「いやぁーー、申し訳ない!本っ当に申し訳ありません!!」
夕方のモンストルのある家の中で、アモスが笑いながら後頭部をかいて大笑いしている。
そして、彼の目の前にはレック達5人がいて、みんな武器を床に落として脱力していた。
「眠ってばかりで退屈でしたし、なにか面白いものがないかなーなんて思っちゃって…そしたら、理性の種を飲んで偶然…アハハハハハ!!」
「わ、笑い事じゃねえよ…アモスさん」
「しかし、まぁ…治ったのはよかったですよ」
「うん。もうあの赤い魔力は出てない」
ひきつった笑顔を見せるチャモロだが、レックと同じく少し安心している。
「もー、まさかあんなことが起こるなんて…」
これは先ほどから20分前…。
モンストルに戻ってきたレックたちは宿屋によらずにアモスの家に立ち寄った。
メルニーは買い出しに出ていて留守だ。
「おや…みなさん。もう街を出られたのかと…あ痛たたた!!」
部屋に入ってきたレックたちを迎えようと、少し起き上がろうとすると、体中に強い痛みが発生し、あえなく横たわる。
「メルニーさんから頼まれたものを持ってきました」
「これこれ!!」
バーバラが理性の種を取り出して、アモスに見せる。
「この種でアモスさんの病気も治るよーー!」
「ああ…それをわざわざ。ありがとうございます!!」
「それは完治してから言ってください。では…」
チャモロが調合用の道具を取り出し、まずは理性の種をすりつぶす。
そして、それに別の粉末にした薬草や水を加えて混ぜていく。
このようにしてできた、ドロドロな液体をアモスの口の中に入れる。
「うう…に、苦い!!良薬口に苦しとはいいますが…苦い…!!」
あまりの苦さに吐き出しそうになるが、我慢して喉を動かす。
苦さを軽減するためにほかの甘みのある薬草を加えているが、それ以上に理性の種の苦みが上回っているのだ。
「う、うう…!!なんだか、なんだか体が熱い…!!!」
手のひらサイズの容器の中いっぱいに入っていた理性の種の液体薬を飲み干したアモスが急に掛布団を投げ出し、ベッドから飛び出す。
「すげえ…寝込んでいたアモスさんが動いた!!」
「しかし、体が熱いというのは…??」
「う、うう…ウオオオオオオ!!!?!?」
ベッドの北側にある比較的開けた空間に走っていったアモスの体が紫色に光りだす。
そして、その光の中で彼の体が変化していく。
「ま、まさか…!?」
「遅かった、っというの…??」
光が収まり、アモスがいた場所にはあのモンストラーがいる。
しかし、町の中で見た時とは違い、大きさは1.5メートル程度で、半分以上も縮んでいる。
それでも、モンストラーから放たれるプレッシャーに変化はない。
「くっそぉ!!もうやるしかねーのかよ??」
やむを得ずハッサンは腰を落とし、深呼吸をしてからモンストラーを見る。
「悪い…アモスさん。一撃できめっから、許してくれよ!!」
モンストラーの目と目の間に光が見える。
そこに拳を叩き込んで終わらせる。
レック達も武器を手にし、正拳突きが失敗した場合に備える。
「グオオーーーーーン…なーんて、驚いちゃいましたか??」
「…は??」
咆哮した後、急にアモスの声が聞こえた。
そして、モンストラーの体が一瞬白い煙に包まれると、その姿がアモスに戻った。
「いやー、それにしてもこんなにきれいに騙されてくれるとは思いませんでしたよーー!!アハハ…」
まだ笑っているアモスを見て、ハッサンが右こぶしに力を入れている。
このタイミングの悪い冗談にご立腹なのだろう。
「ここは抑えて、ハッサン」
「そうですよ。これも治った証拠…だと思えば…」
「…そう、だな…」
ミレーユとチャモロに説得され、力を抜く。
ようやく笑い終えたアモスはレックから理性の種を飲むまで彼の身にどのようなことがあったのかを包み隠さず説明された。
今まで寝たきり生活を送るようになった原因は魔物の呪いであること。
そして、夜な夜な魔物となっては町をさまよい歩いていたことを。
「なるほど…。となると、私は町の皆さんにすごく迷惑をかけてしまった、ということになりますね…」
説明を聞き終えたアモスは少しうつむきながら、そう漏らす。
不可抗力だったとはいえ、自分を助けてくれている恩人たちに迷惑をかけてしまったことに耐えられないのだろう。
