「よし…ここだ。満月がてらす夜空の岬。この人混みがなけりゃあ、美人と逢瀬するのには最高の場所なんだがな」
茶色いマントで身を隠したクリムが月を肴に酒を飲み始める。
レック達も同じマントを身に着けており、これはムドーを倒したことでほかの魔王にも注目されている可能性があるためだ。
断定しているわけではないが、その幸せの国も魔王がいる可能性は否定できない。
「美人と逢瀬って…あのスライムが戦う格闘城のバニーみたいな娘と、ですか!?」
「そうだとも。最高だぞー。女の子の方から寄り添ってきて、テンションが最高潮に達すれば…」
アモスと卑猥な話を繰り広げはじめ、ミレーユはバーバラに聞かさないように彼女の耳をふさいだ。
しかし、集まっている人々は全員そんな話に興味を持っていない。
持っているのは自分たちを苦しみから解放してくれる幸せの国のことだけだ。
「あんな緊張感のないおっさん連れてきて、大丈夫かよ?まぁ…クロスボウの腕前は知ってるけどよぉ…」
走っている相手の手を壁に貼り付けるほどのクロスボウの腕前はアークボルトで戦った試験官レベルだ。
それに、一人旅であるにも関わらず、自分達も食べることができるくらいの食料を外で確保できる力量。
だが、ここから何が起こるのかわからないのに堂々を酒を飲み、卑猥なトークをする彼をいざ連れていくとなると、かなり不安になった。
「そ、それで…いろんな町でそういう女の子と…」
「そうさ。仲良くなってるな。カルカドではさすがにそんなことをする気力がなかったんが…お、そろそろだな」
酒を飲み終え、双眼鏡で周囲の海を確認し始めると、岬に向けてゆっくりと近づいてくる小島が見えてきた。
前方にはかじ取りをしている船乗りの姿があり、島であることを除いては何の変哲もない。
「見えてきた…幸せの国へ導く島だぁ!!」
「カカァ!俺も、俺もそっちへ行くぞー!」
「これでこんな町とはおさらばだーー!!」
島が見えてきて、皆がそこで何をしようとかと考えながら、嬉しそうに声を上げる。
そんな彼らを見ながら、クリムは双眼鏡を懐にしまう。
そして、ゆっくりと立ち上がり、じっと岬に到着した島を見た。
「まるでひょうたんみたいな島…ひょうたん島だな」
「うわぁ、そのまんまの名前…もっといい名前思いつかないのー!?」
「そういうなって、サンシャイン。俺にはそういうセンスがねーのさ」
「あきらめないで、知恵を絞ればいいのにー…って、サンシャインって何?」
「嬢ちゃんのあだ名さ。明るいムードメーカー。おまけにいい胸をしている…」
「変なこと言わないでよ!変態おじさん!!」
まさかのセクハラ発言に顔を真っ赤にしたバーバラがクリムを殴る。
何度もポカポカ殴り、それでも気が収まらなかったのか、至近距離でメラをぶちかました。
「…本当、連れてきた良かったのか?あのおっさん…」
「知らないよ…」
クリムの話を耳にしてしまったレックは顔を赤くしている。
彼の会話の中で出てきて、頭の中で思い浮かべてしまったバーバラの胸を必死に払いのけつつ、レックはひょうたん島を見た。
「苦しみの中で生きている皆さん!よくぞ、ここまで耐えてきました!!」
船から橋が現れ、それを渡りながら黒いスーツを着た若い男性が歩いてきて、待っていた人々に頭を下げる。
「ようこそ、幸せの国へ。この島に乗れば、あなた方は幸せの国へ行くことができます。今までの苦しみはすべてなくなり、幸せだけがあなた方を待っています。どうぞ、お乗りください!!あちらにある建物に入り、この幸せをかみしめながら到着時間まで楽しみましょう!!」
スーツの男がひょうたん島の中央にある建物の中へ入っていくと、待っていた人々は次々とひょうたん島へと入っていく。
