ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第29話 モンストルその2

宿屋に入った後は、これと言って普通だった。

外に出ることは禁じられたものの、おいしい夕食や清潔な部屋、暖かいベッドにくつろげる風呂。

とても辺境の街の宿とは思えない空間の中でレック達は過ごすことができた。

そして、宿に入ってから3時間後には全員が部屋にあるベッドでぐっすり眠っている…はずだった。

「ふう…」

ベッドで掛布団を首元までかけた状態でため息をつくチャモロ。

彼はなかなか寝付けなかった。

仕方なく、部屋にある水筒を手に取り、水を飲む。

顔を濡らしているわずかな汗をタオルでふき取る。

いつもは修行のせいか、すぐに眠ることのできるチャモロだが、珍しく眠ろうという気になれなかった。

「おかしい、おかしすぎる…」

魔物マスターの修行をしたおかげで、チャモロは普通の人ならほっておくようなわずかな痕跡から魔物の居場所や種類などを割り出す能力を得た。

「そういえば、この街の西側から教会へ続く道路…ほかの道路と違ってかなり新しかった気がする…」

昼に通ったその道の道路となっている石の一部が新しいものに変わることは奇妙なことだ。

普通であれば、全面的に石の交換が行われる。

百歩譲って一部分だけ交換するとしても、石を新しく交換した位置はバラバラで、不規則になっている。

また、夜に外へは出るなという宿主の言葉。

「この街には…何かがある」

ドーン、ドーン…。

「足音…近づいてる!」

徐々に近づいてくる足音を集中して聞きつつ、その魔物の大きさを想像する。

「場所はここから北東に200、いや300メートル。大きさは多分…ストロングアニマルと同じ!?」

「みんな起きてーーー!!」

寝癖を両手で抑えているバーバラとすでに装備を整えているミレーユがレック達男性3人が眠っている部屋に入ってくる。

なお、この足音でチャモロ以外の2人も飛び起きている。

「なんだよ、町の中に魔物が侵入したのか!?」

「暴れたら町が大変なことになる…急いで倒そう!!」

「お待ちください!!」

外に出ようと準備をするレック達の元へ左手にランタンを持った宿主が走ってくる。

右手には部屋のカギが握られていた。

おそらく、眠っている間に鍵をかけて無理やり外に出さないようにするつもりだったのだろう。

「待てねーよ!!魔物が街に入って来てるだろ!?じゃあ、この大きな足音をなんて説明すんだよ!?」

「そ、それは…」

魔物が入ってきていることをどのようにごまかせばいいのかわからず、口ごもる。

何か深い事情があるようだが、彼の発言を待っている間にも足音がこちらに近づいている。

「もういい、悪い!!」

「グゥ…!!」

やむなくハッサンは彼の首の後ろの軽く手刀を当てる。

「ま、待ってください…あの魔物に手を…出さない、で…」

「やっぱり魔物か…急ごう!」

「おう!」

「まずは屋上へ行きましょう!そこからなら、どこまで魔物が近づいているのかわかるわ!」

5人は西側にある階段を上り、屋上を目指す。

気絶している宿主の手を出すなという言葉を心の中で気にしながら…。

 

ドーン!!ドーン!!

屋外に出たことで、音を遮断するものが少なくなり、より鮮明に足音が聞こえるようになった。

「うわーー、あの絵にあったストロングアニマル!!」

最初に見たバーバラはびっくりし、レックの後ろに隠れてしまう。

紫色のストロングアニマルが通った道には大きな足跡ができており、整備を終えたばかりの道路はすっかりボロボロになっている。

もし南に進んだら、そこには住宅街があり、住民に大きな被害を与えるかもしれない。

「こうなったらやるしかねえ!!」

「でも、屋上からは…」

「飛び降りるのよ!!」

言い出しっぺのミレーユが先に屋上から飛び降りる。

「ええっ嘘!?」

「行きますよ!!」

「急げよ!!」

チャモロとハッサンもミレーユに続いて屋上から飛び降りる。

「バーバラ、ここにいてもあの魔物は倒せない!!」

「で、でもー…」

「だったら!!」

そういったレックは屋上から飛び降りる。

そして、すぐに後ろを向き、屋上にいるバーバラに声をかける。

「俺に向かって飛び降りるんだ!」

「え、ええ!?」

「俺を信じろ!!受け止めて見せるから!!」

そういって、両腕を広げる。

「すぅー、はぁー…」

足の震えを抑えながら、バーバラは屋上の端までいく。

(ううーー、月鏡の塔にいたときは平気だったのにー!!)

