ホルストック南部にあるホロムス山地。
緑あふれるホルコッタとは異なり、岩山が大半を占めているその山には行商人も通ることがないため、街道すら整備されていない。
細々とだが、この山には鉱脈があるようで、レック達が通る際にもいくつか坑道の位置口を見つけることができた。
しかし、フォーンとの貿易で良質な金属や武器を手に入れることができることから閉山されており、今はその入り口しか鉱山だったころの面影がない。
「なあ、王子様よ。この道で本当にあってんのか?」
ファルシオンを操るハッサンは馬車の中にいるホルスに声をかける。
「ふん…そんなに疑うんなら、お前が見ればいいだろ?」
何度もハッサンからその質問をされたようで、それが嫌になったホルスがハッサンに地図を押し付ける。
ホロムス山地の古い地図で、昔作られた鉱石輸送のための道路が記載されている。
これは試練を受ける王族が借りる地図であり、それにメモを書いたりすることができない。
ただ、問題なのは坑道閉鎖後にろくに整備されていないことだ。
何十年も放置されているに等しい状態であるため、岩によって道がふさがっていたり、道そのものがなくなってしまっている場合もある。
ホルスは馬車の前方にある窓を少し開けて、外の景色を見始める。
「ああ…来ちまった。来ちまったなぁ…」
「おい、その地図よこせ」
ホルスから地図を取り、今の位置と目的地である洗礼の祠の場所を調べ始める。
ここから南にある山道を通れば、洗礼の祠のある山間に到着できる。
そして、ここからは今いる道に従って進めばいいだけ。
そのことを地図を見ているホルスが何よりも分かっているのか、ブツブツと不安を口にしている。
「んもー、王子様なんでしょ?それに、あたしたちもいるんだから、もっとシャキッとしてよ!」
今のバーバラのホルスへの印象は最悪だ。
ネガティブなうえに山に入る前にキャンプした際には料理がまずいとか獣臭いとかあれこれ理由をつけてろくに食べようとせず、城からこっそり持ち出した菓子を食べていた。
狩りをしてきたのはハッサンで、その日の料理当番がバーバラであるため、その態度が彼らにどんな影響を与えるのかは明らかだ。
おまけに、夜寝静まっているときにこっそり逃げ出し、ホルコッタ方面へ逃げようとしていた。
そして、途中で道に迷ってしまった上にバギマを唱えることができる、魔力のこもった水色の包帯でできた魔物であるウィンドマージや額の角と赤いタテガミが特徴的な白馬のモンスターで、角で回復魔力を生み出しているユニコーンなどの魔物と遭遇してしまった。
幸い、チャモロがそれに気づき、レック達全員でホルスの足跡を追う形で追いかけてきたことで難を逃れることができた。
その時は相当に怖かったようで、魔物が全滅した後はミレーユに泣きついていた。
怖かったということを言い訳にしてミレーユの胸に顔を押し付けたいというスケベ心が働いたのではないかとハッサンが不審に思ったようだが、残念ながらそうではなかったようだ。
「来てしまった以上は、もう腹をくくるしかない。行こう」
「ちっ…ああ、分かったよ!行けばいいんだろ!!」
レックからの正論を否定できないホルスは舌打ちしつつも、消極的ながら行くことを同意する。
彼らを乗せた馬車は砂利道を進み、洗礼の祠へと近づいていった。
歴代ホルストック王族が男女問わず試練を受け続けたとされる洗礼の祠。
ホルスが学んだ歴史によると、初代ホルストック王がこの地で生息し、人々を苦しめていたドラゴン、ストーンウィルムを討伐し、その功績によって統治することが許されたらしい。
その後は開拓事業によって国力を高めていき、晩年にホルストックが初めて国として認められ、国王となった。
そんな由緒正しき場所で、王族は初代ホルストック王の足跡を歩むとともに、試練によって王族とは何かを自覚していく。
「へえ、これが初代ホルストック王の像か…」
洞窟に入って、すぐのところに彼の像を見つけた。
馬に乗っていて、傷だらけの鎧に身を包んだ、長身で筋肉質という極めて男らしい姿にハッサンは驚く。
とても、あのホルテンとホルスのご先祖様とは思えない。
「ふん…」
