「くうう…なんて、暑さだよ!?ムドーの島以上じゃねーか!?」
部屋に入り、本格的にこちらを襲う熱風にハッサンは叫ぶ。
この風は目の前にいるバーニングブレスそっくりなモンスターたちが起こしており、常時火の息を全方位から受けているように錯覚してしまう。
「我らは試練」
「我らは炎」
「我らを制し、先へ進め」
「制してっていいますけど、その前に干上がってしまいますよー!」
全員が今まで経験したことのないような熱さに襲われており、汗が噴き出ている。
サウナ風呂を超える熱さの空間では、人間は長時間耐えられない。
このような温度では、弱点となるヒャドでも焼け石に水だ。
「まずは剣が通るようにする!インパス!!」
印を切ると同時に指から光線が発射され、それを受けた試練の魔物のうちの1匹が実体化する。
そして、実体化が解除される前に切り捨てようと前へ走る。
しかし、3体の試練の魔物が手を前に出すと、激しい熱風がレックを襲い、おまけに近づけば近づくほど、体感温度が上昇していくのを感じた。
「ああ、あああ!!ガハッゴホォ!!」
あまりの暑さで息ができなくなり、破邪の剣を地面に刺して体を支えなければ動くこともできなくなってしまった。
「レック!!」
急いでミレーユはレックのそばまで行き、彼に向けてヒャドを唱える。
刃ではなく、純粋な冷気を彼にぶつけることで、一時的とはいえ、熱風から身を守れるようにした。
(でも…この状態は維持できて1分。しかも、気温が上がれば上がるほどその時間も縮まってしまう…)
ミレーユ自身、遊び人に転職したためにMPが以前よりも低下しており、消費MPの少ないヒャドでも使える回数に限りがある。
しかし、それを使って冷気のバリアを作らなければ、今の試練の魔物には近づくことさえできない。
「心頭滅却すれば火もまた涼し…とは、いいますが!!」
こうして手が出せない状態でも、この部屋の温度はさらに上昇していく。
修行のおかげか、ある程度の温度変化には耐えられるチャモロでも、ここまでの温度の上昇は初めてなのか、息苦しさを感じ始める。
「あれ…?そういえば、ホルス王子はどこにいるの??」
ミレーユのヒャドに包まれたバーバラは先に入ったはずのホルスの姿を探す。
彼はこの部屋の右側サイドにある人工池の中に体を入れていた。
気温が上昇し、暑くなった頭を水をかぶることで冷やしている。
「おい、ホルス!!何そこでくつろい…??」
ハッサンはふと、なぜホルスがこんな高温の中、水に入ってくつろぐことができるのか不思議に思った。
それを確かめるため、水の中に手を突っ込む。
(冷てえ…。周りはこんなに暑いってのに…!?)
普通、気温が上昇すると、水温も気温と同じ高さになろうと上昇する。
それには時間差が生じるうえ、この炎がいつから出ているのかはわからない。
仮に入る少し前から厚くなっていることを考えると、ぬるま湯位になっていても不思議ではない。
しかし、そこの水は気温など意に介しておらず、ひんやりとしている。
そして、試練の魔物が自らを炎と称していた。
「もしかしたら、やれるかもしれねえ!!」
「はぁ…何を言って!?」
ハッサンは人工池の上を走り始める。
「なにやってんだ!?そのまま近づいたら…!!」
ホルスも涼んでいたわけではなく、水に入った状態で試練の魔物の様子も見ていた。
そのため、やみくもに接近することで、その魔物が放つ熱気にやられてしまうことは理解していた。
現にレックが息ができなくなりかけるくらいの熱気を感じていたため、対策なしに接近することは不可能だ。
当然のことながら、走ってくるハッサンに向けて魔物たちは熱気を放つ。
しかし、走るハッサンの体を濡らした水が熱気から彼を守っていた。
「どおりゃああああ!!」
そのまま、濡れた手でこぶしを作って試練の魔物に殴りかかろうとする。
しかし、急に炎と共にその魔物も姿を消してしまった。
「消えた…??」
急にいなくなってしまったことに動揺するとともに、気温が一気に10度単位にまで低下し、急激な気温の変化に体がブルリと震える。
「いやぁー、ハッサンさん。急にどうしたかと思いましたが、まさかこんな攻略法があるなんて思いませんでしたよー!うわっ、冷たい!!」
人工池の水に触れたアモスは感心しながらハッサンを見る。
どういう仕組みかはわからないが、この人工池の水は周囲の気温の上昇に左右されない水だ。
それのおかげで、あの魔物たちに肉薄することができた。
もしかしたら、どの試練にも部屋の中に攻略のための手段が必ず用意されているということになる。
問題はその手段を見つけられるか否かだ。
「さ、さ…寒いーーーー!!」
急にハッサンは全身をがたがたと震わせながら叫ぶ。
水にぬれた体で、一気に気温が落ちてしまったこともあり、体感温度が落ちてしまったのだろう。
あまりの寒さに思わずくしゃみをしてしまう。
「ううう、なんでこんなに寒いんだよー!!」
一方、水から出たホルスもブルブル震え、バーバラのメラの熱で温めてもらっている。
