モンストルから北に位置する山。
モンストル南部が熱帯雨林であるにもかかわらず、この付近は年中雪が降り続けている。
そのため、人が来ることが少なく、そのせいで魔物の数が多い。
その山の中に自然にできた洞窟がいくつもあり、旅人はやむなくやむなく登山しなければならない場合、それを使って頂上を目指す。
その中で、戦闘は始まっていた。
「うぉぉぉらぁぁ!!」
壁にある岩を引き抜いたハッサンが投擲する。
アロードックが比較的涼しい環境に適応するため、毛皮を青く、そして分厚くしたドッグスナイパー数匹が岩を受け、一撃で消滅する。
また、ミレーユが顔の周りに手を添えたり、頭の後ろから手を回したりする難しいポーズを、一定間隔で繰り返すヴォーギングを踊る。
踊る彼女の周囲に青い波紋が発生し、その波紋を受けたヒートギズモとストーンビーストの体から魔力が漏れ出していく。
これは踊り子の技の一つである不思議な踊りで、踊りが生み出す波紋が疑似的に魔力を生み出し、周囲に干渉する。
より上達していけば、それで漏れ出した魔力を操り、体内に吸収する、つまりは吸収呪文マホトラに似た力を発揮することができるらしい。
「そっこー!」
バーバラが動き回りながら2本のダガーで奴隷兵士、およびオークマンの鎧の隙間を攻撃する。
更に、メラミで洞窟に侵入しようとする魔物を丸焼きにする。
それは胸部と腹部が丸見えになっているオレンジ色の服と白いターバンというアラビアの商人のような姿をしていて、自らの魔力で生み出した分厚い雲に乗った巨人である雲の巨人で、風を利用した攻撃を得意としている。
また、それ以外にもエビルポッドやカメレオンマンなど、これまでの旅で出会った種類の魔物と戦ったが、ダーマの書によって鍛えられたレック達の敵ではなかった。
特に、ストーンビーストやラリホーンといったムドーの島や城、地底魔城で苦戦した経験のある魔物と戦った時に自分たちのレベルアップを実感することができた。
「よーし、これで一掃したな!」
魔物がいなくなったのを確認したハッサンが水筒の水を飲む。
いかにレベルアップによって強くなったとはいえ、生物には疲労というものが存在するし、食べ物や水がなければ生きていけない。
強くなっても、休息や食事、給水はしなければならない。
「ねーレックー、モンストルで買った燻製肉食べるー?」
「うん、ちょうどおなかがすいたから」
刀身を軽く手入れしたレックはバーバラから燻製肉を受け取る。
保存を重視しているせいか、塩辛いものの、食べれないものではない。
もっと砂漠などの熱い場所ならば、重宝されるかもしれない。
「頂上までもう少しです。うまくいけば、明日の昼までにはモンストルに戻ることができます」
パンを食べるチャモロがモンストルで入手した山の地図を見ながら言う。
北の山までは場所を使って半日かかる距離にある。
距離としてはレイドックからゲントの村までの長さに近いものの、モンストル北部には草原が広がっており、移動がしやすい環境となっている。
朝一番にモンストルを出て、到着したのが夕方。
一夜を洞窟の中で過ごし、レック達はこうして頂上を目指している。
休憩を終えたレック達は洞窟を抜ける。
「ここだ…」
「ついたぁーーー…」
抜けると見えてきたのは頂上にある小さな草むらで、バーバラは崖に目を向けないよう、若干うつぶせ気味に倒れた。
「バーバラ、まだ終わってないわよ。アモスさんのために理性の種を…??」
モフッとミレーユの太ももあたりに何かが当たる。
気になった彼女はそこに目を向ける。
「…」
そこには両手で木槌を持ち、背中にはじょうろや肥料、石でできたナイフなどが入ったかごを背負っている小さな魔物がいる。
かぶっているかのように見える茶色い体毛と黄色い肌、黒いつぶらな瞳で大きさはチャモロの半分程度しかない。