レック達も、彼らの中に入って、怪しまれないようにその建物の中に入った。
「うめぇ…こんなうめぇ酒とごちそう、初めてだぁ!!」
「うう…生まれて40年!こんな、こんなかわいい女の子を…」
「これを作ればあの子たちも…いや、作る必要もないねえ。何も苦労しなくていいんだからねえ!」
建物の中は赤い絨毯と宝石でできたインテリア、最高級の食材と酒、おまけに美男美女までが存在することから、全員疑いもなしにここで幸せを満喫している。
それを見ると、どれだけカルカドの人々が大変な暮らしをしてきたのかがよくわかる。
「にしても、きんきらきんで目がつぶれそうだぜ…」
「ラーの鏡でさっきのスーツの人やこの中の人たちを調べたけど、みんな人間だ。魔物が化けたものじゃなかった」
レックのマントの中にはばれないようにラーの鏡が隠されている。
乗船の際に幸せの国には必要ないものとして、武器や防具をすべて半ば強引に預けられてしまった。
周囲が魔物だらけだったら、さすがに戦える状況ではなかったこともあり、この事実で少しだけ安心できた。
しかし、今レック達がいるのはひょうたん島。
既に岬からも離れており、屋内にいることからどの方角へ向かっているのかもわからない。
逃げ道がないという点では変わりない。
「チャモロ、食べ物でおかしいところはない?」
「香辛料でごまかしていますけど…何か薬草の匂いがします。それも市販されていない、治療に使うのとは異なるタイプの。これは…コヒネ?」
「おいおいマジかよ、コヒネって…」
チャモロが言うコヒネとは、本来は呪文が使えない状況下での治療の際の鎮痛薬として塗り薬に使用される薬草だ。
沸騰した湯でその葉を溶かし、ろ過したときに残る粘りのある液体が塗り薬となる。
しかし、それをすりつぶして服用すると、脳に強い高揚感の与える、依存性のある薬物となる。
そのため、各国では神父やシャーマン、医者などの一部の人物にしかコヒネの栽培と塗り薬の製造を許可しておらず、違法に取引したり所持したりすると最悪の場合、死刑があり得る。
そのコヒネを入れることで、彼らの正常な判断力を奪うつもりなのだろう。
「厄介なものを…いいか、ここの食い物や飲み物には絶対に手を付けるな」
「みなさん、そんなところで固まっていても何も始まりませんよー!?」
話をしているレック達のもとに3人の女性がやってくる。
3人とも露出度の高い踊り子の服を着用していて、そのような服装の女性を始めてみるレックとハッサンは顔を真っ赤にしてしまう。
(こ、こ…こんな服が…)
「レック!」
怒ったバーバラがレックの手をつねる。
「痛たた!?(な、なんでバーバラ、怒ってるんだ…!?)」
「そんなことよりも、私たちと踊りましょうよ!さあ…!」
3人が一斉にレック達に向けて何かを吹きかける。
真っ白な粉が空気中を舞い、彼らの鼻孔に吸い込まれていく。
「あ…あれ?意識が…」
「まさか…」
粉末化した眠り草が睡眠欲求を増大させ、それに抗えずに6人は意識を失っていく。
誰かに両肩をつかまれ、運ばれているという実感があるが、その正体を確認できないまま、6人とも眠ってしまった。
北上するひょうたん島が草木すら眠る時間にカルカドの北西にある大陸に停泊する。
そこからすぐ北には暗い茶色のレンガでできた巨大な城がある。
城の中には数百の魔物たちが歓声を上げていて、彼らの目の前にある王座には頭部と翼が紫色で、体が茶色の悪魔が座っている。
「聞けぇ、我が同胞たちよ!皆も知っていようが、我が兄弟であるムドー…賢王ムドーが人間どもの手によって滅ぼされてしまった!その痛み…我が心臓がえぐられんがごときものだ。だが、いくら悲しみ、怒ったところで兄弟は戻らん!私は兄弟の遺志を継ぎ、愚かなる人間どもを蹂躙し、魔族に永遠なる繁栄を与えよう!あがめよ、神に選ばれし四王の一人、冀望王の名を与えられしジャミラスを!!」