しかし、すぐに彼は切り替えた。
「理性の種のおかげで、先ほどのいたずらをしたように、魔物に変身しても意識を保つことができる。もしかしたら、この力が皆さんのお役に立てるかもしれません」
「お役に立てるかもしれませんって…アモスさん、もしかして…」
「はい!しばらく皆さんと行動を共にさせていただけませんか?私を呪いから解放してくれた恩を返したいのです」
「ただいま戻りましたー」
ドアが開く音がし、アモスたちのいる部屋に野菜が入った籠を背負ったメルニーが入ってくる。
そして、立っているアモスを見ると、両手で口を覆う。
「あ、メルニーさん!いやぁ、あなたが教えてくれた理性の種のおかげで、こんなに元…って、メルニーさん!!?」
話し終わらぬうちにメルニーが抱き着いてきたため、顔を真っ赤にしたアモスが彼女を見る。
「よかった…よかった、アモス様…」
「…すみません。ご心配をおかけして」
「いいのです。アモス様がお元気になられたのなら…」
真っ赤になった顔を元に戻せないアモスはどうすればよいのかわからず、全身が硬直する。
「え、ええっと…僕たちは、その、お邪魔みたいですので、失礼します!!」
「そうね。ここは一旦引き揚げるわ。バーバラ」
「えーー、こんなにいー展開を見逃せっていうのー??」
「くそぅ…。なんで俺には春が来ねーんだ?」
「今のはきかなかったことにして、早く来いよ。ハッサン」
2人だけの世界にいるアモスたちの邪魔にならないように、5人は家から出て行った。
出て行ったから十数分後、ようやくアモスを開放したメルニーはじっと彼を見つめる。
「メルニーさん。すみません。私は…」
「わかっています。あの方々と一緒に旅立たれるのですよね?」
「はい…」
「ドア越しに聞こえたのです。その…」
一度籠を降ろしたメルニーはしばらく下を向く。
わずかな静寂の時が流れたのち、彼女はじっとアモスを見つめる。
「一つだけ、約束してください。アモス様」
「約束、ですか…?」
「はい。たった一つだけです。これだけを守ってくださるのであれば、もう何も望みません」
両手を強く握り、じっと何かを我慢するメルニー。
今度は下を向かず、じっとアモスを見ながら言う。
「必ず、帰って来てください。このモンストルに…。それまで、私はいつまでもお待ちしています」
「メルニーさん…」
アモスにとって、恩人はレック達だけではない。
自分の傷を長い間手当てし、見守ってくれたメルニーをはじめとするモンストルの人々もまたそうだ。
これからレック達と一緒に旅立つことを考えているアモスはしばらく、モンストルに戻ることはできないし、当然のことながら彼らへの恩返しはお預けとなる。
恩返しをするためにも、必ず生きて帰らなければならない。
だとしたら…。
「わかりました。メルニーさん…。必ず帰ってきます。モンストルへ…あなたの元へ…」
「アモス様…」
我慢しきれなくなったのか、メルニーは涙を流す。
そんな彼女に困ったなと言いたげな苦笑を見せたアモスはそっと彼女が泣き止むまであやし続けた。
そして、翌朝…。
「みなさん…長い間お世話になりました!!」
町の正門前に集まっている人々全員に向けて、アモスは頭を下げる。
「アモス様…」
「行かないでくれよぉ!まだ俺たちはアモス様に何も…」
「そうですよ!!まだこの街に…」
人々の中にはアモスにまだこの街にいてほしいという人が何人もいる。
そんな人物がいることは、アモスも承知の上だ。
「わかっています。私もこの街にやり残したことがあります。まだこの街にいたい。しかし…私を救って呉れたレックさん達に恩返しをしなければならない。そして、第2、第3のモンストラーによって私のような人間が生まれないようにするためにも…。私はいかなければならない。行かなくてはならないのです!」
アモスの言葉を聞き、町の人々は沈黙する。
ほんの少しだけ黙った後で、アモスは続ける。
「そして、私は皆さんにお約束します。どれだけ時間がかかるのかはわかりません。しかし…必ず、必ず生きてこのモンストルへ戻ってくることを!!どうか…どうか私にその約束を守らせてください!」
「おーい、アモスの旦那ー!」
集まりに加わっていなかった荒くれの男が布で包んだ大きな武器を持って現れる。
「あなたは…武器屋さん…」