「襲って…こない??」
この状況であれば、奇襲攻撃をしてくるはずなのだが、この魔物は攻撃してこない。
それよりも、ミレーユに対して頭を下げた後で、何も言わずに草むらへ向かってしまう。
「あの魔物、ブラウニーですよ。雪山で生息しているという話は聞きませんが…」
人目を気にせず草むらの手入れを始めるブラウニーを見ながら、チャモロはその魔物について解説する。
「それよりも早く理性の種を探して山を下りよーぜ。アモスさんが待って…」
「…---!!」
レック達に目を向けながら歩くハッサンの顔にブラウニーが突然飛びつく。
突然のことにびっくりしたハッサンは後ろに倒れてしまう。
「な、なにすんだよ!?」
顔に引っ付いたブラウニーを右手でつかみ、怒りながら言う。
それに対して、ブラウニーは何も言わずに左手で指をさす。
その方向はハッサンがこれから歩くはずだった進路と一致する。
草むらに隠れてよく見えないが、そこにはまだはえたばかりの芽があった。
人差し指に爪と同じかそれ以下の大きさで、丸い葉が2枚ある。
「お前、こいつを守るために…それは…悪かったな…」
申し訳ないと思い、ハッサンはブラウニーを両手で持って、目の高さまで上げ、謝罪する。
「ギャアアアア!!!!」
「魔物…!?」
レックが剣を抜き、チャモロにアイコンタクトをする。
「鳴き声で羽ばたく音から考えると…おそらく、ヘルコンドルかと!!」
「ありえなくねーな…!」
ブラウニーをおろしたハッサンは拳を構えながら言う。
ヘルコンドルは紫色の肌と黄色い爪、白い羽毛を持つその名の通りコンドルの姿を模したモンスターだ。
寒い環境に生息するその魔物がこの北の山を住処に選んでもおかしくない。
バーバラが起き上がり、ミレーユも鞭を手にしてからわずか2秒でヘルコンドルがレック達の目の前に現れ、襲い掛かる。
「まずは足を止めます!!」
そういいながら、チャモロはバギマを唱え、ミレーユは援護をするようにヒャドを唱える。
寒い環境に生息してはいるものの、ヘルコンドルはなぜかバギ系やヒャド系に弱い。
その理由については研究者でも議論されており、現在の定説はヘルコンドルはコンドルと同じく、一生一つがいで過ごすことと繁殖寿命の長さ、出生率の低さ(とはいうものの、コンドルよりも子供は残している)から生まれた卵が貴重であり、それを守るために本来は苦手な寒い地域を住処に選んでいるだけということになっている。
その根拠の一つとして、海上でヘルコンドルの姿を見たという話がある。
しかし、標準な気温の地域でヘルコンドルの住処を見たという情報がないことから、信憑性は不明だ。
「ゴアアアア!!」
ヘルコンドルは急旋回して2つの呪文をよけ、ミレーユとチャモロに向けて口から青い光線を放つ。
距離があったことで、時間があったために回避することができたが、光線が当たった地面にある石がどこかへ消えてしまっていた。
「バシルーラ…こんな場所で受けたら…!!」
バシルーラは敵を遠くまで吹き飛ばしてしまう強制移動呪文だ。
行く場所をある程度指定することのできるルーラとは違い、ただ単純に吹き飛ばすだけなので、それほど難しくない呪文であることから、現在でも一部の魔法使いが使用できるとされている。
「ふざけるなよ!?こんな場所でバシルーラを受けたら、落っこちちまう!!」
焦るハッサンをあざ笑うようにヘルコンドルはバシルーラを連発する。
「もう、バシルーラしないでーー!」
バーバラはメラミを唱え、火球がヘルコンドルを襲う。
しかし、バシルーラの光線を受けたせいか、火球が別の場所へ行ってしまう。
「バシルーラにあんな効果が?!」
「まぁ、理論上ではできるかもしれませんが!」
できれば、バシルーラがそのような応用ができないとチャモロは思いたかった。