「ジャミラス、ジャミラス!!」
ジャミラスコールが場内を包み込み、やがてひょうたん島から連行されたカルカドの住民たちが彼らをもてなしていた人々の手によって車で運ばれてくる。
車は鉄格子となっており、中にいる人々は全員眠りについている。
よく見ると、今車を運んでいる人々の目は真っ黒になっており、意識がない状態だ。
「みよ、この愚かな人間どもを!!幸せの国という甘い言葉に踊らされ、こうして我らが元へやってきた者たちを!!抜け殻兵とラリホーン2匹ずつが鉄胞子の中で眠っている人々の中から美男美女を運び出し、運び出していく。
運び出し、ジャミラスの前に立つと、彼らの目が覚める。
「え…な、なんで!?なんで魔物がここに!?」
「嫌ぁ、離して…離してぇ!!」
眠る直前までごちそうと娯楽に包まれていたにもかかわらず、なぜ今魔物たちの中にいるのか、彼らは理解できなかった。
そんな動揺する彼らを楽しそうに眺めながら、ジャミラスは左手に持つ黒い光を宿した透明なオーブを彼らの前にかざす。
「貴様らには餌となってもらう。この幸せの国…貴様らにとっての不幸の国の使いとしてな」
「やめて、やめてぇ!!」
「嫌だぁぁぁ!!!」
オーブから生まれる黒い光に包まれた彼らの目の色が真っ黒に変わっていく。
光りが消えると、彼らは抵抗することなく、まるで意思を抜き取られたかのように動きを止めていた。
ひょうたん島の人手はこうしてジャミラスによって集められており、カルカドだけでなく、夢の世界各地でこのようなことを行っていた。
「フフフ…賢王よ、貴様がくれた、この偽りのオーブ!見事に魔族の繁栄の役に立っておるぞ!!そして…!!」
もう1台の車が運び込まれ、その中にいる6人を見た魔物たちが騒然とする。
「見よ、我が兄弟を殺した者たちだ!!愚かな人間どもと共にこのジャミラスの元へやってきたとは…。これはわれのもとで討て、というムドーの導きか!」
「殺せぇ、殺せぇ!!」
「われらの希望を奪う輩をこの世から消せぇ!」
「ムドー様の仇をーーー!!」
ムドーが殺されたことで相当な怒りを抱えていたのか、魔物たちが一斉にレック達に向けて怨嗟の声をぶつけ始める。
薬によって眠ってしまった彼らもまた、魔物たちによって運び出され、ジャミラスの前に運ばれる。
そして、運んだ魔物たちはジャミラスに一礼した後で下がっていく。
「兄弟の敵、覚悟せよ!!」
右腕の埋め込まれた赤い魔石が光だし、爪の1本1本にメラミクラスの炎が宿る。
そして、レックを切り裂き、焼き尽くすためにそれを振り下ろした。
しかし、急にレックは背中にさしている破邪の剣を抜き、それを炎が宿る刀身で受け止めた。
「なに!?貴様…!」
「おらよっとぉ!!」
急に動き出したレックを見て、魔物たちに動揺が走る中、ハッサンが近くのボーンプリズナーを蹴り飛ばす。
それに続いてアモスもアモスエッジを手にし、回転しながら抜け殻兵やデビルアーマーを両断していく。
「馬鹿な…!?貴様らは確かに罠に…」
「へっ…こういうこともあろうかと、ってやつさ。俺の干し肉が効いてくれてよかったぜ」
クロスボウで真上から襲い掛かろうとしたレッサーデーモンの頭部を撃ち抜いたクリムがニヤリと笑う。
実を言うと、カルカドでレックたちが食べた干し肉には眠りの効果を軽減させるワクチンが含まれていた。
踊り子によって眠らされたレックたちはそのままひょうたん島の地下に隠されていた鉄格子のなかに入れられたが、その数分後には目覚めることができた。