「へへ、アモスさんよ。旅に出るならこれがいるだろ?直ったぜ」
武器屋の男から手渡された武器を包む布を取る。
それはアモスと同じくらいの大きさで青白い刀身と白いすべり止めの布が丁寧に巻かれている長い柄を持つ大型の斧だ。
「これは…」
「あの魔物と戦った時に壊れちまっただろ?だから、俺たちで直したんだ。そして…」
左手で後頭部を抱えながら、男は斧の表面部分を指さす。
「アディー、クリスティン、マーベリック、コーリャ…メルニー…これは…!!」
「ああ。俺たち全員の名前を入れた。どんなに離れていても、モンストルはアモス様の味方。そんな英雄のために直した斧…名付けて、アモスエッジだ!」
「アモス…エッジ…」
生まれ変わった自分の斧を見つめ、それに刻まれた名前をすべて黙読する。
「グス…あ、ああ…ありがとうございます!!私、うれしすぎてまた変身しちゃうかも…!!」
「おいおい、勘弁してくれよアモスさーん」
号泣しながら冗談を口をするアモスに町人はみな爆笑した。
(それにしても…)
涙をふきつつ、周囲を見渡すアモス。
住民のほとんどが集まっているものの、1人だけ、どうしてもお礼が言いたい人がいない。
「行かなくて、よろしいのですか?」
「神父様…」
教会の中で、ほうきを持った神父が十字架に向けて椅子に座った状態で祈るメルニーに尋ねる。
彼女はアモスの見送りに向かわず、ここでずっと祈っている。
「いえ…。挨拶は昨晩済ませましたから…」
「そうですか…。では、私は外の掃除をしてきます」
軽く頭を下げた神父はほうきを握ったまま外へ出た。
外で彼が掃除をしている間、教会の中は女性のすすり泣く声だけが響いた。
「うううー、グスグス…」
ファルシオンにひかれ、レック達を乗せた馬車が再び密林の中を歩く。
そんな中、アモスはモンストルを出てから1時間たっているにもかかわらず、泣き続けていた。
「もー、アモスさん。早く泣き止んでよー」
「な、泣いでまぜんよぉー。うわーん、グオーン!」
「…なんで魔物の鳴き声が混ざってるのかしら?」
苦笑いするミレーユが彼に涙を拭くための布を渡す。
迷わずそれを手に取ったアモスは両目をそれで隠した。
「ま、アモスさんは泣き止むまでほっとくとして、レック。次の行き先はどうする?」
「物資の補給ができたし、アークボルトへ行こうと思うんだ」
「グズズ…アークボルト、でずが??あそこ、今大変なことになっでいるみだいでずよー…グシュン!!」
「大変なこと…??具体的に教えてくれねーか…って今は無理だな」
それと同時刻、モンストルから、そして北の山からさらに東にある砂漠地帯。
普段は砂以外に何もない場所だが、この日は魔物の死体が転がっている。
青い粒子となって消滅するのは時間の問題だ。
マッドロンや踊る宝石、抜け殻兵、ストーンビーストの死体には剣で切られたかのような傷がいくつもついている。
生き残っているのはストーンビースト1匹のみ。
「ふん…もうお前だけか。つまらねえ…」
2本の剣を持つ銀髪の少年はため息をつくと、じっと生き残りに目を向ける。
その魔物はグゴゴと鳴きながらゆっくりと後ずさりする。
20体近くいた仲間が全滅し、しかも傷一つ負わせることのできなかった、化け物じみた実力の彼におびえているのだ。
「お前は…どうなんだ?こいつら以上に強いのか??」
「グオオオオ!!」
何とか身を守ろうとアストロンを唱えようとする。
しかし、その前に自分の体が4つに切り分けられた。
「弱い…」
剣をしまおうとしたとき、右手の剣に違和感を感じ、その刀身を見る。
刀身の下の部分に大きなひびができていた。
「ちっ…。まぁ、長い間使っているからな…もう寿命か」
よく見ると、幾重もの刃こぼれが生じていて、今後ストーンビーストのような斬るよりも叩く方が有効にダメージを与えることのできる硬い魔物を相手にした場合、厳しくなるかもしれない。
「次に手に入る剣は俺を満足させてくれる、最強の剣か…?」
剣をしまったテリーは水筒の水を一口飲み、じっと北にある城に目を向ける。
灰色のレンガで作られた中央の城、それを包む幾重もの壁と堀。
そして、右手に槍、左手に長杖を握った騎馬戦士が描かれた国旗。
これが世界一の軍事力を持つ国家、アークボルトの城。
「待っていろ。俺がお前の本当の使い手だ」