だが、こうして呪文もバシルーラの影響を受けることが分かってしまった以上、むやみに呪文を放つことができなくなった。
たとえそれがバギやヒャドであっても。
手をこまねくレックたちに追い打ちをかけるため、ヘルコンドルが急降下する。
両足の爪で獲物をつかみ、上空から落とすことで始末しようと考えているようだ。
「チャモロ!!」
降下するコースにチャモロがいることを一番早く分かったハッサンがチャモロの肩を持ち、ともに伏せる。
ヘルコンドルはそれによって、獲物をつかむことに失敗し、再び上空へ行く。
その時に爪が当たったせいか、チャモロの帽子が地面に落ちる。
仮にハッサンに助けられなかったら、首を取られていたかもしれない。
「後ろを向いている今なら!!」
「いっけーー!」
後ろを向いたままのヘルコンドルに向けて、ミレーユのヒャドとバーバラのメラミが襲い掛かる。
しかし、ヘルコンドルはまるで背中にも目があるかのように悠々とそれらの呪文を回避する。
「きーー!!悔しぃ!!」
地団太を踏みつつ、ヘルコンドルが優雅に飛ぶさまを見る。
ある程度距離を取った後で、その魔物は反転し、バシルーラを口から放ちながら前進を始める。
「遠くだとよけられるなら!!」
バシルーラをかわしつつ、レックは楯を叩く。
その音を聞いたヘルコンドルはレックに目を向けた。
楯叩きによる、ヘイトコントロールには成功した。
「バシルーラでは呪文まで吹き飛ばされる…しかし!!」
レックから西に大きく距離を置いた状態でチャモロはマホトーンを唱える。
彼に気を取られていたヘルコンドルにマホトーンが発する波紋が直撃する。
その瞬間、口からのバシルーラが消えてしまった。
「ギィイイイイイ!!!」
呪文を封じられたヘルコンドルは腹を立ててチャモロを見る。
そして、今度こそ首を取ろうと接近を始める。
しかし、それと同時に右の翼が凍り付き、左の翼が炎に包まれる。
「ちょっとぉ、何をよそ見してるのぉ?」
「これでもう…飛べないわね」
「さあてっと…よくもいろいろとやってくれたよなぁ!」
バキッゴキッと拳を鳴らしながら、ハッサンがヘルコンドルに接近する。
往生際が悪いヘルコンドルは何度も口を開き、バシルーラを放とうとするが、口から出るのは息だけだった。
そのため、逃げようと必死に翼を動かそうとしている。
「そんなに飛びたきゃ…」
ハッサンは右手でヘルコンドルをつかむ。
そして…
「今すぐ飛ばしてやるよーーー!!」
思いっきりヘルコンドルを砲丸投げのように投擲した。
ギャアアアと泣き声を上げながら、ヘルコンドルは空へと消えていった。
「よーし、よく飛んだぜー」
「ふう…俺、盾をたたいただけで何も出番なかったな。主人公なのに…」
ため息をつきながら、破邪の剣を背中の鞘に納めていると、ブラウニーがレックの前に立つ。
「ん…?どうしたんだ?」
膝を曲げ、目の高さをできるだけブラウニーと同じにして声をかけるレックに、彼はさやえんどうのような形の種を渡す。
「理性の種…!!くれるのかい??」
レックの言葉にブラウニーは肯定の意味を込めて、首を縦に一回降る。
「じゃあ…」
種を受け取ると、ありがとうという代わりにブラウニーの頭をなでる。
彼の左手にはもう1粒の理性の種があった。
「あーー!またブラウニーだ!!」
洞窟から出てくる2匹のブラウニーがレックのそばにいるブラウニーのもとへ行く。
大きさは例のブラウニーと比べると1センチか2センチくらい小さい。
彼らとアイコンタクトをしたブラウニーは3匹仲良く洞窟の中へ戻っていく。
「それにしても、どうしてブラウニーはここで手入れをしていたのでしょうか??」
「気になるなぁ…ねえ、ついていってみよーよ!」
そういってバーバラは走って追いかけていく。