実をいうと、バーバラは高所恐怖症で、高いところが苦手な女の子だ。

月鏡の塔にいたときは高所恐怖症以上に自分の姿が他人には見えないことが気になったため、怖くなったりはしなかったが。

「きゃああああ!!」

悲鳴を上げながら、レックめがけて飛び降りる。

そして、レックはバーバラをお姫様抱っこする形で受け止めた。

「よし、行こう!!」

受け止めることができて安心したのか、少しほっとした後で、レックはバーバラを降ろして先に行く。

「…俺を信じろ、か…」

レックが自分に行ってくれた言葉を口ずさんだ後で、バーバラはレックを追いかけた。

 

「おとなしくしろよ、このぉ!!」

「ここは眠ってもらいますよ!!」

「ラリホー!」

ハッサンの回し蹴りが魔物の後ろ脚に命中し、チャモロは甘い息を、ミレーユはラリホーを放って眠らせようとする。

なお、チャモロの甘い息は睡眠剤の成分が含まれた薬草を調合し、それを口に含んだ状態で吐くことで可能と萎えう業だ。

食べた場合は胃に入ると効果を発揮するが、成分を含んだ息であれば、嗅覚を刺激して催眠効果を生み出すという奇妙な特性を持った草であることから、チャモロ本人が眠ってしまうことはない。

胃に入ってしまわないように注意することができればの話だが。

「グオオオオオン!!」

だが、自身の眠気を振り払おうとしたのか激しい雄たけびをあげ、そのせいで3人が吹き飛ばされる。

周囲の壁や石にできた数々のヒビがそれの威力の高さを示唆している。

「みんな!!」

遅れて到着したレックは3人に駆け寄る。

「大丈夫、そんなにダメージは受けていないわ」

「確か、ストロングアニマルは熱に弱いはずです…。環境適応力が高いとはいえ、火山や砂漠に生息しているという話は聞きませんから」

「だったら、炎の爪を使って…」

「だめよ!炎の爪の炎はメラミと同じ威力。使うなら至近距離で当てないと危険よ」

ミレーユの言う通り、街中での強力な呪文の使用は周囲への被害を考えると危険だ。

メラミの場合、小さな家であれば全焼させてしまうほどの熱を持っている。

「だとしたら、町の外へ連れていけば…!!」

レックはストロングアニマルの前に立ち、破邪の剣を手に取る。

そして、それからギラを放ってそのモンスターを何度も攻撃する。

「こっちだ!!ついてこい!!」

何度も剣を振り、ギラを放ちながら正面入り口へ走る。

モンストルで一番大きい出入り口は南の正門で、門は破損する恐れがあるものの、被害を最小限に抑えたうえで待ちから追い出すことができる。

そして、そこなら炎の爪で焼くこともできるようになる。

「グオオオオ!!」

また、いくら強力な魔物とはいえ、ストロングアニマルの知能は低い。

簡単に誘導することができる。

ハッサン達に目もくれず、レックを追いかけ始める。

「なら、僕たちは先回りして、一斉攻撃の準備をしましょう!!」

「ええ!」

「お待ちください!!」

西口から外へ出ようとしたハッサン達を止める女性の声が聞こえる。

「な…!?」

「え、あなたは…??」

 

「よし、ここまで遠くまで行けたら…」

ハアハアと息をしながら、レックはジャングルの入り口付近まで到達した。

その30メートル先にストロングアニマルがいて、レックを追いかけている。

もうすでに町の外に出ており、ここであれば、ジャングルに気を付けるという条件がつくが炎の爪を使うことができる。

「そういえば、ハッサン達は!?」

周囲を見渡すが、ハッサン達の姿は確認できない。

そして、ストリングアニマルが巨体には似合わず、イノシシのように猛スピードでレックに向けて突っ込んでくる。

「まずい…!!」

「レック!」

レックを見ていて、側面への注意をおろそかにしていたストロングアニマルの左腹部に飛びついたバーバラが2本のダガーを突き立てる。

剣ほど刀身が長くないダガーだが、分厚いストロングアニマルの皮膚を貫通し、血管を傷つける。

そのせいか、刺した個所から赤い血が噴き出る。

(ふぇ…赤い血…??)