あんまり彼の像を見たくないのか、ホルスはその先にある扉に立つ。
「おい、ホルス王子!勝手に先行くな」
洗礼の祠には魔物が住んでおり、仮にまた前と同じようなことになると、無事に助けられるかどうかわからない。
あの時、ホルスを無事に助けることができたのは奇跡に等しい。
ハッサンの言葉を無視し、ホルスは扉に触れる。
「汝、ホルストックの血を継ぐ者」
扉から、重々しい声が響き渡る。
声が聞こえると同時に、洞窟全体が揺れるのを感じた。
「うわああ!!わ、私は変身なんてしてませんよーー!!」
「そんなの、誰も聞いてないからぁー!」
「汝の名前を伝えるのだ」
「オ…オレの名はホルスだ!!よく覚えておくんだぞ!!」
怯えを押し殺し、ホルスは扉に向けて自分の名前を言う。
すると、扉が勝手に開き、その先から熱気が伝わってくる。
「この熱は…ムドーの島の洞窟と同じ…!?」
「ぐうう…暑いーーー!!」
あまりの熱気で我慢できなくなったホルスが扉から離れる。
扉の向こうには複数の火柱が発生しており、左右にはこれほどの熱気であるにもかかわらず、ユニも水蒸気にもなっていない冷水の入った人工池がある。
「王家の血を継ぐ者よ…。試練の時だ。かつて、初代ホルストック王が歩んだ道を歩め」
ホルスに名前を尋ねたときの声が響き渡る。
火柱が徐々に人型に変化していき、数体のバーニングブレスに似た魔物へと変わっていく。
「ふ…ふざけんな!?こんな暑いところにいたら、死んじまうよ!!」
「初代ホルストック王はこの地でドラゴンと戦った時、全身を焼かれるほどの炎を受けた。そして、その炎の中から、王としての素質の1つを見出した」
「それで、俺も同じ体験をすることで見出せと?バカ言ってんじゃねえ!!俺は…初代ホルストック王じゃねえんだぞ!?」
「ならば、引き返せ。ここには貴様の従者以外に見ているものはだれもいない。試練を乗り越えたと王に嘘をついても、誰も咎めることはないだろう。扉の先へ行かぬ限り、試練は始まらん」
「う、うう…」
あの魔物たちを見たせいが、足ががくがく震え始め、止まらなくなる。
昨晩、魔物に襲われたときと同じ恐怖がよみがえってくる。
「しっかりしやがれ、馬鹿ホルス!!」
ホルスの前に立ち、ハッサンは扉から来る熱気を受ける。
ムドーの島でこれほどの熱気を一度経験しているおかげか、あの時と比較するとその暑さに慣れている。
「ば…馬鹿ホルスだと!?王子を…」
「悪いけどよぉ、俺はお前が試練をクリアしない限り、お前を王子なんて認めねえことにした!きっと、ほかの奴らも本音はそうなんだろうぜ!!」
あんまりな言葉だが、ホルスには返す言葉が見つからない。
不真面目でスケベ、弱虫でそれを変えようとしてもうまくいかなかった日々を思い出す。
そんな自分を兵士たちは表向きでは王子として扱っているが、本心では馬鹿にしていて、王になる資格がないみたいに考えていると思っている。
「だがなぁ、もしお前が試練を超えるって言うんなら、いくらでも付き合ってやる!これでも…おせっかい焼きだからなぁ!!」
「あんた…」
「まずはあの炎の魔物をどうにかしないと!!」
レックが破邪の剣を抜き、扉の向こうへ行こうとする。
「まだだ、レック!!まず入るのはホルスからだ!試練を受けるのはあいつだからよぉ!」
「くっそおおお!!うるせえんだよ、おっさん!!あんたに…いわれなくたってえええ!!」
震える両足を叩いて立ち上がり、剣を握ったホルスは恐怖心を抑えるため、大声を出しながら扉へ一直線に走っていく。
「みんな、ホルスに続けぇ!」
レックの言葉にアモスとバーバラ、チャモロも後に続いて入っていく。
「へっ…いけるじゃねえか…。あとは俺も…」
「待って、ハッサン」
走りだそうとするハッサンにミレーユは水筒を渡す。
「水筒…?」
「水分補給しないと、倒れるわよ」
レックたちはともかく、ハッサンは先ほどの熱気を一番受けており、水分を消耗している。
そんな彼がそのまま中に入ったら、熱中症で先にダウンしてしまうのは目に見えている。
ハッサンは水筒を受け取り、その中にある水を飲む。
体が水を求めているためか、いつもよりもおいしく感じられた。