロを除いて信じてはもらえないだろうと思い、口にはしなかった。
仮に水門を通過できないとしても、ホルテンと交渉してそこから船を使ってフォーン城へ向かうという手段も取れる。
「まぁ、水門を通ることができれば、外海へ出ることができますし、悪くないとは思いますよ」
「あたしもそう思う!レックの勘を信じる!」
「そうね…。どちらにしても、神の船まで戻らないといけないから…いいわ。フォーンを目指しましょう」
「皆様、お待たせいたしました。食事をお持ちいたしましたー」
ノックの後でドアが開き、宿屋の従業員である女性の手で料理がやってくる。
近海の海藻を干したものが混ざった卵焼きと宿屋が管理している畑で獲れた野菜だけで作ったサラダ、そして今日作ったばかりのパンをハーブティーを共にして舌鼓を打つ。
運命の壁で塩辛い保存食ばかり食べていたレック達にとってはこのようなまともな食事はうれしい限りだ。
卵焼きを口にしながら、レックはジョンが言っていた宿命のことを考えていた。
(俺が大魔王と決着をつける宿命にある…。もし、それが本当だとしたら…)
自分にそんな大それた力があるとは思えない。
だが、夢の世界と幻の大地を繋ぐ魔法陣はどれもかつて世界を救った4人の勇者が作ったものであり、夢の世界もその大魔王が実体化させたもの。
宿命があるというなら、むしろその4人の勇者の方がふさわしい。
どうして自分が、と頼りない感情に陥りながら、レックはそれを振り払うべく、口の中に解放される卵の甘みと海の香りに心を任せた。