まだバーバラはホルスのことが苦手だが、応じである彼をさすがに風邪で倒れた状態で返すわけにはいかない。
「お、お、俺にも温まらせてくれーー!!」
寒さに耐えられないハッサンはバーバラの元へ走っていく。
温暖な気候であるサンマリーノ出身である彼は寒さが苦手なようだ。
(そういえば、モンストルの北の山でも寒がっていたな…)
2人仲良くメラの炎で温まっているハッサンとホルスに苦笑するレックが部屋に中心に目を向けると、そこには先ほどまでなかったはずの石碑が出現していた。
古い文字のようで、学の浅いレックには読めない。
「石碑…何と読むのでしょうか…?」
チャモロも石碑に刻まれている文字を読もうとするが、村で学んだ古代文字のいずれにも合わず、読むことができない。
2人は温まっているホルスに目を向ける。
ホルストック出身であり、さぼりはするものの、王子としての教育は受けている彼なら読める可能性があるだろう。
「おーい、ホルス。お呼びだぜー?」
「ええ…まだ温まりてーんだけど…」
「温まるのは自由だけど、今の私たちは進むことも戻ることもできないのよ?」
魔物が消えた後で分かったことだが、中に入ると同時に最初に入ったドアが消えてしまっており、この部屋には出入り口が一つもない状態になっている。
今のところ手がかりになりえるのはその石碑だけだ。
「ちっ…わぁーったよ…」
しぶしぶと従う形でホルスは石碑の前に立ち、刻まれている文字を読み始める。
「ええっと…炎の中で王は知恵を見出した。周囲、時には敵を利用することで事態を打開すること力を示した汝に次への道が与えられる…?」
小さいころ、教育係の老人から教えられた古代文字を読む。
そのころはどうしてそんな今では使われていないような文字を勉強する必要があるのかと疑問に思ったこともあり、あまり熱心に勉強していなかった。
しかし、彼が用意した古代文字で書いた絵本が気になって、読むための最低限の知識は習得していた。
読み終えると同時に、石碑の文字が光りはじめ、その後ろの床が地下へと続く長い階段へと変化した。
「すごいですね。もうそんな文字が読めるなんて…」
「ふ…ふん!王子として、当然のことだ!」
アモスから褒められ、若干嬉しそうな表情を見せるホルスだが、照れ隠しのためか、素直にそれを言葉や態度で示すことができなかった。
若干顔が赤くなっており、照れているのがバレバレなのはともかく。
「うわあ!!」
階段を下りるホルスが足を滑らせて転倒しそうになるが、ハッサンに支えられる。
「足元に気をつけな、こういった場所は足が滑りやすいぜ」
「ふん…わかってるよ…」
「それにしても、降りれば降りるほど寒くなってる気がしますよ…ハックション!!」
ブルブルと体を震わせたアモスがくしゃみをし、鼻水が出る。
地下から来ていると思われる冷たい風がレック達に向かって吹き、彼らの体力を奪っていく。
「まさか、もうすでに第2の試練は始まってる…なんてことはねえよな?お…?」
しばらく歩いていると、階段の終点に到達し、短い通路の先に入り口と同じ構造の扉を見つけることができた。
その扉はゆっくりと開くと、今度はすさまじい冷気が彼らに襲い掛かる。
「ええーーー!?熱いのの次は冷たいの!?極端すぎだよぉー」
スカートを抑えるバーバラはこのような試練を作った人物に文句を言う。
扉の先はまるで雪山のような光景となっており、見た限りでは魔物の姿はない。
「まずは洞窟を見つけよう。そこで暖をとるんだ」
ライフコッドで生活で、寒さに慣れているレックがチャモロとともに前に出て、ゆっくりと前へ歩き始める。
やはり地下であるためか、上にあるのは空ではなく石の天井。
だが、足元にある雪は本物で、肌に触れた雪は解けて水になっていく。
例のごとく、全員がこの雪山の部屋に入ると同時にドアが消滅し、レックたちは閉じ込められた。
「できる限り固まって行動するんだ。はぐれないでくれ」
屋内であるにもかかわらず、吹雪が発生している。
視界が雪で封じられないように、腕を目の上に置き、ゆっくりと前へ進んでいく。
「ドラゴンが住む山は吹雪で閉ざされた自然の要害。初代ホルストック王は吹雪の中を進んだ」
「そういやぁ、最初に戦ったのは村の廃墟で、2度目が本拠地の山って爺さんが言ってたな…」
体を震わせながら、ホルストック建国史の授業で学んだ初代ホルストック王の話を思い出す。
そんな中、背後からズシンズシンと大きな足音が聞こえてくる。
「この足音は…!」
雪のせいで足音が消えることがあり、実際レック達は歩いている中で聞こえたのは吹雪の音だけだった。
それなのに、このような大きな足音が聞こえてくるということは、かなり巨大な魔物がこちらへやってきているということになる。
「しかし、その山に住んでいるのはドラゴンだけではなかった。ドラゴンの片腕である巨大な羊が襲い掛かった」
「羊…って、まさか!!」
「グオオオオオンン!!!!」
部屋中を魔物の叫び声が響き渡る。
後ろを向くと、そこには真っ白な雪が体についた、倍以上の大きさになっている黄色い沈黙の羊の姿があった。