「ぶあっくしょん!!うげえ…本当にここは夢の世界の町かよ??」
黄色い砂漠の砂が鼻に入り、くしゃみをしたハッサンはまるでゲテモノを見るような眼でこの町の光景を見る。
周囲に砕けた壁があり、水を得る手段が中央にあるわずかなオアシスの近くにある井戸だけの町、カルカド。
アークボルト北東にある魔法陣に立ち、そこでラーの鏡を掲げたところで夢の世界にワープしたレック達はここから東にあるトンネルの中にある宿屋の主人から話を聞き、この町を知った。
元々は周囲を城壁で覆った城塞都市であったが、この数年で発生した水害や津波、地震、冷夏などの自然災害が度重なった影響で、急速に砂漠化してしまったという。
元々城塞内で自給自足の生活をしていたため、外の町や国と貿易を行ったことがない。
この砂漠化による飢饉によって、この町の総人口の三分の一が餓死、もしくは病死したという。
人々の思い描く強い夢によって生み出された夢の大地の町とは思えないような話だ。
「みなさん、戻りましたよー!」
酒場から顔を赤くしてアモスが戻ってくる。
彼の体から伝わる酒の匂いにバーバラは顔をしかめ、ミレーユはあきれた表情を見せる。
「アモスさん…情報収集はしてきたの?」
「ええ、それはもちろん…ヒック!ええっと…噂では満月の夜になると…ヒック!西の岬に海の上で動くひょうたん島がやってきて…ヒック!人々を幸せの国へ連れて…ヒック!いってくれると…」
「幸せの国…」
チャモロは現実世界で聞いたとある病気のことを思い出す。
ある日突然、眠ったまま目覚めなくなる眠り病が現実世界では話題となっている。
眠っている人は夢を見ているせいか、とても幸せそうにしており、末期になると幸せの国という言葉を口にするようになり、最後には急に苦しみだしてそのまま死亡する。
数年前から発生している病気で、年に数十人がかかるという。
ゲントの村でも3年前に眠り病にかかった僧侶がいて、チャクラヴァとチャモロはなんとか治療法を見つけようと苦心したが、結局治療できずにその僧侶を死なせてしまった。
その時の無念は昨日のことのように覚えている。
「みなさん…眠り病の患者は末期症状の時、幸せの国という言葉を寝言で連呼するとのことです。おそらく、その幸せの国というのは…」
「ええ、もしかしたら…かもしれないわね」
眠り病、という言葉でミレーユもチャモロの考えていることが理解できた。
「ねーねー、眠り病って何ー?それって幸せの国と関係があるのー?」
全員が歩き出すなら、バーバラはよくわからないと首を傾げ、2人に尋ねる。
「あ…!」
歩いている中、レックにボロボロな服装の男性が背後からぶつかる。
男は謝ることなく、そのまま走り去っていく。
レックは自分の腰のベルトの右側に触れる。
そこにぶら下げていた財布代わりの袋がなくなっていた。
「おいっ!?」
まさかと思い、レックはその男を追いかける。
「おいおい、夢の世界でこそ泥かよ!?確かに城の牢屋にはいたけどよぉ!」
夢の世界のレイドックで兵士をしていたとき、確かに犯罪を犯して牢屋に入っている人物は見るものの、少なくともその間に犯罪を犯した人を見たことがない。
レックも夢の世界でこのような犯罪を見るのは初めてだ。
「コラーーー!!レックのお金を返せーーー!!」
レックから金を奪った男は民家の壁に背中を向けて隠れ、財布を隠そうとするが、急に彼の右手にボルトが刺さる。
「うわああ!?」
財布が零れ落ち、右手から激痛が発生する。
彼の目の前には茶色い髪でこげ茶色のコートをズボン、首に金でできたネックレスをぶら下げた男が立っていて、手には茶色い大型のクロスボウが握られていた。
「お前のやっていることは正しい。だが、自分の力量をわきまえずに盗みを働くたあ、お前には盗賊の才能はゼロだな」
財布を拾った男は泥棒の頬に右ストレートを叩き込む。
そして、右手に刺さっているボルトを抜き取った。
「さっさと消えろ。そんな暇なことをしてるんなら、その傷を教会で治して、この砂漠の緑化でも始めるんだな」
泥棒は右手を抑えながら走り去っていく。
そして、遅れた現れたレック達に財布を投げ渡した。
「ごきげんよう。俺の名前はクリム。しがない語り部兼旅人さ」
抜いたばかりのボルトをクルクル回しながらレックの前であいさつをした。
「あ、ありがとう…ございます。でも、クロスボウで攻撃するなんてやりすぎじゃ…」
「ギリギリ治る程度の傷を負わなきゃあわからないことだってあるってことさ。まぁ、奴のことは許してやってくれ。ほんの数年前までは不自由なく暮らせたはずなのに、こんな形になってな…」