「下がれ、バーバラ!!」

「キャア!!」

痛みのせいで、ストロングアニマルが激しく暴れ始める。

そのせいでバーバラは吹き飛ばされ、近くの木の背中から衝突して、そのまま気絶してしまった。

「バーバラ!!」

気絶したバーバラの前に立ったレックは暴れるストロングアニマルをじっと見る。

そして、自分を傷つけた存在を消そうと2人に向けて突進を仕掛ける。

(相手は直線に動いてる…だったら!!)

楯を置いたレックは両手で剣を握る。

そして、ストロングアニマルに目を向けたまま両足を開き、剣を後ろに下げる。

これは地底魔城でシェーラが見せた魔神斬りの構えだ。

ただし、本来は両手剣を使うことが前提となっている剣技であり、片手剣では本来の威力を発揮することができない。

迎撃の動きを見せているのも知らず、ストロングアニマルは単調な突進を止めることはない。

「今だ!!」

ストロングアニマルの頭部がレックの体に当たるか当たらないかというギリギリのところでレックが力いっぱい剣を振り下ろす。

「ゴアア…!?」

刃が深々とストロングアニマルの頭部に差し込まれていき、赤い血がレックの服を濡らしていく。

「グオオオオオンン!!!」

レックの魔神斬りの影響か、両目からも血を流し始めたストロングアニマルがその場で倒れ、うめき声をあげる。

「あとはこれで…!」

もはや抵抗できないストロングアニマルに目を向け、とどめといわんばかりに炎が宿る破邪の剣で脳天を貫こうと、それの刀身を突き立てる。

「終わ…」

「待ってください、レック!!その魔物を殺してはいけません!!」

「チャモロ…??」

ストロングアニマルの背後から声が聞こえたため、横へ行って確認すると、そこにはチャモロとハッサン、ミレーユ、そしてメルニーや宿主をはじめとするモンストルの住人の人々がいる。

「殺してはいけないって、どういう…あ!!」

「んー…??」

レック、そしてちょうど気が付いたバーバラはここからびっくりする光景を目の当たりにすることになる。

紫色のストロングアニマルの体が白い光に包まれていく、

光と共にその肉体が煙のように徐々に消えていく。

そして、光が消えるとそこには全身が傷だらけで、上半身が裸になっているアモスが気を失った状態で倒れていた。

特に額からの出血がひどい。

「アモス様!!」

「急いで手当をしないと…バーバラも手伝って!」

「う、うん…一体どーなってるのー??」

わけがわからないものの、ミレーユの声でわれに返ったバーバラも2人を手伝い、アモスに回復呪文をかける。

「なんで、アモスさんが魔物に…?」

「魔物から受けた呪いなのです」

宿主がアモスを心配しながら見守りつつ、レックに説明する。

「あの時、確かにアモス様は魔物を殺すことに成功しました。しかし…あの魔物は最後のあがきといわんばかりに、とどめを刺したと思って背中を向けていたアモス様に爪を突き立てたのです。背中や尻にはそのときの傷跡が今でも残っているはずです」

治療が済んだアモスを町の男性2人が両肩を支えた状態で運び始める。

そして、レック達は彼の言っていたアモスの背中に残る大きな傷跡を目にした。

「そして、呪いのせいでアモス様は真夜中になるとこのようにあの紫色のストロングアニマルとなってしまい、夜が明けるまであのように街中をさまようのです。そして、魔物になっているときの記憶はアモス様にはありません。呪いを受けてしまったとしても…アモス様はモンストルの英雄です。そして、あのお方がこのような体になってしまったのは私たちが弱かったせい…ですから、何としてでもアモス様を守る責任があるのです」