しかし、警備する人間や魔物がそこにいなかったことが幸いし、しばらく薬で眠るか操られたふりをすることを話し合いで決めていた。
「ふふふ…つまり、私は貴様らに一杯食わされたということか…」
立ち上がり、笑いながらジャミラスは王座のそばに置かれている石像の一つを手にし、レックたちに見せる。
「それは…!?」
「幸せの国の住民さ」
石像を見たレックたちの目が大きく開く。
その石造があまりにも人間に近い形をしており、その石像はジャミラスを見た瞬間に震え始めている。
「ついさっき魂を入れてやった。見てみろ、幸せを求めてやってきたこの者が絶望に染まるさまを」
「た…助けて…」
石像の口が開き、レックに向けて助けを求めている。
それを握るジャミラスの握力が強まっており、石像にひびが入り始めている。
「や、やめろ!やめてくれぇ!!痛い…痛い…!!」
魂が入ったことで痛覚もよみがえっているのか、痛みで悲鳴を上げている。
「この石像はもともと、この魂の持ち主の肉体。その肉体がなくなれば、魂はどうなるだろうな…?」
「や…や、やめろぉーーー!!」
「もう遅い!!」
石像が粉々に砕け散り、その男の悲鳴が城内を包み込んでいく。
その悲鳴を聞いたレックたちの顔が青く染まり、逆に魔物たちは歓声を上げた。
「どうだ!?希望が大きいほど、それが得られなかった時の絶望は深い。そして、絶望に包まれたまま死んだ者の魂の嘆きと悲しみが魔族繁栄の力を与える…」
「お見事です!冀望王!!」
「そのお力で人間どもに絶望をーー!!」
「どうやら…奴は禁呪法でここにきてしまった人間を石に変えているようだな…」
ジャミラスの下種なパフォーマンスに吐き気を覚えつつ、クリムは頭をクールにして先ほど砕けてしまった石像を分析する。
自分または他人を鉄の塊に変える呪文としては石化呪文アストロンが存在するが、その効果を利用して先ほどのように魂を抜いたりするのは不可能だ。
それに、アストロンでできるのは鉄の塊に変えることであり、ジャミラスが砕くことができる程度の石に調整したり、任意のタイミングで解除させるのも不可能だ。
しかし、禁呪法を利用すれば不可能ではない。
生命の創造や術者などに重い代償を背負わせるような呪文に関しては禁呪法の指定を受け、封印されることになる。
禁呪法となった呪文についてはそれについて研究する魔法使いを除いては一般の人々に知られることはないが、このようにより強い力を求める人間や魔物がそれを見つけ出し、その力を利用するケースがある。
正確には研究していたというほうが正しく、ガンディーノでそれが行われていたが、現在ではどの国も研究することそのものを禁止にしている。
(禁呪法…なんでこの人はそのことを知っていて…?)
禁呪法についてはチャモロやミレーユもチャクラヴァやグランマーズから聞いている。
しかし、見るからに呪文についての修業を受けているように見えないクリムがなぜその言葉を知っているのかが気になった。
呪文の修業を受けなければ、その名前すら聞くことがないほど、禁呪法は一般に伝わることがない。
「さあ、同胞たちよ!次はこの人間どもに…」
「さっきからベラベラとやかましいんだよ…」
うつむくレックから発せられた小さな声が耳に入り、ジャミラスはしゃべるのをやめる。
「貴様…今、何と言った?」
「黙れといったんだ。この鶏頭の口だけが!!」
「レック…」
ここまで怒りをあらわにするレックを初めて見たバーバラはびっくりしながら彼を見る。
あのように、目の前で自分に助けを求める人を無残に殺されたのはレックたちにとって初めてのことで、それが余計に彼の怒りを爆発させていた。
「お前のような命と希望を軽く考えている奴は…この世界から消えて無くなれ!!」