(クリム…?どこかで聞いたことがあるような…)
ボルトをしまったクリムと話す中、なぜかチャモロは彼について知っているような気がした。
だが、彼とは会ったこともなければ、声も聞いたことがない。
気のせいだろうと思い、考えるのを辞めた。
「で…あんたらはどうしてこんな場所まで?」
「実は…」
レックはクリムにある人物を探していることを話し、トムの特徴を話した後で、彼に見たことがないかを尋ねた。
夢の世界であるため、トムがいるはずがないというのは分かっているものの、もしかしたら、何らかの事故でこの世界に来ているのかもしれない、この時だけはそうあってほしいと思いながら聞いた。
「うーん、人探しなぁ。悪いが、そういう人間を見た覚えはないな。だが、心当たりはないわけじゃあない。幸せの国だ」
「幸せの国…?」
「ああ。この町で噂の国さ。いろんな不幸が忘れられて、豊かで幸せな生活ができるっていうユートピアさ。ま、あるかどうかもわからない眉唾物だが、それだけがこいつらにとっての希望ってわけさ」
レック達はその言葉がわかる気がした。
理不尽な形で豊かさを奪われ、もう復興の望みもないこの町で苦しみながら生きていくよりも、その方が幸せかもしれないからだ。
たとえそれが幻想だったとしても…。
「さてっと…どうだろう?仮にその幸せの国でそのトムって男を探すなら、しばらくついていってやってもいいが…」
「どうもうさんくさいぜ、このおっさん…」
「うさんくさい。そりゃあそうだな。俺にとっては一見何の利益もない話だ。だが、ちゃんと俺にも利益はある。俺は語り部で、ものを書くのが好きだ。だから、あんたらと一緒に幸せの国へ行って、その真実を確かめる。そして、それをネタに本を書く。タイトルは…そうだな、『幸せの国の金メッキ』、って感じだな」
「すでにウソだって決めつけてるし…」
「ま、信用できないなら…こいつをあんたらに預けよう。そう思ったら、いつでもそれかあんたらの剣か魔法で俺を殺せばいい」
そういって、クリムはレックにクロスボウとボルトが入ったカバンを渡す。
まさかためらいなく、信用できないなら自分を殺せというとは思いもよらなかったのか、彼を疑っていたハッサンは驚きを見せる。
ここまで堂々と言われてしまったら、信じざるを得ない。
「…中々、度胸があるんですね」
「長い間旅してるからな。嫌でもこうなる」
クリムに案内され、レック達は町の宿屋に入る。
宿屋の主人も今夜は幸せの国へ行くから、という理由で宿代をタダにしてもらえた。
ただし、客に出せる水や食料はないとのこと。
「ほら、こいつでも食っておけ」
部屋に置いてある自分のカバンから干し肉を出し、それを適当に切ってレック達に配る。
「うーん、うまいですねー、この干し肉は!!」
「すっごーい、ねえねえ、何の肉なの!?」
「そこら辺にある獣から獲った肉さ。そいつを海水を混ぜた醤油でつけて燻製にしたのさ。長い間町に入れないような旅をするときによく作る」
バーバラの質問をはぐらかしたクリムは町の近くで戦ったオークマンを思い出す。
オークマンは一説によると、呪いによって豚と化した元傭兵であり、その呪いのせいで魔王に並々ならぬ忠誠を誓い、ためらいなく人間を殺せるようになったとのこと。
見た目が少し赤みの多い豚肉であるため、レック達は気づいていないが…。
「さて…さすがにメシを食うだけじゃあ暇だ。よければ、俺のこれまでの旅について話してやるが…どうだ?」
「あ!あたし聞きたい聞きたい!」
「どんな旅をしてきたんですか?」
「ハハ、こういう聞きたがりの聴衆がいると、俺も話す甲斐があるってものさ。じゃあ、まずは…」
酒を一口飲んだクリムはレックとバーバラに自分のこれまでの旅について話し始める。
廃墟となった城での発掘や最強のスライムを追い求める老人、どんな病気でも直せる水のある洞窟や空飛ぶベッドの噂のある町など、様々な冒険談を話し、当初は食べるのに夢中だったハッサンやアモスも興味津々に聞きはじめ、ミレーユももっと話してほしいと彼に頼んだ。
一方、チャモロは疲れたからと言って、先にベッドに入っていた。
目を閉じ、彼の話を耳にしながら再び考え始める。
(クリム…あの語り部って名乗っている旅人の話…どこかで聞いたことがあるような気がする…)
幼いころ、両親が聞かせてくれた口伝の物語を思い出す。
その物語のタイトルを思い出そうと必死に記憶を探るが、どうしても思い出せない。
(気のせいなのか…それとも、何か僕はとんでもないことを忘れているんじゃないのか…?)
眠りにつきながら、チャモロは自問自答を繰り返していた。