運ばれるアモスを見守りながら、宿主が力強く述べる。

今のアモスは気を失っていて、今夜のことももしかしたら覚えていないかもしれない。

だが、いつまでもこのようなことが続いたら、死者が発生する可能性がある。

「あの頭から発生する赤い魔力…もしかしたら、あれは今回のことにも関係があるのか…?」

「かもしれないわね…」

レックがアモスの体から見えたあの赤い魔力についての情報はすでにハッサン達にも共有されている。

そして、レックの頭という言葉に宿主が反応する。

「頭…まさか、背中や尻ではなく、頭が原因だとでも??」

「ありえない話ではありませんよ。人間の脊椎は脳に情報を伝達しています。その脊椎に何らかの影響が発生した場合、脳にも何かしら異変が発生するということがあっても不思議ではありません」

「ということは…もしかしたら!!宿屋にある書庫を借りても大丈夫でしょうか!?」

「ん…?ああ、別に構わないが…」

「ありがとうございます!!」

なにかに取りつかれたかのように、メルニーは鍵を受け取り、宿屋へ向けて走っていく。

「なんでしょう…気になります」

「俺たちも追いかけようぜ!」

レック達はメルニーの後を追いかけるように宿屋へ急ぐ、

宿屋の裏には地下室への入り口があり、そこには書庫がある。

そこでは木材の加工法や野菜や果物の栽培、食べてよい草と食べてはいけない草の種類などの書物が数多く保管されており、宿主の手で種類ごとに整理整頓されている。

なお、ここは村人に対しては無料で貸し出しが行われている。

メルニーが手にしたのは薬草に関する本だった。

そして、彼女がもしかしてと思った内容のある本は数分で見つけることができた。

「うう、本まみれで頭が痛くなるぜ…」

「珍しいわ…こんなにたくさんの本があるなんて…」

少し手狭で、本棚と本棚の間の隙間は大人2人分程度しかないそこには長い間蓄えてきたモンストルの人々の知識が詰まっている。

きっと、モンストルをよりよい街に発展させ、子孫に残したいと思って、外界と接触するわずかな機会を利用して本を集めたのだろうし、蓄積した知識を自ら本にまとめることもしたのだろう。

「理性の種…これなら、アモス様を…」

「理性の種?」

聞いたことのない種の名前を聞いたレックはメルニーのそばまで行き、その名前を口にする。

「キャ!?ああ、すみません…たぶん、頭に原因があるとするなら、きっとこれなら聞くんじゃないかと思いまして…」

メルニーはレックに本を渡す。

タイトルは『秘薬づくりのための薬草全集』で、理性の種について書かれたページが開いている。

「ええっと、理性の種は強い苦みを発するものの、脳に強い刺激を与え、それに悪影響を与えていた血の塊や魔力を排除する力を秘めている。ただし、草になるとその成分が失われてしまうため、種の状態で採取しなければならない。主に収穫できると思われる場所は年中氷点下を維持でき、降雨量の多い山…」

「モンストルの北にある山の山頂に理性の種が育つ場所があります。亡くなった祖父のボケを治すために取りに行ったので、場所はわかるのですが、最近は魔物が活発化して…」

「うう、また山ぁ…??」

宿屋の屋上から飛び降りるのが怖かったためか、バーバラはげんなりする。

だが、アモスを救うためにはそこへ行くしかない。

しかし、考えてみればレック達はただの通りすがりの旅人で、この事件の当事者とは言えない。

見捨てようと思えば、そうすることもできる。

「…いこう、北の山へ。俺たちがついている職業の修行の一環だと思えばいいし、運が良ければそこでトム兵士長に関する情報を手に入れることができる」

「上るのかよ。まぁ、そういうとは思ってたけどな」

夢の世界のレイドックの兵士採用試験で、タイムロスになることは承知の上で見ず知らずの人を助けたレックを知るハッサンはやれやれと思いつつ、納得する。

「出発するのであれば、太陽が昇ってからにしましょう。少し、休む必要もありますし」

アモスとの戦闘でハッサンを除く全員がわずかながら魔力を消費している。

ムドーの島などで呪文を極力使わないで進む重要性を学んだ全員は疲れをとるためにも寝室へ戻っていった。

(旅のお方…どうか、よろしくお願いします)

メルニーは書庫から出ていく5人を見つめ、彼らの無事とアモスの完治を、静かに十字を切って祈った。


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