「待ってくださいよ!早く山を下りてモンストルへ…」
「確かに気になるよな…」
「もう、しょうがないわね。バーバラは」
ハッサンに続いてミレーユも追いかけて行ってしまう。
レックは何も言わずに、ため息をつくチャモロの肩に手を置いた。
「ふぅ…まぁ、ちょっとだけなら大丈夫ですけどね…」
チャモロの願い通り、3匹のブラウニーは洞窟に入ってからわずか10数分歩いたところにある小さな巣で止まった。
巣と言っても、あるのは枯れ木を並べて床兼ベッドを作った程度のものだが。
そこには最初に見たブラウニーよりもわずかに大きなブラウニーが横になっている。
高齢のためか、横になったままで起きる気配がない。
「もしかして、あのブラウニーってお母さんかな?」
近くにある曲がり角で隠れながらその姿を見守るバーバラがいう。
「そうかもしれませんね。ああ、そういえば理性の種には脳の病気を治す効果があると言ってましたね」
一番小さいブラウニーが木槌で理性の種を何度もたたき、粉にする。
それを母親のブラウニーに飲ませる。
すると、そのブラウニーはそっと子供たちに頭を撫でた。
「そっかぁ、お母さんの病気を治すために…」
「親子の情というのは…人も魔物も変わらないということでしょうか」
「家族、なぁ…」
チャモロの家族という言葉を聞き、ハッサンは自分の両親のことを思い出す。
(ちゃんと届いてるよな…おやじとおふくろに…)
ハッサンが両親に思いをはせている時と同じ時間帯のサンマリーノ。
その北端に位置する小さな灰色のレンガでできた家の中で小さな騒ぎが起こっていた。
「あんたぁ!!手紙、手紙だよぉ!!」
「うるせぇな、イシュー!!どうせ仕事の手紙だろ?」
大工道具の手入れをしながら、マーヴィンが買い物から戻ってきた女性に怒鳴る。
「そうじゃない!ハッサン、ハッサンからの手紙だよ!!」
「…」
息子の名前を聞いたマーヴィンは急に黙り込んだ。
若干手も止まったものの、十秒程度で再び動き始める。
「まったく、いつもなら適当に置いとけっていうのに…」
「…」
いつもとは違う反応を見せる彼に苦笑する。
そして、イシューは手紙を読み始める。
おやじ、おふくろ。
勝手に、俺のわがままで出て行っちまってすまねえ。
今、俺は仲間と一緒に世界を回る旅をしてる。
信じてくれねえかもしれねえけど、世界を救うためだ。
だから、まだ帰ることはできない。
それに、今の俺はまだまだ弱え。
せめて親父を超えるくらい強くならなきゃあな。
そのときは必ず帰る。
帰って…親父の跡を継ぐ。
最近になって、武闘家と大工の両方を極めちまうのもいいかなって思うようになったんだろうな。
で、その時は…もう一度謝らせてくれ。
そして、俺に大工仕事を一から教えてくれ。
本当ならもっと書きたいことがあるけどな、ちょっと時間がないからここまでにさせてくれ。
じゃ、また機会があったら手紙を送るからな。
ハッサン
「ハッサン…」
読み終えたイシューは手紙を抱き、涙を流す。
「ふん…。半人前のくせに調子に乗りやがって…。ああ、くそっ!」
珍しくトンカチの叩く位置がずれてしまう。
すると、彼はトンカチを自身の右側にある道具箱の上に置き、腰のベルトにひっかけている布で目の周りを拭く。
「ああ、てめえが手紙を読んでるせいで手元が狂ったじゃねえか!」
「はいはい」
長年の付き合いのせいか、イシューはマーヴィンの理不尽な叱りを正面から受け取らず、軽く受け流す。
「もう1枚、布を取ってこい!ああ、汗のせいで目がかゆい!!」
「全く、あんたって人は…」
しょうがないなと思い、フゥと息をすると、イシューは隣の部屋へ布を取りに向かう。
彼女が部屋のドアを閉めた後、わずかに男の鼻をすする音が聞こえたが、再び開くと、それは聞こえなくなった。